222 第20章 第三王都とベルベラディ 20-9 第三王都の宿とギルド標章
週末までは、この中央地区にいたほうがよさそうだと考えたマリーネこと大谷は数日間泊れる宿を探すつもりだったのだが。
222話 第20章 第三王都とベルベラディ
20-9 第三王都の宿とギルド標章
大きな鉄剣をリュックに結び直す。荷物が多いので結び直すのも大変なのだ。
お辞儀をして、王都の監査官の部屋を出た。
部屋を出るとそこには二名の警護兵。
私の横にまたしても警備兵がついて、階段を延々と降りる。
やっと入口の扉に到着。私は振り返って、そこにいた四人の警備兵にお辞儀をした。
「ありがとうございました」
彼女らに僅かながら微笑みが見えた。そして二名の警備兵は扉の内側に消えた。
まず、宿を探す必要がある。
私は大きなリュックを背負い歩き続ける。
特別監査官に会えたので、あとはギルド標章を受け取るだけだが、これは明日ではなく明後日に冒険者ギルドのほうに届けられる。
つまり、あまり離れた場所に泊まるのはよくない。
それと、冒険者ギルドに一度は呼び出されるのが分かっている。
週末前にはベルベラディから来る人がいる。支部長とマカマへ派遣する支部員の話をするはずで、私も何故か同席しないといけないのだ。
となると。連泊の宿を見つけて明後日はギルド標章を受け取って、その次の次の日はまたギルドに行くことになる。話が午後遅くから始まる可能性だってあるのだから、泊まれるようにしておくほうがいい。
その後は、宿を出て北西のほうに行って、女主人がやっているとかいう『アントリス・ホールト』という宿なんだか下宿なんだかは分からないが、長期逗留を引き受けてくれる商会の所にいくのだ。
取り合えずは、冒険者ギルドの近くにある宿に泊まるしかなさそうだ。
ギルド標章と代用通貨を受け取ったら、鍛冶の工房のあるほうに行くのだが、クリステンセン支部長は、鍛冶なら第四商業地区のほうだと言っていた。
たぶん炉が北西に集中しているのだ。そこだけ飛び地のようにして、第二商業ギルド管理になっている場所があるのだろう。
ここに来るときに北から見たとき、北北西から北西のあたりに煙が出ている煙突が少し見えた。
ということは、炉が城壁の外か、または城壁に密着した形で、煙突が城壁を貫いて外に出ているか、どっちかだ。
どこか、また宿を探すか、あるいはまた同じ宿に泊まるか。『ルトラント・ルガスロー』。一泊三〇デレリンギもした宿だが、料理はよかった。
取り合えず、六連泊を引き受けてくれるかどうか、なのだ。
交渉するために、料金は前払いで一八〇デレリンギ支払ってしまおう。
お風呂付きだと幾らになるのだろうな。まさか一泊四〇デレリンギとかいわれてもなぁ。
風呂だけで五〇〇〇円も高くなったら、意味ないよな。三二とか三三デレリンギくらいなら、まだしも。
風呂に関しては、コストがかかるから仕方ないといえば仕方ないが。
まあ値段を聞いてみよう。部屋が空いているかどうかも問題だが。
外はどんよりと曇っていて、いつ雨が降り出してもおかしくない。迷っている時間はなさそうだ。
『ルトラント・ルガスロー』にもう一度行く。以前、ヨニアクルス支部長も宿泊した宿、『クゼスカ』も考えたが、食事の事を考えたら、断然今回の宿である。
宿の入り口に行くとまた、あの時の男の人がいた。
「おや、小さい商人さん。どうしました。忘れ物でも?」
「もう一度、泊まりに、来ました」
「おやおや。それで、また同じ条件ですか?」
男は私の前にやってきた。
「お風呂付だと、いくらなのですか?」
「一人部屋で食事が一等でしたな。お風呂付の一人部屋ですと三五デレリンギですな」
