171 第19章 カサマと東の街々 19ー10 カサマの街道と魔獣狩り7
マリーネこと大谷の体が出していると思われる匂いによって、多数の魔獣が出現してきたが、目的の魔獣はこの日まで出ていなかった。
しかし、遂に目的の魔獣が討伐隊の前に姿を表す。
171話 第19章 カサマと東の街々
19ー10 カサマの街道と魔獣狩り7
翌日。
討伐任務、五日目。週の六日目。
何時もの時間に起きて、やるのはまず何時ものストレッチからの柔軟体操と空手や護身術だ。全く、いつも通り。
宿の外に出てみると、完全に晴れ。
昨夜に降った激しい俄雨は、まだその名残を石畳に残していて、石畳は濡れそぼっていた。
道路の脇の僅かに凹んだ排水路は、砂のような堆積物が所々に溜まっている。
本来なら、王国の暦に従えば仕事はお休みの日だが、ここは鉱山じゃないし、街道の掃除は終わっていない。一日も早く終わらせたいのだ。
今日もやるしかないだろう。
アガットの街道掃除は、五日やっては一日休んだと、副長は言っていたが、それは最初から長くかかる前提で、鉱山街の時の工場付近の警邏のように行っていたのだろう。
私は、そんなに時間をかけるつもりはない。
私は黙々とシャドウで剣の鍛錬をする。
剣の鍛錬を終えて、宿に戻るといつものように朝食。
この日の朝食は、薄い『ナン』のような物だ。
手を合わせる。
「いただきます」
薄いナン擬きに、かなり香辛料の掛かった肉が細切れになって、さらに何かのソースで煮込まれたものが載せてあった。
これを二つに折りたたんで食べる。
そして生果汁。
今日の物は真紫の液体で、これもまた甘い。しかし、甘すぎない。そしてさっき食べたナン擬きの味をうまく調和してくれる。
これは、どういう果物なのだろうな。この宿屋が何処からこういう物を仕入れているのか、さっぱり分らないが、いい味だった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
「それでは行ってきます。ヨーンさん」
「いってらっしゃい。ヴィンセント様」
宿屋の主人が、送り出してくれる。
街中を抜けていく時に、ふと西を見る。港の方には、貨物用の船が彼方此方に停泊していた。
……
門に着くと、これまた剣の鍛錬だ。
毎日欠かさず、剣を振り続ける。
シャドウで剣を振り続けていると、人が走ってくる音。
鍛錬終了。
「おはようございます。隊長」
「おはようございます」
その時に副長が、私のロープ二本を渡して来た。ちゃんと洗ってある。
血だらけ肉を縛ったので、だいぶ色が付いていたのだが、そこそこ落としてあった。
ロープをリュックに入れて、出発である。
「それでは、出発」
石畳は北側の方はもう乾いている。南側になる方だけ、端はまだ濡れていた。
……
今日も虫の鳴き声が、元気である。時折、鳥の囀りが混ざる。
晴れ渡った空は遥か高空まで、真っ蒼だった。
今日は風もほぼ無風。何時もなら南西の風がカサマの街の方に吹き込み、街道に西風となって吹いてくるのだが。
全員無言で、黙々と距離を稼ぐ。
かなり先まで行く。もうマカマまでだいぶ近くなっている。
おそらく四分の三程は進んだ筈だ。しかし、魔獣の気配はさっぱりである。
もう、街道にすぐにでも出てきそうな魔獣は、あらかた討伐したらしい。
「全員、停止」
私は右手を上げた。
「休憩、です」
ここで少し休んで、南側を見る。
ちょっとしゃがんで、乾いている石畳の上に座った。
すこし水革袋から、水を飲み、呼吸を整える。
昨日に降った俄雨で、私たちが魔獣退治した際に流れ出た血は全て流されて、石畳はどこも綺麗になっていた。南側の道路の端は、かなり水が流れた事が想像できる。
凹みには、幾らか砂のような物が彼方此方、堆積していた。北側の森の方の水が、幾らかの土砂を伴って、こっちに流れたのだ。
よし、今回も南側の森を探索しよう。
「今日も、南の森を、探索、します」
私がそういうと、全員が立ち上がった。
「了解です。隊長」
全員、休憩を終えて、再び広がる。
マカマ街の近郊で、暫く南の森の中に入ることにしたのだ。
全員広がって、森の中に入っていく。
そして、暫くすると、背中に寒気とともに、なにか疼くような感覚があった。
魔物がいる。たぶんもうこっちに気がついているはずだ。
左掌を地面につける。奥にいる。正面だ。
私は右手を上げた。
「全員、停止」
それだけで、もう三人の隊員には伝わっていた。
先に進んでいた副長が戻ってきた。
静まり返った森の中。薄暗い先に、なにかの獣がのそりと歩いてくる。
「いますね。隊長殿」
「あれが、今回の?」
「三本の角があります。あの緑の体毛に黒い斑点、間違いありませんな。隊長殿」
見るからに豹のような魔獣。体長は二メートル越えか。
全身、緑の体毛に黒い斑点が混ざる。腹は真っ白。そして長い尻尾。尻尾は緑の体毛と黒い毛で縞模様。
耳は真っ黒で尖った耳の先には長い毛が生えていた。顔は鼻の周辺のところだけ黒く、これまた長い毛が生えている。髭だろうか。
角は3本。鼻の後ろと頭頂部に2つ。捻れている角で、少し長い。大きな牙で上下左右4本。
後ろにもう一頭いた。
本命の魔獣、ガオルレースがとうとう出現か。
「全員、散開」
二人は横に広がったが、副長は私の少し前のままだった。
「あの二頭は、連携でこちらを倒しに来ます。隊長殿」
「副長は、あれの戦いを、見たことが?」
「あります。隊長殿。もう数年以上前です。その時は隊が半壊しました」
「そう……」
「あの時の二頭ではないでしょうが、連携をどう崩すかです。隊長殿」
最初の一頭が突っ込んできた。
抜刀!
