185 第19章 カサマと東の街々 19ー24 マリハの町4
高い食料品や調味料を、一切値引き交渉もせずに買い足していくマリーネこと大谷。
そして、やっていなかったので剣も研いでおく。
185話 第19章 カサマと東の街々
19ー24 マリハの町4
広場には中央に池があり、湧き水が出ていて、その湧水の溢れ出た先は、小さな川が少しあり、直ぐに暗渠になっていた。たぶんだが、横のマカチャド湖に流しているのだろう。
この広場の周りに、大きなシートを敷いて、沢山の人がそれぞれ、色んな物を売っている。
レミーはそのうちの一人がやっている食材売り場に、近づいた。
「あれよ。マリーネさん。あれがお茶の実よ」
彼女が指さしたのは、よく判らないが脱穀しただけの様な茶色っぽい実だ。あれがお茶になるのか。
「これも、信じられない。こんなに高いなんて。普段の三倍じゃない」
「普段は、幾ら、なんですか?」
「小さいほうの袋で、二デレリンギ。大きい袋だと四デレリンギのはずなのよ」
見てみると、小さい方で六デレリンギとなっている。大きいほうは一二デレリンギ。
「全然、問題ない、です」
私は笑顔で、これまたこの茶色の実も大袋で買う。二袋だ。
ポーチから二四枚のデレリンギ硬貨を出して、さっさと払う。
受け取ってこれまた、リュックの中に入れた。
「次に、行きましょう」
「マリーネさん。ちょっ。ちょっと。いいの?」
「早く、買わないと、無くなりそうです。次に、行きましょう」
「じゃあ、そっちのクペラズを買いましょう」
彼女のいうクペラズとは、どう見ても里芋にしか見えない、何かの根菜。
私はもう、値段も見ずに大袋一杯を頼んだ。
金額は二八デレリンギ。これもポーチから硬貨を出して支払った。
どれもこれも、私は値段交渉は一切なしだ。彼女はびっくりしている。
私は、リュックを一度降ろして、ロープでこの里芋もどきの入った袋をリュックの外に縛り付ける。そして背負い直し。
「もう一つ、あれも買いましょう。ババンヌイ」
彼女が指さしたのは、もうなんというのか、形のかなり歪な赤紫色のジャガイモのような、何か。一応、根菜らしい。
これは、上の葉っぱの方も赤紫色だという。緑色じゃないのだろうとは思ったが、赤紫なのか。
これも大袋一杯だ。
金額は三〇デレリンギ。これもポーチから硬貨を出して支払った。
これは彼女が受け取った。
「次に、行きましょう」
私がそういうと、もうレミーは無言で頷くだけだった。
少し離れた場所で売っている人の所に彼女は向かった。
そこで売っていたのは、赤い実のびっしりついたトウモロコシのような奴。
ビッタヒンというらしい。軸も赤いがその葉っぱも赤い。
これは、たしか南の方でみたな。ワダイの村で。
軸ごと乾燥させて、そこからトウモロコシの様な実を取り出したものが売ってる。これも大袋一杯買う。
これは最初の穀物より、ちょっと高い。五〇デレリンギ要求されたので、リンギレ硬貨を渡して、お釣りを受け取った。
袋はレミーが受け取ったが、レミーは目を丸くしている。
流石にもうこれ以上持てないので、ここで戻ることにする。
「もう、持てないし、戻りませんか?」
私がそう言うと、彼女も頷いた。
「そ、そうね。戻りましょう」
雑貨屋に入って、とにかくリュックを降ろし、里芋もどきの袋をまずロープを解いて降ろし、リュックの中のお茶の袋と穀物の大袋も出す。
まだ昼前である。
妹のエイミーがやはり苦労していたらしく、すでに戻ってきていた。
「お姉ちゃん。すっごい高くて、これじゃ、買えないよ」
「こっちもかなり上がってたわ」
「どうしよう」
「私が、買います。行きましょう」
調味料はかなり値段が上がっていて、殆ど買えなかったらしい。
私がついて行く。
さっきとは行くお店が違う。どうやら調味料を専門に扱う店だ。
少なくなっていたという調味料を、この店で買う事にする。
最初は茶色の砂糖。中くらいの袋一杯。一二〇デレリンギ。
これも通常の倍以上の値段だと、エイミーは言うが、構わず硬貨で買う。
