表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
210/306

210 第19章 カサマと東の街々 19ー49 第三王都へ向かう準備

 エイル村に戻り、千晶には次週からの仕事の内容を知らせる一方で、リルドランケンにも報告に行く。

 リルドランケンはマリーネこと大谷にあるものを手渡した。

 

 210話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー49 第三王都へ向かう準備

 

 帰って、千晶さんに報告したのは、二人の仕事が、来週からだという事である。

 

 「トドマ支部での仕事ではないんです。支部長様が言っていたのは、マカマ支部立て直しのために、人集めをする、そのお手伝いを短期間やって欲しいそうです」

 彼女は、苦笑いだった。

 

 「そう。それは、広告塔になれって言ってる訳ね」

 「はい。でも、長期ではないそうです。長期貸し出しは出来ないって、支部長様は言っていました。それとトドマで何か有れば、直ぐに戻って欲しいと仰ってましたから」

 「これから雨の季節でしょう? マカマ街の辺りも毎日大雨よね。きっと」

 「そうですよね。そんな大雨の中、人が来るのでしょうか」

 

 彼女は肩をすくめた。

 

 彼女の場合は、薬師(くすし)ギルドに薬草を納めたりしているので、その辺も片付けないと、マカマにはいけないだろう。来週の頭にトドマで話を煮詰めて、彼女はポロクワの薬師ギルドに連絡するのだろうな。

 そうなると、二人がマカマにつくのは、どんなに早くても来週末くらいか。

 

 「そうだわ。千晶さん、マカマ街で連泊するなら、私が泊まってみて良かった宿を教えておきますね。『アミナス・デュプレー』という高級宿があるのです。リベリー商会という所がやってるのですけど、いい宿でした」

 「それは、料理も?」

 「はい」

 「高そうね」

 そういって千晶さんは笑っていた。

 

 「泊まる日数にも寄りますけど、短期間ならお勧めしておきます。それと、街の食堂は気を付けてください。味がどうこうでは無くて、苦い魚料理が出る店に入ってしまい、食べるのがきつかった所もあるのです」

 彼女は完全に苦笑していた。

 

 「宿やギルドで訊くのがいいと思います」

 「真ちゃんに言っておくわ。そういう時こそ、味は探検だって言いそうですけど」

 それにはもう、笑うしかなかった。

 

 ……

 

 

 翌日。

 起きてやるのは何時ものようにストレッチからのルーティーンだ。

 千晶さんの作る朝食もいただいて、老人の家に向かう。

 

 驚いたことに、家から出て来たリルドランケンもまた、紫色の服であった。

 正装に威儀を正す、といったところであろう。

 艶のある濃い紫色の、まるで貴族の様な服である。頭にはやはり艶のある濃い紫の帽子。そしてその服と帽子には、リットワースの時より多い金糸の飾りやモールが施されていた。

 これは、多分彼が工房の責任者だけでなく、ギルドマスターもやっていた時の物ではないだろうか。

 

 「戻ったか。お嬢。いや、マリーネ・ヴィンセント嬢よ」

 「お師匠様。その服は、どうなさいました?」

 「これが、儂がお嬢にしてやれる、たった一つの事でな」

 

 急に老人の顔が厳めしい表情に変わった。

 「マリーネ・ヴィンセント嬢よ。そなたに、渡すものがある」

 

 リルドランケンは、巻物の書状と小さな箱二つ私に差し出した。

 私は(うやうや)しくそれを受け取る

 

 その時に、厳めしい顔だった老人の表情が綻んだ。

 「お前さんが店を持つなり、独立した細工師になるなら、どうあっても正規の細工工房に行かねばならんのぢゃ。判るかえ?」

 老人の話し方は何時もの口調に戻っていた。

 「はい。もちろん、判ります」

 

 「今は誰がやっておるのか、儂には判らんが、第三王都の細工ギルドに入れるよう、推薦状を書いておいたでな。あとはそこで師匠について、作るものを学べばよい。お嬢はもう、見れば作れるぢゃろう。ぢゃから、人々が望むものが、何であるのか、そこを見ればいいのぢゃ」


 老人は一回頷いて、なにやらポケットに手を入れて、何かを(まさぐ)っていた。


 「あとはこれぢゃ」

 そう言って、指輪を出して来た。

 銀細工だ。やや幅がある。その表面には何かが刻まれていた。

 

 「お嬢は、まだこれを中指には出来んだろうから、左手の親指に嵌めておくのぢゃ」

 そう言いながら、老人は私の左手を取って、親指にその指輪を嵌めた。

 

 「これは、な。魔除けぢゃ。お嬢が細工をやっていくうえでの、な」

 「細工を、やって、いく、上での、魔除け、ですか」

 「そうぢゃ。何かの複製を頼まれたら、この指輪を見せて、きっぱりと断るがよかろう」

 私は左手の親指に嵌められた指輪を見た。

 「この、指輪に、意味が、ある、のですね」

 

 老人は軽く顎を引いた。

 「これを見て判らんようなやつなら、そもそも、それはお嬢が受けるべき仕事を出す客ではない。そう思っておけばいいのぢゃ」

 

