208 第19章 カサマと東の街々 19ー47 今後の事
作った鎧を二人に渡し、第三王都に修業に行く相談をするマリーネこと大谷。
千晶は一時期な移籍を勧めてくれたのであった。
208話 第19章 カサマと東の街々
19ー47 今後の事
翌日。
私は、真司さんと千晶さんに作ってきた革鎧を見せた。
「これが、修行の成果なのか、マリー」
「はい。上半身だけですけど、これは鉄を使っていませんから、どういう敵にも使えるはずです。ただ、着るのも脱ぐのも一人ではできないので、真司さんと千晶さん、お互いに後ろの紐を結ぶのをやって貰えばいいはずです」
真司さんは革鎧の表面を触っていた。
「なるほど。この腕をカバーしている鎧が別になってるのは、どうしてだい」
「それは、咬まれたり、魔物の攻撃で傷ついた時に外して直せるようにです」
「足の方もそうなのか」
「腿をやられると足を動かせなくなるので、それをできるだけ護る防具です。それほど重くはないはずです」
二人はそれぞれの鎧を見ていた。
「マリー、私の方。いくら何でも胸が大きすぎない?」
千晶さんが苦笑した。
「小さいと、胸が苦しくなるので、多少は大きめです。丈夫な布を着こめば、サイズはかなり大きくしないと、入りませんので」
彼女は笑っていた。
「分かったわ。上に着る物を少し考えます」
「これは、この辺の街道で見かける革鎧じゃないな。マリー。誰が教えてくれたんだい?」
真司さんが訊いてきた。
「お師匠様によれば、リットワース様は革鎧なら恐らくは王国一番という腕だそうです。かなり昔から、鎧に憑りつかれたかのように、作っていたそうです」
「なるほど。凝った造りをしているのは、そのせいか」
「その彼が、若い頃に手がけて、東の隊商道で売った革鎧の上半身を再現しました」
「そうだったのか。道理でこっちで見ない訳だな」
「この革鎧の手入れや修理は、お師匠様に頼めば、たぶんいくらかの修理費用でやって頂けると思います」
「そうか。普段は油を塗ればいいのかな」
「はい」
……
「それで、お二人に、相談があるのです」
「改まって、どうしたの?」
千晶さんは鎧を丁寧に革袋にしまいながら訊いてきた。
「私が、独立細工師になるには、第三王都に行ったほうがいいとお師匠様はいいました。トドマを離れる方法は、二つ。長期休暇を願い出て、その休暇中に私が修行するか、一時的か恒常的化はともかく、第三王都に移籍する、だそうです」
「なるほど。マリーは長期休暇を取ってもいいとは言われても、金階級になったばかりの自分が、いきなりそれを言い出したくないんだな?」
真司さんが突っ込んできた。
まあ。それはだいぶある。
「はい。それは、あります。ヨニアクルス支部長様がどう受け取るでしょう」
「一時的に移籍が良いんじゃないかしら」
移籍を言い出したのは千晶さんだった。
「え? どうしてですか」
「休暇を取ると、支部になんとなく負い目が出来ると思っているのでしょう? だったら一時的に第三王都に行くので、そっちに移籍して冒険者ギルドの仕事もこなしながら、修行しますといったほうが、マリーとしては気持ち的に楽でしょう?」
まあ、確かに。それはそうだ。
「支部長様は、一時移籍の手続きしてくれますか? 正当な理由が必要だというのですが」
「あなたが独立職人の資格も取りたいというのを、止めることはできないわよ。トドマから第三王都では遠いから、トドマからカサマの応援に行くのとは訳が違うわ。連絡だけでも最低四日はかかるでしょう。そこからマリーが出て来るのにも、同じようにかかるのですから、北の鉱山のトラブルや北の隊商道の魔獣仕事は出来ないと思ったほうがいいわね」
「はい。それはトドマで支部長様に説明します」
「そうね。それがいいわよ」
二人は、迷っていた私の背中を押してくれている。そして、私は王都への一時移籍を決意した。
