163 第19章 カサマと東の街々 19ー2 船旅とカサマの街の細工屋
船旅は快適に進み、以前の船とは比べ物にならない。
ついたカサマの街で、まずは冒険者ギルドへ向かうのだった。
163話 第19章 カサマと東の街々
19ー2 船旅とカサマの街の細工屋
その日の夕食は、船長と一緒の食事。
「まだ、名前を名乗っていなかったな。私はテオドル・ルーディーン。この船、リンドバリウス号の船長だ」
「スゲンディ。こちらのお嬢様の丈に合う様に、椅子の高さを調整して差し上げろ」
「はっ。船長」
船長の命令を受けた男が、椅子の下に板を置いて、かなり座板の高さを上げた。
私を抱えて、そこに座らせる。
「ルーディーン船長様、わざわざ、ありがとうございます」
「いやいや。礼には及ばないよ。さあ、折角のごちそうだ。冷めないうちに頂こうではないか」
船で出た食事は豪勢の一語に尽きた。
もうテーブルの上には、料理が多数並んでいる。
そして、信じられない事に多数のフォークやらナイフやらが並べられている。
素材を見極める。これは銀ではない。洋白銀器か。この世界では洋白であっても、たぶん高級品だ。
この船長が開催する正式ディナーという事だろう。
手前にまずスープ。それから、何かのビスケットのような物に果肉や何かのソースが乗っている。その奥には野菜のサラダ。隣は長細いやや深いお皿の上はパイの様になっている。中にきっとシチューの様なものがあるのだ。
それから、お肉。分厚いお肉には濃い色のソースが掛けてある。干した魚を切って、焼いた物もある。その横には果肉のサラダ。
「いただきます」
手を合わせる。
まずは、ナプキン代わりの布を取って自分の胸から下に掛ける。
多数のカトラリーが並べられている。
こういう時は、一番外側から使っていけばいいはずだ。
この味は……。
覚えがある。それも、トドマの食堂と鉱山で、だ。
「この料理の、調理師の、方は、トドマの、ガストストロン食堂の、方ですか?」
船長がふっと表情が和らいだ。
「船員たちに旨い食事を出させるようにするのも、船長の仕事さ。アイゼック殿に頼み込んで、うちの料理人をそこで修行させた。時々は、鉱山の宿営地の方にもいっていたようだがね」
「それで、私が、知っている味、なのですね」
「気に入って貰えたようで安心したよ。さあ、どんどん食べてくれ」
「四〇デレリンギの、船賃では、とても、足りない、食事です。いいのでしょうか?」
「ああ。無論だとも。あれほどの噂になっている御仁に逢えて、こうして食事まで一緒だ。これくらいはしなければ、他の船仲間から何を言われるか分かったものではないな」
船長は笑いながらそういった。
船長の料理の方には、明らかにお酒も出ていたが、私の方は生果汁だ。子供に見えているから、仕方がない。
それにしても。船の食事といったら、もうどうにもならない物ばかりだと思っていたのだが、この船に乗ってその印象が改められた。
この船長は、相当切れ者かもしれないな。たぶん、船長が請け負っている商品の荷物も、安物ではあるまい。そんな気がした。
船長は、私が鉱山の護衛や警邏任務で出会った魔物の話を聞きたがっていた。この辺りは、スッファのオセダールと同じだ。
こういう話に飢えているのだろうか。
それで私は、陶芸ギルドの粘土採掘場警護の時に出た、大型の魔物であるレハンドッジの話をした。
この時に隊長だったのは、トドマ支部の戦闘技術教官であるギングリッチ教官が一時的に務めていたことを説明。森の中でレハンドッジが群れでやって来て、戦う羽目になった話をした。
かなり長い話になったのだが。
「船長様なら、きっと、トドマ支部の、ギングリッチ教官と、話すことも、出来ると思います。レハンドッジの、群れが、大変だったと、聞いたと言って、裏を取れば、この話が、本当かどうか、分かります」
船長は、いきなり笑い出した。
「ヴィンセント殿は、嘘をつかないし、話を盛ったりしない事は、お茶を飲んだ時に十分分かった事。他の人たちが知らない話を聞けて、これは船仲間に土産話も出来たというものさ」
そう言って、船長は左目だけ閉じた。こういう動作が妙に様になっているな。
話をしながらの食事も終わり。
十分堪能した。いい味の物ばかりだった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
