018 第4章 初めての狩り 4ー2 解体、そして自分の顔
自分の顔をまじまじと見たことはなかったマリーネこと大谷。
とうとう自分の顔をはっきりと見て観察。そして自分の今いる土地の大まかな様子も知ることになります。彼の胸中は如何に。
18話 第4章 初めての狩り
4ー2 解体、そして自分の顔
いきなり、ナイフで解体する事にした。
本当は内蔵抜いた後、どこかで水に沈めて体を冷やさないとおいしい肉にはならない。
それは百も承知だ。しかし川の位置も知らないうちに出くわしたのだから仕方ない。
まず首の頸動脈を切って血抜きする。
血を抜きながら、少し観察だ。
大型犬よりさらに大きい体に脚が六本の、凶悪そうなでかい牙を持つ狼っぽい顔つきの魔物か。
顔もでかい上に狂暴凶悪そうな感じ……。
あの物凄い速度は六本足のなせる技か。なるほどな。後ろ四本の脚で強烈に地面を蹴るのだろう。
前足は方向コントロールと獲物を捉えたりする事にしか使わない。脚の早い獣たちの前足はそういうものだ。
きっと怖そうな名前がついているんだろうな。
異世界の命名規則が分からないし、言葉も分からないので、一応六本足狼という認識でいいな。
だいぶ血が抜けた所で、腹を割いて内蔵を見ていく。胃を捌いて何を食べているのか確かめる必要がある。
何か入っていれば、この先にどんな獲物がいるかを知る事が出来る。
この魔物のでかい胃にあったのは、でかいうさぎのようなネズミのような獣が四匹も収まっていて、溶けかけていた。丸呑みか。
すごい牙が生えてるので、あれでガブリとやってそのまま飲み込むのか……。
顎を見ると歯があるので咀嚼も出来るはずだが、急いで飲み込む必要があったのだろう。
とにかく収穫はあった。すこし大きめのネズミっぽいうさぎがいるらしい。
それと、もう一つ。こいつはこんなに食べているのに、満足しておらず、襲いかかって来たという事だ。つまりもっと沢山食べる。という事を意味していた。やれやれ……。
心臓近くもナイフで切り裂いていく。
取り敢えず異世界物語によくある魔石を探す。魔物の体内にあるという”アレ”だ。
魔石が高い値段でやり取りされて商売になってるというのは、定番中の定番設定だし、フラグ折りまくりのあの天使でもこういう処は弄れなかろう。
しかし、魔石が見つからない。
心臓と肝臓、肺の一部。脾臓らしき部位。石らしき物は無いな……。
喉かも知れない。顎の下と、だらりと垂れた舌辺りまでナイフで解体。しかし見つからないな……。
まさか、こんな処までフラグ折りまくりなのか? この異世界では魔物には魔石が無いのか?
…………
まさか脳なのかな。
しかし、ここで脳叩き割って脳髄ぷしゃぁ…… は考えたくなかった。
うん。肉の解体をやろう。革の手袋をはめた。ナイフが幸いにして切れ味がいい。
まず、ナイフを入れて皮を剥ぐ。本当なら木の枝から吊るしたりするのだが、あいにくと適当な樹木が近くに生えていない。
私は野生の獣をばらすとか、やった事などないがナイフはどんどん入っていく。
そして手早く肉をどんどん切り取る。
足、肩の部位、背中、腰、そして肋の脇の肉を削いでいく。肉塊がいくつも出来た。皮は置いてゆく。そう沢山は持てない。
耳を削ぎ、牙も二本、ナイフで顎から切り出して確保。
肉はロープで手っ取り早く全て縛って背負い、革手袋をしまって先に進む。
しばらく歩くと小川に出た。川で手をよく洗い、飲めるか確かめる。飲めそうだ。
ここまで運べばあの死体をここで冷やせたかもな……。やや浅すぎる気がするが。
まあ、もう解体してしまった。
顔を洗って、川面に映る自分の顔を見る。
村では水甕が暗い場所にあるし、井戸も村長宅の裏手だから、かなり二階の影が差して暗い。それで積極的に見ようという気にならなかった。
桶に水を汲んだ時も、敢えてまじまじとは見ないようにしていた。
見るのが怖かったというのもある。どんな顔なのか詳細を知るのが怖かった。
澄んだ川面に映った自分の顔は、思った以上にまともだ。
黒っぽい茶色のセミロングの髪の毛。前髪はおかっぱではなく、すこし横に流している。少しお洒落さんなのか。
