233 第20章 第三王都とベルベラディ 20-20 第三王都での定宿と鍛冶見習い
マリーネこと大谷は、朝から工房をしらみつぶしにして、行くべき工房を探すが、中の鍛冶職人たちは、まともに取り合ってもくれない。
やっと見つけたものの、まずは自分の剣を見せることになった。
233話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-20 第三王都での定宿と鍛冶見習い
翌日。
起きてやるのは、いつものストレッチ。からの柔軟体操。
いつもの服に着替えて、いつもの靴。そして剣二本とダガー二本を持って、下に行く。
まだ空は完全に明るくなってきていない。濃い蒼の空に星々が見える。そして今日見えたのは蒼い月が一つだけだ。
さて。空手と護身術。
そして、いつものように両手ダガーの謎の格闘技だ。
それから、ブロードソード。抜刀からの素振り。ここの所、宿に泊まっていたせいで、剣の素振りが出来たのは、冒険者ギルドの訓練場だけだった。
居合抜刀を繰り返す。速度を上げていく。
目を閉じて、あの黒服の速度を思い出す。あの速さを忘れてはいけない。自分はまだあの速さをモノにした訳ではないのだ。
ひとしきり剣を振った後、次は剣を二本にしてあの僅かに弾く剣の練習。
この弾くようにして躱す剣は、本当にお世話になっている。教えてくれたスラン隊長に只々感謝。
とにかく、手元を動かすなと言われて、あの時毎日練習した剣だ。この剣術と見切る眼で、正面から来るほとんどの剣は、弾いたり受け流すことができるようになった。
目を閉じて、黒服の男たちが突いてくるのを思い浮かべる。手はほぼ動かさず、剣先だけを相手の剣刃にちょこんと当てるイメージ。いつものようにシャドウである。
私が、冒険者を辞めることが今後あったとしても、剣の練習は続けていかなければならない。
それは……。
私の体から出ている匂いが魔獣を引き付けるから。魔獣が全くいない地域に住まない限りは、剣を手放すことはない。
いや、この異世界の安全度から言ってどこに住もうと、剣は手放せないのかもしれない。
余分なことを考えると、剣が乱れる。
もう一度、深呼吸して、二刀流を練習し始めた。
……
鍛冶屋としてやって行く事が出来る様になれば、この異世界の一員として生きて行く事が出来るだろうか。
私がこの異世界で生かされている意味が、そこにあるのかは、まだ判らないのだが。
気が付くと辺りはすっかり明るくなってきていた。井戸で顔を洗って剣を持ち、部屋に戻る。
これから毎日、鍛冶工房だな。
マリハのあの雑貨屋で作った、紫色のつなぎ服を着る。今後の鍛冶屋の作業着は、工房で支給されるかもしれないが。
暫くすると、誰かがやってきて、扉の下に食事のトレイを差し入れて行った。
一デレリンギで、朝食を出すといっていたが、どんなものだろう。
私の感覚では元の世界でのワンコイン。五〇〇円なのでかなり大量に作っている場合で、やっとまともに食べられる程度の量にしかならないのではないか?
