175 第19章 カサマと東の街々 19ー14 マカマの街
情報を求めて、マカマ街商業ギルドの館に向かうマリーネこと大谷。
監査官に会うために、あの四角いトークンを出すと、突然受付の男の顔色が変わる。
監査官に合うと、どうにも情報が得られない。
175話 第19章 カサマと東の街々
19ー14 マカマの街
こんな辺境まで来ると、実際、王国の管理も厳格には行き届いていない。
何しろ、街中に娼婦が立って客引きをしているくらいだ。これはあの遊び人のような、アグ・シメノス人ではない。普通の亜人の女性たちだ。
背はやや高いが、一九〇前後か。一様に長い髪の毛。赤だったり、焦げ茶色だったりする。
そしてワンピースのような赤や紫、蒼、緑色の長い服を着ていて、それが体の凹凸を一層際立たせている。下手をすると下着を着ていないかもしれない。そういうシルエットなのだ。胸や尻にそれが表れていた。
あれで、客になる男性の目を引こうという訳だ。その近くには、やたら目つきの鋭い男たちが立っている。ああいう街娼に客ではなく、何かしでかす男がいないか、それとなく見張っているのだろう。
なんというか、元の世界の昔の西新宿の裏とか大久保界隈とか、東池袋の場末の裏手を思い出した。
私が若い頃には、ああした繁華街の裏になる場所に大抵、数人は街娼が立っていたものだ。そう、五〇半ばのおっさんだから、そういう経験も有ったりはする。
…… しかし。こんな光景は、スッファ街やキッファ街では見た事がない。
勿論ポロクワやトドマでも。
やはり湖を隔てると、こういう部分が違ってくるのだ。
影が濃くなる。とでもいえばいいのだろうか。
となれば、通常はこういう輩を取り仕切る顔役とか、そういう類いがいるはずなのだ。
商業ギルドの商会はどうなんだろう。
監査官から睨まれるようなことは出来ないはずだが。
……
仕方がないので、街の人に聞いて商業ギルドの館を教えて貰う。
最初から、そうすべきだった。街道まで戻り、一本北に入って最初の街路を東にズレた場所に館はあった。
そのすぐ近くに冒険者ギルドの建物があった。
近すぎるな……。
とにかくに商業ギルドの館に行く。
「そこの子供、何用だ。ここは子供の来るような場所ではないぞ」
やや仕立てのいい服を着た二メートルほどの男が、私を引き留めた。
内心溜息が出るが、まあ、何時もの事だ。
右手を胸に当てて、上を向く。
「私は、トドマの冒険者ギルドの者です。お初に、お目にかかります。マリーネ・ヴィンセントと、申します。シェルミー・リル・オーゲンフェルト監査官様に、会いに来ました。カサマのルース・リル・ユーベルソーン監査官様からの、紹介ですとお伝え下さい」
それから、軽くお辞儀。何とか、滑らかにいう事が出来た。
「証拠は? 何かあるのか?」
男はぶっきら棒だった。
やれやれ。
私は首元の金の階級章を右手でつかんで少し持ち上げて見せ、笑顔だ。
そして、小さなポーチから、あの四角い代用通貨を取り出す。
「これを見て、戴けますと、私が、冒険者の、ふりをして居る、者ではないと、お分かりかと、思います」
その男に見せると、男はひったくるようにして私の手から、代用通貨を奪っていった。
男は裏返して、神聖文字を見ている。その目が大きく見開かれた。
男の顔は震え、男の額に汗が浮かんでいた。
男は直ぐに私の代用通貨を返して寄越した。
「大変、失礼いたしました。どうか、今の事は御勘弁を。中へどうぞ」
男の声はやや震えていた。どうしたのだろう。
男は中に向かう。
男の後について中に入ると、やや薄暗い。広いホールだが、照明がない。
男はどんどん奥に入って行って、見えなくなった。
どうするべきだろう。
そうしていると、奥の方には何人かの男たちがいるのが分かった。
たぶんどこかの商会の人たちなのだろうな。
話しかけるにしても、相手にされるのかどうかすらわからない。
少し躊躇っていると、奥から背の高い女性が出て来る。
見覚えのある服と見た事のある髪型。二メートルちょっとの身長。そして、顔もほぼ同じ。細い目に整った顔立ち。腕には腕章、そして白い手袋。商業ギルドの監査官様、だ。
女性は私の前に立ち、見下ろしながら、右手を胸に当てた。
「お初にお目にかかります。オーゲンフェルトです。ヴィンセント殿」
