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188 第19章 カサマと東の街々 19ー27 マリハの町と深夜の異常

 とうとう六日間、淡々と作業の日々が流れていき、マリーネこと大谷も、内心はやや落胆。


 

 188話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー27 マリハの町と深夜の異常

 

 この日の食事は、レミーが担当だった。

 彼女の作る料理は、穀物を引いた粉をたっぷりと入れ、魚肉を混ぜたシチューで、彼女は里芋のような野菜の皮を剥いて、それを茹でたものも出した。

 あとは葉っぱを茹でたものに甘酢掛け。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 パンは一次発酵させた何時もの丸いやつ。

 それを千切ってシチューを付けて食べる。

 

 確かに、塩味がやや薄い。妹のエイミーは塩味がやや多めだったが、姉のレミーはやや薄味が好みなのか。

 母親のカサンドラの味付けはそれよりは濃いので、レミーが一番薄味である。

 ただ、四人揃って食事をすると、どんなものでも美味しい。

 多少の味の濃さ、薄さは問題ではない。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。ややお辞儀。

 

 食べ終えると、カサンドラは何時もの様に、あの黒いお茶を出した。

 これを飲んでいると、カサンドラが訊いてきた。

 「マリー。どうだったい。初日の感想は」

 まあ、訊かれるよな。返事に困る。

 

 「最初に、皮選びを、命じられました。私が、選んだ、皮の、加工を、自分で、しました。その後は、あの人は、鎧の、制作、でした。私は、後ろで、見ていただけ、です」

 「ふーむ。あの(じじい)は教える気はなさそうだね」

 カサンドラは首を振った。

 

 その後、三人は黒いお茶を飲みながら、町の人の話をしている。

 私には判らない話なので、まあ黙っていると、色んな話題が出ているようだ。

 そうして、もう寝ましょうかということで、私は上に上がる。

 

 すると、だいぶ夜も遅い時間になって、外で音がして来た。

 かなり遠くから聞こえる金属を叩く音だ。

 南から聞こえてくる、あの金属音はたぶんリットワースの工房だろう。

 

 私が下に降りていくと、下の部屋の獣脂ランプはまだ灯されていた。

 

 「あんの(じい)さん。まただよ。もうこんな夜の夜中に」

 そう言って起きて来たのはカサンドラ伯母さんだった。

 

 「ああ、マリー、気にせずに寝なよ。あの(じじい)。町の人間の迷惑を考えた事がないんだ。こんな夜中に」

 「鍛冶の、音ですね」

 「あの爺が、この町に戻ってきて暫くしたら朝から晩までさ。そして夜もこれ。あれぢゃ、嫌われるのも当たり前だわさ」

 

 「私が、行った時も、鉄を、叩いて、いました」

 「ああ、暫く聞こえてたね。夕方になる前に、鳴り止んでほっとしてたんだわ。まさか夜中に叩き始めるとは、思わなかったよ」

 「夕方に、いきなり、寝るって、いって、私は、帰されました。起きてまた、作業、している、のでしょうね」

 いつ止むともしれないハンマーの音が、ずっと鳴り響いていた。

 それは深夜まで続いたのである。

 

 

 翌日。

 いつも通りにルーティーンをこなして、朝のパンも頂き、またリュックを背負って、工房に向かう。

 

 ……

 

 工房に着くと、もうあのブリガンダインは、表側はほぼ、出来上がっていた。

 老人が夜も叩いていたし、それを冷やして、あの革にリベット止めしていたからだ。

 

 老人は、もう起きていて、また鉄を叩き始めた。

 「おはようございます。今日も、よろしくお願いします」

 「挨拶なんぞ、いらん。おみゃあ、さっさと昨日の続きをやれぃ」

 こちらを見もせずに、老人は怒鳴るような声でそう言って、また、鉄を叩いている。

 やれやれ。ずっと、この調子か?

