198 第19章 カサマと東の街々 19ー37 マリハの町と鎧革の仕入れ2
この町に一人しかいない革職人の元へ行ってみるも、捗々しくない。
以前、細工道具を頼んだ、商会にってみるしかない。
198話 第19章 カサマと東の街々
19ー37 マリハの町と鎧革の仕入れ2
私はこの服のまま行くべきか迷う。だが、行ってみるしかない。
町中を抜けて、南西に出る。
今日は良く晴れていて、空は快晴だった。
湖の方を見ると、港にあの立体筏の様なものが何艘も泊まっているが、湖面には船がなく、辺りは穏やかだった。
ここ、南西の方は人がほとんどいない。
辺りは家がほぼなく、周りは畑。
辺りの広い畑はまだ植物を植えていない。
林の手前か。やや北側。そっちを見てみると、もう林の縁というべきところに家が建っていて、小屋がいくつか連なっている。
あそこだな。
行ってみると、母屋と作業小屋という感じだ。
「こんにちわ。ニッシムラさん。いらっしゃいますか?」
……
反応がない。
ここで質のいい革と、鞣していない皮を入手したいのだ。
あとは革の紐と縫うための糸もあればそれも頼むつもりなのだが。
「どなたか、いらっしゃいませんか?」
作業小屋の扉が開いて、一人の男が出て来た。
黒味の強い茶色の髪の毛、眼の色は褐色。背丈は二メートルはない。
耳は僅かに尖っているが然程長くはない。短い方だろう。肌はやや褐色に近い、焼けた色だ。
男の顔を見て、私ははっとした。顔立ちが日本人に似ている。
こんな顔立ちは、この異世界において真司さん以外に見た事がなかった。
「あんた、誰だ。ここ、何の、用だ?」
男は私より酷い、片言の共通民衆語だ。
私は胸に手を当てて、挨拶をした。
「お初にお目にかかります。私は、マリーネ・ヴィンセントと言います。革を、扱う、職人を、探して、いまして、監査官様から、ここを、紹介されました」
笑顔で彼を見上げる。
「あんた、その、綺麗、服、汚れる。ここ、汚い」
「それは、構いませんわ。私は、質のいい、鞣した、革を、探しています。こちらで、買えると、聞いて、来た、のですけど?」
「欲しい、量、分からない。あんた、何、作る。いや、何、作らせる?」
「革の、鎧作りに、使うのよ。リットワースさんの、所で、二つ、作る予定よ」
男は暫し、無言になった。
……
あとは鎧に使う、分厚い布がいるのだが、ここで持っているのだろうか。
「ここで、鎧に使う、硬い、布は、扱って、いますか?」
「ここ、革、だけ。他、知らない。町、行く、それ、いい」
やれやれ。
こっちが、答えを待っていると、やっと彼は喋った。
「革、あそこ、作業場、持って、いけば、いいか?」
「そうです。お金は、先に、私が、ここで、払います」
「それ、困る。おれ、文字、読めない。書けない」
うわぁ。この人は今まで、どうやって商売してきたんだ。
「おれ、作る、革。商会、来る、買う。書類、全部、あの人、たち、作る」
「分かりました。個人では、買えないのね?」
「個人、売る、おれ、分からない」
まさか、こういう事だったとは、思いもよらない事態だ。
「分かりました。無理を、言って、ごめんなさいね」
「それでは、失礼します」
お辞儀をして、さっさと退散した。
まさか、文字も読み書き出来ない、片言しか喋れない男が革職人として商業ギルドの傘下にいるとは、想像だにしなかった。
そして、あの顔立ち。まさかなぁ。元の世界の人間がこっちに、他の人も飛ばされてきていたのだろうか。いや。耳は長くはないとはいえ、尖ってたしな。
完全に日本人という訳でもない。ああいう顔立ちの部族があるのかもしれない。
それにしても、どの商会なんだろう。いや、もう考えるまでもないな。
ローゼングルセ商会が、あの男の面倒を見つつ、革を扱っていたのだろう。
他に、皮を扱う商会は、ナイ。
