228 第20章 第三王都とベルベラディ 20ー15 第三王都にきた使者との会談
支部長に促され、マリーネこと大谷は、今回起きてしまった試合のことを説明する。
そして、暫くすると、ベルベラディからの使者がやってきたのだった。
228話 第20章 第三王都とベルベラディ
20ー15 第三王都にきた使者との会談
支部長はもう、カンカンだった。
まあ、本来ならばたとえ練習であれ、金階級同士は勝手に試合してはいけないらしい。
副支部長の許可が必要なのに、二人とも今日はたまたまいないという。
それぞれが別の任務で、出かけてしまっているのだ。
それならば本日は支部長が在席していたのだ。
支部長が許可したかどうかは別として、支部長を無視した形になったのだから、支部長がカンカンになって怒っているのは無理もない事だ。
男に縄が掛けられ地下に運ばれていくと、支部長はどうやら機嫌を収めたらしい。
「何があったのだね。彼らは騒いでいるだけで、さっぱり要領を得ない。ヴィンセント殿。そなたから説明してもらえるかね」
「はい。私が、模造剣で、練習しているときに、あの男の人が、いきなりきて、子供は出ていけと、言ったのです」
「ケンブルクが、かね。」
支部長は怪訝そうな顔だった。
「はい。喚く、子供の、遊び場では、ないと、言いました。そして、私の、短い、模造剣を見て、遊びだと、言って嘲笑いました
「なんと。それで?」
「私の、ことだけ、ではなく、トドマの、仲間の、冒険者のこと、まで、田舎者で、剣のことなど、分からぬ、山の、弱い、魔獣相手か、道路工事、くらいしか、できない奴ら、と言いました」
「あの馬鹿者めが……」
「私は、どう思われても、構いません。あの剣の、短さで、今まで、全て倒して、きたのですから。ですが、トドマの、人たちを、馬鹿にするのは、許せません」
「うむ」
「それから、私は、手本に、なる人は、白金の、二人しか、いないと、言ったのです。私から、彼の、階級章が、見えて、いなかった、のも、ありますけど。見えて、いたら、別の、言い方も、あったかも、知れません」
「な……。そうか」
「それで、急に、怒りだして、金三階級の、俺より、強いとでも、いうのかと、その先、言葉が、相当、荒れて、行きました」
「まあそれで、試合になったのか」
「いえ、試合、というより、あの人は、私を、徹底的に、懲らしめて、やろうと、いうこと、でした。階級差を、思い知らせて、やると、言いました。私が、負けたら、一切、口答え、出来ない様に、すると、言いました。私を、どうする、つもりだった、のかは、彼次第ですが、かなり、不穏、だったのは、確かです」
支部長が私の顔を覗き込んでいた。
「それよりも、負けも、認めず、模造剣の、試合で、真剣を、抜いて、きたほうが、問題、でした。完全に、逆上、していました。支部長様に、まで、剣を、向けたのですから」
「うむ。誠になんといって良いのやら。まさか、同じ支部員に真剣を振るうとは……」
支部長は少し黙り込んだ。
「あれがしでかしたことは到底許されることではない。ヴィンセント殿だから、全て躱して怪我もないのだろうが、他の者たちではただでは済んでおるまい。彼奴には、罰を与えなければならん。そのまま放置では、他の者たちに示しが付かん。暫く謹慎してもらうほかあるまい」
支部長は額の汗を、何やら厚い布で一回拭った。かなりの汗が出ていた。
「しかし、こんな事をベルベラディに報告せねばならないとは……」
支部長が珍しく、深い溜息をついた。
「私は、トドマでは、金三階級、の人は、アガット・マグリオース殿しか、知りません。彼も、相当な、嫌われ者だったと、聞いては、いますが、金三階級、という人は、みんな、ああなのですか?」
「そうではない。だが、あの領域にたどり着くものは、普通ではないのだ。それが、人として何かを欠落させてしまっている者のほうが、戦いに特化する、ということを否定できない。恐らく、アガット殿もそうだったのだろう」
私は頷くしかできなかった。ただ。アガットは、仕事ぶりで言えば相当徹底していたようだったし、手を抜くなど考えてすらいなかっただろう。
周りへの言葉や態度はともかく。
天は二物を与えず。か……。私も幾らか優遇があるかわりに、私は独特の匂いがするらしく、私を餌と考える魔物たちが多数やってくる。
