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164 第19章 カサマと東の街々 19ー3 カサマの街と散策

 カサマの街を少し散策し、お昼も食べて宿に向かうマリーネこと大谷。

 

 164話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー3 カサマの街と散策

 

 

 細工屋を出て、まずは南に向かう。やっと東門まで戻り、そこから西に向かって歩き、中央通りへ。

 ここの通りは街の南北を繋ぐ道路になっていて、この南の先にある、南門から先は、この街を起点として、ムウェルタナ湖の東をずっと通る街道がある。途中で東の隊商道の港町であるルッカサを経由して、たしか終点がラバラだったかラバーラだったか、という街である。その先はもうクルルト王国。

 

 こういう道は西岸の方には無い。

 大きな港町であるコルウェからずっと湖に沿って南下していき、南の隊商道のナンブラまで行く道はある。ナンブラの西は第四王都のアガディだ。王国の大規模作戦に参加して、あの街に行ったので少しは分かってきた。以前に私が買った王国の地図はたぶん商人たちのものだ。商人たちが重要視しているか否かで、あの地図に描かれている道路の太さまで変わってしまっているのだろう。

 

 今回は街の北まで行く必要はないはず。中央通りを北に向かって少し歩きながら、食堂を探す。

 

 中央通りをしばらく歩いていると、ナイフとフォークの絵の看板が付いた店がある。細工屋で教えてもらったガランドフェルト食堂だ。

 

 まだお昼になるには相当先で、お店はまだ準備中。やっていなかった。

 となれば、この中央通りを暫くは散策。

 

 トドマの街より、すこし規模が小さいと真司さんと千晶さんは言っていたが中央通りはそれなりに街になっている。

 大きな商館が立ち並び、様々な紋章が壁に描かれている。

 

 その商館の横には大きな宿。宿と宿の間に、アルパカ馬を繋げておくような(うまや)、いや馬宿まである。ここが布と糸の集積地だということは判った。

 というのも、商館の所に来ている荷車にはたくさんの布地が積まれていて、色取り取りの布が、どんどん商館に運び込まれていったからだ。

 

 千晶さんによれば、ここより東にあるチドとグイドという二つの村で、大規模に蟲を育てていて、その蟲から糸を取っているという。

 もう一つの糸である、亜麻糸のようなものは、ここではないらしい。

 山にいた時の村の奥にあった畑では、枯れてしまっていたが綿花のような物があった。だからこの異世界で綿花のようなものから、糸を紡いでいる地域があるはずである。

 勿論、この異世界の亜麻糸もどきの原料となる亜麻に似た植物もどこかで大量に育てているだろう。

 其処では食用になる油も多量にあるにちがいない。

 

 ……

 

 私は更に先に歩いて、布を扱う店を見つけた。

 こういうのは、たいてい裁縫ギルドが全部買ってしまっているのかと思ったのだが、そうでもないらしい。

 外からでは値段が判らないが、様々な布を小売しているということは判った。

 最悪、裁縫ギルドから布を買うのだろうかと思っていたので、これは助かる。私の服が破れた時に、布と糸が必要だからだ。

 服飾関係はここ、カサマの街で揃いそうだった。もしかしたら、更に東のマカマのほうが、豊富かもしれないが。

 

 鍛治で必要になりそうな骸炭は、トドマの鉱山に多数あったのであれを外販しているかを後で確かめるとして、鉄鉱石もなんなら鉄の延べ棒も、あそこで買えるだろう。錫とかニッケルなどもトドマの鉱山で買えるかは、分らないが。

 

 細工で必要になる皮はどこで、多数売っているのか。

 それが分れば、私が生産職としてやっていく上での材料調達がほぼ、出揃うことになる。細工屋があって革鎧も造っているくらいだから、この街のどこかに革の店があるか、専門の革職人がいるだろう。

 

 そんな事を考えて歩いていると、とうとう大きな建物の前についた。

 ここ、カサマの商業ギルドの会館だった。

 ここの商業ギルド監査官は誰なんだろうな。

 

 しばらく眺めていると、ギルドの会館には多数の人が出たり入ったりしている。

 トドマより、人の動きがあって、こっちの方が活気があるのではないだろうか。

 その割に、このカサマ支部では冒険者の成り手が少ないのか、常に人手が不足しているという。

 馬車や荷車には護衛の人が何人も付いているので、彼らがここの出身ではないということか。

 

