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200 第19章 カサマと東の街々 19ー39 マリハの町と細工の試験

 老人はマリーネこと大谷の作り上げた鎧を見て、とうとう昔話を始める。

 それは師匠であるリルドランケンとリットワースの間の事だった。

 

 200話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー39 マリハの町と老人の過去と試験

 

 リットワースは作業用の椅子に、どっかりと座り込んだ。

 そして深い溜め息。

 

 ……

 

 そしてリットワースがとうとう、観念したかのように喋り出したのだった。

 

 「お前は、まるでギルの息子が持っていた、()()()()()の様ぢゃ」

 

 老人はまた、溜息をついた。

 

 「世の中には、神様からの贈り物として、見ただけで同じものを造れる人物がおるのぢゃ。それは、もう見ただけで、まったく同じもの。寸分たがわぬ複製を作れる人ぢゃ」

 

 複製眼……。たしか、リルドランケンもそれをいっていた。

 

 あの時、リルドランケンは、二人いたといっていた。

 一人は第一王都のギルドマスターだといっていたはず。

 彼がギルドマスターを下りたのはそのせいだったのか?

 

 「その。新しく、第一王都の、ギルドマスターに、なった方が、リルドランケンお師匠様の、息子さん、なのでしょうか?」

 「全く、違うわな」

 リットワースは(かぶり)を振った。

 

 「そいつは、あやつの親友だった。それに、息子がギルドマスターになるなら、工房も、息子に渡せばよいのだ。工房を閉じる必要はなかろうが」

 

 もう一人は、たしか……。もういないと。死んでいるからだと、リルドランケンはいっていた。

 「リルドランケンお師匠様は、もう一人は、死んで、いるから、いないと、いわれました。つまり、その、死んだ、人が、お師匠様の、息子様、だった。そうだった、のですね?」

 

 リットワースはかなり不機嫌な顔だ。

 「ふん」

 リットワースは鼻を鳴らすと、黙ってしまった。

 

 これは。たぶん何か特別な事情がありそうだ。

 老人がその先をいわないという事は、たぶん訊いてはいけないという事だ。

 

 そこから先、訊くのも躊躇われた。話題を少し変えるしかない。

 「リルドランケンお師匠様と、リットワース殿は、どの様な、関係、だった、のですか?」

 

 リットワースは黙り込んでしまい、暫く目を閉じていた。

 

 それから、目を開けるとゆっくりと話し始めた。

 「ギルが、細工の正マスターになる、ずっとずっと前からの、話になるのぢゃ」

 

 老人は昔話を語り始めた。

 「儂は、鍛冶を学んでから、ギルの親父がやっていた工房に入ったのぢゃ」

 「第一王都で一番評判のいい、細工工房ぢゃった」

 時々、リットワースの目が宙を彷徨(さまよ)う。

 

 「ギルは、あいつは元は冒険者よ。二つ名まであったわな。氷のギオニールという」

 そうか……。それで、あの靴。足にぴったりとついて来る、柔らかい靴はそういう事だ。それに、あの古い、使い込まれた鎧。あれは、おそらく彼、本人の革鎧だったのに違いない。

 

 「じゃが、あいつは親父の跡を継ぐために、あの工房に入ったんだわ。あいつには、親父殿の血が色濃く流れておったのぢゃろうな。あっという間に細工の才能を見せたのぢゃ。それから暫くして、儂が作るもの、ギルが作るもの、その二つの流れで工房は大繁盛したのぢゃ」

 リットワースの目は、もうどこか遠くを見ているようだった。

 

 「第一王都一の出来栄えだったのぢゃわ。弟子も一杯きてな。入門者も多すぎて、断らねばならんほどぢゃ」

 そこで、リットワースは、溜息をついた。

 

 「ぢゃが。ギルが工房の親方、つまり親父ぢゃな。親父殿から工房を引き継ぎ、そこから、細工の正マスターにまでなって、更に結婚もして、子供も出来た頃には、仕事が忙しくなりすぎたのかのぅ」

 そこでリットワースは、再び暫し溜め息をついて目を閉じた。

 

 「ギルは、息子を工房に入れた後、自分の工房に来なくなり始めたのぢゃ。それで儂と幾度も喧嘩になった。息子は親父殿に似て、どんどん才能を見せ始めたのぢゃが。丁度その頃よ。儂はとうとう我慢ならなくなって、独立細工師の資格を取って、第一王都を出た。まだ、儂もギルも若かった頃よの」

 

 うーむ。とはいえ、リルドランケンは冒険者として名を馳せたあと、細工もやって、第一王都の正ギルドマスターにまで昇りつめ、結婚して子供もいるという状態だから、元の世界での感覚は到底、当てはめられないな。

 息子が細工ギルドに入ったというくらいだ。その頃で五〇才か、六〇才か。リットワースは何歳くらいなのだろう。ここマリハに来て工房を開き、それから結婚しているのだ。その時に三五才から四〇才くらいなのだろうか。鍛冶を学んでから細工に来たといってるしな。

 

 この異世界の亜人たちも、これまた長命。一五〇年くらいは楽に生きるのだろうか。

 

 「ギルは、そのあとぢゃな。夫人を病で亡くし、暫くした後ギルドマスターを降りて、本来なら息子に任せるはずだった工房をいきなり畳みおった」

 

 第一王都なら、そうとう優秀な治療師がいるはずだ。ましてや正ギルドマスターの夫人となれば、相当沢山の金階級の治療師を当てることが出来た筈だ。

 しかし、亡くなったのか。

 

 「流行り病、でも、あった、のでしょうか」

 リットワースは、僅かに顎を引いただけだった。

 