 

 「わかりました。皮の方を、作業します」

 

 作業小屋のなかの奥にあるのが、この鍛冶用の炉だ。

 入口に入って、すぐ脇にほうにある(かまど)が、皮をタンニン液で煮て、漬け込んであるほうだ。

 皮の手袋を付けて、漬け込んだ皮を一回持ち上げる。どれくらい染み込んだのか。まだ一日しか経っていない。

 この皮を一度外に出す。まだ洗う訳ではない。横の桶に一回入れた。

 

 また樹皮を用意してこの大釜にいれて、竈に薪を入れる。薪に火を付けて、また樹皮からタンニンが出るように、煮詰めていく。

 沸騰してきた所で、更に樹皮を追加。火を弱くするために、炭化した薪の何本かは炭壺の方に入れた。

 

 巨大しゃもじのような道具で、中をかき混ぜる。

 十分に、タンニンが出るまで煮て行き、かなり煮詰まったものが出来上がった。

 あとは温度が下がるまで待つだけだ。

 竈の火を消すために炭になった薪を炭壺に入れて消火。

 

 巨大しゃもじでかき混ぜつつ、温度が六五度Cになるまで、待った。

 老人は、六四度Cで皮を入れたのだ。

 見極めの目で温度が下がった事を確認して、皮を入れる。これをあと三日はやらねばならない。

 

 (にかわ)に漬け込んだ皮も、確認する。

 こっちはまだ、浸透に時間がかかる。少しかき混ぜる。

 膠の含有量を増やしたくなるが、増やしたからといって、浸透が加速するわけではない。

 単純に時間がかかるのだ。

 

 それを終えたら、鍛冶のエプロンをして、顔にタオルも付ける。

 

 老人の所に行くと、彼は炉の高熱にさらされ、赤熱した鉄板を叩いては、それを水に入れ、次の鉄板を叩く。

 単調な作業だ。

 

 老人がなぜ、こんなブリガンダインを作っているのか。

 この北東部では、この複合鎧は意味がないだろう。ここ、北東部では、雷を使う魔獣が多く、彼らはとても攻撃的だと、あの時にランジェッティース副長は言った。

 それを考えたら、この複合鎧の注文主は、少なくとも北の隊商道に係わる人間ではない。

 何となくだが、対人戦闘を強く意識している気がする。だとすれば、肩当てとか、二の腕、前腕の所に加え、前垂れとか腰の下も造りそうな気がする。

 

 老人はどうやら、背中側の鉄板加工に取り組んでいた。

 肩の上をどの様にするのか、見ていると、比較的小さい短冊だ。穴は左右に一個ずつしかない。

 あれを並べていき、肩の上の仕上げにするようだ。そして前と合体だな。

 背中の肩甲骨より下の辺りは、背中の側を頑張って小さく作っても、お腹側がそうなっていない以上、あまり意味はない。

 どの様に並べていくのか、私はずっと後ろで眺めていた。

 肩甲骨の辺りをどうするのだろうか。そこを見てみたかった。

 ただ、背中側の革は丁度背骨の辺りで、左右二つに分割されている。

 後ろで革紐で縛る方式か。

 

 夕方になる前に、また昨日と同じことを、彼は言った。

 「小娘。儂はもうねる。おみゃあは、けえれ。」

 「わかりました。失礼します」

 

 全く、私は何をやってるんだろうなとは思うが、あの老人が許可しない限りは、他の事は出来なさそうだ。漬け込んだ皮が革になっていくまで、あの作業を毎日続けるしかない。

 

 

 翌日。

 これまた、工房に行っても、会話は最初の挨拶と、夕方少し前に、帰れといわれる部分しかない。

 

 皮の(なめ)しも、二日三日では到底終わらない。五日か六日は最低でも必要だ。

 

 今日もまた、夕方になる少し前には、帰れと言われ、雑貨屋に帰される。

 

 明るいうちに、アイロンを掛けようと、レミーに訊くと、少し大きめの三角の鉄桶の様なものに、太い柄のついた代物が出てきた。

 「マリー、使い方は判るの? 下手に使うと服が焦げちゃうわよ?」

 「大丈夫です。以前の、村で、使って、いたことが、あります」

 「そう。じゃあ、火傷には気を付けてね」

 「はい」

 

