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162 第19章 カサマと東の街々 19ー1 資金の確認と船旅

 老人は、鎧に最後の仕上げを施していた。そして、マリーネこと大谷に、彼の知り合いを訪ねるように促す。

 マリーネこと大谷は急いで支度をして、トドマ支部に向かうのだった。

 

  162話 第19章 カサマと東の街々

 

 19ー1 資金の確認と船旅

 

 

 翌日。

 起きてやるのはいつもの様に、ストレッチからの準備体操。着替えて、空手と護身術。

 そして、外に出て、ダガーの二刀流による格闘技。剣の稽古。二刀流のあの剣も練習は欠かせない。

 全ていつも通りである。

 

 何時もの様に、真司さんたちと朝食を済ませてから、老人の所に行くと、今日は老人は革に蜜蝋(みつろう)をかけていた。

 最終的な仕上げは、こうやって革に蜜蝋をかけていき、全体に染み込ませて行く。

 これで、硬くもなるし光沢も出るし、撥水加工にもなっているのだ。老人はもう私に見せるべき工程は無いといっていたが、この作業は見ておかねばならない。

 「お師匠様。おはようございます」

 「おお、おはよう」

 老人は挨拶を返して来たものの、こちらを見ることすらなく作業の手を止めない。

 

 皴のはいる場所には蜜蝋を殆どかけていない。曲げた時にひび割れてしまうからだろう。

 曲げ伸ばしの多い部分には、獣脂を塗りこんでいた。

 

 「お師匠様。仕上げ、作業でしたら、手伝います」

 「ああ、お嬢はそこで見ておれ。じきに終わるでな」

 老人は恐らくは、明け方から作業していたのだろう。

 もう殆どの場所に蜜蝋を掛け終えていた。

 

 それから程なくして、老人は作業を終えた。

 老人はやおら、椅子に座ると一杯のお茶を飲んだ。

 

 ……

 

 「お嬢。お前さんが作りたいような鎧を、儂が完全に教えてやることは出来ん。儂も一晩考えたがな、儂の知り合いにお前さんを預けようと思う。お前さん次第じゃがな」

 「お知り合いですか」

 「ああ。革鎧なら、あやつ以外にはおるまいて」

 「ま、お嬢が行くのならば、紹介状を儂が書いておいたでな。それを持って行くがよいぢゃろう」

 「どこに、いらっしゃるのですか? そのお方は」

 「カサマの街に、リットワース細工店という店を出しておったはずぢゃな。そこにいって、ゴルティン・チェゾ・リットワースという男を訪ねるのぢゃ。そやつが、革鎧の事なら、儂より色々知っておる」

 「教わるのには、日数が、いるでしょうね。なにか、費用を、払うべき、でしょうか?」

 老人はふっと笑った。

 「それは、あやつ次第よなぁ。まあ、お嬢なら払えん金額など無かろう」

 老人はまたお茶を飲んだ。

 

 「その前に、言っておくが、あやつはちと、(へそ)曲がりな部分もあるでな。お嬢もそこは覚悟しておいた方がえぇ」

 

 臍曲がりか。偏屈な老人という事だろうか。

 「わかりました。今から、支度します」

 「ああ、いくなら、早いほうがええ。それと、カサマの方、まだ魔獣の治安がいいとはいえん。お嬢。お前さんには何でもなかろうが、武器は忘れるでないぞ」

 「ありがとうございます。トドマの支部にも、寄って行きますので、そこでも様子は訊いていきます。」

 「ああ、それがええな。これを忘れるでないぞ」

 老人が封印付きの丸められた用紙を寄越した。彼の書いた紹介状だという事だ。

 「それでは、これから、行って参ります」

 「ああ、なにかお前さんが学べることを祈っとるよ」

 

 ……

 

 急いで家に戻る。急にカサマに行くことになった事を二人に伝える必要があるだろう。

 家にいて、何かの作業をしている千晶さんを見る。

 

