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227 第20章 第三王都とベルベラディ 20-14 第三王都での練習試合と支部長の技

 出来るだけ、男に怪我をさせずに決着をつけるはずだったが、男は逆上し真剣を持ち出してきた。

 一度はそれを躱すのだが、男は逆上。どうにかして相手を止めなければならない。

 そこに支部長がやってきて……


 227話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-14 第三王都での練習試合と支部長の技

 

 どんどん増えていく周りの支部員たちから驚愕の声が上がった。

 「あれが、一発も当たってないのか。嘘だろう……」

 「全部凌いだうえに、また一本入れたぞ!」

 「す、すげぇ。なんかすげぇ事になってるぞ」

 集まった支部員たちが騒ぎ出した。

 

 また、男が吠えた。

 「てめえぇぇぇ。俺を馬鹿にしやがってぇぇぇえ!」

 私がわざと顎を突いたのが判ったのだろう。

 

 男はもう、長い模造剣を下段に向けて、左右に激しく振り回す。

 

 これは速い。飛び退いて躱す。相手は一瞬振りかぶりにはいったが、これはフェイントか。

 そのままやや斜め下に向かって胴に切り込んでくる。僅かに躱す。

 さらに縦切り。こっちは逸らせる。

 

 その時だった。男は強烈に地面を蹴り込んで、そのままこっちに地面を跳ね上げた。

 土が跳ねあがり、私の方に降りかかる。つまらんことをする奴だ。土で目眩(めくら)ましか。

 その時に男の姿が見えない。男の姿が視界から消えていた。

 

 

 () () () () () () () !

 

 私はもう反射的に前に三歩、四歩と踏み込み、いやもう全力で走っていた。で、素早く後ろを向く。

 男はジャンプして、長い模造剣を私がいた位置に向けて、振り下ろしていた。模造剣の剣先は地面に刺さった。

 

 背後を取っていた私は遠慮せず、男の腰に私の模造剣を当てた。はっきりと痛みは伝わったはずだ。ただ、あまり強く叩くと骨が折れる。

 そこは若干手加減した。真剣ならこの時点でこの男は確実に死んでいる。

 

 私が全力で入れたら、例え模造剣だろうと間違いなく腰骨が折れるだけではなく、他に内臓も傷つく可能性が極めて高い。それで生きているかどうかすら怪しい。そうなれば治療も長引くだろう。

 

 「三つ目」

 

 またしても相手が吠えて、振り返りざま、乱暴に模造剣を横から払ってきた。

 私が合わせるのが僅かに遅れたのか、双方の模造剣から激しい音が上がり、その時に模造剣の剣先が砕け落ちた。私のではなく、相手の模造剣が……。

 

 「あなた、実戦なら、三度、死んでるわよ?」

 

 男はそれには答えなかった。

 

 「おおー、あの赤い服の子供が、グスタフ殿の模造剣を折ってしまったぞ!」

 「とんでもないことが起きてるぞ!」

 もはや響動(どよ)めきが辺りを支配していた。

 

 「なってこった! これは事件だ! あのグスタフ殿が、剣で競り負けたんだ! とんでもない事件だ!」

 「大事件だぞ!」

 大観衆となった支部員たちから大声が飛んだ。

 

 男は模造剣の残骸を投げ捨てると、背中の長い剣を抜いた。

 もう、完全に目が尋常ではない。

 「何が、競り負けただっ! 今言ったやつら、覚えておけよ! ただじゃぁ置かねぇからなぁぁぁ!」

 男が大声で怒鳴る。

 

 もはや男は大声で吠えながら、長い真剣を振り回す。私は下がるしかない。

 

 相手は両手で握った長剣を後ろに向け…… そこで柄が二つに分かれた。ポンメルのある方が長剣の柄から抜けて、短剣になった。いや短刀か。

 もう片方を右手で掴んだまま、真後ろに向け、左手の短剣が前。男は腰をかなり落とした。

 仕込み剣とはな。随分と変わった武器を持っている。

 かなり独特な二刀流か。

 

 やつはかなり低い姿勢。ほぼしゃがんでいるのに等しい。

 右手側は全く見えない。あいつの顔と肩と左手の短剣。膝だけか。私にほぼ体も長剣の位置も見せない構えだ。

 

 来る!

