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230 第20章 第三王都とベルベラディ 20-17 第三王都での定宿探し

前書き

 この宿に泊まるのは、この日が最後。この休みの日は定宿探しにあてることとして、さっそくマリハで作ったお洒落服を着て、第四商業地区に向かう。

 230話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-17 第三王都での定宿探し

 

 翌日。

 起きてやるのはいつものストレッチ。それから少し準備体操をやって、ローテーブルとソファーを壁に移動してから、空手だ。

 一礼して、正拳突きから。たっぷりやって、次は護身術。転がるのはやめておいた。

 ダガーを両手に持ついつもの謎格闘技だ。

 

 上にある小さなシャンデリアさえなければ、剣の鍛錬もここで簡単にできるのだが。

 

 仕方がない。居合抜きだけはやっておく。

 ブロードソードで居合抜きを四〇〇本繰り返した。次はミドルソード。これも同じく。

 剣を収めて一礼。

 汗を拭いて、剣をリュック脇に置き、ローテーブルとソファーの位置を元に戻す。

 

 窓から外を見ると、空はまだ完全に明るくはないが、雲はなかった。晴れているようだ。

 

 

 そして、朝食。

 

 ……

 

 朝食も終えて、お茶と菓子。

 

 今日の服はどうするか。

 

 マリハで作った白いブラウスと艶のある紫の長いスカートか。靴はローファーだな。

 このスカートにはベルトを通す部分がないのだが、仕方がない。ブロードソードとダガーをつけたベルトをややきつめに、体に巻いた。

 あとは、首に階級章とスカーフ。小さいポーチを肩から袈裟懸け。

 これでいい。

 

 受付で鍵を預けて、外へ。

 

 さて、今日は第四商業地区に行く。

 見学しつつも、クリステンセン支部長が紹介して寄越した宿を探すのが、今日の目的だ。

 

 通りに出て、巡回する馬車を待てばいい。

 北側に行く馬車を待つ。暫く待っていると、王宮の西側の方の角を曲がって、こちらにやってきた。

 大きな丸い背中が特徴のアルパカ馬四頭立て。

 

 顔はアルパカなのに、体はほぼ馬である。しかしアルパカ馬は背中全体がやや丸く、その個体差が大きい。これは騎乗しにくい。

 さらに速度を上げて走り始めると、背中の躍動がかなりあるので、上下動が激しい。

 走るときに、体をやや伸ばす段階で背中もやや伸びて、低くなり、脚を引き付ける段階で、背中もまた縮めて丸くなる。

 あそこに乗るのは避けたい。

 

 この王国でもこの動物を飼いならし始めて相当歴史があるはずだが、直接騎乗していないのは、そういう事なのだろう。

 そういえば、ブルクと呼ばれた鳥も車を引っ張るようにしていた。基本的に直に乗って操作はしないのだな。ただ別の国では、また別の四つ足の動物で騎乗しているかもしれない。あくまでも、この王国ではそうだというだけに過ぎない。

 

 まあ、元の世界の『馬』のような都合のいい四つ足の動物がいれば、それはもう、相当にこの異世界で普及していていいはずだ。元の世界だってほぼ六〇〇〇年の間に、飼育できる程度の気候と餌のある場所には、全て行き渡るほど普及した。

 勿論、その土地に元々生息していた地域もあるだろうけれど。

 

 普及の理由は至極、簡単だ。草食で従順で足が速く、やや大型。温度変化にも比較的強く、かなりの長時間でも移動でき、それほど酷く暴れない。飼いやすく繁殖も比較的楽だったのが大きい。そして人間を載せても、彼らの脚の速さは人間とは比べ物にならない速度で移動できる上に、重い荷物をつけても運べるのだから。

 

 人類文明発展の、隠れた大きな大きな立役者が『馬』なのだ。もし、仮に『馬』がいなかったら、元の世界はいまだに中世にすらなっていないレベルだったであろう。おそらくだが、ユーラシア大陸において、そもそも帝国などというものが存在できない。

 

 移動が驢馬(ろば)だったり、駱駝(らくだ)だったり、牛車だったり、象だったりしたのなら、その移動速度がほぼ情報伝達速度である。

 それ故に、アンデスにあった古代アンデス文明は、南米に元々『馬』がいないために足の速い男が、メッセージを紐にしたものを肩にかけて走って伝えたという。まあ文字がなかったので、口伝では間違う可能性があるからだろう。紐の結び瘤をいくつも作り、それが有意な塊になるようにして、文字代わりである。それを何本も体に付けて運んだのだという。

