表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/306

196 第19章 カサマと東の街々 19ー35 マリハの町と揃った道具と革鎧

 老人はマリーネこと大谷の持ってきた道具を見ても、いいとも、悪いとも言わなかった。

そして老人は複合鎧を完成させた。


 196話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー35 マリハの町と揃った道具と革鎧

 

 第五節、下後節の月、第二週。

 一日目。

 朝は何時もの通り、ルーティーンで、鍛錬だ。

 朝食を戴いた後は、買ったばかりの道具箱を肩に掛ける。

 ベルトが長すぎるな。相当、短くしてから袈裟懸けである。

 レミーたちが笑っていた。多分見た目が相当アンバランスなのだろうな。

 

 まあ、しょうがないよな。箱を背負ってもよかったのだが。

 革袋に入っている木槌だけ木箱に移し、(のこ)や『やっとこ』、坩堝(るつぼ)などの道具は置いて来た。

 

 朝、まだ人はほとんどいない。

 港が閉じているし、外の町との往来も出来ないとあっては、みんなこの時間は、まだ家の中のようだ。

 町中を走り抜け、公園を通り抜けて、南西にある畑の横の道を走る。

 森の中に入っていくと、工房も間近だ。

 

 さて、細工道具があれば、リットワースの工房に堂々といけるのだ。

 工房の作業小屋に入ると、老人は相変わらず、無言で複合鎧を仕上げていた。

 もう、ほぼ完成に近い様に見える。

 「おはようございます。リットワース殿」

 返事がない。

 

 暫くして、老人はこっちを向いた。

 「おみゃあ、道具はどうした。持ってきたのか? へんなもんで道具だとぬかすようなふざけた真似しやがれば、もうここにいれんぞっ」

 「はい」

 私は革ベルトのついた箱を下ろすと、彼は箱の前にやって来た。

 

 「ふん。随分と気張りやがって」

 そう言いながら、彼は上の段を開けた。

 彼は目を細めた。

 

 そこに入っているのは、木工用彫刻刀である。それと革専用の大小の鋏。布用の鋏もここに革の鞘に納めてあり、その横には革用の縫い針。

 その段の中ほど、丁度中央の位置に彫刻刀を差し込む様に出来ている革が取り付けてあって、箱を揺らしたくらいでは、ばらばらにならないようになっていた。

 そうして、全ての彫刻刀とノミが収まっていたのだ。

 この道具を作った工房の人たちが、専用で作ってくれたものだ。

 

 次の段は金属用彫刻刀。そして、金属用の型に使う、先が平たい棒や丸い棒。これは別に専用の革の容れ物に入っている。それが一緒に収めてある。

 一番下の段はノミである。それと今朝追加した木槌。

 

 彼は、ノミを一本手に取った。握ってから刃先と柄のつけ根になる部分を睨んでいた。

 

 暫くして彼はノミを戻し、他の刃物を一瞥しただけで、箱を閉じた。

 「ふん。おみゃあにこれが使えんのか。それもこれからぢゃな」

 そういうとまた、老人は作っている鎧の方に戻った。

 

 私が持ってきた道具をいいとも悪いとも言わない。

 こういうあたりは、何かを作っても、いい悪いを言わない、リルドランケンと同じだ。ただ、帰れとは言わなかったので、まあ、問題ないはずである。

 

 細工道具は持って来たものの、やれる作業が見当たらない。

 私はどうやら、老人がやってあった、タンニンの入った釜に漬け込まれている皮と膠水に漬けられた皮を見守る作業になった。

 

 やれやれ。

 

 時々、老人の後ろの方で、彼の作業を見守る。

 夕方になると、相変わらずだが、寝るといって家に帰されるのだが。

 

 「わしゃあ、もう寝る。おみゃあは、けえれ」

 「おみゃあ。その道具はおいてゆけ。毎日持ち運ばんでもええ。それを置いてさっさとけえれ」

 荷物になるから、置いてゆけということか。

 

 雑貨屋に戻れば戻ったで、夕食後はツナギ作業服の製作を続ける。

 

 翌日。

 

 相変わらず、タンニンの入った釜の皮を見守るのと、膠水に漬けられた皮の様子見。

 あとは時々、老人の作業を後ろから見守るのみ。

 夕方になると、相変わらずだが、寝るといって家に帰される。

 

 夕方に家に戻る途中、町の中が騒がしい。

 どうやら、昼過ぎに漁港が開かれたらしく、夕方に揚がって来た魚が中央にある公園で売られていた。

 公園の辺りで生臭い匂いが漂う。そこには女性が大勢、買いに来ていた。

 まあ、暫く港も閉じていて活気のない状態だったので、今日は買い物客で、ごった返し、元気いっぱいという感じだ。

 

 この日の夕食は、あの塩漬けの魚の切り身だ。それと家庭菜園の野菜を茹でた物らしい。よく判らない葉っぱの甘酢掛け。

 

 さて、夕食後からやる作業は、ツナギ作業服の作成続行である。

 

 翌日。

 

 完全に、港を開けるようになったわけではないらしい。

 今日は港の方は、門は閉じていて、数名の警備隊が歩いているだけだった。

 要するに食糧事情を鑑みて、一日だけ、それも昼前に開けて夕方までだったようだ。

 

