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226 第20章 第三王都とベルベラディ 20-13 第三王都での練習試合

 剣の鍛錬を訓練場で始めたマリーネこと大谷。

 そこに金三階級の男がやってきて、子供のように見えるマリーネこと大谷に難癖がつけられて、とうとう試合をさせられてしまうことに。

 しかし、これは負けることは絶対に出来ない。



 226話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20-13 第三王都での練習試合

 

 この日は、ベルベラディから使者が来るはずだ。

 私は早めに冒険者ギルドに向かった。

 

 

 「出来ておるぞ。そなたの階級章と、この支部発行の代用通貨。それから鍛冶師の標章と、鍛冶ギルドの代用通貨」

 支部長はまず、第三王都の支部になったことが記されている階級章を出してきた。

 

 私は首から階級章を外して、トドマ支部の代用通貨と一緒に渡す。

 彼は私に第三王都支部の階級章と代用通貨をまず渡してきた。

 それから、鍛冶ギルドの標章も渡された。行くべき工房の名前が入っているものだ。

 手回しよく、鍛冶のほうの代用通貨も手渡されたのだった。

 

 「これですべて手渡したことになる。よいかな」

 私はお辞儀で答えた。

 

 「あとは定宿を決めればよい。ゆっくり学びなされ。ヴィンセント殿」

 「ありがとうございます。支部長様。それで、今日も、剣の、鍛錬をしたく、思います。訓練場、使って、構いませんか」

 「ああ、もう、そなたはこの支部の支部員だ。誰かに断ったり、遠慮することもない。自由に使うがいい」

 「はい。では、練習に、行きます」

 「使者が来たら呼び行かせよう。今日は一日、ここにいてくれればそれでよい」

 「はい」

 お辞儀をして、私は訓練場に向かった。

 

 さて真剣をふるうわけにもいかないだろう。

 私は、練習武具置き場に行き、一番短い木刀というか、模造剣を選んだのだが、それでも八〇センチほどある。

 

 長いが、致し方ない。この支部では短剣の訓練はしていないのだろう。

 ここで私は自分の剣帯を手近なベンチの上に置いた。

 

 訓練場には、かなりの大勢の支部員が模造剣を振るっている。

 

 私は彼らからは少し離れた場所で、まずいつもの剣の型から開始。

 

 軽く肩幅くらいに歩幅を整え、(かかと)を浮かせる。僅かに腰を落とす。

 まずは居合抜刀。

 構え。腰を落とし右足を踏み出し、つま先立ちのまま右手で剣を抜く。

 体を戻し、剣を収めては繰り返す。次第に速度を上げていく。

 

 ……

 

 暫く、いくつかの型をこなして、いつもなら鉄剣でやっている型を振り始めた時だった。

 

 「ヤッヤーグ!」

 誰かの大きな声が上がった。

 私が覚えた数少ない冒険者のスラングだ。

 

 彼らがこの声を上げたときは、「うわぁ!」とか「うひゃぁ!」といった驚きの中に恐怖が入った時の感情的な叫び声なのだという。

 これは辞書には載っていない言葉だった。

 

 私はカサマで覚えたのだ。

 あの支部での狩りであの時アイク隊員も何か叫んでいたが、あれがどこの言葉なのかはわからない。

 

 ウェイクヒース隊員は、やたらこの言葉を叫ぶので、それとなくランジェッティース副長に訊いてみると、驚いた時に発する冒険者たちの特有の言葉であって、もちろん共通民衆語ではないし、彼らの方言とかではないらしい。

 

 だからこの業界? のスラングという事だろうと、私は理解した。

 

 どうやら対戦式で、練習していたらしい。

 

 「うん。なんだぁ? こんなところに子供がいるぞ! おい。その子供をつまみ出せ! さっさと片づけろ!」

 大声が響いてきた。

 