 さて、炭に火を点け、この器に入れる。底の温度を見極めるのだ。高い温度は焦げるから、分厚い布以外は、気を付ける必要がある。

 今回は大体、底温度が七五度Cになったら、炭の位置を全体に均等になる様にする。そして服に載せた。手早く動かし、皴を伸ばす。

 

 底温度が八五度C以上に上がって来ていたら、一回、布から離して、炭の位置も少し変えたり、減らしてみたりする。ずっと九〇度C以上で使用だと布が痛みかねない。そこで温度を見て、やや控えめな温度になる様に調整する訳だ。

 

 温度の見極めが出来るので、こういう部分は楽である。この見極めの目は明らかにインチキだ。

 普通の人々なら、アイロン掛けた直後の温度を、時々布を触って確かめなければならないのだが、私は見るだけで温度が分かるのだから、アイロン掛けで服を焦がす事は絶対にない。

 私はどんどん、アイロンを掛けて行った。

 

 

 ……

 

 そんなこんなで、工房に行き始めて六日目。

 

 タンニンが皮の中のタンパク質と結びついて性質を変化させていれば、取り出して洗う時である。

 触ってみると、これはもう十分に革になった。もう少し漬けていれば、更に良くなるのだろうが、この辺りで十分なコシが得られていると私は判断。

 

 私は皮を大釜から取り出して、タンニン液を井戸水で洗い始めた。ここは丁寧に洗う。

 洗った後は、この革を持ち上げ、敷地の端でこの革を二か所掴んで、頭の上で思いきりよく回転。

 手動の、というか人間脱水機である。

 こんなことは、多分この世界の人は絶対にやらない。

 かなり余分な水分が飛んだ。あとはこれを日陰で干す訳だ。

 

 私の身長ではもちろん干場のロープに届かない。

 洗ったこの革の二隅に穴を開ける。で、ここに紐を通す。これは作業小屋に積んであった比較的細い、短めの紐だ。

 

 手近な箱を積み上げて、階段式の踏み台にする。三段の踏み台にした。

 あとはその踏み台を上って、革干場のロープにこの紐を結びつける。

 

 やれやれ。後はこれが乾けば、加工が可能になる。

 

 次は、膠水に漬けていたほうだ。

 こっちも膠水の桶から取り出して、水で洗う。

 これも皮の四隅に穴を開け、これに紐を結び付けて干場のロープにぶら下げるわけだ。

 下になるほうの穴にも紐を通して、こっちは軽い小さな石を結んだ紐をぶら下げる。

 重し付きという訳である。こっちは鞣してある訳ではない。乾燥すると、かなりカチカチの皮になる。

 そして、今日の作業はここでおしまいである。

 

 老人はなおも、小さな金属を熱しては叩く作業だ。延々続けている。

 今の作業はおそらく、前腕の部分であろう。かなり細く長い。尺骨の長さより少し短い位の長さで、これを前腕を覆う革に取り付けるのだろう。

 

 この複合鎧の何割出来たのか、半分はとうに超えている。このまま一着出来るまで、老人は何も喋らなさそうだった。

 

 「小娘。儂はもうねる。おみゃあは、けえれ。」

 唐突に老人がそういう。

 何時も唐突だ。どういう訳か、一区切りついたから寝るという話ではないのだ。

 

 「わかりました。失礼します」

 

 私はそそくさと、革のエプロンを外して、タオルもとって、リュックに仕舞って、工房の外に出る。

 

 老人の作っている、あの複合鎧を、自分で真似する事が出来るだろうか。

 頭の中に手順を思い浮かべつつ、森の中を歩き抜けた。

 あの後ろ側の金属並びを見る事が出来れば、たぶん真似できるだろう。

 自分で作るかどうかは別問題だが。

 

 ……

 

