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172 第19章 カサマと東の街々 19ー11 カサマの街道と魔獣狩り8

 斃した魔獣をカサマの冒険者ギルドへ持ち帰る討伐隊。

 ようやく終わった討伐だが、事務処理が残っていた。

 

 172話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー11 カサマの街道と魔獣狩り8

 

 副長が殆どの指揮を行い、レグラス隊員とウェイクヒース隊員は、後ろの幌付きの馬車に同乗させて貰い、私と副長はこの傭兵が乗っていた荷馬車にガオルレースの屍体とともに載せてもらう。

 乗っていた二人の傭兵は、後ろの荷馬車に分かれて貰った。

 

 先頭の荷馬車は、アルパカ馬三頭。それでも流石に重くなり、先程のような速度では走れていないが、十分早い。

 

 二つの太陽がまだ西日になる前に、街道を突き進んでいった。

 

 ……

 

 こういう時に、大人の背丈がない私では交渉すら難しかったに違いない。

 副長は、この討伐隊の責任者のような顔をして、この隊商の協力を簡単に取り付けた。流石だな。こういう部分は、腕前がどうこうじゃない。

 

 残念ながら、私の背丈ではつけている階級章すら、疑われかねないのだ。

 だが、副長は違う。いかにも冒険者ギルドのベテラン隊員の風貌と装備。そして、態度だ。

 これは、副長に感謝だな。

 

 そして荷馬車隊は、夕方になる前にはカサマに到着。

 

 副長は、既に隊商の責任者と話をしていた。

 ガオルレースの討伐が終わり、証拠の屍体を運ぶにあたって、協力をいただけた事に感謝するというようなことをいっていた。

 全員で彼らにお礼をいって、魔獣の屍体を降ろす。

 

 これを二人で一体ずつ、これまたギルドの支部まで運ぶ。

 

 魔獣の屍体をギルドの裏に運び込み、私はすぐに副長の方を手伝いに行く。私が頭を持ち上げて、ぐいぐい引っ張るので、二人には左右から後脚を持って貰った。


 さて、魔獣の解体だ。

 牙を丁寧に削る。四本。そして捻くれた三本の角。これは堅いので、頭蓋骨の所でぎりぎり頭蓋骨の方を削る様にして切り取る。

 

 そして魔石だが。

 まずダガーで眉間から頭頂部まで切り裂いていく。

 そこから茶色の脳漿が飛び出し、その匂いに()せた。

 頭蓋骨を後頭部まで切り裂いて、半分に割ろうとしたが、脳味噌がそこで真ん中から割れた。恐ろしく血が溢れ、これまた血の匂いで噎せる。

 

 頭の角の根元になる頭蓋骨を削った後の場所だが、脳味噌の前頭葉部分の中央左右に、恐ろしく太い白い筋のような神経のようなものがあり、それが脳髄の奥の方にまで通っている。あの雷撃を出すためのものだろう。発電器官は胴体のどこかに大きいものが有りそうだ。

 以前のヴォッスフォルヘを解体した時の失敗を思い出し、慎重にこの筋を避けて、脳味噌を切り分けていく。

 

 脳味噌の血溜まりの中に魔石はあった。

 平べったい灰色の楕円の石で、中心には太い蒼い色の渦巻きがあった。

 見ると副長も解体を終えていた。

 

 この首を大きく切り裂いて、屍体をこれまた、肉の吊るし場で吊るす。

 この重さで、吊るし場の木材が曲がってしまうんじゃないだろうか。

 しかし、初日、二日とここ連日持ち帰った屍体はほぼ回収されていた。

 

 作業を終えて、ギルドのロビーに戻る。

 

 さて、休みの日だが、もはや支部のロビーは大騒ぎになっている。

 ある程度、魔獣の数を減らした事で街道もだいぶ安全になったはずである。

 この数日で魔獣の数はソコソコ斃してきましたというと、大騒ぎになってしまった。斃すペースが尋常ではないということか。

 

 受け付けの奥では、バーナンド係官が書類と格闘して何かを懸命に書いている。

 