 彼女の体の大きさを見極める。普段何気なく見てはいるが、各サイズとなると、見極めの目が必要だった。肩幅。胸の大きさ。胴体。腕の太さ。腿の太さ。

 服の上からだが、彼女のサイズは分かった。真司さんのサイズは、ここの亜人たちの男の身長よりやや低い程度で、合わせられるだろう。

 

 「千晶さん、私はこれから……、カサマに行くことになりました」

 「どうしたの。急に」

 「細工の師匠様が、私が学ぶ事がカサマにあるという事でしたので、暫く行って参ります。最低でも一〇日、いえ、そんな日数では到底済まないかも。二〇日か、ひょっとしたら三〇日は戻らないと思います」

 「カサマで少し修行ね。分かったわ。真ちゃんにもそう言っておくわ」

 彼女は笑顔だった。

 

 彼女の作業は薬草の仕訳と、もう一つは乾燥させた薬草を潰す作業だった。

 彼女は再び、やや小さな器に取り分けた薬草を擂鉢(すりばち)に入れて、()り始めていた。

 

 さて、行くための準備である。

 着替えの服、何着か。寝間着。下着は全部。ズボン。つなぎ服。タオル。これらは革袋に一纏めにして入れた

 水用革袋を二つ。

 剣を研ぐ砥石を二つ。ナイフ二本。

 

 複合鎧が鉄を使う事も考えると、鍛冶用の装備も持って行く。自作した鍛冶用エプロン、手袋、ハンマーとそれから顔にまくための目の所が開いたタオル。口を覆うタオルと頭にかぶせるタオルもだ。それと裁縫道具。これも、別の革袋を用意して一纏めにして入れる。

 流石にスコップはいらないだろうから、これは置いていく

 

 それから雨具用の革マント。あとは自分で作った靴。革袋に、ローファーみたいな靴とハーフブーツ。それと柔らかい靴も入れてから、紐で縛ってリュックに入れた。

 ミドルソードの帯剣用のベルトも、リュックに入れた。

 

 あとは老人から預かった手紙だが、巻物である。下手にそのまま入れると、くしゃくしゃになるだろうから、入れるケースが必要だ。

 やや小さい、細長い箱を家の中から探して、それに入れて紐で縛って閉じる。

 これを一番上に入れた。

 もうこれで、リュックはぎゅうぎゅう詰めだ。

 

 後は、何かと使うかもしれないロープを二本。外側に巻いた状態で縛りつけた。

 剣はミドルソードをリュックに取り付けた。

 

 今回、大きな鉄剣は置いていく。腰には何時ものブロードソードと両脇にダガー。

 そして、革袋にはトークン二つとハンカチ替わりの小さなタオル。もう一つの革袋に硬貨。これを小さいポーチに入れる。

 

 今回も、お守りの入った大きいポーチは置いていく。これがあると荷馬車のアルパカ馬が怖がるかもしれないから、持って行けない。

 

 あとは、最近付けていなかった、金二階級の階級章を首から掛ける。

 

 

 トドマの支部に行って、大きなお金は預けたいし、トークンにいくら入っているのかも一応は知っておきたい。あの魔獣暴走の時の給金がいくらになったのか、もうすっかり、頭から飛んでいたのだ。

 

 「では行ってきます」

 千晶さんに挨拶して、北の隊商道に向かう。

 

 トドマに向かう荷馬車を待つが、一向に荷馬車は来ない。

 私は歩いて、トドマに向かう事にした。

 

 久しぶりに街道を歩く。今日も良く晴れている。

 街道の南側は延々と広がる穀物畑だ。しかし、南の見える限り、殆どが刈り取られていた。所々に、王国の女性たちが数人で何かをしているのが見える。どうやら、土地の土壌改良らしい。あちこちで穴を掘っては、何かを入れている。有機肥料だろうか。

 

 良く晴れ渡った大空には、大型の猛禽らしい鳥が数羽、大きな円を描いて飛んでいた。

 あの鳥の名前は判らない。広げた翼の先端、風きり羽根の所が白い。広げられた尾翼も、白いが他は茶色っぽい羽毛のようだ。お腹は斑。先日買った図鑑で調べたらいいのだろうけれど、これからカサマに行くので、図鑑で調べられるのはかなり先の事だ。その時までに忘れていなければいいが。

