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204 第19章 カサマと東の街々 19ー43 マリハの町と別れ2

 マリーネこと大谷は、あの素朴な、そして読み書きできない革職人である、ニッシムラの事を何とかしようと考えていた。

 そこで、彼の事をこの町代表に託して行くことに決めたのであった。

 204話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー43 マリハの町と別れ2

 

 私が独立細工師になるなら、何処かの街にある細工の支部で、まず細工ギルドのメンバーにして貰って、何処かの工房に入り、そのうえで独立の申請だろうな。

 

 そんな事を思っていると、カサンドラが言った。

 

 「マリー。あんたが思っている以上に、あんたは、あの男に認められたんだよ。それは、あんたも分かっているとは思うが、もうとんでもない事さ。それに、リルドランケンの弟子っていうのが、どういう事か、あの男も十分分かったこったろうさ」

 

 エイミーがぽつんと漏らすように一言。

 「そっかぁ。もうマリーは、明日か明後日にでも出て行っちゃうんだね」

 「なんとなく、寂しい感じがするわねぇ」

 それにレミーが同意した。

 

 「私は毎日、皆さんと食事も出来て、嬉しかったです。私には、家族がいないので」

 私は務めて笑顔で答えた。

 

 「え、じゃあ、トドマの方では、どうしてるんだい」

 カサンドラが、意外そうに訊いてきた。

 

 「実は、白金の二人が、私を拾ってくれて以来、ずっとあの二人の家に厄介になっています」

 「えー」

 レミーとエイミーが大声だ。

 

 「なるほどねぇ。マリー。あんたのその腕前。白金の二人が見込んだってことだねぇ。でも、何故マリーは細工を始めたんだい」

 

 「私は、元々、冒険者に、なる、つもり、なんて、なかった、のです。ただ、白金の、二人が、私を、冒険者ギルドに、連れて、行って、そこで、階級章を、作らせた、のです。そうなれば、私は、この王国の、准国民の、資格が、与えられて、身分不詳の、怪しい、人物では、なくなる。そういう、ことでした。それで、私は、冒険者ギルドの、仕事で、魔物と、戦って、いました。でも、私は、作るほうが、好きなんです。物を、作って、暮らしたい、のです」


 「そうだったのかい。でもまあ、あんたの剣の腕前は、冒険者ギルドにそうそう何人もいるようなもんじゃない。たった一年で金階級なんて、普通には無理だからねぇ。それを考えると、冒険者ギルドが、簡単にあんたを手放すとは思えないね」

 そう言って、カサンドラは黒いお茶を飲んだ。

 

 「すみません。こんな時間ですけど、湯浴みしていいですか?」

 「ああ、いいさ。灯りは二つ持って行きな。レミー、エイミー、湯浴みの準備を手伝ってやんな」

 「はーい」

 二人は、裏庭に行くと母屋の扉を開けて、(たらい)と三枚がつながった戸板を持ち出して来た。コの字型に開いて置くのだ。

 たっぷりと湯を沸かして、盥と手桶に入れる。

 

 私は服を脱いで靴も脱いで、盥の前で足を洗って、そのまま盥に入った。

 お湯を掛けて体を洗う。私一人だけなら、ここで洗ってもいいのだ。

 

 私は丹念に、乳石を擦り始めた。泡立つタオルで、体を洗っていく。

 本当は、ちゃんとした風呂に入って、疲れを癒したかったが、それもままならない。

 

 もう、空は大分暗くなっていて、多数の星が瞬いている。

 

 ……

 

 色々あったが、自分の、やりたい方向に一歩進んだのだと、思うようにしよう。

 

 二人は一緒にお風呂に入りたかったらしい。

 姉妹が、服を着たままだったが、とうとう我慢出来なくなったのか、私の頭にお湯を掛けたりして洗い始めた。

 

 まあ、それはそれで。

 

 お湯をもう少しかけて、体を洗い流して、外に出る。

 手早く拭いて、服を着る。そうしたら、片付けだ。

 

 

 翌日。

 

 起きてやるのは、いつものストレッチからの柔軟体操。

 剣を持って下に降りて、裏庭で行う空手と護身術。

 いつも通りのルーティーンである。

 

 一旦二階に上がって、私は服を整えた。何時もの服だ。そしていつもの靴。

 首は階級章。

 

 さて、荷物の整理だ。今回は荷物が多い。

 間違いなく多い。増えた服。そして細工の道具。真司さんたちの為に作った上半身の革鎧。腿に付ける増加装甲付き。

 これら全部は勿論、リュックに入らない。

 なので、リュックに入れる物をきちんと考える。

 

