243 第20章 第三王都とベルベラディ 20-30 第三王都の南で討伐任務5
魔獣を解体して魔石と遺物を回収し、一行はベースキャンプに戻った。そして、夕食である。
しかし副支部長は、どうしても今回の魔獣討伐での魔物の動きに納得できていない。
243話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-30 第三王都の南で討伐任務5
もう、他の戦闘も終わっていた。
グルイオネスは、長が周りの取り巻き四頭を連れて、撤退したようだった。
剣を下に置き、片膝をつく。
両手を合わせる。合掌。
両目を瞑って、小声でお経を唱える。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
グルイオネスが八頭と、ライメルドが五頭。かなり無茶な戦いだった。空中であの鉤爪に引き裂かれたり、落とされたりしていれば、命はなかっただろう。だが、不思議な事にあの掴まった時でさえ、頭の中の警報は大きく鳴り響いたりしなかった……。
私が普段通りやり切れれば、切り抜けられるという事だったのだろう。たぶん。たぶん。
……
副支部長とアーレンバリ隊長が走ってきた。
「ヴィンセント殿! 大丈夫か!」
「私は、大丈夫です。皆さん、お怪我は、ありませんか」
「ああ。それにしても。なんといえばいいのか、判らないな」
副支部長は、やや当惑していたようだった。
「ここのライメルドは私が解体しましょう」
アーレンバリ隊長がそういうと、腰にあったやや短い剣で頭を解体し始めた。私は投げつけたダガーを四本とも回収する。四本ともよく振って血を飛ばし、鞘に納めた。
「ヴィンセント殿がライメルドに攫われたときは、流石に心臓が止まるかと思ったよ」
私は鉄剣を背負い直した。
副支部長とともに歩きながら、皆のいる方に向かう。
「ああでもしないと、ライメルドを、斃すための、方法が、見つからなかったのです」
「それにしても。ライメルドの動きが我々が出会った時と、全く違っていた……」
「そうなんですか」
たぶん、私の匂いのせいだ。そのせいで魔獣たちは統率したかのような動きすら、酷く甘くなる事が判っているのだ。
必殺技を出すことすら忘れ、私目掛けて一直線、だから。
「グルイオネスの群れまで来たときは、どうなるかと思ったが、奴らの動きも普段とは違っていた……」
ふむ。副支部長が余り勘がいいと困るんだがな。それが私のせいだとか言い出さないで欲しい。
他のメンバーは、みんな魔獣の解体をやっていた。
なにしろグルイオネス、八頭がある。彼らは小さい角と牙を削っていたところだった。
そこに副支部長補佐が戻ってきた。魔石と触覚、尻尾の先を持っていた。
「それを切り取ればいいのですね」
私はライメルドの所に行き、私が斃した魔獣の解体を始める。
まずは尻尾の先を切り取り、それから触覚二本。あとは眉間からダガーを叩き込み、頭蓋骨を割って、脳味噌の中にダガーを入れた。大量の脳漿とやや黒っぽい血が大量に流れて、その匂いで激しく噎せる。
ダガーに当たった魔石を抉るようにして、取り出した。魔石は案外大きかった。私の親指換算で三つ半程もある。灰色の楕円形をした魔石。その平らな部分の中心に薄い緑色の線が渦を巻いていた。
私はそれらを副支部長に渡した。
「よし。全員、そのままでいい。少し休憩だな」
そこで副支部長は盾持ちの二人に声をかけた。
「ガスパール、ミロウステ。済まないがグルイオネスの血抜きを頼む。四体、五体、持って帰ろう。オーバリ。ライメルドの始末を休憩後に行おう。全員、運ぶのを頼むぞ」
「ヴァルデゴード副支部長。森の中でいいですかね?」
「ああ。一休みしてからでいいぞ」
全員が座りこんで、休む時にウイスニウスが背中の革袋から水の入った袋をいくつか取り出した。
手を洗わせてもらい、少し息を整える。
「ヴィンセント殿」
ヴァルデゴード副支部長が、私の横に座った。