倍以上だというので、元は五〇デレリンギくらいか。
私はリンギレ硬貨とデレリンギ硬貨でさっさと支払って、リュックに入れた。
次。塩。
これは本来王国の物を売っているだけなのだが値段は上がっていた。
大袋一杯で、本来は二〇デレリンギの所を六〇デレリンギ。生活必需品を三倍の値段とか、阿漕だろうとは思うが硬貨で支払う。
さっさと支払って、リュックに入れる。
次は、胡椒と香辛料だ。これは、私でもわかるほど高い。大袋二つでまさかの四リンギレ。
彼女がびっくりしているが、構わず買い付け。
次は、魚醤である。これはお店が港の方にあるらしい。
中央広場のごった返す人の横を通り抜けて、西に向かう。
エイミーがいうには、港の少し手前に魚醤専門のお店があるらしい。
そこまで行き、二軒あるお店の前でエイミーが立ち止まった。
もう辺りには、かなり臭い魚醤の匂いが蔓延していた。
店の前には、大きな陶器の瓶に詰まった魚醤がいくつも並んでいる。
「どれが、いいのでしょう?」
私が訊くと、どうやら私が指さしている方は、高いらしい。
「そっちのは、高いから。中間のがいつも使ってるのよ」
「じゃあ、それにしましょう」
こういうのは嗜好品に近い。料理に使うのだ。何時もの味であることが重要だ。
提示された値段は、三リンギレ。さすがにこれは、明らかに高いのが分かった。
これはトドマの店で売っているケンデンの透明な魚醤とまではいわないが、少なくともスレイトンの魚醤の高いほうの値段に近くなっている。
どうやら、何時もの値段の四倍を超えているらしい。普段なら七〇デレリンギくらいなのか。
「こんなに高いなんて……」
「大丈夫です。私が、払います」
お店の人の前に行って、指さして、買う事にした。支払いは勿論、硬貨だ。
小さいポーチからリンギレ硬貨を出して、渡す。
「マリーネさん。さっきから、すっごい金額払っているけど、大丈夫なの?」
「まだ、これくらいなら、大丈夫ですよ。戻りましょう」
魚醤の瓶はエイミーが抱えるようにして持った。
雑貨屋について、一休みである。外は思った以上に人が出ていた。
町の中央にある広い広場には沢山の人が出ていたのだ。あれほど混むという事は、この町にそれだけの人が住んでいるという事になる。
世帯数にして五〇〇か、多くても七〇〇か。確かに町レベルだな。
横の街道沿いのマカマ街とかリカジ街は、完全に一〇〇〇どころか、一五〇〇世帯は軽く超えているだろう。あの工場にどれほどの人が働いているのか、中を見ていないが相当な人員がいそうではある。
三人で黒いお茶を飲んでいると、午後を少し回って、カサンドラが戻って来た。
あまり機嫌よさそうな表情はしてない。
両手にロープで縛られた、塩漬けの大きな魚が六匹。相当大きい。一メートルは軽く超えている。
よく見ると新巻鮭のような状態だ。内臓は抜かれていて、塩漬けのあと、更に天日に当てて乾燥させたらしい。
それと両手に四匹づつの魚の干物。計八匹だ。
「五割増しで買わされたよ。まったく。足元見やがったズンデックの奴には、次からうちの雑貨も五割増しで売っていいよ、レミー」
「お母さん。落ち着いて。で、保存食がこれね」
「ああ。干物だからね。そこそこ持つけど、こっちのは塩漬けの上に干してある。これなら暫く家の裏に吊るしておけば、相当持つよ。二週間くらいなら、まず腐らない。その代わり、他のがなくなったら、毎日これになるけど」
五割り増しなら、カサンドラは相当頑張って値段交渉したほうだろう。
他の物品は、みんな二倍から三倍という高騰ぶりだったのだ。
私はそれはいわずに、黒いお茶を飲んでいた。
「で、最初に言っておくよ。レミー。このマリーネさんを、うちの食客にするか、臨時簡易宿泊業の客にするか、お前が今すぐ決めな」
カサンドラは、上にある棚から棒を引き出し、それを別の棚との間に掛けた。
魚を持ち上げて、そこにこの魚たちを縛っている紐の先端をひっかけてぶら下げた。
「そうしないと、この人からお金は取れないよ?」
