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159 第18章 トドマとカサマ 18ー13 自分の靴

 自分の靴を造ることになったマリーネこと大谷。

 老人は渦巻を納品しに鉱山の方へ行くのだが、老人は暫く帰らないという。

 

 159話 第18章 トドマとカサマ

 

 18ー13 自分の靴

 

 

 いつもの稽古を終えると、老人の所へ。

 今日も靴造りである。

 

 「お嬢。自分の靴も作ってみたらええ」

 「お師匠様、いいのですか?」

 「何。それも経験ぢゃよ」

 老人は軽くいうのだが、これは間違いなく試されている。

 これは暗に『儂に見せられる作品を作れ』といってるのだ。

 「分りました。作ってみます」

 覚悟を決めて自分の靴を作ってみることにする。

 老人は、よしよしという顔で私を見た後、納戸の方に行った。

 

 私は作業開始。

 まず、自分の足の大きさから。粘土でできた板の上に足跡を付けて、その大きさを計る。

 そうして作業していると、納戸から出て来た老人は、これから出かけるという。

 トドマの鉱山に、例の虫除けの香を持って行くらしい。

 二人で大きな荷車に沢山の箱を積んでいると、そこに二頭のアルパカ馬を曳いた男性がやって来た。

 荷車には大量の箱を積み込み、更には老人が飾り彫りしたテーブルとセットの椅子まで積み込んだ。

 

 「お嬢、儂は暫くは戻らんかもしれん。夕方になったら片付けて帰れ。翌日は作業したければ、儂がいなくてもやってよいぞ。よいな?」

 「はい。お師匠様。いってらっしゃいませ」

 私は小さくお辞儀で送り出した。

 老人とその男が荷車の前に取り付けた長椅子の様な板の上に座って、二頭のアルパカ馬を長い革の紐でつなぎ、ゆっくりと出ていった。

 家の横にある道を進んで、荷馬車は北の隊商道に向かった。

 

 さて、作業再開。

 靴造りは、そうそうすぐには完成しないのだし、まずは下ごしらえの部分を丁寧に行う。板の加工。革を切り出すのも、やっておく。

 ちょうどいい機会なので、ハーフブーツの様なのと、服に合わせたデザインの靴を作る。

 村で自作した靴よりも、ここで教わった靴のほうが遥かにいい物になるだろう。

 

 頭の中にデザインを思い浮かべる。

 前方はほぼ一体型で革を曲げて作り、足首の所で踵の方の革と縫い合わせる。そういう靴を造ろう。

 革を上手く曲げなければならない。さらに下の方の靴底と縫い合わせる部分は、内側に折りこむことにした。内側に折りこむと、縫うのが大変になるので革の方に先に穴をあけておく。この位置も、きちんと計算の上でなければならない。ただ均等に開けていくのではだめなのだ。曲げてやる分を考慮する必要がある。

 極めて面倒だったが、空けた穴の周りを糸でかがり縫いする。

 見えない場所なので、大雑把にやる。これは要するに穴の所から切れたりして崩壊しない様にするための、予防策だ。

 

 革を大きく曲げる場所はどうやっても、下の縫う部分は皴になるのでそこは折り込む。

 爪先を出来るだけ丸く作りたいのだ。

 革を染めるのもやっておこう。かなり濃い茶色に染めておく。

 出来上がりはこの色になる。

 

 ハーフブーツの方も同時に進めておく。脛の下の所くらいまでの長さになるようにする。元の世界のレインシューズを思い浮かべる。

 やや先端が尖った靴。革は足首のかなり上までを覆う形だ。

 靴底の形を決めて板を数枚切り出し、やや反るように4枚の板を縛って型に合わせて、更に縛る。で、水につける。

 革の方も切り出す。つま先部分を一体型で作り、足の甲の部分とつなぐ。あとは踵のほうは上に長く革が必要になる。その部分も計算して、革を切る。

 

