197 第19章 カサマと東の街々 19ー36 マリハの町と鎧革の仕入れ
マリーネこと大谷は、革鎧の製作を開始。
自分で、鎧を作りながらも、老人の作っている鎧の手伝いもしなければならない。
そんな日々の中、商業ギルドの人たちが工房を訪れていた。
197話 第19章 カサマと東の街々
19ー36 マリハの町と鎧革の仕入れ
翌日。
雑貨屋に置いておいた、メジャーと物差しも今日は持ってきた。
私も鎧を造りはじめる事になった。
まず、革の大きさを測る必要があるのだ。
木偶人形に載っている革鎧をメジャーで測る。とはいっても大雑把だ。
あとは目測。見極めの目で、大きさが同じになるようにしなければならない。
材料の革はリットワースの作業場に出してあるものを使っていいというので、遠慮なく、加工済みの革を厳選する。既に十分に鞣してある革と膠の染み込んだ固い皮だ。なんだかんだ言って、リットワースもこの膠の染み込んだ皮をかなり使っている。
帆布の様な布も、物置から出してくる。切るための鋏は道具箱に揃っているから全く問題ない。。
いよいよ、革の鎧の製作開始である。
革を切り出す所から。
第五節、下後節の月、第三週。
毎日毎日、リットワースの小言を貰いながら、彼の手伝いもする。
彼が五角形に切り出す所を見て、同じようにノミでもって、切り出していく。
無駄が出ない様に、上下逆さまのジグザグだ。これに更に縫い付ける為の穴も開けねばならない。錐で開ける。かなり地味な作業である。
自分で作っている鎧の方もやらねばならない。
……
翌日。
この日は、朝から商業ギルドの男性が三名来ていた。
みんなタオルを持って、口を覆っていた。
余程臭いのだろうな。私はもう、この老人の匂いには慣れてしまっているのだ。
監査官は来ていない。
まあ、そうだよな。一々、現場に来ることはないのだろう。
しかし、作業場からかなり離れた場所に、警備兵が三名来ていた。
警備兵たちは皆、あの口を描いた面頬をしていた。ここの外の匂いですら、彼女らには、異臭なのだ。まあ、タンニン釜とかもかなり匂いが出ているし、臭くないと言えば、嘘になる。
リットワースと男たちが何かを話し合っているが、リットワースの機嫌が、あまりよろしくない。時々母屋の方にいって、何かの書類を持ってきては、それを見せている。
二人の男が、作業場や倉庫を調べ始めた。
何かの、抜き打ち監査とか、そういう事だろうか。
だいぶ経って、昼頃に男たちは帰って行った。
そんなのを見ていると、作業が遅れてしまった。
鎧の制作、続行。
……
更に数日。
とうとう、夜にやっていたツナギの作業服が完成する。
服のボタンは、この雑貨屋にあるものを、頂戴した。
というか、エイミーが大量に持ってきたのだ。ボタンがいるならこれを使ってね、といって。ボタンの数で姉妹が言い合いしたのちに持ってきてくれたのだ。
レミーとエイミーが見ている前で、この服に着替えた。
濃い紫の厚めの布で作った作業着で、背中の所で上下が繋がっている、自己流のツナギ作業服である。
きちんと襟が付いているが、襟のすぐ下にボタンはない。袖はきちんとボタンを付けた。
「マリーが、なんだか、ちゃんとした工房の細工師に見えてきたぢゃん」
「エイミー。マリーはちゃんと職人なのよ」
そう言いながらもレミーも笑っていた。
翌日。
完成した作業着を着て工房へ行くと、老人は私の服が変わったことに関して、何か言いたげだったが、私を睨んだだけだった。
老人は相変わらず、強烈に臭い襤褸を纏っているだけだ。
工房では、老人の小言を聞きながら、五角形の鱗づくりと、自分で作っている方の革鎧だ。
夜は、更に服の作成だ。今度は艶のある、やや赤みのかかった紫の布で、凝ったブラウスを作成開始。
……
さらに数日が経過。
革鎧はまだ作成途中。