まさにこんなマイナス点が付いてくるわけで、私が貰っている優遇でそれが埋め合わせになっているのかは定かではない。
ただ、優遇がなければあの山で生きていくことは不可能だっただろうし、降りてくることもまた、不可能だった。
しかし。加えて言えば、だが、あの時間がゆっくりになるゾーンは、自分で勝手に出せない上に、あれをやっている時間が延びれば、私の寿命がどんどん縮んでいくという。
たぶん、なのだが白金の二人も元の世界からこっちに来る時に、色々与えられた優遇のかわりに、何かを失っているのではないだろうか。
ふとそんな事を考えた。
何かを得ているのなら、それと等価の何かを失っている可能性だってある。
そう、物事には理由がある……。それはどんな物にも、だ。
それは、たとえ、ここが元の世界とは全く違う世界だったとしても。
『異世界』だからといって、その一言で何でも済む訳でもナイ。
金三階級まで行くと、人間的になにか欠落している人が多いのか。
全員がそうではないにせよ。
なんとなく、金階級の冒険者が少ない理由が見えてきたような気がする。
金の階級になると、移籍も出来るといっていたが、金三階級の人と反りが合わず、別の支部に行くものも居るだろうし、場合によっては貯めた金額次第で引退を選ぶものだっているだろう。
任務の大変な北部、北東部に金階級の冒険者がとても少ないのは、そういうこともあるのだろうか。
まあ、色々ありそうだな。
支部長の話は続いていた。
「ここの副支部長の二人は、そういう中では稀有な存在と言える。そうした人格的欠落がない者なのだ。しかし、二人とも支部長をどうしても引き受けてはくれぬ。それでまだ儂がこんな所におるわけだ」
いや、クリステンセンの体術を初めて目にしたが、あれは到底、金三階級辺りで相手出来る様な技では無かった。この爺さんは間違いなく、相当高い実力があるだろう。
あの剣の躱し方といい、あの手を使った奥義といい、飛びぬけていた。今まで冒険者ギルドの支部員であのレベルの動きを見せたものは誰一人としていない。
私が全力でやれば一本取れるだろう。だが殺し合いではないのだから、双方、躱し躱されて、引き分けの可能性だってあるのだ。黒服の男たちの速度には達していないものの、この爺さんの体術にどんなものがあるか、私には想像すらできなかった。
まあ、この爺さんの後釜になるのは、そう容易い事では無かろう。
「トドマ支部では、副支部長様を、見たことが、ありません。いつも、ヨニアクルス支部長様を、支えて、いたのは、ギングリッチ教官殿の、ように、見えました」
「ああ。トドマでは今は副支部長はいない。それも問題なのだが」
「何故でしょう?」
支部長は少し顔をしかめた。
「カサマで以前不幸な事があったのだ。そこにトドマも巻き込まれていた」
「私が、まだ、トドマ支部に、入る前の、事の、ようですね」
「ああ。そうだ。結構前の事だ」
「何故、補填、されて、いないのでしょう」
「なかなかヨニアクルス支部長殿のお目に叶うような人物が居ないという事もある。これもベルベラディでは保留事項の一つだろう」
「随分と、のんびり、していらっしゃいますね。ベルベラディ仮本部は」
「ヴィンセント殿が心穏やかならぬのも当然であろうな」
「残念な、ことに、私は、スッファ街の、冒険者ギルドの、悲劇や、マカマと、カサマで、討伐に、失敗した、魔獣も、完全に、崩壊して、言葉通り、壊滅して、しまった、マカマと、大被害を、受けたリカジも、全て、見て、きました。そして、人員は、補填されず、各支部の、傷は、癒えない、ままでした」
支部長が私の方をじっと見ていた。
「スッファのときも、仮本部が、動いたのは、私が、ここで、訴えてから、です。白金の、二人は、それまでずっと、スッファ街で、待っていたのです。あまりにもおかしくありませんか?」
「まあ、そのことは今日来る、補佐の人と話そうではないか。ヴィンセント殿」
……
午後も暫く経ってからだ。外で馬車の音と数人の声がする。
私が立ち上がると、支部長も立ち上がって、廊下に向かった。
冒険者ギルドの入口にある広間に向かった。
やっと、ベルベラディ仮本部からの使者が来た訳だ。
全員が革製の長い外套を身に着けている。天気が良くなかったし、来る途中にだいぶ雨が降ったことだろう。
幾人かの冒険者の人の中に、一際印象深い、革の鎧を纏った長い金髪の女性がいる。
