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242 第20章 第三王都とベルベラディ 20-29 第三王都の南で討伐任務4

 破壊された村の現場を、少し見て回る。まるで竜巻で破壊されたかのような様相だった。

 その後、森の手前へ向かう討伐隊とマリーネこと大谷。

 そこでも、魔物を察知するマリーネこと大谷だった。

 

 242話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-29 第三王都の南で討伐任務4

 

 村の家は、かなり派手に壊されていた。いくら風と言っても、これは普通ではないな。

 突風のレベルを超えている。

 

 「大分、壊されていますね」

 私がそういうと、副支部長が頷いた。

 「ああ。奴らが何頭か集まって風を起こすと、こういう事が起こるんだ」

 

 私は瓦礫をチェックしていく。

 先頭の二人は村の外側にあった筈の塀の場所に行った。

 弓の二人は辺りを見回している。

 瓦礫の中に、強烈な異臭を感じた。そして、瓦礫を退かすとそこに見たくはないものを見つけてしまった。

 そこにあったのは、腐敗した誰かの腕だった……。

 

 「副支部長殿。誰かの、一部が、あります」

 「一部……。四肢があったという事か」

 「はい。どなたの、物かは、存じ上げませんが、右腕です……」

 副支部長がやってきた。

 

 私は指差して、示す。

 「こんな場所に残っていたか」

 彼は腐りかけた腕を見てそういった。

 

 明らかに千切られた状態だった。魔獣が遺体の奪い合いになって、千切れた腕がそこに残ったのかもしれない。

 周りは赤黒い血が凝固しており、既に乾ききって、何かの黒い塊にしか見えなかった。

 

 「犠牲になった、村人、なのでしょうね」

 「ああ。半分ほどは逃げ出したが、家が壊れて下敷きになったような人たちは、喰われたんだ。我々がだいぶ遺体は回収して埋めたが、一部が残っていたようだな」

 

 「五体もいるのだ。我らが付く前に、相当犠牲になったのだ」

 珍しく、金階級の前衛、オーバリ隊員が呟いた。

 彼は瓦礫を少し片づけたが、何かが出てくることはなかった。

 

 他に遺体は見つからなかった。彼らが以前に来た時、そうとう片づけているのだから。

 

 私は静かに目を閉じる。そっと両手を合わせた。

 心の中でお経を唱える。

 (南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏)

 

 よし、心を戦闘の方に切り替えなければ。

 

 「ここから南が、いよいよ危ない地域だ。全員、抜刀」

 私も背中の剣を抜いた。

 「よし、いくぞ」

 副支部長が腕を上げ、それからさっと手首から先を前に倒した。

 

 風は無風。破壊された村を出て、左右に警戒しながら村の南にある森に向かう。

 道路は、整備もされていない。取り合えず作りましたという感じだ。村だとこんな感じなのか。この王国にしては逆に珍しい。

 

 「この村には、准国民の、方しか、いないのですか?」

 アーレンバリ隊長に訊いてみる。

 

 「ああ。ここは王国の方としては、開発を推奨していない場所だ。山を大規模に魔獣狩りする事もしないらしい。この山には鉱物資源があまりないらしいんだ。まあ、王国にとって、ここを開発しても利益はほとんどないからだろう」

 

 「今回のような、危険な、魔獣が、増える可能性も、ありますが」

 そういうとアーレンバリ隊長はそっけなく言った。

 「そういう時には、まず、王都の冒険者ギルドに命令が出る。私たちの出番だ。我々だけでは手に負えず、ほかの街にも被害が大きいなら、王国の槍が出てくる。彼女たちが自分たちの生死を抜きにして、魔獣を斃し減らすんだ。ただ、逃げる魔獣は追わないし、全滅させるようなこともしない。この国の方針の一つだな。やり過ぎない。自然との共存と調和」

 

 「……分かりました」

 そうは言ったものの、この王国の防衛体制がいまいち判断できない。

 そういえば、スッファでだったか。オセダールの宿でメイドの人が、町を守るのは冒険者ギルドの人たちの崇高な使命とか言っていた。

 王国の警備兵たちは、あくまでも王国の国民に危険が及ぶと判断した時か、町の中で騒動が起きそうな時とか、犯罪者がいる等がないと自分たちの武器を振るわない。そこも徹底しているのだな。

 

 隊は更に山に近づいていく。

 考えてみれば、翅を広げて飛ぶ魔獣が、全長四メートルもあるのなら、翅の長さはもっとあるだろう。例え多数の翅があるにしても。広げた翅が片方だけでも六メートル、あるいは七メートルか。そうなれば木々の間を抜けてくるのはありえない。

