184 第19章 カサマと東の街々 19ー23 マリハの町3
朝起きて、何時もの鍛錬。食料の買い出しについて行くマリーネこと大谷。
町の市場は、降ってわいた町の門の完全閉鎖でごった返していた。
184話 第19章 カサマと東の街々
19ー23 マリハの町3
二階にやっとで上がる。何しろ階段は、背の高い亜人の方々向けである。段差が大きいのは何時もの事ながら、この家の階段は狭いうえに、急なのだ。
「それにしても、大きい荷物背負ってるわねぇ。何を持って歩いてるのよ」
エイミーという女性が訊いてきた。
「私の、着替えの服と、靴。鍛冶細工の、道具、などです」
「それで、そんなに一杯になっちゃうなんて、どれだけ背負ってきてるのよ」
彼女は苦笑した。
「さあ、この部屋がお父さんの使っていた部屋。お母さんがここを使えというから使わせるけど、何か毀したら承知しないからね?」
「はい。寝る場所、だけ、お貸し、ください」
彼女は大きなベッドを指さした。
「そこのベッドを使ってね。あと。お父さんの机の上に燭台があるから、蝋燭もあるけど、獣脂の手持ち灯火がよければ、持って来るわよ」
「その灯火を、お願い、出来ますか?」
「そのほうがいいのね?」
「私が、泊まって、蝋燭が、どんどん、消費される、のは、忍びません。獣脂で、お願いします」
「あなたって、変なところで遠慮するのね。いいわ。手持灯火を持って来てあげる。それまで、ここにいてね」
彼女が下りて行くと、真っ暗だ。ここに上がってくる時に、階段の所にブラケットがあったが、たぶんあそこに獣脂のランプを吊下げておくのだろう。
暫くすると、彼女がランプを二つ持って上がって来た。
「持ってきたわよ。倒さないでね。火事になっちゃうから」
「ありがとうございます。扱いは、注意します」
「そうね。じゃ、寝る前に、また下に一回来てね」
そう言うとエイミーは階段を下りて行った。
さて。ここの人たち、確かに良さそうな家族だが。女性三人。旦那は既に亡くなっているのか。で、店を娘の長女に任せた訳だな。あのカサンドラさんは。
下世話な心配なのだが、お金が盗まれる事などは考慮外でいいのだろうか?
まあ、とにかく、荷物を開けよう。
まずは外に縛り付けたミドルソードを外す。これをベッドの横に立てかけた。
中に入っているのは、一番上は束ねたロープが二本。そして革のマント。
靴の入った革袋。中身は山の村で作った、靴と、突っかけ。師匠の下で作ったローファーみたいなのと、ハーフブーツに、柔らかい靴。
師匠の紹介状が入った箱。
服の入った革袋。これが一番大きい革袋だ。これはまだ開けないで置く。
その横にあるのが、硬貨の入った革袋。トークンとその中の金額を除けば、これが今の全財産だな。しかし、リングレット硬貨を一枚持ってきてしまったのは、間違いだな。
トドマで預けてしまえばよかったのだ。この硬貨は額が大きすぎる。何しろ、一〇〇リンギレは元の世界での金額なら、私の換算で五〇〇万にはなる硬貨なのだ。街での簡単な食事、一回一デレリンギを一万回分、この一枚の硬貨で出来る計算だ。こういう小さい町で使う硬貨ではないな。
小さいポーチは肩にかけてる。一〇リンギレと、三〇デレリンギが中の小さい革袋に入ってる。あとはトークン二枚とハンカチ代わりのタオルも。
その下にあるのは、汚れまくり、ややへたりぎみのつなぎ服、そして鍛冶用の道具をいれた革袋。中身は鍛冶用のエプロンや手袋、顔を覆う布など。それと自分のハンマーに、砥石とか小道具が少々。
エイミーがいう程、大荷物だとは思えない。何しろこれでもこのリュックの半分ちょいなのだ。まだまだ、かなり入る。
大荷物というのは、エイル村に置いてきた、あのリュックだろうな。
剣とダガーのついた剣帯を外して、床に置いた。床の板が重い鈍い音を立てる。
ブロードソードは明日にでも見ておく必要がある。湖岸の街道で出会った、あの傭兵らしい男と斬り合いになった時に、大分、刃を当ててしまった。あれだけ重い剣筋だ。刃が少しくらい削れていても、不思議ではない。
大きい鉄剣の時は、打ち合わせて、あの傭兵の剣を折ったが、剣にはあまりダメージがなかった。あっちは渾身の叩きで作った剣だ。ブロードソードはそこまでは届いていない。
武器はともかく、硬貨の方だが、明日の買い物、私も一緒に行くべきか。