 

 時々、道端で休み、一口水を飲んでは、また歩き出す。

 今日は南からの風もほぼない。

 

 ……

 

 トドマの西門に到着。門番の二人に挨拶して中に入る。

 北の隊商道は港の手前まで伸びているから、そのまま港まで歩いていく。

 途中、トドマの街中はいつもどおり、魚臭い匂いがしていた。

 港の桟橋でひとしきり、魚臭い匂いに囲まれたところで、リュックを下ろして、ベンチに座る。

 ここの風景もだいぶ見慣れたような気もしないでもない。

 北側の滝のある方は、相変わらず漁船がいっぱい出ていた。

 少し休憩したので、再びリュックを背負って、通りを少しだけ戻り、北側へ向かう。

 

 すぐにトドマ支部に到着。

 

 挨拶をして、中に入ると、居たのはコリー係官とテノト係官だった。

 支部長は留守らしい。

 

 コリー係官に挨拶。

 「こんにちは。今日は代用通貨のことで、ここに来ました」

 「こんにちは。ヴィンセント殿」

 コリー係官も、私のことを『さん』づけでは呼ばない。みんな『殿』である。

 「どうされましたか?」

 

 私のトークンに入っている金額を尋ねてみる。

 「支部長から言われています。私の代用通貨にどれだけの金額が入ったのか、支部で確かめなさいと」

 

 コリー係官は笑顔だった。

 「支部長から伺っていますわ。今回、色んな入金がありました。それでその内訳も簡単にですけど説明するように、言われています」

 

 私がこれまでに倒した魔物の牙と魔石の数だけでもかなりの数になる。角のある魔物もいたが、全てをひっくるめての話になるはずだ。

 あの魔獣暴走で五五体、任務中のを入れたら、どれくらいになるのやら。

 

 牙ですら一一から一七リンギレ。魔石は獲物によって違うが、魔犬クラスで二二リンギレだ。魔石だけで一〇五〇リンギレはかたい。牙でもたぶん八〇〇リンギレくらいはいくだろう。しかし、個人成績にはならない、あくまでも、鉱山護衛補佐任務のお仕事での討伐だから、どういう配分になるのか。

 支部長の話では通常任務の方の給金も入れてあるという事だった。

 

 「えっと。まず鉱山のほうでの、護衛と警邏任務ですが、あなたの場合は、一日で五〇デレリンギです。たぶん支部長は説明していなかったと思いますので。鉱山の方での宿舎で管理していた勤務日数は一三四日です」

 休みを除いて、一三四日分の就業のうち、私が第三王都に囚われていた部分も、仕事になっていた。つまり、ギルドの用事で出向いたことにされていたのだ。

 

 一日が五〇デレリンギというのは初めて知った。結構高いな。銀階級の日当が二五〇〇〇円という事になる。まあ、山の任務は危険だからだな。危険手当込みだ。

 実際、私がいると魔獣やら魔物がぞろぞろ出てくる羽目になる。一緒にいた人たちに相当な危険があったことは否めない。

 

 山仕事の給金は結局、一三四日分でなんと六七〇〇デレリンギにもなる。つまり六七リンギレは元の世界なら三三五万という金額になる。

 しかしだ、後半は雨ばかりで全然、仕事になっていなかった。その後、あの場にいた彼らは土木作業となった訳だが、私は王国のあの事件に巻き込まれるようにして南に向かっていたので、何もやっていない。

 

 こんな日数分の給金を貰っていいのだろうか?

