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221 第20章 第三王都とベルベラディ 20ー8 第三王都特別監査官とギルド標章2

 特別監査官は、いきなりマリーネこと大谷に独立標章を与えて、放り投げることはせずに、金属細工工房に一時的に出入りできるよう、手筈を整えさせた。

 そして鍛冶ギルドの責任者もやって来て……

 221話 第20章 第三王都とベルベラディ

 

 20ー8 第三王都特別監査官とギルド標章2

 

 彼は、銀細工の箱の蓋を閉じて私に箱を渡して来た。

 私は二つとも、箱をテーブルの上に並べ置いた。

 

 スヴェリスコ特別監査官は頷いた。

 「なるほどな。ヴィンセント殿。どう思う」

 「私が、ここに、来ました、のは、王都の、細工ギルドで、どんな、物を、作って、いるのか、どんな、物を、人は、求めて、いるのか、見聞を、広めよと、お師匠様は、言いまして、ございます」

 

 スヴェリスコ特別監査官は目を閉じた。

 「これは、こうしてはどうだろうな。暫く金属細工のアスデギル工房に預けるが、ヴィンセント殿には独立細工師としての資格は、ここで与える。ヴィンセント殿はアスデギル工房に出入りする独立細工師として入ってもらう形にするのだ。覚えるべき部分は、そこで覚えて貰おう。そして工房でいくつか作って、仕入れ、販売、納税を一人で出来るのであれば、そこで完全に独立という事にする」

 

 「なるほど。前例がありませんから、今回は確かにそれが一番よさそうです。あとはアスデギル殿の了解があれば、それでいい」

 

 「それについては、メルランデール殿にやって貰いたい」

 そう言ったのは、第二商業ギルドの監査官だった。

 

 「では、直ぐに細工ギルドのギルド標章を発行させよ。手配を頼むぞ」

 特別監査官はまだ目を閉じたままだった。

 

 「はっ。では、これからすぐにでも。ヴィンセント殿は、署名をお願いしたい。独立細工師として、ギルド標章には所属工房名無し、其方の名前だけが入る事になる。其方が、弟子を迎える時は、改めて細工ギルドの標章を作り直し、工房を構えて貰う事になる。よろしいか」

 「はい」

 もうここは、全てお任せである。

 

 ……

 

 手続き用の皮紙が出された。細工ギルドの標章発行を行う旨が書かれている。

 そこに署名した。マリーネ・ヴィンセント。

 「あの、標章は、冒険者ギルドに、届けて、もらえますか?」

 

 「そのほうが都合はいいと? なるほど。では、標章は冒険者ギルドに届けておきましょう。二日後には出来ているはずです。それでは、直ちに取り掛かります」

 「ああ、ご苦労だった。メルランデール殿」

 「とんでもございません。それでは失礼します」

 男の目には明らかに安堵感が漂っていた。

 監査官たちに深いお辞儀をすると、彼は出て行った。

 

 「さて、あとは鍛冶ギルドだな。ランセリア。鍛冶ギルドの責任者は、今は誰だ?」

 「はっ。現在はテオドル・スヴァンテッソン殿であります」

 

 「先ほど、迎えにやらせた。もうすぐ来るだろう。スヴァンテッソン殿が来たら、話をしよう」

 

 「それは出来ますが、そうなりますと、ヴィンセント殿は独立細工師のまま、鍛冶師も独立を?」

 「なあに、ヴィンセント殿なら、直ぐだろう。完全に独立した時には、商業ギルドの規則を少し教えてやってくれ」

 「はっ。分かりました」

 「取り敢えず、今すぐという訳ではない。ヴィンセント殿のほうで、鍛冶の腕が認められるのに、暫くかかるだろう」

 

 「あの」

 「どうした。ヴィンセント殿」

 「私は、鍛冶の、ギルドに、すぐ、行きたい、のですけど、そのように、出来ますか?」

 

 「まず鍛冶か。なにか理由があるのかね?」

 「細工ギルドの、標章は、出して、頂けるのは、分かりましたので、私としては、鍛冶のほうを、先に、学びたく、お願いします」

 