 そうなれば、だ。奴らは林や森の上を飛んでくるのだ。奴らの巣がどこであるにせよ。

 そして林の中にいる餌を刈り取ることはできないだろう。翅が邪魔になる。

 そんな時は六本あるという脚で歩くのかもしれないが。

 

 「アーレンバリ隊長。ライメルドは、地上に降りて、歩いて、移動したり、しますか?」

 「ヴィンセント殿。あれは、飛んでいるのが普通なので、降りて移動するのは滅多にない」

 「滅多に。と言う事は、降りて、歩くことも、あるのですね」

 私は踏み込んで訊いてみた。

 

 「ああ。そんな時は彼らの翅は小さく折り畳まれて、きわめて固い甲羅のようなものがその上にかぶさる。畳んだ翅を攻撃しようにも、まず翅を傷つけるのは無理だ。降りた場合、彼らはあの六本脚で移動するが、それはさほど速くはない。ただ、爪は鋭いので、引っ掻かれればそこは切り裂かれるな」

 「分かりました」

 

 なるほど。そうなると、私に向かって降りて走ってくるのもいるだろう。飛んでるのが二頭で、走ってくるのが三頭といったところか。そうなれば、たぶん飛んでくる奴の方が先だな。

 

 まだ林の近くにもいかないうちに、背中に違和感がある。ぞくぞくする感じが止まらない。

 何か、いるのだ。林の中に。それもそれほど遠くはない。

 

 背中の違和感はどんどん大きくなってきた。雑魚ではないらしい。そして、私が今までに出会ったことのない魔物だ。

 

 私はさっと右手を挙げた。

 

 「止まってください。何か、います」

 「どうしたんだ。ヴィンセント殿」

 私は剣を右手に持ち直してから、しゃがんで左手を地面につける。

 

 ……

 

 敵は動いていない、か。気配はあるのだ。辛抱強くこっちが林に入るのを待っている。

 今までにないタイプだ。

 今までの魔物は、みんな、私の気配というか匂いを検知するや、私目掛けて突っ込んできたのに。

 

 厭な感じしかしない。

 

 私は立ちあがった。

 

 「何かいるのか。ヴィンセント殿」

 訊いてきたのは、副支部長。

 「はい。ただ、相手は、じっと、伏せているようです。たぶん、待ち伏せ、です」

 それを聞くと副支部長は頷いた。

 

 「よし、全員、戦闘態勢だ。辺りを見張れよ」

 それを聞いて、弓の二人以外全員が少し広がり、弓の二人は矢を手に持った。

 いつでも撃てる様に。

 

 林の方に向かっていく。

 もはや道らしい道はない。草叢(くさむら)の中、私は前の副支部長補佐に付いていくのが大変だった。

 

 林の中に突入。草叢をかき分けながら、さらに進む。

 

 その時だった。頭の中にいきなり警報が鳴り響いた。

 私は咄嗟に、前に倒れるかのようにして伏せる。

 その動作で一拍遅れて周りの人たちが、一斉に広がった。

 

 斜め左から私に向けて何か、赤茶色の球が高速で飛んできて、頭上を抜けていき、右後方の木に当たった。

 頭を巡らして、その木を見ると、何かの液体がどろりと垂れ、当たった場所は溶けていた。

 

 あの溶け方は酸性ではなさそうだな。強アルカリか。どっちにせよ、剣に当てるのはまずい。

 徹底して避けていくしかない。

 

 その時、副支部長が叫んでいた。

 「あの球はゲダゥニルだ。全員、あの球に当たるなよ。当たれば怪我では済まないぞ!」

 

 魔獣が伏せていて、一瞬顔を上げて球を撃ったらしい。

 

 魔獣は林の藪の中にいた。藪は紫色の葉っぱや、赤茶色の葉っぱで生い茂っている。

 

 相手が出てこないなら、私が誘き出すしかない。

 そう。いつだって、私が『餌』なのだ。魔物たちにとって強烈な臭いのする『撒き餌』だ。

 

 私は立ち上がった。そしてゆっくりと藪に向かう。誘い出すには、こうするしかない。

 

 草叢の中、魔獣の目が見えた。赤い目だ。

 

 魔獣はゆっくり立ち上がった。六本脚。茶色に紫や赤の体毛が生えている。これが迷彩模様に入り乱れていて、かなり奇天烈な模様。

 顔の所にだけは赤い体毛である。体長は四メートル程もある。短い尻尾も見えた。

 胴体が間延びして長い。脚はさほど長くない、むしろ体格から考えれば極端な短足であろう。まるで元の世界のダックスフントだ。穴熊を狩るために巣穴にもぐりこめるように足が短い、アレを思わせた。