 雑貨屋に戻り、何時もの夕食の時間だ。

 この日はカサンドラが夕食当番である。

 

 食卓の奥からはいい匂いがしている。

 

 今日の夕食は、魚の干物。それとあのデカい塩漬けの干物から、少し切り出して、焼いた切り身。あとはとろみのついたスープと丸いパンだった。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 相変わらず、カサンドラが作る食事の味付けは、いいところをついているのだ。

 魚の干物はもう、これが最後らしい。そうなると、後七日か八日は食べられない。

 なので、十分味わって食べる。

 

 焼いた切り身の方も、これに香辛料がかけてあり、やや魚醤が掛けてあるようだった。旨味の方向をそれでコントロールしているのだろうか。

 白身の部分は、そのままだと味が薄いのだが、魚醤が掛けてあるせいで、味に深みが出ていた。

 

 「マリー。あの(じじい)はどうなんだい。なんか全然作業が変わってないみたいに音がしてるんだけどねぇ」

 食べながら、カサンドラが訊いてきた。

 

 「リットワース様、ですか……。憑りつかれた、ように、鎧を、作って、います。私は、あまり、手伝える、部分が、無いのです」

 「あの(じじい)、教える気はないんだろうね。マリーは何かそれで得るものはあるのかい?」

 「何とも、いえませんが、今、作っている、鎧は、少なくとも、師匠様は、作って、いなかった、鎧です。作業、全体を、見ている、だけでも、私は、来た、甲斐が、あった、と、言えます」

 「そうかい。それならいいんだけどねぇ」

 

 「リットワースさんって、物凄く臭いって、みんないうんだけど、マリー、それは本当なの?」

 エイミーが訊いてきた。

 「たぶん、ずっと、水浴びすら、してない、のです。あの人は。火を、使うから、汗も、沢山、出て、それが、体と、服に、染み込んで、いますね。そういう、匂いです」

 私はちょっとだけ、顔を(しか)めた。

 

 「ええー。それって、同じ部屋に居たくないよね」

 「はい。臭いで、泪が、出そう、ですよ」

 そういうと、レミーとエイミーが揃って苦笑していた。

 

 カサンドラは立ち上がり、奥からやかんの様なものを持ってきた。

 例によって黒いお茶だ。

 何時もの様に、安定したいい味であった。

 このお茶を戴いて、食事は終了である。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。少しお辞儀。

 

 食事も終えて、寝ることにしたのだが。

 

 その日の夜は、何か寝苦しい。どういう訳か、寝るのに時間がかかった。

 こんな時間から、リットワースはまた鉄を叩き始めていた。ハンマーで叩く音が聞こえてくる。

 

 ……

 

 ようやく転寝(うたたね)し始めたその時だった。唐突に頭の中で警報音が鳴り始めた。

 がばっと跳ね起きた。何だろう。魔物ではないな。背中に違和感がない。

 となれば……。この危険は、深夜の盗人とか、そういう事か。頭の中の警報音は鳴り止まない。

 

 まだ、獣脂のランプは火が付いていた。ああ。消していなかった。だが灯火の手間が省ける。

 念のため、急いで寝巻の上だが、ブロードソードとダガー二本が着いた剣帯を腰に付ける。

 

 ランプを片手に下の階にそっとおりた。

 裏に回る扉を開けて、渡り廊下。

 トイレの手前の所で私はしゃがみ込み、渡り廊下の壁板から僅かに顔を出して裏庭をそっと眺めた。

 

 星明りの下、何者かが、家の裏手の壁を丁度乗り越えていた時だった。

 

 

 つづく

 

 深夜に強盗が塀を越えて侵入。

 しかしマリーネこと大谷はそれを事前に察知していた。

 例によって頭の中に警報が鳴り響いたからである。

 

 次回 マリハの町と深夜の侵入者

 マリーネこと大谷は、侵入してくる強盗を素手で相手する事になる。

 今回も、例によって「不殺」での対処。

 それは彼にとって日ごろから鍛錬を続けている、空手と護身術等が混ざった物である。


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