 「なるほど。スヴァンテッソン殿にそなたの事を預ければいいのだな」

 

 そこに先ほどの情報士官が入ってきた。

 「スヴァンテッソン殿をお連れしました。スヴェリスコ特別監査官様」

 「レオノーレ、ご苦労だった。別室で待っていて貰えるか」

 「はっ。では、これで失礼します」

 彼女は部屋を出て行った。

 

 そこにはかなり濃紺の黒っぽい作業服を着た大男が残された。

 スヴェリスコ特別監査官は、軽く右手を挙げた。

 「さて。スヴァンテッソン殿。態々来て貰ったのだ。まずは座ってくれないか」

 

 やってきたというよりは、無理やり連行されたとでもいうべき態度で、大きな男の顔には怯えがあった。

 体格はかなりいい。両腕の筋肉が発達していて、肩も盛り上がっているのが服の上からでもわかる。

 焼けた肌。濃い紫色の瞳。身長は二メートル二〇くらいか。濃い茶色の髪の毛は短く切られていた。

 そして、いかつい顔には立派な鼻と鼻髭があった。

 

 「何か、粗相がありましたでしょうか。スヴェリスコ特別監査官様。鍛冶ギルド員は荒くれどもも多いので、何かやらかしましたでしょうか?」

 男の声はやや震えている。特別監査が入るのではないかと、怯えているのかもしれない。

 

 「いや、そういう事ではないのだ。まず、何も言わずに、その下に置いてある剣を見て貰いたい。そして、忌憚のない意見を聞かせてほしい」

 「はっ。承知致しました」

 

 そういうと男は剣を持ちあげて鞘から抜いた。

 だいぶ体格のいい、焼けた肌の大男が、その剣を持ち上げるが、その手は覚束ない感じだった。

 「些か重すぎますな。それと、態となのでしょうが、刃も研ぎすぎている。これではすぐに駄目になりそうです。何に使うものなのでしょう」

 「ほう。一回振ってもらえるか」

 スヴェリスコ特別監査官はソファから立ち上がった。

 

 「いえ、先端が重すぎます。これをきちんと振るうのは、かなり大変です。ここで間違えば誰かを怪我させかねません。お許しください。特別監査官様」

 「ふーむ。実用品ではないと言うかね」

 

 「いえ、実用的ではないとはいいませんが、これをきちんと振るえる人がどれだけいるのか。それと切れ味は相当でしょうが、刃が毀れるのも早いのではないかと」

 「刃の出来はどうなのだ。スヴァンテッソン殿」

 スヴェリスコ特別監査官は胸の前で腕を組んだ。

 

 「これは……。かなり丁寧に叩かれていますな。全てが一様に。この大きさでこれほど叩いた物はまず普通には御目にかかりません。これを誰が作ったにせよ、これを鍛造した人物は鉄をよく分かっているという事。でしょうな。表面的な仕上げはやや荒っぽいですが、それは問題ではありますまい」

 「ふむ。これを作った人物は、そこにいるヴィンセント殿なのだがな。スヴァンテッソン殿」

 スヴェリスコ特別監査官は私のほうを向いた。

 「そ、それは。あの。この体格でこの大きさの剣を造ったと?」

 スヴァンテッソンは私の方を見て指差し、目を丸くしていた。

 

 「そういう事だ。スヴァンテッソン殿。それで話というのは、この者を鍛冶ギルドに迎え入れて欲しい。たった今、そなたはこれを作った人物は鉄をよく分かっていると言ったのだから、入門させるのに試験も必要あるまい?」

 

 「そ、そのようですな」

 「どこに迎え入れて貰えるか?」

 

 「ケニヤルケス殿がよろしいかと」

 「それは、どんな理由なのだ?」

 特別監査官は畳みかけて訊いた。

 

 「彼の工房は刃物全般を手掛けております。農具やら針金、釘を作る工房は、この者がいくべき所ではありますまい。武器は既に叩けていますから、どうしても武器も、という事なら刃物全般をやってからでよいでしょう」

 

 「わかった。ではヴィンセント殿をそこに入れる。直ぐに鍛冶ギルドのギルド標章を発行させよ。手配を頼むぞ」

 「ははっ。では署名だけいただけますかな。頂いた署名を標章に入れます」

 