「確かに、支部長のいう通りだったようだな。貴女が来れば、この怪異の事件が解決する、とね」
「今回は、運が、良かっただけ、かもしれません」
「ほぉ」
「五体が、いっぺんには、襲ってこれませんので、二体が、下に降りたのが、大きかったのでは?」
副支部長はずっと私の顔を見ていた。
「ライメルドは、よほどのことがなければ、ああした行動はとらない。貴女を襲うという事が、よほどの事態だったという事になるんだ」
やばいな。副支部長は私の事を何か疑っているのか。
私の匂いのせいだなどとは言えないのだ。とりあえず、誤魔化しておこう。
「私は、小さいから、襲いやすく、見えたのでは、ありませんか?」
副支部長は私の顔を覗き込んだ。イケメンがドアップで私に迫る。すまんが、心の中にいる五〇も過ぎた草臥れたおっさんは、いくら相手が超絶イケメンでも男色の趣味はないんだ。とはいえ、露骨に避けても失礼になる。ここはじっと堪えるしかあるまい。相手の顔に鼻息がかからないよう、息を止めた。
「貴女は、どうやら魔物の気配が判る事といい、色々普通とは違うらしい……」
副支部長は思案顔だった。
「普通なら切り裂かれているだろう場面でも、奪い合いにはなったが、貴女は切り裂かれもせずに、空中に運ばれたのだ」
副支部長は少し顔を離して、それから下を向いた。
「あの魔獣が、どこに行こうと、していたのか、までは、分かりませんけど。独り占め、したかったのでしょう?」
私はやっと息がつける。
「ああ。確かにそんな風に見えた。結果的にそのことによって、あいつらを楽に斃せた事自体は否定できない」
「私は、あの時には、もう必死で、短剣を、投げつけて、逃れようと、していました」
「少し遠くだったので、細かくは見えなかったが、貴女が何か抵抗して空中に放り出され、あいつも墜落した。貴女はその剣を地面に刺して着地した。見事だったとしか言いようがないな」
まだ、副支部長は私の顔を見ていたが、急に眼を閉じて長い溜息を吐いた。
「貴女が最初からいたら、あんなに隊員たちに怪我をさせず、三〇日もかからなかったのだろうな」
…… それを今、言われてもなぁ。
そもそも、あのライメルドが普段はどのような暴れ方なのか、私は知らないのだ。
あの村の壊れ方からしたら、相当危ないというか、暴風を起こす奴が相手で、高速で飛んでくる。
まあ、普通に考えたらやばい敵だな。暴風でこっちの飛び道具はすべて無効だ。
そしてコンビネーションもあるのだろう。あの高速な飛翔で鉤爪をぶら下げて通りすぎるだけで切り裂かれると。
うん。銀階級の冒険者たちでは荷が重かったのだろうな。あの宿には重傷者もいた。
暫く、無言でいると副支部長が立ちあがった。
「よし。休憩は終了だ。ライメルドは片づけよう」
私も起き上がって、ライメルドの脚を掴んで森に引っ張っていく。四メートルほどの体だが、飛翔していることもあってか、それほど重いとも思えない。どんどん引きずっていく。
周囲からはくぐもった声が上がったが、無視である。
ずるずる引っ張って、森の中の藪に放置した。
他にメンバーは二人か三人でライメルドの屍体を引きずっている。
「いろいろな点で、ヴィンセント殿は普通じゃありませんな」
そう呟いたのはオーバリだった。
銀階級の男衆が全員、グルイオネスを背負うらしい。全部は背負えないので、三体は放置になる。
私は両手でグルイオネスを一体ずつ足を掴んで運び始めると、副支部長補佐のアーレンバリがすっ飛んできた。
「私も運びましょう」
彼は私の手から一体をもぎ取って、両手で引っ張り始めた。
もう一体は、弓師のテッシュが運んできた。
この三体も森の中の藪に投げ入れる。
私はその時に、目を閉じて合掌。
小声でお経を唱えた。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
彼らはもう森の外に出ていた。私は追いかけるようにして走って彼らの後に続く。