ここの宿で、いくらたくさん作るといっても、知れている。
トレイに載せられていたのは、やや硬いパン。スープ。そして小さな皿にはよく分からない燻製肉の薄切りを焼いたものが数枚。
なるほど。スープにかかるコスト次第だが、何とかなるのだろう。
手を合わせる。
「いただきます」
パンを千切ってスープに付けながら食べる。やや薄味。
燻製肉の薄切りはやや塩味が濃い。なんの肉なのかは、ここでは考えない。
とにかく、全部食べてから水瓶から水を掬って器にいれて飲む。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。少しお辞儀。
粥じゃなかったので、私としてはこれで十分だ。朝の薄味の粥はどうにも苦手だ。
さて、首には階級章と、鍛冶屋の標章。小さいポーチの方は、硬貨を少し減らしておこう。
八九枚もデレリンギ硬貨があるのだ。流石にこんなに入れて置くと、ポーチがパンパンで使いにくい。
デレリンギ硬貨は二五枚とした。リンギレ硬貨も減らしておこう。せいぜい二枚もあれば十分だろう。
残りはすべて、チェストの方に入れてある革袋に仕舞った。
まあ、この革袋の方にあと四九リンギレもある。暫くは困らないはずである。
私が自腹で材料を買うとかがない限りは。
その時は、鍛冶なり細工なりのトークンでいいのだ。
朝食のトレイを扉の下に置き、私は小さいリュックに鉄剣を結び付けて背負う。本当は剣はいらないのだが、これは親方に見せるためだ。
あとはダガーを左腰に付けた。一応護身用である。
扉を閉めて鍵をかけ、さて出勤だ。
この下宿の出入り口はこのホールト商会の宿と共通になっているので、まずは南側に出る。
朝は人通りが少ないと思いきや、そんな事はなかった。背の高い亜人たちが、黒っぽい作業着か灰色の作業着などを着て、みんな一斉に北側に向かっていく。
さて、目的の工房はどこなのか。こういう時は一番西の所から訊ねていくしかない。
一番西側の建物の扉を叩く。暫く叩いていると、アナランドス人が出てきた。
茶色っぽい作業着を着たアナランドス人の表情が険しい。やや睨むような表情で下にいる私を見ている。こういう表情のアナランドス人を初めて見た。彼女は頭には茶色の布を被って、鼻から口の所にも茶色の布を巻いていた。
「すみません。ケニヤルケス工房は……」
その瞬間に、扉が閉められてしまった。取り付く島もない。たぶん、関わらないと言う事だろうか。アナランドス人が全く会話すらしないというのも、初めての経験だった。
その横の扉も同じ。
さらに右の扉。っと。この扉はいくら叩いても人が出てこない。さらに右。
ここで、ようやく亜人らしき男性が出てきた。髪を布で縛って後ろで止めてある。
「すみませんが。ケニヤルケス工房は、どこでしょうか」
聞こえていないらしい。やや大声で訊きなおすと、やたら赤銅色をした肌の男は濁声で答えて寄越す。
「ゲニヤルゲスの旦那のどこなら、四軒どなりだ」
男は言い放つとそのまま扉を閉めてしまった。
やれやれ……。さらに右に四軒行けばいいのか。間の三軒が何なのかは知らないが、言われた所の扉を叩く。
扉を叩いても、なかなか反応がない。
暫く待つと、ようやく男性が現れた。まだ若い顔だな。作業着の前には薄い灰色のエプロン。両手はごつい革の手袋。濃い灰色の作業着はもう、汗であちこち色が濃くなっている。作業中に出てきたのだろう。
「どなたでしょうか?」
男性はきょろきょろして辺りを見回しているが、やっと私の背負った剣に気が付いたらしい。
「おや、お客さんでしょうか?」
「いえ、私は、今日から、お世話になりますマリーネ・ヴィンセントと申します。ケニヤルケス様にお会いしたく思いますが、今、いらっしゃいますか?」
「ちょ、ちょっと待っていてください。親方に聞いてきます」
そういうや、若い男性はぱっと扉の裏に消えた。
扉の先から聞こえてくる音は、それ程騒音でもない。ただ、この扉の厚さからいって、相当な防音が壁全体に施されているのだろう。そうなれば、奥の作業場の騒音は相当なものだろう。
