183 第19章 カサマと東の街々 19ー22 マリハの町2
雑貨屋に住む女性の所で夕食を戴きながら、会話の中、この周りの街と街道で起きる出来事を三人に説明するのだった。
183話 第19章 カサマと東の街々
19ー22 マリハの町2
それにしても、神様の哀れみで結婚とか、散々な言われようだな。
この年配女性が語る様に、リットワースの造る革鎧は、東の隊商道で人気を博したという。たしかリカジのランドリアーニ監査官がそう言っていた。
相当な利益が出たのだろうな。そして結婚しても革鎧はここで制作を続けた訳だ。この北の隊商道で人気を博すほどには造って売った訳だな。
そしてカサマに行き、今の店を構えたと。カサマに行った理由はわからないが、息子さんは、ここの工房には行った事が無いといってた。
という事は、息子さんはカサマで生まれたという事だな。
そしてリットワースが、ここマリハの工房を維持していたというのも、何処かのタイミングで教えられた訳だ。
そして今。どんな理由なのか、まだ判らないがリットワースは自分が若い頃に立ち上げた工房に一人で戻ったという事になるのだ。
「私は、最初、カサマの、お店に、寄ったんです。でも、息子さんは、お父さんが、何処かに、出て行った、としか、言いませんでした」
「じゃ、お前さん、いやマリーネさん。どうやって此処まで来たんだい」
「マカマでは、一度、姿を、見られている、という事でした。暫く、そこに、いたようでした。それから、また居なくなった」
「ふらふらしよったのかねぇ。あの爺さんは」
「それで、リカジに行って、情報を、集めたんです」
「そりゃ、通り過ぎてるわ。お前さん」
「マリハに、革が、大量に、流れたという、確かな、情報を、貰えました。マリハで、工房が、新たに、立ち上がったと、いうくらいの、量だった、そうです」
女性はまた黒いお茶を一口飲んだ。
「それが、あの爺さんの工房だと、お前さん、いや、マリーネさんは思ったんだね。そしてそれが大当たりだった、か。あんたは凄い行動力だねぇ」
この年配の女性は、また黒いお茶を飲んでいる。
まあ、これくらい、ざっくばらんなほうが、私としては有り難い。
肩が凝らずに済むというものだ。
それにしても。どこで、リルドランケンとリットワースには接点があったのだろう。
そこも謎だ。
……
店の奥から、何か匂いがし始めた。料理を造っているのだ。ちょっと癖のある魚醤を使った料理らしい、そういう匂いだ。
まあ、ここにも漁業ギルドがあるくらいだから、何処かに魚醤を造る工場があるのだろう。実際、カサマにも一軒あったしな。
丁度その時、店の扉が開いた。
「お母さん、大変よ。大変!」
火の灯されたランプを持った女性が飛び込んできた。
料理を作りに裏に引っ込んだ、エイミーと顔立ちが似ている。しかし身長はこの年配のカサンドラと同じぐらいだ。髪型が違う。長く伸ばしていて後ろで縛っている。エイミーの顔立ちは、やや幼いのでこの女性のほうが大人の雰囲気が漂う。
三人とも耳は長くて、やや焼けているが、本当は白い肌なのだろう。
「レミー、慌ててどうしたね。まあ、座りなさいな」
「お母さん……。この子、誰? お客さんなの?」
「いんや。まあ、それはあとで。何が大変なのか、先に言いなさい。レミー。お前はあわてんぼうだから」
「ちょっとぉ、お母さん、何よその言い方は。他の人がいる時に」
「いいから、何が大変なの?」
「それが、集会場に店主と各家の代表が集まるさっきの鐘の音よ。あれの内容」
私は、既にその内容を知っている。何しろ町内代表に監査官が説明している所を全部聞いていたのだから。
「もうね。マカマがかなり酷いんだって。で、門を長く閉めるから、二週間くらいは出られないっていうの。この町の中で食料調達しなさいって言ってたけど、漁船も出しちゃいけないんだって。港を暫く閉じるそうよ。だから備蓄食料で耐えてくださいとか言ってるのよ」
「誰が説明したの?」