 そうしているうちに、夕方になった。いった通り、老人は帰ってこない。向こうに泊まってくるのだろうか。

 縛った材料などはそのままにして、染め桶に入れた革は取り出して水で洗い、また漬け込む。

 道具を片付けて、この日は家に帰った。

 

 翌日。

 何時もの鍛錬を終えて、老人の家の作業場へ。

 靴造り再開。

 革を染め桶から取り出して、水で洗い、再び漬け込む。

 水に入れた板はまだ、このまま。そうするとやる事が無い。

 何か作ろう。

 

 ……

 

 そうだ。蝶番だ。老人は造り貯めておけといっていた。

 とはいえ、本来は作る物の大きさに蝶番の大きさも合わせる。

 というか。その時必要になる蝶番の強度や、対象物の大きさによって蝶番を選ぶのが普通なのだ。蝶番の厚さや素材の関係もある。

 

 うーん。老人の作業小屋の材料を勝手に使っていい物なのか、迷う。

 まあ、それ程たくさん使う訳でもないから、ここにある銅板を一枚頂いて、造る事にしよう。

 

 私は蝶番を造る事に専念した。今回も、蝶番に彫刻は施さずにおいた。

 それと留め金を造る事にする。閉じておくのにどういう形で留めればいいのか、そこを考える必要がある。

 上から留め金部分を降ろすと、丁度そこに金属の突起があって、それが降ろす側の板に空いた穴に嵌まるというのが、一般的だな。

 金属の突起は尖っていると危険なので、先端は丸めておく必要がある。

 そんなこんなで、蝶番二つに付き、留め金の上になる部分と下の突起部分で一つ。これをワンセットにして、いくつかセットを作るのだ。

 

 数個作っていると、もう夕方だった。道具を片付けて帰る。

 老人はいつ戻るのだろうか。

 

 翌日。

 

 老人はまだ戻ってこないようだ。

 革を染め桶から取り出して、水で洗い、陰干しする。

 さて、靴の底板の方も、まだ水桶に漬け込んだままだ。

 蝶番の製作を続行する。

 

 銅の板で作っているから、最終的に装飾が必要なら、そのまま彫金してもいいし、錫を盛り付けて彫金してもいい。

 なので、制作時はシンプルに板のままとした。

 

 翌日。

 まだ、老人は戻らない。

 靴の板を水桶から取り出して干す。紐で縛ったままだ。

 

 そして蝶番の制作を続行。

 また数個作る。

 

 そうして、暫くの日々は、蝶番を作りつつ、靴の制作が続いた。

 

 老人が荷物を持って出ていってから六日。

 

 靴の製作は、いよいよ板の貼り合わせと縫製に入る。

 板を膠で貼り合わせ、横を樹脂で防水する。

 踵の方は、板を何枚も重ねていき、ややヒールを作る。

 最後は板の木目方向が靴に対して横になるようにした。

 

 そして革を縫う。板に空いている穴に紐を通し、革を固定していく。

 いよいよ自分の靴を作り上げていく。

 横の部分も革を縫い、甲の部分と合わせて縫い、踵の後ろ部分も仕上げてから、一度試しに両方を履いてみる。

 当たるところはあるか? 大きさは丁度いいのか。

 

 問題ない。若干横が広いのだが、これは予定通り。足は朝と夕方では大きさが変わる。夕方のほうが少し足が大きくなる。

 この僅かな余裕がある横幅で吸収できるだろう。これできついようなら、足が浮腫(むく)んでいること意味する。

 

 さて、足にはあっているようなので、革の固定を確かめる。

 

 ここでこの日は終わり。

 

 翌日。

 

 靴底は中敷きの代わりに薄い皮を貼るのだが、この革はやや白い物を選び、木槌で徹底的に叩いた。ペラペラの状態になるまで叩いてから、薄く樹脂を塗って、底に貼り付ける。これをもう一枚、上に貼る。

 

