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238 第20章 第三王都とベルベラディ 20-25 第三王都に舞い込んだ討伐任務

 休日は、あのショッピングセンターに行ってみることにしたマリーネこと大谷。

 翌日は、いよいよ今までにやっていない刃物をどんどんやって行く事になった。

 

 238話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-25 第三王都に舞い込んだ討伐任務

 

 この日はせっかくの休日である。外は曇りだが、雨は降りそうにはない。

 出かけてみるか。

 

 一度部屋に戻って、ポーチの中のお金を入れ直す。デレリンギ硬貨は四〇枚ほどにした。

 正直言って、これくらいあれば、何か買うにしても食べるにしても、十分だ。高価なものを買うなら代用通貨だな。

 冒険者ギルドの代用通貨をポーチに入れた。

 

 下に降りると、またマチルドに出会った。

 「ちょっと、出かけてきますね」

 「行ってらっしゃませ。マリーネお嬢様」

 そういうと、彼女に深いお辞儀されてしまう。

 他の下宿人には、決してしない態度である。ホールト夫人はいったい何を命令したのだろう。謎だ。

 

 空は曇ってはいるものの、暗くはないし、道も濡れてはいない。

 私は前から気になってはいた、あのショッピングセンター擬きに行ってみることにしたのだ。

 そう、あのスイッド・マインスベックの、巨大なショッピングセンターだ。

 あの時は、ヨニアクルス支部長と一緒に彼の店で食事しただけだった。

 

 下宿を出て、少し東に歩く。時計回りの乗合馬車がいる大きな通りまで出て、それから少し北に行き、斜めに入る道を通って、あのお店の前に到着である。『マインスベックの酒と料理』店だ。

 この大きな店の横には通路があって、奥に行ける。

 細かく区切られたスペースには、食べ物屋も出てはいるのだが、やはり火の問題があるのか。焼き売りしている業者が極端に少ない。

 

 食べ物のコーナーを抜けて、さらに進むと雑貨屋。雑貨はジウリーロと一緒にある程度は見てあるので、私は金属細工専門店を探す。

 衣服の店や、小間物を置く雑貨店が多く、金属細工を置いている店を探すのは苦労した。何しろ休みの日なのだ。客も多い。

 

 以前、ヨニアクルス支部長と来た時は、ここは完全に平屋だと思っていたのだが、横の方に階段があって、隣の建物の上に行けるようになっていた。

 しかし、その二階に行くのは諦めた。人が多すぎる。

 ここは横にある三階建ての建物とくっついているのだが、上の階に何が入っているのか、今後の楽しみに取っておくことにしよう。

 

 あちこちに背の高い黒服の男たちが立っている。たぶん、見張りだ。ここも青空市場とそう違いはないという事だな。

 場所をどういう風に貸しているのかは、判らないのだが、どこかの商会が取り仕切っているのだろう。

 まさか、マインスベックの商会が全部やっているとは思えない。

 

 背の高い亜人たちが多いので、なかなか見て歩くことも出来ない。

 やっと、金属細工専門店を見つけた。

 

 それほど大きくはない区画だが、中に入って見てみる。

 どうやらブローチのようなものとか、アクセサリーだが、銀で作ってあるらしい花があった。

 ペンダントのようなものもあったが、どれもこれも、細い糸のような銀を使って形を作り出している。

 まごうことなき、高度な工芸品である。美しい。

 微細な造りで花や葉っぱが形作られている。まさしく美術品に近い工芸の世界だ。

 

 うーん、アレを作るのか。

 どこかで見た事のあるような物もある。元の世界の秋田の伝統工芸品にこういうのがあった気がする。

 秋田の銀線細工は、私は実物を見た事はないのだ。母が持っていたカタログの写真で見た程度だ。

 

 流石にアレを見よう見まねで作るというのは、厳しい気がする。

 私がちゃんと学んで作るならともかく、一個買って、後は見よう見まねだけで似せて作るのは失礼な気がした。

 

 金属細工でも、銀を使ったこういう糸のようなのは、やはり専門の人に任せた方がよさそうだ。

 自分が出来るのはせいぜい鳥だったり動物だったりの置物、そっちの方向だな。

 

 ここには銀細工の小鳥などの置物も置いてあった。

 これは花の方と同じで、細い銀線状態のものを用いて、それで形を作り出しているやり方で、私がやっていたような型を作って、一塊の金属にさらに彫り込むなどして仕上げた物とは、全く違っていた。

