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240 第20章 第三王都とベルベラディ 20-27 第三王都の南で討伐任務2

 現地の村に向かう途中で、早くも異変を察知するマリーネこと大谷。

 早速魔獣が飛び出してきたのだった。

 

 240話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-27 第三王都の南で討伐任務2

 

 かなり速い行進で、一行はどんどん山の方に向かっていく。

 私は、お守りを付けていないのだから、こんな時も、私の匂いで魔物がやって来かねない。

 

 山に向かうこの小径は、荷馬車がギリギリ通れるか、くらいだ。あのマリハの町のリットワースの工房に行く道がこんな感じの狭さだった。

 つまり、撤退してきた彼らは歩いて戻ってきたのだろうか。あるいは誰かが先に戻り、荷馬車を持ってきて怪我人を載せて撤退したのか。

 

 暫く歩いていくと、だいぶ林が近い。宿のあるクネマの町から南にさらに道があり、かなり離れてはいるが町と湖らしきものがある。西に向かっているのだが、その西から風が吹いている。南西の山から吹き下ろしているのだろうか。この分だと風に匂いが乗って、林から魔物が飛び出してくる、というのは、すぐにはなさそうだった。

 

 黙々と歩いていくと、少し開けた場所に、天幕(テント)がいくつもあった。ここだな。

 

 「よし。到着だ。全員休憩してくれ」

 副支部長が全員に命令した。

 

 天幕が四つか。

 火(おこ)しをした跡がある。雨が降るから、上に雨除け幕(タープ)が斜めに張られていた。

 

 ふむ。そういえば、かなり長丁場だったな。なにしろ三〇日以上だからなぁ。ここで野営しながら、狩り続けたのか。

 

 この野営地の周りには簡易ながら柵が設けられていた。怪我人が出て、ここに治療師とともに置いていかねばならず、柵を作って、二、三人を護衛に置いて、他のメンバーはその怪異に向かったわけだ。そうなれば、人数はどんどん減っていく。

 結局、一六人中、八人もの負傷者が出た時点で、副支部長は討伐を中断し、さっきの宿まで撤退させた訳だ。ま、半数が戦闘不能ではそうならざるを得ない。

 なるほど。三〇日かかっても終わらないのでは、支部長も渋い顔になるわな。恐らく一五日もあれば終わっていると、考えていたのだろう。

 

 いつの間にか、風がやんでいた。

 

 全員が天幕の中を点検している。私は上に雨除け幕(タープ)の張られた簡易(かまど)の方を見ていく。雨が吹き込んでしまうと、中の灰が泥になってしまうので、そのままでは使えないから、慎重に灰を確かめる。まだ湿気てはいないようだ。

 

 副支部長が全員を集めた。

 「集合してくれ」

 「よし。野営の天幕は異常がない。一番手前のを女性たちの天幕にする。この大きいのは、私とマウリッツ。あとは私の討伐隊の隊員が入ってくれ。その横は、ビルギットたちだ。荷物はここに置いていってくれ。アードルフとゲレオールとシュリックは今回は留守番を頼めるか。我々が討伐に出ている間にそっちの天幕は畳んでおいてくれ。三人なら、出来るだろう。あと魔物が出たら無理ない範囲で頼む。これ以上怪我人が増えると困るからな」

 副支部長は周りを見渡した。

 

 「よし。留守番三人以外は、全員出発だ」

 

 山に向かって歩き始めると、風が後ろから吹いてきた。風は北東から林の方に向けて吹き始めていた。

 あまり良いことではないな。私の匂いが林にいけば、必然的に魔物をおびき寄せることになる。

 

 ……

 

 林を見ると、奥の方はかなり木々の背が高い。その中で一際大きな樹々が見える。なんだろう。数本、大木があるのだ。そこだけ飛び出している。

 周りの林は、そのまま奥の方は山の麓になっていて、山々は緑と紫、それに黄色で一杯だ。山の一つはかなり標高が高そうだ。

 パニヨ山塊だっけか。となれば、あの高いやつがパニヨ山とでもいうのだろうな。

 