 最後にもう1度、靴の裏側に板を貼る。これは横方向と縦方向で出来上がった板を二枚重ね。樹脂で接着して乾燥。

 これでほぼ完成。

 あとは獣脂を染み込ませた布で、丹念に拭いていく。獣脂が沢山ついてしまうと、そこは染みになるので、あくまでも控えめに。しっかり全体に脂が乗るように磨いていくと、光沢も出て防水にも役立つ。

 レディスローファーのような、先が完全に尖ってもいないが丸くもない茶色の靴が完成。

 靴先を一体型にしているので、もう少し尖らせても良かったのだが、私が履く靴であるので、見てくれはそこそこで、実用性の方をやや重視したのだった。

 

 この日はこれで終わり。

 

 家に戻ると流石に肉がもうない。狩りにも行っていないからだが。

 村の人に事情を話して、猪の様な獣の肉をだいぶ分けて貰った。

 これを一部切り出して塩抜きしてから、魚醤を使っての肉鍋である。

 小麦のような粉から造る、無醗酵パンも焼く。

 

 二人は、もうだいぶ具合もよさそうだ。

 この分なら、あと数日で元通りになるのだろう。

 

 

 翌日。

 

 さて、ハーフブーツだ。

 老人はまだ帰ってこない。この国の一週間になる六日を越え、もう八日になるのに帰ってこないのだから、更に時間はかかるのだろうか。一体何処へ行って何をしているのだろう。

 まあ、私はこのブーツを完成させるまでだ。

 靴底はもう出来ているので、革の方だ。

 

 ブーツが履きやすい、脱ぎやすいを考慮するならジッパーが欲しいのだが、そんな物は無い。

 昔のブーツは紐の編み上げで、履くのはともかく、脱ぐのはやや面倒だった。

 そこで、前ではなく足首側面の革に切り込みを入れ、そこに折りたたんだ革を縫い付けて、紐の編み上げで足に固定するのを考えた。両足とも、外側になるほうにそれを付ける。

 そうなると、革に穴をあけ、そこをかがり縫い。穴を補強していく。

 

 この作業は本当に面倒で、両足に三日かかった。

 

 革の縫い付けもかなり面倒である。穴の外側になる部分、紐が渡される側というのか、この部分は革も縁をすべてかがっておく。Vの字で広がる様に、下の方を縫い留め、側面に沿わせて上に縫い、折り曲がる部分は、かなり癖を付けてやる。

 先にやっておくべきだった。

 この縫い上げに更に三日。

 

 脛の方に近い所まで革が来ているのだが、この部分に外側に折れ込んで、襟の様になる様作ってみた。

 ここで一度、試しに履いてみる。とはいっても靴底はないのだが。

 取り敢えず、足にあっているかどうかを確かめる。

 修正は必要なさそうだった。

 

 まだ老人は戻らない。

 本当に、どうしたのだろう。

 

 

 翌日。

 ブーツの方は、この時点でようやく靴底と合体させて太い革紐で縫いあげていく。

 出来上がってきたら、靴底にもう一度板を貼る。踵もしっかり造る。

 樹脂で接着し、防水も兼ねて彼方此方、樹脂を塗っておく。

 これに二日。

 

 乾燥したら、靴の中敷きも造って、底に二重で貼り付ける。

 ここで履いてみるが、問題ない。靴底が硬いのだが、合板なのでそこは合成ゴムと比べてはいけないのだ。

 両足とも紐を通して編み上げて蝶結びで完成。

 

 ああ、忘れていた。

 靴底には滑り止めの模様を彫り込んでいく。横方向にジグザグになる模様をいれ、靴の先端は、横に筋彫り。踵の方も半分ジグザグにして、後ろは横に筋彫り。

 両足とも、模様が一致するように、慎重に彫った。

 

 とうとうブーツの方も出来た。

 

 老人が出ていって一八日目。

 ブーツを獣脂の布で丹念に磨いていると、昼過ぎに老人が馬車で戻って来た。荷馬車には箱が一杯乗っていた。しかしこれは、あの渦巻の虫除けを入れていた箱だ。

 

