189 第19章 カサマと東の街々 19ー28 マリハの町と深夜の侵入者
マリーネこと大谷は、深夜に侵入してくる強盗を叩きのめしてしまうのであった。
それは、マリーネの体の優遇だけではない。
日ごろの鍛錬の賜物であって、悪党どもはひとたまりも無かった。
189話 第19章 カサマと東の街々
19ー28 マリハの町と深夜の侵入者
星明りの下で、何人か男らしい影が見える。
音もなく彼らは塀を乗り越えてきたのだ。
「静かにな。ここの家をやるぞ」
「ここは女三人の店だし、喰いもんも金もありやすぜ、兄貴」
背の低い、もう一人が小声で言った。
「若い女は強姦っていいすか、兄貴」
「そんな時間はねぇぞ。どうしても強姦したけりゃ、一人は気を失わせて運び出せ。そんときゃ、残りの二人は、縛って……、殺せ」
「ぎひひひ。あの背の低いほうがいいぜ。若いしな。胸もいいし下の具合も良さそうだぜ。うひひひ」
「静かにしろといってるんだ。起きられたら面倒だぞ」
小さな声が辛うじて聞こえた。全員男だ。三人いる。
私の頭の中の警報音は既に鳴り止んでいた……。これを知らせた訳だな。
私は、ランプを渡り廊下の端にぶら下げた。
侵入者共は灯りを持ってきていない。私はすっと、見極めの目で暗がりにいる彼らの顔を確認しようとした。
そうすると、奴らの目がうっすらと光って見えた。
星明りがあれば、それだけで夜目が効くのか。そういう種族の可能性がある。
「何処に、はいるつもりかしら?」
私はもう、渡り廊下を出て裏庭だ。
…… 一瞬の間があった。
背の低い男は無言のまま猛ダッシュしてこっちに来た。全く足音がしない。星明りと頼りないランプでは、男の顔ははっきりとは見えない。服すらきちんとは判らない。シルエットは長い耳とぼさぼさの髪の毛。うっすらと光っている目。そして饐えた体臭。
手には刃物。
間髪入れずに、私は左脚を前に。左手も前。右手は臍。右足を僅かに引いて、踵を上げ、腰を落としていた。
男の刃物を持った手を下から左手で上に払いつつ掴む。左手を引き込みながら、私は手加減一切なしで、素早く右足を踏み出し、腰を入れて右手の龍拳をつき出す。前のめりになっていた男の急所のやや上に龍拳がめり込んだ。拳はもう手首まで埋まった。
男から声にならない、何かの呻きが出た。私はそのまま掌底で前に突き飛ばす。男は真後ろにやや飛んで、仰向けに倒れた。
私はそのまま体を僅かに入れ替え、右足をひく。右から来た男の右手、剣を掴んでいる手首と肘の横を、それぞれ両方の手で掴んで強引に左側へ。
やや背負い投げの要領で投げ飛ばす。右足をやや横蹴りの様にして相手の腹に蹴りつけて、そこから蹴り上げて相手を一気に浮かせる。
これはもう、技とか、そういうものではない。私の強力かつ出鱈目な筋力と膂力がそれを可能にしているだけだ。
左に向かって倒れ込むような勢いで背負うと、男の体はすでに宙を舞い、何か厭な音が、掴んだ腕からしていたが、無視である。たぶん急に捩じれた肩の骨が外れることなく、一部が折れたのだろう。
地面に無造作に落とされた男からは、訳の分からぬ悲鳴が上がった。
もう一人の男、兄貴と呼ばれていた男は逃げ出そうとしていたが、私は左手で右腰のダガーを引き抜いて、逃げ出す後ろ姿に向かって投げつけた。
無論、背中とかに私が全力でダガーを当てたら、男は確実に死んでしまうので、そのダガーは尻である。
暗闇の中、逃げる男の右側の尻のど真ん中に刺さった。
男から悲鳴が上がり、塀にたどり着く手前で前のめりに派手に倒れた。
私は走って追いつき、そのまま男を横からどついて、胸の下、鳩尾に龍拳を喰らわせる。拳が胸にめり込んで、手首まで埋まった。それから尻のダガーを引き抜いた。尻から血が流れ、男のズボンを赤く染めた。
男は目から涙を流しながら、白目だ。そのまま気を失っていた。
ダガーを二度三度、振ってから鞘に納める。
その時に、右肩の骨が折れたのであろう男が上半身を起こし、左手で起き上がろうとしていた。
私はもう冷酷なまでに、後ろを向いている男の右肩に全力で右回し蹴りをくれてやった。
男はその痛みで絶叫しながら、左側に勢いよく倒れた。
私は周りこんで踏み込み、左手で喉元の服を掴んで持ち上げ、これまた鳩尾に右手の龍拳を喰らわせる。男はその場で気絶し、上半身は後ろに崩れ落ちた。
もう周りの家がこの騒ぎで起き始めていた。彼方此方の家でランプが灯されている。
無論、カサンドラとレミー、続いてエイミーもランプを持ってやって来た。
カサンドラ以外の二人は、今日は極めて薄い寝巻のままだ。
