229 第20章 第三王都とベルベラディ 20ー16 第三王都にきた使者との会談2
マリーネこと大谷は、商業ギルド監査官たちと情報交換をした方がいいのでは? と申し出たのだが、副支部長補佐は、なぜそんなことを言い出すのかという顔だった。
229話 第20章 第三王都とベルベラディ
20ー16 第三王都にきた使者との会談2
暫くの沈黙があった。
「仮本部では、商業ギルドとの癒着を疑われないように、独立した存在としているのですよ。お嬢さん」
金色の長髪を後ろにまとめている補佐は、そこでお茶を飲んだ。
「すみません。それは知りませんでした」
「各地の冒険者ギルドで支部長が、商業ギルドの監査官と幾度も会合をしているなど、本来は認められません」
彼女は真っすぐ私を見つめた。
「スッファ街で起きた事件といってもよいでしょう。商業ギルドの監査官様による特別監査の結果、あの街の支部長が事実上の更迭という事態が発生しました。これは然るべき理由があったからであり、それにより支部長の退任という形で処理していますが、もし監査官様が自分の管理する街の支部長との間の関係性を重んじて、それが歪むようなことがあってはなりません」
あの事件か。あれはそもそも、スッファ街の魔獣討伐隊員たちを、酷い指揮でむざむざ死なせた事が原因なのだ。まあ、それだけではなく、相当な依怙贔屓があったらしい。
「判りました」
私は座ったままだったが頭を下げる。お辞儀のつもりだった。
そこを支部長が取りなしてくれた。
「まあ、補佐殿。ヴィンセント殿はまだ冒険者ギルドに入ってからの期間が短い。まだ数節季も経ったかどうか、なのだよ。その辺で勘弁してやってくれるか」
それを聞いて逆に補佐が驚いた顔をしている。
「その数節季で、この少女、いえ、失礼しました。ヴィンセント殿は金二階級になったというのですか」
「ああ。白金の二人が連れて来た時に、彼女を試験したのがトドマ支部だが、腕前は予想以上でね。暫定的に銀一階級を与えたのだ。それから、暫くして数々の魔獣討伐で彼女は金階級になっていた。という経歴なのだ。ノルシュトレーム補佐殿」
「トドマに急に現れた、姿の小さい俊英という話は聞いてはいました。詳しい事は知りませんでしたが」
「うむ」
「その俊英の提案であっても、商業ギルド監査官様との定期的な会合という話は受け入れられません」
「ああ。これはあくまでも、我々で解決するべき問題だろう。補佐殿」
彼女は頷いていた。
「であるのならば、北東部一帯、巡回する任務をこなす部門をベルベラディ仮本部で新設、そこで得られた情報を各支部に伝達していく事が必要になろう。それは現状、魔獣駆除で精一杯の街道支部に任せる事ではない。違うかね?」
「仰る通りです」
「今まで、支部が丸ごと壊滅するほどの事態に出会った事が無かったが、それは幸運だったと。今後は各支部同士の連絡だけではなく、仮本部の方での巡回によっても情報をやり取りできるようにする事と、トドマ、カサマに負担をかけぬよう、マカマ街へ早急に人員派遣も必要だ。これについては儂からも書状を書こう。補佐殿に持って帰って貰いたい」
「判りました。まず、マカマ街の支部長の人選と、支部員の人員派遣ですね。それと巡回部門の新設、並びにその人員決定。北東部は雨が酷い時期もあり、好まれてはいませんからね。かなり揉めるでしょうね」
彼女は苦笑していた。
「それでも、仮本部がやらねばならんのだよ。第三王都の支部が出来る事は、人員の補填くらいだ」
「ええ。分かっています。セーデルレーン仮本部本部長様が、仮にもあの街のスーデルドーン商業ギルド監査官様から、あれこれ指図などされたくはないでしょう」
「うむ。今回は副支部長のルンドヴィッツ殿とグラナスベック殿にも、かなり動いてもらわねばならん。ノルシュトレーム補佐殿。儂からよろしく頼むと言っていたと、伝えてくださるか」
「はい。勿論です。クリステンセン支部長様」
「では、今回の会合は此処までといたそう」
そう言ってから、クリステンセン支部長はすこし、気難しい顔になった。