そんな私の所作を、船長が興味深そうに見守っていた。
……
日が落ちると、東風は急に緩くなり、そしてぴったりと止んだ。
それから暫くして、次第に風は南西から吹き始め、やや追い風である。
「船長。風向きが変わりやした。追い風でさ」
「よし、帆を張るぞ。全員、甲板に上がれ! 帆を上げろー!」
夕食後に寛いでいた船員たちが、一斉に甲板に出て来て、マストの周りに集まっていた。
それから船員たちは、二本のマストに帆を張って舳先をやや東南東に向けた。
夜には全員が休んで寝てしまった、前の船とは、ここも違っていた。
そう、船員たちの服もきちんとしたものを着ているし、何より全員ブーツを履いていたのだ。
夜半になって、速度は緩んだものの、船員たちは交代で甲板に上がっていた。
……
翌日。
朝になって、私は直ぐに船長に呼ばれた。
「ルーディーン船長様。おはようございます」
私は深いお辞儀。
「ああ、おはよう。眠れたかね」
「はい。十分に」
「それはよかった。これから、軽い食事をしよう」
「はい。わかりました」
…… なんと朝食を出すらしい。
朝食なのか、さっぱりわからない結構豪勢な食事。
昨日の夕食の食材はまだ余っていたのか、シチューや肉料理とパンも出た。
しかもこのパンが、硬くはない。
『軽い食事』を頂いた後は、船長は甲板に出ていって、船員を全員交代させた。
そして、夜の間に帆を管理していた船員全員に食事を取らせる。
……
帆を張っていた事で、夜の間中に距離を稼ぎ、船は相当の距離を進んでカサマはもう、間近になっていた。
帆を畳むと、船はゆっくりとカサマの港に入る。
私は右手を胸に当ててから、挨拶。
「ルーディーン船長様。とても快適な船旅でした。ありがとうございました」
「ああ。気に入って貰えたのなら、何よりだ。貴女の今後の活躍とその話を大いに期待している」
「それでは、ここで失礼致します。ルーディーン船長様。ごきげんよう」
私は両手でスカートの端を掴んで、左足を僅かに後ろに引いて、お辞儀。
「それではどこかでまた会えるといいね」
船長はそう言うとそこで急に姿勢を正した。
「ごきげんよう。マリーネ・ヴィンセントお嬢様」
船長は右手の指をまっすぐ伸ばし、腕を水平にして胸に当てると、右掌を親指を外にしてゆっくりと返す。そして、深いお辞儀。
これは……。船長はやはりどこかのきちんとした上流階級と接触があるか、そういう教育を受けているのだろう。
装備をもう一度確認。ブロードソードと両腰にダガー。小さいポーチ。
自分のリュックを背負って、船を降りる。
カサマの港に降りて、向かうのはとりあえず、カサマ支部だ。
まだ、午前中というか朝といって良い時間だ。
二つの太陽はまだ東の低い位置にいる。
今回の船、リンドバリウス号は、軍団の船ほど速くはないが、夜の間も帆を張って動かし続けてくれたおかげで、朝についたのが驚きといえた。
昼遅くか、夕方に着くだろうと思っていたからだ。
さて、カサマの街はこの前に一度来た時は、街の周りを見て回る余裕は全くなかった。
しかし、まずはやるべき事から先に済まそう。
私は、取り敢えずカサマの港の前の倉庫街を抜けて、中央通りを越えてから北に向かう。カサマ支部に行くのだ。
暫く歩くと、見覚えのある建物の前についた。
ドアを開ける。
壁に簡易な日めくり式の暦。ただしそれは六日分の物だ。それが今日が休日である事を示す札が掛けられていた。
事務所の受付を見渡すと、事務所の中の作業用机の前に座っていたのはバーナンド係官だった。
「おはようございます」
「おはようございます。おや、珍しい。ヴィンセント殿ですね。どうなさいましたか」
「少し、尋ねたい事が、御座います」
「なるほど。私に分かることなら、なんでも」
そういうとバーナンド係官は笑顔だった。
「リットワース細工店、というお店を、探しています。ゴルティン・チェゾ・リットワース様を、ご存知でしょうか?」
そういうとバーナンド係官はやや表情が変わった。
何かあるのか。
「勿論、知っていますよ。ここの支部に来る冒険者の方たちの革鎧を作ってもらってることが多いのですから。この支部を出て東に行って、門の所を北に。そこからだいぶ北に行くと、お店はあります」
「分かりました」
「ただ、ゴルティン殿がそこにいるかどうかは、私では判りません」
