170 第19章 カサマと東の街々 19ー9 カサマの街道と魔獣狩り6
だいぶ街道掃除は進んだのだが、目的の魔獣は出てこない。
この日も、街道を東へと進んでいく一行。
とうとうマカマの近くまで魔獣が出なくなった。
そこで、マカマ近郊で南の森に入った討伐隊。
170話 第19章 カサマと東の街々
19ー9 カサマの街道と魔獣狩り6
翌日。
討伐任務、四日目。週の五日目。
起きてやるのは、何時ものストレッチからの柔軟体操と空手や護身術だ。
外に出てみると、空は全てが曇り。シャドウで行う剣の鍛錬はいつも通り。
それを終えて戻ると朝食である。
朝食は、硬いパンに肉が挟んである物が出た。
両手を合わせる。
「いただきます」
これは、見た目からして、サンドイッチともハンバーガーともいえない。
結構硬めのパンが厚切りしてあり、そこにこれまた厚切りの肉と少し葉っぱが挟まれている。
これと、甘い果汁をいただく。
肉は思った以上に柔らかく、旨味が出ていて、いい味だ。
甘い果汁と合わせて、どんどん食べる。
やはり夫人は、色んな料理が上手だな。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせる。
水も貰って、少しお腹が落ち着いてきたら、出発である。
東門に着くや、門番に挨拶して今日も剣の鍛錬である。
そして門番が門を開ける前に三人がやって来た。
「おはようございます。隊長殿」
「おはようございます」
「隊長は何時も、剣の訓練を?」
そう訊いてきたのは、レグラス隊員だった。
「毎日、鍛錬、ですよ」
三人が、少し苦笑いの様な顔だった。
東門が開けられた。
「出発!」
まず、副長が前に出た。
二人が私の左右に並ぶ。
今日も、街道の掃除を開始である。
空は曇天。遥か東の高空に時々、大きな鳥が翼を広げ、旋回しているのが見える。
両側の森から、今日も元気に虫の鳴き声が聞こえる。
左右は森になっているので、見通しは良くないが、前方だけは街道がほぼまっすぐ伸びていて、それなりに先が見える。
ただ街道は若干登っているので、あまり先が見えるという訳でもない。
時々、左右の樹々から、虫の鳴き声に混ざって、鳥たちの囀りが聞こえてくる。
平和な朝だった。
……
時々休みながら、左右を警戒しつつ街道を進む。
昼になる頃、数台の荷馬車がマカマ方面からやって来た。
物凄い飛ばしているな。
その荷馬車隊は、傭兵を載せた荷車と共にカサマに向かって行く。
先頭の荷馬車に、傭兵が六人。
その後、幌をつけた荷馬車が六台も続き、最後にこれまた傭兵が六人載った荷馬車が、騒音を立てて走り抜けて行った。
……
荷馬車の幌に描かれていた商会の紋章がそれぞれ違っていたので、さっきの隊商は、いくつかの商会が合同で、傭兵を雇って出したのであろう。
先頭にいた副長が南側の街道脇にまで避けていた。
「だいぶ、傭兵を載せていましたね。隊長殿」
「そうですね。どの商会も、かなり、神経質に、なっている、のでしょうね」
……
もうだいぶ、進んだ。マカマの街はそれなり近いはずである。
たぶん街道を半分以上は進んだ筈である。
今日は、さっぱり魔獣の気配がしない。
「今日は、ここで、南の森に、入ります。全員、警戒態勢」
そういうと、副長が剣を抜いて、森に入っていく。
森の中は、それ程暗くはない。
木々の間隔は割と出鱈目なので、ここの樹々たちは植林されたわけではない。昔から、こんな感じだったのだろう。
樹々の合間の下生えもそれ程長くはない。やや苔が多め。
ということは、あまり日が射さないことを意味していた。
さて。私の血の匂いはかなり拡散しているはずで、もう魔物がいつ飛び出してきてもおかしくはない。
ウベニト級だと特別鋭いのかもしれないが、イグステラたちは二〇〇メートル以上離れた林の奥からでも、やってきたし、ステンベレもそうだった。
先頭を歩く副長が、時々長めの下生えを剣で横に払って、刈り倒して進んでいく。草が刈り払われる音が響く。
……
ふと背中に寒気が走る。ぞくぞくする感じが背中に来た。
やや疼くような、今までにはなかった感じで背中が反応している。
「全員、停止」
静かに宣言した。
さっとしゃがんで、左手を降ろす。手に伝わってくる気配を探る。