銀階級の戦士たちが軽くするために、グルイオネスの屍体から内臓を抜いていた。
その内臓を抜いた屍体をロープで縛って背負い、整列した。
「よし。撤収する。野営地まで戻るが、まだ何か出るかもしれない。全員、気を抜くなよ。宿に戻るまでは任務が続いているんだ」
副支部長は右手を高く上げて、手首を前に倒した。
全員、隊列を組んで行進。
日は大分傾いて来ている。あの野営地に到着する頃には日が暮れるだろう。
その日の午後は山の方からの穏やかな風だった。
……
野営地につくまでの間、鳥の啼き声が林の上から聞こえてきたが、魔獣の気配はなかった。
林の上を緩やかな風が吹き抜けていった。
北側にある広い農耕地に植えられた『何か』の穂が風に揺られていた。
二つの太陽が大分傾きだしている。
一行の足取りはだんだん早くなっていく。私はもう半分駆け足に近い速度で、アーレンバリ隊長の後ろを追いかけた。
夕方近くになって、野営地の警護に立っていた支部員たちが見えた。
到着である。
「副支部長。お疲れ様です」
野営地の簡易的な柵の所に、留守番警備の三人が並んでいた。
「ゲレオール、シュリック、ゴードリック。野営地の警備、ご苦労だった」
「副支部長。アロルド殿たちが獲物を担いでいるようですが」
「今日はグルイオネスがだいぶ出てね。今日はこの肉を焼いて食べようじゃないか」
「分かりました。それ以外は何か、ありましたでしょうか」
副支部長は、そこで重々しく頷いた。
「ああ。討伐は終わった。今日、明日でここを引き払って、全員、王都に戻るぞ」
「やっと、やっと、終わったんですね。これはめでたい」
三人が揃ってそういうと、いっぺんに表情が明るくなった。
「ああ。何日もかかったが。みんな集合してくれないか」
グルイオネスを地面に降ろして、全員が副支部長の前に集合した。
副支部長は全員を前に、まず咳払いした。
「みんな、楽にしてくれ。だいぶかかったが『ライメルド討伐任務』は本日、無事終了した。マウリッツ。君たち支援部隊のおかげだ。今回の諸君らの働きには十分報いたいと思う。魔石やその他の部位を納品した際の配分も、今回は大幅に変えることになる。ここにいる全員に十分な金額が出るよう、尽力するつもりだ。今日はゆっくり休んでもらいたい。それと、ゲレオールたちは済まないが夕食を頼む。グルイオネスを捌いて焼いてくれないか」
「承知いたしました。副支部長」
三人がお辞儀して、すぐさま竈の方に向かい準備を始めた。
「どれ。血抜きはしたが、一番旨そうなやつはどれだ」
金階級のオーバリがそんな事を言いながら、グルイオネスの屍体を選んで一つ掴み、竈の方に持って行った。
副支部長はまず弓師の二人の前に立った。
「フローリアン。ビルギット。今回、弓は大変助かった。改めてお礼を言わせてくれ」
二人は揃って深いお辞儀をした。
「もう何日か、かかると思ったんだが。まさか、あんな終わり方をするとは、想像だにできなかった。私もまだまだだな」
そういって、副支部長は笑った。
それから彼は、補佐の連れてきた三人の前に立った。
「マンフレート、ガスパール、ミロウステ。三人ともご苦労だった」
盾持ちの二人と、銀三階級のウイスニウスがそこで深いお辞儀をした。
副支部長は独立治療師の前に立った。
「ミュッケ殿。来て頂いて感謝する。今回はヴィンセント殿の治療に、こちらまでご足労願った。この埋め合わせはちゃんとしたいと思う」
マレン・ミュッケ独立治療師が深々とお辞儀した。
そして彼が私の前に来て、態々左膝をついて、しゃがんだ。目線を私に合わせたのだ。
「マリーネ・ヴィンセント殿」
態々フルネーム呼びだ。他の隊員たちと違う。
「今回の任務は、貴女の働きによって、無事終わった。それも最短期間で、だ。感謝してもしきれない程だ。ありがとう」
まるで彼が土下座せんばかりに頭を下げる。
「副支部長殿。頭をお上げ下さいませ。私も些か、無理はしましたが、副支部長殿の、指揮と、働きあってこその、結果で御座います」
