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168 第19章 カサマと東の街々 19ー7 カサマの街道と魔獣狩り4

 降り続く雨の中、街道で再び魔物に出会う、マリーネこと大谷の率いる魔獣討伐隊。

 

 168話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー7 カサマの街道と魔獣狩り4

 

 暫く街道を歩き、そろそろまた南の川沿いに行こうかと考えていた時だ。

 背中がぞくぞくしてきた。独特の疼く様なぞくぞくする感じ。イグステラだ。この気配は間違いない。何度も何度も、あの濃紺の魔犬に出会っているのである。いい加減、あの魔犬に出くわした時の背中の違和感は覚えてしまっていた。

 

 「全員停止! 魔犬が、近いわ」

 全員が私の方をさっと見た。

 そして三人とも無言のまま、剣を抜いた。

 

 雨のせいで、私の独特の匂いが、漂っていないからだろう。魔犬がこちらにダッシュで向かってくるような気配がない。だが、いるのだ。

 この雨では掌を地面につけても、方向は判らない。雨が敷石に叩きつけられる振動が大きく、動物の気配を全く読み取れないのだ。

 

 「方向は、判りません。十分、警戒」

 

 それは北の森からだった。つまり前方の左手方向である。

 一頭がまず、出て来た。街道の中央にまで歩いてくる。

 そして、こちらを睨んだ。

 

 「一頭のはずが、無い……」

 私は口に出してしまったが、その後、続けてもう一頭が出て来て、最初の一頭の横に並んだ。両脇の二人がこちらを見た。

 副長が、剣を構える。

 たぶん、二頭という事は無い。まだいるはずだ。

 

 過去の記憶からいえるのは三頭から四頭はいるはずなのだ。

 彼らの狩りの仕方は、判っている。

 

 二頭が急に走り出した。二頭とも私に向かって来る。そう、私が彼らの獲物、いや餌だ。

 

 その時に北側の森から更に二頭が出てきた。

 そこへアイク隊員が走っていった。

 馬鹿な。それはとんでもなく危ない。

 

 先に走って来た一頭が私に飛びかかってくる。

 

 抜刀!

 

 ミドルソードが左から右へ一閃。イグステラの首が飛び、胴体ごと私の右後ろに落ちた。雨でぬれている街道の石畳の上を滑っていく。

 

 反射的に左手で右腰のダガーを抜いて、投擲。

 アイク隊員を襲っていた一頭が彼の太腿に()み付く。

 その時、彼の喉に向かっていた一頭の後頭部の真後ろに、投擲したダガーが突き刺さる!

 アイク隊員はその場で後ろに倒れたが、咬み付いたイグステラも動かなかった。

 私に向かってきたもう一頭は、副長が横から胴体を斬り払っていた。

 

 戦闘はほぼ一瞬で終わってしまった。

 

 「モンデルーラン隊員は、大丈夫ですか!」

 彼は上半身を起こした。太腿の横にいたイグステラの胸を例の短剣で刺していたのだった。

 「すみません。隊長。僅かに対処が遅れて咬まれました」

 「歩けますか。モンデルーラン隊員」

 アイク隊員はレグラス隊員の手に掴まり、立ち上がった。

 この雨の中、転がったアイク隊員は泥だらけだった。

 

 「何とか、歩けます。隊長」

 「分かったわ。モンデルーラン隊員は、そこで、少し、休んでいて。他の二人は、イグステラの、回収。全員、戻ります。私が、二頭、背負うから、他の人は、一頭でいいわ」

 「隊長殿!」

 副長から大声が上がる。

 

 「大丈夫。私は、力があるの。さっきも、見たでしょう? タルヤルを、引きずって、来たのを。解体は、ギルドに、戻ってからで、いいわ」

 私はリュックを半分降ろし、ロープを取り出す。

 

 イグステラの屍の前で静かに目を閉じて、両手を合わせる。

 「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」

 小声でお経を唱える。

 

 投げたダガーを回収。このイグステラの喉を斬っておく。

 

