223 第20章 第三王都とベルベラディ 20-10 第三王都の宿とギルド標章2
宿に荷物を置いて、いろんな場所に行ってみようと考えていたマリーネこと大谷。
しかし、外は土砂降りの大雨である。
これは今日は出かけるのは諦めるほかなかった。
223話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-10 第三王都の宿とギルド標章2
翌日。
王都は土砂降りの雨だった。
起きてやるのはいつものストレッチ。そして柔軟体操からの、空手と護身術だが。
場所が微妙に狭いせいで、剣術の鍛錬は諦めた。
そうこうしていると朝食が運ばれてくる。
連泊して判る理由だが、朝食が毎回メニューが違うのも、評価点が高い。
なるほど。ジウリーロが食事が評判の宿だと言っていたが、これは間違いない。
今日はせっかく、いろんな場所に行ってみようと思っていたのだが、この土砂降りでは、移動を馬車に頼るにしても、降りた後も大変である。
一階のホールには人が大勢いた。
入り口付近は外套姿の長身の亜人たちでいっぱいだった。
このホテルも、あのスッファ街のオセダールの宿の時と同じように、ホールは泊り客以外にも解放されていた上に、奥には大きな食堂があった。
なるほど。美味しい食事を泊り客ではない一般の人にも、出しているのだ。
そうすれば、必然的に材料を多数仕入れることになるだろうし、大量に作るほうが大抵は美味しくなる。特に煮物は。
そして食事が美味しいことを印象付けておけば、ここを利用する泊り客も増える。そういう事だろう。
休みの日ではそうではなかったので、これは平日だけなのかもしれない。
外の雨は、いっかな小降りにもならない。
であるのならば、革のコート。トドマで買った外套というべきか。これを完全に自分のサイズに合わせてしまおう。
あの時は、革の鋏もなかったし、どうなるかは判らなくて、大きい部分を縫って、サイズを合わせただけだった。
今は、革を切るための鋏もあるし、針と専用の糸もあるのだ。思い切って、切り詰めてしまう。
リュック用の雨除けは、別に革を買って専用を造ればいいのだ。
そう考えて、作業開始。
結局お昼も食べずに、一心不乱に裁縫である。
……
気が付くともう夕方。
夕食が運ばれてきた。
今回は魚だ。しかしこれまでに食べた事の無い調理方法だった。
手を合わせる。
「いただきます」
今回出されたのは、今までに見た事がない料理である。
まず、そこそこの幅がある魚がぶつ切り状態になっているのだが、魚醤で煮てあるのだろうか。頭と尻尾は無い。胴体の部分だけ、内臓を抜いて調理してある。
そのぶつ切りの身が、崩れない様にして立ててあるのだ。その上に、やや赤みのあるチーズが載せられ、それが溶けているのだった。
元の世界でも、こんな食べ方をしたことはない。それに、私が知る限りでは、こんな料理は存在していない。
大きなパンは、スープと共に食べて、この魚を如何食べるのがいいのか、少し迷った。
思い切って丸ごと食べてみたが、骨は抜いてあったようだ。口の中に広がったのは凄まじく濃い味。
かなり濃い癖のあるチーズが上で溶けているのだし、魚の身は外側は鱗は剥いであるが、皮が残っていた。そして、これまた味の濃い魚醤で煮てある。
形を崩さない様煮ている事といい、骨はとってある事といい、載せてからチーズを溶かしている加熱といい、かなり腕のいい料理人がこれを作ったことは間違いないが、味は強烈な物だった。
パンと交互に三つ程食べると、口の中が慣れて来た。
チーズの酸味と独特の醍醐味に煮魚の味が負けていない。どんな魚なのかすら判らないが、かなりしっかりした身で、魚醤味を吸い込んでいた。
不味いとか、そういう話では無い。
肉とチーズではなく、煮魚にチーズというのが意外だっただけだ。
こういう食べ方をする地方があるという事だろうか。
元の世界でも、どこかの国ではあるのかもしれないが、私はそれを知らないのだ。
他に出された物も、ちょっと変わったものだった。
黒っぽい団子に何やら餡が掛けてある。
この黒っぽい団子は一体何で出来ているのか。匂いからして、複雑。
柚子の様な柑橘系の匂いと魚醤の匂い、それに何か香辛料の匂いもする。
意を決して、団子一つをフォークに差して口の中に放り込んだ。
しっかり味の沁みている肉団子だった。この旨味は魚醤も手伝っているのは間違いない。
掛かっていた餡は甘酢と何か。片栗粉の様なものは見た事が無いのだが、それに似たものはあるのかもしれない。