そして今、ローゼングルセ商会は商売を停止中だ。
これは、もう一度エールゴスコ商会に無理を承知で頼むしかなさそうだ。
私は、町に戻る。中央の公園の所まで戻ると、昼時だった。公園の周りには人が出ている。
私は出来るだけ、走ってそこを通り過ぎて、一度町の役場のような建物の横を通り過ぎて、一本東の道に入る。そこから北に行けば、直ぐにエールゴスコ商会である。
入口の扉で一回、とんとん叩いて、挨拶した。
「こんにちわ。何方か、いらっしゃいますでしょうか」
直ぐに反応があった。
「いらっしゃいませ。おや、ヴィンセントお嬢様。ごきげんよう」
「はい。ごきげんよう。エールゴスコ様。また、お願い、したいものが、ございます」
「ははぁ。なるほど。どうぞ、中にお入りください」
扉を大きく開けて貰い、私が中に入ると、ここの店長であるラステッドが私の服を見ていた。
「お嬢様、今日は少し涼しげな服装ですね」
彼が満面の笑みで、言って寄越す。
今回は蒼いケープやスカートに白いブラウスと、蒼いスカーフだからだ。
「いえいえ。店長は、お上手ですね」
取り敢えず、軽く投げ返しておこう。
ラステッドが軽く笑いながら、この前にも座った長ソファーを薦めて来た。
「こちらにどうぞ、今、飲み物をお持ちします」
彼は奥の扉に向かった。
さて、ローゼングルセ商会が閉じている今、頼めるのは、ここしかないのだ。必要なものは全部頼むしかない、
ラステッドがお茶を持ってきた。例によって黒いお茶。それもかなり甘いものである。
「さて、お嬢様。前回の道具は、どうでしたでしょう?」
「はい。とても、いい、道具でした。ここに、頼んで、よかったわ」
「それは、わたくしとしても、たいへん喜ばしい事でございます。それで、今日はどういった物を、ご所望でしょうか」
「今回は、実は、革なのです」
「ほう」
「もう、ラステッド様も、ご存知とは、思いますが、ローゼングルセ商会が、暫くの間、閉じて、おりまして、頼める、商会が、こちらしか、ございません。ですので、無理を、承知の、うえでの、ご相談と、いうこと、ですわ」
「なるほど。まあ、そのあたりは監査官様から、この町の商会全員に訓示が出ておりましてね」
そこで彼は、黒いお茶を飲んだ。
「真面目な商売をするようにと。ね」
彼は少し笑い顔だった。
「エックハルト会頭が、監査官様の、要請で、リカジ街に、連れて、いかれた、とか、聞いて、きましたわ」
「はは。さすが、ヴィンセントお嬢様」
彼は一度そこで、言葉を切った。
「まあ、本来なら各商会の縄張りは荒らさないという、取り決めがありますが、一番なんでも扱ってるあの商会があのように謹慎処分では、この町の商売も困るというものです。ですから今は、当店で出来るだけの物は取り扱います。他の商会は専門性が高いですからね。雑貨もやってるうちのほうが、取り寄せやすいのは確かです」
「それでは、革を、お願い、しますが、他にも、あります。いいかしら?」
「はい。ちょっとお待ちを」
彼はまたローテーブルの下から皮紙とインク、羽根ペンを取り出した。
「どうぞ。書きますから」
「革鎧に、使う、革です。大きな、鞣して、ある、革を、四頭分と、鞣しては、ない、皮を、二頭分、皮を、縫う糸、革の紐。それと、膠の粉、鎧に、使っている、硬い、布。これで、全てです」
「ほう。革鎧を二つ三つ、作ろうかという量ですね。これを何処に、届ければよろしいでしょう?」
「あの。リットワースさんの、工房です」
ラステッドの顔が明らかに歪んだ。
「あの汚い爺の。いや失敬。リットワース細工工房に搬入、ということで、よろしゅうございますか」
「はい。あそこで、革鎧、二つを、作成、予定で、ございます」
「そうなると、普通の革では、あの爺さんが文句を言いだしそうだな。こんな安物を持ってきおって、誰がこんな物でいいと言ったのだ。これを寄越したのは誰だ! とか言って怒り出しそうですね」