 私は出された皮紙に署名した。

 「では、これで失礼します。標章はどこに持っていけばよろしいでしょうか」

 「ヴィンセント殿は冒険者なのだ。冒険者ギルドに持って行って、支部長に預けておいてくれ」

 「分かりました。ただちに」

 そういった男の顔には安堵感があった。叱責されるのだろうと覚悟していたのに違いない。

 大きな男は、深いお辞儀を特別監査官に向け、そして部屋を出て行った。

 

 ……

 

 「ということだ。ヴィンセント殿。これでよいか?」

 「ありがとうございました。十分でございます」

 「なに。これはあの事件の前に、そなたと約束したことだ。まだ何かあれば、遠慮なくいう様に。ヴィンセント殿」

 

 「あの」

 「まだ何かあるのかな。ヴィンセント殿」

 

 「すみません。もう一つ、だけ、お願い、します。実は、この、代用通貨を、見て、いただきたく、思います」

 私は四角の代用通貨を取り出す。特別な代用通貨だ。この代用通貨をスヴェリスコ特別監査官に渡した。

 

 「ほう。トドマのマイレンがこのような事をしたのか。まあそれが問題ではないな。これがトドマ支部の名前になっている事が問題という事か?」

 「はい。これから、私は、暫くの間、第三王都に、いる事に、なります。これは、ここでは、使えなく、なりますか?」

 「ふむ。冒険者ギルドの代用通貨はクリステンセンが対処するだろう。だが、これは流石にそういう訳にもいかないな」

 それを手に取って見たまま、彼女は笑った。

 

 そしてスヴェリスコ特別監査官は目を瞑った。

 「ランセリア、雑用を頼んですまんが中央に行ってノレアルを呼んできてくれないか。ああ、君はここに戻らなくていい。ノレアルにここに来るように言って、君は現場に戻ってくれ」

 横に立ったままの商業ギルド監査官に声を掛けた。

 

 「はっ。そのように致します。それでは失礼いたします」

 第二商業ギルドの監査官は腕を胸の前に水平に出す敬礼をすると、部屋の外に出て行った。

 

 そこに入れ替わるように宮殿の人らしき白い制服の女性が入ってきて、またお茶を出していった。

 

 「お茶でも飲んで待とうではないか。ヴィンセント殿」

 「それにしても、ヴィンセント殿は本当に職人になるつもりなのだな」

 「金階級をあっさり捨てて職人になったのは、あのリルドランケン殿を含め一〇人といないのだが」

 

 「そう、だった、のですか」

 「知らなかったのかね?」

 彼女はカップを手に持つと、薫りを味わっていた。

 

 「リットワース様が、リルドランケンお師匠様は、元は、二つ名、持ちの、冒険者、だった、とは、言って、おられました」

 「まあ、そうだ。彼が冒険者ギルドに籍を置いたまま、工房の親方になる事は出来なかったのだよ。彼が独立細工師として、一人でやっていくのなら、それは問題もなかっただろうが、彼の場合は父親が工房を持っていた」

 「はい。それを、受け継いだ、と聞きました。それも、リットワース様、からですが。リルドランケンお師匠様は、自分の、過去を、一切、おっしゃりません、でしたので」

 

 「そうか。まあ、ヴィンセント殿にもそれは当てはまる。もし工房を構えて弟子を採るならば、そなたは冒険者の階級章を返す必要があるのだ。独立細工師、独立鍛冶師として、どこかの工房に手伝いに入ったり、一人で作っているのなら冒険者ギルドから抜ける必要はない。理由は言わずともわかると思うが」

 「はい。金階級として、断れない、任務が、あるから、ですね」

 「うむ」

 スヴェリスコ特別監査官はかすかに頷き、お茶を飲んだ。

 私も、それに合わせてお茶を飲む。

 

 複雑な薫りがするお茶だ。

 元の世界のカモミール・ティーと少し似ている。

 林檎に似た甘い香りとすっきりとした味わいがカモミールなのだが、そこにベルガモットの精油による香り付けが混ざったような感じだ。ベルガモットは柑橘系なのだ。単品ならアールグレイ・ティーだろう。