 さて、サボってしまっていたが、初日の分から全て署名していかなければならない。

 

 出された書類には、次のように書かれていた。

 『北の隊商道と呼ばれる、カサマ街マカマ街接続街道にて、ゲネスを六頭、グルイオネスを六頭、隊長以下三名の隊員とともに、街道で出没する、前記の魔獣を駆除し、各魔獣の魔石並びに、牙、角を収集せり。この報酬は別途提示され、支部の裁量による決定が下される場合がある事に同意する』

 

 まず、自分のトークンをバーナンド係官に渡した。

 彼はそれを裏がえして、神聖文字を書き取って、書類の一部に自分の署名を入れた。一番下に、私が署名した。

 一番上の署名欄は、支部長の署名が入るらしい。

 

 二日目の分。

 『…… タルヤル二体、イグステラ四頭…… 駆除し、タルヤルは魔石のみ、イグステラの魔石並びに牙と角を収集せり……』

 はいはい。間違ってません。これも署名。

 

 三日目の分。

 『…… イゾナクージ八頭、イグステラ六頭…… 駆除し、各魔獣の魔石並びに牙と角を収集せり……』

 はいはい。イゾナクージはこういう綴りなのか。これも確認。間違ってません。署名。

 

 四日目の分。

 『…… ヴォッスフォルヘ二頭…… 駆除し、魔獣の魔石と角を収集せり……』

 はいはい。これには牙がなかった。間違ってません。署名。

 

 五日目の分。

 『本任務は商業ギルドより依頼のあったガオルレース討伐である。本日、該当する魔獣を二頭、マカマ街近郊の森において討伐、魔獣の魔石並びに牙と角を収集せり。この報酬は別途提示され、支部の裁量による決定が下される場合がある事に同意する。また、今回討伐隊には、報酬が別途設けられており、この報酬が本討伐対象にかけられた報奨金全体の五割であり、それを本討伐隊、隊長が受け取る事に合意する。付随した隊員の報酬は別途提示される』

 

 そうか、これは討伐対象で報奨金が出ていたのだ。

 はいはい。判りました。隊長は私です。これも署名。

 

 トドマの時は、こういう書類は真司さんが殆どやっていたし、斃してきた魔獣の魔石買い取りにこんな文章が書いてあったのなんて、読まなかったな。スッファ街の時には、なんかすごく長い文章が書いてあったけど、とにかく署名しろと言われるままに、署名していた。

 

 ……

 

 全てに署名をすると、バーナンド係官が、私のトークンを返してよこした。

 そして、一緒に行った副長と他の二名が署名しているところにアイク隊員もやってきた。彼にも署名させる。

 

 そこでバーナンド係官がもう一枚、書類があるというので私のトークンを渡した。

 『街道における魔獣駆除において、隊員一名が負傷し、当ギルド専属となっている独立治療師に治療を委ねることとなったため、この費用は、今回全体報酬の一割を当ギルドに納付し、該当する担当医にこれが支払われる事に、本隊長は同意するものとする』

 なるほど。はいはい。治療費は今回の報酬から支払えということね。

 隊長名のところに、私の名前が必要なのね。了解。これも署名。

 

 これで、全部済んだらしい。

 アイク隊員がやってきた。

 「アイク隊員。脚のほうは、もういいのかしら?」

 「隊長。はい。もう、すっかり」

 どうやら、もう足はいいらしい。筋肉が一部裂けていたと聞いた時は、だいぶかかるのではないかと思ったが、トーンベック女史の治療の腕がいいのだ。

 彼女はアイク隊員をあと一日休ませてから、任務復帰を推奨していた。

 

 「隊長がガオルレースを斃す所を是非見たかったですよ」

 「残念だったわね。副長から、聞いて下さい」

 副長が、少しにやけた顔をしている。

 

 そこにバーナンド係官が声をかけてきた。

 「ヴィンセント殿。今回の全体の報酬金額は、支部長室で支部長からお話があります。計算が終わるまで、少しお待ち下さい」

 「判りましたわ。ここで少し待ちましょう」

 「他の隊員の方たちも、ヴィンセント殿の後に、順次呼び出しますので、お待ち下さい」

 