 「おかえりなさい。お師匠様」

 私はお辞儀で出迎える。

 「戻ったぞ、お嬢。何事も無かったか?」

 「はい。ずっと、靴を、作っていましたが、特に、変わったことは、ありませんでした」

 「そかそか。で。靴は出来たか?」

 「はい」

 私は作った作品を老人の前に差し出した。

 「この二つじゃな」

 そういうと老人は私の作った靴を丹念に見始めた。靴を見つめる老人の目が細い。縫い目を確認している。

 老人は私の作ったハーフブーツも見始めたが無言だ。

 「……」

 老人は裏にして靴底を眺め、それから暫くしてから横も見た。

 

 ……

 

 老人の目に叶わないのか、それとも叶ったのか。

 

 「よろしい。この出来栄えを他人の靴でも出来ればいいのぢゃ。二週間で造り、最初の一週が終わった所で、客の足に仮合わせすればええ。問題は、これがすぐ壊れないかどうかぢゃな」

 「強度は、まだ、確認して、いませんでした」

 「履いて普段使いしながら、確認すればええ」

 「分かりました」

 この、底の固い靴をずっと履くのも修行なのだろうか。

 たぶんこういう靴は歩き方すら、靴に合わせないといけないのだ。靴の変形が限られており、大きくは変形しないから、元の世界にいた時のような歩き方では、たちまち壊れるだろう。

 

 足の指の根元部分が曲がってくれないと、たぶん転ぶ。

 なので歩くのに足を踵からではなく、爪先から軽く上げて意識してやや踵の方から降ろすような歩き方になる。走れないかもしれないな。

 それで、街で見た質素な姿の人々はもっとずっと粗末には見えるものの、柔らかい構造の靴を履いていたのだ。

 元の世界の靴底に使う、『底ベンズ(※末尾に雑学有り)』はこの世界には無いのだろうか。

 

 「お師匠様。もう少し、柔らかい、靴底の、靴は、どの様に、造るのでしょう?」

 「どうした? お嬢。こういう靴を買いにくる客は金を持っとる客ぢゃて。そういう客は、柔らかい物は履かんぞ」

 

 「自分の、ためです。お師匠様」

 

 老人は暫く私を見つめていたが、小さく息を吐いて納戸に向かった。

 

 暫くして、老人は納戸からやや古びた靴を持ってきた。

 埃塗れの靴は、暫くどころか相当の間、使われていないのは明らかだった。

 「随分と、古く、見えます」

 「ああ、これは儂が若い頃に履いていた物ぢゃから、相当昔ぢゃな」

 「お師匠様の?」

 老人はふっと目を眇めた。

 「このように造るとあまり長持ちはせん。柔らかく造れば、それだけ早く痛む。お嬢がどうしてもというのなら、これを見て造ればええ」

 老人が差し出した靴を受け取って、まずは観察。

 

 靴底は、鞣し革か。見極める。

 街で見た、粗末な靴とは決定的に違うのが、この靴底だ。街の人々のあの粗末な靴は靴底が、一般的な皮に包んだ樹皮だった。たぶんすり減るたびに頻繁に直すのだろう。

 この靴は堅い鞣し革を何枚も重ねている。

 たぶん、一枚ではすぐに傷むのだ。靴底の土と接する部分はすり減りやすい。

 そこに一部を革、一部を布で構成した靴の上のを被せた形になっている。

 この柔らかさで、爪先の自由度を確保しているのに違いない。

 変形してもすぐには破綻しない、柔らかい靴底。爪先と踵周りには革が用いられているが、他の部分をやや厚い布で構成。

 ここを全部革にしない理由。重量を軽くする効果もあるのだろうか。

 

 「お師匠様。ここに、布を使う、理由は、軽さの、為ですか?」

 「まあ、それもある。しかし、素早く動きたいから、こういうのを履くのじゃ。革よりは布のほうが足についてくるというか。足の裏は変形が大きいからのぅ。全てを革にすると痛みが早いのぢゃ。それで解るか?」