僅かに焼けた肌。恐らく元は白い肌なのだろう。瞳は深い紫色。やや顔が長く、それに合わせて鼻も長く、顔全体の彫りが深い。唇は薄い。耳は当然だが細く長い。
身長もなかなか高い。靴の踵でやや背は高くなってはいるものの、二メートル一〇はあるようだ。つまりは他の男性陣と比べて、ひけを取らない。
その周りの男性たちは、厳しい顔だ。
やや焼けた肌で、髪の毛は焦げ茶色。瞳は褐色だ。耳は細く長い。
身長は当然ながら二メートル越え。靴の踵を入れたら、二メートル二〇は越えているだろう。そして皆、やや長い幅広の剣を腰に下げている。
総勢で六名ほどだった。
この中の責任者が、今回の補佐の人という事だな。
金髪の女性が、他の男たちを後ろに従えて、やって来た。
「お久し振りです。クリステンセン支部長殿。副支部長補佐のノルシュトレームです。覚えて頂けてますでしょうか」
彼女は右腕の肘を直角に曲げて、右手の親指を曲げ、そのまま掌を胸の中央に当てた。
「おお。相変わらず、お美しい。勿論、覚えているとも。グレース・カールゼンセン・ノルシュトレーム副支部長補佐殿」
クリステンセン支部長がそういうと、相手の女性が、腕を下げてから頭を下げた。
何はともあれ、クリステンセン支部長のほうが、立場が上だという事だな。
「では、こちらに」
支部長がそう言うと、女性は他のついてきた男性陣に、ここで解散を命じた。
「ここまで、皆、ご苦労でした。全員、夜になるまで自由行動とする。解散」
男性陣の男たちは、横に並んで一度敬礼し、そのままギルドの外の馬車の方に向かっていった。
よく分からないが、彼女の直属の部下という訳でもなさそうだった。ベルベラディ仮本部の支部員たちという事か。
しかし。全員が銀三階級だったぞ。こんなことで連れてくる事が出来るのか。ベルベラディ仮本部には随分と人がいるのだな。
よくよく見ると、彼女の首に掛かっていたのは、金三階級の階級章だったが右側に☆が一つ付いていた。この女性もまた、特別な存在ということだな。
私には意味が分からないが、通常の階級章とは違うという事だな。
……
支部長について行くと、支部長は応接室に入った。
「まあ、この椅子に座ってくれるか。ノルシュトレーム補佐殿」
「では、遠慮なく」
彼女は、やや低いソファに腰掛けた。
私は、支部長の横にある座面の低いソファに座る。
「まあ、まずは、お茶を出そう。それを飲んで、一息ついてくれるかね」
支部長が一旦席を外して部屋を出て行き、それから戻って来た。
暫くすると見知らぬ係官がやってきて、茶色の濃いお茶の入った器を持ってきた。
それが三人の前に置かれた。
……
「さて、今回来てもらったのは、他でもないここにいるヴィンセント殿からもたらされた情報だったのだが、マカマ支部は、完全に壊滅した。そのことは仮本部に伝えたと思うが。補佐殿。聞いているかね」
女性が頷いた。
「ええ。副支部長が一人残され、あとは全員魔獣討伐に行って、斃れたと」
「うむ。それでトドマ支部に助けを求める手紙が届いたとかで、ヨニアクルス支部長殿が、白金の二人を一時的に派遣したそうだ。もう、マカマ支部に到着していよう。彼らの力を借りて、支部員を集める算段のようだが、支部長が居ないことには、形にならないであろう? 補佐殿」
「そうですね。ベルベラディから、マカマ支部長を選出して、すぐにでも派遣する必要がありますね」
「そもそも。まったく何故連絡が来なかったのか、儂にはさっぱりわからん。北東部が酷い事になっていることと、マカマは支部が壊滅したが、立て直せていない事の連絡が、なぜここに来なかったのか。そちらにも連絡は来ていないのかね。補佐殿」
彼女は力なく首を振るだけだった。
「セーデルレーン仮本部本部長殿は、何か言っておられただろうか?」
「いえ。今回の話は大きな議題にはなっていませんでした」
彼女は少し首を横に振り、それからじっとお茶の器を眺めていた。
「どういう事だろうね。儂には十分大きな議題に思えるのだが。北の隊商道とその街の平和維持は、仮本部にとっても、最重要課題の筈なのだが?」
「ご無礼を、承知の上、僭越ながら、申し上げますが、スッファ街の人員増強の時も、ベルベラディ仮本部は一向に動いてくださいませんでした。どの様な理由があったのでしょう」
私は、直接訊いてみる事にしたのだ。