 私の周りに人だかりが出来そうだったが、副長や他の隊員が周りを固めて、野次馬が手を出さない様にしてくれたのだ。

 副長は何も言わないが、他の討伐隊員四名をそれとなく、動かしてくれたのである。

 

 ……

 

 まず、私が支部長室に呼ばれた。

 ランダレン支部長が直々に説明してくれるらしい。

 今回は一名が途中離脱しているが最初の二日間、随行したことを考えて、全日程を五人で行ったとする事となった。これはランダレン支部長の判断。

 牙やら魔石に角の納品。それと持ち帰ってきた肉は、今回は全てカサマ支部へ寄付。

 これは隊長の私の判断。

 

 

 まず、全体の計算。これが多い。

 ゲネス、六頭。

 魔石は一個、二二リンギレ。牙が一一で四本あるので四四。角が一三。一頭が七九リンギレか。

 その六頭で四七四リンギレ。

 

 グルイオネス、六頭。

 魔石が三〇で、牙は一四の四本、角が一三だ。一頭は九九か

 六頭で五九四リンギレ。

 

 タルヤル、二体。魔石二個で三五が二つ。七〇リンギレ。

 本当は、あの太いほうの鋏には価値があったらしい。全部川に流したので、今回はそれは知らなかったし、考えない。

 

 イグステラ、四頭。

 魔石が三〇で牙が一一の四本で四四。角が一四。一頭は八八。

 四頭分だから三五二リンギレ。

 

 イゾナクージの群れ。八頭

 魔石が三〇で牙が上の大きいほうが一四で二つ。下の小さい牙が八で二つ。つまり四四。これに角が四だから、一頭が七八リンギレ。

 八頭分で六二四リンギレ。

 

 イグステラ、六頭

 一頭は八八。

 六頭分で五二八リンギレ。

 

 ヴォッスフォルヘ、二頭

 魔石が一個三二で角が一六で二本。三二か。一頭六四リンギレ。

 二頭だから、一二八リンギレ。

 

 

 そして、ガオルレース、二頭。

 魔石が三五、牙が一二で四本なので四八。角が八で三本だから二四。一頭が一〇七リンギレ。

 二頭だから、二一四リンギレ。

 

 今回は魔獣駆除であるから、こうなることは避けられなかったのだ。

 斃した数が数だけに、もう、たぶんとんでもない金額になる。

 

 これに、ガオルレース討伐の報酬がある。

 

 今回はかなり多いが、全体のうち、一割を冒険者ギルドに治療費として納め、それは治療師の報酬になる。このことの書いてあった書類には、既に署名してある。

 ここカサマ支部はこういうやり方か。

 

 まあ、冒険者ギルドは、これらのアイテムを他のギルドに売り捌いて、それでかなりの利益が出るはずである。

 

 さて、残った分を今回の参加者で分配するとのこと。

 金の階級章持ちの隊長だった私の分が五割半らしい。残る四割半を四人で分けるが、副長が二割一分。残りの三人が一人につき八分となった。

 なんだか、私のが多すぎる気がしたが、そういえば白金の二人は大体一人が三割から三割半。街道のステンベレ掃除の時は彼らは二人で五割だったな。

 金二階級の私がこの金額なのは、一人だからで、白金のあの二人の場合、もし真司さんだけなら、一人で六割半から七割貰っていても、全く不思議ではない。

 

 今回は全部で二九八四リンギレ。

 これの一割程は、まずギルドに治療費で納める。

 一割は端数を切って二九八リンギレとされた。

 二九八四引く二九八で二六八六リンギレ。

 

 私の取り分は、これの五割半だから、一四七七・三リンギレ。

 副長が二割一分で五六四・〇六リンギレ。

 隊員三人は、それぞれが八分なので二一四・八八リンギレとなった。

 