暫く待つと、立派な体格の男が出てきた。まあここでは、珍しくもないのだろうけれど。
あの金三階級といっていた、グスタフほどではないが、がっちりした体格の親父が出てきた感じである。
短く刈り込んだ髪の毛は赤茶色。長い耳はやや上下に幅がある。四角い顔。鼻の下に髭がある。
身長はどう見ても二メートル二〇前後だ。
肩幅もかなりあり、筋骨隆々なのは間違いないが、濃い灰色の作業着の下にそれは隠されていた。
この工房では、作業着は濃い灰色か。
私の紫色の作業着が浮いてしまっていた。
「おまえさんかい。スヴァンテッソン殿から、話は聞いているがね。武器は叩けるから、刃物全般を見せてやれと言われたがな。どれ、その背中のがそうなのかい」
野太い声だった。
私はリュックを降ろして、剣を結んでいた革紐をほどいた。
彼に鉄剣を渡す。
「スヴァンテッソン殿も、監査官様もこの剣が叩けるのなら、もう新人扱いじゃなくていい。刃物を打たせろと言ってきたんだがね。言うほどのものなのか、見てみるか」
彼は剣の柄を握って、鞘から抜いたが、その顔には明らかに驚きがあった。
「なんていう分厚さだ。それにこの重さ。一体全体、誰が何にこれを使うっていうんだ」
「すみません。それは、私が冒険者ギルドで、魔獣を、斬り倒すのに、使って、います」
大男は、明らかに驚いたことを隠さず、しゃがみこんだ。
そして私の顔を正面から見つめる。いや、男は私の首に掛かっている階級章を見つめていたのだ。
「金二階級……。本物かい。いや、本物だわな」
そして、大男は突如として立ち上がるや、大声で笑い始めた。
「わーはっはっはっはっ」
男は暫し笑いを止めなかった。
「その体格で、この分厚い剣。それにこの重さよ。そして階級は金二階級と来た。こんな痛快なことがあっただろうか」
大男は暫く、天を見上げていた。
それから彼は刃物の刃先を見つめる。
「ここじゃ、四フェルムの刃なんてのは、ごく普通にみるが、この二フェルムの刃の剣は全く違う。この厚さ、この重さもそうだ」
「お前さんに鍛冶を教えた師匠は誰だい」
ケニヤルケスは刃を見つめたまま、私に訊いていた。
「お師匠様は、いません。私が、鍛冶を始める前に、亡くなられています」
「なんと! それじゃ、これは……」
「見様見真似ですが、練習作品が、この小さい剣です」
私はダガーを抜いて、柄をケニヤルケスの方に向けた。
ケニヤルケスは鉄剣を鞘に仕舞い、それからダガーを受け取った。
「ずいぶんと使い込まれているな。ふむ。存分に叩いてあるようだな。それと、こういっては何だが鉄の品質が少し良くない」
ケニヤルケスは刃を見つめていた。
渡したダガーは、最初に作ったやつか。もっとも、一番最初に作った練習作品は槍の穂先なのだが。
今回持ってきたダガーはブロードソードと一緒に作った方だな。
「鉄鉱石を、自分で、熱して、鉄にするのも、見様見真似ですので、品質は、比べようもありません」
「こっちの鉄剣は、鉄の品質が上がっているように見えるがな」
「それは、慣れたせいだと思います」
そこでケニヤルケスはダガーの刃を手に持つとすこしだけ指をその刃に載せた。
「なるほどな。よく研いであるのは、この刃を長持ちさせる気はないのだな。切れ味優先か」
彼はダガーの表面を指で撫でた。
「お前さんは、もっといい鉄の素材を買うべきだな。これだけ叩けるのならそのほうがいい」
そういって、ケニヤルケスはダガーの柄をこちらに向けた。
私は頷いて、だまって受け取る。いい素材か……。もしかして、鋼があるのだろうか。
それから、彼は鉄剣を私に差し出した。私はお辞儀して受け取る。
「よし、ブロール。お前は、この方、ヴィンセント殿を中の仕事場に連れていき案内をしてやれ。儂はスヴァンテッソン殿に会ってくる。昼までには必ず戻る。ブロール、頼んだぞ」
「親方、わかりました」
若い男性がそう答えると、ケニヤルケスは出て行った。西の方に向かったので、私が扉を叩かなかったどれかが、スヴァンテッソンの工房なのだろう。
若い男についていく。彼が奥の分厚い扉を開けると、中から猛烈な熱風が流れ出てきた。