 

 頭に一本角がある。鈍い赤い色をしている。耳は大きく立っていた。

 

 奇妙に伸び縮みする首。

 顔は猟犬のようなジャッカルを混ぜたような顔だ。牙はやや控えめ。しかし顎には細かく尖った歯がびっしりと生えている。

 

 「ヴィンセント殿! あれは当たると麻痺毒がある! 皮膚を溶かされ、麻痺させられて、喰われるんだ!」

 アーレンバリ隊長が叫んだ。

 

 だが、あの魔獣は直ぐには撃ってこない。後ろで弓の二人が矢を放ち始めたが、魔獣は藪の中に伏せてしまう。

 あれでは矢は当たらないだろう。

 

 藪に伏せながら、短い脚を使って、じりじりとこちらにやって来る。

 今までとは違うな。こいつは。

 速く走れないのかもしれない。あの短い脚で高速に。という訳ではなさそうだ。

 だから、走ってこないのかも。魔獣はみんな高速だと思っていたが、どうやらこいつはそうじゃない。

 

 その瞬間だった。魔獣が奇妙に首を伸ばして頭を上げ、こっちに向けて口を開いた瞬間、ものすごい速さで赤い球が飛び出していた!

 

 くっ。速い!

 しかし、躱す。この速さはあの黒服の男たちの剣の速さに近いが、まだそこまでには至っていない。カサマの街道で出会ったグルイオネスの球を避けた時よりは、今回のコイツのほうが速い。

しかし、私の躱す体術も速くなっているのだ。


 そうか。この超高速攻撃こそが、この魔獣の必殺技か。確かにあの速さでは、避けられるのは僅かしか、いないだろう。

 魔獣の目が見開かれている。

 私が避けたのが信じられない、といった所だったのだろう。

 その魔獣の額に矢が刺さって、魔獣は崩れ落ちた。角の色が徐々に白くなっていく。

 

 「ふーっ。ヴィンセント殿。あまりこっちを心配させないでくれ。今のはもう避けられないと思ったぞ」

 副支部長がやってきた。

 

 弓で斃したのはルルツだった。

 「ずいぶん、早い、攻撃でした」

 私は、魔獣の額から矢を引き抜いた。

 

 「ああ。こいつの角は、今のように白いのだが、これが先ほどのように鈍い赤色に変化すると、口から毒の球を吐き出す。これが高速でね。ほぼ一瞬で一四フェムト(約五九メートル)も飛び、射程は四フェルス(約一六八メートル)もあるんだ。連射してこないのだけが、弱点だな。此奴の体毛を見てくれ。この模様で藪に隠れられると見えない」

 副支部長が、いま斃した魔獣の説明をしてくれた。

 

 「こいつはあまり早く動けないからな。だから毒は麻痺なんだ。相手を動けなくしてから、ゆっくりと近寄って。そのまま食べる訳だ」

 

 この球は中々速度があるな。いきなり時速二〇〇キロ以上の速度で目の前に打ち出されたら、避けられないという事なのだろう。

 確かに、目の前で打ち出された場合、確実に一〇ミリ秒以下で避けている必要がある。見て確認してから避けるのなら、五ミリ秒程度で躱さないといけない。普通の亜人には無理だな。

 

 

 そこに銀三階級の男がやってきて、頭部の解体を始めた。

 角を削り取り、それから控え目な牙も削って取った。矢の刺さった額の穴から剣を差し込んで頭を割った。

 その血の匂いと脳漿の匂いで()せる。私はそこから離れた。

 牙やら魔石は副支部長補佐の部下であるウイスニウスが回収して、背中の小さな革袋に仕舞った。

 

 魔獣の死体は、このまま藪に投げ込まれた。

 私は剣を下に置き、合掌。

 心の中でお経を唱える。

 (南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏)

 

 「よし。待ち伏せていた魔獣は排除完了だ。少し林から出る。全員後退だ」

 副支部長が全員に命令。

 そのまま隊列は崩さず、殿(しんがり)を務めていたウイスニウスが先頭である。

 

 林を出ると、副支部長はもう少し西に行くという。

 

 ……

 

 西に向かうと少し林が南の方に凹んだ場所にでた。南の森のやや奥の方には背の高い樹木が生えている。

 

 その時、急に頭の中に甲高い警報と共に背中に痺れるような、強烈な違和感が来た。

 「伏せて!」

 私は前に倒れるようにして伏せながら叫ぶのだけで精いっぱいだ。

 