しかし、魔獣は直前で止まり、刃が届かない。その時にその真後ろからジャンプしたもう一頭が口から何か、唾のようなものを飛ばした。
!
辛うじて交わしたが、その液体は地面に落ちて下の草を溶かしていた。
なるほど。二頭のコンビネーションがいい。
私の剣に対しては、ぎりぎり届かない場所で止まるのだ。
彼らの黒い耳の先端の長い毛が小刻みに振動していた。
あれが何かは判らないが、何かの感覚器なのか。
私の剣の間合いを見切っているのだ……。
副長が横から出した剣を、もう一頭が頭の角で止める。しかし、角は傷一つついていない。私の剣を受けたらやばいが、他の剣なら問題ないと判断しているのだ。完璧である。
私の剣は尽く避けられてしまう。
横の二人が間合いを詰めていくと、先頭の一頭が角を光らせ始めた。
全員が全力で離れる。
少なくとも五メートルは離れないと、電撃を喰らうことになる。
しかし。角の光はすぐに消えた。こちらを睨んでいた雄の目が歪む。
まるで、こちらの行動を嘲笑うかのように。
どうやっても、斬ることができない。
あの山の中の村で出た、ステンベレの二頭のように。
全員で詰めれば角を光らせ始めるし、私の剣の手前で止まるため、斬り倒せていない。剣先を前に突きを放てば、これもよけられてしまうのだ。
そのまま剣を払えば後ろの方にジャンプして躱された。
全くもって、こんな避け方をする魔獣は今までに見たことがなかった。
一進一退が続く。
どうするか。
少し迷ったが、ここは事態打開のために賭けに出る。
奴らに電撃を撃たせる。電撃を二頭同時に放たせる。その直後に出来た隙をついて斃すしか無い。
かなりの危険な賭けだ。
「全員、下がって。ミコン隊員、その短剣、貸して、下さい。壊れるかも、しれないけど。壊れたら、私が、弁償します」
ミコン隊員が黙って短剣を抜いた。
柄をこちらに向けて差し出した。
先がやや尖っていて、剣先から急に刃の幅が左右に広くなり、そこから一気に刃の幅が狭くなるように、内側に弧を描いている。
この短剣は……。この内側の弧を描く部分で切り裂かれたら、ざっくりやられるのは間違いない。
よく考えられた剣だ。刀匠は誰なんだろうな。
「全員、絶対に、動かない、ように」
二頭に向かう。先頭の雄がこちらを睨む。私は睨み返して、レグラス隊員の短剣を上に放り投げた。それは態とそいつのぎりぎり手前で地面に刺さるように。
魔獣は、勿論この短剣が自分に届かないことを探知している。
とはいえ、魔獣は二歩、後ろに下がった。
私は魔獣の方にミドルソードを持って迫る。
二頭の魔獣のうち後ろの魔獣が角を光らせ始めた。
雄のほうを向いて思いっきり切り払い、そいつが僅かに後ろに躱したのを見て、私のミドルソードも地面に刺した。
その時だ。雄が角を光らせ始めた。私を放電で斃すつもりなのだ。
二頭の放電がまるで全周に撒き散らされるかのように始まった。
一部の放電は、雷撃となって樹木に当たり、樹木が焦げ幹が裂けて倒れる。
私は咄嗟に体を前に投げ出した。両手で耳を抑える。
落雷のような音が時々、周囲で発せられる。その雷のような稲妻は周りの樹木に直撃して樹々を倒した。
二頭は角から周囲に放電を放ち続けている。それが広がりながら、まるでドームのように見えた。半径は五メートルくらいか。
凄い光と音だ。
その時、放電の先がだいぶ下に伸びて来た。
私の方に伸びて来た。
これは駄目かもしれない。
ぐっと唇を噛み締めた。
かなり緊張したが、それは短剣とミドルソードのポンメルに触った。そして周りの放電の光もまるで絡みつくようにしてミドルソードに集まった。
いつまで続くのか。
しかし、明らかに放電には偏りが生じ、剣の脇はがら空きだった。私はそこに向かってじりじりと匍匐のままその場所へと移動した。
静電気だろうか、髪の毛が逆だっているのが判る。空気の焦げる独特のイオン臭。