中はあちこちに油のランプが灯されているので暗くはないのだが、とにかく暑いのと、音がうるさい。
これは、慣れるしかない。
熱の方は、まあ熱帯地域のあの湿度の事を思えば、問題ない。ここは炉の温度で暑いだけだ。鍛冶場に来たのだから、音は言わずもがな。外に音を余り漏らさないように、王都では防音に相当力を入れているという事か。
ブロールという男が何か言っているのだが、さっぱり聞こえない。
取り合えず、荷物を置いて、革エプロンを纏う。両手に自作の革の手袋。自分用に持ってきたハンマーをエプロンのポケットに差し込む。
布を頭に被せる。あとは鼻と口の所から首までを覆う布も巻いた。目の周りを覆う布は、ポケットに入れた。
準備は出来た。
しかし、入ってそうそうにトラブルか。
ブロールと呼ばれていた男が何か説明しているのだが、周りの男衆はサッパリ無視か、大声で制止するかどっちかである。
それで、私を闖入者か子ども扱いする職人ばかりで、大きな炉の方に近寄ることもできない。
まずはここからか。
荒くれの鍛冶職人に混ざって、若い人たちがいる。見習い職人たちのようだ。私を案内するように言われたブロールという男もそうなのだろう。みんな首から下に鍛冶屋の標章をぶら下げてはいるが、冒険者ギルドと異なり、彼らの腕前を示すようなものは標章に刻まれていない。
みんな腕は太く、顔はかなり焼けている。炉の熱による鍛冶焼けだ。
炉の周りにいる男どもの汗臭い体臭が、色濃く漂う。まさしく男臭い職場である。
まあ、こういう場所にいる男どもは、たいてい声が大きい。
致し方ないのだが、ハンマー音で会話が途切れてしまいがちだから、自然とみんな怒鳴りあうようになる。
漁師も、船が離れていれば大声で怒鳴らないと聞こえないし、農場だって広いから怒鳴らないとまったく聞こえない。
実は、昔は練兵場の上官たちもそうだったらしい。広い練兵場の端から端まで、声での命令が届くように相当な大声を出していたらしい。
拡声器だの無線だのが無いのだから、これはもう必然的にそうなるのだ。木工だって、ノミを叩く音や鋸の音が響く。実は革細工など最も静かな方といえるだろう。
ブロールという男が、少し静かな部屋に私を案内した。
こっちはこっちで、二人の男が無言で刃物を研いでいる。部屋の外の音が低く、くぐもったように聞こえる中、彼らの刃物を研ぐ音だけがやや大きく響き渡る。
そこにテーブルがあったので、私はそこにリュックを置いた。剣がついているので、置く場所に困っていたのだ。
暫くは刃物を研ぐ職人を眺めているしかなかった。
……
そこにケニヤルケスが戻ってきた。
「どうした。ブロール。紹介は終わったのか?」
若い男は首を振っただけだ。
「すみません。みんな私を小さな子ども扱いで、炉のほうに行くことすらできません」
私が見上げてそういうと、ケニヤルケスは困った顔をした。
「そ、そうか、そうだな。その姿だしな。すまんすまん。みんなを集めて紹介しておかねばならんな」
ケニヤルケスは炉のある部屋の方に出ていく。
扉は空いたままだった。
「おぉーい。ひ・る・ど・き・にー、なったらー、ぜーいんー、わ・し・のーと・こ・ろ・にーこーい!
彼がすごい声量で命令を伝えた。
「すぐにはやめられん作業もあるからな」
こっちを向いて、ケニヤルケスはそういった。
まあ、待つしかない。
……
暫くすると、鐘が打ち鳴らされた。
ちょうど、これが昼の合図。昼の休み時だった。全員がいったん、作業に一区切りをつける。
武器のような大物を作っていないこともあって、手を離せない時間が長いという訳でもないらしく、全員がこの部屋の親方の前にきた。
「よーし、全員こっちゃこい。今から、新しい職人を紹介する」
ぞろぞろと六人ほどが隣の部屋からやってきた。
「今日から、うちに一人、職人を迎える。姿なりは小さいが、マリーネ・ヴィンセント殿だ」
全員から、なにか不満のため息が漏れたような気がする。
「ディール。これはどういうことなんだ。いくら何でも、無茶を言ってないか?」
一人の男が、ケニヤルケスに詰め寄った。ディールというのが親方の名前なのか?