 老人はとうとう複合鎧を完成させたようだった。

 彼はまず鎧を全て木偶に着せてから、全体を眺めている。私も後ろからそれを眺める。足の方も手厚く作りこまれており、全身複合鎧である。

 

 これは鉄の板を彼方此方仕込んだ、私がいう所のブリガンダインの全身バージョンである。元の世界のブリガンダインは、本来上半身だけなのだ。

 老人は、鋲を打った場所を中心にして油を塗り始めた。革全体に油が浸透していき、色が変わっていった。

 

 ……

 

 この老人の腕がいいのは、解っている。打たれている鋲も美しく揃っていた。

 垂れの部分は、全て薄い板金だ。こういうのはラメラーアーマーとかいうのだが、ここでは、複合鎧の一部となっている。

 足の方も薄い板金だった。

 

 完全に薄い金属板で胸鎧を作るロリカ・セグメンタタ(※末尾に雑学有り)は、古代ローマ帝国の板金鎧なのだが、この異世界では作っていないのだろうか。まあ、他の国や地域では作っている可能性もある。

 

 

 細かく見ておこう。

 このブリガンダインの様な鎧の上に、更に革の前垂れを首の下から付けるらしい。

 それが横に置いてあった。たぶん、その前垂れには紋章などが入るのだろうな。

 全体の重さはどうなんだろうとは思うが、その辺は鎧の発注者の希望なのだろう。腰のあたりから下もよく見ておく。

 

 太腿、膝、脛当ては踝までだな。靴の方はこの鎧の範疇ではないらしい。

 それと、ずっと気になっていたのだが、兜がない。作っていないのだ。元の世界の古代では、かなり昔から兜があるのだが。

 

 もしかしたら、金属製の兜は、専門の鍛冶屋が作るのかもしれない。

 

 

 さて、皮は干せというので、(なめ)し作業の終わった革を干していく。

 (にかわ)水に漬け込んだ皮も、丁寧に洗って干す。

 

 ……

 

 翌日。

 朝に、中央広場から南を見ると、もう港は開いていて、朝の早い漁師たちが船を出していた。町の北側の門もあけられている。

 どうやら、平常状態に戻ったらしい。食料もまた、普通に買えるだろう。

 

 工房では、老人はとうとう革の鎧を作り始めていた。

 私が膠を染み込ませた皮を使っている。

 

 さらに数日後。

 

 老人の革鎧はもう半分くらいは出来ていた。

 鞣した皮は、手元にあった物だろう。それを切って、大分縫い合わせてある。

 これは見ておかねば。

 

 今日の作業は、膠の染み込んだ皮を五角形に切って、下の方から、一段上がるごとに、半分ずらして、縫い付けていく。

 尖った部分を下の方に向け、並べていくのだ。これは皮で造ったスケールアーマーだろう。しかし、まだ、全然途中だ。

 

 元の世界では、これを薄い木材で作るというのが、かなり昔、中国の方であったらしい。

 木材だから、武器が当たれば砕けるのだが、材料はいくらでもあるという訳だ。

 修理する方は、たまったものではないだろうな、とは思うが。

 西洋の方では、勿論これを薄い板金で作って、厚手の革に下から縫い付けて行った訳だ。

 

 とにかく、延々とノミで膠の染み込んだ皮を切っていく作業だ。

 

 翌日。

 リットワースは完成している革鎧を物置の奥から出して来て見せた。

 木偶に載せ、全部を着せた。

 

 今やっているスケールアーマーではない雰囲気だが。

 これは、ここ最近のもので北の隊商道で売られている物と同じだという。そうであるならば、じっくり観察することにした。これはリルドランケンが作って見せた革鎧とは、彼方此方がだいぶ違う。

 

 まず、帆布の使い方が違っている。帆布を全体に渡って入れており、一部は、何重にも重ねてある。革の縫い合わせがこれまた、二重ではなく、中に薄い革を入れて帆布と合わせてあるのだ。つまりこの時点で三重である。縫い目の断面を見る限り、それが分かる。

 

 更に胸の部分と鳩尾部分には、厚く何重にもした帆布を入れた革のブロックを縫い付けている。どうやらその中にも、仕掛けがありそうだ。たぶん、膠を染み込ませた皮が入れてあるのだと思われた。

 

 「おみゃあ。なんかわしに訊くことは、にゃあのか」

 「胸の、厚い、部分、は、中の、構造が、判りません」

 そういうと老人は、また物置小屋に行った。

 

 「ふん。そんなこったろうと思うたわ。ほりゃ。これを見るがええわさ」

 老人が持ってきたのは、何故か刃物を受けて壊れた胸部である。どう見ても対人での斬り合いだろうか。

 たぶん、これを修理してほしいと持ち込まれたが、この部分は丸ごと作り直したのだろう。

 