 

 副支部長の部隊は、三人置いてきたので、金一階級の副長とあともう一人、銀二階級の前衛一名。

 副支部長が先頭に立ち、その後ろに二人が左右に。この三人を前にして、副支部長補佐のアーレンバリとその後ろに私が続く。私の後ろには弓の二人が並列。その左右に今回の盾持ち二人と少し離れて最後尾にもう一人の盾持ちだ。

 上から見たら矢印に横棒が付いたような隊形だ。一応、理には適っている。

 

 こんな大人数での狩りは初めてだし、弓の人がいるのは、あのスッファの時のステンベレ以来だ。

 この一〇人で、今回の飛翔してくる魔獣を倒さねばならない。相手は五頭。勿論、私の匂いでそれ以外も出てくるだろう。

 

 左手の方、林が近くなると、背中に違和感が出始めた。間違いない。何かいる。

 「隊長! 何かがいます! 全員停止です」

 私はしゃがみこみ、左掌を地面に当てる。気配はある。背中の寒気のような悪寒のような違和感とゾクゾクする感じ。以前にもこれは何度かあった。たぶん、ゲネスだ。

 

 「どうした。ヴィンセント殿」

 副支部長が振り返った。

 「魔獣が、います。林から、出てきます」

 私は立ちあがりながら、大袈裟なお辞儀の形で、背中の鉄剣を抜いた。

 「そ、そうか。何が来るんだ?」

 「たぶん。ゲネス。数頭、来ます!」

 

 その瞬間だった。林の中から、ゲネスが次々飛び出し、私の方に向かってくる。

 しかし。私の前にいた副支部長のヴァルデゴードが低い姿勢のまま、抜刀。

 恐るべき速さで、長い剣ごと回転すると、先頭にいたゲネス二頭がもう転がっていた。瞬時に斬られたゲネスは声を上げることもなかった。

 

 副支部長、やるな。

 

 その一瞬、一頭がすり抜けたが、金階級のオーバリが薙ぎ払うようにして斃していた。ゲネスから一瞬だけ悲鳴が上がり、四肢を痙攣させながら転がる。

 

 奥からさらに三頭。

 ヴァルデゴードが剣を振るうと、更に先頭の一頭が、斬られ転がる。広がった二頭はオーバリと、もう一人によって切り裂かれていた。私の所までやってきた魔獣はいなかった。

 

 副支部長、流石だな。左右の二人も息はぴったり合っている。

 これほどの腕とチームワークを持ちながら、八人もけが人が出るとは、ライメルドとは、どれ程手強いのか……。

 

 「副支部長、解体は私がやります」

 そう答えたのは補佐のアーレンバリだった。

 

 前にいた銀階級の男と、副支部長補佐が魔獣の頭の解体を始めていた。

 その血と脳漿の匂いで()せる。私は少し離れた。

 解体には弓を持っていたテッシュも加わった。

 

 

 私は鉄剣を足元に置いて、静かに手を合わせる。

 合掌。

 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 小声でお経を唱える。

 

 私が斃した訳ではないが、私の匂いがなければ、彼らは飛び出して来ることはなかっただろう……。

 

 三人は手早く、牙を削り取り、更に角を切り取っていた。無論、魔石も回収している。

 それを副支部長の隊にいる銀階級の男が背中のバッグに仕舞った。

 

 「死体は、林の中に投げておこう」

 副支部長がそういうので、私は鉄剣を背中の鞘に仕舞って、ゲネスの死体を両手に持った。ずるずるとひっぱり、そのまま林の入り口近くの藪に投げ入れた。

 その後ろに同じように死体を持ってきたのは、補佐のアーレンバリと弓師のテッシュだった。

 

 (死体を埋めることもできぬ。許されよ)

 心の中で、呟いた。

 