「ああ、もう一つあった。グスタフ・ケンブルクの事があった。こやつが、少し困った事を起こしよったのだ。これはこれで別の書類でセーデルレーン仮本部本部長殿に渡してもらいたいが、金三階級のケンブルクを暫く、反省させねばならん。今は地下に入れておるが」
支部長がそう言うと、補佐の顔が急に厳しいものになった。
「何を起こしたのですか」
「副支部長がおらんこの日に、儂の許可も得ずに、試合を無理にやりおってな。それだけならともかく、真剣を抜いて、斬りつけよる」
それを聞いて彼女の目が見開かれていた。
「そ、それは。誰か、怪我人が?」
「いや、巻き込まれたのは、そこのヴィンセント殿よ。彼奴を止めたのは儂ぢゃが、あれが、逆上しすぎておってな。儂にまで、真剣を向ける始末。これの処分は最終的にはセーデルレーン仮本部本部長殿に判断を仰がねばならん。それも、そなたに伝達を頼むことになる。面倒を掛けて済まぬな」
「分かりました。それでは書類は明日という事ですか」
「ああ、朝一番に渡せるように、今晩中には全て仕上げておく故、戻る前に立ち寄って下され」
「わかりました。それでは今日はこれで」
「ああ。ヴィンセント殿も、今日はもう帰られよ」
支部長がこういうのだ。会合はおひらきになったらしい。
私は立ち上がって深くお辞儀。
金髪の補佐も立ち上がって、支部長に敬礼をすると、そのまま振り返って部屋を出ていった。
応接室から出て剣を身につける。ロビーにはたくさんの支部員がいた。
その支部員たちの階級章は、みんな鉄階級だった。何か話しているのだが、私には聞き取れないものが多い。
彼らに囲まれたら、身動きが取れなくなる。カサマ支部では支部長やら、あの時の副長が他の支部員たちを止めてくれていたが、今は私一人なのだ。
これは、さっさと引き上げるに限る。
右手を胸に当てて挨拶。
「それでは、皆様、ごきげんよう」
私はスカートの端を掴んで僅かに持ち上げつつ、右足を少し引いてお辞儀。
廻りが騒ついていたが、私はそのまま支部を後にした。
……
外は、あちこち雲が多いのでそれほど明るくはないが、二つの太陽が傾き、建物に長い陰を作っていた。
宿に戻る道すがら、少し考え事をしていた。
今回の会談は、私がいる必要は無かった気もするが。
まあ、あれで巡回する任務が作られて、北部街道の情報を集めては連絡していき、仮本部にまで詳しい情報が届くようになれば、以前とは大分変っていくのではないかと、私は考えた。
ただ。この巡回任務隊員は優秀である事が必要だな。
あと、人員召集関係はどれくらい掛かるのだろうな。
今回は第三王都の支部長の手紙だけだ。もし酷く時間がかかるようなら、商業ギルドの監査官と話をする必要が出てくる。
ただ、ヨニアクルス支部長とベルベラディ仮本部の本部長との間に何があったのかは、知る由もないのだが、そんな事でマカマ街の支部がいつまでも復旧できないとなったら、そんなものは、当然だが、無視せざるを得ない。
あまりやりたくはないが、余りにもかかる様なら監査官に掛け合って監査官の方から、直接話しが降りていけばベルベラディの仮本部でどういう意向があろうと、早急に対応せざるを得まい。
彼らの知らない処で監査官に話が通って、彼らに命令が下るとか、絶対に嫌がられそうだし、誰がそれをやったんだっていう事になれば、だ。
私の名前が出たら、大問題になりかねない。
そうなると、だ。スヴェリスコ特別監査官の力を借りて、かなり上からのお達しですよ。という形にせざるを得ないな。
そうであれば、商業ギルド監査官の間で話が繋がって、第三王都の上にまで話が来たという形もとれるだろう。
なにせ、今やスヴェリスコ特別監査官は、監察官補佐の役目まで担っている。あの時に、なんと言ったか、あの監察官は、スヴェリスコ特別監査官が動きやすいように、補佐官の役職もつけると言っていたのだ。
第四王都で一度だけあっただけだが。あのお偉い人に会わされるためだけに、何日もあそこに缶詰にあったのだ。
だが、あのお偉い御仁とその部下と、あの護衛たちは、僅かあの一時のために、全てを設定して第三王都からやって来た訳だ。まあ、第四王都に他にも用事があったかも知れないが。
今考えると、とんでも無い事だった。
……