 私が戸惑っていると、老人は笑顔だった。

 「今は判らんでもええ。そのうちに判るぢゃろう。その指輪。なくすでないぞ」

 

 「はい。お師匠様。ありがとうございます」

 深くお辞儀。

 

 「それではな。第三王都で、お嬢の名前が知られるようになれば、他の街にも聞こえてこよう。それを楽しみにしておるぞ」

 リルドランケンは、くるっと振り向くと家に向かっていった。

 私はお辞儀を続けた。家の扉が閉じられてしまうまで。

 

 ……

 

 リットワースは、遥かに芝居がかっていたが、あれは横に貴族の様な男たちがいたせいかもしれない。

 この名人の腕前をこの先、見る事が出来ないのだとしたら、かなり残念な気がしたが、私はまず第三王都に行かねばならないのだ。

 

 受け取った箱と、巻物の書状を持って家に戻る。

 

 ……

 

 まず地図だ。以前に買った地図を見てみる。

 

 私が魔物よけのお守りを持って行くのなら、馬車が一切使えない。

 それが分かっているなら、ここから最短の経路を出してみるのもあり、だろう。

 エイル村からモック村、ポロクワとはいかずに、西のカフサの街に出て、そこで街の西に流れる川を越えてから南下。川はソルバト川である。

 カフサの街から直接南だと、その道はポロクワに向かっている。

 

 川沿いの道を下って、途中で丁字路。ここでやや北西にテッファ。

 丁字路の東横には川を渡ってマラナという小さい町、村かもしれない。そこからずっと川沿いを南下すると途中で山がある。その山の手前に村があるらしい。名前は載っていない。

 山の森を抜けるとアレク、さらに南に第三王都である。このルートだと、多分山の中で野宿だな。

 

 テッファからそのまま、南下する経路もある。

 川沿いにある道を南下していくと、途中に村が二つ。名前は載ってない。更に南下するとウルーサ。これも小さい街らしい。

 そこから南下して村らしいものがある。名前は載っていないから小さい村レベルらしい。で、さらに南下すると王都である。

 スッファと王都は、案外、この道が近いのだろうな。


 さて、これらの道は太くは書かれてないので、大きな街道ではない。


 それと、テッファとウルーサの間が、かなりの距離があるらしい。二〇〇キロ位はあるかもしれない。となると、馬車が途中で一切休まない場合でも一〇時間以上はかかる距離だな。途中で休みが入れば、勿論ずっと伸びる。一五時間とか、いや二〇時間とか、かかるかもしれない。

 

 徒歩では、私の身長では、歩幅が狭いから、普通の歩きなら最低五日位はかかるか。いやもっとかかる。七日位か。途中に村があるので、そこで宿泊出来る可能性はある。

 

 地図で見ると、スッファとキッファの間は、結構離れているのだが、私が一日でなんとか歩ける距離だ。

 本当にこの地図は、距離がいい加減だ。

 

 とはいえ。こういう交通機関が未発達な世界では、距離が正確な地図というのは、国家機密である。

 

 元の世界でも、大昔は地図自体がまず正確に作れていなかった。

 中世の欧州での世界地図は北側を上にしていない。この王国と同じく、東側が上だったのだ。

 まあ、イスラム世界では地図は南が上だったりしていたし、細かく都市の位置が記録されて居たりはしない物だったのだ。

 古代ローマでは、北が上の地図でローマ近辺は細かく測量された関係もあって、都市の位置なども、比較的、正確に記していたらしい。

 

 実際、中世から近世では一七世紀までは、まともな地図では無かったものが多い。あるだけましという事だな。

 

 さて、第三王都とトドマの間の距離は、単純に直線距離でも三〇〇キロは越えているのに違いない。

 

 私が一日に四〇キロちょっと歩くとして、七日はかかる。昔の人なら一日六〇キロだったらしいが。

 

 だが。だが。元の世界の体格ならともかく、今の私の歩幅から考えて、時速四キロはムリだ。普通に歩けば、やや早めに歩いたとして時速三キロくらいが関の山だな。となると、一日、何時間歩けるのか。休憩も考えよう。一二時間歩いたとしても、たぶん八日では無理かもしれないな。余裕をもって九日か一〇日。

 

 まあ、船と馬車で、早くても四日とかいう時間がかかる。

 自動車とか、飛行機がない世界だから、移動に時間がかかるのは、仕方がないのだ。それに馬車も、それ程速度は出ない。重力の事を考えれば無理もない話だ。

 

 大きなお守りポーチを持って行く以上、私は全て歩いて第三王都に行く必要がある。

 となれば、交通量が多そうな道は、あのアルパカ馬を怖がらせてしまうだろうから、出来れば交通量が少なそうな道を歩くべきだろう。

 スッファと王都の間の道は交通量がありそうだ。へたに、あの動物たちを怯えさせていい事など、一つもない。

 

 そうとなれば、東の方だな。山のある方。こっちは野宿必須だ。薪が必要だな。

 まずカフサからマシナを一日で歩ける距離かどうかだが、まず無理だな。

 まあ、二泊はしそうだ。カフサで薪を買って、次はまた到着した街で買えばいい。

 小銭はデレリンギ硬貨をかなり用意してある。十分だろう。

 