 しかし、まあ、彼らは今回の収入の金額等全く気にしていないようだ。

 私の剣技と戦いが見れたことが一番だという。

 それに、今回は斃した魔獣の数が多い。必然的に収入が普通の討伐の数回分になっていたのだ。


 ガオルレースの討伐報酬は五割だと書類に書いてあった。

 これは書類にもあったが、商業ギルドの方からの依頼だったらしい。難易度が高いために誰に頼むか、悩んでいたという。

 街道を行き来する商人たちにだいぶ被害が出て、商業ギルドの方から賞金を出してきたのだそうだ。

 

 今回の件で、カサマ支部はようやく商業ギルドの方からの苦情も抑えられるし、一気に掃除を終えたことで、ようやく胸を張って報告できると、ランダレン支部長はいった。

 

 そこに、見慣れた服装の女性が入ってきた。

 商業ギルド監査官様、だ。

 

 「お話中、いいかしら。ランダレン支部長」

 長身の玉ねぎ色をした髪の毛、それをやや短く刈り込んで六分分けした、目の細い整った美しい顔立ちの女性。トドマやスッファでも見た制服。腕に腕章、そして白い手袋。

 「初めまして。ヴィンセント殿」

 彼女は右手を胸に当てると、軽いお辞儀をした。

 私も右手を胸に当てる。

 「初めまして。マリーネ・ヴィンセントと申します」

 両手を脇に付けて、軽くお辞儀。

 

 「貴女の噂は、この湖の東であっても、私にも届いていますし、この前の活躍も聞いていますよ。トウレーバウフ監査官が、貴女の階級を早く白金に出来ないものかと言っていたわ」

 あの人は、そんな事までいっているのか……。

 

 「私の自己紹介がまだなかったわね。私は、ここカサマの商業ギルド監査官をしているルース・リル・ユーベルソーンといいます」

 彼女が右手を胸に当てて、自己紹介をしてくれた。

 「監査官殿。それで、当ギルドには、どんな用件でしょう?」

 ランダレン支部長が、口を挟んできた。

 

 「先ほど、商業ギルドの支部にガオルレース討伐の一報が入りました。それも、ものすごく慌てた様子。誰が倒したのかしらと思って、見に来たのですよ。前回の街道掃除はマグリオース殿でしたね」

 そういう彼女の顔にやや皮肉めいたものがあった。

 「そうでしたか。今回は、御覧の通り、ヴィンセント殿です。明日にでも、商業ギルドの方には、正式な報告書を上げさせていただきます」

 

 「あぁそうだ。ヴィンセント殿。今回のガオルレース討伐の報奨金は、全体で八〇〇リンギレだったのだ。貴女にはその五割。四〇〇リンギレを支払う。これは、今すぐでは無いのだが、それは構わないかね?」

 「もちろんですわ。ランダレン支部長様。代用通貨の、ほうに、入れておいて、貰えれば、結構です」

 「商業ギルドの方に今回の報告書を出せば、彼らがその報奨金を支払う事になっている」

 「わかりました。ランダレン支部長様」

 私はお辞儀をした。

 

 今回の報酬は一八七七リンギレもの大金が転がり込んだことになる。

 元の世界なら、九三〇〇万円に相当する……。

 私のトークンの金額は膨れ上がっているが、当面使う予定はなかった。

 

 「あ、最後になったが、ヴィンセント殿。トドマのヨニアクルス支部長からの命令書は取り付けてある。ここに署名して貰えるかな」

 見ると、既にランダレン支部長の署名がされていた。

 一番下に、私の名前。マリーネ・ヴィンセント。これでいいか。

 「署名を、入れました。あとの、手続きを、よろしくお願いします」

 

 お辞儀をして、一度ロビーに戻る。

 他の隊員たちが一人一人、呼ばれていくので、私は他の討伐隊員たちとロビーで少し待つことに。

 休みの日だというのに、多くのカサマ支部員たちがロビーにいて私は囲まれていた。

 副長がいないので、どうにも統率も取れない。

 

 ようやく、副長以下、四人が揃った。

 

 一応、隊長だったので、隊員たちに(ねぎら)いの言葉をかけておこう。

 