「出かけられて、いると、いうこと、でしょうか?」
……
バーナンド係官は少し沈黙した。
「あまり私もよくは知りませんが、冒険者の皆さんの話では、お店を出てどこかに行ったとか言うのですよ」
「分かりましたわ。お店で、訊くしか、ありませんね」
バーナンド係官は肩をすくめて、それから両手のひらを上にして肩の高さに上げた。
まあ、彼はそれ以上は知らないという事だな。
「それともう一つ、あります。街道は、まだ、魔獣が、でますか?」
「そうですね。丁度いい。ヴィンセント殿は金の階級です。他の支部の仕事も受けられます。今、トドマ支部での仕事が無いのなら……」
街道の事を聞いたのに、いきなり仕事の話をされそうになっている。
「待って、下さい。トドマ支部では、たとえ、白金階級でも、支部長の、許諾なしに、引き受ける、ことは、規則に、違反します。鉱山の事もあって、トドマには、特別な、優先規則が、課せられています」
「そうでした。ですが、とても困っているのですよ。どうか街道の魔獣駆逐の仕事をやっていただけませんか?」
なんだか、奇妙な成り行きである。
「街道は、かなり、危険なのですか?」
「マカマ街には、現在は実質の所、支部が無いのと同じです。支部員の補充も出来ずに、支部は機能していません。ですので、現状かなりの人手不足で、ここからマカマまでの間に時々出るんですよ。引き受けて頂けると大変助かります」
街道掃除が行き届いていないということか。
ちょっと待て。
支部が無いのと同じって、どういう事だ……。
「つかぬことを、お伺いしますが、マカマ支部が、無いのと同じ、とは、もしかして、ガーヴケデック討伐に、失敗して……、いえ、ラヴァデルで、隊員たちが、全滅とか、そういう事、ですか?」
「……」
バーナンド係官が黙ってしまった。図星という事か。
「ヴィンセント殿の仰る通りです。ガーヴケデック討伐に失敗して、かなり戦力が落ち込みました。それで街道の掃除もままなりません。それを見かねてマグリオース殿が来てくれたのです。その時に、彼が大分頑張って下さって、街道の掃除をやって頂けたのです。ですが、マカマの北に、ガーヴケデックがまた出たという事で、マカマ街でも討伐隊が再度組まれました。しかし、討伐隊との連絡が完全に途絶えてしまったのです」
つまり、そこで全滅したという事か……
「そこでマグリオース殿が討伐隊を組む事になり、人員も選りすぐりが必要とのことで、トドマ支部から大勢、銀階級が来たのですよ。その後はご存知の通り、マグリオース隊は、半壊して、撤退してきました。その時は、我々も名前すら知らなかった、ラヴァデルによって、です」
「マカマ街の、支部は……、どうなって、いるのです」
聞くのも怖かったが、知らなければならない。
しばしの沈黙があった。
「マカマ街の支部長自らが、隊員たちと共に出撃して、戻らなかったそうです。もう、マカマ支部は、冒険者ギルドの支部としては機能していません。名前ばかりという事になります。一応、副支部長と事務員が二名、残ってはいるそうですが、もう事務手続きすらも、あそこではできないでしょう」
……
想像以上に悲惨だった。
ラヴァデルが通った所の近くにあった支部は壊滅したといっていいのだろう。白金の真司さん千晶さんですら、あの時にとうとう斃すことが出来なかった事を考えると、普通の冒険者たちでは、ひとたまりも無かったのに違いない。金三階級のアガットですら、右目を失い右半身の手足をもがれて、返されたのだから。
となると、ここは厭とはいえないな。
「分かりました。この件は、トドマの支部に、ランダレン支部長様の、名義で、連絡を、お願いします。トドマ支部では、ヨニアクルス支部長様の、許可が、本来は、『絶対必要』、ですから。私が、細工店に、行ってからで、いいですか? 討伐の任務は」
「おお。引き受けてくださいますか。勿論です。今日、直ぐに斃してほしいと言ってる訳ではありません。出るかどうかは魔獣次第ですから」
「それで、どんな魔獣、でしょうか?」
「ガオルレースです。常に二頭で出てきて、だいぶ旅人や隊商が殺られていまして。駆除に何度か討伐隊を出しましたが、逃げられています」
「すみません。ガオルレースを、知らないのです。その魔獣は、どういう、攻撃を?」