 どうにか、お昼が近くなってきたのでガランドフェルト食堂に戻る。

 入口はもう開いていた。

 

 客はほとんどおらず、店内は空いていた。

 辺りを見回し、壁に貼られたメニューを見る。

 

 ……

 

 チョマチョマ、リパリパ、マドープ、ウバウバ、ウィキコパ、ハパ・パ……

 相変わらずだ。トドマも含め、北東部はこんな感じのメニューが多いらしい。

 メニューを見ても、それが何を意味しているのかすら、さっぱり不明だ。

 それでも、だいたい同じ語を続けている名称の物は、それ程大きな外れはない。まあ、ちょっと癖の強い料理もあったのだが。

 今までの経験から考えてみると、そういう事がいえる。

 

 それでキレオの街で食べた料理。やっと名前も思い出した、『クベルト・スベリカ』の味を思い出した。あれは何処の料理なのだろう。名称もこの辺りの料理とは全く異なるし、味もそうだったが、とにかく辛いのが印象的だった。

 あれほど辛い料理でなければ、何でも食べられる。あの時の私は旨味に飢えていたから、あの辛さでも食べられたのだ……。

 

 取り敢えず、リュックを降ろして、席に座る。

 

 ……

 

 少し悩んだが、ウィキコパを頼んでみる。少しチャレンジかもしれない。

 

 暫く待っていると大きなお皿が出て来た。皿に載っているのは奇妙な魚だった。

 御頭付き。焼いてあるのだが、そこにたっぷり汁が掛けてある。

 続いて、パンとシチュー。野菜サラダとスープも運ばれてきた。

 どうやら、セットメニューらしい。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 取り敢えず、この魚に掛けられている汁をスプーンで掬って飲んでみることにした。

 これはトドマとは違う味の、魚醤だ。ケンデンの処のは勿論、スレイトンのや、クックデリの物とも違う。以前にジウリーロがポロクワの青空市で売っていた串ものを買ってきた時の味とも違う。あれはあれで、トドマでは作っていない魚醤だ。

 店員に訊ねて聞いて見ると、これはカサマで作っているのだそうで、街の北西部に工場が一つあるらしい。

 風のおかげで街に匂いが来ないので、すぐ横に工場が作れたという事だろう。

 

 御頭の付いた魚の骨がかなり硬い。

 まるで、鯛のような硬さがあるが、勿論淡水のあの黒鯛とも違う。スカールイーシャーだったか。あれとは魚の顔が全く異なっていた。

 身には旨味が詰まっている。身もやや硬く、食べると若干歯ごたえもあった。

 

 パンは、やや硬め。スープに浸しつつ食べる。

 野菜のサラダは、鉱山の食堂でもよく見た、赤い野菜や黄色の野菜が千切って入れてあるやつで、これに何か魚醤で作った臭みのある茶色のソースが掛けてあった。

 

 シチューがこれまた、魚醤味。それと何かの胡椒だろうか。色は茶色である。

 野菜も少し入っていて、元の世界でいう処のハヤシライスのライス抜きのような物が深めの皿に入っていた。

 

 そうして食べていると、お店の人がやって来て、この魚の身を、この茶色のシチューのようなやつに浸して食べるのだといって去った。

 知らなかったのだから、しょうがない。まだ魚は半分以上残っていたので、残りはそうやって食べる。

 

 なるほど。いい味だ。旨味が引き立てられていて、尚且つ複雑な味を形成している。

 これはかなり、美味しい料理に分類されるだろう。

 

 パンも一気に食べて、残ったスープも、野菜サラダと共に平らげる。

 あとは、このシチューだが、これもそのまま食べてしまった。

 

 いい味だった。堪能した。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。

 

 食べ終えて代金は二デレリンギ。パンとか、スープと野菜サラダがついていた事を考えれば、極めて妥当だが、かなり前に、千晶さんが食事は四ココリンギくらいといったような気がする。そこからしたら、値段は二倍以上。

 魚醤を使うと高くなるのかもしれない。もっとも、このシチューのようなやつが追加されているので、値段が二倍なのもそのせいなのか。

 然し満足度はかなり高かったので、全く問題ない。そのまま硬貨で支払って、店の外に出た。

 