私も右手を胸に当てる。
「初めまして。オーゲンフェルト監査官様。マリーネ・ヴィンセントと申します。よろしくお願いします」
とにかく笑顔を返す。
「まずは、あちらに」
そう言って手を出して示した先には、扉がある。
彼女について行くと、重そうな木の扉が開けられた。
中はそれほど広くもない、執務室といった趣の部屋だった。
大きな窓際に、窓に背を向けて豪華な椅子と大きな机。
そのさらに手前に応接用ローテーブル。
ローテーブルの周りにこれまた低い座面の長ソファーが四つ。互いに向かい合うように置かれていた。
彼女はその一つに腰掛け、脚を組んだ。
私はその反対側に座る。
「さて、カサマのルースからの紹介とのことだが、何かの用かね?」
彼女は早速、用件を聞いてくる。極めて事務的な印象だ。
「私は、ゴルティン・チェゾ・リットワース様を、探しています。会う、必要があります。オーゲンフェルト監査官様は、何か、ご存知でしょうか?」
「あの、細工の爺さんか。そなたも随分と変な人物を探すものだな。会ってどうするのだ?」
ここは正直に行こう。
「私は、今、細工を、学んでいます。私の、細工の師匠様は、リルドランケン様です」
そこまで言うとオーゲンフェルト監査官の顔色が変わった。
「リルドランケンが弟子を取った? 信じられないな。あれはもう、とうの昔に引退していただろう」
「そう、だったのですか。師匠様は、引退した、とは、言いませんでした。ただ、革鎧を、造りたいと、私が、お願いした所、普通の鎧は、作って、教えて、くださいましたが、もっと、先を、知るには、ゴルティン様を、訪ねるように、と、紹介状を、書いて、下さいました」
「ほう」
「今、ここには、持ってきて、いません。封印が、されていますので、ゴルティン様が、封印を開けて、読むまでは、何が、書かれているのか、私も、分かりません。ですが、お師匠様は、ゴルティン様、以上に、革鎧を、極めている人は、いない。彼から、学ぶように、と、仰いました」
「なるほどな」
彼女は少し考え込む顔だ。
「あの老人が造った革鎧は、ここもそうだし、西のカサマと東のリカジ、或いはコルウェの港町周辺等でも、上級の冒険者たちが使っていると聞いている。少し前に、その老人が、ここマカマに来たという。いっそ細工の工房をここに構えるのかと思ったが、違っていたようだ。何処かにふらっと出て行ったらしい。何しろ今マカマの街は人の出入りが激しすぎてね。老人一人がどこに向かったなど、誰も気にしていない状態だ」
「そう、でしたか」
どうするべきか。何を訊けばいい?
……
「リットワース様が、懇意に、している、革の商人とか、ご存じ、ありませんか?」
「あれが、この街で皮を仕入れていたとは聞いたことがないな。それに、判ったとして……」
そう言いかけて、オーゲンフェルト監査官は私をのぞき込んだ。
「そういえば、入り口の者が、ヴィンセント殿の代用通貨が普通では無かったと言っていたな。見せて貰えるか」
私は頷いて、革袋から四角いトークンを取り出して渡す。
「ほう。まさか、こういうことか」
オーゲンフェルト監査官は左掌を左目に当てた。
「ヴィンセント殿は、トドマでは余程信用されているらしいな。階級章以上の扱いだ。それにしても。商業ギルドの取引と同じ権利を個人に与えるか……」
「どういう事、でしょうか」
彼女が左手を下げ、弾かれたようにこっちを見た。元々細い目が一層細められていた。
「ヴィンセント殿は、よく判っていないようだね。いいだろう。これが何なのか、教えておこう。そのほうが後々、貴女が困らないだろう」
「これは、本来はこの王国に出入りしている商会同士が取引を行う際、商業ギルドの信用で集まっているお金や売買書を、別の街の取引相手の商業ギルドと相互にやり取りする際に使われる、取引用の代用通貨だ」
「勿論、これは冒険者ギルドの支部長や生産ギルドの責任者も似たような物を持っている。冒険者ギルドなら魔石や牙を売るし、他の生産者ギルドなら生産物を商会に買い取ってもらう関係で、商会や他のギルドとお金のやり取りや売買書があるからだ」
「ここまでは、判るだろうね?」
「はい」
「金額が大きくなると、その取引には通常硬貨は使われない。何故だか判るかね?」