やはり、結構高いな。
「分かりました」
男は、笑顔を向けてきた。
「ああ。名乗っていませんでしたな。私はアクセル・エックシル。お客さんは、たしか…… マリーネ・ヴィンセント様でしたな」
「はい。今度は、六日間、泊まりたいのです。よろしいでしょうか?」
「お風呂付ですかな? 今はちょっと難しいのですがね」
男は、廊下の向こうを見ていた。部屋は埋まってしまっているらしい。
「先払いします。どうでしょう」
男の表情が思案顔になっていた。
「三日後、いや四日目からは空くのですが、それでは遅すぎるでしょう」
なるほど。その日になるまで連泊している客でお風呂付は埋まっているらしい。
「分かりました。お風呂は、なくていいです。食事は一等で、お願いします」
「いいでしょう。この条件でも代金は先払いですか」
「はい」
「これは、これは」
男は笑顔だった。明らかに上客という事だろう。
「では宿帳を出してきましょう。署名をお願いしますよ」
その間に私はポーチから二リンギレを取り出した。
男がやってきた。
「では、ここに署名を」
私が署名すると、男はそこに六日間。食事一等。一人部屋。代金先払い、一八〇デレリンギ、支払い済みと書き込んだ。
二リンギレを渡すと、二〇枚数えてデレリンギ硬貨のお釣りが渡されてきたのだった。
もう一枚、同じものに署名。
部屋は二階。昨日まで泊まった部屋とは別の部屋に案内されたが、中は同じである。
大きなリュックを置いて、まずは伸びをした。
まずは宿泊して、ここは少しゆっくりする事にしよう。
この六日間でやることは、二つだけなのだ。
その一つは、ギルド発行のギルド標章の受け取り。もしかしたら、階級章と代用通貨もできているかもしれない。
あとは、五日後に冒険者ギルドで行われるだろう、マカマ街の人員の話。なぜか私も参加しないといけないらしいが、恐らくは向こうで見てきたことなどを話すのと、白金の二人がそれで手伝いに行くことになった件だな。
それ以外、取り合えずやることはないので、自由時間ということになる。
天気さえよければ、第三王都の散策だ。
夕方までは暫く時間がある。とはいえ、どこかに出かけるほどの時間はなさそうだ。
それで、部屋に鍵をかけ一階に降りてみる。
ホールのほうには明らかに立派な身なりの貴族服のようなのを着た商人らしい男たちが数人で、なにやら雑談をしていた。そしてそれを取り囲むように、やや表情の厳しい亜人たちがいた。みんな揃って黒い服なのが笑える。護衛という事だろうか。
あの商人たちは何か買い付けに来たのか。それとも、第一商業ギルドに所用でもあるのか。
コストを気にするような商人なら、この宿は値段が高い部類だろうから、あそこにいる男たちは高級品を扱う上級商人ということかもしれない。
少し観察だ。
男性たちの長い耳には耳輪のようなものはなかった。
一人だけ、右側に小さい金属の輪を数個、耳に付けている人がいたが、ほかの人は無い。
多分、何かの理由があってつけているのかもしれない。
男たちの指には指輪がごてごてと付いていた。
あの指輪がどんなものなのかは、よく見る必要がある。
離れた場所からだが、見極めの目で見定める。
……
宝石の付いたものは、まあ宝飾品ということで贅沢な飾りだが他にもつけていて、二つは違う。
一つは何か文字のようなものが刻まれたやや太い指輪で、もう一つは蓋がついている大きなものだ。
蓋がついているやつは、封印の指輪かもしれないな。
契約書に押す印鑑の可能性だってある。そういう文化があるかは不明だが。
あれはそういう事の責任を負った大商人なのかも知れぬのだが、この宿はそんな人物たちが泊まる宿なんだろうか?