 

 今回はこれに加えて魔獣討伐分があるのだが、これは大雑把な数値が記載されていた。

 「支部長からの指示で、山の警邏で出た魔獣討伐の報奨金も別勘定で出ています。五〇〇〇デレリンギとのことです」

 

 全部込みで五〇〇〇デレリンギか。

 まあ、これはたぶん支部長が大雑把な数値を乗せてきているだけだ。正確に山の隊員全員の数で割って、階級章の分を加味して配分を出して、とかやってはいない。まあ、正確に載せてないからといって、どうこういうつもりもない。

 一〇〇人以上いる隊員数で割ったら、もっと少ないはずだ。

 

 事務所の事務員の給与分もあるし、たぶん葬儀などの件は全て支部の手出しだろうから、そういった費用も魔石や牙などの売り上げで、積み立てているはずなのだ。おそらく支部長の事だから、全員の給金に魔獣討伐報奨金を上乗せしているだろう。不平不満が出ない様に。

 

 山の仕事での魔獣討伐は、どちらかといえば、護衛警邏任務の中の一環であり、斃すこと自体はいつだって偶発的で、結果論だ。そういう任務での討伐は、個人への報酬ではないらしいことは、任務を始めて割とすぐに判った事だ。

 オブニトールの事件の時はともかく、あのレハンドッジの群れを斃した時に、それははっきり判ったのだ。

 

 「それから、支部長が特別に指名した鉱山護衛支援任務で行った魔獣討伐ですが、これについては、少々議論がありました。ヴィンセント殿は五五体斃してきましたが、それをどう金額に配分するかでした。あの時、支部長が最終的に三六七〇リンギレの四割を支給するように、お決めになりました。この金額は指名された鉱山護衛支援任務の給金も入っているとお考えください」


 その魔物暴走の討伐金額は私の斃した分だけ、だろうか。取り敢えず、私の取り分は四〇パーセントに決められたようだ。金額は一四六八リンギレとあった。

 あの五五体で三六七〇という数値は、元の世界なら一億八千万を上回る金額だ。

 

 「まだ、あります。大規模作戦従事手当です」

 コリー係官が書類を見せた。

 王国の大規模作戦に従事した分が別手当になって支給されていたのだ。

 これは、本来冒険者ギルドには関係がない。たぶん王国の商業ギルド監査官たちの差配だ。商業ギルド監査官たちの方からとすると、王国の財源から支給されたのだろう。

 

 これが何故か大雑把に二〇〇リンギレとなっていた。これも金額がそこそこ大きい。商業ギルドのあの税金計算の細かさから言って、任務に関わった時間とかを細かく日割り、出した食事代は支給額から徴収とかやりそうなものだが。今回、私のケースでは、全て込み込みというような、どんぶり勘定的な金額が支給されていた。

 

 「最後にもう一つ。カサマ支部の応援で行った任務です」

 ああ、あのガーヴケデック討伐だ。

 

 「失敗に終わった討伐隊への支給分を差し引いて、残りの討伐隊全体の報酬は六五〇リンギレです。白金の二人で七割。あなたが二割半、残りが同伴した二人分です。二人は案内役だったと聞いていますから。持ち帰った、魔石が三五リンギレ。剣が六本でした。一本が四五リンギレですので二七〇リンギレ。今回は合計額で、それぞれ配分しました。あなたの分は二四一リンギレと二五デレリンギです」

 

 むむ。全て合計すると二〇〇〇リンギレは越えている。

 この時点で元の世界なら一億は軽く越えているだろう。凄い金額だ……

 

 しかし、ジウリーロが叩き売りした魔石や牙でも五一二リンギレも貰っていたのだ。

 あれを普通の価格で売ったら、その倍はいく。ジウリーロが半分だとしても、私の取り分は六〇〇リンギレは行ったかもしれない。

 あの魔石販売が如何にとんでもない安値のばら撒きだったかが、よく判る。王都の商会から睨まれるのも、ある意味当然だろう。

 まあ、今回のこの金額は二〇〇〇リンギレとして、頭の片隅にでも覚えておけばいいのだ。

 コリー係官は全ての書類に署名するようにいってきた。

 それぞれ、受取人の欄にマリーネ・ヴィンセントと書き込んだ。

 コリー係官はそこに何か書き込んで、それを戸棚に持っていき仕舞った。

 