 そういえば、酸っぱくて辛い、あの料理は三デレリンギだったような。

 あれはもしかして、二人か三人で食べる大皿料理だったのかもしれない。あれ以外にパンや他の物も注文して皆で食べるとか。元の世界のタイで食べたトム・ヤン・クンを思い出した。地元の人と食べた時は大皿料理だった。

 

 ……

 

 まだ早いのだが、宿に向かう事にする。荷物を預けてしまいたい。

 ゆっくり歩いて、中央通りと街道が交差する場所まで来た。

 

 ここには二人の警備兵がいた。門番の女性たちと同じ革鎧の出で立ち。

 トドマの方では見たことが無かった。

 こちらでは警備兵が必要になるほど、治安維持が問題なのだろうか。

 

 丁度お昼下がり。

 ここから更に南に歩いて行く。左右にはやや小規模の商館が立ち並び、その脇には宿がある。ここも通りはしっかり舗装されていて、道の左右が僅かに凹んでいる。排水路を兼ねているのだ。人の往来があって、南に向かっていく荷馬車も結構多い。

 目的の宿をだいぶ探して歩いた。

 

 『ヴィーダットストラの宿』と書かれた小さな看板。

 確かに、正面から見ても小綺麗な宿であることが分かる。

 入り口には、凝った造りのランプ用のブラケットがあった。細工師が造ったのであろう。細かい飾りがついている。

 

 「こんにちは」

 ドアの所で声を掛けてみる。

 反応がない。ドアは開くらしい。鍵を掛けてはいない。という事は、たぶん営業中だ。

 中に入っていくと、中はランプが左右の壁に吊下げられていた。

 比較的明るい玄関廊下。下には織物が敷かれていた。奥はすぐにドア。

 

 「こんにちは」

 すると、奥のドアが開いて男性が出て来る。

 「いらっしゃい。お客様」

 「細工屋の、オルヴァーさんから、ここを、勧められました。暫く、逗留したい、のですが、お願い、できますか?」

 「おお。勿論ですとも。お客様のお名前は?」

 私は右手を胸に当てる。出来るだけ笑顔。

 「私は、マリーネ・ヴィンセントと、いいます。どうぞ、よろしくお願いします」

 「ヴィンセント様ですね。分かりました。まずはその荷物を降ろして、お寛ぎ下さい。何か飲み物を持ってこさせましょう」

 そこで男性は振り返った。

 「フリーダ。お客さんだ。何か飲み物を持ってきておくれ」

 私はまだ座らなかった。私の予定はまだ不透明なのだ。その事を伝えておかないといけないだろう。

 

 「ヨーンさん。私は冒険者ギルドで、仕事を、引き受けましたので、一日では、終わらないかもしれません。二日か、三日、逗留の予定です」

 その時、宿屋の主人は、私の首についている階級章に気が付いたようだった。

 

 「分かりました。そういう事でしたら、毎日清算にしますか? その場合は先払いになりますが」

 なるほど。仕事で失敗して死亡すれば取り(はぐ)れるから、先に、ということか。いや、ここはトークンを出して、私が泊った分だけ、ギルドの方に請求書を出せるようにして貰おう。

 

 「代用通貨を、使います。私が、泊った日から、最後に、私が、戻ってきたら、それはそれで。戻って、こなかったら、その五日後に、私の、荷物を、冒険者ギルドの方に、持って行って、請求書を出して、頂けますか? 全額、私の、代用通貨で、支払われるように、いたします」

 私はトークンを取り出した。

 

 「分かりました。それでも、全く構いませんよ」

 宿の主人は私のトークンを受け取って、裏返すとそこに書いてある神聖文字を写し取った。

 「代金は、一泊三〇デレリンギですけど、初めてのお客さんですから、割り引いておきましょう。二七デレリンギになります」

 「分かりました。ありがとうございます」

 一泊一万三五〇〇円といったところか。それなりのお値段だな。

 

 「ここと、ここに署名を」

 彼が指さす所に署名した。マリーネ・ヴィンセントと。これでよし。

 二つ目の署名は、私が戻らなかった場合の事だ。荷物はギルドに届けられる。代金は私が最初に留まった日から、出ていった五日後分までを、請求する事に合意した。ということが書かれていた。

 全く問題ない。

 「お客様の代用通貨を見る限り、ここ、カサマの冒険者ギルドの所属では無いのですな」

 宿の主人が、そんな事をいいながら私のトークンを返して寄越した。

 「はい。私は、トドマ支部所属です」

 「なるほど。なるほど」

 