 

 ……

 

 私は今回、長いスカートがやや邪魔なのだが、手摺りに掴まって飛び乗る。

 乗合馬車にはまだ誰も乗っていなかった。たぶん王宮の近くにステーションらしき施設があって、そこから出てきたばかりなのだな。

 これから、乗ってくるのだろう。何しろ今日はよく晴れ上がった休日である。

 

 私が乗ると馬車は動き始めた。

 北側には門がないので、馬車は北側の巨大な城壁に向かって進んでいるのだ。

 

 第一商業地区には大きな宿が何軒も軒を連ねている。それらが立ち並ぶ通りを乗合馬車はゆっくりと通り抜けていく。

 よく晴れた休日である。人がいない訳がない。まだ朝は早いものの、通りに人が歩いている。

 

 暫く進むと、何人もの亜人が乗り込んできた。特別着飾った感じではないのだが、一般的な労働者という雰囲気はしていない。

 たぶん、商人だろう。ただ、大手の商会というわけでもなさそうだ。大手の商会なら、こういう乗合の馬車に乗って来るとは思えない。何かの理由がない限りは。彼らには、その商会専用の箱馬車があるからだ。

 

 彼らの会話は、私には理解できない。共通民衆語を態と使っていない感じだった。

 もしかしたら、商人たちだけの言語かもしれないのだ。そういうものがあっても不思議ではない。

 業界用語が発達して、それだけで言語になったとでもいうべきか。

 商売に特化したような言語を作っていて、それを会話しているのかもしれないな。

 

 私は外の景色を眺めながら、ぼんやりと彼らの会話を聞き流していた。

 

 私の座った椅子は一番前の昇降口の近くだ。後ろの席に座った二人組の男が熱心に会話していて、急に大声が上がった。

 「ヤーヴズ(あんな商売)トレッグステ(するやつは)、ディ、ドレド(次は)アン・ケゲス(うまく、処理しろ)!」

 だいぶ強い発音だった。いったい何を話しているんだろうな。

 まあ、意味も解らないし、私には関係ない。

 

 乗合馬車は大きな門を通り抜けた。これで第一商業地区は抜けたらしい。

 すぐに馬車は止まって、何人も乗り込んできた。彼らの服は一様に紳士っぽいので、作業員とかではないらしい。

 乗り込んできた彼らは、皮膚の色も違えば、耳の形状も異なる上、顔の輪郭や作りも結構違う。

 

 個性という一言では言い表せない。これは人種、あるいは種族が違っているのだ。

 スッファ街ですらコスモポリタンな街だと思ったが、ここはこの王国第一の人口過密都市、第三王都なのだ。

 それこそ、ありとあらゆる人種、種族がいても不思議ではない。

 

 まだ、第一王都を見ていないので何とも言えない部分はある。この国の首都であるそっちのほうが、種族の集まりはすごいかもしれない。

 

 ……

 

 私にはこの異世界でパートナーとなるべき人物がいないので、こういう時にしゃべる相手もいない。

 唯一、気軽に話せる真司さん千晶さん両名は、今頃マカマ街で雨に降られながら人員募集に走り回っているだろう。

 そんなことを考えた。

 まあ、必然的に手持無沙汰になるのは、やむを得まい。

 

 ぼんやりと窓の外を見る。西側なので、もう見えている町並みは全て第四商業地区の建物だ。

 

 第四商業地区は、ヨニアクルス支部長と来たときは西側の方から回ったので、こっちは見ていない。

 この辺り一帯、大きな建物が多い。それが何であるのは、降りて確認しない事には判らないのだ。

 第三商業地区の南の大通りの所には、劇場があった。こっちの大きい建物は、明らかにそういう類ではない。

 大きい商会がやっている店なのだろうか。

 

 だいぶ北に進むと、明らかに人が住んでいると思しき、集合住宅が現れる。

 そこの近くにだいぶ人が集まっていた。

 そこで乗合馬車は停車して、人が乗り込んできた。もう通路まで人がいっぱいだ。

 