 「ケンブルク殿、あの方はこちらに移籍してきた金階級の……」

 「なーにふざけたこと言ってんだっ。金階級だぁ? あんなちびが、か? もうちょっとマシな冗談を言えってんだよ」

 大男が、こっちに向かってきた。

 

 身長は二メートル二五センチくらいか。かなり大きい。体の筋肉も物凄い。

 全身、これ筋肉という感じだが、これほどの筋肉男は北部、北東部では見た事がなかった。

 髪の毛はかなりの茶色で短く切っている。足がやや長い。

 肌はやや褐色を帯びている。顔は四角でややいかつい。太い眉。金色の瞳。耳はかなり太く、然程長くないが尖っている。そして、がっちりした鼻。

 かなり濃い顔だよなぁ。顎が割れてる。こういう人物はこの異世界に来て、初めて見たかもしれないな。

 

 「おい、子供! さっさと出ていくんだ。 痛い目に合わないうちにな」

 「ケンブルク殿。その方はトドマ支部からの……」

 「うるせーんだよ。子供を見ると、俺はいらいらするんだっ。なんでもすぐにびゃーびゃー喚く声が大っ嫌いだ。おい! ぐずぐずしてねぇでさっさとここから失せろ!」

 

 随分と一方的な言われようで、少しむっとした。

 「支部長様から、許可を、頂いております。邪魔、しないで、ください」

 「そんな、短い棒きれで何ができるんだっていうんだ。ここはお子様の遊び場所じゃねぇ。お子様の遊びに付き合ってやる気はねーぞ」

 「戦いは、剣の、長さ、では、ありません、から」

 「わーはっはっはっ。こいつ、本気で言ってんのかよ。ちびが」

 

 「あなたが、どう思おうと、勝手です。私は、この長さの、剣で、トドマ支部で、金階級を、頂いています」

 男は、下卑た笑いを上げた。

 

 「ど田舎の支部には、剣なんかわからない奴がいっぱいいるんだぜ。あいつらはせいぜい山のよえー魔獣相手か、北の道路工事しかやったことがねーんだろう」

 流石に、これは言い過ぎだろう。周りの支部員たちが引いていた。

 此奴の階級もよく判らないが、随分と威張っているものだ。

 

 「私の、考える所の、手本となる、人は、あの、白金の、二人だけ、です」

 「なんだとぉ。てめえぇ。ちびのくせに金三階級の俺様より腕がいいとでもいうのかよ、ただの金階級のくせして、ふざけんじゃねぇぞぉ。おぃ、こらぁ!」

 男が詰め寄ってきた。

 こいつ、金三階級だったのか……。喧嘩を売ってしまったかもしれんな。まあ、いい。

 

 「おい。ちび。おめぇの腕前を俺様がみてやるぜ。その代わり、ちびが負けたら、その生意気な口を矯正してやる。一生俺様に逆らえない様にしてやるぜ」

 

 こいつの口上を聴いてると何だか無性に腹が立ってきた。

 こういう輩の階級章を、私が立ててやって、態々手を抜いて私が殴られるのは、絶対に納得がいかない。

 私は目立ちたくは無いが、こういう輩はここで私が負ければ後で何を言い出すか全く知れないし、さっき以上にトドマの皆を卑下してかかるに決まっている。

 

 「おい、イグナント! てめえが見届け人、やれよ」

 「ケンブルク殿。金階級以上の試合なら、少なくとも副支部長の許可が必要ですぞ」

 「なーに、なまいってんだ。リーナスもエルヴァンも、いねぇじゃねぇかよ。補佐のサラデーオが許可したらやるのか?」

 イグナントと呼ばれたやや年配の男が黙っていた。

 

 彼の首にあったのは片側に☆三つがついた銀三階級。あれはトドマでギングリッチ教官がしていたのと同じだな。つまり彼は戦闘技能指導教官か。

 そこにもう一人の男がやってきた。この男の首には金三階級だが、☆が一つ付いていた。何か特別な階級なのか?