彼らの言葉は聞いたこともない言語で、さっぱり分からなかった。
時々右手の指が動く。あれは、スッファ街での葬式でオセダールとドーベンハイの会頭がやっていた指会話か。
こんな時ですら、秘密の会話なのか。
私は、怪しまれないように、そろそろと二階に引き上げる。
暫くすると食事が来た。
パンはいつも同じだが、主菜は毎回異なる。
手を合わせる。
「いただきます」
今回は肉の焼いたものだが、そこにタレが掛けてある。
あとは野菜を煮込んだシチューとサラダ二種類にスープ。
肉は分厚く、そして柔らかかった。そこに掛かったタレは、肉のエキスだった。
いい味だ。ゼリカンではないらしいが、どんな獣なのかは、まだ判らない。コンスタントに提供されるのだから、どこかで家畜として飼育しているのに違いない。
一緒に果汁の飲み物も出される。
これは、甘酸っぱい感じだが、後で舌の上には残らない感じで、飲みやすかった。
サラダに出された葉っぱ物は、どことなくレタスに似た味わいなのだが、色は勿論違う。緑ではなく紫色だ。葉っぱは流水で洗ったのであろう、シャキシャキした歯ごたえがあった。
今回もいい味で満足した。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。少しお辞儀。
食べた後には、お茶と茶菓子まで出る。
うん。贅沢だ。
……
さて、風呂に入る。
女性用共同風呂には誰もいない。まあ、平日だし、空いているのだろう。
ここのお湯はどうやって供給されているのだろう。不思議だ。
あのマカマの宿の時のように、何かの魔道具だろうか。いや、それだと非効率すぎる気がする。
どこかでお湯を大量に沸かして、供給するような仕組みがあるのではないかと考える。
これだけ大きな都市なので、それくらいのことをしないと、薪を使って各宿屋やら家やらでお湯を沸かしていたら、いくら薪が必要になるのか、想像もつかない。
共同でお湯を作っている施設がどこかにあって、それがパイプで運ばれてきているのだろう。各棟がくっ付いていることを考えると、各地区ごとにそういう施設が一か所あって、そこから分配されているのだろうな。
私はそんなことを考えた。
そうじゃないと、煙突からの煙が少なすぎるのだ。
この煙は勿論、炊飯の為の物だろうが、これとて各家庭に一つではなさそうで、共同の炊事場とかがあるのかもしれない。効率を考えれば、そのほうがいいという事だろうな。それはそれでアグ・シメノス人らしい考えだ。准国民の亜人たちはこの王都にいるためには、そうしたプライバシーの一部は、諦めているということだろうか。
私は体を洗い、それからお湯をかぶって、髪の毛も洗う。
ひとしきり、洗い終えると湯船に入る。ただし立ったままだが。
湯船の縁に両腕を置いてその上に顎を乗せる。
……
この所、色々と急ぎ過ぎていた。それは鎧造りもそうだし、マリハから戻る部分も含めてなのだが。
第三王都への移籍も決まった事だし、細工ギルドの一員となる、独立細工師の標章も出来てくる。
鍛冶の修行に入る工房も決まった。
加えて言えば、あの四角形の特別な代用通貨は、ここ第三王都で使えるように、中央商業ギルド発行という形にして貰えるらしい。
多分、これはとんでもない代物だ。
マカマ街にいた第四王都所属のオーゲンフェルト監査官が、トドマで出されたあの特別な代用通貨ですら、滅多に人に見せてはいけないと言っていたのだ。
今回の物は第三王都の中央商業ギルド発行の、しかも裏書がノレアル・リル・エルカミル監査官となる、らしい。今では中央商業ギルド監査官次席だという。
多分これは、アレだな。商業の世界においては、元の世界の水戸黄門様の『印籠』。あれに近い効力がある、かもしれない。
「この紋所が目に入らぬか!」っていう、アレだな。第三王都とはいえ、中央商業ギルドの次席の名前入りの代用通貨……。
……
どう考えたって、普通に職人とか商人やら、冒険者風情が持っていていいような代物じゃないのは、確かだな。
滅多に、表に出せない代物だ。うん。
他にどうしようもない事態に追い込まれない限りは、仕舞っておいたほうがいい。
だが、私がこの第三王都に繋がりを持っていないことで、色々されるようなら、出さざるを得ないだろうし、どこかにお店でも持とうという時には、出さざるを得ないだろう。
そうなったら、それはそれで。
のんびりとお風呂に浸かり、かなり疲れが取れた。
お風呂を一人で独占できたのだから、部屋に風呂があるのと変わらない状態だった。
よしよし。
つづく
また同じ宿になったが、食事の良さが気に入っていたので、前払いで泊ることにしたマリーネこと大谷。
食事を楽しみ、お風呂にも入って、特別な代用通貨の事も考えたのだった。
次回 第三王都の宿とギルド標章2
宿も決まって、それではということで、第三王都のいろんな場所で出かける予定だったのだが。