瞳は少し黒いがもしかしたらやや褐色入っているのか。鏡じゃないし色の判定が難しい。
顔の方はやや、丸いが僅かにあどけなさの残る少女の顔がそこにあった。
見る直前、耳がすこし長いエルフとかの美少女を内心期待した自分がいたが、普通に人間の顔に見える。
自分ながら、おっさん一体何を期待したんだと、やや赤面。
……
どうやらあの天使が用意したのは普通に人間の子供なのか。
背はやはり低いようだな。
竿を作った時に竿で自分の身長を測って決めたのだから、分かってはいた事だが。
身長の二倍にしてみたが短い気がして、二・五倍に伸ばしたのだ。
つまり自分の身長はせいぜい一二〇センチメートルくらい。
顔もどう頑張っても、贔屓目に評価して中学生か?
正直に答えたら、小学生だろ? と考えている自分がいる。中身は五〇絡みのおっさんだけどな。
もうすこし乗り出して映してみる。胸はぺったんで、どう見ても幼女だ。
本当に小学生高学年とか言っても通用しそうだ。
一五歳どころか一一歳一二歳でもおかしくなさそうな雰囲気で、これまた深いため息が出た。
あの天使は何故、こんな体を用意してきたのか。何か意味があるんだろうか……。
たぶん、意味はあるんだろう。私が分かっていないだけだ。
『無意味なものなど存在しない』
しかし、理由はどう考えても判らない。
こんなんじゃ、イケメンの兄貴が現れて助けてくれるとかも期待出来そうになかった。
…………
小川には橋がかかっていない。村からの小道もここで終わっていた。
そうか、この川から水路でも引くつもりで、道を作ったのかも知れないな。
少し休憩。
小川の中に入って、先に進む。それほど深くもない。深さは三〇センチメートルあるかどうか。
そのまま歩いて川を渡り反対側に上がった。
さらに先に進む。
周りは森が林になり、雑木林の感じになっていて次第に広く開けてきた。
視界が一気に開け、遠くに山々が見える。上の方は雪をかぶってるな。あの山脈はかなりの高度があるんだろうな。
遠くに水が見える。キラキラ光っている。海か? 湖か?
ついつい足が早くなってしまった。たどり着いたところは湖の畔だった。
広い湖だ。前方と左手のほうに大きく広がっている。その先は深い森と高い山脈か。
右手はこの場所からさほど離れていないように見えるが、ここのスケールに感覚が一時的に狂わされているのだろう。結構距離があり、岸は全て森だ。そしてその奥は全て山脈か。
なるほど。なるほど。
うん。僻地だ。間違いなく僻地だ…………。
残念ながら村とか街とか城壁とか、文明の欠片がまるで見当たらない。
ぐるっと辺りを見回すと周りは全て山脈。木も生えていない岩肌の山々に雪が積もっている。
つまり、ここは盆地のような場所に大きい湖と広大な森。ここからすこし離れた場所にあの集落。
ただし、私以外はもう住んでないけどな……。
たぶんこっちは魔物が出るから、離れた場所にしたのか、あそこで井戸が掘れたからあの場所になったのか……。
なんとなく理由はそんな気がした。
水が豊富に使えるこの場所に村を作らなかった理由は他に何だろうな。
とりあえず、恐る恐る湖の水を飲んで見る……。味はおかしくない。塩味はしない。塩湖ではないな。
普通に水の味だ。これで後でお腹具合がおかしくならなければ、完全に普通の水だという事だな。
やや遠くに沈んでいる枯れた木が結構見える。森が丸ごと水没した感じだ。
ここは水が透明度高いな。
ああなった理由として考えられるのは排水路となっている川の一部が上からの土砂崩れなどで堰き止められて、時間を掛けて水位があがったか。
或いは地震で陥没し、川の水が貯まって低い場所の森が沈んだとか。
どちらにせよ、そうなると水量のかなり有る河川が存在すると考えていいな。
水の透明度から考えて、藻が発生する程には滞留していないという事だ。という事は比較的流れの速い河川か。
何かがいるらしい。さっと動く『何か』が見えた。魚くらいはいるんだろな。
まてよ、それなら尚更ここに共同生活の場を作らなかったのか理由が分からない。
まさか……。もしかして湖の中にも魔物がいるのか?