そういって、ラステッドは笑って、黒いお茶を飲んだ。
という事は、たぶん過去にそういう会話があったという事だな。
早々、何度も革を搬入させてはいないだろうけれど、ローゼングルセ商会が持って行った革が、そういう事だった。というのはありそうだ。
それは商会同士の会合などでも、茶飲み話に出たとか、そういう事だろうな。
「仕入れる、心当たりが、ないと、いう事、かしら?」
彼は目を瞑って、少し考えていた。
「いや。大丈夫です。お嬢様。お任せください。少し時間がかかりますが」
彼は、そこで私の方を向いた。
「国境のルーガに、今は国境警備隊が多数配備されたでしょう。あれで、革の需要が上がってましてね。あの警備隊の人たちの革鎧は、専門の職人が王国のどこかから、派遣されてきましたが、革は基本的に現地調達。だいぶ、革取引が活気を帯びてまして、質のいい物のもあります。そちらで仕入れてきましょう」
「いくら位に、なります、かしら」
「今回は仕入値段が大雑把にしか判りません。一応、商会同士の価格表で見てはみますが、職人ごとの値段はそこには載ってませんからね」
「そうですか。では先に、概算の、値段で、払って、残りは、受け取る時で、いいかしら?」
「そうなると、仮契約書という形にしかできません。こちらで仕入れてきてから、ではどうでしょう?」
「急いでますの」
ここは勿論、笑顔だ。
彼は、少し困った顔だった。
「分かりました。仕入れてきてからの値段で、お嬢様がその金額を支払っていただけるのであれば、荷物を工房にお持ちした時に、売買書をお作りいたしましょう。それで、よろしいでしょうか」
「ええ。構いませんわ。日数は、どのくらい、かかるかしら」
「すみません。今回も、最短で五日です」
彼は立ち上がった。
「概算で、いくらになるかは、今見てきましょう。その金額より安くなることはありません」
「はい。お願いします」
ラステッドは奥の扉に消えた。
黒いお茶を飲んで待つ。
全部でどれくらいになるのだろうな。それと、あのニッシムラなる男性は今後どうなるのだろうな。ローゼングルセ商会が、もし、規模を縮小とかで革を辞めてしまったら、彼は上納する先を失ってしまうぞ。
まあ、それは、ここの町内会長や商業ギルドが考える事だな。
程なくして、ラステッドが出て来た。
市場平均価格の概算で八リンギレだという。
それって、自分の感覚では四〇万である。革は高騰してきているのだろうか。
やれやれ。
「では、明日から数えて五日です。今日は準備に当てて、明日には私も仕入れに向かいます」
「それでは、お願いします」
胸に右手を当てて、挨拶である。
「ごきげんよう、エールゴスコ様」
私は、スカートの端を掴んで右足を引いて、僅かにお辞儀した。
「ごきげんよう。ヴィンセントお嬢様」
彼も胸に右手を当てて軽くお辞儀した。
挨拶を終え、店の外に出た。ともかくさっさと雑貨屋に戻って、着替えよう。
歩きながら、考えた。
市場平均で八リンギレなら、一二リンギレくらい、覚悟しないといけないかもしれない。革が値段高騰なのか、硬い布が元々高いのか、どっちかはわからないが、もしかしたら、その両方か。とにかく想像以上に高いな。
これなら、自分で魔獣を刈り取って、その皮を鞣せば。とか思ったが、だめだ。
魔獣の大きさがまちまちなのもあるし、そもそも同じ魔獣で揃えないと、革の質や厚みが違ってしまうのだ。
うーん。この出費も仕方がないな。
つづく
いい皮を入手できそうではあるが、またしても数日かかる。それと価格もかなり高いようであった。
次回 マリハの町と複合鎧の完成
とうとう、お手伝して作っていた、革鎧は完成する。
頼んでいた革も届く。
制作の日々はあっという間に流れていく。