「奥に、何かが、います。たぶん、一頭じゃない。二頭か。もしかしたら、三頭」
全員に緊張が走る。
……
やや黒っぽいために、見えにくいが、大きな鹿のような獣がいる。
まだこっちには来ない。
その獣のやや太い首には、一つの目が付いていて、こちらを見ていた。
あれは。鉱山で見た魔獣だ……。
「副長。あれが、何であるか、判りますか?」
「黒っぽい毛なのでヴォッスフォルヘの雄でしょう。雌はやや緑がかった茶色なのです。隊長殿」
「と言う事は、たぶん、番いで、あそこに、いるのでしょうね」
「そう思いますな。隊長殿」
「あれは、角が光ると危険なのです。隊長殿」
「特殊な、攻撃、でしょうね」
「そうです。音が出ます。そうとしか言いようがないのです。耳を塞がないと耳がやられます。近いと耳を塞いでいても、倒れるのですよ。隊長殿」
「どれくらいまで、届くの、ですか?」
「二フェムトの範囲にいると、確実にやられます。ですが、それ以上離れると、効果が低くなります、五フェムトも離れると、もう全く効きません。ですが、弓矢を射ても、その音の範囲に入ると、どんな矢であれ、下に落ちます。隊長殿」
「それは、長く続く、のですか。副長」
「あの魔物の気分次第ですが、それほど長くは続きません。角から赤い光が消えると、暫くして、効果がなくなります。それと、この技は連続しては出してきませんが、同時に二頭が近くで赤く光るととても危険です。周りの樹木が倒れる事すらあるのです。隊長殿」
副長が説明している間にもう、魔獣はだいぶ距離を詰めてきている。
角が光ると不味いのだな。危険な音攻撃を出す前に斃すしかない。
「全員、戦闘準備!」
「一頭、まず、私が、倒します。その間に、もう一頭を、引き離して」
「散開!」
もう、あいつは餌である私目がけて真っすぐ来るだろう。
もう一頭、後ろに居るやつを、他の三人が、何とかして引き離してくれれば、その同時に赤く光っても、ヤバい攻撃にまでは行かない。
もっとも。こいつが角を光らせたら、私が逃げられるかどうかだな。
この雄は一気に走り込んできた。樹々の間隔が、丁度ここだけ、一直線に開いている。魔獣は頭を低くして角を前に突き出している。
角は音波に使うだけじゃなく、攻撃武器でもあるのか。あの鉱山の時とは違うな。
角の横幅はかなりある。左に大きく二歩、踏み込んで、ぎりぎりで角を躱す。
魔獣が私の右横を通り抜けようとする、その刹那。私は魔獣の方向に向き、大きく踏み込む。抜刀!
左から右に抜けたミドルソードは、この魔獣の腰から横腹を大きく真一文字に切り裂いた。
鮮血が飛び散り、魔獣の毛皮から毛が千切れ飛んで、黒っぽい毛が宙に舞った。
魔獣から悲鳴が上がる。
鮮血は、魔獣の腹の白い毛を染めていた。
魔獣の角が赤く光り始めている。
両手でミドルソードを右肩の所から、真っすぐ前に突き出す。
剣が魔獣の前脚の後ろ部分に刺さり、反対側に突き抜けた。
急に魔獣が首を大きく上に上げる。魔獣は口から激しく流血し、そのまま、前脚が折れ、頭が崩れ落ち、そして胴体が横に倒れた。
もう一頭の方は、三人が取り囲んでいて、副長が一回どうやら横から刺した所だが、まだ斃せていない。
その一頭が角を赤くし始めた。
私は左手で右腰のダガーを引き抜き、全力で投擲。そのダガーは魔獣の尻に当たった。短い尻尾の横に、深々と突き刺さり、魔獣から悲鳴が上がる。
その隙に、レグラス隊員が、冷静に首にある大きな目の下を剣で突いた。ジャシント隊員が慌てて、魔獣の腹、やや前方に剣を突き立てた。
角はもう光っていなかった。
魔獣はもう、絶命していたのだ。二人が急いで剣を引き抜く。
前脚が急に崩れ折れ、体が前のめりに倒れ込んだ。そして横倒しになる。
戦闘は終わった。
私は剣を宙で二回払って、血を飛ばし、鞘に仕舞った。
そして目を瞑り、静かに両手を合わせる。
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」
小声でお経を唱える。
出会ってしまったら、斃すしかない。
「全員で、これを、森の外に、出します。ここでは、解体、できません」
私はこいつの角を掴んで、引っ張り歩く。
彼らは三人でやっとだ。