 「儂が、ここに来て工房を開いた頃は、あやつはギルドマスターだったか、どうか、何しろここからでは遠いでな。ギルはもうマスターを降りていたかもしれんな。あやつの奥方が亡くなったのを知ったのも、だいぶ経ってからぢゃった」

 老人は一度目を瞑った。

 溜め息を吐くと、再び目を開け、話し始めた。

 

 「ギルと息子との間に、どんな経緯(いきさつ)があったのかも、ここではよくは判らんわな」

 老人は遠い、遠い目をしていた。恐ろしく(へそ)曲がりな、厄介な老人の姿は、もうそこにはなかった。

 

 なぜ、リルドランケンがこのリットワースに私を預けたのか、何となく分かるような気がした。リルドランケンはこの目の前の老人の腕前を誰よりも信頼していたのだろう。

 

 ……

 

 「お前のことが手紙には、色々書いてあったわ」

 「とりあえず、夜は必ず、家へ帰せだの、きちんとした道具を持たせろだの。ふん。ギルらしいわな」

 

 そこで老人は一度私を見た。

 「儂に出来るのは、作業を見せる事と夜になる前に、お前を家に帰すこと。位だわな」

 そこで老人はまた溜息をついた。

 「儂が道具を持ってこいと言えば、お前は道具を自力で調達した。それも一流品を、な。全てを検分するまでも無かったわ」

 老人は私の細工道具箱を見つめていた。

 

 「その刃物に刻まれた銘は、な。国境の街、ルーガにいる名の知れた鍛冶屋ぢゃ。ゴドノス・ステットバーンというてな。本来は武器の方をやる刀匠ぢゃ。あいつが叩いた刃物で駄目なものを売る訳がない。それはもう、見るだけで判る」

 

 それから老人はまた私が作った革鎧を見た。

 「儂が、革を自分で用意しろと言えば、お前は極上品を取り寄せおった。儂が何か言うべき部分なぞ、もはや何もないわな」

 

 老人の顔は、もう今までの様な不機嫌さは、何処にもなかった。

 「お前のその器用さが本当に本物なのか、まだギルには少し疑いがあった様ぢゃがな」

 

 「それも、贔屓(ひいき)無しで儂の目で見定めよという事ぢゃった」

 「だから、儂はお前に、独立細工師になるならば、受けねばならん、試験を課すことにする」

 「同時に、お前の細工師としての全ての能力を注ぎ込んだものを、作ってもらわねばならん」

 

 「お前は儂が作った細工物を見ただけで造れるか、儂はお前を試さねばならん」

 「よいか。お前は、全力で複製してみよ。手を抜くことは許さん。わざと手を抜く様な事をしよれば、儂も分かる。それはギルに言うておく」

 「よいな。お前が神からの贈り物。複製眼持ちなのか、儂が見極めてやろう。同時に、お前が本当にギルを超える細工師の能力が、才能があるのか、儂が判断する」

 

 老人は、そういうと物置に行って、割と小さい箱を持ってきた。

 「この中にあるものを、複製せよ。ただし、六日。六日で真似て見せよ。寸分違わぬ物を造り出せるのか、儂に見せてみよ」

 

 箱を開けると、そこに在ったのは複雑な彫り込みが施された、水面から跳ねあがる魚。

 元の世界なら、鯉が跳ねているかのようなポーズである。魚、水面と飛び散る水等がホワイトメタル細工で造られていた。

 これを、たった六日で真似ろというのか。それも寸分たがわず。

 

 たぶん、元は何日かかったとか、何故六日なのか、とかは訊いてはいけないのだろう。

 そんな気がする。

 

 「分かりました」

 

 まず大きさを見て、必要になる錫と亜鉛の量を見極めることが出来ないといけないのだ。

 次は、これの型を造るために大きさが同じになるように、この造形の魚を彫らねばならない。それも、全力で、だ。

 

 型作りを二日。粘土で型を取って、型を乾かし、もう材料を流し込まなければならない。そして、冷えるのまで待って、取り出すのに一日。

 全体の彫り込みと似せる所までを二日。最終調整を一日。

 本当に、超特急でやらねば間に合わない。しかも、たぶん夜は帰されるだろう。徹夜は出来ないどころか、残業不可という、無茶振り。

 

 まず、全体を見る。溶接している場所を見極める。一発で型抜き出来ない形状だから、どれを溶接してあるのか。

 まずこの跳ねている魚は絶対に溶接だ。しかし表からは見えない。つまり裏側でやってあるのだろう。

 それを見せないように、木の台の上に固定されている。この台も額縁の様に、四辺が凝った彫り込み。

 これは最終日だと間に合わない。粘土で型を取ったあとの乾かす時間の間に、これを加工する必要がある。最終調整を最終日に行う。

 

 頭の中にずらずらっと予定が並んだ。

 

 「明日から取り掛かれ。今日は見るだけぞ。作業してはならん」

 「分かりました」

 これなら、もう少し見る事が出来る。

 見極めの目で、じっくり観察だ。

 

 そして夕方になると、老人が言った。

 「ああ、それから、その鎧は、お前のもんぢゃから、今日、全部持ってかえれ。ええな?」

 言われた通りにするしかない。鎧を革のシートに包んで結び、それを背負った。

 まあ風呂敷に包んだ荷物を背負うような物だな。

 

 

 つづく

 

 リットワースは、リルドランケンと同じ工房にいたのだった。

 その事実を知り、なぜリルドランケンがリットワースに自分を預けたのか、わかるような気がした。

 そして老人はマリーネこと大谷に細工の試験を課すのだった。

 

 次回 マリハの町と細工試験品の作成

 作るよう言われた、錫細工を全力で製作開始。

 

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