レミーとエイミーのこんな姿を直接見るのは、目の毒だ。私は目を逸らした。
「もう、大丈夫ですわ。不届き、千万な、賊共は、制圧、致しました。カサンドラ伯母さん」
見上げると三人とも顔を見合わせている。
余りにも薄い寝間着なので、レミーとエイミー姉妹の体の線が、ランプの灯りでもはっきりと浮き出ている。
レミーは薄い寝間着の上からでもはっきりと判る、いい躰をしている。
エイミーの寝間着姿は、姉と同じくとても薄い物で、下は白いパンツしか履いていないのが見えた。思った以上に胸がグラマラスで、姉のレミー以上だ。体の凹凸がはっきりとしていた。賊共がエイミーに目を付けていたのは、こういう事か。
彼女は着ている服で、やや胸が薄く見えるタイプだったのか……。姉と同程度だと思っていたのだが。
これを見続けるのは目の毒である。
私はあわてて、転がした狼藉者共の方を向いた。顔が真っ赤になっていたかもしれない。この夜半の暗さで、私の顔が彼女たちからは見えないのが幸いだった。
暫くして、表が騒がしい。
レミーが表に出て行った。
「マリー。こいつは一体、どういうことだい」
カサンドラが訊いてきた。
「この、男たちが、この、家に、侵入して、家の、お金と、食料を、強奪する、つもり、だった、ようですわ」
「そりゃ、本当かい」
私は塀の方を指さした。
「その、奥の、塀の、方で、倒れている、男は、他の、二人から、兄貴と、呼ばれて、いました。この、家を、襲って、金品を、奪って、エイミーお義姉さんを、攫って、いくような、事も、言って、いました」
「この二人、この町のモンじゃないね。こんな顔はこの近辺の街では見ない。わたしゃ、この町の全員の顔と名前を知ってるんだ。あの顔がおんなじ、警備兵を除けばね」
そう言いながら、カサンドラはランプを近づけ、二人の顔を確かめている。
そんな話をしていると、レミーと警備兵がやって来た。
「デュラン殿。賊が侵入したとは、本当かね」
槍と長剣を腰に携えた警備兵が三人、入ってきた。
「ああ。うちの遠い親戚になる、マリーが、三人とも熨しちまったが、この男たちは、どうやらこの町のもんじゃないよ。警備の方々。しょっぴいてくんな」
警備兵二名は、塀の近くで倒れている一味の男を二人で持ち上げて、こちらに運んで来た。
「どうやら、三人とも負傷しているようだな。マリーというのは誰だ?」
「私です」
「あんたは……。そうか。監査官殿が言っていた、マリーネ・ヴィンセントが、貴女だな」
三人が横に並び、私に向かって軍隊式の敬礼をした。
「よし、三人を運び出す。ゼナイア。応援を呼んできてくれ」
「承知」
警備兵一人が足早に出て行った。
「シェアリラ。此奴、ケツから血が出ている。止血できるか?」
「この程度なら死なないと思うが、一応、止血する」
「よし、応援が来たら三人とも縛って、警備棟に連れて行く」
「了解」
そうこうしていると、三人の警備兵がやって来た。三人はロープを持っていた。
そして男たちを縛り始めた。
「ケルティナ。すまんが、残って事情を聴いてくれるか」
「分かった。後は任せてくれ」
男たちは縛られて、肩に担がれ運ばれて行く。あの警備兵たちは、男一人を肩に担ぐ事など、勿論雑作も無いのだろう。軽々と持ちあげて運び出していった。
ケルティナと呼ばれていた警備兵がそこに居残った。
「さて。一体、何が起きたのだ。デュラン殿」
「何が起きたってねぇ。娘二人と一緒に裏庭に来た時にゃ、もう終わってたわ」
「終わっていたと?」
「マリーに訊いてくんな」
カサンドラが私を指さしてそういうと、警備兵の女性が私の前に立った。
「何が起きたのか、一部始終、教えてもらいたい。我々は、この出来事を全て記録しなければならない。我々の警備の不備であれば、それは修正が必要なのだ」
困ったな。まあ、ありのまま話すしかない。
「夜中に、何かの、気配を、感じた、と、しか、言いようが、ありません。下に降りて、裏庭に、いくと、三人の、男が、裏手の、塀を、越えて、裏庭に、降りる所、でした。その時に、この家を、襲って、金品を、奪い、二人を、縛るか、殺して、エイミー、お義姉さん、だけ、攫う話を、していました。主犯格は、あの、尻から、血が、出ていた、男です。他の、二人は、その、男を、兄貴と、呼んで、いました。私は、逃げ出そうと、していた、その、男の、尻に、武器を、投げて、転ばせ、ました」
「ふむ。素晴らしい判断と手際だな。さて、先ほどの男は何者か。何か分らないのか」
その時、カサンドラが口を挟んだ。