 「解ります。作ってみます」

 「材料はどうするのぢゃ」

 「お師匠様。鞣した、革に、脂を塗る、前の物は、あります、でしょうか」

 「ほう。仕上げてない革もあるが、お嬢の使いたい厚さかどうかは、分からん。まあ好きに使うがいいぢゃろ。やってみるとええ」

 「ありがとうございます」

 

 よし、もう一度靴造りだ。ただ、今回のは染めないし、靴底もこの柔らかい作りだ。

 足の大きさは、先に作った二足分の靴の時に使った足形から採取する。

 

 納戸の奥に保存されていた革を全て出して来た。

 その中から革を選ぶ。一枚一枚を見極めていく。やや大きい動物の背中側の皮を鞣したかなり堅いものがあった。まだ仕上げは程されていない。革の厚さは、見極めの目によれば、ぴったり六ミリ。これが丁度よさそうだ。


 革の筋を見る。今回、靴底に使うため、伸びにくい部分が必要なのだ。背筋に沿って伸びにくいのが、動物の皮の一般知識だ。

 この大きな革がどんな動物なのかは、分からないのだが、この国では恐らくはセネカルだろう。たぶん、だが。

 尻部分から背中に掛けての腰骨と背骨のある辺りの革が一番よさそうだ。

 

自分の足裏よりはすこし大きい状態で、八枚を自分のナイフで切り出す。かなり固い革だが私のナイフなら問題はない。

 厚みのやや薄い革の方は、別の革を選び、やはり尻の方に近い部位から六枚ほど切り出した。

 

 竈に火を熾して釜の中に、大量の樹皮を入れていく。沸騰させていくとかなり濃い茶色。ここに、この樹木の木の実をハンマーで叩き割って加え、かき混ぜながら煮詰めていく。

 十分に煮詰まっているタンニン液にさらに木っ端にした樹皮を追加した。

 更に煮詰める。

 相当変な匂いのする濃い液体が出来上がった。

 ここに革を入れてかき混ぜるのだ。

 

 ここまでで、今日は終わり。

 私は、そそくさと道具を片付けて帰る。

 

 その日の夕方は、家の外に料理の匂いがした。もう千晶さんが夕食を作っていたのだ。

 

 「もう大丈夫なんですか?」

 「ええ。いつまでも寝ていると体が動かなくなってしまいそうだわ。マリー、だいぶ負担を掛けたわね」

 「いえ、私の作るような物でも、食べて元気になられたのなら、それが一番です」

 そこへ真司さんがやって来た。

 「マリー、だいぶ時間がかかったけど、またいつも通りにやるさ。それより、食料の方、だいぶ心配を掛けたかな」

 「村の人に譲って貰ったんです」

 「分かった。あとでお礼を言っておこう。それと狩りにも行かないとな」

 真司さんがそういうと、千晶さんが頷いた。

 

 久しぶりに三人で食卓を囲んで夕食だった。

 

 翌日。

 

 起きてやるのは、いつも通り。ストレッチからの柔軟体操と空手と護身術だ。

 そして、ダガーを使った格闘術と剣の稽古。槍もやる。

 明るくなってきて、日が昇るころには千晶さんが朝食を作り、三人で揃って食べる。

 

 今日の二人は、早々に森へ狩りに出かけて行った。肉の調達だ。

 私が付いていくと、ほぼ確実に魔物が出るので、それは避けたい。二人が本調子になるまでは、普通の野獣相手のほうがいいだろう。林の中の獣狩りで軽いリハビリが今のあの二人にはちょうどいい。

 

 そんな訳で私はまた、老人の所へ行く。

 

 このタンニン漬けには何日もかかるのだ。

 その間、私は老人と共に虫除けの渦巻を作成した。

 