「え、あ。そうね」
レミーが母に指摘を受けて、ちょっと迷い顔だった。
「店長はお前だからね。今から商業ギルドの館に行って、臨時の簡易宿泊業許可証を直ぐに出して貰うか、それとも、うちの親戚扱いして、食客にするか。決めるのはレミー。あんたが店長だから、あんたが決めるんだ。どっちにしろ、このマリーネさんは、二階の旦那の部屋に暫く、住まわせる」
彼女はまた椅子にどっかり座り込んだ。
「うーん。臨時の簡易宿泊業で、しかも期限を決めれないとなると、期間を一月で申請して、足りない場合、その次から延長申請扱いになるんだけど……。臨時簡易宿泊業ってすっごく面倒なのよ。商業ギルドの方でやってる宿泊施設があるから、ギルドの上の方がなっかなか許可を出ないって聞いてるわ」
「申請出すだけだして、先に泊めちまうのは、たしか駄目だったね。わたしゃ、もううろ覚えさあね」
「どうしよう」
「あの。私から、監査官様に、お願いすれば、すぐに、その場で、商業ギルドに、命令が出て、確実に、許可証が、出るとは、思うのですが、そうしましょうか」
「へぇー。金階級だと、監査官にも話が付けられるんかい」
「いえ。今回だけ、です。困った、ことが、あれば、いいなさいと、言われて、います」
「どうするね。レミー。マリーネさんに、商業ギルドの上の方、話つけて貰うかね」
「うーん。せっかくだけど、それは遠慮しておくわ。臨時とはいえ、宿泊業にすると、いろいろあってね。食事にしろ、お風呂にしろ、商業ギルドの方から指導が来るのよ。臨時の宿帳もよ。そんなの面倒よね。マリーネさんはうちの親戚扱いで、二階に泊めます。食べるものは、私たちと同じもの。ただ、自分の服の洗濯とかは、自分でやってね」
彼女がやや困り顔のまま、私の方を向いた。
「そういう事、でしたら、今日、買ってきたものは、全て、店長に、差し上げる、形で、いいですよね?」
「あー、忘れてた。すっごい金額をどんどん払っていっちゃうんだもの。私びっくりして、今の今まで忘れてた」
「姉さん。こっちの調味料もマリーネさんが買ったのよ。それもどんどんリンギレ硬貨だして」
カサンドラとレミーが目を丸くしている。
「レミー。決まりだね。マリーネさんが出した金額はたぶん宿代にしたら、一月分近くにはなるんじゃないのかね。マリーネさんは、暫くうちの親戚さね」
「えっと、それなら、さんづけは、いりません。私の事は、マリーと、呼び捨てで、結構です」
「えー。金階級の人にそれは……」
姉妹が目を丸くしている。
「カサンドラさん、これからは、私が、この雑貨屋を、出るまで、カサンドラ伯母さんと、お呼びしても、いいでしょうか」
「いいでしょうかって、ねぇ。あんたがそれでいいのなら、わたしゃそれでいいよ」
「レミーさん、エイミーさんも、レミー義姉さん、エイミー義姉さんと、お呼び、します。よろしくお願いします」
「それで、本当にいいの?」
「私の、身長が、まだ、伸びていないので、子供みたい、でしょうから、これが、一番、目立たない、形と、私は思います」
「リットワースさんに、会えたあとは、この金の、階級章も、必要な、時以外は、外して、おきます」
「あんたは、本当に変わってるわさ。貰った金の階級章を外して暮らす人なんざ、冒険者ギルドにはいないだろうよ」
そういって、カサンドラは笑った。
「まだ夕方まで、間があります。私は、ちょっと、道具を、見ておきたいので、裏庭に行きます」
「ああ、いいよ。マリー。夕食になったら呼ぶから、好きな事をしてな」
「はい」
私は二階に向かい、砥石、剣二本とダガーを持って下に降りる。
桶も借りて、水を井戸で汲み上げ。
さて、まずはブロードソードだ。
湖岸で戦った男と剣を合わせたから、やはりその場所は無傷とはいかない。少しだが、削れている。
頑張って研ぐしかない。片側だけなのが、幸いだった。
砥石と剣に水を掛けて、ゆっくりと研ぎ始める。
……
黙々と、剣を研ぐ。
終わったらダガーだ。
これも丁寧に。