少し冷や汗が出た。
あるいは肉食の凶暴な魚か水棲動物がいるかもしれない。
日本の感覚で考えちゃ駄目だ。
湖の中を泳いでみたい誘惑に駆られていたが、諦めたほうが良さそうだ。
水棲の魔物と戦って勝てるわけがない。
水中の様子にかなり興味もあったが、諦める事にした。
畔から少し離れ、薪になりそうな枯れ枝を拾い集め、小さいシャベルで穴を掘って火を熾す。
焚き火が出来たら、先程解体した肉をロープから外し、切込みをあちこちいれて塩を擦り込む。
十分に、塩をもみ込んでいく。塩干肉にするつもりだ。
そして焚き火に枝で支えを作って、肉を遠火で焼く。
枝のいくつかはナイフで削って長い串を作り、ややバラけている肉を刺して遠火にあてる。
持ってきた革袋の水はワインの苦味というか渋みとかエグ味みたいな味が付いてしまっていたが、なんとか飲める。
これだとさっきの湖の水のほうがマシかもしれないな。
持ってきた薄い塩肉を長い串に刺して焼いた。
「いただきます」
手を合わせる。
頬張るようにして焼き肉を食べ、水を飲んだ。
あっという間に食事終了。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
生きて食事が出来た事に感謝。そして少し休憩。
肉の塊に表面的にでも火が通ってくれたら、火から降ろして移動だな。
肉が沢山あるので、暫くかかる。
…………
焼きながら考えた。
ここでの狩りに使う槍なら穂先を削っただけの竿を何本か用意するでもいいのだろうか。
そんな事を考えたが、自分の体格から言ってそんなに沢山の槍は持てない。
取り敢えず分かったのは、槍以外の武器も持ったほうが良さそうだという事だ。
槍二本を無くしたら、武器がナイフだけ、というのはやはりまずい。
そろそろ良さそうだ。肉を全てロープで縛り、火を消した。
全て背負って槍二本もって村に戻る。
ふと、途中斃した魔物の頭にめり込んだまま折れている穂先を回収する事にした。
ナイフで眉間を抉っていく。血と共に脳漿がだいぶ出てきて少し怯む。その匂いでだいぶ噎せた。
ナイフをぐりぐりやって、中に埋まりこんだ穂先をやっと取り出した。
穂先にはやや大きい楕円形の灰色っぽい石が刺さっていた……。
これか。これが魔石だろうか?
異世界物語ならもっと宝石っぽい石だったり、尖った結晶のような形だったりするのだが、濁った灰色をした丸みを帯びた楕円の石……。
なんだか期待した物とだいぶ違うな。
この石に当たったから穂先が折れたのか。魔石、相当硬いな。
魔石は傷物になってしまってるが、私の獲物第一号の戦利品だ。耳、牙、この魔石。そして肉。
肉以外のこれは保存しておこう。
魔石を砕けた穂先から外して回収。村に急ぐ。
初めてフラグが成立したような気がして、疲れているはずの私の足取りは軽かった。
今後の魔物狩りで魔石が収集出来るだろう。
このぶんだと、全ての魔獣の頭蓋骨を叩き割らないといけないのが難点だが。
……
……
つづく
魔石を回収して戻るマリーネこと大谷。
これからもしばらく一人で作ったりする日々が続く。
物を作ったり心の中の大谷が色々な考察をしたりして過ごす日々が続く。