 乗り込んできた人たちは、種々雑多としか言いようがない。

 おそらく人種もバラバラ。服装も、と言いたいがそうではなかった。紺色の服で統一された数人がいた。

 どう見ても、そうは思えないが職人さんたちに間違いなかろう。となると、この乗合馬車が、右に曲がって第二商業地区に入っていくのか、左に曲がって第四商業地区に行くのか、私にはこの時点では分からなかった。

 

 ……

 

 職人さんらしき人々も小声で会話しているのだが、何故か彼らも共通民衆語ではない。母国語なのだろうか。

 まったく理解できないため、耳を(そばだ)てる必要もない。

 

 元の世界で、だが、若いころに海外に旅行に行った時、地元の人々がいるバスの中で彼らの会話は何一つ理解できず、お店の中でもそうだったのを唐突に思い出した。

 時間を聞くのも大変だったし、食事もサンプルの絵を指さして、自分を指さすくらいしかできなかった。

 そして、出てきた料理が恐ろしい程辛かったのは、今でも忘れられない。サンプルの絵は色が褪めてしまっていた上に少し色が違っていたのだ。実物はかなり赤かったのだった。あれは本当に酷い目にあったな。

 

 ……

 

 乗合馬車は、北の城壁より大分手前で、左側に曲がった。つまりは西に向かうのだ。第四商業地区の反時計回りという事だな。

 

 私は、ここで降りていく数人の亜人たちに混ざって飛び降りた。

 

 乗合馬車は再びどんどん西に向かっていった。

 さて。周りを見学していく。

 

 北側は城壁にくっつく形で建物が伸びていて、それらは一様に三階建て。モルタルと漆喰の白い壁。木造の梁。いくらか窓もついている。

 建物の入り口に紋章がある。よく見ていくと、どの入り口もそれぞれ違う紋章が付いている。

 

 南側は、明らかに集合住宅。全て三階建ての白い壁と木造の梁で北側と同じだが窓の数が多い。

 

 北側の建物の扉に出入りする人々は、みんな作業着だった。なるほど。今日は休みだが、止められない作業があるのかもしれない。

 

 この北側の繋がった建物は全て何かの工房だ。

 

 そういえば、この第三王都に来る時に見たのを思い出した。北西の城壁の近くだけは、煙が出ていて煙突らしきものがあることは判っている。

 信じ難いことだが、おそらく火を使う炉の煙突が一つか二つの大きなものに纏められて、城壁の外で煙を出しているのだ。

 たぶん。たぶん。

 美観を損ねないように、煙の出る煙突を出来るだけ一つに纏めるというような、設計と建築が行われたに違いない。

 

 こんな事が可能なのは、勿論アグ・シメノス人が最初に全てを設計、建築、管理しているということもあるだろう。准国民は、使わせてもらっているだけという事だな。

 そう考えると、この王都の異様なまでの煙突の少なさに納得がいく。おそらくは、火の関係だけは何か基準や、すでに出来ている部分に合わせるという様な、強力な法があるのかもしれない。

 それに従わないと、建築が許可されないとか、出来上がって違反しているとやり直しになるとか、そういう管理がありそうだ。

 

 それにしても。まあ鍛冶とか金属細工、陶磁器やら硝子のための炉や窯はともかくとして、一般の炊事や煮炊き、風呂などの火まで、徹底的に管理されている可能性が高い。煙突の少なさから言って、多くの場所で共同炊事場なのだろう。

 

 気候が温暖なので、年中温かいなら暖炉などの設備はいらないから、各家庭に煙突などがないのなら、共同炊事場だけでなく共同風呂というのが考えられるな。ローマも、風呂は共同だったのだ。そこには貴族だろうと一般市民だろうと、みんな入りに来ていた。

 この王国にも、そういうのがあるのかもしれない。

 

 はっとした。あの大きな建物……。あれは共同風呂という名の准国民向け銭湯かもしれないのだ。

 ほかの大きい建物も、何らかのそういう類、あるいはレジャー施設の可能性がある。

 

 この王都には小川も見当たらない。噴水広場とかはあるようだから、水は来ているのだが。私がまだ見ていない場所にはあるかもしれない。あとは、暗渠(あんきょ)か。

 

 歩きながら思ったのだが、小動物がいない。犬などが飼われていないのだ。

 もう、この時点で、私の持っている元の世界の欧州中世のイメージは全て吹き飛んでいた。

 