 その時に奥から女性がやって来た。

 「さあ、お座りになって。飲み物をお持ちしました。どうか、お寛ぎ下さい」

 女性に促されて、取り敢えずリュックを降ろす。

 椅子はかなり座面が低い。これは足の長いここの亜人たちからしたら、相当低くて足を投げ出す形になるだろう。

 私は、そういう風にはならない。ちょこんと座る形になった。

 出された飲み物は、生の果汁だ。大ぶりのゴブレットに、なみなみと注がれていた。その横に水の入ったコップも置かれた。

 

 「お客様。ご夕食はこちらで取られますか?」

 「はい。そのつもりです。よろしくお願いします」

 生果汁は、温い感じだが、甘酸っぱい味がした。

 

 「部屋の用意が出来ましたら、お呼びしますね」

 そう言い残して女性は奥に行ってしまった。

 「ヨーンさん。私の、荷物は、この革の、大きい、背負い袋です。剣は、持って行きます。この背負い袋の、中身を、出して、宿に、置いて、いきますので、預かって、下さい」

 「分かりました。貴女が出かける時にでも、一時的に私がお預かりし、夕方にはまた元の部屋に戻して置く事にしましょう」

 「それで、お願いします」

 

 さて、夕食まで、まだ時間がある。

 

 先程のフリーダと呼ばれていた女性がやってきた。

 「お部屋の準備が出来ましたのでお越し下さい。此方です」

 「分かりました」

 リュックを背負って女性の後を付いていく。

 階段を上がって、案内にされた部屋に入る。

 

 部屋は明らかに広く、二人用である。シングルでは無かった。

 やや横幅の広い、長さ二・五メートル程のベッドが二つ。

 この異世界では二メートル越えの亜人が普通なので、こういう大きさなのだろう。

 椅子は低めで、テーブルも低い。そこに蝋燭の燭台が置かれていた。

 壁にも蝋燭を乗せたブラケットが二つ。反対側にも二つ。

 

 「それでは、もし、出かける場合は、下で主人か私に声を掛けて行ってください。夕方には食事の支度をしますので」

 フリーダという女性はそう言ってお辞儀をして出ていった。

 

 さて、荷物を降ろして、休憩。

 壁際には衣装箪笥と、やや広い机と椅子がある。

 机の上には、蝋燭の入った箱。そしてその横には、火口(ほくち)(ひうち)石の入った箱が置いてあった。

 

 水は、やや小さい水瓶がテーブルに置かれ、その横にコップが二つ。

 

 私はリュックを開けて、中の物を取り出す。

 まず靴の入った革袋を開けて中の靴三つは入口の脇に置いておく。履くかもしれない。

 で、革のマントを、衣装ダンスの上に置いた。革袋を二つ取り出す。

 水用の革袋をリュックの表側の背負いに結んでおいた。

 衣装の入った革袋も衣装ダンスの上に置いた。

 あとは、鍛冶用の道具や砥石等が入った革袋だ。これは衣装ダンスの横の床に直接置いた。

 

 さて、これでいい。

 着替える必要があれば、この革袋から出せばいい。

 取り敢えずミドルソードの帯剣用のベルトを取り出して、背中に背負えるようにする。

 リュックから外したミドルソードをベルトに取り付けた。

 

 まだ、夕方になるには時間がある。

 少し外に行こう。

 

 下に降りて、宿の主人に挨拶。

 「少し、でかけてきます。夕方までには、戻ります」

 「いってらっしゃい。気を付けて」

 宿の主人が押下の奥で、こちらに声を掛けて来た。

 

 これでよし。外に出よう。

 

 南側は、このまま先に行くと南門で、その先は街道だ。

 取り敢えず、北側に向かう。北の隊商道の所まで出ると、そこから左に曲がって、港の方に少しだけ歩く。

 

 倉庫街の所に途中で北側に行く道があり、そこに入ると、直ぐに宿屋があった。前に来た時にカサマ支部で用意してくれて、泊った宿屋だ。

 ここから更に先に北に歩いて行くと、カサマ支部がある。

 私は、ここから更に西に向かい、港の直ぐ近くに出る。

 

 港の方からは、船員風の男たちと港湾労働者風の男たちの怒声が聞こえて来た。

 彼らの怒声は、私には分からない言葉だった。共通民衆語ではないようだ。

 なにやら、取っ組み合いの喧嘩(けんか)になったらしい。

 激しい殴り合いが始まっている。

 