彼が頭を上げた時に、私は胸に手を当て深いお辞儀をした。
「なんといえばいいのか、未だに適切な言葉を思い浮かべる事すら出来ない。貴女が伝承でしかない存在のはずの山の戦神・テッセンに間違われるほどの働きというのを、正しくこの目で見た訳だが、貴女はあまりにも他の隊員たちとは違うようだ」
副支部長は暫く、私を見ていたが立ち上がった。
「本当に鉄階級の隊員たちの噂通り、貴女はテッセンの生まれ変わりなのかもしれない」
そういって、彼は振り返ると、竈の方に向かって行った。
やれやれ……。ここでもその戦神・テッセンとやらにされそうなんだが。
私の髪の毛は赤くなっていたのだろうか。
副支部長からだいぶ離れたところでの空中戦だったから、たとえ私の髪の毛が変色していたとしても、彼には見えなかったとは思うが。
……
もうすっかり暗くなった。
竈の方で焼いている肉から、かなりいい匂いがしている。大きな寸胴のような鍋で煮ている方も、かなりいい匂いを出している。
今日の夕食は期待できそうだ。
他のメンバーは薪を松明代わりにして明かりをあちこち設置し、野営地の中央では焚火を熾していた。
その周辺に、革の大きなシートが三枚敷かれていて、その焚火を囲んでの夕食だ。
私に出された肉は、肋骨近くのあばら肉らしい。木のお皿に大量に盛り付けられている。
食べるための木製フォークはあるがナイフがないので、自分のダガーで切って食べる事になる。ダガーを一度水で洗ってきた。
手を合わせる。
「いただきます」
肉を切り始めたときに、副支部長たちの会話が聞こえてきた。
「副支部長。これでようやく安心して、昇級試験の審査の準備が開始できますね」
補佐のアーレンバリがそんな事を言いながら副支部長の横で肉を食べている。
「ああ。今年の四回目の試験は鉄階級の者が多いからな。出来るだけ銅階級が増えて欲しいね」
「青銅に入る者たちも来ますかね」
「是非とも、多数来て欲しいね。他の支部に行ってもらうにも、まず基礎を身に付けないといけない。北部、北東部では育てている暇なんか無さそうだからな」
どうやら、内部で実戦部隊へ昇給させる試験が、何度か行われているのだな。
まあ、あれだけ沢山鉄階級がいたから、彼らに何らかの試験を与えて、銅階級へと編入させるのだろう。
副支部長のヴァルデゴードと補佐のアーレンバリは、暫くその昇級試験の話をしていた。
この職業は怪我人がだいぶ出るので、実戦部隊はいつも人手不足なのだな。
もっとも、トドマでは真鍮階級以下の人たちを見たことがなかった。
私が階級章を貰ったばかりのあの頃は、そういう人たちは皆、どこかの土木工事に行っているので、まったく見れていないだけで、かなりの人数がいるのだろうと思っていたのだが。
実際にはトドマはあまり人数がいなかったらしい。
しかも、戦えるようになったからと、すぐに鉱山近辺の任務に入れる事も難しいという状況だ。
鉱山近辺の警護任務は、魔獣討伐初心者には、厳しすぎるだろう。
そんな事を考えながら、焼肉と格闘していると、私の所に木の器でスープも運ばれてきた。グルイオネスの骨と肉を使ったスープ。塩と香辛料が入れてあるだけだが旨味が出ていた。
シンプルな食事だが、量は十分ある。
私が食べていると、副支部長が皿を持ちながらやってきて横に座った。
何か話したいことでもあるのだろうか。
しかし、彼は暫く肉を食べては、スープを飲んでいる。
ふむ。食べ終わったタイミングで何かあるんだろうな。
彼は肉もスープも四度、お替りして食べ続ける。案外、大食漢なのか。この超絶イケメン副支部長は。
……
私はそれほど、沢山食べる方でもない。
グルイオネスの肉は、硬くもなく臭みも少なかった。料理人のあの三人が腕がいいのかもしれないのだが。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。少しお辞儀。