最後のミドルソードだが、これは何処からどう見ても、疵はない。
しかし、ほんの軽く砥石で仕上げるようにして研いだ。
その日の夕食は、カサンドラ伯母さんの料理である。
どうやら、三人で交代で作るらしい。
今日は保存されていた燻製肉だった。
カサンドラ伯母さんの作る料理は、味の加減が絶妙である。
やはり、これは圧倒的な経験値の差であろう。
この日の夜は、ランプを持って井戸の横に行き、濡らしたタオルで体を拭く。
お風呂はないのだろうか。彼女たちは、お風呂はどうしているのだろう。
翌日。
朝は何時もの様に、ストレッチからのルーティーン。
終えて、井戸端で顔を洗って、戻ると朝食。
丸いパンとスープを戴いての朝食も、これからのルーティーンである。
朝食を食べ終えて、少しして彼女たちはお店の中の掃除を始めた。
客はいつ来るのか、さっぱり分からないお店だ。
私は、もう少し街の様子を見る事にした。
「少し、出かけて、来ます」
「いってらっしゃい」
レミーさんが、挨拶をしてくれる。
中央の広場に行くと、今日は販売はしていないらしい。
まだ人々は街に出てはいるものの、あちこちでどうやらマカマの噂話で一杯だ。
街の中央の池以外にも、やや南に小さな池がある。こっちも湧き水なのだそうだ。
なので、ここで水を直接飲む人もいるらしいが、辞めたほうがいいと町の人はいう
ここで洗濯をしている人が何人もいる。
なるほど。そうだ。思い出した。すっかり忘れていたが、私もあのツナギ服を洗おう。
急いで雑貨屋に戻る。
二階に行って服の入っている革袋を出し、服を全部洗おうか、干すだけにするか考えるために革袋を下に持って行くと、服を三人に見られてしまった。
彼女たちはもう掃除は終わっていたらしい。
カサンドラが、この服の布地のうち、ズボンとツナギ服を除き、私が作った服の布地は、とても珍しいものだという。
「ふーむ。この布。グイド村やチド村では、こういう糸は出来ないねぇ。相当珍しい布だわ」
「お母さん、どうして分るの?」
「わたしゃ、これでも、この町でもう八〇年は越えてるさ。マカマやリカジで造った布はずっと見てる。この人の持ってる布は、この辺の物じゃないね。ずっと東の方の国の物さ」
「そっちに行けば、こういうのが沢山あるのかしら?」
「どうだろうね。これほどの薄さでこのそろった丁寧な織り。この光沢。これは高級な布だわね」
「え。どうして。お母さん」
エイミーが訊いた。
「お前たち、何処を見てるんだい。こんな細い糸で布を織りあげてるんだよ? これをやるのがどれほど大変か、分かるかい?」
彼女は赤い服の上着を広げて持ち上げた。
「織っている途中で糸がきれちまったら、そこの大分手前から、やり直しさね。でも、この細い糸できっちり織り上げてある。布も思った以上に丈夫で、薄いのにくしゃくしゃにもならない。布その物がしなやかなんだねぇ」
赤い上着を大分眺めた後、カサンドラは私の方を見た。
「マリー。あんたは本当に何処から来たね」
そう言われても、答えようがなかった。
「私が、いた村は、ずっとずっと、北にあって、そこでは、みんなこの布で、服を持っていました」
「北国っていったってねぇ。あのデカい山の先にどんな国があるのか知らんけど、あの山を越えて来るのは、無理だわね。あんたもっと東から来たのを、北だと思い込んでるんじゃないのかい」
私は目を閉じた。
本当の事は絶対に言えない。ずっとこれで通して来たのだ。
「私には、……、この王国に、来る前の、そう、一年以上前の、記憶が、ないのです。その場所が、何処なのかすら、私には、もう、分らないんです」
「ちょ、ちょっと。あんた。それは本当かい!」
カサンドラがいきなり大声を出した。
「ど、どうしたの、お母さん」
レミーが、驚いていた。
「それが本当なら、この人は、たった一年で金の階級になったっていう事さ。そんなのは、あの白金の英雄の二人くらいしかいないんだよ? お前たち、それがどういうことか判るかい?」
カサンドラの娘の二人の目が見開かれている。
