019 第5章 村での生活その2 5ー1 村の環境
洗濯もします。
19話 第5章 村での生活その2
5ー1 村の環境と服の洗濯
村に戻って、その日はもう寝た。
疲れていたのは間違いない。食べないで寝てしまったのだから。
翌日。
朝起きると猛烈に腹が減っている。
昨日倒した六本足狼の肉、部位によって筋肉の質が違うし、脂も殆ど載ってない。
肋から削いだ肉が脂も程よく付いていて、旨そうだ。
朝から焼き肉となる。どうせこの村には他の食べ物が無い。
きちんと探してみればあるのかも知れないが。
昨日の肉、串に刺して炙り焼き、台所に吊るされている塩干し肉のスープも作る。
手を合わせる。
「いただきます」
焼いた肉はかなりしょっぱいな。肉そのものはなんとか食べられた。
やはり解体前に冷やさないと、旨味は出ないのか。臭みが勝った感じか。
それと塩が多すぎたかも知れないが、保存のためだ。
しかしこの村ではどうやって塩を入手していたのだろう。
海はなかったし、恐ろしい程の僻地だった事は、昨日分かった。近くに文明らしい物が無かった。
行商人が来ていたとは思えない。
山に岩塩の可能性も無くはないが、そういう物も無いとしたら買い出しに出ていたか。どうやって?
魔法で空でも飛んだのか??
水。
水は小川がやや遠く、水路はなかったが井戸が二基。それほど深くは無い。七メートルくらいか。
水量も豊富だ。井戸が枯れる事を心配する必要はなさそうだ。
トイレ。
トイレは外に四つ。この村長宅に二つ。
外のトイレの壁には記号があって、一つだけ記号が異なっている。これだけ女性用なのかも知れない。
まあ、私が使うとしたら、独り占めしている訳だし、外のトイレから使っている。
トイレに置いてある葉っぱは、村の外れの方にかなり生えている草だったから、合間合間に刈り取って、トイレに放り込んでいる。
そして、村長宅のトイレは出来るだけ使わない様にしている。
汲み取りをやらないといけないなら、どこから出すのか確認してないからだ。
しかし、この処理はどうしてたんだろう。チリも積もれば山。だ。
地味に汲み取りなのか? それにしては、畑の方に肥溜めがある様には見えない。
肥溜めで発酵過程を経ないと肥料にならない。
それとも、異世界物語設定あるあるの「スライム」で全ての下水、汚物処理だろうか?
この異世界にスライムが居たとして、それが汚物処理に向いてるかどうかは異世界設定にかなり左右される。
私が知っている欧米のTRPGでのスライムは雑魚という扱いではなかったな。
水辺の岸に生える木の上に住み、下に水を飲みに来る動物に襲いかかって、頭を取り込んで窒息させてから獲物全体をそのまま溶かして食べたり、水辺に打ち上げられる魚の死体とかを溶かして食べている魔物で、とにかく水の近くでないと生きていられない。
体はジェル状で核を攻撃して倒そうにもその前にブヨブヨした核から出される物質でジェルの中は多分強酸性。
武器が溶けてしまうから、下手に相手しないほうがマシという代物だ。
たぶん人によってスライムの印象は違うだろう。
さて、このトイレの汚物は何か魔法で処理だったのか。
すこし考え込む。
……
この村では魔法が使えてる事が最低条件だったんだろうな。
そうなると色々納得がいく部分が多い。
まず、鍛冶。
たぶん焔の魔法とか風の魔法とか、使えていたんだろう。これに関しては鞴がない処から言って、間違いない。
農家の農業。
きっと水を井戸から多量に取り出して、畑に撒く水魔法とか、使えていたに違いない。
あの農家の裏手には結構広い畑があった。さらにその奥に、何かの草の畑があったのは、確認済み。
とてもじゃないが、数人で出来る広さではなかった。
人数が二八人。うち年端の行かない男の子二人、女の子一人。
という事は大人二五人で労働の全てを背負っていた事になる。村長宅の方は、数えない。
元々、共同体としては少な過ぎるな。という感じはずっとしていたが。
魔法で切った材木が持ち上げられるなら、大工の頭領と手下大工二、三人でも十分家が建つ。
おそらく丸太を切り出すにも、切った材木を軽々と運べただろう。