それをちらっと見た副支部長は猛烈な勢いで肉を飲み込み、スープも片づけた。
そこにオーバリが水を入れた器を三つ持ってやってきた。金髪でそれが逆立っているような髪型。四角い、いかつい顔。眉毛も顎髭も金髪だ。そして太い鼻。角ばった顎。年配のいかにもベテランといった面持ちなのだ。この人は。
「ああ。アロルド、気が利くな。ありがとう」
「いや、何の。副支部長殿。さあ、ヴィンセント殿もどうぞ」
「ありがとうございます」
水入りの容器を受け取って、少し飲んでいると、オーバリが副支部長の横に座り込んだ。
「副支部長殿。あなたも、今日の事でヴィンセント殿に訊きたいことが一杯ある。そういう顔をしていますな」
「ああ。まあな」
「副支部長殿。ライメルドの動きが余りにも普通とは違っていたのが、気になってしょうがない。たぶん、それですな?」
「今回の増援が来てからの探索、討伐は初日からもう普通じゃなかったんだ。アロルド。ヴィンセント殿は毎回、魔獣がいつ出るのかを正確に予告した。間違いなく感知できるのだな」
「それがもう、普通じゃありませんな」
そういってオーバリは頷いた。
「それから、メルイヌエの七本目の腕を斬り飛ばして見せた、あの剣速度だ。あれも普通じゃない」
「ああ。確かに」
「グスタフは、色々普通じゃないところがあって、一部の剣筋では私の剣より相当速い。あれは、もう神様からの贈り物なのだろうと思うような速さだ。ただ、彼の場合はムラがあって、毎回その速度が出せる訳じゃ、ない。毎回、正確にあの速度が出せるなら、アイツはもうとっくに白金でもおかしくはないんだ」
そこで副支部長は私の方を見た。
「そして、ヴィンセント殿。貴女の場合は、ほぼどんな時でも、間違いなく速い」
オーバリは私を見つめていた。
「あのメルイヌエの腕を斬り飛ばしたのもそうだし、ゲダゥニルの球を、あんなに近くで避けて見せたヤツも私は他に知らないんだ」
副支部長がそういって、また私を覗き込みそうな勢いだった。
その横ではオーバリが腕を組んで、目を閉じると頷いていた。
「あれを見切るというのは、一見して不可能にすら見え、相当難しい事は確かですな。失敗すれば、まず即死は免れますまい」
「そういうことさ。だが、あの時、ヴィンセント殿は、迷うことなく魔獣の近くにまで歩いていったんだ。避けられるという、絶対の自信がない限り、あんなことは誰にも出来ない」
「正に」
そういってまたオーバリは目を瞑ったまま頷いた。
「そして、最初のライメルドの強襲だ。ヴィンセント殿は、正確に伏せて見せた。そして躱したんだ」
「アレが、あんな攻撃で来ること自体が、まずありませんな」
「そうさ。アロルド。ヴィンセント殿は、来る直前にそれを知ったんだろうな。いきなり伏せるように叫んでから、倒れるようにして伏せた」
「すみません。副支部長殿。私はライメルド討伐自体が初めてなので、あの魔獣の普段の攻撃を知らないのです」
二人が無言で私を暫く見つめていた。
「ああ。メルイヌエも初めてだと言っていたな。だが、正確に対処して見せた。恐らくだが、我が支部であれが出来る人は他にはいないだろう」
「副支部長殿。実戦闘からは、暫く離れてはいますが、クリステンセン支部長殿なら、出来るかもしれませんな」
「ああ。支部長ならやるかもしれない。もっとも、あの人の場合なら、剣より拳で、殴り伏せそうな気はするがね」
そういって彼が笑うと、オーバリも笑っていた。
やはりそうか。体術を極めていそうな感じだな。あの時垣間見せた奥義が出来るような人なのだ。メルイヌエの腕攻撃も、何らかの体術で抑え込んで、魔獣を斃しそうな気はした。
「話がそれたな。ライメルドは普通は単体では近くに来ないんだ。あれが単体で貴女に奇襲攻撃してきた。もう、それが普通じゃないんだ」
「まるで、全員での奪い合いの中、一頭だけ抜け駆けしたかのような。ということですかな。副支部長殿」