考え事をしながらだったが、宿についた。
宿の受付で鍵を受け取り、私は部屋に戻った。
夕方になる少し前に蝋燭に火が灯されて、運ばれてきた。
まあ、お客人が旅慣れた野宿も好きな人ばかりではなかろう。
火を熾せない商人だって多いのかも知れない。
そんなことは下男とか下働きの仕事だとして、やり方すら知らないかも知れないのだ。
宿の部屋係の人なのだろう、持ってきた火のついた蝋燭で部屋の中の蝋燭にどんどん着火していく。
獣脂ランプじゃなく、香りのする太い蜜蝋の蝋燭というのが、やはりちょっとは値段のいい宿らしい。
ほとんど黒い煤もなく燃えているので、かなりいいものなのだろう。
「もう暫くしたら、夕食をお持ちします」
部屋係らしい、男性がそういって軽くお辞儀をして部屋を出ていった。
剣帯を外して、ローテーブルの脇に置いた。
さて、これで当面の問題はほぼ片付いた。あとは私の今後の生活拠点になる下宿なんだが、名前しか分かっていない。探す必要がある。
まあ、それは明日にでもやっておこう。
雨さえ降らなければ、どうにでもなるだろう。
明日は第四商業地区を見て回りつつ、その下宿を探せばいいのだ。
そんなことを考えていると、扉にノックがあって、料理が運ばれてきた。
夕食の時間だ。
部屋係の男性は手早く、私の部屋のローテーブルに食事を置いていった。
いい匂いがする。
皿には明らかに鳥肉が載っていた。そして何か餡のかかった肉団子も皿に盛られている。
あとはふかふかのパン。そしてシチューとやや色の濃いスープ。
色取り取りの葉野菜。
食欲をそそる匂いが鳥肉から漂う。
手を合わせる。
「いただきます」
今日の食事には、手拭いのようなものが2枚、置かれていた。
一つは食べた後に口を拭くものだろうけれど、もう一つは……。
そして気が付いた。この鳥の肉は骨もついている。
つまりは、客によってはこれを手掴みで食べるから、この手拭いで手を拭いてくれという事に違いない。
カトラリーはちゃんと大きさの違うナイフが二つ、フォークのようなものも大きさの違うものが二つ。あとはスプーンが一番右に一つ。
パンは、手で千切ってスープにつけて食べてもいいし、ナイフで切ってフォークに刺してスープかシチューに潜らせてもいい。
まあ、そういうことだ。ここは高級宿で宿の主人と一緒に食べているわけではないし、ここは一つ、手掴みで。
パンを千切ってはシチューに少し潜らせて食べる。塩味も多いが、滑らかな味で旨味がはっきりある。
葉野菜は例によって魚醤と何かの植物油によるドレッシングだ。そこに塩もかけてある。
いくらかパンを食べてから、いよいよ鳥肉だ。
まずはナイフとフォークで皮の所を切ってみる。脂と透明の肉汁が皿に滴り落ちる。
皮と肉を一緒に食べる。皮はかなり火が通っていて、ぱりぱりだ。そして肉はしっかりした弾力がある。
この味。この旨味は獣の肉では得られない味である。
私はどんどん肉を切っては口に放り込んでいた。
かなり、私好みのいい味がしている。
この鳥はどんな鳥なんだろう。
この王都のすぐ近くに養鶏場みたいなのがあるのだろうか。
しかし、アグ・シメノス人はこれを食べないとしても、この王都に亜人だけでも一〇万人規模で住んでいるのだから、もの凄い量で供給できているか、あるいはこれはかなり販売数の限られた高級品か。
おそらく後者だ。
そう考えるだけの理由がある。
商業地区が四つに区切られて、各地区に二万人の大人がいるとする。各地区に一〇〇〇羽、若しくはもう少し供給できていないと、普通に手に入るとはいえない。
そうなると全体で四〇〇〇、ないしは五〇〇〇羽必要で、これを毎日供給するのは無理だ。
食べられる大きさの若鳥になるまでに、どれくらいかかるかによるが、どう考えても一五〇日くらいは必要になるだろう。
三日に一度売るとしても、一回に販売する肉の五〇倍の羽数が必要になる訳だ。
単純に二五万羽という数が出てくる。
これには親鳥も必要になる。全ての雌鳥が毎日卵を産むとは限らない。三日に一度の鳥もいるだろう。親も三倍必要になる。親鳥も一五〇〇〇羽必要か。さらにその卵を抱かせて、雛を孵す必要がある。これとて一〇日では無理なわけで、二〇日以上かかるだろう。