 イグステラ二頭の足を縛ってから、千切れ飛んだ頭もロープを使って、体に括り付けた。リュックを背負い直す。

 マントの上にロープを掛けて、二頭を背負った。

 

 「全員、撤収」

 

 ……

 

 土砂降りの雨の中、イグステラの屍体を背負ってカサマの街に戻る。

 

 東門の門番に挨拶して、ギルドに向かった。

 この雨の中、街路を通る人は誰もいなかった。

 出来るだけ急ぎたかったが、アイク隊員が足を怪我しているのだ。

 走る訳にはいかなかった。

 

 「討伐隊、戻りました。治療師の方は、いますか!」

 「どうしたのだ。ヴィンセント殿」

 奥のドアからランダレン支部長が出てきた。

 「アイク・モンデルーラン隊員が、足を咬まれ、負傷しました。治療師の方は?」

 

 別の扉から、トーンベック女史が出てきた。

 「トーンベック独立治療師様。負傷した隊員の、治療を、お願いします」

 彼女は私と顔を合わせようとはしない。

 「此方へ」

 アイク隊員はそのままトーンベック女史と共に別の部屋に向かった。

 

 「一体、どうしたのだね」

 支部長が尋ねてくる。

 「ご覧の通り、イグステラに、遭遇して、彼が、足を、咬まれたのです。出てきた、四頭は、全て、斃しました。解体は、これからです」

 私は振り返る。

 「副長。裏に行って、解体します」

 「了解です。隊長殿」

 

 私たちがいた場所の床はもう雫がたっぷりと垂れて、水たまりができそうな程濡れていた。

 裏手に向かい、三人でイグステラの解体を始める。

 裏の軒には、斃して持ち帰った、魔獣のグルイオネスの屍体が吊るされ、内臓が抜かれてあった。

 

 まずは牙を四本、丁寧に削り取る。そして角。それから眉間にダガーを挿し込んで、頭頂部まで切り、そこからゆっくりと後頭部まで切り裂いていき、耳を引っ張りながら頭蓋骨を二つに割る。脳味噌にダガーを突き立てる。溢れ出る血と脳漿の匂いで、相変わらず噎せる。

 

 二体のイグステラの魔石を抜き、首の血管を切ってなかった、他のイグステラも、血抜きをする。

 斃してから、時間が立ってしまっているのだが、逆さにして運んできたことも手伝って、血は運んできている最中にもだいぶ抜けていたのだ。

 

 二人がイグステラの屍体を軒下に吊るした。このあと、内臓も抜かないといけないのだが。

 それはここのギルドメンバーに任せよう。

 

 戻ると、アイク隊員も部屋から出てきたが、脚に包帯が巻かれていた。

 伏し目がちながトーンベック女史が、説明した。

 「牙が、筋肉を切り裂いていますので、四日ほど休ませてやって下さい。その間に、治療術も行いますので、それで復帰させられます」

 「ありがとうございました。トーンベック独立治療師様」

 「ヴィンセント様。あなた様は、お礼を言う必要は在りません。これが私の仕事ですから」

 彼女は一礼して、部屋に戻っていった。

 

 「モンデルーラン隊員の、代わりを、どうしましょうか」

 「そうですね。補充が必要です。隊長殿」

 「ベルベラディから来てるやつらがだいぶ、行きたがってるから、アイクの代わりに入れてやりたいが、私が勝手に入れるのも出来ないしな」

 レグラス隊員がそう言って苦笑いした。


 そうこうしているとバーナンド係官が出てきた。

 「明日に告知して、また誰かを入れますので、皆さん一日お休み下さい」

 

 では、そうしようかと考えていると、もう夕方だったので、そこに隊員たちが戻ってきた。

 バーナンド係官が討伐隊の欠員募集で、明日募集をかけようとしているというと、周りから大声が上がる。

 抜けた一名の代わりをまたクジで選ぶらしい。

 そこにいた銀階級の隊員たちだけでくじを引こうといい出した。

 支部長が出てきたが、隊員たちは大騒ぎである。

 

 ……

 