第三王都のほう行くとなれば、仕事は東の隊商道か。しかしそうなると湖の東まで、範疇に入るのだろうか。それは向こうで訊かないと分からないな。
三人でお茶をのんで、千晶さんはまた薬草の調合を始めていた。
私は真司さんに剣を出して貰い、研ぐことにした。
「真司さん。剣を研ぎますけど、私が王都に行ってる間は、裏のリルドランケン様に研ぐのを頼んでください。あの人なら、私と同じかもっと上手に研げるはずです」
「へー。あの爺さん、剣も研げるのか。いつも線香作ってるだけにしか見えないんだけどな」
「いつもは、そうですね」
真司さんの剣は、所々に疵が見られた。
丹念に研いでいく。
やはりこの剣は、普通の鉄剣ではない。
……
その日は、夜になる前に、俄かに暗くなって雷が鳴った。そして雨が降り始めた。
かなり激しい俄雨だった。
翌日
起きてやるのは何時もの様にストレッチからの空手と護身術だ。
しかし、雨が酷い。夜の間も止まなかったのだ。
これでは剣のほうは練習が出来なかった。この家には剣を振り回せるような場所がない。
昼になる前に雷が山の方から聞こえた。北東の方だ。かなりの雷に見舞われているだろう。
鉱山の方の仕事で、誰が言ったんだっけ。
二節季、四節季、六節季は雨が降ると。八節季もそうだったかは覚えていない。まあ、そうだとしても、不思議ではないのかもしれない。何しろ一節季は一七二日だっけか。二〇〇日かそこいら毎に、この北側の亜熱帯地域で、雨季が来るのかもしれない。
この亜熱帯から温帯の狭間らしい地域の天候はあまりよく判っていないが、雨が降り始めると長い、という事だけは学んだ。
この雨は、翌日の夜になるまで降り続けた。
……
第六節、上前節の月、第六週、一日目。
朝になると、雨が上がっていた。
起きてするのは何時ものストレッチ。
まずは着替える。何時もの服だ。そして何時もの靴。
そしてルーティーンになっている、空手と護身術。ダガーによる謎の格闘術。
もちろん、コレに名前など無い。私の習っていた武道を勝手に混ぜただけのものだ。
ついでに言えば、私の剣技にも、名前はない。
そもそも技と呼ぶべきかどうかすら、怪しい。誰も私の技を真似ることはないだろうし、教える事も出来ないから、技の名前なんかなくていいのである。
私の出鱈目な筋力や膂力で振るっている剣とか、鉄剣とか、他の人に同じように振るえるとは思えない、というのもある。
濡れた地面の上だと、足が汚れてしまった。
井戸で足を洗っていると、真司さんが出て来た。
「おはよう。マリー。何時も早いな」
「鍛錬は日課です」
そう言って笑うと、彼も笑っていた。
真司さんが朝からこっちに出てきたのは、魔獣の肉の事があるからだった。
彼は吊るしておいた魔獣の肉を捌き始めた。これから塩揉みをして、魚醤と香草で少し味を付けた後、燻製にするのだ。
この辺ではいまだに魔獣も多く、家畜を飼ってはいない。
村人たちが肉を入手するのは、結構大変なんだろうな。
真司さんたちがここに来る前は、どうやって入手していたんだろうと疑問に思うが、まあ、トドマかカフサまで行って大量に入手して一週間分とか二週間分とかにしていた可能性はある。
さて、出かける準備。
ブロードソードと、ダガー二本を何時もの剣帯で腰に付ける。
小さいポーチにはトークン二枚と小銭。
首には階級章。
これでいい。
千晶さんに一応声をかけて、出かける。
「千晶さん。私はこれからトドマ支部に行きますが、なにか伝言とかありますか?」
「そうねー。特にないけど、私たちの仕事が出そうなら、聞いておいて欲しいかな。一々係官を寄越さなくても、すむから」
「そうですね。分かりました。行ってきますね」
朝としてはもう時間がだいぶ経っている。
途中で荷馬車が通り、私はそれに載せてもらうことにした。
荷馬車の男は、荷物の脇でいいなら、三デレリンギでのせるという。
荷馬車の後ろに乗って、トドマに向かう。後ろに積まれていた袋は相変わらず土臭いのだが、開いている袋から見えたのは紫色の里芋の様な根菜だった。