 「よし。出発だ」

 

 また全員、同じ隊形で進んでいく。

 

 ゲネスは、こう言っては何だが、前座も前座。雑魚に過ぎない。

 まだまだ出て来るだろう。

 

 北東からのそよ風は一向に収まらない。となれば、私の匂いは林の中に大分流れ込んだ事になる。

 暫く歩き進んだところで、また、背中が反応していた。ぞわぞわする感じが、大分強い。どんどん酷くなっていく。しかし、今までに感じた事のなかった違和感で、これは私が出会った事のない魔物が近いことを意味していた。一頭二頭ではあるまい。集団が来る。

 

 「止まって! 止まってください」

 「またか。どうしたんだ。ヴィンセント殿」

 「分かりませんが、何かがいます。集団です」

 私はしゃがみ込んで、左掌を地面につけた。

 

 林の奥から何かが、くる。それも騒々しく。

 「大分来ます。広がって! 固まって、いては、危ないです!」

 私は再び、背中の鉄剣を抜いた。

 

 林の中で、大分何かが駆けてくる音がする。

 これは多いかもしれないな。

 

 顔が虎のような、いやそれにしては細長い顔の猛獣のような奴が、飛び出して来た。胸に一本だけ腕?

 体毛は腹は白い。他の部分は緑と茶色の混ざる汚い斑。顔だけ白い毛も混ざっていた。長い尻尾は焦げ茶色。

 脚が六本だ。体長は三メートルほどか。

 

 「メルイヌエだ! 気を付けろ!」

 副支部長が怒鳴った。

 そうか、これがメルイヌエか。カサマの街道掃除で副長が言っていた。アガットが片っ端から斃していったという魔獣の一つだ。

 

 林から、さらに二頭が顔を出した。

 

 「くっ。本来なら、こいつら単独行動だろう。なんで三頭も」

 副支部長がそう言った時だった。

 林からやや迷彩がかった凶暴なヒョウといった顔立ちの魔獣が飛び出してきた。

 「ガギゥエルだ! 全員もっと広がれ」

 副支部長の指示が飛ぶ。

 

 あれがガギゥエルなのか。

 此奴らは林からどんどん出て来た。これもカサマの街道掃除で名前だけ聞いた魔獣だ。

 木の葉のような緑とやや茶色がかった体色で、迷彩模様にも見える。顔の周りだけが白い毛が生えている。体長は二・五メートル程か。メルイヌエよりは少し小さい。

 口には上顎から、巨大な牙が生えている。あれでがぶりとやるんだろうな。

 

 おいおい。数が多い。どんどん林から出て来た。八頭も出て来たぞ。

 私の後方で弓師が反応し、即座に矢を放ち始めていた。

 その弓師のやや横に盾持ちの前衛がついた。

 ガギゥエルにどんどん矢が撃ち込まれて行く。

 

 と、その時。副支部長の前に迫ったメルイヌエの胸にあった一本の腕。しかも真ん中じゃない所から生えてるそれが、いきなり伸びた!

 しかし副支部長の反応も早く、長い剣でそれに対抗した。しかし相手の腕が、いきなり硬化。鋭い音が響き渡る。

 

 後ろにいた二頭は広がったまま、一頭は私に迫る。

 長い腕が伸びた。鉄剣を左から払う様にしてあてた。激しい金属音と共に、相手の腕が右の方に払われたが、切り落とせていない。

 なんてやつだ。当たる瞬間に、その近辺の皮膚がまるで硬い金属の様に硬化する。

 硬化は腕全体じゃないから、奴は当たる場所を瞬時に判断して、そこが盾になるのだ。

 なんていう魔獣だ。

 アガットはどうやって斃したのだろう。

 それに副支部長もこれをどうやって始末するのか。

 

 副支部長は、まだ最初のメルイヌエと闘っていた。

 

