220 第20章 第三王都とベルベラディ 20ー7 第三王都特別監査官とギルド標章
特別監査官がいる事務所に向かったマリーネこと大谷。
特別監査官が以前の約束通り、推薦する前に人を呼びにやっていた。
220話 第20章 第三王都とベルベラディ
20ー7 第三王都特別監査官とギルド標章
翌日。
起きてやるのは、何時もの様にストレッチから。
部屋の中では剣を振るえないので、空手と護身術だけだ。
宿の朝食を戴いて、宿を引き払う。
荷物は相変わらず山の様にある。
そして、王宮近くにある商業ギルド監査官の事務所に向かう。
「何者だ。子供がここに何用か?」
誰何されたが、無理やり押し通る訳にも行かない。
「スヴェリスコ特別監査官様に、面会したく、冒険者、マリーネ・ヴィンセントが、やって、参りました」
私は首の階級章を見せる。金に〇が二つ。
警備兵は私の首の階級章を確かめた。
「…… ここで暫く待たれよ」
警備兵は暫し私を見ていたが、一名が中に入っていった。
暫くすると、三名の警備兵が来た。
「スヴェリスコ特別監査官様は、直ちに貴殿をお連れしろとの事だ。こちらに付いて参られよ」
二人の護衛が私の両側に付いた。一人はまた扉の前にいる警備兵と並んで、少し会話を交わしていたが、私に聞き取れる言葉では無かった。
……
廊下を二人の警備兵に付き添われて進み、途中で階段を上がる。
三階につき、さらに階段を上がった。茶色の木で出来た大きな扉を警備兵が開ける。
「特別監査官様。ヴィンセント殿をお連れしました」
「よろしい。ご苦労だった。持ち場に戻ってくれ」
「はっ。仰せのままに」
警備兵は右腕を耳の所にあてた。警備隊の敬礼は、これだった。
二人が出ていくと、特別監査官はこちらにやってきて、右手を腰に当てた。
「久しぶりだな。ヴィンセント殿」
「お久しゅうございます。スヴェリスコ特別監査官様」
私はお辞儀。もっとも大きな荷物が動いたようにしか見えないかもしれないのだが。
「どうしたのだね。ここ、第三王都にまで来るとは」
「トドマを出て、第三王都に来る準備が整いまして、ここに参りました」
「ほお」
私は、リュックを降ろして、皮紙を丸めて入れた箱を取り出す。
箱を開けてリルドランケンとリットワースの手紙を出す。
「これを、お読みください。お師匠様が、書いて、くださった、推薦状です」
「なるほど」
スヴェリスコ特別監査官は皮紙を受け取って封印をはがした。
それと鍛冶ギルドの話はしておかねばなるまい。
「スヴェリスコ特別監査官様。特別監査官様は、以前、私に、言いました。才能が、あるのなら、どこの、ギルドでも、紹介、しようと。私は、鍛冶も、やりたいと、思って、います」
「ほお。ヴィンセント殿は、細工だけではなく鍛冶もやりたいという事か」
「はい。鍛冶は、推薦状も、ありません、ので、スヴェリスコ特別監査官様に、推薦状を、出して、頂けますよう、お願い、したく、参りました」
大きいほうの剣をリュックから外して、床におく。
「この、剣を、見て、トドマの、鉱山の、鍛冶ギルドで、共同責任者、である、クラウトニルト様が、私が、この、剣を、叩いて、作った、のならば、冒険者より、鍛冶に、向いて、いるのでは、ないかと、仰いました」
「ほお。クラウトニルト殿がそのような事を」
「リルドランケンお師匠様にも、見せました。が、細工より、鍛冶の、方が、本気を、出して、いるから、細工も、これくらい、本気を、出しなさいと、言われました」
暫く、剣を見ている特別監査官。
そして笑い出した。
「細工は本気度合いが足りないと、そう言われたのか、ヴィンセント殿」
「はい。それで、最終的には、これを、作りました」
持ってきた細工の箱を開ける。私が作った銀細工の鳥が入っている方。
老人がいきなり私から取り上げて、ずっと眺めた後、どこかに仕舞ってしまった作品だった。