 戻ってくると、彼女は私の代用通貨(トークン)にどれだけ入っているのか、教えてくれたのだった。

 「ヴィンセント殿。ここに今誰もいないから、入ってる金額を言います。二度は言いません。覚えておいてください。二四六五リンギレと五〇デレリンギです」

 「わかりました。覚えました」

 まあ、大雑把に計算して一億二三〇〇万。それなりの金額になった。もう暫くは剣を買う事は無い筈だが、特別な金属を買って特注の剣を頼めば半分以上、支払いに飛んでいくかもしれない。まあ、この背中のミドルソードが折れなければ、そういう事はないだろう。生活して行くには全く困らない金額だ。

 

 それから私は四角のやや大きいトークンを取り出した。

 それとリングレット硬貨を二枚。

 「これを、代用通貨に、入れてください」

 コリー係官は私の四角のトークンを受け取って、裏返すと、そこに記載されている神聖文字を写し取った。

 それから私に署名を求めた。

 

 「ヴィンセント殿、ここに署名をしてください」

 用紙には、二リングレット、預かり。とある。

 依頼者の欄に、私の名前だ。マリーネ・ヴィンセントと署名。

 受付者の所にコリー係官が署名して、それを奥に持って行った。

 

 コリー係官が戻ってくる前に、テノト係官がやって来た。

 それで、少しカサマの話を訊いてみる。

 

 「ヴィンセント殿は一度向こうに行ってますし、あちらのギルドの人手不足はずっとですよ」

 テノト係官はなにかの書類を見ながら言った。

 

 「カサマのギルドはマカマまでの間の街道の魔物討伐が主なのですが、この前のように、山の方で魔物が出たときもカサマ支部の管轄です。それで、人手が足りないので、こっちからの応援がいつも出向いてるわけです」

 

 「マカマからリカジの間はですね、マカマ街は今は支部が、その、大変小規模です。リカジ街のほうが大きいのでそっちにあるギルドの方で人が出ています。とはいえ、あまり駆除に成功しているとは言えませんね。リカジの先は、ルーガという国境の街がありますが、ここは王国の警備兵が大勢出ていますからね。国境警備とついでに街道に出る魔獣も駆除しています。カサマ支部で詳しく教えてくれると思いますよ」

 テノト係官は、そういうと、また奥の方に向かっていった。

 

 カサマは冒険者ギルドの人数が少なくて、トドマからの応援でやっているような状態なので、国境近くは王国の警備兵が、国境警備と一緒にやってはいるものの、カサマから東の街道、マカマ街とその先は時々、魔獣が出るということか。

 討伐隊が時々出ているようだが、駆逐しきれていない様だ。

 まあ、カサマの先に行く予定はないし、街のはずれで魔物が出ても、余程の相手でなければ、いつもどおり、何とかなるだろう。

 

 挨拶をして、ギルドを出る。

 

 ……

 

 港に行き、カサマに向かう船を探す。船の管理をしている商会の事務所で訪ねてみたが、選べるほどはなかった。

 桟橋にいくつかきているから、自分で交渉しろとの事だった。

 たぶん、こんな子供一人運ぶ金額では、商会は関わってもお金にならないという事だ。

 

 やっと見つけたカサマに行く商船の荷物と一緒に、カサマに向かう事になった。

 船は夕食付きで四〇デレリンギ。値切るのもありだろうけれど、私はいわれるままの金額を、そのまま硬貨で支払った。

 たぶん、この昼間に出たら、もう向こうに着くのは明日の夕方だろう。

 桟橋にある斜めの板を登って甲板に出る。そこには、船長がいた。

 

 船長は、恰幅のいい大男だったが、この前のような人物ではなかった。

 仕立ての良い服を着ていた。

 かなり焼けた肌色。身長は勿論二メートル越え。二メートル二〇くらいか。四角い顔で、あまりこのあたりでは見かけない顔立ち。それ程老人には思えない。壮年後半という感じだろうか。髪の毛は焦茶でやや縮れている。

 尖った長い耳。鼻も鉤鼻といっていい、筋が通って長い鼻だ。瞳は深い紫色だった。

 