 元の世界の欧州中世の大都市とか城下町でも、動物はかなりいたらしいし、そもそも豚もかなりの数が飼われていた。

 食料となる豚や鶏がかなり町の中にいたらしいし、そうなれば、例えそれが小屋の中だろうと、糞尿は垂れ流しである。

 もちろん貴族の馬車やら騎士の馬が排泄する糞尿も街路に垂れ流しっぱなしだ。

 それで、街はかなり臭かったらしい。そしてそれを掃除する人はいないので不衛生の極みだ。

 

 だが。この王国のアグ・シメノス人は匂いに敏感なのである。

 そういうものをきっちり管理して、匂いのでる場所とかを限定したり、道路もかなり掃除させていることを考えるとこの王国の凄さを実感する。たぶんトイレもかなり管理して排泄物の処理をしているだろう。

 

 ここの街区にも大きな建物があったが、中から出てきたのは荷車。何やら粘土のようなものを入れた桶や、石炭らしきものを積んでいて、その荷車は数人の亜人が、すぐ近くの北側にある建物の大きな扉を開けて運び込んでいった。

 やはり、休日でも止められない仕事とかがあるのだろう。急ぎの仕事かもしれない。

 

 ここは完全に第四商業地区となっているわけではないのか、何とも言えない雰囲気が漂う。

 とにかく、昼くらいには例の宿屋を探さねば。

 

 宿の名前は『アントリス・ホールト』だ。クリステンセン支部長は知り合いの女主人がやっていると言っていた。

 

 これからやるのは、宿屋を探してはその看板を見ていく地味な探検だ。

 

 集合住宅なのか、宿屋なのかの区別はすぐについた。何故ならば、集合住宅には、数字が振ってあったからだ。

 ここなど『四ー三七四五』と、極めて簡素に数字が振られているのだが、先頭の四は第四商業地区という事だろう。その後ろの数字が、たぶんシリアルナンバーとでもいうべきものだな。番地とは違うだろう。あくまでも集合住宅の識別番号だ。

 この変なミミズ文字の数字も見慣れて来て、まあ番号を読み取るのもだいぶ慣れてきた。

 

 しかし、宿はだいぶ探したが、見つからない。二つの太陽がもう真上だ。

 その時、唐突にどこかで鐘が打ち鳴らされていた。

 これは……。たぶんお昼になっているな。丁度いい。昼食を食べよう。

 

 私は近所に食堂がないか探した。きょろきょろと辺りを見回してみるが、なかなかそれっぽい建物が見当たらないのだ。

 

 その時に急に北側にある建物から、大勢の亜人たちが街路に出てきた。皆、それぞれ揃いの作業服を着ている。

 

 その亜人たちの後ろについていくと、すぐ近くに丁度いい感じの食堂を見つけた。『フースーバリウス食堂』と書かれている。

 ちょっと変わった名前だが、もうどんな名前が出てこようと驚くことはない。

 どんな人種がやっているのかも不明だが、いい味の料理が出ればいいのである。

 脳裏にちらっと、あの猛烈に辛い魚醤味の魚料理が浮かんだ。

 ……。まあ、大丈夫だろう。店の外に魚醤のきつい匂いが漂ってくることはなかった。

 

 中に入る。食堂の中には、すでに人がそれなりにいて、多くの亜人は揃いの作業着姿だ。たぶんどこかの工房の人たちだ。

 

 私は出来るだけ空いているところに行って、椅子に座る。長いスカートにしてしまったので、正座も出来ない。

 テーブルの上にやっと顔が出ている状態だ。

 

 そこに男性店員がやってきて、私をだいぶ見てから子供用の椅子を持ってきた。座面が高いやつである。

 店員は無言でそれを私の横に置いたので、それに座れという事だったのだろう。

 お礼を言う前に店員は奥に行ってしまった。

 取り合えず私は、その座面の高い椅子に座りなおす。

 

 テーブルにメニューがあるなんていう事はもちろんない。

 壁にお品書きが板に書かれて提げられている。

 例によって、その名称を見てもどんな料理なのかは、さっぱりわからないのだ。

 

 そうしていると店員がやってきた。

 「注文は?」

 困ったな。メニュー名は読めるが、それが肉なのか魚なのかすら判らないのだ。

 