 (しばら)く遠くからそれを眺めた。ああいう男たちの喧嘩で繰り出されるパンチなどの速さを見ておくのだ。案の定、隙だらけなうえに大振り、速度も遅い。まあ、格闘の専門家じゃないのだから、ああいうものだろう。

 

 しかし、こっちに飛び火してこないうちに、そっとこの場を離れる。

 この近くには倉庫の間に、二軒の酒場があるのを発見した。ああいう労働者たちの為の酒場なのだろう。

 

 鉱山でも酒保があり、娯楽棟では麦酒も出ていたが、喧嘩は見た事が無かった。

 王国の管理が行き届いているせいで、そういう揉め事も、ご法度なのかもしれない。何しろ賭け事は一切禁止という場所だったのだから。

 そういう、がんじがらめの場所が幸せなのかどうかは、一概にいえないのだが、あそこでは、おいしい料理や風呂、娯楽としてのいくつかの遊戯と麦酒などが格安で、日によってはお風呂や麦酒等は無料で提供されていた事を考えれば、いい職場なのだと思う。

 

 こういう場所は、また違うんだろう。

 

 まあ、元の世界に照らし合わせても、それは頷ける部分が多い。

 あの酒場には少し興味があるが、この少女の姿で入れるような場所ではないので、それは諦めるしかない。

 夕方が近いので、戻ることにした。

 

 宿に戻ると、程なくして夕食となった。

 

 夕食は、魚がメインだったが、肉をかなり細切れにして、ほぼ、挽肉状態にまで叩いてから味を付けた、そぼろのような物も出たので、色々工夫はしているようだった。

 

 

 翌日。

 起きてやるのはまずは、ストレッチ。それから柔軟体操をやって、まずはテーブルの位置を動かす。場所を確保した。

 それからいつも通りの空手と護身術である。ダガー二本の格闘術もやってから、剣を背負って下に降りる。

 

 「ヨーンさん。ちょっと表に出ます」

 「はい、どうぞ。鍵はあけてありますから」

 「ありがとうございます」

 

 外に出て、まずはブロードソードの剣術からだ。

 目を瞑って、黒服の男たちが長い剣や、鎖鎌を振り回す所を頭に思い浮かべ、剣を躱して振り回されている鎖を破壊するのをイメージして、剣を繰り出す。

 続いて、ミドルソードを使った二刀剣術。これはスラン隊長から教わったやつ。半身からほぼ横一文字の構え。

 目を閉じて、様々な剣が繰り出されるてくるのを頭に思い浮かべ、剣で僅かに弾くのだ。

 

 一頻(ひとしき)り、何時もやっている鍛錬をこなす。

 汗を拭いて戻り、水を飲んで休憩。

 

 すると、この宿では簡単ながらも朝食も出た。

 

 両手を合わせる。

 「いただきます」

 

 この日の朝食は、やや硬いパンの間に、煮込んだ肉が何枚か薄切りにして、挟んであった。それと、薄い魚醤味のするスープ。

 一緒に出された飲み物は、生の果汁。黄色くて甘いやつである。

 

 「ごちそうさまでした」

 両手を合わせる。

 

 すこしして、取り敢えず、出かけることに。

 「ヨーンさん、出かけますが、仕事ではありません。夕方には、戻ります」

 「行ってらっしゃいませ。ヴィンセント様」

 

 宿を出て、まずは散策。カサマ支部で冒険者の斡旋が終わるのは、夕方か。

 昨日と今日で何とか、案内と補助のできる、いい人が見つかればいいのだが。

 

 トドマの街より小さいというカサマの街は、港の近辺は全て倉庫。

 昨日も港の方に行ったが、今日も少し港の周りを見てみる事にする。

 どこかの商会が、多数の倉庫を所有しているらしい。それらの倉庫には同じ紋章が扉と壁に書かれている。

 

 魚の生臭い匂いもするのだが、一見するとトドマよりは漁師が少ない感じがした。

 港の北側にある、塀のわき、街の西側の道路を歩く。

 どの家からも、やや生臭い匂いがしていて、魚が干してある。

 

 漁師の家が殆どなのだろう。

 魚を加工している店もあった。

 とりあえず西側は、全てそういう感じだが、これは風だな。東風が多いので、街中で魚を干すと、その匂いが全て西に行くから、自然と漁師たちの家は港の近くから北西に向けて、立ち並んだのに違いない。西側だと昼間の南からと、西日もあって、魚を干すのに丁度いい。