 超高速で飛んできた『何か』が、頭を掠めた。物凄い風が吹いている。

 起き上がりながら素早く振り向いて、剣を構える。今回の魔獣、ライメルドが来たのだろう。

 

 かなり遠くに行った魔獣が見える。

 

 初めて見る魔獣だが。

 胴体は凡そ四メートルほどか。後ろが太っていて、まるで蜂を思わせる。濃いオレンジ色と狐色でその太い部分には縞模様も入っている。

 背中にあるのは、蟲のような翅。左右六対ずつ。そしてその手前にあるのは、甲虫の背中のような外殻とでもいうべきものだ。

 これは開いているだけで、動いていない。

 顔はどちらかというと、狐である。体毛もその色としか言いようがない。しかし頭には大きな二本の触覚。

 六つ脚というより、六本の手。前の二本の腕が、やや長い。手の先だけが黒く、指の先端は鋭い鉤爪。

 尻尾は獣とは全く異なる。鱗の付いた、節だらけの細いものが長くついている。先端は尖っている。

 

 あれは、あいつの武器だったな。副支部長が、尻尾の先端に棘があって、麻痺するとか言ってた。

 

 翅をものすごい速さで動かしているので、低い唸り音が聞こえる。

 一頭だけ、だろうか……。

 

 魔獣がこちらを見ている。物凄い速さで、また飛んでくる。

 

 剣と鉤爪が擦れ合い、魔獣は通り過ぎた。

 通り過ぎた瞬間、風圧がすごい。前に転びそうになり、素早く反対を向く。

 

 もう全員が、かなり広がっていた。再び魔獣が私に向けて一直線に飛んでくる。六本の腕というのか脚があるので、それらの鉤爪が剣を押しやってしまい、私の攻撃は届かないばかりか、危うく掴まれそうになる。

 それを辛うじて躱す。

 これはきついな。身長がどうこうではない。私が、もし身長があっても、敵が高度を変えれば同じことだ。

 

 私は態と片膝をついた。

 これで相手はもう、地面に這っている獣を捉えるかのような低空でなければなるまい。

 右八相から剣を肩から後ろに倒す。

 あとは速度勝負。

 

 来る!

 

 右肩後ろに倒した剣を一気に右上段に打ち込むかのようにして斬る。

 私を掴もうと突っ込んできた魔獣の脚、二本斬り飛ばした。

 

 魔獣が何か叫び、一度急上昇した。

 

 今度は、腕ではなく尻尾が下から前に向けられていて、こっちに来る。

 私は片膝のまま、剣は真正面。正眼の構えのまま。

 

 私の前に来た瞬間、立ち上がって剣を真上に。魔獣の腹に剣は刺さって、勝手に腹が切り裂かれていく。

 長い尻尾を躱し、地面に落ちた魔獣にとどめを刺そうと振り返った時には、既に副支部長が胸にとどめを刺していた。

 

 頭の中の警報は鳴りやまない。

 林の縁に四頭の魔獣が並んで飛んでいる。二頭が大きく左右に広がり、私の方に飛んできた。

 続けて二頭が来る。

 

 その時に背中の違和感にさらに何か別の震えのようなものが加わる。更に魔獣が出るか。

 

 暫くして、グルイオネスが林から出てきた。

 どんどん出てくる。一〇頭以上だ。

 少し大きな一頭が林を出てきて、群れの最後尾に付いた。あれはたぶん、群れの(おさ)だ。

 長も入れて一三頭とはな。

 

 それにしても多いな。そして、長の周りに四頭が残り、それ以外は私目掛けて、まっしぐらである。

 そこに弓矢が放たれる。

 たちまち先頭の三頭が矢で倒れ、後続の魔獣が弓師の方に向かい始めた。まずは弓師を制圧しようと言う事か。しかし、前衛の盾持ちがいるのだ。その二人が弓師の前に出ていく。殿(しんがり)にいたウイスニウスも加わった。そこにアーレンバリ隊長も加わった。

 

 こっちはこっちで二頭が地面に降りた。奴らは素早く翅を畳んで外殻で覆った。

 降りたら降りたで、意外と動きが早い。

 よく見ると四本で動き回り、前肢は走るのに使っていない。

 

 長い尻尾をまるで蠍の様に頭の上を通して、前に向けている。

 太い胴体がなければ、顔は狐なんだが、胴体についているのは脚じゃなくて腕? にみえるし。色々常識外れであろう。

 二頭は空中のままだ。高速で交互に襲ってくる。躱すだけでも、大変だった。

 