 長い棒の先に数字が書いてある。これを長い壺に全部差し込み、混ぜたうえで、どれか一本を引いて、一番大きい数字の棒を引き当てたものが勝ちになるというクジらしい。

 誰が先に引くのかで既に、もめている。

 支部長が一喝した。

 「もう少し、静かに! 今日は雨で、外が静かだ。ここの騒ぎが筒抜けだぞ!」

 支部長がそういうと、やっと小声になる。

 

 ……

 

 結局全員が一列に並び、壺から長い棒を引いていった。

 

 ここカサマ所属の地元の隊員が、一番大きい数字を引いたようだった。

 「ジャシント・ウェイクヒースと言います。よろしくお願いします。隊長」

 「分かりましたわ。ウェイクヒース隊員。明日の朝、日の出とともに、東門を、出発します。遅れないよう、お願いします」

 私は出来るだけ笑顔で説明。

 

 緊張しているのか、ガチガチのまま、彼が敬礼した。

 「副長。魔石や、牙は、お願いしますね」

 「了解です。隊長殿」

 

 「それでは皆様。ごきげんよう」

 軽く、スカートの端を掴んで、左足を引いて会釈。

 マントを着込んだこの姿では、とてもではないが優雅さの欠片も無い。

 

 私は、冒険者ギルドを後にして、土砂降りの中、宿に戻る。

 既に街路の所々で、街灯に火が灯されていた。油のランプらしい。

 

 東門はもう閉じていた。南門も閉じたようだ。

 

 ……

 

 宿のドアを開ける。

 丁度、玄関の所で掃除をしていた宿の主人と鉢合わせになった。

 

 「おお、お帰りなさい。ヴィンセント様」

 「ただいま、戻りました。ヨーンさん」

 「だいぶひどい雨ですからな。大変だったでしょう。直ぐにお着換えください。お風呂は、いま準備しております」

 「ありがとうございます。外套(がいとう)は、ここでいいですか?」

 「私が、ここで干しましょう。脱いで、こちらにお渡しください」

 宿の主人が、マントを干してくれるようだ。とにかく濡れていて泥だらけのマントを渡す。

 

 とにかく、何もかもが泥で汚れ、そして濡れている。

 宿の奥さん、フリーダさんが奥からやって来て、タオルを二枚持ってきた。

 「さあさあ、これで顔と頭をお拭きになってください」

 これは助かる。流石にちゃんとした宿である。

 

 私が顔と頭を吹いていると、主人がそれとなく訊いてきた。

 「今日はどうでしたかな。ヴィンセント様」

 「こんな雨、ですけど、魔物は、やはり、出ますね。目的の、魔物では、ありませんでしたが、いくらか、斃してきました」

 「そうでしたか。まだ続きそうですね」

 「はい」

 そういうと、宿の主人は何度か頷いていた。

 

 さて、大体頭を拭いて、リュックを降ろして、剣も外す。

 それから上の服を脱ぎ、私は上半身は下着のまま、借りている部屋に行く。革の袋から、まず下着を出した。シャツとショーツ、それにタオル。それから廊下に出て、廊下の壁に取り付けられたランプの灯りの下で、この濡れている服を全部脱いで、タオルで体を拭き、それから下着を着た。

 それから茶色のスカートを履いた。上は若草色のブラウスを着て、持ってきたハーフブーツを履く。借りている部屋の絨毯を汚したくなかったのだ。

 

 濡れた物を持って下に行き、フリーダさんに預けた。フリーダさんが軽く洗濯してくれるという。

 濡れた靴は玄関の脇に置いた。乾くまでは履けない。今回は柔らかい靴や造ったブーツを持ってきているから、これを使おう。任務には柔らかい靴を履くか。

 下に置いておいた、ミドルソードとダガーを回収する。

 

 まず、ミドルソードを見極める。あのザリガニ擬きの鋏というか蟹の爪みたいな太い部分を斬ったが、特に欠けている場所も無い。この剣の刃は本当にすごいな。

 ダガーの方を確認。刺すのに使ったのと、相変わらず解体して魔石を取り出すのに使っている。まだ、大丈夫そうだ。研ぐのは明日以降でもいいだろう。

 