 

 更に北に向かって暫く歩くと、とうとう北側の塀に近い。すると北西にあるという、魚醤工場が見えた。

 ここの工場は、湖上に広く板が浮いていて、そこに(かめ)が置かれている。

 船もそこに泊っていた。

 

 なるほど。ああやって熟成させているのだな。

 甕が乗せてある板には、どれも太いロープが付いている。

 これはロープを引っ張って甕を回収して、また外に出すときはボートで引っ張っていく様にしているようだ。

 いきなりの雨だと、回収しきれないだろう。雨季には別の方法で作るのだろうか。

 あるいは甕に屋根を付けるのかもしれないな。

 

 暫く見ていたが、服に匂いが染み込みそうな気がしてきた。

 それで、一番北側の道を通って、一本東に入る。この道を南に行くと、ギルド支部があるはずだ。

 

 暫く、北側にある店を表から眺めて歩く。

 食料品店が四軒、雑貨屋が二軒、金物屋が二軒、服屋が数軒。飲食店が数軒。

 宿屋も数軒ある。そしてほぼ中央にどこかの商会の商館が立ち並んでいる。その合間にはアルパカ馬が繋がれた馬宿もあった。

 町が小さいわりには活気があるのか、人が多い。そのほとんどが商人と荷運び人と護衛の男たちだが。

 

 ……

 

 夕方近くになって、カサマ支部へ行くと人だかりが出来ていた。

 うーん。あそこに行くのは躊躇(ためら)われる。

 

 と、そこにランダレン支部長がやって来た。支部長は出かけていて、支部に戻るところをばったりと出会ったのだ。

 

 「こんにちは。ランダレン支部長様」

 「おお、ヴィンセント殿。こんにちは。どうされたのかね」

 「そろそろ、支部の方に、行こうかしらと、思っていたのです」

 「そうか。それじゃ、一緒に行こう」

 それでカサマの支部長と共に支部の前に行くと、そこにいた多くの隊員から歓声が上がった。

 「何が、起きて、いるのでしょう」

 「ヴィンセント殿。ちょっと私が確かめてこよう。ここにいたまえ」

 そういうとランダレン支部長が、その騒ぎの中に入っていった。

 

 ……

 

 そして戻って来た。

 銀階級のうち、無印と一階級でくじ引きを行っていたらしい。

 支部のホールでは狭すぎて、外で、となったらしいのだ。

 そこにいる隊員たちはほぼ銅階級。つまりは野次馬であろう。

 

 結局、一緒に行くことになったのは、ヴェラート・ランジェッティース。銀二階級。今回の討伐任務の副長だという。カサマ支部のベテランだそうだ。

 街道に出る魔獣たちにも詳しいらしい。それなら彼一人でいいのだが。

 どうもそうはいかないようで、あと二人来ることになったらしい。

 レグラス・ミコン。銀一階級。

 アイク・モンデルーラン。銀階級無印。

 

 「レグラス! 俺と替われよ」

 「くじで外れただろう。オルテオ。次の機会を待つんだな」

 「アイク。俺の給料半分出すから、替わってくれよ」

 「馬鹿いうなよ。クレッティ。お前が当たって俺がそう言ったら、お前、替わってくれるのか?」

 クレッティと呼ばれた男が何度も顔を横に振った。

 「今回は諦めろよ。運だからな」

 

 「あの、ランダレン支部長様。どうして、こんなことに……」

 「いや、済まない。昨日、バーナンドが人を斡旋するというので、聞いたんだが。貴女の相棒を斡旋するというものだから、たちまち話が広がってね」

 ランダレン支部長が、如何にも済まなさそうな顔をしたが、支部の入り口は大騒ぎだった。

 

 

 つづく

 

 マリーネこと大谷は、ガイドの人を一人付けて貰えば十分だと考えていたが、ギルドは勿論そういう訳にはいかない。結局くじ引きで選ばれた二名が加わり、マリーネこと大谷を入れて四名で討伐する事になった。

 

 次回 カサマの街道と魔獣狩り

 街道の魔獣狩り、つまり街道掃除も兼ねた、魔獣討伐が始まった。

 そうなれば、マリーネこと大谷の血の匂いが魔獣を呼ぶことになる。

 

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