 まず、服は全部。出してあった靴も全部革の袋に入れる。

 細工道具の箱。鍛冶のハンマーとかエプロン、手袋に砥石。

 それからリットワースから預かった手紙は、持ってきた手紙を入れていた箱に入れなおす。あと封印された箱。

 お金の入っている革袋とかも、その上に置いた。

 

 次にミドルソードの横に手鋸と『やっとこ』と物差しをロープで縛った。

 あとは革鎧を入れたやや大きめの革製風呂敷は、これをリュックの上にロープで縛りつけ、そこに一緒に革マントを縛った。

 この状態でリュックの後ろに、ミドルソードに手鋸と『やっとこ』に物差し付きを縛る。

 

 まあ、雨が降って来た時の事を考えたら、こうしておくしかない。

 

 カサンドラが例によって、朝食を出してくれた。

 「もう、準備したのかい。あんたは、ほんとに時間を無駄にしないというか、せっかちにも見えるがねぇ。もっとどっしりと構えて行きなって」

 そう言いながら、カサンドラは黒いお茶を飲んだ。

 

 「ありがとうございます。たぶん、これが、色々、私の、性分、なんです」

 そういうとカサンドラは笑っている。

 

 「で、どうすんだい。今日にも発つのかい?」

 「町内代表様に、挨拶しておきたいので、それが終わってからです」

 「そうかい。今日は第四週六日だけど、エルフリーデさんは来てるかねぇ」

 ああ、そうか。休みの日か。

 「行ってみます。来ていない場合は、明日になりますけど」

 「まあ。まだ朝だから、焦りなさんな」

 「はい」

 其の後、レミーとエイミーが起きてきて、顔を洗い、朝食だった。

 

 「とりあえず、町役場に、いってきます」

 「いってらっしゃい」

 姉妹が揃って声をかけてくれる。

 

 だいぶ、この町にお世話になってしまったが、実は全然この町の事を知らないといっていいだろう。

 知っているのは、町役場の直ぐ近くにあるお店、商会、そして商業ギルドの建物。あとは街の真ん中の広場と、南西の方の町外れにある、畑と、森。そしてずっと通ったリットワースの個人工房。

 

 驚くほど、私はこの町の事を知らない。七〇日もここに滞在したのに。

 普段なら港にも行って、近くにあるだろう魚醤工房も見て、どんな魚醤を多数作っているのかも見ておきたかった。

 

 まあ、鎧作りに集中していた事が最大の原因。

 リットワースは六の休みの日も、作業は止めなかった。四二日に一度追加される七の日だけ彼は休んだのだ。

 

 今回、役場に行く目的は、まあお世話になりましたという挨拶。

 それと、あのニッシムラの事だ。

 

 そんな事を考えているともう、町役場だった。

 

 「おはようございます。ヴィンセントと申します。デルラート町内代表様は、いらっしゃいますか」

 のっそりと男性が出て来た。

 

 髪の毛は赤に近い茶色。瞳は茶色。身長は二メートル程。平均的な身長だ。

 しかし、ずいぶんと冴えない表情をした男性だ。

 たぶん、ここにいつもいる職員ならいくら休みの日でも、もうちょっとしゃんとした人が居そうなものだが。

 

 「今日は休みの日だが、何の用だね」

 「デルラート町内代表様に、お話があります。マリーネ・ヴィンセントが、どうしても、伝えたい、事が、あります。お取次ぎ、お願いします」

 「ふーん。まあ、なんだか判らんが、中に入って、待っていてくんな」

 

 「おーい。リーデ。なんだか子供の様な客が来とるぞ」

 建物の奥の方で、男の声がした。

 町内代表の名前はエルフリーデだっけ。あんな風に呼ぶ人を他に見ないのだ。となると、あの人は代表の旦那さんかもしれない。

 

 暫く待っていると、町内代表がやって来た。

 「おはようございます。ヴィンセント殿」

 彼女は軽くお辞儀した

 「おはようございます。デルラート町内代表様」

 私もお辞儀で返す。

 

 彼女は、そこで笑顔を崩しながら話した。

 「ここで聞くのもどうかと思うし、とりあえず執務室で聞いていいかしら」

 そう言って、もはや奥に向かっていく。

 私もついて行き、奥の部屋でソファーに座った。

 