夜なべで作っていたブラウスも完成である。ボタンは、勿論この雑貨屋にあるものを使わせていただいている。
そして、夜の作業は上着の作成を開始。
今やっている革鎧は、やっといい感じになって来た。
……
更に数日が流れる。
朝、工房に行くと、いきなり老人が私を見るなり、小言だ。
「おみゃあはまだ、他にも作るつもりか? そんなら、ここにいてもよいが、ただし、材料は全て、自分で用意ぢゃ。ここの皮をつこうてはならんぞ」
「わ、わかりました。革の、仕入れに、行ってきます」
何と言うか、朝から機嫌が悪いな。
自分で更に作るなら、材料は自分で仕入れてこいってか。
細工道具の時と同じだな。多分だが、私は試されているのだ。
これはもう、仕方ない。皮と帆布の様な布を、何処かで買うしかない。
服装はちゃんとする必要がある。服装次第で、相手の反応が違うからだ。
まずは雑貨屋に戻る。
今日は二人とも店番をしていて、カサンドラは裏庭に行って、家庭菜園を弄りまわしていた。
レミーとエイミーは店の棚の埃を叩いている。
「あら。マリー、早いお戻りね?」
レミーが声をかけてくる。
「ただいま。レミーお義姉さん、エイミーお義姉さん」
「マリー、まーた、あのお爺ちゃんが、なんか言い出したんでしょう」
エイミーがやって来た。
「はい。皮と、丈夫な、布を、買って、こないと、物は、作らせないぞって、いうので、仕入れて、きます」
「あー、あの爺ちゃん、道具は貸さんぞ、に続いて、こんどは、場所しか貸さないぞぉ。ですね」
エイミーがお道化て、そんなことをいう。
「はい」
姉妹の二人は笑っていた。
「それで、お店に行くのね。何処に行くのか、もう決めてあるの?」
そう言ったのはレミーだ。
「余り、使いたくは、ないのですが、ローゼングルセ商会に、いってみます」
「そう。気を付けてね」
「着替えてから、行ってきますね」
白いブラウスと、濃紺のスカート。そしてケープ。ハーフブーツと、あとはトークンやコインの入った小さいポーチ。
首には階級章とそれを隠すように、うす蒼いスカーフだ。これでいい。
町の中央まで歩いて行く。まだ、午前で中央の広場には人が少ない。
人に見られるのも、あまり嬉しくはないので、まずあの三階建ての商業ギルドの建物の所にいき、それからローゼングルセ商会を探した。
商業ギルドの建物から少し南にやや大きな建物があり、上を見るとローゼングルセ商会と書かれている。ここだな。
しかし商会は閉まっていた。扉は固く閉ざされているし、呼びかけても反応がない。
まず、人気がないのだ。この商会に、何かがあったのだ。困ったことに。
誰もいないというのが尋常ではないな。まさかとは思うが、倒産したのだろうか。
……
こうしていても、埒が明かない。これはもう監査官に合うしかないだろう。
これの事情を詳しく知っているのは、商業ギルドの一角をなす商会の事だから、監査官だ。町内代表よりは確実に知っているはずだ。
困ったことがあったら、来なさいといってたことだし、頼ってみるしかない。
直ぐ近くの商業ギルドの会館に向かう。
まずは商業ギルドの会館に入るか。階段を上って、ドアを開ける。
男性が一名、中にいた。
右手を胸に当てて、上を向く。
「私は、トドマの、冒険者ギルドの者です。お初にお目にかかります。マリーネ・ヴィンセントと、申します。クーペリカ・リル・ブーゲンバウム監査官様に、会いに来ました」
「何用だ」
私はにっこりと笑顔だ。
「監査官様に、お話を致したく思います」
「暫し、待たられい」
男は、奥の階段を上がっていったようだ。
……
暫くすると、監査官が階段を下りて来た。
私は右手を胸に当てた。
「監査官様。おひさしゅうございます。マリーネ・ヴィンセントでございます」
それからスカートの端を少しだけ持ち上げ、右足を引きながらお辞儀。
「ヴィンセント殿。おひさしゅう。さあ、どうなされた」