これはスープが足りないかもしれないと思うくらい、味が濃い。
その時に気が付いた。脇の皿にあるサラダのような葉っぱが、大ぶりである。
そうか。これに包んで食べろという事だな。
紫色やら黄色の斑になった葉っぱに、この黒い団子を載せて包んで食べる。
どうやら、これで良いらしい。野菜の方に殆どドレッシングらしいものが掛かっていなかったのは、そういうことだった。
チーズの載った魚の方も、そうやって食べるのかもしれないと思い、最後の一つを紫色の大きな葉っぱに包む。
そのまま手づかみで口に入れてみると、やはりこれも葉っぱがいい具合に濃い味を和らげていた。
……
私はやはり、まだこの世界の事をほとんど何も知らないに等しい。
この強烈な味に感じた料理も、こうやって葉っぱで包んでから食べると、その味わいがだいぶ違っていた。
この料理なりの食べ方があったわけだ。まあ、一つ勉強になったと思う事にしよう。
残念だが私が子供に見えていることもあって、お酒は出ない。
飲み物は、いつものように果汁。
その果汁で口の中の味をすべて洗い流す。
意外性の高い料理が出たが、いい味だった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。軽くお辞儀。
食器が運ばれると、入れ替わりに、フルーツとデザートが出る。
今回は、柔らかいケーキらしきものといっていいのか。これも凝乳カスを使って作った物のように思える。砂糖菓子というほど砂糖は入っていない。
元の世界の様に、やれ泡立てた卵だ、牛乳だ、と加えてあればそれは判る。
このお菓子に卵は加えてない様だった。
フルーツは、やや甘酸っぱい味を感じる柑橘の輪切りが3枚。
一緒に出された飲み物は紅茶らしい。色はそれこそ真っ赤なのだが。
今回の紅茶は香りが結構独特である。それはもう、シナモンと月桂樹の葉っぱを一緒にしたのかというような、そんな香りだった。
ゆっくりと、ケーキ擬きと一緒にいただく。
蝋燭で照らされるテーブル。やや頼りない蝋燭の灯りのもとで紅茶をお代りして、暫しゆったりとする。
……
よし。お風呂に入る。
今日のお風呂も私一人で独占である。
体を洗って、風呂桶に入る。浴槽の縁に両腕を出して、そこに顎を乗せる。
なんだろう。カサマのあの夫妻の宿以来の落ち着いた時間が流れている。
毎日毎日が魔獣退治だったのだが、夜は美味しい食事とお風呂でゆったりとした時間が持てていた気がする。
マリハのあの下宿生活は、あの三人にだいぶ世話になったものの、自分の服作りと鎧づくりに邁進しすぎていて、余裕がなかったのだな。
まあ、努力なくして、活動の自由もなし。
鍛冶のほうも頑張って独立標章を貰えれば、それで暫くはゆっくり今後を考えたっていい。沢山倒した魔獣のおかげで、軍資金は相当あるのだ。
これでだいぶ先が見えてきた気がする。よしよし。
それにしても、ここ何日かは、剣の練習もできていない。
冒険者ギルドに行ったら、練習場を借りよう。鍛錬を怠って、鈍ってしまうのが怖い。
……
のぼせる前に、お風呂から出た。
窓から外を見てみると、外は真っ暗。灯りも無いが、雨は降り続いていた。
翌日。
起きてやるのはストレッチからの柔軟体操と空手に護身術だ。そこはいつも通り。
外は曇りだが、まだ雨は降りそうな感じだった。
首に階級章を付けて、いつもの服に着替える。
下に降りて、大きな窓を見ると雨はどうにか上がっている感じだ。
暫くロビーになっている場所の近くにあるラウンジから、外の様子をみる。
まだ殆ど人は歩いていない。
そうこうしているうちに各部屋に朝食が配膳され始めたので、部屋に戻る。
この宿の朝食を堪能する。
さて、あまり急いで支部に行っても、標章が届いていないとかもあり得る。こういう時はホールで時間をつぶすか。
部屋に鍵をかけて、ダガーと小さなポーチを持って下に降りる。
周りを眺めるとかで、だいぶ時間をつぶしたとは思うのだが、やることがないとどうにも落ち着かない。
ラウンジで、飲み物を出して貰うことにした。お金を払おうとしたら、ここのお茶は泊り客には無料らしい。知らなかった。
今日のラウンジには、ほぼ人もいない。窓辺でお茶を飲んで時間をつぶす。
暫くすると、係の人がやってきて、私の席にあるカップを取り下げて、またお茶の入ったカップと茶菓子を置いていった。
この宿、妙にこういう部分のサービスがいいのだ。食後のお茶とお菓子とか。
茶菓子を頂きつつ、お茶を飲むことにした。
お茶を飲み干して、私は一度部屋に戻って準備をし直した。
