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237 第20章 第三王都とベルベラディ 20-24 第三王都での鍛冶見習い4

 刃が大きく毀れた包丁の修理が任せられたマリーネこと大谷。

 あまりにも大きく毀れていて、本当なら廃棄してもいいほどなのだが、直すらしい。

 そこで、毀れている位置まで、刃を切ってしまう事にしたマリーネこと大谷である。

 237話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-24 第三王都での鍛冶見習い4

 

 

 週があけると雨は時々降らなくなっていた。

 ゼワンが言うとおりだった。

 第三王都の雨の季節は終わったらしい。

 

 私はゼワンから指示された刃物を叩く日々が続いていた。

 だいたいは、調理に使う刃物だ。二一センチくらい。つまり刃渡り五フェムの物が多い。

 

 この日は客の刃物を直して欲しいという。真ん中がおもいっきり(こぼ)れ、欠けている。

 何かを叩いたのだ。たぶん硬い何か。それで刃が欠けてしまったのだ。

 「ゼワン殿。これは、この、欠けている、部分の、所に、合わせる、しか、ありません。相当、研ぐことに、なります」

 「ああ。それは客も了承している。硬い骨でも叩いたのだろうね」

 

 刃の鉄を見る。見極めの目。かなり叩きが甘いな。この工房で作ったものじゃないな。

 刃の根元に工房の紋章がない。どういう事だろうな。

 柄を分解する。その分解した中に紋章が刻んであったのだが、私には判らない。

 

 仕方がない。熱して叩くところからだ。

 私は顔に布を巻いて、『やっとこ』で刃を掴んだ。熱を入れていく。

 「どうした。ヴィンセント殿。なぜ熱入れしているのだ」

 ゼワンが横にきた。

 

 「刃の、叩きが、よろしくありませんの。それで、欠けたのだと、思いますわ」

 「そうか、見せてくれるか」

 ゼワンの目の前に、少し熱し始めた刃物を差し出す。

 

 「この紋章は……。そうか……」

 「どうかなさいましたか?」

 「いや、何でもない。ヴィンセント殿。直す方を頼むが、最後の仕上げ研ぎはブロールにやらせてみてくれないか」

 「はい。そのように致しますわ」

 

 さて、加熱を続ける。八八〇度Cほどになった。赤熱したその粗末な包丁の刃を叩き始める。

 どれくらい、焼きが入れてあるのやら。

 あまりに何度も焼いてあるようだと、すでに焼きが回っているかもしれんな。

 

 とにかく、密度がばらばらな場所が多すぎる。

 刃の近くだけでも密度を揃え、組成を揃えないと、すぐに欠けるぞ。これは。

 叩いていって慎重に密度を揃えていく。

 

 この部分だけは、他の人にはたぶん真似ができない。

 見極める目の時だけ、まるでサーモグラフィで見ているかのように、温度、ではなく、金属の組成や密度の違う部分の色がいくらか違って見えているからだ。

 この異世界の天才的鍛冶師たちは鉄の声が聴こえるかもしれないが、私は密度の状態や鉄の純度の状態を見ているのだ。

 

 純度や組成にも何故かムラがあるが、それはもう無視だ。全くの素材状態ならともかく、一度焼いてしまって完成させている刃物だから、余り弄れない。

 私は黙々と叩き、刃の近くの密度を一定にしていった。

 

 さて、ここから先は一人ではできない。

 「ブロール殿。ちょっと、手伝って、下さいますか?」

 「は、はいっ」

 彼がすぐにやってきた。

 

 彼には『やっとこ』で、この刃物を持っていてもらうのだ。

 「これを、抑えていて、ください」

 そういうと彼は頷いた。

 

 私はここで(たがね)をハンマーで叩いて、余分な刃部分を削り落とすというか、切り落とす。

 下手に手を入れると、全体が割れてしまうので、まず縦方向にちょっとだけ、小さな切れ目を入れて、次に横方向でそこまで叩いて切り落とす。これを何度も繰り返す。

 冷えてきたら、彼に炉に入れてもらう。取り出すタイミングも私が指示する。だいたい八八〇度Cちょっとだ。

 刃の部分を、欠けている場所に合わせて削り落とすのに小一時間は、いやもっとかかっただろうか。

 

 「もういいですわ。ありがとうございました」

 そういうと彼はお辞儀して、また反対側の方に行った。そっちでの手伝いもあるのだろう。

 