「デルラート代表よ。横に旦那さんも来て、旦那さん、相変わらずおたおたしてたけど」
「ちょっと前から、街の門を閉ざすようになったでしょう。あれを見て、私が買い置きを増やしておきなさいって言ったのを覚えてるかしらねぇ」
「お母さん。もちろん、もちろん」
「それなら、問題ないでしょ。何を慌てているの」
「明日に籠る用意しないと明後日からは、暫く食料品も買えないのよ。なんか、厭な予感しかしないわよ。私は」
これは、説明がいるな。
「あ、あの」
「どうしたね。お前さ、いやマリーネさん」
「私は、その、町内代表さんに、会っている時に、監査官様が、来て、その、説明を、していたんです」
「ほぉ。流石に金の階級章持ちだね。それで?」
「マカマで、今、起きている、騒動を、今の、マカマの、監査官様が、とても、ご立腹で、あの浮浪者たちと、狼藉者たちを、一掃するんです。それをゴミ掃除と、いっていました。その掃除は、たぶん、数日以内です」
「そりゃまた、随分と強引だね。どうするんだろうね」
「リカジでも、私は、監査官様に、会っています。その監査官様の、予想では、彼ら、浮浪者と、狼藉者を、全部、国境の街に、警備兵が、連行して、町の外に、追放する、のだろうと、言っていました」
「そこまでやるのかい。今のマカマの監査官は」
年配の女性の顔が曇った。
「たぶんですけど、それが、終わったら、マカマの、監査官様は、王都に、戻って、交代になるって、リカジの、監査官様は、言っていました」
「なるほどねぇ。そんな強引な事やりゃあ、地元の人からも、良くは思われない。商業ギルドの管理だけぢゃあないからねぇ。あの、おんなじ顔の人たちは。で、やるだけやって、さっさと交代かい。王国の上の考えることは、むかしっからあんまり変わらんね」
「リカジの、監査官様は、マカマの、監査官様の、なさることを、とても、迷惑そうでした」
「ま、そりゃ、そうだろうね。わたしゃまた、あの街の中に大きな囲いでも作って、その中で少し反省でもさせるのかと思ってたわ。どうやら、違うみたいだねぇ」
そんな話をしていると、外はもうどっぷりと真っ暗である。
……
締め切った雑貨屋の一角で、この顔がやや丸い年配の女性と、その娘さんの横で、私はまだ黒いお茶を飲んでいた。
「お母さーん。夕食、できたわよー」
奥から声が聞こえる。
「あ、そうだった。今日はエイミーに頼んだのだったわ。ちゃんと作れたかしらね。妹のは何時も何時も、ちょっと味が濃いし」
そう言ったのは、姉のレミーだった。
「さ、お前さ、いやマリーネさんも、奥に来なさいな。お腹がすいたでしょう」
年配の女性がそう言って、奥に向かった。
リュックを持って、奥に向かう。
「さあ、さあ、マリーネさん、荷物置いてそこに座りなさい」
「いいのでしょうか?」
「わたしがいいっていうんだ。娘たちには反対させないよ。もう四人分作らせちまったんだからね」
「わかりました。ご相伴に、預からせて、頂きます」
私は、もう一度、改めて自己紹介をすることにした。
胸に手を当てる。
「私は、トドマの冒険者ギルドのマリーネ・ヴィンセントと申します。よろしくお願いいたします」
両手で軽くスカートの端を掴み、右足を引いて、お辞儀。
それを見て、レミーという女性が目を丸くしている。
「なーにを畏まっちゃってるんだね。冒険者様。そこに座んな」
そう言ったのは、カサンドラだった。
「お母さん。それは失礼でしょう。私が今はこのお店の店主を任せられています、レミー・デュランです」
そう言って、彼女が立ち上がって右手を胸に当て、お辞儀した。
「さ。冷めないうちに、早く食べようぢゃないか」
年配の女性、カサンドラは完全にマイペースである。
……
出されていた料理は、どうやら魚を煮たもの。これは大丈夫だろうか。マカマの高級宿は豪勢の一語に尽きたが、街の食堂では酷い目に遭ったのだ。あの臭味と苦味とえぐ味は、どうやっても食べられない。
もう一品はどう見ても、燻製にした魚を再度炙ったものだ。