それだけの数の鳥を育てている場所が必要で、大量のエサも必要だ。しかも三日に一度とはいえ、五〇〇〇羽を潰して羽を毟る作業が必要になる。
それだけの場所が仮にこの王都の中にあっても、その作業を手早くやって肉を市場に運んでくるだけの労働者がいるのかという話になるのだ。一人が一日で五羽潰して羽をきれいに毟れるとして、単純に一〇〇〇人の鳥処理専門の作業員が必要である。
一日は羽を集めたり、出荷予定の鳥だけ別にしたり、あるいは育てている場所から、消費地である王都の横まで運んでくる。
そして、また一日かけて捌いて羽を毟ると。その肉をすぐ市場に出せるものもあるだろうし、加工するかもしれない。それに最低でも一日かかる。
卵の孵化までの管理やら親鳥の世話やら色々ある。どう考えても、相当大変だ。完全に大規模な事業になっている。
これは、かなり大がかりな農場が何か所かあって、勤勉な労働者が多数いないと成り立たないということがすぐ分かる。
これをアグ・シメノス人の労働者階級が黙々とこなしているというなら、私も納得なのだが、アグ・シメノス人は味蕾がないのか、旨味をほとんど追及していない。だから多分、これを食べてはいない。
そんな彼女たちが亜人のために、鳥を潰す作業をしているというのは考えられない。
冷蔵できないこの異世界において、無理に冷蔵しようとするなら魔道具が必要になる。そんなコストは絶対に掛けられない。
つまり捌いてすぐ、市場に出せる肉は生で出せるが、そうじゃないのなら、ほぼ間違いなくその場で焼くか、燻製か、煮るか、蒸すかして、取り合えず加工した状態で運ばれるだろう。
この肉団子がそうに違いない。たぶんこれは、捌いてすぐその場で肉を細かく潰して、丸めるか加工して煮るか何か火を通したのだ。
そして市場に運ばれて売られ、再度加熱して餡が掛けられたのだろう。
これはかなり濃い味がついていた。餡は片栗粉っぽい粉と魚醤、砂糖、僅かに加えた塩。それと何かの脂とお酢と水。それで作ったものを肉団子に掛けてある。団子の方も何かの出汁で煮ているが、これはたぶん同じ鳥肉に塩や香辛料を追加したものだろう。
この王都のすぐ近くに大規模な農場と食肉加工業者がいないと、これは普通には食べられないという事だな。
私の勘でしかないが、それほど大規模な養鶏場のようなものがすぐ近くにある訳ではないと、睨んでいる。
マカマ街やマリハのような小規模の街ならともかく、人の多いこの大都市ではそう簡単にはいかないのだ。
つまり、これはそれほど多く出荷されて来る訳ではない鳥の肉をかなり仕入れて、料理して宿の客に出しているという事だ。
私は鳥をどんどん食べていくとあとは骨の周りだ。これはもう手掴みでどんどん骨から毟って食べる。
葉野菜もいただき、シチューでパンを全部平らげる。一心不乱に食べたといっていい。あとはスープを飲み干した。
……
満足した。いい味だった。
私はもう食べる所のなくなった鳥の骨を皿に戻した。
鳥の骨を持って齧り付けたことで、マカマ街の高級宿では出来なかったそれが、ここで出来たのも満足感を大いに高めていた。
脇に置かれた手拭いで手を拭き、もう一枚で口を拭いた。
そして果汁の飲み物も飲み干す。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。すこしお辞儀。
お腹一杯食べる事ができて、幸せな気持ちになる。
やはり、美味しい食事は重要だ。
そうしていると、また部屋係の人が入ってきて、皿を片付けローテーブルを拭くと、紅茶とケーキらしきものを置いていった。
この宿の紅茶とお菓子も、だいぶ気にいった。まあそれもあと一日なのだが。
この日もお風呂に入る。女性のお風呂は私しかいないので、またしても貸し切り状態だった。
つづく
当面の問題はほぼ片付き、あとは定宿探しが残った。
鳥の肉を食べつつ、この王都に供給される鳥肉はどこから来ているのだろうと、考えるマリーネこと大谷だった。
次回 第三王都での定宿探し
マリーネこと大谷は、この休みの日は、定宿探しにあてることにして、第四商業地区に出かけるのだった。