「はい。高額な、硬貨を、多数、持ち歩けば、盗賊に、狙われる、かもしれません」
「そう、そういう事だ。だから、やり取りする硬貨が最小になる様に、お互いのギルドの貸借を差し引いて、差額が商業ギルド監査官から、そのギルドに支払われたり、逆にギルドが監査官に支払う形で行われる。ここで税金の徴収も行われる」
「なるほど」
「大量の硬貨の輸送など、大きな危険が伴う。だから王国の監査官たちを通して、その金額の移動が行われるようになっている。勿論、この時には、警備隊がやってくる様になっているのだ」
「そんな、大掛かりな、商売に、この代用通貨が、使えるのですか?」
「ああ。その代用通貨の裏書きにトドマの商業ギルドのマイレン・リル・トウレーバウフ監査官の名前が真名と共に神聖文字で記されている。勿論偽造など出来ない。その下にさらにトドマの冒険者ギルドの支部長である、ラギッド・ヨニアクルスの名前が神聖文字で記されているのが、変わっている」
「これは冒険者ギルドでなら、売買書のみならず直接金銭のやり取り、それは両替行為をも出来るように、この代用通貨にその権利と信用を与えているのだ。勿論、貴女が商会との取引を行う際にも、個人としては極めて大きな信用が与えられるだろう。監査官の名前が真名と共に刻まれている代物を、准国民の一般人に与えるなど、今までに見た事がない」
そう言って、オーゲンフェルト監査官は私のトークンを返して寄越した。
「それは、本来はどのギルドの中でも役職のある上の者しか、持てない物だ。だから、あえてトドマの支部名と支部長名が入れてあるのだろうな」
自分の四角い代用通貨が、特別に作らせた物とヨニアクルス支部長がいっていた意味が、ようやく、ここで本当に特別だと判った。
カサマでもバーナンド係官が、珍しいものだといっていたが。
「それを失くすと大変な事になるだろう。それは特殊なものだから、たぶん再発行はされないだろう。扱いは十分気を付けるように。それと、滅多に人に見せてはいけない。それは覚えておきなさい。ヴィンセント殿」
「ご忠告、痛み入ります。それと、御教授、戴きまして、ありがとうございました」
「いや、貴女がそれが何であるのか、きちんと理解できたようでよかった。知らないままに騙されて使うと、とんでもない事が起きかねないからな」
私は立ち上がって、深いお辞儀をした。
「まあ、それはそれでいい。とりあえず、この街はいま混乱している。まともな情報が欲しいならリカジ街に行きなさい。リカジの商業ギルド監査官、エメリア・リル・ランドリアーニ監査官に会って、私から紹介されたと言えばいい」
なんというか、盥回しの感じがしなくもないが、情報を得るには、脚を惜しんではならない。
「分かりました。ありがとうございました。それではここで失礼します。監査官様。ごきげんよう」
私は右手を胸にして挨拶。スカートの端を掴んで持ち上げ、右足を引き乍ら、左膝をゆっくりと曲げる。
「そうだな。ヴィンセント殿。ごきげんよう」
オーゲンフェルト監査官も右手を胸に当て、それから軽くお辞儀をした。
私はこの厚い木の扉を開けて、廊下に出た。
ここ、マカマの街にいる監査官は、極めて事務的な監査官だった。最初あったころのトウレーバウフ監査官ですら、あそこまで事務的だったかと考えてしまうほどだった。
しかし、今、マカマは混乱していて、その混乱を収めるためには、やや強制力を伴う事務的な手腕が必要なのだろう。
さて、商業ギルドの館を出る。
冒険者ギルドの建物からは離れたほうがいいので、急ぎ歩き出す。
あの老人がここに来たことが、商標ギルドに知れて、監査官もその話を聞いてるとなれば、何処かの店に立ち寄ったのは間違いないだろう。
となれば、飲食店と、同業者だ。
飲食店は多すぎるし、彼がこの喧噪の街で飲食店に入ったとして、そんなに目立つものなのか。と考えれば、次に行くべきは細工店。いくつあるのかは判らないが、鎧を扱っている細工店を探すしかない。
街道の方に出ずに、街道の一本裏になる北側の通りを歩く。
細工屋が見つからないな。辺りには、格好の乱れた、よろしくない男たちばかりがいる。
「どごがの、いいどごの娘さんかぁ? おいぃ」
後ろからついてきていた、すこし太った男が、突如、濁声を上げた。