それと、どうやら湯がいた野菜だが、そこに何かが掛けてある。
あとはスープと丸いパンだ。ちなみにスープは茶色である。
一汁三菜か。そのうち一つは野菜。かなりまともだ。
私は用意された子供用の座面が高い椅子に座った。
何時もは宿に泊まるか、たまにお店の外食か、あとは自分で作るか、千晶さんが作ってくれる料理くらいしか食べた事はない。
いや、あの王国大規模作戦でワダイの村に行った時の料理も、勿論忘れてはいない。
あれはかなり、素朴な料理だった。
ここの料理は、見かけとかけ離れた味になっていない事を祈るしかない。
手を合わせる。
「いただきます」
まずは、この煮魚からだ。魚醤で旨味を付けつつも、香草で臭味消し。
まともだ。この煮汁は魚の身に沁み込むほどではないのだが、白い身をその煮汁に浸して食べる。
旨味がちゃんと引き出されている。味は塩味がやや濃い目だろうか。しかし、トドマのあの鉱山での食堂ほどではないのだが、やや濃い事には違いない。
まあ、あそこは肉体労働の最前線だ。致し方ないのだ。
パンは明らかに一次発酵されている。少し柔らかい。
これを千切って、茶色のスープに少し浸して食べる。
燻製の魚も食べる。明らかに燻製された、あの煙っぽい味が出ているが、旨味も引き出されている。
湯掻いた葉野菜にかけてあったのは、甘酢。
年配女性のカサンドラはそこに煮魚の煮汁を少し掛けた。
ああ、あれはあれで醤油みたいなものだな。
取り敢えず、今は食べるほうに集中。
……
十分にいい味だった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。ややお辞儀。
「とにかく、暫く、外部からの物資は来ないみたいだから、明日は保存食の調達よ。エイミーもやってよね」
殆ど食べ終えたレミーが、妹に話しかけている。
「ああ、レミー。私が魚の方を見て来るから、二人とも少なめの物があれば、それを調達してくるんだよ。で、だね。マリーネさん。この騒動はいつぐらいに終わるかね」
そんな話をしながら、カサンドラが私に話を振ってきた。
「私が、聞きましたところ、四日から、五日後に、マカマで、大規模な、国境警備隊の行動が、あるようです。人数も、ルーガの街からも、大勢補充する、見たいです。六日か、七日後には、たぶん、マカマから外に、連行する、でしょう。リカジに、着くまでに、一日では、無理でしょう、から、二日。たぶん、ですけど、リカジの、街の中では、休憩もなく、門の外で、野宿だと、思います」
食事はあらかた、みんな終わっていた。
そこで私は一度、横に出して貰っていた、黒いお茶を飲んだ。
「マカマから、リカジに向かう、街道は、既に、魔獣掃除は、終わっているようです。ですが、もしかしたら、道中で、悶着が、あるかもしれない、のが、六日後、頃か、七日後くらい、でしょう。その後、リカジから、国境の、ルーガまでの、距離が、少しあります。そちらは、まだ、魔獣の駆逐も、終えていない、ので、たぶん、移動には、三日。国境の外に、次の日には、放逐されると、私は、見ています」
「ほぉ」
カサンドラも黒いお茶を飲んでいた。
「ですから、監査官様が、一二日。という、日数を、出したのだと、私は、判断します」
姉妹二人が目をパチクリさせている。
「何かあっても、あの人たちは、そうそう、予定を、延ばさない。私は、そう思います。だから、道中で、魔獣が出て、足止め、されても、精々三日。それが、長くても、一五日の、根拠だと、私は、判断しました」
「なるほどねぇ。さっすが、金階級の冒険者様だね」
年配のカサンドラは笑い出した。
この場合、金階級は関係あるのだろうか。
「あ、あの。たぶんですけど。連行される、人たちは、犯罪者の様に、扱われると、私は、見ています。たぶん、逃げない様に、紐で縛って、徒歩で、国境まで、連れて、行かれる、のです。監査官様は、掃除の様子を、見るな。と、私に、言いました」