 そうか。このほうが使う銀の量が圧倒的に少なくて、細かい造り込みもそれなりに可能だ。そして、こっちの方がだんぜん軽い。

 銀の値段を考えたら、こちらの方が、手を出しやすい価格になるのだろうな。

 まてよ。そうなると、私が作ったあの銀細工の鳥は、一体いくらになるのだろうな。重さから推定するしかないのだが。

 

 さて、下手に細かい造りのブローチに手を出すのは止めておこう。革の方は革の方で靴と鎧だったし、靴はどうなんだろうな。

 ここでは需要がどれくらいあるのかも分からない。

 

 よし。こういう事が分かっただけでもここに来た価値があった。

 今日はこれで引き上げよう。

 

 この日も夕食後には共同風呂。いつものように個室だ。

 お風呂から出て、マチルドと一緒に歩いて下宿に戻る。

 夜空は晴れていて、今日も大きな月と小さな月二つが見えた。

 

 

 翌日。

 

 ケニヤルケス親方は私にいくつかの指示を出してきた。いよいよ、ここからが本番という事か。

 それは、今までにやっていない刃物を作る事、だった。

 そして仕上げに関しても指示があり、他の物と同じように研ぐことだった。これは要するに研ぎすぎるなという事だな。

 

 まずは(のこぎり)である。鋸の歯を作る部分は大変に細かい作業だ。

 それは、大理石で出来ている工具で、刃を削って造っていく根気がいる作業だ。

 工業化されていないので、すべて手作業で付けていくのだから、当然と言えば当然だった。

 

 これも種類は色々ある。大きな丸太を切る鋸と板を切るものは当然違うからだ。

 これは板鋼が用意されていた。王国の鍛冶の方で作っているという、薄い鋼である。

 これを所定の形に切って、そこに鋸の刃を付けていく作業だった。

 まずは熱してから、小さな専用の(たがね)を使ってノコのぎざぎざの歯を切り出して、あとは冷やしてから、その尖った歯の所を小さな大理石の専用道具で磨きながら、そこに刃を作る。

 砥石では出来ない、本当に地味な作業。

 

 これだけでも、どんどん日にちが経過していく。

 

 次は、刃の湾曲した刃物。ぎざぎざのない鎌にも似ているが、鋸よりは、刃自体が厚い。

 これは鉄の塊から溶かして型に流し、叩いていくもので、鍛造である。

 型から取り出した、それの湾曲した内側や外側に刃を付けていく作業だ。

 

 鍛冶の仕事はあっという間に、軌道に乗ったらしい。

 実は、私にとって知るべきなのはここの炉の使い方、あとはこの王国鍛冶屋の(ふいご)。そして、どんな刃物が必要なのか。その形、大きさや厚さはどういうものか、という点だけだ。

 

 気が付くと第六節上後節の月、第七週目に入っていた。この月の最後の週だ。

 

 その二日目。

 親方に言われて残っているのは、あとは(なた)。これも大きさが色々ある。刃の付き方も、形も色々である。

 形が違うのは、これらは全て用途が決まっているという。これに付ける柄もまた、様々あった。

 この工房では農具はやっていないという事なので、あれらは農具ではないらしい。大工の作業用なのかもしれない。

 私はやや大きめの鉈と、小ぶりで、形が先端の方ほど、大きくなっているものを担当となった。

 

 鉈の型を作っているところで、私に冒険者ギルドから呼びだしがかかったのだった。

 

 「こちらに、ヴィンセント殿は居ますか!」

 工房の外に冒険者ギルドの荷馬車が到着したのだ。

 

 私は、工房の休憩場所兼、研ぐ部屋で粘土を捏ねて型を作っていた時だった。

 その部屋にケネットが飛び込んできた。

 「ヴィンセント殿。冒険者ギルドの方が来ました!」

 「今、行きます。そのまま、お待ちいただいて」

 

 やれやれ。なんだろうな。

 取り合えず、手を洗い、それから顔も洗った。

 工房の出入り口に行くと二人の係官がいた。バーリリンド係官ともう一人だった。

 

 「慌てて、どうなさいましたか、バーリリンド係官殿」

 「緊急事態が発生しました。それで支部長がお呼びです。ヴィンセント殿」

 「分かりました。私が暫く、ここに来れないことを、この工房の方に、説明していただけますか?」

 「それは、私がやってきます。ヴィンセント殿」

 私が知らない係官が、中に入っていった。

 