「護衛もいないっでよぉ。ごの子供は」
如何にも人相の悪い、やや若そうな男がまるで囃し立てるかのように声を上げた。
「俺たちに、攫ってくださいと、差し出してるみてぇだぜぇ。兄貴ぃ」
これまた、悪党を絵にかいたような顔の中肉中背の男が、私の前に立ちはだかる。
「強姦には、子供過ぎて、俺様のブツを入れたら、股が裂けるんじゃねえのか わははは」
下品な声で、少し背の高い、やはり悪党面のがっしりした体格の男が現れた。
体格はどいつも二メートル越えだな。かなりの日焼けした肌。長い耳。貧相な服。
やれやれ。どうしようもない有象無象だか、ごろつきだかがやって来たらしい。
「ざぁ、おどなじぐじでもらおうじゃねぇがぁ」
右後ろから手が伸びてきたが、私はやや振り向きざまに、右手で払った。ただし手刀で。
「ごんの! ぐるぎゃあぁ!」
喚いてるが、今のであいつの右腕の骨は罅が入った。
さっきの正面の男の方に向き直る。
男たち二人は直ぐに腰の剣を抜いた。しょぼくれた、質の悪い剣だが。
一人が私の後ろに回りこむ。
私は左足を後ろに引いて踵を上げる。腰を落として、右足は完全につま先立ち。
猫足だ。
半身に構えて、左手が前。右手を臍の前だ。
一人の男が何か叫んで、いきなり剣を前に突き出したまま突っ込んでくる。
共通民衆語ではないらしく、さっぱり分らない。
私は軽く右に避けながら、左足で一歩踏み込んだ。そして左手で男の剣を握っている手を下から掴んで、全力で握り込んだ。脇を締めてそのまま少し引き込む。
そして腰を入れて右足を踏み出しつつ、右手を龍拳のまま、相手の金的に叩き込む。
手加減無しである。何かが潰れる厭な感触があった。
当てた瞬間に、左手を放す。
男はそのまま後方に少し吹っ飛んで仰向けに倒れた。口から泡が出ている。
…… 手加減無しは、やりすぎたか。
真後ろから来た男には、右足を軸に左後方回し蹴り。
後ろで私の踵が相手の剣を弾き飛ばしたか。そのまま一回回って勢いのついた踵が男の腰骨にぶち当たる。当たった瞬間、厭な音を立て男は横に吹っ飛んだ。男から、声にならぬ悲鳴が上がっている。
「ごんのぉ! ぐるぎゃあぁぁ、どだまおどじでぐれるわぁぁ」
既に共通民衆語なのかすら怪しい。さっきから、ぐるぎゃあって、一体なんだ。元の世界で言う餓鬼の事だろうか。子供に対する侮蔑的な差別用語か?
さっき右腕に罅が入った男が喚きながら、左手で剣のポンメルを私に向けて振り降ろして来た。
頭への打撃のつもりか。
私はその男の左手を両手で挟んで、一気に左に倒す。男はたまらず、左側に転んだ。そこへ容赦なく踏み込んで、右足で金的に下段蹴り。かなり手加減はした。しかし、これも何か厭な感触が右足の裏に伝わった。男は気絶したようだった。
もう一人か。
もう男の目は完全に血走っている。
「てっめぇえぇ。てっめぇえぇぇぇ。この事は高くついたぜぇ。おめぇの親の財産、有り金全てで払ってもらうぜぇぇぇ」
ただのイキリ若造か? どうせ、大した剣術も体術も無いのだろう。
と思ったが、この男、剣ではなく手を構えた。少しは出来るのか。
「俺をぉぉ! なめんぢゃねぇぞぉ! この小娘がぁぁ!」
一味が兄貴とか呼んだ男が吠えた。
「多少、出来るのかしらね?」
私がそう言うと、男はいきなり間合いを少し詰めるや、右脚を大きく振り上げてから、一気に踵を私の頭に向けて振り下ろしてくる。
この異世界で初めて見る、踵落としだ。脚の上げ方がまともだ。
これは訓練された上げ方。股関節が柔らかく、更にはきちんと体幹を鍛えていないと、こうも綺麗には上がらない。つまり、こいつは少なくとも素人じゃないのだな。
普通の二メートル近い男や女に当てるのと違い、私は身長が低い。此奴にとってはそのまま振り下ろせばいいと思ってるだろうが、経過する時間が違うのだ。
つまり、私には避ける時間がかなりある。
見切って右に躱す。そいつの右足の踵が私の肩の横にまで降りた瞬間、避けたついでに左手の裏拳でそいつの踝を思いっきり叩いた。骨に当たった鈍い音が響き、そいつの右足が大きく外に振られる。
「糞がぁぁぁ!」
男は、何とか態勢を整え直し、右足を今度はやや後ろから回し蹴りに換えて来た。
見切って後ろに躱す。男の回し蹴りは豪快な空振り。
次は何を出してくるのだ?