「随分と剣呑な話だねぇ。相当、武力行使もありそうだわ。やれやれ、王国士官のやるこっちゃ、むかしっから、なんにも変わらないねぇ」
年配のカサンドラが溜息をついた。
食事の終わりで、やや暗い雰囲気になってしまった。
「す、すみません。食事中に」
「いいって、いいって。もうみんな喰い終わってる。それにお前さんは、今知っている事実をここで、喋っただけさ」
「あの、その。それで、宿、なのですが」
「判ってるって。こんな夜になって、今夜泊まれる宿は、ない。それと、明日からの事を考えると、長期で泊まれる宿もたぶん、ないね」
カサンドラはやや投げやりにも見える言葉で言い放った。
「だいぶ、よくない、時に、来てしまった、ようですね。私」
これは野宿だろうか。野宿の準備はしてなかったので、やや厳しいものがある。
「巡り合わせってもんが、あるんだよ。冒険者様。あんただって、そういう事が一杯あっただろうよ」
カサンドラは随分と、ざっくばらんな、そして、どこか優しい。そんな年配女性だった。
「ま、そんなに気落ちしなさんな。うちにずっと泊まればいい」
「え?」
三人が同時だった。
「うちは、宿泊業はやってないから、お前さんの部屋は、死んだ旦那の部屋だぁね。あそこは今でも空いてる」
「お母さん。いいの? この人を泊めちゃって。色々準備がいるんじゃないの?」
レミーという女性が、母親にちょっと食ってかかる様子だが。
「いいも悪いもないよ。たぶん今日明日一日ならともかく、明後日から長期宿泊なんて、どこも引き受けないよ? それに、お前さん。マリーネさん。何日泊まるかも、まだ決めてないんだろう?」
「はい。私の、最終、目標は、リットワース様から、革鎧、作成の、神髄を、学び取る、事なのです」
年配のカサンドラが笑い出した。
「こいつぁ、大きく出たね。冒険者様。あんた、細工をやるってのかい?」
私は頷いた。
「私の、師匠様は、トドマにいる、リルドランケン様、です。師匠様は、自分が、教えられる、のは、此処まで、だと、はっきり、仰いました。私が、その先を、やるのなら、革鎧、作成を、極めるのなら、リットワース様の、所に、行きなさいと、紹介状も、頂いています。何かしら、得ないと、私は、師匠様の、元に、戻れません」
三人とも目を丸くしている。
「随分とまあ、懐かしい名前が出たね。あのリルドランケンがまだ細工をやっていたうえに、弟子まで採ったなんて、わたしゃまた、何かの冗談にしか聞こえないね。でもまあ、金階級の冒険者様が言うんだ。嘘じゃないだろうし」
「お母さん、そのリルドランケンって人、知ってるの?」
レミーという女性が尋ねている。
「ああ。知られてたのはずっと昔さね。その老人を見てどう思ったね、お前さ、いやマリーネさんは」
リルドランケンの印象、かぁ。
村のあの場所で彼は何時もあの、渦巻き。クラカデスを造っていた印象しかない。その後、私が弟子入りしても、彼のスタンスは基本的に変わらない。何かやる時に、見ておれというのと、やってみろというのと、出来た物を受け取るだけだ。
下手すると、いいとも悪いとも言わないのだ。それがかなりきつかった。
「え。えっと。細工名人、だと、思いました。手つきも、創り出す物も、何もかも、です。教え方も、厳しい、と、いうのか、放任、と、いうのか、見ておれ、とは、いうものの、その後は、やってみろ、と、言うだけ。指導は、ありません」
そう言って、私はカサンドラを見上げた。
「さっぱり、評価、してくれない、のが、殆どで、ちょっと、気難しい方。ですけど、その師匠様が、リットワース様は、臍曲がりだと、私に、言いました。そんな事を、言って、気遣って、くれる、面も、あります」
カサンドラは目を眇めていた。
「これは、驚いたわ。あんたが本当に最後の弟子だね。あの老人の」
「それを、言われたのは、二度目です。マカマの、細工ギルドの、責任者の、方に、会った時に、言われました」
カサンドラはそこで一回、黒いお茶を飲んだ。