なにしろ体長は三メートル程もある。恐らく体重は五〇〇キロかもう少し位はありそうだった。何しろ、腹の太り方が半端ではない。
あっちは雌で、少し小ぶりだが、それ程体重は変わるまい。
森の外まで、引っ張り出すのには、少し苦労した。それは重かったからではない。
樹々の間隔が狭い場所があって、角が引っ掛かるので、其処を迂回したりしたからだ。
「全員。休憩」
三人は大汗をかいていた。
これでは、屍体は持って帰れそうにないな。
諦めるしかない。
水革袋を取り出して、とにかく水を飲む。
「休憩が、終わったら、解体します。今回は、屍体は、そのままでは、持てないので、捌いて、肉にします。持てるだけの、肉を、捌いて、撤収します」
「了解です。隊長殿」
角もそこそこ大きい。一頭に二つ。このやや大きい、鹿の角としたら生えている角度が異なる、横方向に伸びた角を四本。これはレグラス隊員が背負うことになった。
此奴らにはめぼしい牙がない。牙は削り取れないようだ。
それで、この二頭の魔石を取り出すことにした。
頭蓋骨を割ると、角の下の部分に恐ろしく太い神経なのか、白い筋のような物があって、それが脳の横を通って、後頭部に向かっている。その筋を切ると、透明の液体が出て、酷く饐えた匂いがした。いきなり噎せる。泪が出そうだ。
切ってはいけなかったらしい。慎重に脳味噌の真ん中にダガーを差し込んでいく。
血と脳漿が溢れだす。噎せる。ようやく魔石を抉り出した。
魔石は、例によって灰色の平べったい楕円の石で、中心に薄茶色の渦巻が見て取れた。大きさは私の親指二個半といったところか。
まずは、雌の尻からダガーを回収した。
それから、肉を捌く。全部は持って行けないのだ。
雄の方の肉。まずダガーを使って、腰の肉を切り出す。この塊が二つ。腹の方はかなり脂肪が多い。この脂肪の多い塊を二つ。前脚の方、肩の部分を二つ取り出す。これをロープで纏める。
これを私が担ぐ。
雌の方も脚から腰の肉を捌いて塊を取り出した。肩と胸の肉を取り出す。
これもロープで結んだ。これはウェイクヒース隊員に持たせた。
副長が、雄の方の肉、胸の肉を大きく切り取った。
全員、街道で待たせて、あとは私が二頭の魔獣の脚を掴んで森の中に運び込んだ。
魔獣の屍体の前で黙祷。
……
街道に戻って、撤収である。
「今日は、撤収です。マカマ街の、ほうが、近いですが、カサマ街に、戻ります。全員、出発」
街道を通る荷馬車はないらしい。
無人の街道を四人で歩いていく。
私の血の匂いだけではなく、解体した肉の匂いや血の匂いも漂っているはずだから、何かが出て来ても不思議ではないのだが。
相変わらず、空は曇り。ふたつの太陽はうっすらと雲の向こう側に見え、だいぶ傾いている。
やや蒸し蒸しする空気の中、虫の鳴き声を浴びながら、やや急ぎ歩き。
もう、時間はだいぶ夕方に近くなっていそうだ。
「暮れてしまうと、大変です。全員、走ります」
「了解です。隊長殿」
全員、走り始める。
肉の重さは大したものではない。
問題なのは、私の身長が低いために隊員の彼らと比べると圧倒的に足が短い事なのだ。
全力で走り始める。隊員たちも本気の走りだ。
……
暗くなる少し前に、ようやくカサマの東門が見えた。
門番の二人がこちらを見ている。閉めずに待っていてくれるらしい。
港の先、西の水平線に二つの太陽が沈んだ後だ。
私たちが駆け込むと、東の門が閉じられた。
少し、息を整える。
「その肉の塊をこちらに渡してください。隊長殿」
「こちらで全てやっておきますよ。隊長殿」
「ありがとう。副長」
私が肉の塊を降ろすと、副長とレグラス隊員が受け取った。
「このロープたちは、明日、持ってきますよ」
「それでは、今日はこれで終了です。また明日、よろしくね」
今日はこれで終わり。隊員たちと分かれて宿に戻る。
副長が色々と、面倒な後始末等をやってくれているので、私の負担はだいぶ少なくすんでいる。副長に感謝だな。
たぶん、私の見てない場所で、あの新人へ教育があるのだろうな。
少なくとも、ジャシント・ウェイクヒース隊員は、銀階級という状態ではない。
カサマ支部で人手が足りないので、無理にでも銀階級を増やしているのかもしれない。