 一応、密度の修正はした。思いっきり欠けている所まで、切り落とすのもやった。

 もう相当焼いてあるような刃物だと、これ以上やれば焼きが回る可能性が高いが。

 ここで微妙な歪みを調整する。あの作業をやって、流石に歪みゼロという訳にはいかないのだ。

 

 慎重に叩いていって、歪みを直す。そして、もう一回熱を入れていく。

 

 ここで水に入れて急冷。

 取り出して、表面を見る。一回焼き直しするべきか。温度を見ながら、また加熱していく。七〇〇度Cから始めて、すこし離して温度を下げる。六〇〇度C程で少し様子見。熱で変性していくのだ。既にかなりやってあった場合は、逆に劣化して、砕けやすくなる。少し温度が下がる。ここから徐々に温度を上げてやる。ゆっくりとまた七〇〇度Cに向かっていく。

 唐突に頭の中で「そこまで」という声が聴こえた。

 見極めの目で見ると、もう組成が整っている。

 

 慌てて、炉から取り出して私はここ全体の空気を動かしている風車の方に持っていき、風車の風で冷やす。完全自然空冷がいいのだろうけれど、風車の風で空冷である。それでも水冷と違い、かなりの時間がかかる。

 

 ここでお昼。

 

 相変わらず、大きな葉っぱに包まれた料理が届けられる。

 今回のは、前の燻製肉とはちょっと違う肉料理。

 塩漬けの肉らしい。その上に魚醤で作ったタレが掛けてあるわけだが、やはり真ん中が大きく刳り貫いてあり、そこにパンではなく、どうやらイモに似た『何か』だと思うのだが、それを潰したマッシュポテト風の物が詰めてある。

 これは、周りの肉からの肉汁やら魚醤のタレで味がついていくのだろうけれど、元々塩が混ぜてあるようだ。

 

 こんな料理も、今までに食べた事がない。

 

 たぶん、容器に手間を掛けたくはないのだろう。なんせ毎回葉っぱだ。

 このマッシュポテト風のものがばらばらになって零れたりしないように、肉の方に穴をあけて、そこに詰め込むとは。それで、この塩漬け肉のステーキもかなり分厚いのだ。まあ、彼らがたくさん食べるのでそこは問題ないのだろう。

 

 これを作っている料理人は、どこの人なんだろうな。

 

 食べ終えて水を飲んでいると、彼らの会話が始まっていたが、今回は共通民衆語だ。

 私に配慮してくれたのだろうか。

 

 話題はコルウェで今大人気で、飛ぶように売れているらしい刃物の事だ。

 なんでも波打った刃物らしく、これが人気が出たとかいう。

 元の世界でいうところの波型包丁か。確かパンなどを切るのに使われる物なのだが。

 

 波型包丁は、刃を付けるのが、簡単ではない。一般的な砥石では作れないために、製造元以外では研ぎ直せないのである。

 あれは片刃で、両方には刃を付けない。日本以外で片刃というのは珍しいのだが、波型包丁は両方には刃が付かない。

 刃の付け方は、回転する砥石が幾重にも連なる山形になっており、そこに刃先を当てて削っていき、あれが出来る。

 それ故に、同じ砥石がない限り、刃の研ぎ直しは、一か所二か所くらいしかできない。

 

 全部の刃を同じ角度で研ぎ直すのは不可能であろう。

 

 おそらく、この世界では使い捨てになるだろう。たぶん、使い捨てにさせる前提で売っているのだ。

 

 「ヴィンセント殿は、どう思います。作れますか」

 そう言ってきたのはゼワンだった。

 

 どうするか。一応簡単に知っている事だけ、言っておくか。

 

 「それを、造るのは、難しくは、ありません。ただ、砥石が、自由に、ならないと、造れないです」

 「ほお。砥石ですか」

 「砥石を、円筒形にして、刃をつける、形で、連なる山形に、します。あとは、その、円筒形の、砥石を、回転させて、そこに当てて、片刃を付けます」

 「おおー。なるほど」

 ほぼ全員から、声が上がった。

 

 「ただ、そうやって、刃を、付けますから、正式な、研ぎ直しが、製造した所、でしか、出来ません」

 全員が顔を見合わせていた。

 「製造した、回転する、砥石がないと、研ぎ直せないので、独占販売で、独占修理、か、あとは、使い捨て、ですわね」

 「そういうことか……」

 シュリッケンが天井を見上げながら、呟いた。

 