「頭に三本の角があるのですが、そこに雷が発生して周りに広がるのですよ」
「広いのですか?」
「大体魔獣を中心に一フェムトか、もう少し広いくらいと聞いています」
うーむ。四・二メートルからもう少しという事か。たぶん、正確には測っていないだろう。半径五メートルか、もうちょいくらいまでは攻撃が届くという事だな。それ程広くは飛ばないようだ。
「それが当たると、みんな痺れるようにして気絶。そのまま食べられてしまうようです」
「解りました。私は、カサマとその東は、全く知りません。案内と、戦闘補助に、誰か、寄越して、下さいますか? 出来れば、銅階級よりは、銀がいいです」
「分かりました。ヴィンセント殿。今日、明日、手の空いている冒険者の方々に声をかけて当たってみますので、明日の夕方にまた寄って下さい」
「分かりました。そうします。では失礼しますね」
取りあえずはここを出て、東門に向かう。
つまりは少し南に歩いてから、街の中にまで入り込んだ街道に出るわけだ。
門番の所まで行くと、東側に向かって伸びている街道がかなり先まで見通せたが、周囲は林というよりは森に近い。
なるほど。きちんと魔物掃除が出来ているならともかく、護衛なしでここを通って荷物を運ぶのは、命がけなのだろうな。スッファ街からキッファ街へ行く街道も北側が森だったが、ここは北も南も森だ。
門の手前の所を北側に折れて、暫くは塀に沿って北の方へ歩いていくと、幾らかお店がある。服のお店や糸を扱うお店、それに荒物を売る雑貨店などだ。
そうして、見た目はこじんまりとした細工店があった。看板が出ている。ここがリットワース細工店だ。
「こんにちは。誰か、いらっしゃいますか?」
取り敢えず挨拶をして、入り口で待つ。
「いらっしゃいませ。お客様」
暫くして出てきたのは、金髪の少女だ。とはいっても私より、だいぶ身長がある。
おそらく一六〇センチ以上だな。
こういう少女を見たのは、あのポロクワ街の古物商以来だな。
まずは右手を胸に当てる。
「私は、ゴルティンさんを尋ねて来た者です。名はマリーネ・ヴィンセントといいます」
そこでお辞儀。
「おじいちゃんを? お父さーん。おじいちゃんを尋ねてきた人がいるよ」
快活な少女の声。
……
暫くして、奥から男性が出て来た。
二メートルは越えている、トドマでも普通にみる背丈の成人男性。
「ようこそ。当店へ」
そう言いながらも、私の身長の低さにびっくりしているようだった。
私は胸を逸らせて彼を見上げる。顎の下、首に掛けた金色の階級章が見えるはずだ。
そこで男性の顔はさらに驚いた表情が浮かんでいたが、彼は会話を続けた。
「親父を尋ねてこられたようだが、親父はちょっとね。今はここにいない。それで、何の御用でしょう? 金階級の冒険者様」
私が用件を切り出そうとしたときだった。
「お父さん、お客様に椅子でも出さないと。立ち話は駄目だって、いつもお母さんが言ってるじゃない」
「そうだったな。アーダ、椅子を持ってきておくれ」
男性がそういうと少女は奥に向かった。
「取り敢えず、お店に入ってください。冒険者様」
男性が店内に入ると、其処には様々な細工品が置かれている。
細工専門店だから、当然なのだが。
置かれているテーブルや椅子も売り物らしい。かなり凝った造り。
このお店は外から見る限りでは、それほど広くはないこじんまりした店に見えたが、奥の方に向かって広い造りだ。
かなり奥の方に、凝った造りの革鎧があったのが見えた。リルドランケン師匠が言った通り、リットワースは革鎧をやっているのだ。
「冒険者様、こちらへ」
男性に促されて、小さな丸テーブルの所にやって来た。
取り敢えず、リュックを降ろす。
「失礼していましたな。名を名乗っていなかった。私は、この店の店主でオルヴァーといいます。先程のが私の娘でしてアーダといいます。冒険者様」
私は右手を胸に当てて名乗りなおした。
「私は、マリーネ・ヴィンセントと、申します。トドマの、支部に、在籍して、います。どうか、よろしくお願いします」
両手をスカートの端に持って行き、少しだけ持ち上げて右足を引いて、僅かに左膝を曲げてお辞儀。
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます」
その時に、アーダという少女が小さめの椅子を持ってきて、その座面の高い椅子を私の所に置いた。