「リルドランケンって人はね、その昔、第一王都で細工の正ギルドマスターまでやった人さ」
「えー」
レミーとエイミーが同時に声を上げた。
「それは、知りませんでした。師匠様は、自分の事を、何一つ、言いません、でしたので」
カサンドラはまた黒いお茶を飲んだ。
「そっかい。それなら、あんたは無理に師匠に訊かんでもいいさ。むしろ詮索は無用」
そこまで言うと、カサンドラは私を見た。
「リルドランケンって人はね、途中でギルドの責任者から降りてたらしいんだわ。最初は降りた事すら公表されなかったわ。正マスターが変わったという事だけ、伝わって来たんだ。それで、あの男は何故だか、放浪してたんだわな」
そこでまた彼女は黒いお茶を飲んだ。
「私がまだ、娘の頃にこの町にも一度来たさ。そんときゃー、もうリットワースは居なかったがね。旅費の足しにするとか言って、少し細工物をその場で作って、家にいくつも置いて行ったよ。まあ、物凄く出来が良いのを見て、直ぐに他の商人が買い付けて行ったがね」
「それって、お母さんが、お父さんと出会う前の事?」
エイミーが訊いた。
「ああ、そうだねぇ。もう五〇年以上、前だわねぇ」
カサンドラが少し遠い目をしている。
「リルドランケンほどの男が、また工房かまえりゃ、厭でも噂になる。それがこの四〇年以上さっぱりだから、もう細工は辞めたか、魔獣にヤラレて死んだかだと、わたしゃ思ってたよ」
「そう、だったんですか。ひっそりと、暮らす、師匠様は、いつも、安価な、クラカデスを、大量に、作っては、鉱山に、納品して、いらっしゃいました。誰かが、やらねばならんと、そう、仰っていました」
「リルドランケンほどの名人が、鉱山向けの安価なクラカデスとはねぇ」
彼女はそこで、やや息を吐き捨てるかのような音を立てた。
「そんなもん。それこそ弟子を沢山取って、一部の弟子にやらせりゃいいのに。いったい何があったやら。腕の無駄遣いとは、そういうことを言うんだよ」
そういうと、彼女は眼を閉じたまま、黒いお茶を飲んでいる。
どうやら、リルドランケンには相当な過去があった。という事だろうな。
私にはそれは判らない。それにリルドランケンも、クラカデスを誰かに任せたい気持ちはあるといった。ただ、それは私がやるべき事ではないとも、言ったのだ。
このカサンドラという女性だって、一度か二度、本人にあった程度だろう。細工物をこの町で作って、旅費の足しにしたというのはたぶん本当だろう。あのリルドランケンが木の塊を彫る速さは尋常では、ない。
たぶんそれだけでも、木彫りの像の置物として、直ぐにでも売れたであろう事は想像に難くない。
それに加え、ちょっとした道具も持っていれば、その場で錫細工もやっていった事だろう。
独立細工職人として、行商のように彼方此方の街で売り捌けば、旅費などあっという間に稼げた筈だ。
正マスターまでやったという、リルドランケンの腕前は、そんな程度のものでは到底あるまい。カサンドラというこの女性は、おそらく、いや、間違いなく、リルドランケンが細工物を創り出す現場を、その目で見たのだ。
「ま、この話はここまでにしておこうか。お前さ、いやマリーネさん。荷物持って上にいきな。旦那が使ってた部屋がある。エイミー。案内してやんな」
「はーい。お母さん、本当に泊めるのね」
「何度も言わすんぢゃないよ。さあさあ」
母親に捲し立てられて、エイミーという女性が、私を手招きした。
「こっちきてね。マリーネさん」
彼女がランプを一つ手に持って、歩き始めた。
なんというか、成り行きに流されて、私はこの雑貨屋の二階に、暫く泊まる事になったらしい。宿代、どうやって払うか。食事代として心付でややアップした金額で払うのがいいか。
……
つづく
カサンドラは、細工師匠のリルドランケンの事を知っていた。
リルドランケンには何か過去がある様だったが、それはカサンドラも知らない。
次回 マリハの町3
マリーネこと大谷は、結局、この雑貨屋に止まることになった。
そして翌日は、食料の買い出しである。