 「たぶん、刃が鈍って、切れなくなってから、気が付くのだと、思いますわ」

 「ヴィンセント殿は、そういう事も知っているのですな」

 腕を組んで頷いたのはゼワンだった。

 

 これは、実際の所、元の世界の知識だから明らかに優遇というかインチキだが、ここで出し惜しみしていい話ではないのだ。

 

 「一応、簡単に、研ぐ方法も、無い訳では、ありません」

 「おお」

 エイクロイドやベルカイム、その他、そこにいた見習いたちから声が上がった。

 

 「正規の、やり方では、ありません。あくまでも、応急処置と、思ってくださいませ。刃が、片刃ですから、その刃が、ないほうを、研いで行って、峰の部分を、出来るだけ、残しながら、裏側に、刃を付けるようにして、研ぐことで、少しだけ、切れ味を、戻すことは、できます。裏側に、出来た、ささくれや、カエリ部分は、丁寧に、取り除きます。ですが、元の、切れ味には、絶対に、戻りません。これは、波型の、刃が、どんどん、削れてしまうので、そうそう、何回も、研ぎ直せない、のですわ」

 「なるほどな」

 ゼワンが頷いた。

 

 「売るほうも、分かってやってるんだろう」

 ミューロックがそういいながら腕を組んだ。

 

 「他の鍛冶屋では研ぎ直せない刃物を売るとはなぁ」

 ゼワンがそういうとミューロックは目を瞑った。

 「鍛冶屋の風下にもおけんと言いたいが、製造した鍛冶屋では研ぎ直せると言われてしまえば、そ奴らからは出来ない奴の腕が悪いと罵倒されるだけ、だろう。とんでもないものを流行らせおってからに」

 ミューロックが苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

 彼らは当然のことだが、自分たちが鍛冶屋であることの自負と、叩いて作る刃物に対する責任を負っている。それだから、(なま)ってきた刃物が研ぎ直せることは当たり前なのだ。

 それが製造元以外の鍛冶屋に出来ない、たぶん使い捨てになると知りながら、造って売っているのが許せないのだろう。

 

 「出来るだけ、修理を、引き受けない方が、いいです。きちんと、完璧に、研ぎ直せないと、工房の名前に、傷がつきますわ」

 ミューロックが頷いた。

 「どんなに、煽られても、完璧な、研ぎ直しは、出来ません。さっき言った、応急措置でも、いいなら、話は別、ですが。ちゃんとした、研ぎ直しは、買ったところに、持っていくように、言って、断る、案件ですわ」

 「分かった。ディールにも言っておく。他の鍛冶工房にも、今の話、伝えておこう。大事な事を聞かせて貰ったな。ヴィンセント殿」

 「いえいえ」

 私は立ちあがってお辞儀で答えた。

 

 なんというか、初めてカルロ・ミューロックとまともに会話した気がする。

 

 さて、お昼もおしまいである。

 作業にかかる。

 

 あとは、この刃の全体を研いで行って、刃を作り直す。その前に柄を付け直した。

 

 黙々と研いでいく。刃が出来てきたら、ブロールに渡すのだ。

 

 そんな時に、ふとゼワンが私に訊いてきた。

 「ヴィンセント殿。独立の鍛冶屋になったら、何をするのかね。どこかの工房にいくのか、それとも独りかね」

 ふむ。

 そこなんだよな。

 まだ、細かくは考えていない。

 

 「鍛冶の、炉が、借りられれば、独りで、やってみたい、かしらと、思っては、いますが、まだ、決めて、いませんわ」

 「そうか。確かにヴィンセント殿ほどの腕前ならば、かえって一人の方がいいのかもしれぬな。とはいっても炉の管理が一人では大変だろう」

 「そうですね。特に(ふいご)が」

 そういって笑うと、他の人々も笑った。この騒音の中、どうやら聞いていたらしい。

 

 「それにしても。ヴィンセント殿は、見ればだいたいは対処してしまうのだな。前のあの解体包丁もそうだったし、その欠けた刃物もそうだが」

 「この、欠けた刃は、研いで、直すのは、かなりの、時間が、必要です。こうして、刃を、作り直すのが、同じなら、そこまでを、切って、しまった方が、いいと、私は、判断しました」