そういえば、まだ正式な名前の紹介もなかったな。
「カルロ。これは、な。上からの要請だ。スヴァンテッソン殿と第二商業ギルドの監査官様からの話でな。うちに迎え入れることになった」
「迎え入れることになった、とか簡単に言わんでくれよ、ディール。ただでさえ新人が多いのに」
「カルロ。彼女は、腕の方は新人じゃない。その辺は上の方で確かめたうえでの推薦なんだ」
「どういう事だ」
「彼女はな、自分の武器は自分で作っているらしい。冒険者殿だ。それも金階級だ。判ったか?」
全員の目が一斉に私に向けられた。
あー。あるある。こういう視線。今までも散々こういう視線を浴びてきたのだ。
「だから、今回の話は我々の工房にとっても、悪い話じゃないのだぞ。この件で、中央のほうから特別に新人育成に関する奨励金というものが、この工房に出ることになった。本当に特別らしい」
あー。あのエルカミル監査官が私のために手を打ったのだな。
「じゃ、この娘さんは商業ギルドの上からの特別な派遣という事ですかい」
「そういう事になる。カルロ。この方にぞんざいな口をきくんじゃないぞ」
カルロと呼ばれた男はいかにも不満そうな顔だった。
「ヴィンセント殿。すまんが、先ほどの剣を持ってきてくれるか。見せないと、皆納得せんだろうよ」
「分かりました」
私はお辞儀をして、自分のリュックの所に行って剣を持ってきた。
「すまんな」
ケニヤルケス親方はそういうと、私の剣の鞘を抜いた。
「みんな、これを見ろ。彼女が一人で作ったそうだ」
それを見ると、全員の目の色が変わった。流石に鍛冶屋である。刃物を見せたら判るという事か。
「信じられん。この叩き」
一人の年配が、剣先を見ていた。
「ブレナンも判るか」
「親方。儂もこの工房で二七年になります。これを叩くのがどれほど大変か。見ればわかりまさぁ」
「よし。みんな、よく見ておけよ。商業ギルドの監査官様がこれを見て本当はすぐにでも独立を与えたかったらしいが、ヴィンセント殿は普通の刃物をほとんど知らんということで、今後鍛冶屋をやるなら、色んな刃物を知っておかねばならん。で、スヴァンテッソン殿の所じゃなく、うちに預けられた。さらに武器をやるなら、改めてスヴァンテッソン殿の所になるだろう」
職人たちが無言で剣を見ている。彼らの額には汗が浮かんでいた。
全員が刃以外の場所の仕上げが綺麗じゃないとか言い始めた。
「売り物ではありませんので、そこは拘ってはいません」
私がそういうと、職人全員が周りの顔を見回していた。
「よし。全員、まずは横に並べ」
親方が命令すると全員が横一列に並んだ。
「ヴィンセント殿。簡単で申し訳ないが、そっちの右から。カルロ・ミューロック。儂の右腕だ。この工房では儂に次ぐ責任者と言う事になる」
先ほどのカルロと呼ばれた男が頷くようにして頭を下げた。
「ルネスタ・モンブリー。炉の管理もやっておる。彼は最古参になるかな」
やや年季の入った顔の男が頭を下げた。
「その横がブレナン・ゼワン。包丁が専門だが、大工の道具なども得意な男よ。今回はブレナン。お前さんがまずは一般の刃物を教えてやれ」
実直そうな顔をした年配男が頭を下げた。
「クロード・エイクロイド。ルネスタと共に炉の管理をやっておる。炉の事は彼に聞いてくれ。クロード。ヴィンセント殿が訊いてきたら、なんでも教えてやれ。いいな」
「ケール・ベルカイム。それとその横のがヨハン・シュリッケン。二人とも刃物全般が作れるようになった所だ」
二人ともやや若い顔だが、鍛冶焼けしたその顔はもうベテランの鍛冶屋とほぼ変わらない。
「あと、そっちの三人は、見習いだ。ボトヴィッド。エッベド。ブロール。本当はあと一人いるのだが、今日は休みだ。いない奴がケネット。これで一〇人だ」
三人がお辞儀をした。
「あと、最後になったが、儂がヤンデル・ケニヤルケス。この工房の親方という事になる。武器と農具以外の刃物なら、殆どなんでもやっている鍛冶工房よ」
私は鼻から口と首に巻いた布を取った。そして右手を胸にあてる。
「ご紹介、ありがとうございます。私は、マリーネ・ヴィンセントと言います。北のトドマの方で、冒険者を、していましたので、こちらには、来たばかりに、なります。どうぞ、お手柔らかに、お願いします」
私の首には、階級章とここの工房名の入った鍛冶屋の標章が見えているはずだ。
私はここで深いお辞儀をした。
なるほど。宿でヴィクと呼ばれていたあの硝子職人が言った通り、一〇人いるんだな。
丁度そこに、両手に荷物を持った女性がやってきた。
ここの職人の食事を持ってきたらしい。一〇人分がテーブルに置かれていった。
つづく
あとがき
工房の親方がまずは今回の事態を工房の鍛冶職人に説明する所からだった。
親方が事情を説明した後、全員の簡単な紹介があった。
本当に簡単な紹介で、詳しい部分は今後訊いていくしかない。
次回 第三王都での鍛冶見習い
親方と昼食を食べ、炉の説明を受けるマリーネこと大谷。
まずはお試しの作業から。