小銭をかなり用意してあるが、今の三〇デレリンギでは足りない可能性がある。
思い切って八〇デレリンギ。あとはリンギレ硬貨も増やす。こっちは一五リンギレ。たぶん、こんなには要らないはずだが。
取り敢えず、着替えておこう。
何時もの服は脱いで、服を入れた革袋から、若草色のブラウスと焦げ茶色のスカートだな。靴はハーフブーツ。
着替えて、革のポーチを袈裟懸け。左腰にダガーをぶら下げる。
寝る前の挨拶に、こんな風にする必要はないかもしれないが。
ネグリジェで下りていくのも、何か違う気がする。
ランプを持って下に降りていくと、三人がもう寝間着でそこにいた。
「あら。マリーネさんが普通の服に着替えて来た」
レミーが私を見て、意外だという顔だった。
「普段着は、いくつか、あるのです。寝る前の、挨拶に、来ました」
「まあ、そんな、堅苦しい事はしなくていいよ」
カサンドラが笑いながら、そんな事を言う。
「あは。私が言ったの。一回下に来てねって」
「エイミーかい。何故そんなことを」
「もう真っ暗だけど、厠と井戸の位置を見ておいてほしいのよ。厠も井戸も、お店の裏だから、案内するわ」
エイミーもランプを持ち、裏手に向かうので、ついて行く。
「もう、真っ暗だから、足元気を付けて。私たちはもう、目を瞑っても、躓いたりしないけど、あなたは初めてだし、その。身長もね」
「はい。ありがとうございます」
家の外にまで屋根のある張り出し廊下。真司さん千晶さんの家と同じだ。
その廊下の先に、まず井戸があって、その先にトイレ小屋だった。
廊下はそこまでつながっている。
「位置は、分かりました。大丈夫です」
「そう。もう後は自分でやってね。」
「はい」
二人で、また真っ暗な廊下をランプの灯りだけで戻る。
他の二人がいる場所まで戻ると、エイミーが振り返った。
「じゃあ、お休みなさいね。マリーネさん」
「はい。今日は、ありがとうございました。おやすみなさい」
べったりと深いお辞儀。
このキツい階段を上がって、割り当てられた部屋へといく。
部屋について、すぐ服を着替える。
全部脱いで、それからネグリジェである。
ここの雑貨屋親子には期せずして、大分お世話になってしまった。
何か、お礼をしないといけないな。
それとリットワースには会えるだろうか。
だいぶ臍曲がりだという、その老人は果たして鎧造りを見せてくれるのか。
まだまだ、心配は尽きなかったが、行ってみるしかないのだ。
翌日。
起きてやるのは、何時もの様にストレッチから準備体操。ここは二階だし、振動や音は良くないな。まずは何時もの服に着替える。それから靴を履いて剣とダガーを持って階下にそぉっと、下りる。
昨日の夜に教えて貰った裏手の扉を開ける。
まだ外は薄暗く、日の出は相当先だ。しかし、私にとっては、これが朝の何時もの時間だ。
渡り廊下の先、トイレの横から裏の敷地に出る。
剣は廊下の壁に立てかけた。
周りは少し、家庭菜園の様なものがあり、何かが植えてある。その脇は結構あいている。その外に塀があり、塀の向こう側は細い道があって、その先が隣の家。
よし。深呼吸から。
十分に深呼吸してから空手の鍛錬。
声を出さない様に十分に気を付け、無言で淡々と何時もの鍛錬をこなす。
それでも、息を吐き出すときに「はっ」とか、小さく出てしまっているが、これはもうしょうがない。許容範囲だ。
拳を収めて、一礼。
次は護身術。
この異世界でも、やはり体術はあるんだな。あのマカマにいた不良は、まさかの踵落としを使ってきた。あの男は踵落とし以外にも蹴り、飛び蹴り、回し蹴りを披露した。黒帯というには、まだちょっと足りない感じはするが、全くそんなものを習った事すらない人相手なら、十分通用するだろう。
つまり、何処の国出身なのかは知らないが、格闘技がかなり練り込まれている国か、そういう集団がある。
そういう手合いが、私の命を狙ってきた場合、負ける訳にはいかない。
一層、この護身術に磨きをかける必要がある。
残念なことに、私は元の世界では合気道は習っていない。柔道は少しだけだ。
学生時代に習った空手だけでは、多分駄目だ。社会人になってから習った、この護身術を自分の空手に取り込んでいき、完全に攻防一体とする必要がある。