副長の腕前や、あの知識量からいって、彼は銀二階級なのは当然で、もうじき三階級になるだろう。いや、今回の討伐終了後に昇級は間違いないな。
ベルベラディから来ているレグラス隊員は勿論、腕は確かだ。アイク隊員はあの雨の中、やや運がなかったとはいえ、致命的な大怪我を負った訳でもない。彼も腕は確かだ。
彼らはベルベラディの仮本部から送り出されて来ているのだ。仮本部が腕前がおぼつかない人物を送ってよこす訳がない。
そうなると、カサマ支部はこれから、副長のようなベテランを中心にして、ジャシントのような、ちょっと頼りない銀階級を鍛えていかなければならない。
ジャシント隊員があれなら、他の銅三階級とか、銅二階級とかの隊員は、どうなってるんだろう。
……
カサマ支部は相当大変そうだな。そうか、それでヨニアクルス支部長がこっちに少し肩入れしているのか。鉱山だって大変なのにな。
まあ、支部長同士の繋がりで色々あるんだろうな。そこは私の預かり知らぬ世界だ。
そんなことを考えながら歩いていると、もう宿の前だった。
宿に入ると、宿の主人が出迎えてくれる。
「お帰りなさい、ヴィンセント様」
「ただいま。ヨーンさん」
「今日はどうでしたか?」
「だいぶ、街道掃除は、出来たみたいです。でも、まだ、目的の、魔物は、出ません」
「そうでしたか。そろそろ出るといいですね」
「はい。街道掃除も、私の、今回の、仕事ですから、それは、いいのですけど、目的の、魔物を、早く、倒さないと、また、どこかで、被害が出ると、いけないので、それが心配です」
宿の主人は、何度か頷いた。
「フリーダ。ヴィンセント様がお戻りだ。何か飲み物をお持ちして」
奥の扉が開いて、夫人が飲み物を持って現れた。
今日も、甘い飲み物を出して貰った。
そしてお風呂に入る。
その時だった。外でいきなり雨の音がしている。俄雨が降り始めた。
どんどん音が強くなって行く。
相当雨脚が強くなり、雷も鳴り始めた。
私はお風呂の中で、暫く立ち尽くす。
座って入れないのが、本当に残念だ。
……
暫くして、風呂桶から出て髪の毛を洗い流していると、外の音が収まったらしい。
雨は上がったようだった。
体を拭いて、着替えてから、食堂へ。
今日の夕食は、肉料理とパンだった。
手を合わせる。
「いただきます」
肉はほろほろと崩れるほどの柔らかさだ。そして獣脂と魚醤の合わせ味で、この肉の味にコクを出している。
それ程固くないパン。やや黄金色の澄んだスープ。
そして野菜は、湯がいた物と、生のままの物、それと明らかに焼いた物があった。
焼いたものは、まるでアスパラガスのようだが、中は黄色。そして味も違う。やや苦みがある。これを横にある器の茶色のソースを付けて食べるらしい。
湯がいてある野菜も、ソースを付ける。見た目はカリフラワーの赤い色版といった感じだ。
生の野菜には、魚醤と香辛料を合わせて作ったドレッシングが掛けてあった。
肉の味とマッチしていて、食が進む。
どんどん食べる。今日の夕食もいい味だ。名前はさっぱり分からないが。
たちまち、完食。
夫人が、また絞った生果汁をゴブレットに入れて持ってきてくれる。
これがまた、甘酸っぱい味で口の中に甘味が広がった後、やや酸味があとから広がって口に残る。
水もいただいて、口の中の酸味を流した。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
毎日、こんな料理を食べていたら、自分の自作料理が食べられなくなるのが怖い。
お金があるなら、将来的には、料理人を雇って教えてもらうのもいいかもしれない。
窓を開けると、外は雨が上がり、また蒸し蒸しする空気だった。
まだ曇っていて、夜空の星も三つの月も、見ることが出来なかった。
つづく
この日、出現した魔物も、目的の物ではなかった。
宿の料理は相変わらずうまい。
マリーネこと大谷は、宿屋の料理に舌鼓をうちつつも、このままでは、自分で作った料理が食べられなくなるのではないかと心配するほどだ。
次回 カサマの街道と魔獣狩り7
討伐も五日目に突入。
マリーネこと大谷の体が餌であるが故に、魔獣はどんどん現れるが、目的の魔獣は出てきていなかった。
しかし、遂に目的の魔獣が姿を現して……
果たしてどんな戦いになるのか。