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195 第19章 カサマと東の街々 19ー34 マリハの町と揃った道具

 昼前になって、とうとう細工道具が届く。

 道具を確かめるマリーネこと大谷。


 195話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー34 マリハの町と揃った道具

 

 第五節、下後節の月、第一週、六日。

 

 朝起きて、何時ものルーティンを終えて朝食も済ませてから、私は裁縫に専念していた。

 まだ、昼にはならない時間に、外に馬車がやって来た。

「多分、この雑貨屋のようだぞ。相棒」

 外で声が聞こえる。荷物が届いたのだ。

 

 急いで二階に行き、着替えることにした。お嬢様姿で購入したのだ。受け取るときも同じ様にしないといけないだろう。

 

 白いブラウス。茶色のスカート。首に白いスカーフ。ハーフブーツ。

 お金の入った、小さいポーチ。それと封印された皮紙。

 

 やっとの事で下に降りていくと、声がする。

 「こちらにヴィンセント様がいらっしゃるとのこと、荷物をお届けに参りました」

 雑貨屋を出て、胸に右手を当てて答える。

 「わたくしです。エールゴスコ商会の、方かしら」

 

 男が深いお辞儀をした。

 「良かった。店長が、急ぐように言っていたのですが、街道が、酷い状態でしてね」

 「何か、ございましたか?」

 「国境警備隊が凄い人数の犯罪者を引き連れてまして。今までに見た事もない様相です。それが国境の街の手前で野営していたのですよ」

 

 そこにもう一人が口を挟んだ。

 「街道が塞がっていて、通るのに警備隊の人が、あの酷い状態の男たちをどかさないと、馬車が全く身動きできませんでしたよ。お嬢様」

 「それはそれは。大変でしたわね。ご無事で、よろしゅうございました。輸送の任務、ご苦労様でした」

 私がねぎらいの言葉を掛けると、男たちはもう一度軽いお辞儀をした。

 

 これは、判ってはいた事だが、やはりマカマの狼藉者はともかく、浮浪者たちは犯罪者として扱われていたのだ。となれば、今頃は国境の外に追放になっているだろうか。

 

 ……

 

 男たちは二人で幌馬車の後ろに回り、荷物を降ろして持って来た。

 品物の検分をしなければならない。

 

 「お嬢様。こちらの品物票とそちらの品物票に違いが無い事を、お確かめ下さい」

 まずは、そこからか。

 二つの書類は、ぱっと見でも違いはない。

 刃物の数などに注目。何しろ()()()()()()()()()()。のたくったようなミミズ文字だから、そこは注意する。

 

 買い物リストに記載されていたのは次の物だ。

 木槌、一本

 手鋸、一つ。

 小型の移植籠手、一つ

 坩堝、四つ。内訳は大が二つ。中が一つ、小が一つ。

 掴むための『やっとこ』が一つ。

 手袋が入っていないが、まあ、使うための手袋は自作したのがあるし、買ったものでは大きさが絶対に合わない。

 

 木材加工用彫刻刀、刃先が違う物が八種類。各一本。一種のみ二本。計九本。

 金属加工用彫刻刀、刃先が違う物が八種類。各一本。一種のみ二本。計九本。

 どちらも、どれかが一本多いらしい。

 

 木材加工用ノミ、刃先の幅や形状が異なる物が八種類。各一本。

 革用縫い針、極太の物、三本。中太、三本、太針三本。

 革用待ち針、太針三〇本。

 革用千枚通し、一本。

 革用の太糸。色は茶色。太さ二種類。計二つ。

 革用指抜き、二つ。

 大きな錐、先端形状が異なる四種類。計四本。

 小さな錐、先端が尖っている物、一種 計一本。

 先端が平たい棒で、その平たい部分の幅が違うものが五種類。

 球状の物が付いたのが五種類。計一〇本。

 鋏。革用の長い物と短い物。計二本。

 布用の長い物と短い物。計二本。

 最後は平たい、長い板、一枚。

 

 以上である。

 

 「書類は、同じようですわ」

 私がそう言うと、男は頷いて大きな木箱を開けた。

 中から品物を次々、取り出した。

 それらは殆どの物が布か、革で覆われていた。これを検分する。

 

 手鋸はどうやら、木目に対して横引きする、普通の鋸である。革のケースが付いていた。

 あの時、店主がこれもいるといって足したものは、先端が平たい長い棒で、その平たい部分の幅が違うものが五種類。

 球状の物が付いたのが大きさが違うものが三種類。

 それとやや楕円で、先端が少し細いの物が一つ。あと一つは涙滴型(るいてきがた)と言うべきだろうか。所謂ティアドロップ型だ。これは付き方が逆で、尖っている方が先端になっている。


 たぶん、粘土の雌型にこれで、凹み加工を付けるのだ。

 

 彫刻刀の方は、大きなナイフのような形状の物が二本ある。これが一種のみ二本とかいてあったやつだな。

 まったく同じ物かと思ったら、微妙に角度が違う。なるほど。

 これは金属加工用の方にも、微妙に角度が違う刃先の物が入っていた。

 こっちは木工用より金属部分がかなり長く刃が付けてある。

 これは要するに、減ってきたら、直ぐに研げという事だ。ノミも金属部分がかなり長い。同じ理由だろう。

 

 木工用の方もそれなりに金属分は長いが、あまり長くすると扱いにくい。

 その辺はある程度妥協だ。

 これらは長く使えるように、との事だろう。常に研いでいけば、減り方も早いからだ。

 

