191 第19章 カサマと東の街々 19ー30 マリハの町と細工道具
細工用の道具を買わねばならないマリーネこと大谷。
町内代表から聞いた商会へと赴いて、道具を買う契約へ。
191話 第19章 カサマと東の街々
19ー30 マリハの町と細工道具
一本東側の通りに出るんだな。で、北に向かう。つまりはマカマとの接続街道のある門のある方角だ。で、暫く歩くと、左側か。
他の家とは、明らかに大きさの違う建物。商会の建物に違いない。
手前がエールゴスコ商会。その北側にあるのがペスカロロ商会。
つまり奥の方のは、布、服飾だったな。
道具を仕入れたいのだし、エールゴスコ商会だな。
雑貨、荒物、金物といっていたが、道具も売ってくれるだろうか。
上に看板がついている。エールゴスコ商会。間違いないな。
入口に立つ。
「こんにちわ。何方か、いらっしゃいますでしょうか」
こういう時は、大抵子供扱いされてしまうのだが。
「いらっしゃいませ。うん? お客様?」
二メートルギリギリぐらいの、薄く焼けた肌の男が出て来た。
きちんと切られた髪の毛。やや太い眉ながら、精悍な顔つき。
髪の毛は濃い茶色。瞳は蒼。やや長い尖った耳。きっちりと着こなした服。やり手の商社マンという感じがする。
「はい。デルラート様からの、紹介で、こちらに、来ました」
「はて。町内代表様の紹介ですか。何をお求めでしょう」
「質のいい、道具を、買い、揃えたいと、思っています」
「道具、ですか。とりあえず中に、どうぞお入りください。お嬢さん」
「私は、マリーネ・ヴィンセントと申します」
「分かりました。ヴィンセント様。こちらへどうぞ」
広いロビー。商品がさっぱり置かれていない。
かなり座面の低いソファーが並べられた、ローテーブルのある場所に案内された。
「こちらに、お座りください。お飲み物でも、お持ちしましょう。お待ちください」
「はい」
なんだろう。こういう商会で物を買ったことがないから、よく判らないのだが。
確か、雑貨全般、荒物、金物と聞いていたが、店の雰囲気はかなり高級な感じを受ける。まず、雑貨系の商会なのにそういう商品が置いていない。
あれか? 元の世界なら、車を売っているカーディーラーのショールーム。
しかし、ここは小さな町だぞ。
すると、先ほどの男が、トレイに飲み物を二つ載せてやって来た。
私の前にまず、一つ。反対側にもコップを置いて、彼は座った。
「申し遅れました。私はラステッド・エールゴスコ。この直営店の責任者です。会頭は、私の父でアルカディエルといいます。ヴィンセント様」
やや若い感じのする声だ。
私はまず立ち上がって、お辞儀した。
「いえいえ、まずはお座りください」
座ると、早速彼は聞いてきた。
「それで、お嬢様は、どの様な道具をお求めでしょうね?」
お嬢様か……。それなら、ここはお嬢様で通すしかないな。第一印象は重要だ。どんな時でも。
「私が、欲しいのは、細工師の、持つべき、道具です。この町では、何処で、買えば、いいのかも、判りません。それで、デルラート様に、お聞き、しました、所、こちらを、紹介、されました。デルラート様は、何でも、売る、ローゼングルセ商会を、使うのは、最後の、手段と、いう感じ、でしたわ。こちらで、よろしかったのかしら」
「ははは。デルラート代表は、エックハルトと仲が悪いからだね」
男はコップの中のものを一口飲んでから、更に笑った。
「さて、小売されていない道具がご希望なのですね。お嬢様。細工師の道具といっても、色々御座います。ご希望は御座いますでしょうか」
「はい。その前に、お伺い、します。私が、お願い、します、道具は、全て、一流品を、用意して、頂きたく、思います。師匠様が、検分、される、かも、しれません。ただの、見てくれが、いいだけ、という、道具では、用意した、私が、非難、されます。その点は、よろしいかしら?」
「ははぁ。相当、お金に糸目を付けないという事で、よろしいですか?」
「はい」
「で、どの様なものを」
「木槌、手鋸、小型の、その、園芸で、使う、移植籠手。それと、坩堝、四つ、ですが、二つは、大きさを、変えて、ください。それと、その、坩堝を、挟み持つ、道具、なんていうのかしら。少し長い、そうそう、『やっとこ』、です」
男は皮紙と、インク壺、羽ペンを取り出した。ローテーブルの下に置いてあったのだ。』
私の上げる物品名を書きとり始めた。
「木材、加工用、彫刻刀。用意、できる、全種類、入り。木材、加工に使う、小型の、ノミ、全種。金属、加工用、彫刻刀。全種類、入り」
「ちょっと待ってくださいね。書いていますので……」
彼は、暫くして、全部書き込んだ。
「どうぞ、続けて」
「あとは、皮を、縫う、太い針、それと、革に、穴を、あける、道具。それと、大きな、錐、ですわね。先端、形状が、異なる、物で三種類か、四種類と、あとは、厚みの、ある、板ですわ」