 「そうか。しかし、その切り落とすのが、容易ではあるまい。ヴィンセント殿は事も無げにやって見せたがな」

 「割れるのが、怖かったので、かなり、慎重に、短く、刻みましたわ」

 そういうと、ゼワンは笑い出した。

 

 「わーっはっはっはっはっはっ。あれをやると普通は大きく割れるか歪んでしまうんだ。ブロール。いい経験をしたな。滅多に見れないものをお前は見せてもらったのだぞ。先ほどの温度。だいたいでいい。覚えておくんだぞ」

 

 研ぐのにはかなりの時間がかかった。何しろ、まともな二等辺三角形ではない。断面は完全に台形だろう。しかしその台形を研いでも、あまり鋭くしてはいけないのだ。先端がまだだいぶ甘い状態で、ブロールに引き渡す。

 「このあたりで、荒仕上は、終わりです。ブロール殿、これを、研いで、仕上げて、下さいまし」

 ブロールはまるで頭を下げるかのようにして、私から刃物を受け取った。

 彼は自分の砥石と水がある場所にそれを持って行った。

 

 「ああ、それでは、ヴィンセント殿は、水でも飲んで休んでいてくれ」

 ゼワンがそういうので、私はお辞儀。

 顔に巻いた布を取って、食事をした部屋に行く。

 

 この部屋は、食事だけではなく研ぐ部屋にもなっていて、ベルカイムが刃物を研いでいた。

 「ヴィンセント殿は、休憩ですか?」

 ベルカイムが訊いてきた。

 「はい。今日の分は終わりました」

 「そうでしたか」

 そういって、彼はまた研ぐ方に集中した。

 

 色んな形の刃物を彼は研いでいた。中には何に使うのかすら分からない形状の刃物もある。

 この工房が、武器と農具以外の刃物専門と聞いているから、あれは武器ではないのだろう。

 勿論、(のみ)(かんな)などの大工工具の刃も並んでいた。

 

 彼は、次々と研ぐ刃物を仕上げては、次に取り掛かっていく。

 

 それを見ながら、ぼんやり考えた。

 砥石のことだ。

 

 この異世界でもそうだが、普通に砥石といえば長石を主成分とし、可溶性粘土を結合剤として、型に入れて完全乾燥した後、型から出して高温で焼くのだ。その温度は概ね一三〇〇度C。まあ、温度はやや幅がある。焼き上げる温度によっても研磨の性能が変わる。

 これが一般的で、あまりに高速回転でなければ、それなりに速度を上げても研ぐ事が出来るので、回転する機械に取り付けて粗目研磨から仕上げ研磨、切断まで自在である。

 

 元の世界だと、低速研磨はちょっと違っていて、マグネシアセメントを用いたものを使う。

 これはセメントの一種を結合剤として常温で固化、成型して作るもので、焼成しない。

 それに使うマグネシアセメントは、酸化マグネシウムと塩化マグネシウムを原料としている。

 これを混ぜて一〇〇〇度C以下で、一度焼成し、それを冷やしてから、おが屑とかコルクくずとか、細かい石を苦汁(にがり)とともに混ぜていき、型に入れて乾燥、固めたら完成だ。薄い刃物を研ぐのに使う回転砥石は大抵がこれである。

 

 たぶん、なのだが。

 波型包丁を作っている鍛冶屋集団は、誰かが波型に研げる長石の砥石を何らかの型で作ることに成功し、その型から砥石を作り出したのだ。

 まあ、そういう発明をした鍛冶屋がいるのだろう。

 

 型を粘土ではなく青銅で作り、ずれを極力無くした型ならその櫛団子のような砥石を量産できる。

 それならば、研ぎ直し専用に用意することもできるだろう。もっとも、砥石製造にかなりの精度が求められよう。

 それをやった奴がいるという事だな。

 

 大きな部屋の方に鐘が鳴り響き、今日はこれで終わり。私はお辞儀して、工房を後にした。

 

 私は寄り道もせずに下宿に帰った。明日は休みである。

 

 

 翌日。第六節、上後節の月、第六週の六日目。

 朝起きてみると、外は曇り。

 起きてやるのはいつものようにストレッチからの柔軟体操と、下に降りて空手と護身術。そしてダガーの二刀流格闘技。続いて剣の鍛錬だ。いつも通り。

 