 「おい。サラデーオ。いいな。ここでしっかり、階級差ってやつをこのちびに叩き込んでやる」

 その男はやや怯えたような顔で、数度頷いた。

 どういう事だろう。サラデーオと呼ばれた男のほうが、上の立場のはずだ。だがこのイキった男のほうが威張り散らして、まるで他の人間は奴の手下のように見える。

 

 ……

 

 やれやれ。こんなイキり野郎が金三階級というのか。これが冒険者ギルドの実力主義の弊害というべきものだろうか。

 これも、降りかかる火の粉か。本来、降りかかる火の粉は全力で払わねばならない。そう。後々燃え上がらないように、だ。

 

 つまり。こういう奴には絶対に負けてはいけない。しかし、ギングリッチ教官の時のようにはいかないだろう。

 うまく模造剣を折って引き分けなんて、此奴は絶対に認めないに違いない。

 私は、何が何でも此奴を大怪我させずにねじ伏せる必要があるのだ。

 

 「仕方ありませんな」

 イグナントと呼ばれていた戦闘技能指導教官が、そういって地面に線を引き始めた。

 二本は、大雑把に五メートルほど離れている。これがそれぞれの立ち位置。その真ん中にさらに一本の長い線を引いた。

 

 「双方、位置について」

 ケンブルクと呼ばれた男が、私とは反対側の線の所に立った。

 

 「構え」

 

 相手の模造剣が異様に長い。恐らく二メートル以上もあるのだ。そして、あの長さの模造剣を縦横無尽に振るってくるのだろう。

 これはあいつが背中に背負っている幅広の長さ二メートルを越える長剣でも同じように振るえるという事だな。

 この異世界ではかなり珍しい。恐ろしいほどの筋力馬鹿としか言いようがない。

 

 こやつには、筋力優遇の、それこそ神からの贈り物でもあるのだろうか。

 何でも見ただけで複製できる能力は、神からの贈り物だと言っていたし、こういう戦闘能力も、そうした神からの贈り物で、とんでもない筋力で剣を操る輩がいても、驚くには値しないという事だろうか。

 何とも言えないのだが。

 

 「始めっ!」

 

 男は声と共に僅かに体を沈めた。ものすごい速さの踏み込み。そして繰り出された下段突きが鋭い。手加減一切無し。

 私を突き飛ばして、私が大怪我を負おうが一向に構わぬという態度が見て取れた。

 

 スラン隊長に習った、あの逸らす剣術で、突いてくるこの長い模造剣の剣先にこちらの模造剣を当てて逸らす。

 こういう一直線の相当な力の入った剣というのは、案外横からの力に弱い。ただし、見切るタイミングが命である。見極めの目で模造剣の刃の横をこつんと当ててやるだけだ。今回はやや強めに当てた。

 相手の模造剣は大きく逸れた。

 

 男はすぐ上からの大振り。私は下から掬いあげるように合わせる。

 模造剣同士がぶつかり、鋭い音を立てた。

 

 私は僅かに剣先を左から上へと(こじ)って、相手の模造剣の上にこちらの模造剣を載せ、そこから左斜め下へと払う。

 相手にしたら強引に右下に模造剣が払われた形。そこから相手が踏み込んだ形で、右からの払い胴が来た。

 

 身長の小さい私相手だから、その模造剣の軌道はほぼ下段払いだろう。

 私はその模造剣を左側に出した自分の模造剣で受けつつも、巧みに上へと逸らせる。男の模造剣は音を立てながら上方に滑っていく。ある程度の所で、上に弾いた。

 

 男は確かに、力が尋常ではない。筋力、膂力(りょりょく)共に通常の亜人の比ではないようだ。

 速度も速い。こいつが口先だけではなく、金三階級というのは本当なのだろう。

 

