023 第5章 村での生活その2 5ー5 村に残されていた武器と打ち直し
武器を見つけるマリーネこと大谷。
しかし、その武器たちは…
23話 第5章 村での生活その2
5-5 村に残されていた武器と打ち直し
鍛冶屋の裏手の倉庫に行く。ランプが欠かせない。中は暗い。奥の方は真っ暗だ……。
ライトの魔法とか使ってたんだろうな。奥の方にいくつか箱がある。
どんどん開けて中を確かめる。農家に武器はいらなくても、猟師の人が何か必要だったかも知れないし。ここの鍛冶屋と猟師で狩りに行ったかもしれない。
外部に販売する物を叩いていた可能性だって十分ある。
何しろこれだけ大きい工房だ。商品を作っていたかもしれない。
だいぶ探して、とうとう一箱見つけた。
いろんなナイフ、ダガー? 短剣だろうか。
小ぶりな手斧、ショートソードっぽいもの、ロングソードっぽいもの、ブロードソード……
よし。武器あった。
結構重い箱を鍛冶場の方に持っていき、全て確認。
ナイフは切れ味を見る必要はない。
この鍛冶場に置いてあったナイフは鈍らだったからだ。
ダガーらしき物を一〇本ほどある中から二本取り出す。
刃は付いてるな。両手に一本づつ持って、左手のダガーに右手のダガーを打ち付けた。
えいっ。
あっさり両方折れた…………。
おいおい…………。
いかん。呆然としてしまった。これ、失敗作なのか? 脆すぎる。
焼入れ失敗か、焼戻しに失敗か。いずれにしても脆化してるに違いない。
この箱の中のもの、全てガラクタなんだろうか……。
だからあんな奥にしまってあったのだろうか。
人に見せられないものとして……。
うーん。適切な温度で焼入れして焼戻しすれば、案外行けるかも知れない。
ちゃんと叩いてあれば、という前提が付くが。
叩き直す所からになると大変そうだ。
さて、ダガー。
武器として基本中の基本がコレなのだが、マトモに作れていない。
『ダガーに始まりダガーに終わる』とか言ってやっていた昔のMMORPGの生産職を思い出した。
ま、釣りの『鮒に始まり、鮒に終わる』のモジリだ。
基本の物から始まったら、極めた後も基本に返る。そういうやつ。
なので鍛冶を極めてグランドマスターになったら、まず銘の入ったダガーを叩き、世話になった鍛冶職人たちと助けてくれた戦士の人たち全員に配るという風習があのMMORPGの世界にあった。
無事グランドマスターに成れました。という名刺代わりだ。
……
まずは焼戻して見るが不純物が多すぎてこうなってるなら、叩かなくてはならない。
それで駄目なら、これは溶かす事になるだろう。
この日はここまで。
夕食を作る。
六本脚狼の腰肉だが塩漬け。燻製肉の薄切りで作るいつものスープ。
あと、細い大根ぽいやつ、洗って輪切りにして投入。
何か醤油見たいな調味料があればいいのだが、胡椒を少しと塩を多めに投入。
六本脚狼の腰肉を少し切り出してスキレットのような鍋で焼く。
脂が少ないので焦げるかも知れない。
そう、ここには調理に使う脂はどこにあるのか分からないので、今まではいつも脂なしだ。
燻製の時の垂れた油を深い皿に回収している。
これを少しだけ使った。すこし中が半生、入れた獣脂が少ない。
焦げるよりはましとばかりに竈から降ろして、夕食だ。
手を合わせる。
「いただきます」
半生だが腰肉は悪くない。しっかりとした味がある。
中に肉汁もあった。これは当たりかもしれないな。
大根らしき、この白くて細い根菜にも味は染み込んでいる。
こんなささやかな根菜でも入れると贅沢な感じがして涙が出る。
一気に食べてスープも飲み干す。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
片付けをしたら、竈の火を落とし、さっさと寝る。
ランプの油も松明も節約だ。
翌日。
朝起きて、まずは朝鍛錬、槍の素振り一〇〇本。今日はダミーを突く訓練も一〇〇本。
欠かさずやらないといけない。