 よし。ルートは決まった。ソルバト川西沿いの道を南下して、途中で東側にある道に移って南下、第三王都に向かう。

 

 次は荷造りだな。今回は全部持って行く移動になる。

 やれやれ。いつ戻ってこれるかすら分からないので、全部だ。

 

 まず、老人が寄越した箱二つ。それと皮紙の書状。これは全部箱に入れる。

 支部長が寄越したやつは、筒状の容れ物に入っているのだが、封印されているので、全部を一纏めにとかが出来ない。

 

 まあ、それはそれとして。

 大きいリュックに詰め込む順序を考える。

 

 鍛冶用のハンマーとか革のエプロンや手袋、やすりとか、砥石は、もう一番下に入れる。それと。あの暗殺者から頂いた鎧だ。前後と肩。足の部分だが。

 この金属はまだよく判っていないし、無理でも持って行くことにする。

 

 服。新たに作った物も含め、ぜんぶ一つの革袋に入れて、これも下。下着を入れた革袋は上にするので、先に細工の道具箱。これは小さいほうのリュックに入れておくか。でその上に下着とかタオルの入った袋。靴の入った袋はこの小さいリュックの横でいい。

 

 スッファからキッファへ行く時にオセダールから持たされた小さめのバッグ。

 これもリュックの中だが一番上の方にする。この中の革袋は、燻製肉とかを入れたお弁当用なので、今回も使うだろう。あとこれの革袋の一つは塩が入っている。

 塩はちょっと追加しておく。お婆の甘露水の入った水袋もここに入れた。

 あとは野宿があると分かっているなら、火を付ける道具は必須である。(ひうち)石と鉄片。それとおが屑。これらを入れる小さな箱。おが屑は目一杯詰め込んだ。

 

 水用の革袋が二つ。これは外だな。

 あとは地図。

 

 そんな風にして入れていると、千晶さんが来た。

 「マリー、この本をあなた、持って行きなさい」

 そう言って寄越したのは、彼女が手作りしてくれた、この世界の共通民衆語の辞書。

 それと動物図鑑と植物図鑑四冊。

 「千晶さん、私が持ってきた本は全部置いていきますから、雨で暇な時に読んでください」

 「そうね。きっと真ちゃんも暇を持て余しそうよね」

 

 そんなことをいうので、私は以前に作ったトランプを彼女に差し出した。

 「村で、一人で遊ぶのに作ったのです。ジョーカーはないんですけど。何も書いてない札が八枚あります。予備です。これで二人が時間を潰すのに、使ってください」

 小さな革袋に入れておいたトランプは紐で縛ってある。

 ソリティアとして、フリーセルやクロンダイク等、いくつかの遊びをやったカードだ。

 「私はまた作るから、これで二人が思いつくトランプルールでどうぞ」

 「こんなのも自分で作ったのね。マリーは」

 「厳密に見たら、木目で札が判ってしまいますけどね。裏に塗る塗料がなかったんです」

 そう言って笑うと、彼女も笑っていた。

 

 全ての荷物は、もうリュックに入れた。リュックの後ろに大きな鉄剣と、ミドルソードに、手鋸、やっとこ、(なた)、物差し、小さなシャベルをロープで縛りつける。かなり無茶だな。

 一番上に革マントだが、これは今まで長さ調節していた糸を全部切ってある。そうしないと雨の時に被っても後ろを覆いきれない。まあ、鉄剣があるからそこは濡れるのだが。

 それにマントは野宿の夜、寝る時にも使うのだ。

 大きいから一部を下に敷いても十分体を覆う大きさがある。

 

 用意は全て済んだ。

 

 

 翌日。

 朝起きてやるのは何時ものストレッチからの空手や護身術のルーティーンである。

 この家で過ごすのも、暫くまたお預けになるのだろう。

 

 首には階級章。大きなポーチと小さなポーチ。両方を交互に袈裟懸け。

 ブロードソードと両脇はダガー。何時もの剣帯を腰に付けて、巨大リュックを背負う。

 

 「真司さん、千晶さん、暫く第三王都に行ってきます。お二人とも、お元気で」

 「おう。マリーも、元気でな。無茶だけはするなよ」

 「マリー、体に気を付けて、ちゃんと食べるのよ」

 

 「はい。では、行ってきます」

 

 まずは北の隊商道に出る。

 そして西に歩き始める。まだ、朝の時間だった。

 

 人は誰も歩いていない。

 北の方を見ると、森の奥の方はもう分厚い雲の中だ。きっと大雨が降っている事だろう。

 私も、雨に降られる前に、王都に到着出るだろうか。

 

 

 つづく

 

 地図を見て、第三王都に向かう道を確認する。歩いてくなら、どの道を通るべきか。

 そして準備を終え、とうとう、エイル村を出て、第三王都に向かう。

 

 次回 第三王都への道のり

 大荷物を背負って、王都に向かう、マリーネこと大谷。

 まずは北の隊商道にあるカフサで保存食を買い求め、川沿いに南に向かうのであった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