194 第19章 カサマと東の街々 19ー33 マリハの町とお風呂と裁縫
カサンドラは侵入してきた賊の検分を行い、彼らはマカマの余罪も追求されるというような事を言っていた。あの三人組の命運は尽きたようである。
そして服を作りながらも、とうとう昼間の間に、お風呂。
194話 第19章 カサマと東の街々
19ー33 マリハの町とお風呂と裁縫
カサンドラはお茶を飲んでから、一度目を閉じた。
「そうさ。この辺にゃいないね。この町で、以前に大きな催し物をやった時に、あいつらはこの町にも、来てたらしい。それでうちに目を付けたって所だね」
「彼らは、どうなるのですか?」
「マカマの方に連れていかれるみたいだわ。ま。あの警備隊が許すはずもないし、あっちでの被害が分かったら、そこまでなんぢゃないかね」
彼女は肩をすくめた。
「ここで直ぐに湖に沈められないだけってことさぁね。悪党どもの末路は何時もおんなじさ」
さらっとそう言って、カサンドラは黒いお茶を飲んでいる。
そうか。町内代表が処分要請内容を書いたものの、マカマの方での検分もあるという事だな。おそらく、何件もの犯罪記録があって、それらを全て突き合わせて該当する事件の犯人は逮捕済みとするのに違いない。
まあ、この国のやり方だから、私がどうこう言う事ではない。
「そうだわ。今日は、何日ですか?」
もう日にちの感覚が、完全に飛んでしまっているので、訊いてみる。
「何日って、そこに暦があるさ。マリー。壁のちょっと上の方だけど見えるかい。第五節、下後節の月、第一週一日目さね」
「ありがとうございます。たぶん六日目か第二週の一日目までは、工房に行けません」
「そりゃまた、どうしたい」
「細工道具を、用意しないと、工房に、いれないって、言われました」
「あんのくそ爺は、自分の道具も貸してやれないのかね。まったく」
「細工師に、なるなら、自分の、道具を、用意するのは、当たり前だ、という事でした」
「で、どうしたんだね」
「道具は、注文、しました。六日後には、来るそうです」
「そっかい。そっかい。まあ、焦っても仕方がないんだし、ゆっくり学びな」
「はい」
その日の夕食は程なくして出来上がった。レミーの作る夕食はやや薄味。
彼女は、若干薄味が好みらしい。
カサンドラは、味付けに関してははっきりと、旨味を前面に出してくる。
私はこっちの方が好みだが、別段、姉妹の料理がダメだという訳ではない。
今日は、塩漬けの干物な魚を切って、切り身を焼いたものと、何か粉で作った色のついた団子に旨味が付けてあった。それが、魚醤のスープの中に浮いている。
それと茹でた野菜。一次発酵の丸いパン。
今回はスープはない。薄い紫色の団子みたいなのが入っているのがスープ兼用だ。
手を合わせる。
「いただきます」
この団子は、どの根菜を使ったのだろう。この色からして、あの赤紫のジャガイモみたいなやつだろうか。
団子の旨味は、魚醤で付けてあるが、スープの方もやや薄い味が付いている。
魚の干した切り身は、濃い味が出ている。
四人で、この食事を食べて食後は黒いお茶だ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。軽いお辞儀。
エイミーが食器を片付けている間、カサンドラは黒いお茶を飲んでいる。
「そういえば。お母さん、港の方ね。二か所ほど、穴があったらしいのよ。賊はそこから入ったのだろうって、警備隊の人が言ってたわ」
レミーがそんなことを言った。
「そっかい。まだ、他にもいるかもしれないわな」
そう言いながら、カサンドラは黒いお茶を飲んでいる。
「あの人たちは、夜の警備を増やすって言ってたわ」
「物騒な事になるかもしれないねぇ」
「大丈夫です。何かあれば、私が、対処します」
そういって笑顔を見せると、二人とも笑っていた。
さて、裁縫再開である。
下の広い部屋の場所で、広げてしまっているので、布は丁寧に、出来るだけ折り目が付かない様に畳んで積んだ。
シャツをあと一枚作る。
……
これでパンツ二枚とシャツ二枚だ。