 外の雨は、いっそう激しくなり、屋根に叩きつける雨音が暫くは続いた。

 

 お湯が沸いたらしいので、お風呂に入ることにする。

 お風呂で、だいぶゆったりできて、お風呂を出るとこの宿の夕食。

 

 今日の宿の夕食は、少し変わっていた。穀物を炒めた物を入れた茶色のスープが煮詰めてあり、色とりどりの野菜がちりばめられている。中に肉も入っている。

 あえていえば、見た目はパエリアだろうか。エビやアサリの代わりに、見た事も無い赤い甲殻類のような『何か』が多数入れてある。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 まず、全体が濃厚な味だった。

 

 この甲殻類の『何か』は、元の世界でいうところの蟹の幼生である『ゾエア(※末尾に雑学有り)』や『メガロパ』のような形なのだ。だが、大きさはどう見積もっても、五センチから八センチ。

 元の世界なら本来はプランクトン生活期であり、それはとても小さいのだが。

 「ゾエア」には様々な形があるのだが、これはどちらかといえば、形のかなり歪な海老と歪な蟹に近い。この異世界の甲殻類の幼生体なのだろうか。

 

 しかし、味は兎に角、濃厚だった。かなり薄い殻を手で割って、中の身を食べる。

 これがもう、旨味のぎっしり詰まった代物で、他に替えがたい味だ。

 何故にトドマの方で、私はこれを食べなかったのだろう。

 メニューの中身が分らないと、こういう損をしているな。

 

 「ヨーンさん、この料理は、何と、いうのですか?」

 宿の主人がいつにもまして笑顔だった。彼もこの料理は大好物なのだろう。

 「この料理は、ここの物ではないのですよ。少し南の方のものでして、ピンヅゥールと変わった名前です。お気に召して戴けましたか?」

 「もちろんです。とても、いい味が、しています。奥様は、料理が、上手ですね」

 そう褒めると、宿屋の主人が快活に笑って、更にこの甲殻類を皿の上に載せてくれた。

 

 一心不乱に、この甲殻類を食べ、器の中の野菜や炒めた後に煮たらしい、この穀物も頂いた。

 

 いい味だった。

 

 水をお代りして二杯飲み、満足感、一杯。

 そこに夫人が飲み物を持ってきた。

 やや赤い果汁である。

 飲んでみると、酸味の強い中に、甘味があった。

 オセダールの宿で出された果汁とは、全く異なる。

 これも、その後水を飲んで、口の中の酸味を流した。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。

 

 いつの間にか、外の雨音が止んでいた。雨は上がったようだ。

 

 窓を開けて、空を見たが、真っ黒だ。星は見えない。まだ相当曇っているのだろうか。

 

 

 つづく

 

 

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 大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ ゾエアとメガロパ ─

 

 ゾエアとは、十脚目に分類される蟹と海老の幼生段階に付けられている名前であり、プランクトンの一種である。従って、大きさは通常、〇・五ミリ以下である。

 

 蟹や海老は卵を腹で抱えて、孵化した幼生が、海中に放出される。これがゾエアである。

 ゾエアには、頭と胸が一体化していて、それを頭胸部と呼ぶ部位がある。その後ろに腹部がついている。

 頭胸部には三対の脚あり、これを動かして泳ぐ。これは付属肢と呼ばれる。

 更に成長が進むと、頭胸部の歩脚が発達。腹部はやや伸びて、そこに付属した付属肢で泳ぐようになる。これをメガロパという。

 

 なお、ここから、更に少し大きくなった状態の蟹の中間形態は今も解っておらず謎のままである。

 

 湯沢の友人の雑学より

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 出たのは魔犬、イグステラであった。そこで隊員一名が、負傷。急遽引き返すこととなる。

そして、負傷した隊員の代わりがクジで選ばれた。

 

 次回 カサマの街道と魔獣狩り5

 新しく、カサマの銀階級隊員を入れて、街道掃除が始まる。

 そして、またしてもマリーネこと大谷が知らない魔獣がやってくるのだった。

 

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