そして朝食。今日は体力を使うので、まずは食べる。
六本脚狼のスネ肉の塩漬け。
これは硬そうなので煮てみる。そのまま塩で煮るだけ。
手を合わせる。
「いただきます」
煮てみたが、出汁は出てる。しかし硬いな。
ガジガジと齧って見るが噛み切るのが大変だった。
味わって食べる。
この六本脚狼の肉はけっこういいな。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
手っ取り早く片付け。
やっと、鍛冶もどき開始だ。
桶に水を入れ、炉に火を入れる。石を『やっとこ』で掴んで、石を温める。
かなり石が焼けたら、桶に入れるとジュワーッという音と蒸気があがった。
水の温度を上げておきたいのだ。
頭と顔と首を布で覆って、大きい革のエプロンとブカブカの革の手袋。鍛冶屋スタイル。
これも自分で自分用を作らないと。
鞴で温度を上げていく。目標温度九〇〇度C。ちょい超えくらいが望ましい。
九〇〇度Cいっている程度まで上がったので、片手で鞴を押しながら、もう片手で『やっとこ』に掴んだダガーを火に当てる。この姿勢が地味にきつい上、熱い。
刃の温度は八八〇度C越えたくらいか。『やっとこ』で掴んでいたダガーを桶のぬるま湯に突っ込む。
ジュワワワーッという音と共にもうもうと蒸気が上がった。
持ち上げてランプの明かりで見てみる。歪みはなさそうだ。
もう一本、焼き直しを入れる。鞴を押して炉の温度を再度九〇〇度Cへ。
刃を焼いて桶に投入。
次は焼戻して空冷をやる。
炉の温度は六〇〇度C。刃の温度が六〇〇度C弱くらいになるまで熱する。
鞴の手を緩める事なく動かす。よし、ここだ。刃を炉から出して、土間の床に直おき。
もう一本も同じく。
熱い。ランプをもって水甕の所に行き顔の布を取り、塩をすこし食べて水を飲む。
だめだ、外に出る。
外の風に当たると、いくらかマシだった。
外の風は心地よかった。
少し考える。
……
自然銅なら一〇八五度Cもあれば完全に溶ける。
しかし銅鉱石に錫が混ざっていれば、八七五度Cでそのまま青銅になる。
錫の融点は低くて二三二度Cしかない。鉛の融点が三二八度Cだ。
元の世界での仕事でハンダ付けで使う錫と鉛いりのハンダはコテ温度が、二五〇度Cから二八〇度Cくらい。
錫が融点が低いので鉛も引っ張られて融点が下がる。
以前の世界で基盤試作で回路修正が必要になるとハンダゴテ握るのは当たり前だったから、コテの温度が表示され、温度管理できるやつを使っていた。
鉛フリー対応にするとコテ温度は低くなる。なので温度は覚えている。
さて、元の世界でも銅像とか、銅メダルとか全部青銅だ。ブロンズってやつ。
風に当たりつつ、ぼんやりとあの倉庫の銅らしい鉱石を焼くべきか、考えていた。
あれが良質な錫を豊富に含む銅鉱石であれば、普通に使う物は青銅で型に流して作るでいいとは思うが……。
武器を少し増やして、もう少し狩りをしたい。
鉄を叩いてというのが無理なら、青銅も視野に入れないと駄目だな。
さらに自分で出来る事を増やしてからじゃないと、ここを出るという選択が選べない。
この村を出るのは慎重にやらなければ。
さて、空冷には半日必要なのだった。
その日の夜になって、ダガーを研ぎ始める。刃は両側、両面なので四面研がないといけない。
荒い砥石から始める。四〇〇番、八〇〇番、一二〇〇番、二〇〇〇番くらいの感じだろうか。
砥石は四種類だったので、たぶん。
取り敢えず一本。
きちんと研ぎあげたら、切れ味のテストだ。
折れたダガーに打ち合わせてみるがこっちは折れない。
当然だ。きちんと焼いたのだ。
もう一度。
力を込めて打ち合わせると、折れていた方は当てた部分から砕けたが、焼き入れた方も刃は欠けた……。
置いてあったダガーの方は脆化してるか、焼いた温度を間違えたか、ミスしてるのは間違い無いな。
頑張って焼き入れたが、刃が毀れた。どうも駄目っぽい感じがする……。