「ああ。他の四頭は遅れてやってきた。しかも二頭は地面に降りて翅を畳むや、ヴィンセント殿の所に殺到しようとした訳だ」
「まずもって、考えられん行動ですな。副支部長殿」
「ただ、そのおかげで地上で即座に対処して斃せたことは確かだな」
「確かに。あんな好機は滅多にありますまい」
「ライメルドが単体なら、まずは離れた場所で風を起こす。そして、あいつらは二本の触角が光ると口から、黒い球を出す。この球は、目標の近くまで飛び、そこで破裂すると辺りに粉が舞い散る。この粉を吸うと必ず麻痺する。そうしてから、鉤爪で切り裂きに来る」
「厄介な攻撃よ」
オーバリがそういって頷いた。
「それが、普通の攻撃だったという事ですね」
「ああ。二頭とかでも、まずはこれだ。それが五頭にもなれば、起こす風はまるでフルグルネールさ」
「あの、村の様に、なるのですね」
竜巻に襲われたかのような壊れ方をしていた、あの村の光景を思い浮かべる。
「そう。だから、今回の討伐が如何に普通じゃなかったか、分かって貰えるかな」
「分かりました。ですけど、私が、狙われた、という事、ですよね。たぶん、一番、背が低いから、狙いやすかった、という事では、ないでしょうか」
「なんともな。貴女のような身長の冒険者は他に誰もいない。だから、確かめようもない」
「副支部長殿。まあ、其れはさておき、今回の探索討伐が一番、普通ではなかった部分とは、遭遇した魔獣の多さではありますまいか?」
ギクッとした。オーバリまでもが、厭な所に突っ込んでくるな。
「確かにな。アロルド。一日に出会う数としては多すぎるよ。初日のゲネスから始まる林の横での遭遇。メルイヌエも三頭も出てきている。そしてガギゥエルだな」
オーバリが頷いた。
「そして今日はゲダゥニルとライメルド、その際にグルイオネスの集団だ。普通じゃないな」
二人が私の顔を見ていた。
「そうでしょうか。北部の、鉱山の方では、よく出ましたし、トドマの西と、カサマの街道での、魔獣討伐も、それなりに出ます。グルイオネスは、多かったとは、思いますけれど、偶然、遭遇した、という事ですわ」
兎に角、誤魔化しておく。
二人は座ったまま、私を見つめていた。
暫く、無言の時間が続く。
私は立ちあがって、お皿とスープの器を竈の方に運んでいく。
「ヴィンセント殿の急な昇進というのは、その遭遇の多さもあるようだな」
私が戻ってくると、やっと、絞り出すように副支部長が喋った。
「彼女は、そのような遭遇を全て切り抜けている訳ですな。副支部長殿」
副支部長は腕を組んで頷き、それから立ち上がった。オーバリも立ち上がった。
「今日は色々あった。皆、あまり遅くならないうちに寝た方がいいだろう」
それが合図で、皆それぞれ食器を片付けて、革のシートを畳んでいった。
私は、余り手伝える部分がない。
私は天幕に戻る前に、やっておくことが一つあった。
鉄剣の剣先を見ておくことだ。何しろ空中に放り出されて、剣先を地面にぶっ刺して激突を免れるなどという、荒事をやったのだし、あの時に剣先を軽く見たが、大きく毀れてはいなかったが、改めて細かく見れば、どれくらい傷んでしまったか、解る事だ。
松明の明かりの下、鉄剣を抜いて刃先をよく見る。
ダメージがゼロという訳にはいかなかった。左右とも切っ先の近辺が細かく毀れていて、研ぎ直しが必須だった。
少しため息が漏れた。切っ先の研ぎ直しは大変なのだ。
思わず空を仰ぎ見ると、夜空には大きな月と、多数の星が煌めいていた。
つづく
ベースキャンプに戻り、全員を集めて、今回の討伐完了を宣言した副支部長。
斃した魔獣の肉で、夕食は焼肉と肉スープであった。
そこに副支部長と今回の金階級の部下、オーバリがやって来て、マリーネこと大谷の普通ではない戦いを振り返るのだった。
次回 第三王都の南で討伐任務6
ベースキャンプを解体して、撤収。宿まで戻った一行。
この日はもう、出発できる時間がないために、昼から日没までを自由行動という事になった。