「ふむ。これをそなたが。推薦状にもあったが」
私は頷いた。
「なるほど。それで、リルドランケン殿がヴィンセント殿に細工の才ありと認めた訳だな」
スヴェリスコ特別監査官は、なおも鳥の細工を見ていた。
「ヴィンセント殿、そこの長椅子に座って待っていなさい」
そういうと、特別監査官は部屋を出て行った
……
暫くすると特別監査官が戻ってきた。
「今、人を呼んでいるのでな。しばらく待てばいい」
そういうと彼女は、私の反対側のソファに座った。
白い服を着た王宮士官の女性が入ってきた。
「スヴェリスコ特別監査官様。お茶をお持ちしました」
「ああ、すまないな。お客人の方が先だ。彼女にお茶を出してやってくれ」
「承知いたしました」
出されたお茶を飲んで、暫く待つしかない。
お茶は鮮やかな赤色。薫り高いお茶だった。
……
すると、誰かがやって来て扉をノックして、入ってきた。
入ってきた人は、監査官の様な服では無かった。服のデザインは以前に見た事のある軍服っぽいのだけれど、色が違う。少し茶色が濃い制服だ。
「特別監査部所属、情報士官レオノーレ・リル・ベッシュ、出頭しました」
彼女は、胸の前で腕を水平にした。
出迎えた形のスヴェリスコ特別監査官は立ち上がりもしなかった。
「レオノーレ、態々来てもらって、雑用を頼んで済まないが、第二商業ギルドのランセリアと鍛冶と細工の責任者を呼んで来てくれないか」
「はっ。承知いたしました」
軍服っぽい服を着た女性が敬礼して出て行った。
……
更にお茶を飲んで時間を潰していると、人がやって来た。扉の向こう側でノックがあった。
入ってきたのは制服を着た商業ギルドの監査官である。
「ランセリア・リル・ヴァルカーレ第二商業ギルド監査官であります。ただいま出頭いたしました」
彼女もまた、右腕を水平にしていた。
「ご苦労。少し手伝ってもらいたくてな。態々呼び出したのは、其方の意見も聞いておこうというものだ。もうじき、もう一人来るだろう」
スヴェリスコ特別監査官は右腕を軽く持ち上げただけだった。
「何事でございますか、スヴェリスコ特別監査官様」
商業ギルド監査官は私の座っているソファの横に立っていた。
「第三王都の細工ギルドに新しく独立細工師を迎えるべきか、その判断が必要なのだ。私の独断で決めると、この者も、色々とやりにくかろう」
そう言ってから、スヴェリスコ特別監査官は私を指さした。
「この人物は……。例の香りの特別な亜人ですね。スヴェリスコ特別監査官様」
「まあ、そうなる。一応、この者の細工の腕前は、あのリルドランケン殿が認めている。それと、リットワース殿もな」
「それでは、なぜこの様な話に?」
「あの二人が、それぞれ細工工房の親方として、このヴィンセント殿の面倒を見た訳ではない様でな。ヴィンセント殿はどこの細工ギルドにも所属した事になっていない」
ヴァルカーレの顔が少し歪んだ。
「ですが独立細工師として認めよ。と仰いますか」
「それを、今から決めようという事だ。もう細工ギルドの責任者も来るだろう」
「今はメルランデール殿です。スヴェリスコ特別監査官様」
「そうか。その者が来たら、判断することになる。一応、これを見てくれ。銀細工の鳥だ」
「これが、その……、ヴィンセント殿が作ったと?」
「そうだ。本人が持ってきたのだ」
「これほどの出来栄えの細工は、なかなか見ません。スヴェリスコ特別監査官様」
「ああ。まったくな」
……
暫くすると、そこにまた人がやって来た。扉でノックがあってから入って来た。
「失礼します。細工ギルドの責任者を連れてまいりました」
「レオノーレ、ご苦労だった。すまんが、鍛冶の責任者も連れて来るように」
「はっ。ただいま連れてまいります」
軍服っぽい服を着た女性が敬礼をして、部屋を出て行った。
大きな男は作業着姿だった。茶色の髪の毛。大きな顔。彫りが深く、やや薄い色の目。