あの機織の家とかも糸紬ぎ作業とか機織り作業を魔法で手伝っていた可能性だってある。
二軒、四基の機織り機でここの村、全員の服を作り出していたのだ。全てが手作業ではなかろう。
一軒で一四人分、一人が三着として四二着。相当な数だ。
村長宅の方の割と立派な服もここで作ったのなら、更に手間が掛かっていただろう。
なにしろメイドらしい五人の服もかなりきちんとした物だった。
元の世界の服と比べても遜色がない。村人のやや簡素な実用一点張りの服は装飾はないに等しいが、丈夫だった。
そう簡単に作れるとは思えない。
トイレも何らかの魔法でどこかに処理できたか、あるいは分解かも知れない。
ふーっと深いため息が出た。
私には魔法は無いんだろうか? 確かめようにも、そもそも方法が分からないのだ……。
転移後に優遇がもらえる異世界物は決して無い訳ではないが、少数派に属する。
たぶん駄目なんだろうな。現実を認識しようか。
…………
冷え切ったスープを飲み干す。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
食事を終えて、片付け。
服の臭いが気になり始めた。それも相当に。
取り敢えず着替えの衣服は必要だ。
機織りの家に行き、服を探す。女性の服、女の子の服、男物の服が畳んで積んであった。
その中から女の子の服を掴んで村長宅に行き、井戸で手を洗って、着替える。
誰も居ないのだから人目を気にする必要はないが、たぶん村長婦人と思われる人の部屋で着替えた。
最低限、羞恥心や常識は失いたくない……。
この四ヶ月、着たきり雀状態だったので服は相当汚れている。
かなり、無茶して来たが破れたりしてる箇所は一つもないな。
この服のデザインが良かったのでそれなりに気に入ってしまっていた。
対して、この村人の子供の服はかなりしょっぱいデザインだが、しょうがない。
とにかく、自分が着ていた服を洗う必要がある。
この村の子供の服は、肌着は長い上着しか無い。下の肌着、パンツがなかった。
子供は漏らして汚すから、パンツ無しなのか。十分あり得るな。それだけで洗濯作業が減らせる。
物心ついた頃からようやくパンツを穿く事を覚えさせる文化が有っても不思議な事でもないし。
とりあえず肌着を着て、上着を着る。
小さいせいで上着の袖はつんつるてんだな。
自分の服は汗の油汚れと垢でかなり汚れている。裏手に回って桶に水を汲んで洗い始める。
四ヶ月分の垢汚れは、相当頑固だった。
石鹸がないので、丁寧に揉んで行くしかない。
一瞬、洗濯におしっこを使うという雑学を思い出した。
古代ローマの頃、服の垢汚れ落としと漂白に人間の尿が用いられていたと云う。
おしっこのアンモニアは綺麗で細菌もなく、このアンモニア水|(尿)が洗濯に使える。
よく汚れが落ち漂白作用もあるというティップスだ。
化学を知っている人ならたぶん当たり前だが、アンモニア水がアルカリ性であるから、漂白とか出来る事だな。
アンモニア水はナチュラルクリーニングの素材として知られている。
尿の場合、弱アルカリだ。ただ、アンモニアは強烈な匂いがする。
また、尿には塩分やアンモニア以外に尿素や尿酸も含まれる。
この変な雑学。あの湯沢の友人の雑学に習ったのだろうか。
多分そうなんだろうな。彼はゲームソフトを作るため、変な雑学の大家だった。
しかし自分のおしっこをかけて、洗濯する気にはどうしてもなれなかった。
臭いをどうやって取ればいいのか。お湯だろうか……。
たとえ白くなってもアンモニア臭のする服は着たくないな。
そして、思い出した。柑橘の木があったのだ。ローマには。ただし金持ちの家だけだ。
たしか、檸檬だ。あとシトロンか……。
元々、あの地方には無かった物なので、最初の頃は上流家庭にしか檸檬の木がなかった。植えてある事が上流の証だったらしい。
その貴重な柑橘の果実を絞って、果汁でアンモニアの匂い消しか?。
そして果汁に含まれるクエン酸が弱酸性なのでアンモニアを中和。
この中和で服が痛まず、ゴワゴワにもならない。上流階級ならそういう事もあるか……。
うーん。古代ローマの人たちは本当にこんな事してたのか?