 「バーリリンド係官殿、今の彼は?」

 「ああ、彼はファイス係官です。会ったことがありませんか?」

 「私は、ここの支部に三回か四回ほどしか、行ってませんので」

 「そうでしたか。それで、すぐに支部に行けますか?」

 「武器を持っていきます。服もこれは作業着ですので、着替えて行きます」

 「分かりました。ではここでお待ちします」

 

 私は取り合えず、走っていくしかない。下宿に戻って、すぐに着替える。

 いつもの服。そして小さなリュックには下着の着替えと、タオル、革袋にハーフブーツを入れて、靴はいつものを履く。

 鉄剣をリュックに結び付ける。それの剣帯はリュックにいれた。あと予備のダガー二本も入れた。

 階級章を確かめる。そして白いスカーフを首に巻いた。

 小さなポーチには、最低限の硬貨と、冒険者ギルドの代用通貨。あとはタオル。

 飲み水用の革袋もリュックに入れた。

 腰にはブロードソードとダガー二本。これはいつも通り。

 ミドルソードは置いていく。

 

 私は部屋の扉に鍵をかけた。

 「マリーネお嬢様。剣を背負って、どうなさいました?」

 部屋の前にやってきたのはメイドのマチルドだった。

 

 「ホールト夫人に、伝えて、ほしいの。暫く、戻れないって。今日の、夕食から、止めてください。鍵は、預けていきます」

 「どうなさったのです?」

 「冒険者ギルドの、お仕事が来ました。それも、緊急の、件です」

 彼女は目を見開いていたが、彼女に私の部屋の鍵を預ける。

 「お願いしますね。私は、すぐに、行かないと、いけないから」

 彼女はまだ何か言いたそうだったが、すぐに姿勢を正した。

 「マリーネお嬢様。いってらっしゃいませ。どうかご無事で」

 彼女は深いお辞儀をした。

 

 「はい。いってきます」

 出来るだけ笑顔で、振り返って手を振って、それから走り出す。

 着替えと準備に少し、時間がかかってしまった。

 

 鍛冶屋のケニヤルケス工房に行くと、もう係官二人が外にいた。

 私を御者台に乗せてくれたのは、バーリリンド係官だった。

 ファイス係官が私の鉄剣付きのリュックをもって、後ろの荷台に乗った。

 

 それを確かめると、バーリリンド係官はアルパカ馬に鞭をいれて、馬車を走らせ始めた。

 

 ……

 

 何が起きたのだろう。私を態々呼び出さないといけないというのは。

 

 かなり揺れる馬車は、速度を上げて中央にあるギルド支部に向かっていた。

 

 相当、急いでいるな。バーリリンド係官は鞭を入れ続けている。そんなにしなくても、とは思うのだが、彼は私を早く支部に届ける任務を背負ってるのであろう。それをどうこう言う事は出来ない。

 

 程なくして、第一商業地域に入り、そして支部の前に荷馬車は到着した。

 私は飛び降りた。ファイス係官が私のリュックを渡して寄越した。それを背負い直して、支部の扉を開ける。

 「マリーネ・ヴィンセント。呼び出しに、応じ、出頭いたしました」

 大声を出して、到着を告げる。

 

 すると女性の係官がやってきた。この支部にも女性の係官がいるのだな。

 「私はエルガ・コップと言います。ヴィンセント殿。支部長がお待ちです。こちらにどうぞ」

 私はそのままその女性についていく。

 連れていかれたのは、支部長の部屋だった。

 

 「おお、来て貰えたようだな。ヴィンセント殿」

 クリステンセン支部長が、態々立ち上がって、私の前にやってきた。

 

 

 今回の事態を伝えに来たらしい支部員は銀の階級、二階級だ。もう一人が銅三階級。

 二人の顔色がよくない。疲労しきっているようだ。

 

 「今回の事は、現場に副支部長がいる。詳しい事情は彼がするだろうが、まずは、話を聞いて欲しい」

 「はい」

 

 「ヴィンセント殿がこの支部に来る直前だ。二か所で怪異事件が起きていた。カーラパーサ湖の東岸にある、レイクマという町からの連絡が来たのがヴィンセント殿がここに来た前日だ。翌日、ヴィンセント殿が来た日は休みの日だったが、隊員の選択が行われてな。さらにその翌日に副支部長のユニオールが部下を引き連れて、向かったのだ。グスタフが行くのを拒んだらしい。まあ、あれを一緒に連れて行くのはユニオールも気が進まなかったのであろう」