 「今回の、討伐任務は、終了しました。ガオルレース、討伐隊は、ここで、解散と、なります。みなさま、お疲れさまでした」

 

 「ヴェラート・ランジェッティース副長。とても、的確な、魔獣の、解説と、対処方法、戦闘補佐を、ありがとうございました。他も、色々と、とても、助かりました」

 副長だったヴェラートが私の前で姿勢を正し、深いお辞儀をした。

 

 「レグラス・ミコン隊員。適宜、的確な、補佐の動きで、魔獣討伐に、貢献して、下さいました。あの短剣も、とても、助かりました」

 レグラスも私の前に態々出て来て、お辞儀をした。

 

 「アイク・モンデルーラン隊員。怪我の方は、ちゃんと、直してから、また、任務に、ついて下さい。それで、一つ、質問があります。いいかしら?」

 「もちろんです。どの様な事でしょう。隊長」

 「あのイグステラ、二頭に、走って向かった、のは、どうしてですか?」

 私は、そこが疑問だった。態々二頭に咬まれに行くような戦い方だったのだ。

 あれは、冒険者たちでも相当な勇気が必要だ。

 

 彼は、すこし驚いたような表情だ。意外な事を訊かれたと言わんばかりだ。

 「それは、雷を撃たせないためです。隊長。やつらは接近していれば雷を撃てません。その為に、咬まれる寸前、剣で刺す戦法を使っています。今回は雨で手が滑りました。もう少し慎重に行くべきでした」

 彼は少し苦笑いの様な表情を浮かべた。

 

 そうか。そういう事だったのか。咬まれるかもしれない事と雷では、雷を封じたほうがいいという判断だ。

 そういえば、副長もこの北東部では直ぐに雷を撃ってくるのが普通だと言っていた。それならばアイク隊員の判断は間違っていない。

 オセダールの雇っていた傭兵部隊は、避雷針を打ち込んでそこに誘き出し、雷を撃たせる作戦だったが、あれは人数があれば可能な事。少数精鋭での冒険者は別の戦い方が必要なのだ。

 

 「わかりました。ベルベラディ支部では、そういう、戦い方を、訓練して、いるのですね。今回の、貴方の、戦い方から、特に、短剣と、鎧について、学ぶところが、ありました。感謝します」

 アイクも私の前に来て、やや屈んで私を眺め、それから、背を伸ばすとお辞儀をした。

 

 「ジャシント・ウェイクヒース隊員。通常よりは、かなり多い、討伐だった、とは、思いますが、よく、最後まで、ついて来て、下さいました。感謝します」

 ジャシントは、もうガチガチだった。私の前にやって来て、お辞儀ではなく、敬礼だ。

 「それでは、解散」

 周りから、拍手と歓声が上がる。

 

 さて、私は一つやっておきたいことがあった。

 バーナンド係官を捕まえる。

 私は革袋から、やや大きい四角いトークンを持ち出した。

 

 「バーナンド係官様。この代用通貨で、硬貨を引き出したいのです。お手続きを、お願いします」

 バーナード係官は四角いトークンを見て、目を丸くした。

 「ヴィンセント殿は随分と珍しい物をお持ちのようですね。いくら引き出したいのかは、こちらの方にお書き下さい」

 私は、そこに五〇リンギレと一五〇デレリンギと書き込んだ。

 署名もする。この先、小銭が必要になった時に困るからだ。

 これくらいあれば、暫くは困らないはずだ。食事はデレリンギ硬貨で払えばいいし、宿はリンギレ硬貨で支払えば、大抵はお釣りが出るだろう。

 

 バーナンド係官は私の四角い代用通貨の面にある、神聖文字を写し取った。それから代用通貨を裏返して、いくつかの神聖文字で書かれた裏書きも写し取って書類に書き込んだ。そして彼は自分の名前もそこに署名した。

 それから彼は奥に行き、暫くして革袋を持ってきた。これに入っているということだろう。革袋はぎっしりという感じで、少し重みがあった。

 