「少し、お聞きしたいことが、ございます」
「まあ、ここではなんだ。奥の部屋に行って聞こうではないか。ヴェルケン。飲み物を頼むぞ」
監査官は、横にいた男に飲み物を持ってこさせるように言うと、歩き出した。
「はっ。承知いたしました」
男は、急ぎ足ですぐ先の横にある部屋に入っていった。
私はとにかく、監査官について行く。
奥の部屋に在ったのは、広い窓。座面の低いソファーと低いローテーブルである。
この辺りの調度品は、この東の商業ギルドでほぼ一致していて、標準的な物らしい。
私は入ってすぐのソファーに座った。監査官は奥のソファーだ。
「さて。ヴィンセント殿は、何を聞きに来たのだろうね」
「はい。私が、お伺い、したいのは、二点、ございます。一つは、ローゼングルセ商会の、事で、ございます」
そういうと監査官の顔が急に張りつめたものに変わった。
その時だ。ノックの後に、扉が開いて先ほどの男が、トレイに器を二つとポットを載せて、入って来た。
「お持ちいたしました」
「ああ、客人から先に出してやってくれないか」
「はっ。承知いたしました」
薄緑色の器。そこに色合いも鮮やかな朱色のお茶が注がれた。
これは。リカジ街の商業ギルドで、ランドリアーニ監査官と会った時に出されたものと同じだった。
湧きたつような薫りで、甘く、シナモンに似た薫りが混ざっているのだ。
男は監査官の方の器にも注いで、それからポットをそこに置くと、一礼して出て行った。
監査官は、この熱いお茶を飲み始めた。
「まず、事実を簡単に言っておく。エックハルトは……。ああ、あの商会の会頭の事だが、商業取引の不正を行ったのだ。ごく簡単に言えば、以前にあった革問屋との間での取引に不正があったのだ。リカジ街の方から連絡があり、徹底した監査の結果、数度の脱税があることが分かった。それで、あの商会には一節季の間、謹慎処分を出したのだ」
「それで、お店に行っても、誰も、出ない、のですか」
「ああ、彼ら一家はリカジ街のエメリアが更に取り調べするとかで、あっちに向かったのだ。店の方も、現在は閉鎖中だな」
そう言って監査官はお茶を飲んだ。私も飲む。
「困りました。私は、今、革が、必要なのです。ブーゲンバウム監査官様。もう一点とは、この町で、革を、扱っている、お店を、ご存知ない、でしょうか?」
「この町では細工ギルドの支部もない。かといって、革専門の業者も……」
そこで彼女はいったん言い淀んだ。
「いや、一人いる……。適切かどうかは判らんがな。パクシムス・ニッシムラという、革職人だ。そいつも商業ギルドの傘下なのだ」
「どちらに、住んで、おられます、でしょうか」
「ああ、南西の方にある林の少し手前、やや北側だが、一軒しかない。行けば分かる」
そこでまた、監査官はお茶を飲んだ。私もお茶だ。
さて、その革職人に会い、革を売ってもらえるのか、訊いてみる必要がある。
「どうもありがとうございました」
私は立ち上がって、深いお辞儀である。
「ああ、こんなことは雑作もない。まさかあのローゼングルセをどうにかしろいう話では無かったようなのでな。あれは、そう、ある意味、既に私の手を離れているのだ」
そう言って、監査官は立ち上がった。
「何かあれば、また来なさい。ヴィンセント殿」
「ごきげんよう。ブーゲンバウム監査官様」
「ああ、ごきげんよう。ヴィンセント殿」
とりあえず、商業ギルドの会館を出る。
つづく
とうとう、自作のツナギ服も完成して、それを着ていくマリーネこと大谷。
現在作業中の鎧以外に、更に別に鎧を作るには、材料は自分で用意せよと言われ、革の調達もしなければならなかった。
次回 マリハの町とマリハの町と鎧革の仕入れ2
革職人の元へ行ってみるも、捗々しくない。革の入手が難しいようである
結局商会に頼みに行くマリーネこと大谷。