「ありがとうございます」
少女は笑顔だった。
「どういたしまして」
オルヴァーと名乗った男性が私の反対側に座った。
「それで、ヴィンセント様、どういったご用件なのでしょうね?」
「オルヴァー様が、私の首に、掛けてある、金属片を見て、お分かり、頂けました、ように、私は、冒険者です。ですが、いま、細工の師匠、である、リルドランケン様の元で、細工も、修行しています」
そこでいったん会話を切った。
この男性に私の思いが伝わっていればいいのだが。
「それで、用件は、師匠様が、革の鎧を、習うなら、カサマにいる、ゴルティン・チェゾ・リットワース様を、訪ねて、教えを、乞うようにと、ゴルティン様に、渡す、手紙も、くださいました」
オルヴァーは、明らかに困った顔だった。
「そういう事でしたか。困ったな。親父は何が気に入らないのか、暫く前に急に不機嫌になって、ここを出ていってしまったんだ」
「カサマの、支部でも、冒険者の、方々が、ゴルティン様が、居なくなった、ようだと、仰っていました」
「それにしても。まさかリルドランケン殿が弟子を取るとは。信じられないな」
オルヴァーが両腕を胸の前で組んで唸った。
「お師匠様から、渡されたものは、封印が、施された、紹介状、なので、ここで、開封することは、出来ません。信用して、頂くしか、ないのです」
「疑ったりしている訳ではありませんよ。何しろ、トドマ支部の金階級の冒険者様だ」
そこで、オルヴァーは突然、大きな声を上げ、立ち上がった。
「あなたが! あのガーヴケデック討伐の時にいらしていたという、テッセンの生まれかわりとまで噂される……」
「あ、あの。実物は、まったく、違いますでしょう?」
私は取り敢えず、笑顔で答える。
「あ、いえ。まさか、その本人がここに来ているとは思いもよりませんでしたよ」
オルヴァーは椅子に座り直したが、明らかに落ち着いていない。
「ゴルティン様の、居場所は、知っておいで、なのでしょう?」
私はとにかく笑顔で訊ねる。
オルヴァーはしばらく沈黙していた
……
彼は急に両手の肘をテーブルに載せると両手の指を組み合わせた。
「親父は、誰にも言うなと、口止めして行ったんだ」
彼は俯いて、ぼそっとそういった。
「私が、これだけ、お願いしても、だめですか?」
……
「私が言った事は、絶対に伏せて欲しい。貴女が、独力で捜し出したことにして欲しい。それを約束してくれるなら……」
「私が、独力で、捜した、ことに、するのですね。いいですわ。彼方此方、訊きながら、行きます」
「親父は、マカチャド湖の畔にある、小さな町の外れにある工房にいる。マカマの南にある湖だ。その東にマリハという小さな町がある。そこに行って訊ねれば、判るだろう。親父が昔、独立したばかりの頃に入手して、それ以来ずっと手放さずに借りていた工房らしい。私は行った事も無いんだ」
「分かりました。ありがとうございます。聞いた、という事は、絶対に言いませんから、安心してください」
私が笑顔でそういうと、オルヴァーは顔を上げて無理やり笑顔を作った。
私は話題を変える事にした。
「それと。この近くに、美味しい食堂と、手ごろな宿は、ありますか?」
「ヴィンセント様は、この辺りは不案内ですか」
「この前の討伐で、初めて、来たのです。見学も出来ずに、トドマに、戻りましたので、全く知らないのです」
「そうでしたか。食事は、中央通りにあるガランドフェルト食堂がいいですよ。宿は、そうですね。ヨーンの所がいいか。ヴィーダットストラの宿というのがあります。場所は南ですが。中央通りに出て、街道よりは南に行くと、小さな宿があるんです。綺麗な宿なので、ごろつきもいないし、態度の悪い船員が屯してもいないから、お勧めしますよ」
まるで案内所の様な滑らかな口調で、オルヴァーは私に説明して寄越した。
つづく
マリーネはカサマ支部で困っているという魔獣討伐を引き受けさせられてしまう。
そして細工屋に行くと、細工屋にいるはずの老人がいない。彼の息子からやっと聞き出すと、老人はマリハという小さな町に行ったという。
いきなり、先行きがあやしくなってしまった。
次回 カサマの街と散策
カサマの街を少し散策し、お昼も食べて宿に向かうマリーネこと大谷。
どんなお昼だったのか。そしてどんな宿なのか。
討伐隊は、どんな具合になるのか。