 「肉料理と、定員さんの、お勧めする、料理と、飲み物を、お願いします」

 男性店員はしばらく私を見ていた。

 「お金はありますか?」

 どうやら子供に見えている私が支払えるのか、心配らしい。

 

 「十分あるので、心配、いりません」

 「分かりました」

 そういうと店員は店の奥に向かっていった。

 

 だいぶ待たされた。

 店員がまずはテーブルに布を敷いて、私の手前にカトラリーを置いていく。

 それから、手拭いも置かれた。ナプキンとはちょっと、違う。まあ食べた後に、口と手を拭くようにすればいいのだろう。

 

 まず大きな皿に、焼きたての肉が出てきた。この店の肉料理は、これが主流なのか。

 おそらく、セネカルだろう。野牛みたいなやつ? の肉だろうと思われた。

 それから、色とりどりの葉野菜のサラダ。それと何かのスープ。

 

 店員お勧めという料理は、なんと鳥肉の料理で、たれ焼きと蒸し焼きにソース和えの物が出てきた。

 そして、果汁の飲み物。色は赤茶色で、何か二、三種類混ぜた感じがする。

 パンはなかった。これはたぶん別に指名しないと駄目だったのだろう。

 まあ、これだけ出ているのだから問題ない。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 私は焼き立ての肉を、ナイフで切り始めた。肉汁が出る。このやや厚いステーキには焼いた直後に掛けたのであろうソースもかかっている。

 遠くから店員が見ているのが判った。やれやれ。ここはお淑やかにいくしかないか。

 仕方なく、やや小さめに切ってはそれを口に運ぶ。

 

 肉の味と掛けてあるソースの味がよくあっている。魚醤の中でも癖の少ない匂いも少ないものを使っていて、それにかなり砂糖を加え、あとは脂を混ぜて加熱してあり、調整に塩が加えてある。それが焼きたての肉の脂と絡んでいるのだ。

 これをやっている料理人は腕がいい。

 

 これは本当にいい味がした。元の世界ならこれは鉄板の皿が欲しい所だろう。鉄板を(かまど)で温めて、焼いた肉をそれに乗せて、客に出せばさらに人気が出るかもしれないな。

 

 さて、鳥肉はどうだろう。ステーキがこれだけの味を出しているのだ。鳥のほうも期待できる。

 

 まずはたれ焼きのほうからだ。甘辛いたれが鳥肉の味と相まって、これは旨い。

 内心、生ビールが飲みたい衝動に駆られた。大ジョッキで飲む冷えた生ビール。

 しかし、この姿では酒は無理なのである。

 それにこの異世界には冷えた生ビールなんかナイ。残念ながら諦めるしかないな。

 たれ焼きの鳥肉はたっぷりの量があった。

 

 次は蒸し焼きにソース和えのほう。こっちはどうやら何かの酒、ワイン? を掛けて蒸してあり、そこに甘酢のソースが掛かっているが、甘酢に工夫がしてある。本当にわずかだが、癖の少ない魚醤を加え、柑橘の皮を擂り潰して加えてあるのだ。

 ご飯が欲しい気持ちが急激に湧いてきたが、この異世界には、今の所ご飯もない。ないものはないのだ。

 こちらも十分な量があった。

 

 表面上、お淑やかに肉やらサラダを頂き、スープを飲んで、最後は果汁だ。

 やや酸味があるのだが、口には残らない、爽やかな味だった。

 なるほど。肉の後味を上手に消している。食後の飲み物としては十分だった。

 

 この国というか店のテーブルマナーは判らないのだが、カトラリーを交差させる形で皿の中央に置いた。

 これでもう充分ですという合図になっていれば正解。どうなのかは判らないが。

 

 脇に置かれた布で口を拭いて、もう一枚の方で手もよく拭いた。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。ややお辞儀。

 

 いやはや。いい味だった。満足した。内心、生ビールが飲めないのが本当に残念なくらいの味だった。

 

 それで、勘定はいくらになるのだろうか。かなり高そうな気がした。

 

 店員を呼んで、清算をお願いすると、何やら皮紙の帳簿を持ってきた。

 全部で一二デレリンギ(※大谷換算で六千円)だという。

 なるほど。まあ、あの味とあの量である。まともな値段のステーキハウスに入ったと思えばいいのだ。たぶん、鳥肉の値段が高いのだろう。

 私は小さなポーチからデレリンギ硬貨を取り出し一二枚数えて、店員に渡した。

 