男はそこから、少し間合いを取って、いきなりジャンプしてからの飛び蹴り。
これも躱す。男が着地した瞬間に踏み込んで膝に手刀。そしてすぐ下がる。
男が吠えた。
これでは諦めて降参するのは、なさそうだな。
男は左足の膝を持ち上げて、腹にぴたりと付けた。脚は折りたたんだ恰好。
これは蹴りだ。ただし、どの位置に蹴り出すかは、その瞬間まで男に選択肢がある。しかし私の身長からいって上段はない。もし上段に出すなら、フェイントからの踵落としとかも考えられるだろうが、ここは下段やや上だろう。これも直接蹴り出すのか、外側から捻りを入れて来るのか。
私が僅かに踏み込むと、男はやや捻りを利かせた、下段と中段の中間のような位置へのコンパクトな回し蹴りを入れて来た。
なるほど。最速で当てる足技。前蹴りではなくやや回しが入っているのが、手慣れている。前蹴りでは簡単に躱される可能性を考えて、此奴はコンパクトな半回し蹴りを選択した。
私は、繰り出されてきた相手の向こう脛を僅かに腰を沈め、右手の小指側の手首を使い、脛に当てながら上に持ちあげて、逸らす。何時も鍛錬している護身術の技。
私に向かってくる脅威が拳を突き出してくる腕ではなく、それがやや横からくる脚だというだけに過ぎない。何時ものように、タイミングが全てである。
男の足はそのまま私の上。
何しろ一メートルもの身長差があるのだ。奴の股間が私の肩ぐらいか。
男がそこから左足を大きく振り上げた。態勢を即座に踵落としへと移行したその瞬間。
私は、そのまま間髪入れずに大きく右足で踏み込み、男の金的にややアッパー気味の右龍拳を叩き込んだ。これでも、かなり手加減はしたつもりだ。
相手の男が大声で喚く。もはや、共通民衆語ではない。意味不明の喚き声。
男はそのまま少し後ろに吹っ飛んで、仰向けに倒れ込んだ。白目をむいている。
気絶したか。
「いう割に、あっけない、ですね」
いつの間にか、周りに人が大勢立っていて遠巻きに見ていた。
しょうがない。名乗っておくか。
「小悪党の、ようだから、命は、取らないで、おきます。私は、トドマの、冒険者ギルドの、冒険者。マリーネ・ヴィンセント。文句が、あるなら、トドマで、聞きましょう」
周りの男たちが騒めく。
いつの間にか、警備隊の隊員が二人来ていた。だが、二人は転がっている男たちを見ると、転がっている四人を槍で一度つついてから鼻を鳴らし、また街路に戻っていった。
つまりは、よくある喧嘩と解釈されたようだ。それでいい。
一々、警備隊の彼女たちに説明するのも面倒だし、彼女たちも余りにも多い喧嘩を、これまた一々問題にしていないのだ。死人が出なければ、だが。
今回、四人が生きているから、そのまま放置したのだ。たぶん。
私はゆっくり歩き出す。
男たちの中でも、腰骨に当てた奴はまだなにか、喚いている。
しかし、共通民衆語ではないらしく、何を言ってるのかは分らない。
この男たちは今まで、散々悪事をやらかして来たであろう。
あの口調からいえば、二回、三回程度の悪事ではあるまい。女を攫い犯して、身代金まで取る。身代金が取れなければ、おそらくは散々慰み者にした挙句、口封じに殺しているだろう。そういう事を数え切れないほどやらかしているのに違いない。
今回は、相手が何時もと違ったと思ってもらうほかあるまい。
……
さて、細工屋を探すのだ。
通りの店を見ていく。さっきの喧嘩を遠巻きにして見ていた男たちが、後ろからついてきているのが、うっとおしい。
だいぶ歩き回ったが、細工屋が見つからない。何処に有るのかすらわからないうちに夕方になって来た。
これは、今日は諦めて、あの宿に戻ろう。
戻るのは、難しくない。街の中心を貫く隊商道にでて、西に向かえばいいのだ。
そして、右手に大きな館が出てきたら、そこが泊った宿だから。
つづく
四角いトークンは、本当に特別なトークンだった。しかし、マリーネこと大谷は、全く意識すらしていなかった。
そして、鎧職人の老人の足取りはつかめない。
挙句に細工屋を探していると不良ども四人に絡まれ、これもあっさりと熨斗てしまうのだった。
次回 マカマの街2
宿へ戻る、マリーネこと大谷。
ここで夕食前に宿屋の主人から聞いた話が、マリーネこと大谷にとっては、なかなか重要な話となっていた。