「警備隊の方、わたしゃ、この町の人の顔は残らず覚えてるんだ。あの三人は、全員よそもんだね。この街に知り合いがいるとは到底思えない」
カサンドラがそう言うと、警備隊の女性の顔が微かに歪んだ。
「なるほど。そうなると、町の周りの高い塀を、こんな時間に音もなく越えて来るのは難しいだろう。ならば港の方だな。分かった。そっちを調べさせる。何か、気が付いた事があれば、連絡されたい」
そう言って、警備隊の女性は、庭に落ちていた賊共の剣を拾い、家を出て行った。
周りの家々で、何かを話す小声がずっとしている。
……
空を見上げると、満天の星。それは、今にも降り出しそうなほど、近くに見える。
大きな月はもう西の方に沈みかけ、蒼い小さな月が歪に欠けて南東の空に在った。
両眼を閉じると、思わず深いため息が漏れた。
目を開けるとエイミーが私の前に立って、ずっと私を見つめていた。何か、とんでもない物を見てしまった。と、いわんばかりの目だった。
このエイミーの姿は、あまりにも目の毒である。私は俯いた。
「マリーが金の階級って、こういう事、なんだ……」
「エイミー。この人はさ。自分の力をちょっとだけ、行使しただけさね。あの三人を殺さない方が少しだけ難しかった位、だろうよ」
そう言ってカサンドラは私の腰の剣を指さした。
「でも、あんたはお礼を言っておかないとね」
出来るだけ、エイミーの躰を見ない様にした。下手をすると顔はもう真っ赤かもしれない。
「マリー……。ありがとう」
「いえいえ。私は、食客、ですから。これくらいは、しないと」
私は一瞬、顔を上げて笑顔で答えた。
「うちには、とんでもない用心棒がいるってことさぁね」
そう言うカサンドラはレミーと共に笑っていた。
私は、渡り廊下の外側に掛けたランプを取って、家の中に戻る。
「ばたばた、しました、けど。今度こそ、おやすみなさい」
そこで私は後ろを向いて、お辞儀。急いで二階に上った。
今は心臓がどきどきしていた。
ああいう悪党ども相手では、こんなに心臓がどきどきしたことはない。レミーとエイミーの寝間着姿が刺激的過ぎた……。あの二人はそういう部分に無頓着だ。
心が五〇台半ばにもなった、だいぶ草臥れたおっさんでも、あれは刺激が強すぎた。私はもう、元の世界の男ではないのに、だ。
さっさと寝よう。ランプの灯りを消して、布団に潜る。
それでも、さっきの光景が脳裏に浮かんで、私の顔に血が昇りそうだった。
千晶さんは、村でああいう恰好をしたことがない。真司さんの前でだけなら、あるかもしれないが、あの二人は事実婚だ。何の問題も無いだろう。
だが、レミーもある程度そうだが、妹の方は、まるで無防備。天然が過ぎる。
もう、父親が亡くなっていて、男っけがまるで無いから、そういう方向に防御が働いていない。カサンドラは、肝っ玉母さんという感じだから、そういうのを微妙にコントロールなんてしていなさそうだ。
やれやれ。
頭と顔に上った血が降りてくるには、暫くの時間が必要だった。
翌日。
何時もの時間に目は覚める。やや睡眠不足だが。
起きてやるのは、何時ものストレッチからのルーティーンだ。
何時もの服に着替えてから、剣を持ってそっと下に降りて、裏庭に行く。
昨日の狼藉者が裏庭の畑を少し、荒らしてしまっている。
私はそれを、少し治すことにした。
不幸中の幸いか、踏まれて、折れてダメになった植物は三本程だった。
あの時、男たちを倒した時は、空き地になっている場所だ。唯一、あの逃げ出した男が、畑を一部踏み荒らしていた。ダガーを投げた後、男が転んだ場所は畑を過ぎた所だ。その少し先に裏の塀がある。
私は男たちの足跡のついている部分の土を直した。
折れた植物は抜いておいた。どのみち枯れるのだ。
さて、空手と護身術。それからダガーの謎格闘術だ。
剣の鍛錬も、勿論忘れない。
一心不乱に剣を振るう。
鍛錬を終えて戻ると、またしても台所の方でいい匂いがする。
カサンドラが丸いパンを焼いているのだ。例の胡椒を掛けてある、茶色の砂糖を溶かして塗った、丸いパン。
そして、赤い実の入った、魚醤味のスープ。
三日に一度の定番である。
今日もまた、二人の娘たちは、起きてきていなかった。
この日も工房へと向かうのだが。
つづく
侵入した三人の賊を叩きのめした後、出て来たレミー、エイミー姉妹の寝間着があまりにも無防備な代物で、マリーネの心にいる大谷は激しく動揺した。
一方、三人の賊は警備隊によって、運び出される。
次回 マリハの町と複合鎧の続き
マリーネこと大谷は、リットワースの作っている複合鎧を丹念に眺めるのだが、リットワースは、マリーネに自分の道具を出せという。