 大きな帽子を被っていたが、その帽子は顎紐でしっかりと固定されていた。

 「よろしく、ちいさな英雄殿」

 船長は私を見て、開口一番、そんな事をいった。たぶん首の階級章のせいだろう。

 「今日は、よろしく、お願いします」

 深いお辞儀をして、船長に挨拶。

 

 私の部屋は、船長の部屋のすぐ脇にある、上等な客室があてがわれていた。

 まずはそこに行って、荷物を降ろす。

 それから、甲板に出て先程のギルドでの会話を少し思い出す。

 金額はまあ、判ったのでそれでいい。

 

 金額の多い少ないはあまり問題ではない。暮らせないほど、少ない金額は出さないことは判っていたし、魔獣討伐の報酬は、個人的に請け負ったような任務ではない限り、ギルド収入になるのだ。そこから報奨金が出るという仕掛けだから、今回それがちゃんと判っただけでも、収穫である。

 

 まあ、あの鉱山での魔獣退治があれほどの金額になるとは思わなかった。

 たぶん、支部長だけではないだろう。王国の商業ギルドとか、上の方からの何らかの指図があったのに違いない。支部のメンバーの数や事務管理費とかを考えたら、四割も出るはずが無い。精々一割か、もう少しいって一割五分が関の山だ。

 

 ……

 

 風は南風で、船は舳先をやや南に向けたまま走っている。

 櫓と帆を使っているので、前の時の舟よりは速度が出ている。

 時々、舵は北東に向けられ、大雑把にジグザグを描いている感じだ。

 まあ、それも東風になるまでだろうけど。

 

 雲が所々に出ているだけで、今日も快晴といってよかった。

 北側に見える滝にはもう漁船が見えない。港に引き上げていったあとだ。

 

 二つの太陽がもう真上を通り過ぎて少し傾き始めている。

 

 その時に、不意に私が呼ばれた。

 「ヴィンセント殿。船長がお呼びです!」

 

 「今、いきます」

 取り敢えず返事はしたものの、一体なんだろう。

 

 ……

 

 行ってみると、船長がお茶を用意してくれていた。

 「やあ、ここに座りたまえ。お客人」

 私はお辞儀をして、示された椅子に座った。

 「船長様。どのような、ご用件、でしょうか?」

 「いや、なんてことはない。貴女と少し雑談がしたいんだ。楽にしてくれないか」

 船長は、お茶を飲み始めた。

 「私もこの国の水運に就いて、だいぶ経つんだ。色んな荷物や人を運んできた。それに纏わる色んな話も聞いていた。だがね、貴女の様な噂話を持つ人物は初めてでね」

 そういうと船長は、面白がっているという顔つきをした。

 もう興味津々という所だろう。

 

 「私の、噂話、ですか……」

 そうなれば、もう間違いなく、マニュヨル山のテッセンだろう……。

 私は、あまり気乗りはしなかったが、おずおずと訪ねてみる事に。

 「マニュヨル山の、テッセン…… ですか?」

 

 私がそう言うと船長は破顔一笑。大笑いだった。

 「わーっはっはっはっはっ……」

 暫くの間、船長が大笑いを続けていた。

 

 「そう、(まさ)しく。正しく。この前に載せた冒険者たちも、ずっとその話だ。カサマやトドマの方の商人や宿でも聞いたが、身の丈、三フェルムほどの少女が、その身の丈に近い剣を持ち、魔物をどんどん打ち倒したというではないか。鉱山では多数の魔物をたった一人で全て斬り倒して圧倒、その挙句に、押し寄せたグラインプラの集団を一捻りで圧殺したとか。こんな冒険者の話は、大抵は話を盛り過ぎも盛り過ぎ。大ホラ吹きだ」

 船長は一気に捲し立てるかのように話した。

 

 そこで急に船長は黙ってから、私を見つめていた。

「ところが、ヴィンセント殿。貴女の場合は、その場に大勢の目撃者がいた」

 船長の目が輝き、左目を瞑った。

 