 それにしても、どこの冒険者ギルドでも、硬貨を出し入れできるというのは本当だった。

 これが一番助かるな。私にとっては、ギルドの事務所が信用金庫のようなものだ。

 そうか。このトークンの裏書きにトウレーバウフ監査官の名前が入っていると支部長はいっていた。

 それでこの王国のどこでも、使えるといっていたのだ。

 

 ……

 

 それでは帰ろうかという時に、また商業ギルド監査官が私の前に来た。

 「ヴィンセント殿。貴女は、これからトドマに帰るのですか?」

 「いえ、今回は、用事が、あるのです。それも、マカマの方に」

 そういうと、彼女の表情がさっと変わる。

 

 彼女は右手を腰に当てた。

 「マカマは、そう、もう知ってはいるでしょうけど、冒険者ギルドは壊滅しています。そんな処に貴女が行って、ギルドに顔を出すと、貴女が祭り上げられてしまうかもしれません。出来れば、マカマでは冒険者ギルドへは行かないほうがいいでしょう」

 「ベルベラディの、仮本部や、第三王都の、冒険者ギルドは、まだ、動いて、いないのですか?」

 「北部一帯で、特に北東部では冒険者ギルドが人手不足になっている事は、少し前から、かなりの問題になっていました。北東部では治安が既に悪化し始めているので、国境警備隊の方から、少しですが警備兵がマカマにも出ているはずです。マカマの冒険者ギルドの立て直しは喫緊の課題ですが、ベルベラディから離れていますからね。もう少し、掛かる筈ですよ」

 そこで監査官は少し外を見た。

 

 「私から言えるのは、マカマでは、十分気を付けなさいという事だけです。何かあった場合は、商業ギルド監査官の居る館に身を寄せなさい。シェルミー・リル・オーゲンフェルト監査官が貴女を守ってくれるでしょう」

 「わざわざ、ありがとうございます」

 

 「それでは気を付けて。また会いましょう」

 監査官は胸に手を当てて、軽くお辞儀をした。

 私もお辞儀で応える。

 

 急いで、宿に戻る。

 もう日は落ちていて、急激に暗くなる直前だった。つまり、黄昏時だ。

 街の街灯のランプは、もう灯されていた。

 東門、南門はとっくに閉められていた。

 

 宿に戻って、ドアを開けると宿屋の主人が玄関を整理していた。

 「ただいま。ヨーンさん」

 「おかえりなさい。ヴィンセント様」

 彼は下に置かれていた桶に手を入れて洗うと、タオルで拭いていた。

 「今日はどうでしたか。ヴィンセント様」

 「それが。今日、討伐の魔物が出て、無事に斃してきました」

 「おお。それは良かった」

 「ですので、宿泊は今日が最終日です。それでよろしいでしょうか」

 「勿論ですとも。大した料理は用意できませんが、精一杯、任務成功をお祝いさせて下さい」

 

 そこで宿の主人が振り返った。

 「フリーダ。ヴィンセント様がお戻りだ。今日は食事をいつも以上で頼むぞ」

 暫くすると扉が開いて、フリーダ夫人が飲み物を持ってやって来た。

 「さあさあ、これでも飲んで、お休みなられては?」

 「お風呂も、いま用意しておりますから、もう暫くしたら、入れます」

 「分かりました。ありがとうございます」

 

 この夫人が持ってきたゴブレットの飲み物は、例によって甘い果汁。

 私がここに置いていった靴を見ると、もう完全に乾いていて、宿の主人が少し綺麗にしてくれたらしい。

 

 少し部屋で待っていると、夫人がやって来た。お風呂の準備が出来たそうだ。

 

 さて、お風呂に入る。

 脱衣所で服を脱いで、ドアを開けるとランプ三つで明るくした風呂場には湯気がたまっていた。

 

 体を洗って、頭からお湯を被る。

 湯船に入ると、思わず深い溜め息が出た。

 相変わらず、座れないのだが。

 

 やれやれ。

 