「……。あれは、まずスッファ街の支部長の処遇があったのです。彼を暫く幽閉したのは、それなりに理由がありますが、あまり大きく取り上げられない様、殆どのことは外部には発表していません。全てを知っているのは、各王都の支部長様と第一王都の本部長様だけです」
クリステンセン支部長が頷いた。
「ああ。最終的にどういう処遇にするにせよ。アレには、反省させねばならん。それは仮本部の役目であろう。しかし、人員補充はそれとは別のはずだ」
支部長は金髪の女性を見つめた。
「ここ、第三王都も人員派遣は遅れたが、ベルベラディ仮本部はもっと早く対処出来ていたのではあるまいか?」
支部長はベルベラディ仮本部はスッファ街の時の白金の二人への応援もそうだが、人員対策がかなり遅かったことを話しているのだな。まあ、トドマにまで応援が来たのは、だいぶかかったのは事実だ。
「……。これは、ここでいうべき事なのか、私には、まだ判断がつきかねていますが、セーデルレーン仮本部本部長様は、こういっては何ですけど、ヨニアクルス支部長様との間に、なにか蟠りがあるようにも思えますし、白金の二人に対しても、思う所があるように見えます」
おやおや。これは思ってもみなかった展開だ。ヨニアクルス支部長はベルベラディでも過去に何かあったらしいな。
「まだ、あの時の事を気にしておられるのかね。セーデルレーン殿は」
「私には……。何ともいえません」
「これは、何とかせねばならんな」
しかし、今そこをつついても、何にも解決には繋がらないだろうと私は思った。
そこでつい言葉が出てしまった。
「ノルシュトレーム補佐様。北東部での、大きな脅威は、白金の、お二人の、活躍もあり、完全に、取り除かれました。当面、大きな脅威は、無いと、言えましょう。ですが、マカマには、全く、人員が、いません。再立ち上げに、支部員が、必要でございます」
「左様。まったく新しく支部を作るような事態になっているのだよ。補佐殿」
「ええ。そうなりますと、あそこにかなり集まっていた男衆を、全部国外に追放したという話は、大きな障害でしょう。些かやり過ぎでございましょう」
「うむ」
そこでクリステンセン支部長が大きく頷いた。
「とはいえ、商業ギルドの監査官様に、大きく意見は言えまい。まして、今回は何故か第四王都から、あそこに派遣されていたのだ」
ベルベラディにいる優秀な支部員の数名をずっと北の隊商道を通って、国境で折り返してくる見回りが必要であると私は考えていた。
よし、これは意見してみるか。
「私が思いますに、北部、北東部を、見回る、仮本部の、人員が、絶対的に、必要では、御座いませんか。マカマ支部から、こちらに、連絡が、来れなかったのは、途中で、魔物に、襲われた、可能性が、かなり、御座います。そして、誰も、それに、気が、付かなかった、ので、御座いましょう」
それを聞いていた支部長が提案を出した。
「キッファからルーガまでの支部見回りとして、実際の様子を見てくる人員が必要でしょうな」
「……。確かに、そうですね」
ノルシュトレーム補佐は渋々と言った感じで肯いた。
「少ない人数では、何かあった時に仮本部に連絡に行ける人間がいないことになりますな。特任の者を八人ほど、用意しなければなりますまい」
そう支部長が言うと、彼女は少し考え込んだ。
「そうなりますと仮本部でも、少し揉めそうです」
「僭越ではございますが、申し上げます。今回の件、北東部の、商業ギルドの、監査官様は、横の連絡で、どの街でも、大体のことを、知っていらっしゃいました。ここや、ベルベラディ仮本部でも、監査官様との、会合の機会を、持てるほうが、望ましいのでは、ありませんか?」
「些か、口幅ったい事を、申し上げましたが、北部と、北東部は、以前より、一層の目配りを頂きたく、存じ上げる、次第に御座います」
クリステンセン支部長とこの金髪の補佐も私の顔をずっと見つめていた。
まさか、こんな事を言われるとは、思ってもいなかったのか。
つづく
やってきた使者は副支部長補佐の肩書を持つ長身の女性だった。
そしてマカマ支部立て直しの為の話し合いが行われていった。
北の隊商道を巡回する役目も必要だろうという話の時に、マリーネこと大谷は、商業ギルド監査官たちと情報交換をした方がいいのでは? と申し出たのだが。
次回 第三王都にきた使者との会談2
色々話が出たが、話し合いは終わり、マリーネこと大谷は宿に戻る。