あごには髭があり、頑固な親方とでもいうべき風貌がそこにあったが、瞳は明らかに挙動不審である。
「今年の細工ギルド責任者のカスパル・メルランデールです。特別監査官様。一体何事でございましょうか。細工ギルド員に何か、不手際がございましたでしょうか」
男には明らかに落ち着きがない。何か叱責されるのか、それを恐れているようだった。
それを見越した特別監査官は、あえて柔らかい声で彼に話しかけた。
「いや、そういう事ではないのだ。安心してくれ。今回呼び立てたのは、他でもない。細工ギルドに、この様な人物を独立細工師として迎えるべきか、それともどこかの工房に入れて、暫く修行させるべきか、其方の率直な意見が訊きたい」
スヴェリスコ特別監査官は、私が作った銀細工の鳥が入った箱を、彼に渡した。
「それをよく見てほしい。まず、それの評価を聞かせて貰いたい」
男は箱を開けて、銀細工の鳥を見始めた。
「私は木工専門です。なので金属細工は専門外ですが。これはどれくらいの時間を掛けた物でしょうな。かなりの躍動感がありますが、これは恐らくは型取りしたものでしょう。となれば、原型を先に作ったことになります。その原型にもかなりの時間を掛けた事が判ります」
「ほお。メルランデール殿。どのくらいかかっていると思うか、言ってみて欲しい」
「少なくとも一五日以上でしょうな。金属細工なら、今はアスデギル工房が一番でしょう。あそこで作っても、一二日以上かかると思われます」
それを聞いて、スヴェリスコ特別監査官は頷いた。
「ふむ。作った本人がそこにいるのだ。聞いてみようではないか。ヴィンセント殿」
「あ、その、鳥は……。原型が、五日ほど、です。何度か、作り直して、原型の、出来を、確かめ、ました、ので、その後、四日ほど、で、表面を、仕上げて、ございます」
男の両目が見開かれた。
「九日だと……。そんな馬鹿な」
私はもう一つの箱も出した。リットワースに言われて作ったほう。魚の跳ねてる錫細工だ。箱の蓋を開ける。
「こちらは、錫ですが、リットワース様が、六日で、複製を、作りなさいと、厳命、されて、彼の、見ている、前で、作った、物に、ございます」
細工ギルド責任者はおろか、第二商業ギルドの監査官もそれを見るや、その細い目が見開かれ、目を丸くしたまま、押し黙ってしまった。
「これは、独立細工師に、なる、ための、試験、と、リットワース様は、仰った、のです」
「この細工物は、第一王都の……」
そう言ったまま、メルランデールは私の作った細工物を見つめ、唇を噛み締めていた。
「これほどの物を見せつけられて、まさかどこかの工房に新人として入れるなど、出来る訳が……。そういう訳にはいきますまい……」
メルランデールはそのまま押し黙った。
……
「この者を独立細工師として認めるべきか、どう思う」
スヴェリスコ特別監査官は、二人に声を掛けた。
「第二商業ギルドの方からは、何ともいえません。ですが、この出来栄えの物を売り出したとしても、全く問題がありません。スヴェリスコ特別監査官様、これは細工ギルドの方の考え方次第と申し上げておきます」
どうやら、第二商業ギルドの監査官は、細工ギルドの責任者に一任したようだ。
ぶん投げたか。
一方のメルランデールは暫く考えていた。
「独立細工師として、全く申し分のない腕、技術であることは、間違いありませんが、ヴィンセント殿がギルドに入っていなかったのであるのならば、販売先は勿論、細工ギルドの内部や材料入手先などを知らないという事になりましょう。問題はこの部分だけです」
つづく
今年の細工ギルドの責任者と第二商業ギルド監査官がやってきたが、マリーネこと大谷の作った細工物を見て、呆気に取られてしまう。
次回 特別監査官とギルド標章2
どうやら金属細工職人への道は開ける事が確定したマリーネこと大谷。
そして鍛冶ギルドは……