 やっと、成り行きで引き受けてしまった討伐任務は終わった。

 私の血の匂いのせいだというのは、判ってはいるのだが、毎日魔獣が出て毎日狩りというのは、私は良くても、ここのギルドの隊員たちにはきつかっただろうと思う。

 ベルベラディから来た、あの二人なら問題なさそうだが、アイク隊員は態々魔獣と格闘して倒れ(なが)ら短剣を刺すという戦い方だ。ああいう人にこそ、今回開発した増加装甲を付けてほしいと思う。そう、ああいう戦い方をしつつも、魔獣が咬み付いても、筋肉に牙が刺さらないというのが、あの増加装甲の狙いだ。

 

 湯船の縁に両手を置いて、顎を乗せる。

 

 しかし、最後に出て来た監査官が一番有用な情報をくれたのだろう。この先、マカマでは、かなり不穏な状態らしいな。冒険者ギルドには行くなというし、何かあったら、商業ギルド監査官を頼れというのだから。

 何という名前だったかな。もう疲れすぎていて、さっきの事なのに、記憶から出てこない。

 

 眉間に右手の人差し指を当てる。

 

 ……

 

 ああ、やっと思い出した。

 ルース・リル・ユーベルソーンがカサマの、さっきの監査官だ。

 で、マカマの監査官はシェルミー・リル・オーゲンフェルトだったな。忘れずに覚えておこう。何しろ、彼女たちと来たら、顔も制服も背丈も髪型までも同じなので、彼女たちの立ち振る舞いと腕章くらいしか、差はないのだ。いくら見極めの目で見れば、違いが判るといっても、次から次へと監査官が出て来ると、腕章で見分けるのが一番という事になる。

 

 ……

 

 さて、ユーベルソーン監査官は、国境警備隊がその人員を僅かながら割いて、マカマの治安維持の為に派遣したというのだ。スッファ街の様に大きい街なら街中に警備隊本部があって、警備隊が警邏しているが、トドマとかにはいない。ここ、カサマには数人だが警備隊がいた。

 たぶん彼女がいう、北東部の治安の悪化は、このカサマにも少しづつ、影響が出ているという事だろうか。

 

 それで思い出した。

 初日に港を遠くから見ていた時に、船員風の男たちと港湾労働者風の男たちが喧嘩をしていたのだ。

 派手な乱闘になっていた。ああいう乱痴気騒ぎはトドマの港町では見た事がない。

 鉱山街はもっとだが。

 何が原因なのかは、勿論判らないが、徐々に治安に綻びが生じているのは間違いなかった。

 

 そんな中、マカマに行って、それからマリハにいる筈の老人を捜すという事になる。マリハも治安が良くない状態だと、不味い事になる。

 長居して、鎧の作り方を学んだりできるのだろうか?

 

 それは今、ここで考えても栓無き事だ。

 

 体をもう一度軽く洗って、お湯をかぶり、脱衣所に向かう。

 服を着て、一度部屋に戻る。

 

 部屋で着替え直し。汚れたつなぎ服ではなく、とりあえず、茶色のスカートと白いブラウス。ハーフブーツを履いて、下に向かう。

 

 夕食。この日の夕食は何だろうか。

 

 降りていくと、もういい匂いがする。

 

 席に着くと、目の前には大きな平たい鍋。その中には濁った汁。そして、沢山の器。

 パンもある。

 

 「ヨーンさん。これは、どういう、料理でしょう」

 私がそういうと彼は大きな鍋を持ってきた。

 鍋の中には奇妙な形の蟹のような物が一杯入っていて、既に茹でられて、汁の中に沈んでいる。

 「これは、やはりここの料理ではありませんで、すこし南の方の物になります。先日お出ししたピンヅゥールと同じ地方の物でして。タペンタヅゥールといいます」

 「これは、このタッシュを殻を取って、こちらの鍋に入れます。そして、十分浸した所で、お皿にとって食べて戴きます」

 