その日は鍛冶屋でそのまま寝た。
翌日。
朝起きてストレッチ。そして槍の素振り。
そのあとは、炉に火を入れて残っているダガーから一本取り出して、叩いてみる事にした。
どれくらいの違いが出るのか。やって見る必要がある。
まずはいつもの鍛冶スタイル。顔の覆いと革のエプロン、手袋。桶に水。
炉の火の温度を鞴で上げていき、八〇〇度Cでハンマーで叩く。
火の温度が七〇〇度Cまで下がると、ハンマーを置いて鞴で温度を上げる。面倒だ……。
叩いて不純物を取り除く。炭素の含有量が問題なのだ。
叩く速度を上げる。一気に叩いていき炭素を減らす。
ガンガン欠けてしまう。脆いな。
たぶん、最初の時点でうまく行ってない気がする。
とにかく焼いてはスラグを取り除き、平滑化して叩く。
一回叩いて焼いてしまった後のダガーなので、上手く行くかどうかは判らない。
焼き直しと焼戻しまでやると、もう外は真っ暗だった。
月が三つ、ばらばらな位置にいる。大きさも軌道も違う月が三つもある、そしてどれもこれも歪に欠けている。何時見ても、不思議な光景。
これだけバラバラなら昼間に二つ、夜一つとかありそうだな。
そんな事を考えた。
食べもしないで寝てしまった。
翌日。
起きたらまずはストレッチ。そして槍の素振り一〇〇本。そして村長宅と鍛冶屋の水甕の水を交換。
これだけでも結構な時間がかかる。
さて。ダガーのテスト。空冷したダガーを見てみる。
簡単に研いでおこう。
砥石に水をかけて、研ぎ始める。丁寧にやる必要はない。強度というか強靭かどうか。靭性を見たいのだ。
そしてテスト材料は簡単。一昨日焼き入れたダガー。その根本に今回やり直したダガーの刃を当ててみる。
えいっ!
かなり力を込めた。パキッという厭な音が聞こえた。両方、刃が毀れた。
おいおい……。
焼いて叩いて、高温の焼戻しと焼き直しを入れたのに、これはどういう事だ。
この折れたダガーたち、よほど材料から失敗してたのか。それとも焼きが回っていたのか……。
この箱の中の武器、全部ガラクタかよ……。
叩いた鍛冶職人には申し訳ないが、溶かすしか無いな。
本来、それは礼儀に反する、重大なマナー違反だ。
鍛冶屋同士なら相手を侮辱する行為なのだが。喧嘩売ってるのと同じ行為なのである。
まあ、私は鍛冶屋ではないから、そこは許して貰おう。
しかし、この武器は脆すぎる。使い物にならないので原料に戻って頂くしかない。
でも、もしかしたら、これが私に与えられた優遇なんだろうか。
……鍛冶の優遇なんだろうか。
あの天使が付けて寄越した優遇なのか。なにか釈然としない物があった。
こんな立派な炉があって、この出来栄えは余りにも不釣り合いだ。
これが初期練習作品だとしても、きちんとした『それなり打てている作品』が無いのはどういう事だ。
……
ここにある道具たちはたぶん、外の街の物だろうな。
そう結論付けた。
少し考える。
風の魔法で鞴要らずで製鉄していた割に、この出来栄え。
……
何かが、おかしい……。
……
そうか。温度だ。それと還元。
還元に必要な工程をきっちりやれたのか、そこすら疑わしい。
一気に赤鉄鉱を溶かして、溶け出た物を鋳鉄としたのか。
それなら一酸化炭素の還元をかなり時間かけて行い、最終的に一二〇〇度Cとかにしないといけないのだ。いきなり温度を上げても一酸化炭素がないと還元が十分に行われないままだ。
鍛冶屋だったのか? 本当に。
もしかしたら、専門の鍛冶職人が居ない、見習いのような村人だけでやっていたのではないのか?
青銅は、とにかく錫が入っている鉱石を焼き溶かせば、得られる。酸化銅でなければ、だが。
硬さはともかく置いておくとして青銅にはなるだろう。
赤鉄鉱も同じ様にやっていたのか。
……
農具も外の街で買ってきたものなのか……。
暗澹たる気持ちになった。
……
つづく
倉庫にあった武器たちは、どうにもだめの様です。
マリーネこと大谷はこんな所でも運がありません。