 

 男の剣は体を高速で回転させながら、瞬時に長剣を横から薙ぎ払い。一回転。剣が長いので、その範囲も広い。そこで剣が上に上がり、更に体を捻って片手で右からではなく、態々左からの袈裟斬り…… だったのだろう。

 

 確かに剣は速かった。なんという膂力(りょりょく)だ。

 だが。そう、私が今まで経験した黒服の人外の速度と比べることは出来ない。

 

 

 私はもう一度見極めの目でそれを見切って、ぎりぎり上半身を斜め後ろに躱す。あまりにも紙一重だと剣風で斬られかねない。右足を引いて僅かに態勢を入れ替えた。そして、そこから相手の剣の範囲に全力で踏み込む。

 相手の袈裟切りの剣が振り下ろされるよりも早く、更に大きく二歩踏み込む。

 もう私の模造剣で届く範囲だ。

 再び相手の顎に模造剣で突きを入れた。

 

 男の顔が上に跳ね上がり、男は後ろによろめいた。

 

 「まさか! あれは副支部長でも一本入れられた剣だぞ。あの赤い少女はなんていう動きだよ!」

 「全部見切って躱してるぞ! 信じられん」

 「あの少女の動き、早すぎて何やったんだか、見えねーよ」

 「いったい、何が起きてんだよ?」

 「何が何だかわかんねー」

 「さっぱりわかんねーよ!」

 

 どんどん膨れ上がっていく見物人の支部員たちから、大声が上がった。

 

 男の顔が怒りで歪み、吠える。

 「てめぇえ。てめぇぇ! フザけんな。てめーのようなちびなんざ細切れにしてやらぁ。次は絶対に()()()!」

 男が再び、低い姿勢。長い剣が後ろに向けられた。

 狂気じみた双眸(そうぼう)だった。

 

 仕方ない。もはや、手加減するのは限界か。こっちは木刀だが骨の二本くらい折って、暫く立てないようにでもするしかない。

 「次は、私も、本気で、入れます。手加減、しませんよ」

 

 …… その時だった。

 

 「グスタフ! グスタフ!」

 支部長が怒鳴り込んできた。

 

 「グスタフ・ケンブルク! 何をやっておるのだ!」

 クリステンセン支部長が止めに入るも、振り返ったそいつは、血走った目のまま、支部長に剣を向けていた。

 もはや男はまともな判断がまったく出来ていなかった。

 

 グスタフの剣が繰り出される!

 支部長が絶妙の速さでそいつの剣をぎりぎり躱すや、一気に踏み込んでいた。速い!

 彼が剣を上にあげるその最中、思いっきり右手の平手で、そいつの頬を張り飛ばしていた。

 おそらく、銅階級の周りの人々には支部長の動きはまったく見えなかったのに違いない。それぐらい速かった。

 

 派手な音が周りに響き、男が左後方に吹き飛ぶ。

 吹っ飛んだそいつの両手から剣が転がり落ち、地面の上を滑って行った。

 

 グスタフは起き上がるや、両手を突き出したまま支部長に向かって突進してきたが、支部長はその両手を素早く左右に広げると、そのまま両掌を広げ、男のこめかみをがっちりと挟んで引き寄せる。支部長の親指が男の額に当てられていた。

 支部長の両肘が外側に向かって突き出され、男の顔が支部長の胸の前で固定された。

 そうなるまでが、殆ど一瞬の出来事だ。

 

 と。

 その瞬間だ。私の見極めの目でしか見えない程の速さで、支部長の手が動いていた。

 

 右手と左手の掌が僅かなタイミング差で打ち付けられ、ほんの一瞬止まって、二〇ミリか二五ミリ離れては、また打ち付ける。

 速い!

 その速さたるや、秒間で六〇〇回に達しているかもしれない。往復が実に一・七ミリ秒程度である。それは間違いなく高速振動であった。凡そ普通の人に出来る技ではない。

 

 おそらく、周りの人からしたら、クリステンセンがグスタフのこめかみを挟んだまま、一時的に静止しているように見えた事だろう。

 これがクリステンセンの必殺技、いや、あれこそ()()、というべき……、なのか……。

 あの爺さん、とんでもない。あやつの剣を躱しただけでなく、あんな技を隠し持っていたのだ。

 

 あのまま不殺でもいいし、あそこから相手にとどめを刺すのも自在だ。恐るべき技である。

 

 僅か二秒もせずに男の目が焦点を失い、どろんとした瞳になった瞬間、男の意識が飛んでいた。白目をむいて膝から崩れ落ち、失禁していた。

 ソイツはもう支部長の足元に転がり、だらしなく漏らしている大男でしかなかった。

 

 クリステンセンの掌で脳が高速で揺さぶられ、パンチドランカーのような状態になり、ほぼ一瞬で判断力を全て失い、気絶したのだ。

 

 

 「ダーグ。グスタフを()()()()()! いいか。()()()だ!」

 クリステンセンは、グスタフの首にかかっていた金の階級章を強引に引っ張る。細い鎖が音を立てて切れた。彼はそのまま階級章を懐に仕舞った。

 

 支部員たちからまた響動(どよめ)きが起こり、それから大声があがり始めた。

 「支部長、すげぇ……」

 「ケンブルク殿が吹っ飛んでた……」

 「一体なにがちょっと、どうなってケンブルク殿が倒れてんだ……」

 「支部長が一瞬頭抑えただけだぞ。何だあれは!」

 「これも何が何だか判んねぇよ……」

 もう、支部員たちはお祭り騒ぎの様な騒々しさだった。

 