 私はやや移動して、草の背丈が低い場所を選んだ。

 私は再び片膝をついて、剣を前に。

 魔獣は二頭とも、私目掛けて走ってくる。

 

 その時。

 副支部長の剣が舞った。二メートルはあろうかという剣が文字通りフル回転して、魔獣を切り裂いている。もう一頭は、金階級のオーバリが太った胴体に剣を突き立てていた。その魔獣から大きな悲鳴が上がる。

 魔獣は地面を転がって暴れていたが、前衛の銀三階級の男が頭の後ろに剣を挿し込んでとどめをさした。

 

 空中から襲ってくるライメルドに私は素早く立ち上がって、剣を突き立てた。その瞬間にもう一頭の腕が私に向かって伸び、その長い腕の鉤爪に腹から腰を掴まれた。

 こいつ、腕が伸びるのか。この情報はなかったな。

 

 いきなり、地面を滑っていく。草で背中を擦られながらどんどん進む。

 上に上がられるとまずい。

 剣を振るいたかったが、此奴の別の腕で上から押さえつけられている。

 

 私は左手で左腰のダガーを引き抜いて、すぐ右上に投げつけた。それは、やや後ろの腹に刺さり魔獣が吠える。

 更に左腰からダガーを引き抜いて、その上の位置に刺す。

 もう、どんどん魔獣が前に進んでいき、そこから上昇し始める。

 私は前が見えていないから、どのあたりまで来たのかは分からないのだが、後方に見える副支部長は私の方に向かって何か叫んでいた。

 

 このままではまずい。

 

 とにかく、何とかするしかない。

 

 左手で右腰のダガーも引き抜いて、私を掴んでいる鉤爪の根元をめった刺しに刺してから、腕に挿し込んだ。

 流石にその痛みで私を掴んでいる力が緩む。鉄剣を力任せに上に上げると剣が魔獣の下腹部に刺さった。

 魔獣がものすごい悲鳴を上げ、私を掴んでいた鉤爪から力が抜け、下に放り出される。

 

 空中を落下。私は体を入れ替え、下を見る。だいたいだが、地面まで一〇メートルちょいあるか。

 このまま落ちたら大怪我では済まないかもしれないな。

 ふと、そんな事を考えた。しかし、頭の中でいつもなら鳴り響く警報もなければ、ゾーンに入ってスローになることもなかった。

 

 鉄剣を下に向けて構え、私は落ちていき、地上に落ちる前に剣を逆手に握りなおす。

 

 ……

 

 かなりの衝撃と共に剣が地面に深々と刺さった。

 私は剣の柄を両手で握りしめていて、剣が地面に刺さった瞬間に両足を剣の刃の腹に当てる。この程度の事でこの鉄剣は壊れない。それで地面への激突をぎりぎり免れたのだった。

 もっとも、腕が痺れるほどの衝撃が来ていたが。

 

 振り返って見るとライメルドも鈍い大きな衝撃音と共に墜落していた。

 

 大きな翅をバタバタさせていて、ここからでは頭を狙えない。

 私は走って頭の方に回り込み、最後の一本、右腰からダガーを引き抜いて、ライメルドの顔目掛けて、全力投擲。

 それは目のやや後ろに深々と刺さって、ライメルドは大きな悲鳴を上げて一層翅をばたつかせ、脚は激しく痙攣していた。

 

 私は鉄剣の所まで戻った。

 取り合えず、地面に深々と突き刺さった鉄剣を引き抜く。

 剣先が大きく(こぼ)れていないか、軽く見たがどうやら無事らしい。

 

 それから痙攣が止まったライメルドの所に行き、私は念のために胸の辺りを鉄剣で一突きした。

 一瞬、ライメルドの体が、びくっと動いたようだった。ライメルドの口からため息のような何か、唸り声のようなものが一瞬漏れた。そして、目から泪が零れていく。しばらく見ていると目から生気が失われた。やはり、虫の息だったか。

 

 鉄剣を引き抜くと、そこから激しく流血した。赤黒い血が大量に流れ出て狐色の体毛が血で染まった。

 

 何時ものことだが、唐突に戦闘は終わった。

 

 

 つづく

 

 早くも今回の討伐任務の主役の魔物が出た。

 マリーネこと大谷は空中へと運ばれてしまうが、辛くもこれを倒して、地上へと降りる。

魔物退治は、唐突に終わりを告げていた。


 次回 第三王都の南で討伐任務5

 魔獣を解体して魔石と遺物を回収し、一行はベースキャンプに戻る。

 副支部長は、どうしても今回の事態が納得がいっていない。


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