……
……
何度も水を変え、服が破れないように優しく揉んでいく。
垢があまりにも落ちないので、お湯を沸かす。熱湯ではないが、熱めにぬるま湯を作る。温度は六八度C。
服をそこに入れ、しばらく放置。六〇度Cを切ったら、お湯を追加して、また六八度Cにする。
こんな時にもなぜか温度の見極めが出来てしまう。
お湯で汗の脂とか垢とか、浮いてくれる事を願いつつ、つけ置き。
たしか、六二度C以上七〇度C未満くらいの温度だと洗濯物についた細菌が全部死ぬとかいう雑学。
七〇度C以上だと服の生地が痛むとか……。
部屋干しした後の強烈なあの匂いは、たしか細菌が丸く纏ってカプセルみたいになり、乾き始める時、細菌が増えて出る。
細菌は洗剤で洗ってもカプセル状態のままだと死なずにいて、乾かす時の生乾きの湿度で爆発的に増える。とかいうやつ。
まあ、いつも晴れているのなら外に干せばいい。どのみち紫外線浴びれば、細菌はみんな死ぬ。
ただし、ここは異世界。あの二つの太陽の紫外線がどれくらいあるか、それはさっぱりわからない。見極めようにもどうやれば良いのやら、可視光じゃ無いからな。
異世界であっても、細菌は適切な温度で死ぬだろう。だからお湯を使う。
何度かお湯を取り替えては、軽く揉んで見る。
何回やったのか、ようやくお湯の汚れがなくなってきた。
服の汚れは殆ど落ちたらしい。今後はもう少し、汚れに気を使おう……。
こんな洗濯は、何回もやりたくはない。
もう一度、六八度Cのお湯に布を浸けて絞る。
絞る時はかなり熱い。やけどしそうだな。
この布で顔、首筋を拭いただけで、かなり汚れた。
体の方も相当汚れているだろうな。しぶしぶ服を脱ぐ。洒落たバスタオルなぞ、無い。
裸のまま、桶に張ったぬるま湯で布を洗いながら、体を拭いていく。
腕、脇の下、背中の一部。脇腹、胸。
ぺったんこだよな……。一瞬あの薄い服の豊満な体の若い天使の体を思い出し、すこし嫉妬した。
………… 何を馬鹿な事を思ったんだ。
…………
腹、腰、下腹部を拭いて、尻、股の下。付いてない……。女の子だから……。
とにかく拭いていく。
何で幼女みたいな体の女の子なんだ。私は別に『元のおっさんの体』で文句ないのに。
いや、本当に。
五〇数年の自分の体で文句はいわない。この丈夫な体は有り難いけど。
これはあの天使のうっかりミスなのか。
それともわざわざ”コレ”を用意したのか。それならどんな意味があるのだろう……。
そういえば、最初の転移も全然別の顔の体に転移して、あの異世界に降りて酷い目を見たんだった。
どんな顔にどんな姿だったのか、詳しく知りたかった。
朧気に思い出せるのは、自分の体躯がいやにマッチョだな。くらいか。
まあ勇者らしい躰を用意してくれたのだろう。あの牢屋が暗くて、ほとんど自分の姿が見えなかったのが残念だ。
松明に照らされた、あの死んだ魚のような目をした太った男の鞭……。
あの鞭の拷問を考えると、元の世界のヒョロヒョロな体では無い事くらいは判る。
あんなに何日も耐えられるはずもない。三日で死んでいてもおかしくないな。
…………
足のほうはかなり汚れていて、垢を洗うのにたっぷり時間がかかった。
相当汚れていて、途中で体に布を巻いて、台所でお湯を追加で沸かさなければならなかった。
お風呂に入りたいなと思いながら黙々と体を拭く作業に没頭した。
本当は頭も洗いたかったのだが、石鹸がないんだよな。
服を着ながら、考える。
そこで、ふと疑問が湧いた。
なぜ石鹸が無いんだ。
魔法で洗ってるから要らないとか、そういう理由なのか……。
いや。違うな。それはたぶん、結果としてそうだというだけだ。
石鹸があればそんな事に魔法など要らないだろう。
乳牛がいればそこから色々と頑張れば石鹸が作れる。牛乳石鹸というやつ。