 まず、両手を合わせる。

 「いただきます」

 トングのような挟むやつで、彼がいうところのタッシュを掴む。タッシュがたぶん蟹のような甲殻類だ。

 これを外の殻だけ尻の方を持って上に上げると、ぱっくり開いて、胴体の殻が上だけ取れた。

 この状態のをこちらの平たい鍋に入れる。沈んでつゆに浸かれば、もういいだろう。またトングのような挟むやつで取り出して、お皿に取った。

 

 脚はどうするのか思って、宿の主人を見ていると、これはペンチのような道具で潰して、殻を取り除く。中に肉がびっしり詰まっていた。

 蟹味噌というのだろうか、それをスプーンで掬って、パンに載せて食べつつ、この脚の肉を味わう。という食べ方だった。

 

 出汁が十分に出ている。いい味だ。

 このつゆの方、魚醤と何か他の物も混ぜている。それが判らない。複雑だが旨味を引き立てているのだ。

 

 主人と夫人も器用に食べ始めた。たぶんこの二人は、これを相当食べ慣れている。

 そういう器用さがあった。

 

 味には、とても満足した。

 「ごちそうさまでした」

 両手を合わせる。

 

 夫人が濡れたタオルを持ってきた。まず、手を拭いてくださいという事だ。

 それから、生果汁が運ばれてきた。

 今回のは、甘さと酸味のバランスがいい。色は淡いオレンジ色。たぶん果実が混ぜてあるのだ。

 

 

 翌日。

 起きてやるのは、何時ものストレッチから。そして柔軟体操からの空手と護身術もいつも通り。

 全部、服を畳み直し。いつも着ている服に着替えて、ツナギ服は汚れているので、リュックの底に入れた鍛冶用の革袋の上に置いて、分けておく。機会を見て洗おう。

 小さいポーチ、多少多めに出した硬貨の革袋も入れて、そこに衣服を入れた革袋。上には靴を入れた革袋だ。そして老人の手紙を入れた箱。その上に革のマントを入れた。

 リュックの肩掛けベルトの所の所にトークン入りの革袋を結びつける。

 

 靴はこの日は柔らかい靴を仕舞って、いつものやつ。

 さて、ミドルソードをリュックの後ろに取り付ける。ロープも忘れずに。

 ブロードソードとダガーはいつも通り。

 

 これで、下に降りていく。

 「ヨーンさん。私はこれで、また旅に出ます。書類の方、出して、貰えますか」

 宿の主人がやって来た。

 「そうですね。六泊となります。契約書の下に六泊しました。と書いておきましたので、そこに署名をしてください」

 「分かりました」

 一番下に確かに、六泊しました。と追記されている。そこの横に私の名前を署名した。

もう一枚、写しというべきものだ。こっちにも私は署名した。

 「これは、こちらの方でギルドの方に本日中にでも出しておきます」

 宿の主人がそういって、写しの方も預かった。

 

 そこにフリーダ夫人が出て来た。

 私の水革袋を持ってきてくれたのだ。忘れていた。水袋二つ。これをリュックの肩掛けベルトの所に括り付ける。

 「では、いってらっしゃい。ヴィンセント様。良い旅を」

 「はい。行ってきます」

 軽くお辞儀。

 

 では出立。

 

 ようやく、リットワース老人を捜す旅に出る事が出来る。

 向かうのは北の隊商道の先にあるマカマの街。最終的にはマリハに向かう予定だ。

 私はまだ開いたばかりの東門を通って、マカマに向かった。

 

 街道は今日も虫の声がする。そこに時々、小鳥の(さえず)りも混ざっていた。

 

 しかし、まだ街道には人通りがなかった。

 

 

 つづく

 

 またしても大量の収入となったが、マリーネこと大谷は、その事についてはあまり現実感がない。

 むしろ、監査官の言う「マカマでは、十分気を付けなさい」が気になっていた。

 良い食事も出来て、快適な逗留だったが、ついに宿を出立。

 鎧職人の老人を捜す旅である。

 

 次回 マカマの街の宿

 治安が悪化してきてる街であるならば、まずはきちんとした宿の確保が重要だと考えた、マリーネこと大谷は大きな高級宿を見つける。

 

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