 相手は瞬時に剣を大きく跳ね上げ、更にジャンプからの上段打ち込み。

 とはいえ、私の身長が低いから相手にしたら地面まで届くかというような、打ち込みだろう。これが身長のある亜人相手ならともかく、私相手では隙だらけだ。

 判断が甘い。

 

 相手の模造剣を見切って僅かに躱し、ジャンプしながら相手の右肩、首筋ぎりぎりに軽く一本打ちこんでおいた。

 そのまま相手の右側をすり抜けて、奴の後方へ。

 

 「一つ目」

 私は呟いた。

 

 「見ろ! ヴィンセント殿が一本入れたぞ!」

 「信じられねー。なんであんな短い剣で打ち込み出来るんだよ」

 「一体、どうなってるんだ!」

 周りの支部員たちが騒ぎだした。

 

 男は振り返ると急に、吠えた。目つきが尋常ではない。

 「くそがぁぁ。舐めんじゃねえぇぇぇ!」

 

 私がただ簡単に剣を当てただけなので、明らかに手加減して軽く入れたのが判ったのだ。

 

 「やばい。やばいぞ。ケンブルク殿が!」

 「このまま狂ったらやばい!」

 「ケンブルク殿が自分の抑えが効かなくなるぞ!」

 周りの支部員たちが、一層騒めいていた。

 

 何の事だろう。剣を振りながら荒れ狂う男なのか。それとも自分のプライドが傷ついていきなり狂戦士になるという事か。

 

 長い模造剣での突きが始まった。三段、四段、五段、相手は止まらない。

 速度が上がっていきながら、模造剣が突き出される。私の眼前で、それは円を描き始めていた。

 目の前に迫る突きを横から当てて逸らせるのが続く。

 

 最早、これが剣技とは思えない。形無しの剣だろうか。それを言ったら私もそう大して変わらない。

 型破りな部分は私のブロードソードやミドルソードでは、一部の剣筋はそうだろうが、鉄剣は、もはや形無しの剣。

 

 何時もの様に全部逸らすとか、そういう事が出来そうにはなかった。

 一度逸らせても、相手の模造剣はすぐに引いて、また繰り出されてくる。

 私も動いて躱さねばならない。

 

 その空中に突き出されるようにして描かれる円が、何度躱してもこちらに迫って来るのだ。

 まだ、体力が続くのか。信じられない筋力と持続力だ。

 

 大きく描いた円から中心、一点突きに変わった瞬間、一気に踏み込んで私の顔に向けて突いてきた。

 私はぎりぎりで、左に踏み込んで躱す。

  

 相手の模造剣はさらにそこから左側からの払いと思ったら、彼の体は素早く後ろに回転して、上からの右袈裟切りか。フェイントからの次の斬りが早い。

 わずかな瞬間だが見切って、剣をそこに合わせて逸らせる。こういう力の入った一直線の動きは、逸らせる剣の餌食である。

 

 二度、三度と彼は左右からの袈裟切り。その度に私は模造剣を横から当てて逸らせていた。

 

 相手は大きく振りかぶって一気に縦切りか。私は剣を当てつつ、そこから素早く二歩踏み込み。

 男の割れた顎にこちらの模造剣の剣先が届いた。相手の模造剣はまだ肩に引き戻していたところだった。たぶん次は袈裟切りのつもりだったのだろう。

 

 相手の顎が上に跳ね上げられて、長身の男は低い姿勢のまま、後ろによろめいていた。

 

 「二つ目」

 再度呟いた。

 

 

 つづく

 

 相手に出来るだけ怪我をさせずに、男が諦めるように剣を受けては流す戦いで、次第に追い詰めていくのだが。

 

次回予告 第三王都での練習試合と支部長の技

 出来るだけ、男に怪我をさせずに決着をつけるはずだったが、男は逆上し真剣を持ち出してきた。

 

 そして、この試合を止めに支部長がやってきたのだった。

 

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