「つまりだねぇ。この人は、この身長でもって、この一年間、討伐隊でそれこそ数限りなく魔獣を倒しちまってるか、それとも討伐のとても大変な上級の魔獣や魔物をいくつも倒しちまってるか。それを冒険者ギルドが認めないと、たった一年で金二階級なんて、与えられっこない……」
二人の目が見開かれたまま、固まった。
「あ、あの。それは、出来れば、内緒に、お願いします」
「どうしてだい。マリー」
カサンドラが厳しい目で問い返して来た。
「目立ちたくは、ないんです。マカマの、ギルドとかに、知られたくも、ないです」
「ふーん。あんた。代用通貨を見せてくれるかい」
私は冒険者ギルドが発行した、何時ものトークンを彼女に手渡した。
「これかい。あんたは冒険者ギルドがある街なら、これで買い物が出来るんだろう?」
そう言いながら、彼女はトークンを裏返した。
「たまに冒険者が来て、こういう代用通貨でうちの物を買おうとした事もあるさ。まあ、ここには冒険者ギルドがないんで、丁重に、お断りしたさ」
彼女はもう一度、表を見てから裏返し、神聖文字の所を指で触った。
「ただ、これは……。どこからどう見ても本物だね。この偽造防止はかなり名のある魔法師がやってる。それは間違いないわ」
手に持ったトークンから顔を上げて、娘の方を見た。
「レミー。あんたもこれを見ておきな。これは本物の冒険者が持つ、本物の代用通貨さ」
そう言いながら、彼女は一度立ち上がり、私のトークンは娘のレミーに渡された。
「お母さん。何が言いたいの?」
「簡単なことさぁね。内緒にしてほしいというのが、偽物の階級章だから、というこっちゃないっていう事さね」
カサンドラは椅子にどっかりと座り直した。
「すみません。今は、私は、細工を、習いに、来たのです。マカマの、支部が、悲惨なのは、聞きましたけど、私が、そこに、行けば、絶対に、祭り上げられるから、行かない様に、カサマの、監査官様からも、強く、言われています」
「ほお。あんた、全部の街の監査官と顔繋ぎでもしたかね」
「いえ。それ程でも、ないです。東部と、北部の、監査官様、だけです。ただ、目立てば、色んな人たちが、勝手に、近寄って、きます、だから、内緒に、お願いします」
それを聞いてレミーは目を瞑った。何かを考えているらしい。
レミーは目を開けると妹の方を向いた。
「分かったわ。エイミーも、今聞いたことは全部忘れて頂戴。この人は、私たちの家に来た、東方からの遠い親戚。それで二階に暫く泊めるの。いいわね?」
そう言いながら、レミーはわたしのトークンを返して寄越した。
「これはとても大事なものだから、返しておくわね」
私は受け取って、ポーチに仕舞った。
「レミー。だいぶ分って来たぢゃないか」
そう言いながらカサンドラは笑っていた。
「カサンドラ伯母さん。レミー義姉さん、エイミー義姉さん、そういう事で、よろしくお願いします」
私は立ち上がってお辞儀した。
「洗濯に、行きます。竈の灰を、頂いて、いきますね」
「ああ、洗濯なら、うちの井戸でやんな。わざわざ、町の真ん中に出るこたぁないよ。それに、その布地をあんまり観察されるのも良くはないだろう。マリー」
「そ、そうですね。じゃあ、店の、裏の井戸で、洗濯、します」
確かに、これを見て、分る人がいたら、妙な噂話が出かねない。
私は裏にある井戸の横で、灰を使って、まずは汚れているツナギ服を洗い始めた。
つづく
カサンドラはマリーネの持っていた服を見て、マリーネは東の方の人間であると判断した。それもこの布は高級品であると見切った。
そしてマリーネこと大谷が、なぜ自分の階級を隠すのかに疑問を持ち、代用通貨を見て、本物であると断言。
娘のレミーはそれらを見て、全てを飲み込んで、マリーネこと大谷を東から遥々やって来た親戚という扱いにし、細かい詮索を止めたのである。
次回 マリハの町と複合鎧
ようやく、当初の目的であった、鎧職人を訪ねていくマリーネこと大谷である。
しかし……。師匠の言う通り、彼は相当な臍曲がりだった。