 店員は私に、署名しろという。

 マリーネ・ヴィンセントと。店員はセネカル肉料理、鳥二種焼き、野菜、スープ、カリラヌンクと書き入れた。最後のはたぶんあの果汁の飲み物だ。そこに続けて一二デレリンギ。清算済み。と店員が書き込んだ。それからもう一枚にも署名。内容は同じだったが、こっちは綴じてはなかった。たぶん商業ギルドに出すとか、そういうものだろう。

 こっちは現金で支払っているのに、ずいぶんとまあ丁寧なことをする食堂だ。もしかして、この食堂はどこかの宿の付属施設とかなのかもしれない。

 

 そして男性店員がお辞儀したので、訊いてみることに。

 

 「すみません。つかぬことを、お伺いしますが、『アントリス・ホールト』は、何処なのか、ご存じでしょうか」

 「ああ。あの宿ですか。それでしたら、ここを出て、西の角を南側に曲がって、最初の街区通りを通り過ぎて、二番目の通りを左に。東側に入ってください。少し行った場所に、あります。すぐ分かるはずです」

 「ありがとうございます」

 私は深いお辞儀をして、それから店を出た。

 

 まあ、支払いに関して言えば、冒険者ギルドのトークンでもよかったのだが、あの値段でいちいち代用通貨の皮紙のやり取りをさせることもあるまい。

 それに、初見の店だから、請求の皮紙は店でやっておきますなんて言うのは期待できない。自分で中央にある冒険者ギルドまで、置いて来る必要があるのだ。そのことを考えれば、こういう金額なら硬貨の支払いでいいのだ。

 

 私は歩いて、角まで出る。ここは、たぶんだが、以前ヨニアクルス支部長と来た、あの大きな総合ショッピングセンターのような建物の近くだ。

 反時計回りの乗合馬車は、あの時の乗合馬車の通った道よりさらに大回りしているという事だな。

 つまり、この角の近くに斜めに行く道があって、そこをしばらく行くとあの大きな建物がある。

 私はその斜めの道ではなく、もうちょい先に進んで、二番目に横に入る道を探せばいい。斜めの通りを通っていく乗合馬車はない。

 何かの理由があるのだろう。

 

 ……

 

 この辺りはもう人が多い。

 商業地区の中なのだ。あの大きな総合ショッピングセンターというべき場所がなんという名前なのかは知らないが、あそこには人が多かった。

 

 やや南に向かって歩き、最初の街区通りを通り過ぎる。

 二番目の街区通りといっていた、東側に入る道を見つけた。

 それにしても、人が多いな。

 皆、背の高い亜人たち。耳が長いがそれが横に開いている者たちもいれば、そうでもなく、かなり後ろに倒れている者たちもいる。

 冒険者たちの男衆は耳が横に開いている者たちがいなかったので、やや新鮮でもあった。

 

 この区画の東側に入っていく街路を歩く。

 斜めの道に出る前に、その宿はあった。『アントリス・ホールト』の看板が上についているから間違いない。

 他の集合住宅と高さは同じだ。

 

 ここの街路は全体がそうなのだが、店や住宅の前の道は、全部軒の状態で、丁度一階の天井辺りの高さが通路の屋根になっている。高さにして四メートル程だ。

 

 第三王都に長雨が降るとは思えないのだが。まあ、雨が続いても往来に困らないようにしているのだろうな。

 

 この位置からだと、ヨニアクルス支部長の古い友達だといっていたマインスベックのあのショッピングセンターのような広い建物も近いし、色々と便利そうではある。

 ここに暫く逗留するのも悪くなさそうだ。あとは、ここの女主人とやらが、気難しい人でなければそれでいい。

 

 

 つづく

 

 定宿を探している途中で見つけた食堂で昼食も食べる。

 その食堂で、宿の場所を聞いて、実際にそこに行ってみたのだった。

 

 次回 第三王都での定宿

 ようやく、マリーネこと大谷の今後の定宿に向かうことになった。

 宿の女主人は理知的そうな女性だった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ようやく最新話まで追いつきました。 少しずつ世界が広がり出来る事も時間をかけて少しずつ増えていく様は とてもリアリティがあり楽しかったです。 [一言] 久しぶりに寝不足になるほど面白かっ…
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