もし、放電のあのひげが、こっちにくれば、それだけで終わりだ。感電して私の意識は失われ、あいつらは直ちに私に致命傷を与えるだろう。
魔獣はまったく動かない。よく見ると前脚の先、爪のようなものが肥大化して、地面に深々と刺さっていた。
ふいに魔獣の角から、輝きが消えた。
そうそう長時間は維持できないし、何度も連続では出せないことに私は賭けていた。
これを待っていたのだ。私は立ち上がって、両手でダガー二本を連続で投擲した。
近距離である。ダガーは二本とも、狙い違わず魔獣の胸に突き刺さる。
魔獣の目が、大きく見開かれている。黒い耳の先端の長い毛が激しく振動した。
間髪入れず、副長とレグラス隊員が走り込んできた。それぞれが一頭ずつの胸に剣を深くまで挿し込んだ。とどめを刺したのだ。
魔獣はそのまま崩れ、そして横に倒れ込んだ。
啼き声も悲鳴もなく、痙攣すらしなかった。
全員が無言のままだ。
私は暫くしてから、短剣を地面から抜いてミコン隊員に渡す。
短剣のポンメルは雷撃を受け続けた場所が溶けてほぼ平らになっていた。電気溶接のような事が起きていたのだ。もっと溶けていても不思議ではない。
「壊れている、かもしれない、から、よく、点検して」
私は自分のミドルソードを地面から抜いて、ポンメルを見た。
信じられないことに、全く溶けてすらいない。ポンメル近くの革が黒く変色していた。それを少し見てから、鞘に仕舞った。
そして両目を閉じて静かに両手を合わせる。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
小声でお経を唱える。
(今回は任務なのだ。すまんな)
「副長。全員で、この屍体を、街道まで、出します」
「了解です。隊長殿」
私はレグラス・ミコン隊員と雄を運ぶ。とはいっても、私が角を掴んでずるずる運ぶ時に、後脚の方を持ち上げて貰うだけだ。
副長はウェイクヒース隊員とだ。あっちはかなり苦戦している。
まあ、この一体の重さは三五〇キロ位か? もう少しあるかもしれない。
副長の方は、苦労してやっと街道脇に運び出した。
取敢えず、休ませる必要があるだろう。
「全員、休憩」
副長が息を整えると、こちらにやってきた。まだ汗びっしょりだ。
「これを持ち帰るつもりなのですね。隊長殿」
「一頭は、そうしたいと、思っています」
「ならば、任せて下さい。いい方法があります」
副長が、ややにやけてそういうと、その時だった。
マカマの方から荷馬車が来たのだ。
彼が街道の真ん中で両手を上げ、それから両手を上げたまま、両手の指を組み合わせた。
荷馬車が止まる。
先頭の荷馬車に、隊商の警護を行う傭兵たちが載っていた。
「ご苦労さまです」
副長は軽く会釈。
「どうした、何の用だ。こちらは急いでいるのだぞ。いつ危険な魔獣が……」
そこで、怒鳴っていた傭兵の声が止まり、目が大きく見開かれている。
その目線の先に、ガオルレースの屍体があったので、その事をいうまでもなかった。
「この獲物を、冒険者ギルドのカサマ支部に運びたいのでね。そちらの商会の方にも、ご協力願いたいのだ」
副長が胸を張る。
男たちが、急に騒めいていた。
「手伝って貰えますかな?」
副長がそういうと、傭兵たちが三人降りてきた。
つづく
まるでドームの様に放電されるなか、殆ど無謀な賭けの様な事を行って、マリーネこと大谷は、この雷撃を無効化してしまう。
そしてようやく、依頼の魔獣は倒されたのだった。
マリーネこと大谷はこの魔獣のうち、一体だけは持ち帰ろうと考えたが、副長は通りがかる隊商の馬車を止めて、協力を取り付けた。
次回 カサマの街道と魔獣狩り8
斃した魔獣をカサマの冒険者ギルドへ持ち帰る討伐隊。
ようやく終わった討伐だが、事務処理が残っていた。
魔物たちの遺物の買取計算が大量にあった。