カサンドラがお茶を持ってやって来た。
「おや、マリー。裁縫かい」
「はい。時間が、あるなら、無駄に、しては、いけません、から、足りない、下着を、作りました。次は、作業服を、作ります」
私は艶の無いほうの紫色の布に、糸で線を入れ始める。
「随分と色々やるねぇ。マリーは。器用だね。あんたは」
カサンドラは黒いお茶を飲みながら、そんなことを言った。
「ま、本気で細工師になろうってんだ。器用さが無いと出来ないわさ」
そう言って、彼女はお茶を持ったまま、自分の部屋の方に行った。
一階には、食卓と台所以外に、店の方を除けば他には、商品の在庫を置く部屋が一つと広い居間みたいな場所。今いる、ここだ。それ以外には部屋が二つ。カサンドラと姉妹の部屋だ。
姉妹は部屋が共通らしい。
二階は、父親の部屋と他にも部屋があるのだが、そっちは閉じられていた。
二階の一部屋は、どうやら、商品の一部が入っているらしい。
もう一つの部屋も、物があって入れない状態なのだろうか。
姉妹が二階を片付ければ、それぞれの個人部屋になるはずだが、そうはしていない理由が、何かあるのだろう。
まあ、彼女らのそうした事情に立ち入るつもりは、ない。
私はあくまでも、このデュラン一家にお世話になっている『食客』なのである。
あまり遅くまでやってはいけない。
ランプに油を少し足して二階に上がって、着替えて寝ることに。
……
日々が過ぎる中、雑貨屋には時々、客が来る。
ちょっとした道具を買いに来る人がいるのだ。
このお店は、この町の人々の日々使う小物を販売しているのだった。
この日は、店番をカサンドラがやっていた。
姉妹は、お風呂だという。私はこの町でのお風呂は初めてなのだ。
あのリットワースは、洗うことなぞ、そもそも考えてすらいない。あの男は完全に汚れと匂いを無視している。
他の人たちは、流石にそうはいかない。
まあ、湖に出ることも出来ないので、沐浴も出来ていない訳で、何処かで洗うタイミングが必要だろう。元の世界なら、こういう時に大きな盥で、がしがし洗うだけ。というのがあったのだが、この町はどうなんだろう。
彼女たち姉妹が、お風呂に入っているのを見た事はない。尤も昼間なら、私は工房に行っていて分からないのだが。
で、案の定、昼間にお湯を沸かして、大きな盥で、湯浴みするらしい。
裏庭に隣との境界に塀があるとはいえ、何の遮蔽物も無しという事はないだろう。
見ていると、コの字型の大きめの戸を立てた。これは、要するに屏風みたいなものだな。
で、お湯を盥に何杯かいれて、その後、さらに桶二つにお湯を入れた。まあ、あの二杯で洗うという事だな。
そこで私は家の中に戻った。何故なら、彼女たちが脱ぎ始めたからだ。
裏庭で、彼女たちの湯あみの音が聞こえ始めた。姉妹同時らしい。
色々と声が聞こえるのだが、私が聞いていいものじゃない。
……
やれやれ。
私は、聞こえてくる声は無視して、自分のツナギの作業着を作るほうに専念した。
そうしていると、カサンドラがやって来た。
「マリーも湯浴みしな。あんたは、あの工房で汚れてきてるんだから、お湯で落としな」
「はい」
まあ、ここは断る事も出来ない。自分のタオルを二階から持ってくる。
裏庭にいくと、彼女たちはもう着替えて、盥からお湯を汲みだしていた。
台所の釜はもうお湯が沸騰している。これを桶に入れて、井戸水で適当に温度を調整だ。
大体四二度Cになる様にして、私も盥に入る。
彼女たちが、私を洗おうと待ち構えているのだが、勘弁してほしい。
「あの、一人で、出来ます。大丈夫です」
そう言って、取り敢えず乳石を泡立てて、洗い始める。心にいる五〇をとうに越えた、草臥れたおっさんとしては、こういう時に若い女性に見られていると、心が休まらないのだ。
「マリー、その背中の模様、それって……何なの?」
エイミーが訊いてきた。
「すみません。私にも分からないのです。昔の記憶もないですし……」
「ご、ごめん。ごめんね。でも、何かの紋章みたいに見えたから」
オセダールの宿でも、それはメイドに言われた。マカマの宿のメイドは言わなかったが。