そうじゃなくても。まあ脂肪と生石灰と小麦粉があればいい。
動物性脂肪と小麦粉、木の灰、生石灰、塩、それにきれいな水。
これで真っ白では無いが石鹸が作れる。動物性脂肪は牛や羊の白い脂肪を使う。
しかし、牛とか山羊、羊、豚、鶏とか、そういう家畜が全く居ない。
なぜ、今まで気が付かなかったんだろう……。
この異世界には元々そういう家畜が居ないという可能性もある。だから考えない様にもしていたが。
それを排除すると、家畜が逃げたとか、疫病で死んだとか、魔物に全部喰われたとか、そういう話ではない。
そもそも、”飼っていない”。
家畜小屋がない。飼育エリアもない。という事は乳も無い、卵も無い、安定的に得られる肉も無い。という事になる。肉は全て外での狩りで調達という事か。
よくこんな共同生活が成り立っていたな。
洗濯した服を村長宅の外にロープを張って干す。
そしてそこで考えた。
家畜を飼うには、家畜小屋の他、外に出してやる場所がいる。そして大量に飼料がいる。
「家畜飼いたいです」で、それでは「はい。飼いましょう」というわけにはいかない。
牛、山羊、羊なら牧草地が広大にあるか、豚と鶏なら農業がそれなりに軌道に乗って、かなりの穀物が収穫できていないと難しい。
という事を考えると、この村はまだ軌道に乗ってきたかどうか、という事なんだろうな。
遺体の子供は私の見た所では一〇歳どころか、三歳から四歳にしか見えない感じだった。
つまり、ここに入植してから出来た子供だろう。村は出来てせいぜい四年から長くても七年くらいか。
家畜を飼うには、人手も必要になる。家畜を飼うにはここの二五人の労働力では足りない気がする。
たとえ魔法が使えていたとしても、だ。
ここは村長が連れてきた自分の取り巻きと開拓民二五人で作って、まあ七年くらいの新しい村と考えるのがよさそうだな。一〇年以上経ってるならとっくに人手を増やしている様な気がする。
あの小川からも水を引いている事だろう。
……
とりあえず、この寸足らずのしょっぱい子供服以外に自分の服が欲しい。
機織りの家に布はだいぶあったが、あれを使って自分で衣服が作れるだろうか。
型紙を起こせば自分で縫う事もできそうな気がするが、そもそも紙がない……。
そうなると、立体裁断か? いや経験もないのにそれは難易度が高すぎる。無理だな。
まず、このしょっぱいデザインの服をバラして、アレンジしつつ作り直しだろうか?
自分に子供が居なかったせいで、いいデザインの子供服という物を思いつかない。
独身の悲しさ、小学生くらいの子供が着る服が思いつかないのだ。
流石に少し凹んだ。色々経験しているおっさんでも、手が届かない範囲がある。
そう考えると、最初に着せて寄越したこの服はいいデザインしてるな。
これは、あの薄い服の天使のセンスなんだろうか?
あんな薄い服の持ち主のセンスとは違うような気がする……。
夕食はまたしても燻製肉を串に挿して火で炙ったものと塩干し肉を薄切りにして鍋で煮た肉スープ。
食生活の改善は急務のような気がする。
しかし畑に植えられていたものは、私には何なのかさっぱり分からない。
手を合わせる。
「いただきます」
串に刺した炙り肉を頬張りながら考える。
他にも鍛冶屋のあの炭や竈の薪も必要だよな。
村人はあの良質の炭をどこから調達していたのか。
あの鉄鉱石。あれもどこかで調達したのか掘って来たのだろう。
掘っていたならその場所をいずれ見つけないといけない。
このままでは材料が尽きる。
やるべき事はいっぱいありそうだ。
スープも飲み終えた。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
さっさと片付けて寝よう。
つづく
やるべきことはいっぱいある。
今後も何か作ったり、村の近辺での狩りだったりが続く。