 顔を洗って戻って、いつもの服に着替える。

 朝食を頂いたが、今日はまず、やることがあるのだ。

 宿の女主人、ホールト夫人に会っておく必要がある。

 そろそろ、下宿契約の更新をしておきたい。最低、六日前と言っていたが、だいぶ早いが今日やってしまおう。早い分には問題ない。

 

 ギリギリになってからドタバタしたくないのだ。

 それに私の場合、いつ支部から魔獣狩りの仕事が入るか分からない。

 そうなったら、暫く戻れず契約更新できない場合もありうる。そういう迷惑を掛けたくはない。

 

 勿論、ホールト夫人は私が冒険者ギルド所属だと知っているし、後見人は支部長なので、何かあって私が契約更新が出来ない場合は、彼女が支部長に話をするだけでたぶん片が付くのだろうとは思う。

 しかし、それは万が一の事態と言う事にしておきたい。その方がいいのだ。

 

 もう一度、着替え直した。二度手間だったな。

 白いブラウスと濃紺のスカート。それときちんと階級章を付けて、白いスカーフ。靴はハーフブーツにした。

 

 私はポーチにお金を入れて肩にかけ、下に降りてマチルドを探した。彼女は食堂の方を掃除していたのだった。

 「あの、マチルドさん。ホールト様は、どちらに、いらっしゃるかしら?」

 「マリーネお嬢様。ご主人様は奥の部屋でございます。こちらにどうぞ」

 彼女は私を奥の廊下に導いた。こっちは来たことがないな。彼女の私室があるのか。

 

 廊下を歩いていくと、厚い扉がある。きちんと彫り込みされた飾りがついており、安い代物ではない。

 「ご主人様。マリーネお嬢様をお連れしました」

 彼女は扉を叩いてから僅かに開けて、中に声をかけた。

 

 「マチルド、どうしました。ヴィンセント殿?」

 彼女が立ち上がって、扉の方にやってきた。

 「お二人とも、中に入りなさいな」

 扉をもう少し開けて、中に入る。

 

 「ホールト様、今日は、下宿部屋の、契約、更新に参りました」

 「ああ、そうね。でもまだ、月の半ばなのよ。あと三週あるわ。契約にはだいぶ早いけど、いいのかしらね」

 そういいながら、彼女は自分の大きな椅子に腰かけた。

 「ああ、マリーネさんは、そこの長椅子に座って頂戴」

 彼女のすぐ近く、壁際に置かれた長椅子に腰かけるように言われて、私はそこに座った。

 マチルドは座らずに、私の横からホールト夫人の横に移動した。

 

 「マリーネさん、来月以降の契約は、どうしましょう。また一か月毎でいいのかしら」

 「はい。そうします。硬貨をもってきました」

 今回も現金払いである。

 第六節、下前節の月の分だ。三八七デレリンギ。

 

 「分かったわ。じゃあ、契約書に書きませんと」

 そういいつつ彼女は皮紙の帳簿と一枚の皮紙を取り出した。単体の皮紙にはもうびっしりと何かが書いてある。

 「そうね。ここと、ここに署名して頂戴。あと代金は三八七デレリンギよ」

 私は、二か所ともに署名した。で、代金も支払う。

 四リンギレ払って、お釣りを貰った。一三デレリンギ。

 

 一節季分払うというなら、これの四倍だ。代用通貨でもいいだろう。第七節はそうしてもいいな。

 

 「来月はまた来月で、月末に来て頂戴」

 「はい。まだ、鍛冶の修行が続いています。もう暫く、ご厄介になります」

 私はスカートの端を両手で掴んで大きく広げ、そこから深いお辞儀をした。

 彼女は笑っていた。

 

 

 つづく

 

 お昼時に波型包丁の話が出るのだが、あれは、製造元でないと、研ぎ直せないと言う事を周りの鍛冶仲間に説明するマリーネこと大谷。

 毀れていた刃の方は、毀れた場所まで他の刃を切り落として、削りなおして刃を付けた。

 作業はそこまで。

 翌日は、ホールト夫人に会い、翌月分の下宿代を現金で支払っておくのであった。

 

 次回 第三王都に舞い込んだ討伐任務

 休日であるので、ショッピングセンターに行ってみることにしたマリーネこと大谷。

 細工物の店を見学。翌日からは色んな刃物の製作。


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