 「魔物たちの、暴走の、時の、話ですね」

 「ああ、それから、今向かってるカサマでも酒場で出る話は色々あるが、貴女の話だとガーヴケデック討伐であれの六本の剣を全て躱して、相手の足を斬り飛ばしただとか」

 少し話が違ってるな。ガーヴケデックは腕が八本だ。二本の腕は普通だが、残りの六本が手首の先が長い剣になっていた。もっとも、トドメになる直前、真司さんには二本、私に六本向けて来たのは事実だが。

 

 この話の出所は、あの時の二人に違いない。あの時にその光景を後ろで見ていた人物は二人しかいない。ラッセン副長がどこかで口を滑らせたか、それともヴァンベッカーが喋ってしまったか。二人はカサマで行われた葬儀にも出ているだろうから、そこでおそらく話してしまって、周りに広まったのだろう。

 

 「それは、事実とは、少し、違います」

 「ほお。」

 「ガーヴケデックを、討伐、したのは、白金の山下様です。私は、その時、お手伝いを、したに、過ぎません」

 「白金の二人に同行したのだね」

 「それと、ガーヴケデックは、腕が八本です。私を先に、仕留めようとした、魔物が、私に、六本の腕を、向けて来たのは、事実ですが、足は、傷つけた、だけです。その僅かに、出来た、相手の隙に、山下様が、正確に、斬り込んで、魔物を、斃しました」

 「ほほぅ。本人が討伐の大手柄を否定するのは初めて見たぞ。普通なら、ここぞとばかりに話を盛るのだがな」

 そう言って、船長は笑い始めた。

 やれやれ。酒場の酒飲み話にされているのか。まあ、こういう噂話が娯楽なのは元の世界だって変わらない。

 

 「それで、貴女の髪の毛は、魔物討伐の時だけ赤くなるのかね?」

 これは困った。

 「それは……。自分では、判りません」

 「わーっはっはっはっはっ」

 また船長が豪快に笑い飛ばす。

 

 「なるほど。なるほど。貴女の噂があれほどあっても誰も否定すらしないのは、こういう事だな」

 「どういう事、でしょう?」

 「貴女は、とても素直で正直なようだ。少なくとも嘘をついたりしてまで、自分の評判を上げよう等と考えてもいないのだろう?」

 「出来れば、目立ちたくも、ありません、でしたので」

 そういうと船長の右眉が跳ねあがった。

 

 「ま、あれだけの事をやって、目立たたない等というのは無理な相談だ。それにしても。自分から、テッセンの生まれ替わりですからと言ってやれば、貴女の注目度も抜群だ。仕事もなんだって来るだろう。それこそ名誉と栄光の中で生きられる。冒険者が皆憧れるのも、無理もない話だ」

 「出来れば、そうではない、もう少し、静かな生き方を、して行きたいのです」

 「わーっはっはっはっはっ。気に入った。貴女が大人なら、酒でも一緒に飲んで更に話をしたいところだが、そうもいかないようだ。まあ、貴女の成長が楽しみでしょうがない」

 

 船長はそういうと、部下に命じて何かを持ってこさせた。

 船の中の厨房で焼いたらしい、お菓子だった。

 部下の人は更に、船長と私のカップにお茶を追加で入れた。

 

 「碌な物もないが、部下に作らせた。食べてくれ」

 全粒粉の焼き菓子といったところだが、香ばしい匂いがしていた。

 

 この日は、東風が弱く、船員たちは日暮れまで、櫓を漕いで、東に進んだ。

 

 

 つづく

 

 トドマ支部で、これまでに得た収入の説明がされ、マリーネこと大谷のトークンにはかなりの金額が入ってきたのだった。

 そして、カサマに向かう船旅では、船長に捉ってしまい、揶揄われているのか、何なのかすらわからない。

 

 次回 船旅とカサマの街の細工屋

 船の旅は快適だった。早速カサマの街で、ギルドに行って様子を窺い、細工屋の場所も訊くのだが、そこでマリーネこと大谷は、あることを頼まれてしまう。

 

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