 だが、ここでは香りの元も茶葉も、混ぜているのだろう。複雑なブレンドティーという事か。この香りが彼女たちの好きなものなのだな。

 驚いた事に既に砂糖も加えてあった。

 

 それを飲んでいると、また扉にノックの音があった。

 

 見覚えのある監査官が入ってきた。

 とはいっても、監査官たちの顔は皆ほぼ同じなので見極めの目で見ないと、違いは判らない。

 彼女の腕章は以前に見たものとは違っていた。

 

 「ノレアル・リル・エルカミル中央商業ギルド監査官。ただいま出頭いたしました」

 彼女は腕を水平にして胸にあてた。敬礼だ。

 

 「ご苦労」

 そういいながら、スヴェリスコ特別監査官は態々立ち上がって、腕を水平にして胸にあてた。

 

 「スヴェリスコ特別監査官様。どのような用件でございましょう」

 「ここにいる者は知っているだろう?」

 「はい。マリーネ・ヴィンセント殿ですね。この特別な香りは、我々なら忘れるものではありません」

 

 「うむ。今回は、特別な代用通貨の事なのだ」

 「と、仰いますと?」

 「マイレンがトドマでこのような物を、ヴィンセント殿に与えたのだが、第三王都では使いにくいという事だ」

 特別監査官は代用通貨をエルカミル監査官に渡した。

 

 「なるほど。トドマの支部名と支部長のヨニアクルス殿の名前が入っていますね」

 エルカミル監査官は代用通貨の表裏を交互に何度も見ていた。

 「それで、私がマイレンの代わりになれという事でしょうか?」

 やや上目遣いのまま、エルカミル監査官は特別監査官を見た。

 

 特別監査官はふっと笑った。

 「ノレアル。察しがいいな。中央商業ギルド発行の、しかも裏書がノレアル。君ならば、この代用通貨を拒める商会はおろか、ギルド自体があるまい?」

 「本当に、そのような物を与えてしまってよろしいのでしょうか。スヴェリスコ特別監査官様」

 「ああ。ヴィンセント殿の発案によるあの大規模作戦の褒章はまだ与えられていない。それとは別にしても、これくらいはせねばならんだろう」

 「た、確かに」

 

 「そういう事だ。中央商業ギルドへの書類は私がやっておくから、すまんが代用通貨のほうを頼むぞ」

 「はっ」

 あっというまに、話はすすんでいた。

 私の前にまたしても皮紙が出され、私はそこに署名した。

 

 「これでいい。ヴィンセント殿は新しい代用通貨を出せば、材料を仕入れるにも、どこかに出来たものを売るにしても、拒否するギルドも商会も何処にもあるまい。このマイレンの出したほうは私が預かっておく。新しい方は冒険者ギルドの方に届けさせよう」

 「ありがとうございます」

 私は立ち上がって、深いお辞儀をした。

 

 「ああ、これくらいは何でもない事なのだ。そなたが、あのワダイ村でしてくれた事に比べたらな」

 スヴェリスコ特別監査官は微笑んでいた。

 

 

 つづく

 

 鍛冶ギルドへの在籍も、特別監査官の配慮で、決まった。

 そして、マリーネこと大谷のもつ、特別な四角い代用通貨は、なんと中央商業ギルドの監査官が裏書きしたものを発行するという異例の措置となったのである。

 この特別な代用通貨は、この王国において大きな力を持つものとなったのである。

 

 しかし、特別監査官に言わせれば、これでもまだマリーネこと大谷が、王国を揺るがせた大事件を予想し、そして薬物捕り物の手柄を上げた件についての褒賞にはならないという。

 

 次回 第三王都の宿とギルド標章

 特別監査官の所で、ギルドへの推薦どころか、独立細工師の標章の発行、鍛冶ギルドへの在籍などの手続きが全て行われ、マリーネこと大谷はあとは、冒険者ギルドでそれを受け取る事と、週末にある支部長と、ベルベラディからくる使者との話し合いに出ればいいだけとなった。

 となれば、その数日間を過ごす宿を見つけねばならない。

 

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