「平たい板を、後で、加工する、そうですわ。型を、抑える、板に、しますので」
この若そうな店長は、皮紙にどんどん書き留めた。
「なるほど。なるほど。本格的に、細工師になられる方がいるのですね。ですが、これだけだと、足りないですね。本当は更に、先端が丸とか平たい棒のような金属製の道具があるんですよ。どう使うのかは、私には判らないんですけどね」
「では、それも、追加で、お願いします。それと、あとは、革と、布を、裁断、する、専用、鋏も、大小で、二つ、お願い、できるかしら」
そこで皮紙に書き込む手を止めて、男が訊いた。
「右利きでいいですね? 左利きですと相当特殊なので、在庫があるかは確認が必要になります。お嬢様」
「右利きで、お願いしますわ」
これで一応、今挙げたもので、全部だろうな。それに、リルドランケンもそうだったが、自作の道具が多かった。ああいうのは、必要に応じて、自分で作るのだろう。
「必要な、ものは、以上、ですわ。値段次第、とは、いっても、ほぼ、最高の、物を、用意、して、下さいますか」
彼は最後に更に、右利きと書き加えて、何度か頷いた。
「なるほど、なるほど。そうなりますと、もうこの町で揃えるのは、無理でしょうね。この町には、たぶん、ご令嬢の御目に叶うような刃物を作る鍛冶屋がいません」
「では、どう、いたしましょう」
「マカマ街の細工ギルドに協力している鍛冶屋を頼れば、直ぐに刃物は揃いますが、今はあの街自体が混乱しておりますし、街道の真ん中が封鎖されています」
「監査官様の、仰って、いらした、街の、ゴミ掃除、ですわね」
そういうと、彼は少し笑った。
「監査官様も、比喩が大変厳しゅう御座いますから」
そう言って、彼はまたコップの物を飲んだ。
私も飲んでみる。
これは……。雑貨屋でも飲んでいる、あの黒いお茶だ。これは苦みも相当あるが、かなり砂糖多めだ。甘くしてある。
「仕入れに行くのは、リカジ街か国境のルーガ街の方になりますね」
「日数が、かかりそう、ですわね」
「お急ぎですか」
ここで笑顔を見せる。
「もちろん、最短、ですわ」
そういうと男性が思案顔になった。
「最短で五日、いや確実なのは六日、待って貰えるのでしたら、リカジとルーガの街から、最高の物を仕入れて参りましょう。お嬢様」
もう、そうしてもらうしかないのだ。
「それで、お願い、できるかしら」
「勿論ですとも。金額を計算しますので、少しお待ちを」
男は皮紙を持って、奥の部屋に行ってしまった。
……
大分戻ってこない。値段調べにかなりの時間がかかっているようだ。
この苦くて甘い、黒いお茶を飲んで待つことにした。
全部でいくらになるのか。これは特別に急いで、さらに特別に高級品の仕入れだから、おそらく輸送費も込みだろう。
それと、現地に行かないと、値段が分からない物もあるのではなかろうか。
それともこの男性は、かなりの物品相場を熟知しているのか。
……
「お待たせしました。お嬢様」
「他の街の、値段も、判るのですか?」
「勿論で御座います。我々には、商会同士の価格が決められております」
「高級品も、ですか?」
「職人ごとの参考価格が、御座いましてね」
なるほどな。
「お任せして、よろしいのかしら?」
「価格は、それなりになります。それと、今回の街道の事情等を鑑みて、運送費も価格に上乗せさせて頂くことになります」
「急がせて、いるのは、私、ですから。それは、構いませんわ」
「で、今回の総額はこちらです」
そこに書かれていた金額は、全部込みで二七リンギレ。
これは元の世界の感覚で言えば一三〇万を越えている。いくら手作業で作るものばかりとは言え、相当に高いな。
予定外の、かなりの出費だが、致し方ない。
「分かりましたわ。この、金額なら、ここで、全額、支払っても、構いませんけど、先に、半金。届いて、半金。これで、いいかしら?」
「勿論で御座います。お嬢様。では、そのようにいたしましょう。どこに届ければ宜しいでしょうか」
「デュラン雑貨店に。そこに、届けて、くださったら、私が、残りの、金額を、その場で、硬貨で、支払いますわ」
「分かりました。では先に前金で一〇リンギレで、どうでしょう」
「構いませんわ。一四でも、一五リンギレでも、私は、構いませんわよ」
「いえいえ。では、売買契約書を造ります」
彼は新しい皮紙二枚に、書き始めた。
びっしりと書き込んでいく。
つづく
幾らかのやり取りのあと、腕のいい職人の作る細工道具は、相当に値の張るものが提示された。
しかし、別の物を、とは言えない。お嬢様演技のまま、契約に入るマリーネこと大谷。
次回 マリハの町と契約書と布地
道具は最低でも六日待たねばならない。待つ時間が惜しいので服を作ろうと、布地も買う事にしたのである。