 「それで、今日は何の話かしら」

 「はい。町内代表様。やっと、リットワース様から、革鎧を、学べました、ので、今日か、明日にも、トドマに、戻ろうと、思って、いますが、リットワース様は、昨日に、カサマに、向かわれました。たぶん、何の、挨拶も、なかったとは、思いますので、私から、報告させて、いただきます」

 彼女はちょっと呆れたような顔だった。

 

 「あの人、マリハに来た時は、本当に挨拶もなくて、森の工房から音がするって、皆が言うので、行ってみたらあれだったし、今度も急に帰ったのねぇ。あの人のする事は理解できないわね。まあ、貴女はそれで良かったの?」

 「はい。来た、甲斐は、十分、ありました。それで、私から、一つ、お願いが、ございます」

 「え? ヴィンセント殿が、私にお願い? なにかしら」

 「実は、パクシムス・ニッシムラさんの、ことです」

 「あの、町外れの林の横に一人で住んでいる職人よね。あの人も、よく判らない人だけど、あの人、貴女に何かしたのかしら」

 

 「いえ、ニッシムラさんは、革の、職人、でしたけど、文字が、読み書き、出来ない、そうです。それで、個人に、売ることが、出来ないと、私に、言いました。たぶん、彼の、面倒を、見ていたのは、ローゼングルセ商会、だと、思います。あの商会が、今、謹慎処分に、なって、いるので、彼は、革を、売る先が、ない、状態で、この先、直ぐにでも、生活に、困るでしょう」

 

 「それで?」

 彼女は、私をずっと見ていた。

 

 「革取引で、ローゼングルセ商会は、今回、不正が、発覚、しましたが、その革の、数を、誤魔化すのに、文字の、読み書きが、出来ない、彼が、利用されたと、私は、思います。商業ギルドの、方に、連絡して、彼の、保護を、お願いします」

 

 「なるほどねぇ。それを何故、私に? 貴女なら商業ギルドの監査官様に直接その話が、出来るのではないかしら」

 「商業ギルドが、全て、やるのが、筋だと、私も、思います。が、監査官様が、彼を、扱うと、なると、まるで、革取引の、共犯として、扱いかねません。彼は、たぶん、口約束と、僅かな、お金で、騙されて、いたのだと、私は、思うので、町内代表様の、方で、何とかして、あげられない、でしょうか」

 

 要するに、私は彼女に根回しをして欲しかったのだ。

 

 監査官が部下に命じて取り調べさせたら、犯人に自供をさせる勢いでの取り調べになってしまうだろう。流石にそれは、あの朴訥(ぼくとつ)とした職人に直面させる事態ではないだろうというのが、私の考えだった。

 

 ……

 

 彼女は暫く考えこんでいた。

 

 「分かったわ。でもこれは、最終的にはブーゲンバウム監査官様と話す必要があるの。リカジに連れていかれたローゼングルセ商会のやっていた、革の闇取引と脱税に関して、ニッシムラさんが騙されて、巻き込まれていたとしても、彼の証言が必要になるのよ。それと、彼に今後、文字の読み書きを教える必要があるわね」

 

 なるほど。ローゼングルセ商会の大商いの裏に、脱税だけじゃなく、革の闇取引もあったのか。その革の供給源の一つが、文字も読めない、あのニッシムラだったのだな。

 

 「なにとぞ、なにとぞ、よしなに、お取り計らい下さいませ。お願いします」

 私は立ち上がって、深いお辞儀をした。

 

 「金階級の冒険者様に、そんなお辞儀をされたら、私もどう返していいか困るわ」

 そう言いながらも、彼女は微笑した。

 「貴女の言いたいことは、分かったから、任せて」

 

 「そう、それと、貴女はここから歩いてカサマに帰るの?」

 「この町で、荷馬車を、見つけるのは、難しい、ですし、そのつもり、です」

 「私の方から、エールゴスコ商会に話を通しておくわよ。明日の朝でいいかしら。デュラン雑貨屋の前でいいのよね」

 

 「それは、望外のお申し出。ありがたく、存じます」

 「いえいえ。商業ギルドのほうで、今、あの事件は問題になっているし、貴女のその情報は彼らにも有益だわ。これくらい、容易(たやす)いことよ」

 

 

 つづく

 

 町の代表は、何とかマリーネこと大谷の意向を汲んでくれそうである。

 そして思いもかけず、彼女は商会に馬車を出してくれるよう、頼んでくれるという。

 

 次回 そしてトドマへ

 エールゴスコ商会の馬車が迎えに来て、カサマに向かう、マリーネこと大谷。

 エイル村を出て、随分と日にちが経ってしまったのだった。

 

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