 全ての刃物を一本ずつ、検分する。見極めの目。

 金属は全て均等な密度であり、焼きの入れ方も適切で、相当丁寧に叩かれ作られたことが判る逸品だった。

 あの値段だったので、どんな物が来るやらと思ったが、値段通りのいい物が来たようだ。

 

 「お客様。これらの品物はどうでしょう。ご希望に沿えていましたら、幸いです」

 「申し分ないわね。とても、いい刃物、ばかりだわ。腕のいい、職人の、いる、仕入れ先を、お持ちの、ようね」

 私は笑顔を見せた。


 「それはそれは。有り難きお言葉。店長も喜ばれると思います」

 「そう、じゃ、残りの、代金、この場で、お支払い、いたしますわ」

 

 私が硬貨を数え始めると、もう一人の男が、やや小ぶりな、しかしきちんと作りこまれた、小物入れ風の木箱と、持ち手のついたやや大きめの革袋を持ってきた。箱の方には肩掛け用の革のベルトまでついている。

 

 「お嬢様。僭越ながら、今回の刃物を制作した職人の工房からの贈り物とのことです。新しい細工職人の門出を祝うとの事でした」

 そう言って、その男は頭を下げた。

 

 「ありがとう。遠慮なく、頂いておくわね」

 男は箱を開けて、その中にどんどん道具を入れていく。

 木槌や手鋸は革袋の方に入れて行った。

 

 それを見ながら、もう一人の男に一七リンギレの硬貨を渡した。

 この売買書も渡す。お店の方で、一通はたしか商業ギルドの方に出すのだ。

 男たち二人は深いお辞儀をした。

 

 私は、ポーチから更にデレリンギ硬貨を六枚出した。

 「お待ちになって、下さいます?」

 男たちは馬車の方に戻ろうとしていたが、振り返った。

 「何でございましょう。お嬢様」

 

 「とても、少ないですけど、お二人にこれを」

 三枚づつ、硬貨を渡した。チップのつもりだ。

 

 「それで、何か飲んで、疲れを、癒してくださいまし」

 「お嬢様。これはこれは」

 受け取った二人に笑顔があった。

 

 「では、今後もご贔屓いただければ、幸いでございます。ヴィンセントお嬢様」

 「そうね。それでは、ごきげんよう、お二方」

 私はそれで彼らを見送った。馬車はゆっくりと町の真ん中の方に向かっていった。

 

 さて、道具箱と革製バッグを家の中に入れて、刃物の握りを確かめる。

 二階に行って、鍛冶用の手袋とエプロンを出した。

 手っ取り早く服も着替える。丁寧に畳むのはあとでいい。適当にベッドの上に置いた。

 革エプロンと手袋を持って下に行く。

 

 それから裏庭に出て、板を手鋸で切る。

 大雑把に革の袋に入る程度の長さで、粘土の枠になる様に切っていき、一部には取っ手をダボで付ける。

 穴は錐で開ければいいので、錐の先端をすべて見て、その切れ味も試した。

 板の隅には左右に穴をあけた。紐を通せるようにである。紐で縛る時に、その穴を通して、縛って置けるようにしたのだ。

 

 さて、余った板で、彫刻刀の切れ味を全て試す。

 ノミも同様である。木槌で叩いて、どの程度の切れ味なのか、確認。

 

 実際驚くほど、よく切れる。この刃物は、ごく普通の鍛冶屋が作りましたというレベルではない。これは不用意に扱うと危ないレベルでよく切れるのだ。

 途中で、鍛冶用に作った革手袋を嵌めて、叩き始める。

 余りにも切れてしまうので、木槌で叩くのを抑え気味にしないと危険である。

 この刃物たちなら、今後長く使えそうである。

 

 革の縫い針も、一応見ておく。これらの針は革製の平らな専用の容れ物に並列で並べられていた。どの針もかなり鋭い。鈍ってきたら、自分で研げばいいだろう。

 十分な長さがある。

 

 私が指定しなかった指抜きも二つ、ついていた。

 しかし、やや太いのだ。これは大人用だから仕方がない。これだけ太い針を分厚い革に通すなら、確かに指抜きが必要だろう。

 品物の依頼書を書く時に、店の主人が縫い糸と共に書き足したのだ。

 これは、自分で使うなら指に布を巻く必要があるだろう。

 服に使っている紫の厚い布地の端切れから少し切り取って、私の指に巻いた状態で、指抜きが挿せるか試す。良さそうなのでこの布も指抜きと一緒に置いておく。

 

 店の主人が気を利かせたのか、待ち針と糸も入っていた。待ち針は三〇本。糸は色違いで二種類だ。茶色と、もう一つは、やや黄色い。どっちも結構太い糸で、皮以外に使いようがないだろう。

 

 さて、鋸は獣脂の付着した布で、丁寧に一回拭いてから専用の革の鞘に入れた。

 他の彫刻刀もすべて、丁寧に拭いた。鉄は、本来、常に油を塗って錆止めしておかないと、直ぐに錆びるのだ。

 私は自分の剣も、ここで獣脂の付着した布で拭いておいた。

 

 

 つづく

 

 マリーネこと大谷は、細工道具を全て確認。

 かなり腕のいい職人が作ったらしい刃物ばかりで、文句のつけようがなかった。

 全てに油を塗って、錆止め。

 

 次回 マリハの町と揃った道具と革鎧

 マリーネこと大谷は、老人が作っている革鎧を細かく見ていく。

 

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