どうやら、それの入った袋ばかりのようだ。
揺れる荷車から南側を見ると、昨日までの雨で全てが濡れて、植物たちの葉がキラキラと輝いていた。
今日は南側は雲一つない晴れ渡った大空が広がり、東側にあるふたつの太陽が眩しい。
大空に大小の猛禽が数羽、大きな輪を描いて飛んでいる。地上の小動物を狙っているのだろう。
私が今までに、この異世界で犬とか猫とかを見ないのは、この地方ではいないという事だろうか。ワダイの村では、たしか真っ黒な犬の様な動物を見たのだが。
スッファ街やキッファ街にはいなかったし、東の街々でも、見かけることはなかった。
マリハの町でもそうだ。マリハの町外れの林にも、特に目立つ小動物は見ていない。
そしてマリハでもトドマでも、港で見かける小動物と言えば、水鳥位なのだった。
どういう事なんだろう。
今までの観察からいって、この王国ではそういう動物がいないという事なんだろうか。いや、まだ私はこの異世界の事を全然知らないのだ。
さて、元の世界では犬の起源には諸説あり、東アジアの絶滅する前のハイイロオオカミの集団が最初の犬になったとする説がある。それは推定で三万年から四万年前であるらしい。
そこからいつ家畜になったのかは定かではない。
実はイヌ属は結構あるのだ。この異世界でも犬はいるんじゃないかと考えても不思議ではない。なにしろ人類の最初の家畜は犬だったとされている。
それで三万年くらい前の遺跡から、犬の骨が見つかった事で、そうだろうといわれているくらい、古いのだ。
これは狩猟のお供として、重要だったのだろう。
イエネコのほうは、以前はヨーロッパヤマネコの亜種を家畜化したと言われていたが、実はちょっと違ったらしい。
一三万年ほど前、現在の中東の砂漠にいた『リビアヤマネコ』がイエネコの祖先だった事が分かったという。
家畜化したのは当然犬よりは後になる。狩猟目的では、犬と違って手伝う事がない猫は、使い物にならなかった。
家畜化したのは、農耕文化が始まってからの事である。
これは当然のことながら、鼠退治の為であり、農業によって得られた穀物を護るためだった。
その当時、山野にいた猫は鼠や野兎を追って捕食していたが、偶然にもその地域で、農耕を開始した集落があり、人間たちの居る集落に来たのだ。
人間たちの集落には、鼠が多く集まる穀物の貯蔵所が出来たからであり、そこにいれば、簡単に鼠が採れるようになったからであるらしい。
穀物を食べず、害獣や害虫を食べる益獣として大切にされ、そして徐々に人に飼いならされて行ったようだ。
それは紀元前八〇〇〇年頃、或いはもう少し前だと思われる。
キプロス島の遺跡に貴族の遺骨とともに、猫の骨が見つかったが、そもそもキプロスに猫はいない。
家畜というか、ペットとして持ち込まれたのだ。それが紀元前七五〇〇年前の物だから、家畜化したのはそれよりは前だということが分かる。
完全に家畜化した事が確認出来るのは、古代エジプトで紀元前三〇〇〇年頃の壁画にある。
この王国は、元々農業国家だったと概要に書かれてあった気がする。
故に、この王国でも猫或いは、穀物を食べる小動物を捕食する動物を飼っていても不思議ではない。
だがしかし。私はそれを見る事が出来ていない。
アグ・シメノス人たちの農村である、ワダイの村で貯蔵施設を見学していなかった事に、今更ながら気が付いた。
あの時、ちらっと見たのは黒い犬のような動物と鶏っぽい家禽だけだな。
結構な日数いたにも係わらず、私はあの村の食事が美味しくない事でめげていたのだ。
まあ、そのうちに、犬猫に相当する動物も見ることがあるだろうと、私は結論付けた。
つづく
雨の季節が迫る北部地域。
トドマの支部に向かいながら、犬や猫の事を考えているマリーネこと大谷だった。
次回 トドマ支部と今後の事
ヨニアクルス支部長に会い、一時移籍を願い出るマリーネこと大谷である。