元々、この護身術を教えてくれた元の世界の師範は、空手が始まりで沖縄の骨法とか中国に渡って少林寺拳法も師範から認められるほどに修め、太極拳や他の物も修めた上で、日本に戻り、自分なりの新たな流派を起こしたのだと、私が入門した日に説明があったのを思い出す。
女性でも使えて、自分の身を守れる。男性は更にその先、自分とその横にいる女性も護れる。そういう拳法に変化させたのだという。
師範がそれまで習ってきたという流儀の全ての免状が、壁の上に飾られていた。
今にして思えば、師範は凄い拳法家だったのだ……。
全ての場合で剣で斬り倒せるなら、それでいいのだが、時には「不殺」が必要になる。
それはスッファ街でもそうだった。あの時は、私はあの時間を引き延ばす、ゾーンに入れたから、事態を切り抜けて助かっただけに過ぎない。
つまり、剣技と同じくらいこっちも鍛錬を行い、技の速度や威力を上げて行かねばいけないのだ。
軌道を正確に。そして速度を上げる。私の体重は軽いから、腰をもっと落として、重さ負けしない様にして行く。
踏み込む脚に一層の瞬間的な力が加わり、地面が少し凹んだ。
手技、足技も十分鍛錬した。
呼吸を整える。
次はダガー二本でやる二刀流格闘技。剣技では無いところがミソだな。
拳や手刀、掌底ではない、ダガーを使った突きと払い。更にはそこからの反撃。
見極めの目で見る相手の剣筋を、私のダガーで僅かに横から小突いて、剣筋を逸らせる。
目を閉じて、シャドウだ。私はもう目を瞑ったまま、舞う様にして辺りを囲む暗殺者にダガーを当てている様を想像しながら自分の身を護る事に集中。
瞼の裏にいるのは、あのスッファからキッファで出会った黒服たちだ。
シャドウの中にいる、あの黒服の攻撃を避け損ねている自分がだいぶいるので、あの人外に囲まれたら、勿論助からない。だが、あれくらい強い相手と練習している気持ちでいなければ、自分の技はきっと上手にならない。
シャドウ中に、何度か踏鞴を踏み、これが実戦なら死んでいるなと、その度思う。
少し休憩。井戸に行き、水を一杯のんで顔を洗う。
剣の鍛錬だ。ブロードソードの居合抜刀から。
何時もの様に、剣を振るう。私の身長が、今の一二〇ちょいから、もう少し。一四〇。いや、せめて一六〇くらいまで伸びれば、リーチが今の一・四倍くらいまでいくだろう。
身長と腕が延びれば、届く範囲が大きく違ってくる。
背が伸びてほしい。本当に。
次は二刀流だ。スラン隊長に教わったアレだ。
深呼吸して目を閉じる。
スラン隊長は、どこでこんな技を身に着けたのか分からないが、彼は傭兵だったらしいから、その境遇が彼にあんな剣技を与えたのだろう。
剣技の鍛錬を終えて、顔を洗う。
ようやく、朝になろうとしていた。
汗を拭いて水を飲み、一度上に行く。
二階で、準備することがある。今日中に食料を買うと言っていたので、それに付き合って、町中を見ておこう。
今回持ち歩くのに必要なものは、このリュックとロープだけだ。
この部屋主は、もうすでに亡くなった旦那さんだそうだから、思い出の物もあるだろうから、下手に触れない。
ダガーを一本だけ何時もの服のスカートの所に革紐で取り付けた。
小さいポーチを肩に袈裟懸け。
ロープしか入っていない空のリュックは、どうにも背負いにくい。違和感しかなかった。
この家では、朝食は食べないのかと思っていたら、丸い小さなパンが出た。
昨日の物なのだろう。温め直してある。それと昨日も出たスープだ。
「ごめんなさいね。明日から、食材を切り詰めていくから、こんな程度しかできなくて」
レミーが謝るが、出してくれるだけ、随分とマシである。
手を合わせる。
「いただきます」
パンを千切ってスープに浸して食べる。
カサンドラもやって来て、どっかりと座り、やかんのような容れ物も、食卓に置いた。そこから、例の黒いお茶を四人分の器に注いでいる。
「さあ、食べたらこれも飲みな」
「ありがとうございます」
パンはあっという間に食べ終えた。
ちょっと味の濃いスープも頂いて、それからこの黒いお茶だ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。ややお辞儀。
「それ、何なの? 昨日も食べる時や食べた後、やってたけど」
エイミーが訊いてきた。
「食事が、出来る事、食べさせて、頂いた事を、感謝する、儀式です」