 革が中央で、ざくりと切れていて、中が見える。

 この部分は、周りの縫い目を解くと、この部位の交換か修理が容易くなるようにしてあるのだ。なるほど。

 中身は、四段に重ねた膠の皮で、その間に帆布のような布を挟んでいる。

 これで刺し通されたら、それはもう致命傷という事で、それを幾らかでも防げるようになっている。

 これは、どちらかといえば魔獣の牙ではなく、剣の斬り合いや槍に対する抵抗の様にも見えた。

 何となく、この造り全体は魔獣向きではないのかもしれない。だとしたら、ここに鉄板を入れるのも、ありだろうな。ただ、北の隊商道では雷持ちの魔獣が多いから、中に鉄を使っていないのだ。

 

 「おみゃあ、よく見たか。そいだら、おみゃあは、これとおんなじ物を作れ。ええな。皮はここの物を使え。この布も、物置にあるからそれを使え」

 

 どうやら、とうとう、私に試験が出されたらしい。

 

 「おい。さっさとやれ」

 老人から怒鳴り声が飛んできた。

 まずは鎧の大きさから、どの程度の材料が必要か、推し測らねばならない。

 それと大きさだが、これはメジャーを持ってきた方がよさそうだ。

 まずは上半身の作りをよく確認する。

 

 

 つづく

 

 

 ───────────────────────────

 大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ ロリカ・セグメンタタ ─

 

 ロリカ・セグメンタタとはラテン語である。

 曲げた鉄板で作られた板金鎧の事であるが、この言葉そのものは、実は一六世紀になって、ヨーロッパで古代ローマ時代の鎧の事をこの様に呼ぶようになってからの事である。(実際には、古代ローマ時代のラテン語の発音に合わせて、ローリーカ・セグメンタータという)

 

 これは古代ローマの軍団兵に支給された鎧のことで、曲げた金属の板を重ねて作られた甲冑である。

 映画などでも有名であり、こうしたローマ軍団兵士の鎧姿を見る事が出来る。

 実は、有名なわりに用いられた期間は短く、大々的に採用されたのは一世紀から二世紀半ば。

 その後は改良されて姿が変わりつつ、三世紀の後半まで使用されたと考えられている。

 当初は全員に支給されたものでは無かったようで、まずは将軍クラスから始まり、徐々に下の階級の兵士にも支給されて行く。その過程で、生産性の向上なども図られて行ったものと思われる。

 

 この鎧の特徴は、まず様式美にも拘る古代ローマ帝国らしい、極めて整ったデザインとなっている。要するに防御一辺倒ではなく、見栄えも十分に考慮しているのだ。

 素材はただの鋳鉄ではなく、恐らくは何かの合金であろう。映画などでは銀色に輝いていたりするが、現実はこれほど輝いていたかは定かではない。

 

 その鎧は、まず細長く切った板金を横にした状態で、湾曲させて肩や上腕を覆う。

 そして腹部や胸部も体の線に合わせて、横にしたものを湾曲させている。

 

 体の前は横に倒した金属一枚ではなく、中央で分割することで、体の動きによる変形にある程度対応するようになっている。それは胸部分や、背中の全体、特に両肩部分に見られる。

 なお、腰より下は覆っていない。前垂れは、厚い革に鋲止めしたものが使われていた。

 

 板は上から下へと覆いかぶさるように出来ているので、製作は勿論下から上と重ねていった筈である。

 肩の後ろはやや短い板で水平方向に張られている。

 これらの板金は真鍮製の止め具を使って各部を繋げ、最終的には革製の紐で結び止めるようになっていた。

 

 甲冑としての機能は高く、打撃や刺しこむ攻撃にも有効。細い板による板金構造の為、体の動きに合わせて板が動き、柔軟性もかなり高かった。

 また板で出来ている部分を折りたたむことも出来たため、小さく纏めて運ぶことも可能だったという。

 

 反面、頻繁な手入れが必須であった。

 これは金属のイオン化傾向が異なる異種金属同士の接触部分はガルバニック腐食によって直ぐに錆びていくからである。鍍金(めっき)が未発達の時代では、常に表面に油を塗るしか、錆から守る方法がなかった。

 

 この種の鎧は、着るにも脱ぐにも、一人ではできない。しかし、凝った装飾はないので、装着自体はそれ程時間のかかるものでは無かった。

 一方、凝った造りの革鎧もまた、一人ですぐに着る事は出来なかったために、即応性という意味では、どちらも大して変わらない。

 革鎧も後ろで革紐を結ぶものは、一人で着脱出来ないのである。

 

 この板金鎧の最大の弱点は、錆に弱いという点であろう。

 次点として、金属板が胸にぴったりくっ付く構造の為、息苦しいというのはあったようで、革鎧と比べるとそこははっきり劣っていた。つまり、戦闘時以外では、できるだけ脱いでいないと、休憩も取りにくかったようである。

 

 

 湯沢の友人の雑学より

 ───────────────────────────

 

 そしてとうとう、老人はこれと同じものを作れと、命令してくるのだった。

 どうやら、マリーネこと大谷に、鎧が作れるのか、老人が出した試験である。

 

 次回 マリハの町と革の仕入れ

 マリーネこと大谷は、革鎧の製作を開始。

 自分で、鎧を作りながらも、老人の作っている鎧の手伝いもしなければならない。

 かなり忙しい毎日となった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