両腰にダガー。左にはブロードソード。背中には大きいほうの鉄剣を背負って、マントを手に持ち、部屋を出た。
フロントでカギを預ける。係の人が不思議そうな顔をして私を見ていた。
剣を背負って、まるっきり私が冒険者に見えるからだろう。こんなに背が低い子供なのに。そう言いたげな目だったのは確かだが、そんな視線には慣れっこなのだ。
私は外に出た。
空気が湿気ていて、いつ降るかはわからない。
自分のサイズに合わせた革のマントを羽織って冒険者ギルドに向かう。
かなり斜めにした剣が大きく飛び出してしまうので、この剣を覆うカバーも必要になるのかもしれないな。
宿を出て、街路を少し歩いてから走り出した。石畳の道路はあちこちが濡れている。
その舗装された道路のあちこちにアルパカ馬の糞が流れていた。あれの掃除も面倒そうだな。そんなことを思う。
……
冒険者ギルドについて、まずは係官を探すのだ。
係官かどうかはすぐにわかる。首に階級章がないからだ。
この王都の支部には係官が何人もいるのだが、どうにも要領を得ない。
やっと話が通って、私は支部長の部屋に通された。
「おお。ヴィンセント殿。おはよう」
そういいながら、支部長は立ち上がって、袋を取り出した。
「おはようございます。支部長様」
私は、お辞儀をした。
「来ておるぞ。独立細工師の標章と、細工ギルドの代用通貨」
支部長は私に細工ギルドの独立標章を渡してきた。
「本来ならば、細工ギルドのどこかの工房に在籍している時に、独立資金を貯められるように造った物を売り始めた職人に、代用通貨が出されるのだ。だから、普通は最初に渡される時点で、幾らか売った物の代金を資金として入れてあるのだが、ヴィンセント殿の場合は、このままでは、中身は入っていないが、特別故に冒険者ギルドの代用通貨と資金を共有とするように、手続しておいた」
「よろしいかね?」
「はい。ありがとうございます」
私はお辞儀をした。
支部長は細工ギルドの代用通貨を渡してきた。
「それと。そなたには、中央商業ギルドから特別なものが届いておる。これだ」
支部長は小さな革袋を開けた。少し大きめの四角い代用通貨の一部に穴が開けてあり、細い金属製の鎖がついている。この代用通貨には真ん中に大きな紋章が入っていて、その下に小さく私の名前が共通民衆語で彫りこまれていた。
「この表面の紋章は、中央商業ギルドのものだ。裏に監査官様の名前とその真名とそなたの名前が神聖文字で刻まれておる。裏にあるこの小さな紋章は、特別監査官様のものだ」
支部長は、私にそれを見せて裏返した。
「きわめて特別なモノなのだが、この代用通貨は特別監査官様と中央商業ギルドからの通達で発行されている。この中身となる資金源は、そなたの冒険者ギルドの代用通貨と共用で、処理される。トドマ支部では別々だったようだが、ここでは面倒にならぬよう一緒でいいと中央から言ってきたのだ」
私は頷いた。
「本来、こんな物があるのなら各ギルドの代用通貨なぞ、まったく不要だが、これは普通に使うものとしては、大袈裟すぎるやもしれぬな」
そういって、革袋に仕舞いなおして、私に手渡してきた。
「これは、普通の人には全く手の届かない特別なモノ故、これを使う時には、慎重にな」
支部長は念押しをしてきた。
「わかりました」
私がお辞儀すると、支部長に少し笑みがあった。
「すまぬが、ここの階級章はまだなのだ。もう少し待って貰えるかな」
私は頷いた。
「それは、構いません。それで、今日は、少し、剣を、振りたいので、練習場所を、お借り、できますか?」
「ああ、それなら裏に訓練場がある。好きに使うといいだろう」
「では、場所を、お借りしますね」
私は、支部長の部屋を出て、代用通貨と標章を小さなポーチに入れた。それから廊下を見渡す。裏手に向かっているのであろう、廊下を小走りして、扉を開けると、そこは広い訓練場だった。
比較的中央の街区にこれほどの場所を用意している。第三王都の支部は相当大きいのだろうな。
トドマでは、銅階級以下の人数は知らないのだが、少なく見ても、一〇〇人は越えていた。
ここはきっと三〇〇人とか四〇〇人、いや、もしかしたら五〇〇人以上の大所帯なのだろう。
広い訓練場を眺めながら、そんなことを思った。
つづく
裁縫を終え、夕食にでた料理は、一風変わったものだった。
お風呂も入って翌日は冒険者ギルドで細工ギルドの標章も受け取り、独別な中央商業ギルド発行のトークンも受け取った。
次回 第三王都の訓練所と観光
マリーネこと大谷はギルドの訓練場を眺め、そして自己鍛錬に打ち込み、その後は街の観光に出かけることになった。