 そういえば。休みの日なのに、支部員たちがホールに集まっていたし、支部長も来ていたのだった。

 

 「もう一つは第三王都の大分南にある山々の麓、東側のクネマという村だ。そちらからの怪異の報告がだいぶ、様子が悪いようで、もう一人、こっちは本副支部長であるヴァルデゴードがそれを引き受け、部下を引き連れて向かったのだ。ヴィンセント殿」

 支部長が私を見据えた。

 

 「其方が、あの練習試合に巻き込まれてしまった、あの日の前日に出て行ったのだ。優秀な副支部長が直々に出て行ったのだから、すぐに解決して戻ると思っていたのだが、三〇日を過ぎても、どちらもまだ解決できていない」

 三〇日か。街道の魔獣掃除じゃあるまいし。

 

 「いくら雨が降っていたからといっても、かかり過ぎではありませんか?」

 「うむ。そしてヴァルデゴードのほうから、連絡が来た。だいぶ隊員に怪我人が出ていて、連れて行った治癒師一人ではもう、どうにもならない所まで、追い込まれたというのだ。ヴァルデゴードもユニオールも金三階級。そして連れて行った隊員たちもみな、魔獣退治には手練れの者たち。一か所に腕利きを一〇人以上も送り込んで、どちらもどうにもならぬとは、この支部の責任問題になろうよ」

 「魔獣が、厄介なのでしょうか」

 「うむ。ヴィンセント殿。急ぎ、ヴァルデゴードの方に行ってもらいたい。これ以上時間がかかるようでは、他の事件が起きた場合に、十分な対処が出来ないかもしれんのだ。急ぎ片づけてくる必要があるのだ。()()に及んで、ケンブルクは出せんのだ。其方のこれまでの実績から鑑みて、他の誰を送るよりも効果があろう。儂はそう信じておるよ」

 

 どうやら、面倒な魔獣が出たという事だろう。しかし、死人が出たとは言っていない。となれば、北のほうで出たあのやばい魔獣たち程ではないのか。何とも言えないのだが。

 

 「分かりました。直ちに参ります」

 「うむ。流石に其方一人で行かせるわけにいかぬ」

 支部長は横に控えていた男性に声をかけた。

 

 「アーレンバリ。一緒にいく人を集めたか?」

 「はっ。支部長。今回、独立治療師はマレン・ミュッケ殿に来て頂く事になり、既に支部にお越しいただきました」

 「そうか。他の者は?」

 支部長は皮紙を取り出して、何かを書き始めた。

 

 「もう選抜済みであります。弓に二名。テッシュとルルツ。前衛はウイスニウスとドス、ホロの三名です」

 それを聞いて、支部長は挙げられた隊員の名前を記したようだった。

 

 「分かった。ではその八名で、現場に向かってもらう。副支部長のヴァルデゴードの様子も見て、臨機応変に頼むぞ」

 「承知致しております」

 アーレンバリと呼ばれた男が、腕を水平にした。敬礼だ。

 

 彼の首にかかっているのは金三階級だが、☆が一つ。

 「アーレンバリ殿の階級は、どのようなものでしょう?」

 「ああ。彼は副支部長補佐だ。今回の増援組の隊長をやって貰う。ヴィンセント殿は副隊長になる」

 「分かりました」

 そういえば、ベルベラディから来たあの長身の女性も同じ階級章だった。彼女も副支部長補佐だった。

 

 「今回は荷馬車が二つだ。ドス、ホロ、それぞれ御者を頼む。私とテッシュ、ウイスニウスがドスの方だ。ヴィンセント殿はミュッケ殿とルルツで一緒にホロの方に乗ってくれ。さあ、急ぐぞ」

 アーレンバリと呼ばれていた副支部長補佐の人が、パーティを二つに分けた。八人では乗れないから四人ずつに分けたのだな。

 ルルツという人は女性だった。

 私の方は、御者を除き、女性で集めたという事だな。

 

 どうやら、紹介も何もなかった。全員、急いで荷馬車に乗り込む。

 荷馬車は、東に向かって行く。残念だ。この第三王都から南に延びる街道を見てみたかったのだが。

 