 「えーい! 静まれい! 何故、こんな事になったのだ。誰か、この事態の説明をしなさい!」

 そこにいた支部員は急に固まってしまい、全員押し黙ってしまった。

 

 ……

 

 辺りを静寂だけが支配していた。

 

 ぐいとクリステンセンが動く。彼は私の前にやって来た。

 「ヴィンセント殿、怪我はなかったかね」

 背の低い私を覗き込むクリステンセンの禿げた頭には汗が滲んでいた。

 

 「大丈夫です。私は、剣の、鍛錬を、していた、だけ、でした」

 「まさか、クリステンセン支部長様の、高度な、技を、間近で、見ることに、なるとは、思いません、でしたけど」

 できるだけ、息を整え、笑顔でクリステンセン支部長に答える。

 

 「見えたのかね。ヴィンセント殿には」

 私は小さく頷いた。

 「同じように、真似、出来るか、までは、判りません。あの速さは、修練が、必要です。それと、私の、身長では、相手の、後ろから、首に、肩車の様に、乗れば、出来る、可能性は、ありますが、そんな、機会が、あるかは、判りません」

 そういうと、クリステンセンの目は見開かれていた。

 

 しばらく私を凝視していたが……。

 

 「どこかで練習するにしても、支部員には無論だが、人にはやらない様に」

 「はい。心得て、おります」

 私はそこでお辞儀をした。

 

 その時にはもう、支部員たちの会話が始まっていた。

 

 「金三階級のグスタフ殿が四本も取られて、まるで手も足も出なかったんだぞ」

 「な、なんてこった……」

 「一体、どうなってるんだ」

 「剣の動きが全然見えねー」

 「グスタフ殿、最後はあの真剣だぞ?」

 「支部長と副支部長以外なら、みんなあれで斬られて死んでる……」

 「こ、こえぇぇー……」

 「な、なんで、なんであれが避けられるんだ?」

 「副支部長ですら、木剣だったが、初見では一本入れられているんだぞ?」

 「あのお方には、全てが見えているのだろう」

 「お前は見えたのか?」

 「馬鹿を言うな。あれが見えるくらいなら、こんな階級じゃないさ」

 集まった支部員たちの会話は一向に静まる事がなかった。

 

 支部員たちの興奮ぶりがこちらにも伝わってきた。

 大勢の支部員たちが一斉にこちらを見ている。いつの間にこんなに膨れ上がったのか。二〇〇人以上だ。もっといるかもしれない。銅階級以下の支部員たち。正確には判らないが大勢いるのだけはわかった。

 

 その時に誰かが急に叫んだ。

 「…… 本当だったんだ。戦神(いくさがみ)テッセン様だ!」

 また、誰かが叫んでいた。

 「紅色(くれないいろ)山神(やまがみ)様だ!」

 「戦神テッセン様がこの王国に降臨(こうりん)されているのだ!」

 

 口々に大声が上がり始めた。

 「マニュヨル山の戦神テッセン様が来た噂は本当だったんだ!」

 いきなり(ひざまず)いて、拝み始めるものまで出始める。

 

 あー。やれやれ。またか。こういう変な目立ち方はしたくは無かったがな。

 だが、今回は赤い服を着て来てしまってるしな。

 今回は致し方ないのだ。

 私には判らないが、もしやどこかで私の髪の毛は赤くなっていたのだろうか……

 

 ……

 

 「静まらんか! 皆にも言うておく。ヴィンセント殿は、背丈は皆の半分かもしれぬが、見かけからは想像すらも出来ぬ、底知れぬ力を持っておるのだ。今回、それがよく判ったであろう。皆の者、判ったら、もうこんな馬鹿げた事をやるではないぞ!」

 支部長の声が訓練場に響き渡った。

 

 「それと、ロッカーラ! ゾンネンベック! あとで私の部屋に来なさい。理由は言わずとも判ると思うが」

 

 「さあ、他の者たちは訓練を続けるんだ。休むなよ」

 イグナントと呼ばれていた戦闘技能指導教官が大声を上げた。

 

 私は、大勢の隊員たちに囲まれかねない勢いだったので、支部長とともにギルドの建物に引き上げることにしたのだった。

 途中、練習武具置き場に寄って行き、この借りていた模造剣を返して自分の剣帯を腰に巻いていく。

 支部長はまだお怒りらしく、それが歩いてる態度にも出ていた。

 相当、珍しい事だった。

 

 

 つづく

 

 無謀な試合を止めに入った支部長にまで剣を向けたために、支部長の奥義がさく裂し、男は倒れて気絶した。

 男はどうやら地下牢送りとなったのである。


 その一方で、マリーネこと大谷は、またしても戦神として周りから様々な感情の混ざった目をむけられることになった。

 

 次回 第三王都にきた使者との会談

 マリーネこと大谷は、今回起きてしまった試合のことを説明する。

 そして、暫くすると、ベルベラディからの使者がやってきたのだった。


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