ただ、メイドの表情が一瞬だけ変わったのは分かった。
「それは、大きいのですか。私には見えないから、分からなくて」
「そうね、背中の真ん中よりは下の方から腰に掛けて模様があるの。割と大きいわね」
そう言ったのはレミーだった。
それは、刺青の様なものかと思って、訊こうとして、はっとした。
この異世界の言葉で、『刺青』に該当する単語も概念も、私はまだ知らない、という事に気が付いたのだ。
千晶さんが横にいてくれれば、彼女ならスラスラと答えた可能性は否定しないが。
「……色は、分かりますか」
「紫色っぽい感じだわ。痣みたいな色よ」
やはりそうなのか。
「分かりました。ありがとうございます」
彼女たちは、まだ私の後ろに立っていて、本当は、手伝いたくてしょうがないらしい。
たぶんこういう時に一緒に入るというのは、姉妹のスキンシップなのだろう。
私は黙々と体の前を洗い、それからタオルで背中。
両手で持ってタオルで扱けば、背中ぐらいは自分で洗えるのだ。
そして、腕と足。あとは立ち上がって、お尻。
一回、温くなりはじめたお湯を体にかけて、垢を流す。
それから、頭。一回お湯をかぶって、乳石を泡立てていく。
オセダールの宿で、あの背の高いメイドさんが、丁寧に洗ってくれた事を思い出した。
自分では、あそこまで丁寧には出来ない。
髪の毛を洗って、またお湯をかぶって、盥に浸かる。
二人が見ているので、考え事に浸る事も出来ない。
私はさっと、上がって体を拭いた。で、服を着る。
そのあとは三人で後片付け。
せっかく、さっぱりしたのだが、致し方なし。盥の方は、私がお湯の入ったままのを持ちあげて、そのまま井戸の横の流し場に運んで、お湯を捨てた。二人がぎょっとしてみていたが、無視である。
そのまま、井戸水で少し中を洗い流し、井戸の横の戸板に建てかける。
屏風の様な戸板は、裏庭の方の物置に入れるのかと思ったら、違っていた。
母屋の方に、裏庭から開けられる扉があって、そこは一部が物置だった。
母屋の方からも、そこに入れる扉があった。
片付けを終えたら、裁縫続行である。
私はボタンを五つにしようとして、糸で均等に印をつけていく。
ボタン穴かがりがあるから、ボタンの位置を正確に決める必要があるのだ。
しかし、そうしていると、横で見ていた姉妹の間で、私の服に関して意見が割れた。
「これは絶対に、ボタンは八つよ。だって、この服、上下が繋がって、お臍の下まで、開くんでしょう?」
「これは六つでいいのよ。多いと脱ぐのも着るのも、時間がかかるから。でも流石に五つでは、開きすぎよね」
「六つだと、下の方はどうするの」
「では、下に、ボタン二つ。ここは、間隔を、狭めて、上の、四つは、やや、広げた、感じで、どうでしょう」
私がそういうと、姉妹が顔を見合わせている。
「うーん。マリーがそれでいいなら、いいんだけど」
エイミーはちょっと納得していなかったが、流石に均等に八個もボタンを付けたら、急いで脱ぐのが、大変すぎる。その部分ではレミーが正しいと思う。
多分、身長があって、エイミーのような豊かな胸がなければ、そんなにボタンはいらない。私はペッタンコ胸だからな。
元の世界で私が普段着ていたシャツを思い出す。たしかボタンは、襟まで入れて七つ。シャツの長さは、ほぼ股の所まで来ていた。しかし、これはある程度の身長があるからであって、今のこの世界の私の身長なら、股の所まで入れて、ボタンは均等に五つもあれば、たぶん十分なのだ。身長が小さいからな。
それに、この世界にはファスナーなど無い。もし、それがあれば、長いファスナーで一発解決なのだが。
取り敢えず、前のボタンの数は六個だ。袖の方もある。ボタン穴かがりを頑張らねば。
つづく
それは入浴というより沐浴に近い物ではあった。
そして、その後はまた服作りに専念するのだった。
ボタンの数で姉妹の意見が割れたが、ボタンを沢山つけるのは大変なのだ。
六個にしたマリーネこと大谷。
次回 マリハの町と揃った道具
とうとう細工道具が届く。それはきちんとした物だった。
マリーネこと大谷はそれを確認する。