 と、その時だった。長く伸びた腕がかなり大外でぐるぐると私を取り巻いた。

 あれが一気に絞められたら……。

 

 剣を右肩に寄せ、八相の構え。締まるロープのような腕に向け、私の鉄剣は∞の軌道を描いた。

 「うぉあああああ」

 声が勝手に上がっていた。

 剣は、確かに回った。相手の腕が硬化する直前に切り裂いていたのだ。

 

 私の前でばらばらに斬られたメルイヌエの腕が転がり、魔獣は一気に間合いを詰めて来ていた。私を腕で絞めて食べるつもりだったのだろう。顔が迫る。大きな牙。

 その瞬間、メルイヌエの目が見開かれ、動きが止まっていた。

 横から剣を刺し込んでいたのは、アーレンバリ隊長と副支部長が連れて来ていた銀階級の前衛の人だった。

 

 その時にはガギゥエルも一頭きた。私は左手で右腰のダガーを抜いて投擲。

 向かって来ていた魔獣の額に刺さって魔獣は崩れ落ちた。

 

 もう、乱戦になっている。

 副支部長が闘っている魔獣の隙をついて、金階級の前衛、オーバリが剣を差し込んでいた。メルイヌエはその場で崩れ落ちた。

 

 メルイヌエはあと一頭。ガギゥエルは、弓師の二人が既に四頭斃し、私が一頭か。

 あと三頭。

 メルイヌエ一頭が、急に林に向かって走り出した。逃げ出したのだ。

 

 ガギゥエルの一頭が遠くに離れた。その時に突然私の頭の中で警報が鳴り響いている。あいつ、何かをやるつもりだ。

 後ろ足を大きく引いて前四本足で低く構えた。顔の周りの白い毛が輝き始めた。

 間違いない。『何か』が来る!

 

 「みんな! 逃げて!」

 私は叫んでいたが、そう言われてすぐに逃げ出せるような状況ではない。

 ガギゥエルが口を開き、赤い球が口から発射されていた。

 まずい。あれが何であれ、まずいのは確かだ。

 赤い球は真っすぐ私に向かって飛んできた。私を狙っているのだ。

 

 弓師の二人が後ろに下がった。盾の三人も続いて下がる。

 私は右斜め前にいた副支部長補佐を右に突き飛ばした。彼が派手に吹っ飛んで転がる。

 

 赤い球が。

 くっ。

 私はその赤い球を鉄剣の刃の腹にあてた。それは音もなくその場で砕けて霧になった。

 殆ど反射的に左手で鼻と口を覆ったが、少し吸い込んだのかもしれない。

 

 腕が痺れている……。

 だめだ。握っていられない。鉄剣を落とした。

 

 そこに猛烈な吐き気が襲ってきた。がっくりと膝をついた。

 

 目を閉じて、唇を噛み締める。敵の魔獣はまだいる。このままでは……。

 

 しかし、後ろに下がった弓師の二人は冷静にその伏せたガギゥエルに矢を当てていた。

 ガギゥエルから悲鳴が上がった。

 それを見た残る二頭は逃げ出していた。魔獣は林の中に走り去った。

 

 ……

 

 戦闘は、唐突に終わった。

 

 私は酷い吐き気がしていて、起き上がれなかった。呼吸が苦しい。瞼までも重くなっていた。

 

 なおも北東からの風が吹き、私を襲った不穏な霧は、林の中に運ばれて消えて行った。

 

 

 つづく

 

 マリーネこと大谷の振るう剣の速度は、魔獣の認識と反射神経を凌駕した。そして魔獣の腕を斬り飛ばす。

 しかし別の魔獣の特殊な攻撃を受けてしまい、まともに『何か』を吸い込んでしまった……

 

 次回 第三王都の南で討伐任務3

 倒れたマリーネこと大谷。

 討伐隊はマリーネこと大谷の体を抱いて、途中のキャンプ地に戻っていた。

 そこで意識を取り戻したマリーネこと大谷だった。

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