「感謝するって、誰に?」
「創造神様と、他の神様と、この世界と、料理して、下さった方と、食べ物と、なった、植物と、動物たちに。です」
彼女は少し笑い出していた。
「それが、よく判らないあの一言なんだ」
「はい」
その時、カサンドラがこっちを向いた。
「あんたは、随分と信心深いねぇ。わたしゃ、それに近い物を見た事があるよ。ジャマヤルカンド教の信徒だったかねぇ。かなり遠くの東の方の宗教らしいけどね」
なんだろう。聞いた覚えがあるような、ないような……。
思い出せないな。
そもそも、アナランドス王国の国教が何なのかすら知らないのだ。
宗教があるのは間違いない。多神教だと王国概要本に書いてあったし、スッファの葬式では、結構豪華な服を着た王国の神官らしい人が来ていた。
他国にも、それぞれ色んな宗教が、そして神様があるのだろうな。
また、黒いお茶を飲んで暫く時間を潰す。
食料品を売る時間になる少し前に、まず、マリハの街を見てみるか。
私はレミーに一緒に付いて歩くことにした。
「レミーさん。私も、ついて行きます」
「そう? じゃあ迷子にならないようにね」
彼女はそう言って笑った。私の身長が低いからであろう。
早速、リュックを背負って町に出かける。
レミーは、町の中央にほど近い食料売り場に向かっていた。もう大勢の人が出ている。
彼女はまず、穀物を挽いた物を売っている場所に向かった。
見失わないようにしないと。
ごった返す人の中、やっと彼女の後ろに行く。
穀物の値段はまだそれ程上がっていないかと思っていたのだが、すでにかなり高騰していたらしい。
「どうしよう。こんなに高いだなんて」
彼女が独り言を呟いたが、店の主人は強気そうだ。
「さあ、暫く物が来ないんだ。こっちもその間商売出来ないからね。早いもん勝ちだぁ」
やや肌の黒い、耳の尖った男が大声を上げた。
「分かったわ。私が、買います」
私は、ごった返す人をかき分けて、やっと前に出た。
「はあ? 子供に買える様な値段じゃねえぞ。邪魔だ。邪魔だ」
「え? そうなの? これでもそうなの?」
私は小さいポーチから、リンギレ硬貨を一枚取り出して見せた。
「金、持ってるのか、この子供は」
「お金に、モノ、言わせて、買い占めるのは、私の、流儀、じゃない、けど、しょうがないわ。そこの穀物。大袋で、一つ。別の、そっちのも、大袋で、一つよ。いくら、なのかしら」
「ふん。八〇デレリンギだ」
私は指に挟んでいたリンギレ硬貨を店主に渡した。
「ディグド。この人はね。私の家に来た知り合いなの。いくらなんでも、もう少しまともな接客は出来ないの?」
「デュ、デュランさんとこの、知り合い?」
「そうよ。これが私じゃなくて、ここにいるのが母さんだったら、あなたぶっ飛ばされてるわよ?」
「う、うわ。そ、そいつは、失礼した」
男は慌てて、デレリンギ硬貨を数えて、二〇枚を返して寄越した。
「二〇デレリンギ、お釣りです」
私は笑顔で受け取る。大袋二つは、レミーが二つとも受け取った。
取り敢えず、ごった返している店の前から離れる。
「買った袋。私が、リュックに、背負います。それ、渡してください」
「え? 大丈夫なの?」
「私は、冒険者、ですから。それくらい、何でもないです」
リュックをおろしてロープを外に出し、大袋二つをリュックに入れて、その上にロープを入れる。背負い直す。
「次の、所に、行きましょう。レミーさん」
私が笑顔で言うと、彼女が目を丸くしている。
「分かったわ。次はね。お茶の実を買いましょう。大分少ないの」
「はい、ついて行きます」
彼女は、この穀物を売っている男の店を出ると、町の中央の広場で沢山の食料品を並べて、バザーの様にして売っている所に向かった。
ここにはたくさんの町人がいた。
ここの町の人は、カサンドラ一家と同じ、緑っぽい髪の毛で緑の瞳の人が多い。
つまり、この町は同じ種族というか、同じ人種というか、そういう人たちが主体で構成されているのだろう。こういう光景自体、今までに見た事がなかった。
どの街に行ってもそうだが、人種の坩堝だと思っていたからだ。
つづく
食料の値段は、いきなり二倍三倍に跳ねあがっていた。
次回 マリハの町4
高い食料品や調味料をどんどん硬貨で買い足していくマリーネこと大谷である。
そして剣も研いでおく。