 ……

 

 「それにしても。第三王都の支部にこんな背の小さいお嬢さんが、金階級でいるだなんて、初めて知ったわ。ああ、紹介もしてなかったわね。私はマレン・ミュッケ。独立治療師よ」

 彼女の首には、金の階級章が付いていた。冒険者ギルドの物だ。つまりこの任務のために、冒険者ギルドの方で彼女を雇った形だな。千晶さんは腕にもつけていたが、この女性の腕には、それらしきものはなかった。

 独立治療師といえば、カサマ支部専属のトーンベック女史を急に思い出した。立ち直って、元気にやっているだろうか……。

 

 横の女性も自己紹介した。

 「フローリアン・ルルツよ。銀三階級。弓担当よ」

 彼女も階級章は当然付けている。そして革の鎧を纏っていた。胸。腕。足。そして大きな弓と矢の入った矢筒を持っていた。

 身長は乗り込む前に見たが、二メートルほど。長い金髪を後ろで縛っている。やや焼けた小麦肌。長くも丸くもない、平均的な顔立ちだが、耳は尖って長く、やや横に開いている。目の色は青。

 

 ミュッケと名乗った女性は、髪の毛は茶髪だ。セミロングというところか。瞳も茶色である。身長はルルツとほぼ同じ。顔はやや長い。彫りの深い顔で、これもよくある傾向。整った顔立ち。耳は細く長く、横に開いてはいない。特徴的なのは大きなショルダーバッグを持っていることだ。色々治療用の道具や薬草等が入っているのかもしれない。

 

 「私は、マリーネ・ヴィンセントです。金二階級。トドマにいました」

 「北方の鉱山の方?」

 そういったのはルルツ。

 

 「そうです。鉱山近辺の、作業場の、警護と、魔物退治が、専門、でした」

 「どうしてこっちに? 誰か嫌な人でもいて、移籍?」

 ルルツは興味津々といった所か。

 「いえ。私は、王都で、鍛冶を、学びたくて、移籍、しました。学んでいる、最中を、全部お休みに、したくは、なかったのです」

 「変わってるわね。貴女。普通ならそこは、任務が来ないようにお休みするでしょうに」

 そうは言ったものの、二人とも微笑していた。


 荷馬車の幌の中は、本来暗いのだが、後ろの開口部から斜めに日が差し込んで、そこは十分に明るかった。荷馬車はどんどん進んでいく。

 街道の周りにいる人々がどんどん遠ざかっていく。

 

 東の隊商道の最初の街マカサに到着。今日はこれで夕方。今日はこの先の移動はしないだろう。

 マカサの宿は冒険者ギルドで専用にしている宿があるという。ここや、第三王都近くの小さな町レベルだと支部はなく、宿だけがあるらしい。その宿が支部代わりということだ。


 夕食は簡単なものだった。燻製肉のスライスしたものを焼いたものと、スープ。野菜が少し。あとは一次発酵したパンが少し。

 宿にはベッドもあった。一六人ほどが宿泊できるようになっていた。

 

 翌日。

 起きてやるのはいつものストレッチ。からの柔軟体操。そして空手と護身術。外に出て、ダガーの謎格闘技もやってから、剣の素振り。これもいつも通り。

 するとそこに、副支部長補佐のアーレンバリと呼ばれていた男性がやってきた。今回の支援部隊の隊長である。

 

 「おはよう。ヴィンセント殿。朝から鍛錬かい。ずいぶんと熱心だね」

 「あ、おはようございます。その、アーレンバリ隊長殿」

 「あー、そうか。紹介もしていなかったな。私はマウリッツ・アーレンバリだ。副支部長補佐をしている。サラデーオが馬鹿をやらかして、暫く謹慎になって、私に色々押し付けられているのさ」

 

 「何かありましたか」

 「ははっ。君が一番巻き込まれた、張本人だろう。あのグスタフが勝手にやらかした試合の」

 あー。あの時の副支部長補佐の人がサラデーオといったか。もう忘れていた。

 

 「あれ以来、君の噂で鉄階級以下の連中が、また君の剣を見たいと大騒ぎだよ」

 そういって、彼は苦笑した。

 「グスタフに四本入れたんだって? 凄い腕前だ。正直言って、私より剣は上だろうね」

 そういって、彼は両掌を上に向けて左右に広げ、肩をすくめて見せた。

 

 「あれは、練習試合、ですから」

 そういうのがやっとだった。

 「支部長が君の腕前にぞっこんだからね。他の金階級の休んでいるのを非常招集かけて呼び出すより、急いで君を呼んで来いと言い切っていたからな」

 

 ……

 

 まいったな。あのグスタフ・ケンブルクとの試合で、支部長はそんなに私を買っているのか。

 

 「他の連中も起きてきたら、朝食を配る。簡単なものだがね。それを食べたら、男衆の方を紹介しておこう。同じに馬車に乗った、あっちの二人はもう、挨拶済みだろうし」

 彼はそう言って、宿の中に入った。

 朝食は本当に簡単なものだった。一次発酵させたパンと、スープのみ。

 

 それを食べ終えると、荷馬車の前で、男衆の紹介。

 男衆が横に並んだ。

 

 「右から紹介していくよ。マンフレート・ウイスニウス、銀三階級の前衛だ。その隣がビルギット・テッシュ。銀二階級の弓師だ」

 男たちは軽く会釈した。

 私の方が階級が上といっても、私の背丈は子供である。彼らが戸惑っているのが判った。

 

 「そして、御者もやってくれている、前衛の二人、ガスパール・ドスとミロウステ・ホロ。二人とも銀一階級だ」

 二人がお辞儀をした。

 

 「さあ。改めてだが、この背の小さな少女に見えるお方が、マリーネ・ヴィンセント殿。金二階級だ。もっとも、みんなもう噂くらいは知っているだろう。ケンブルクを軽くあしらって四本も入れて見せた腕前の持ち主だ」

 私は深いお辞儀で応えた。


 男たちは左右で顔を見合わせている。

 

 私は右掌を胸に当てた。

 「よろしくお願いいたします」

 私はそういってからスカートの端をもって少し広げ、そこで軽くお辞儀した。

 それを見て、みんなに笑顔があった。

 よしよし。印象を悪くしてもいいことは一つもない。これでまあまあの好印象でスタートしたと言っていいか。

 

 全員が荷馬車に乗って、また出発である。

 マカサから南に入る細い道がある。ここを南下して、一度川を渡り東側に出る。

 

 そこから川沿いに、荷馬車は南下していく。後ろの開口部から身を乗り出して、前方を見ると南には山々が見えた。

 東側は深い林、いや森か。私の匂いで、何か魔物が出たりしなければいいのだが。

 「南には、山が見えました」

 私がそういうとルルツが教えてくれた。

 

 「あれはパニヨ山塊というの。その中の一つがバシル山。今回の現場になるのがその山の麓ね」

 「ありがとうございます。こちらの方の地理を知らなくて」

 「ずっと、北の方にいたのでは、そうよね」

 とはいえ、ここから東にある細い街道は、以前第四王都から東の隊商道に出るまで、連泊しながら通った。

 その時に見た西側の林とか森が、これか。態と開発もしていないのだろう。それにしても、荷馬車が通れる道すら作っていないのか。まあ、何か理由があるのかも知れないが。

 

 あの山たちは、山塊か。元の世界では、通常は断層で区切られた独立した山々の塊をそう呼ぶ。あの山の周りに断層があるのか、それともこの異世界では、そう呼ぶ独特の山の形態があるのかは、私には判らなかった。

 

 ……

 

 荷馬車は、ずっと一定の速度で進み、途中で止まった。まだ次の町には付いていないが、アルパカ馬たちを休ませるようだった。

 

 乗っていた全員が一度降りて、休憩。暫くしてまた、出発である。

 

 そうして、小さな町カイに泊まり、翌日は更に川沿いに南下していき、ガフの町。ここで一泊し、そしてその先に目的地のクネマという町がある。

 

 

 つづく

 

 刃物を作る日々、突如として冒険者ギルドの方から呼び出しがかかり、支部に行くと、どうやら厄介事らしい。

 相当に手こずっている魔物を斃してこいとのことだ。

 マリーネこと大谷は、即座に討伐隊に組み込まれ、荷馬車に乗って出発したのだった。

 

 次回 第三王都の南で討伐任務

 荷馬車に載せられて、途中の町々で泊まりながら、現地を目指すマリーネこと大谷一行。

 目的の町の宿に、副支部長がいた。そして宿の広間は怪我人だらけだ。

 夕食を食べながら、メンバーの紹介と今回の任務の内容が伝えられたのであった。


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