 真司さんたちの狩りの成果は、ネズミウサギ数頭と、猪の様な野獣一頭だった。

 私も手伝って血抜き。それを縛って家の裏手の小川の水の中に吊るした。

 

 翌日の夕方には捌いて内臓を取り出した。

 

 老人の家で行う細工は、暫くの間、渦巻作りだった。

 

 そして数日後。

 

 かなりの濃いタンニン漬けで、革は十分堅いものになったはずだ。この仕上がった鞣し革を水で洗い、革を乾燥させる。

 これに一日かかるので、空いた時間は、やはり渦巻の作成である。

 

 翌日。

 乾燥が十分なら、今度はそれを堅木の板の上に置いてハンマーでかなり叩く。私の力任せである。この時点で厚さは半分程度になる。あまり叩きすぎて、堅くなりすぎても、靴底用途には向かない。

 そこに今度は脂を塗る。表面上の防水の為でもある。

 出来上がった堅い革と柔らかい薄い革とで交互に重ね、革の外周とそのかなり内側で糸を使って縫い合わせておく。

 これで、この日は終わり。

 

 翌日。

 この上に載せる革は、先に布と縫い合わせて、形を作る。

 出来上がった革と布を靴底の上に載せて、靴底周辺は先に外縁部に沿って穴をあけ、その穴を使って革紐で縫い上げていく。

 縫うのも出来上がったら、裏返してそこに膠を塗って、革を重ね貼り。柔らかい方を先に貼り、そこに堅い方を重ねた。この面が靴底になる。

 最外縁部分を、何とか糸を通して、細かく縫いあげた。これが一番大変だったかもしれない。

 そして横は樹脂を塗って固める。今回はヒールは無し。必要なら滑り止め等も後で追加で造って取り付けよう。

 

 さて、あとは樹脂が乾くのを待つだけである。

 

 その間、老人は無言で私の作業を見守っていた。

 「お嬢は、もう靴はどういうものでも造れそうぢゃな」

 私が見上げると、老人はやや厳しい顔のままだった。

 

 「お嬢。その靴は、お前さんのだけにしておくんぢゃぞ。今回使ったその厚い革は高いでな。それに加工の手間も普通の革と比べれば倍かかる。修理にも同じ革が必要になる。この辺りの街の衆らが買える値段の靴にはならん。それは覚えておけ」

「分かりました」

 「それにしても。お嬢は本当に見た物は、そのまま再現できるのぢゃな。そういう人物を、儂は過去に二度見た」

 「この国に、二人、いると、いう事ですか?」

 「さあな。一人は、第一王都にいる。今もそうか分からんが、細工ギルドの正マスターをしとる男だ」

 「もう一人の、かたは?」

 老人を見ると、老人は私から視線をそらした。

 老人の目は遠くを見る目だった。

 「もういないぞ。死んどるからな」

 老人は宙を見つめたまま、私を見ようとはしなかった。

 「……」

 老人がその先を語らないのなら、これはたぶん訊いてはいけないやつだ。

 

 ……

 

 もう夕方になっていた。今日は、これでお終い。

 「今日は、これで、帰ります」

 「ああ、家へお帰り。また明日ぢゃな」

 作った靴はまだ、乾燥中である。

 

 翌日。

 

 「おはようございます。お師匠様」

 老人は朝から、また渦巻の虫除けを造る準備の途中だった。

 

 つづく

 

 

 ───────────────────────────

 大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ 底ベンズ ─

 

 底ベンズとは、一般的に革靴の靴底専用に鞣した革の事をいう。

 タンニン(なめ)しであることが最低条件である。厚みは一般的には五ミリ。最大でも六・五ミリ。特注品で七ミリとなる。

 ベンズとは牛一頭分の皮のうち、ネック(首)、ショルダー(肩)とベリー(腹)を取り除いてお尻から背中にかけての部位で二つに割った物を示す。硬く、繊維密度が高いのが特徴である。

 靴に使うには、これをオークの樹などからとれるタンニンを用いてオーク鞣し(オークバークという)を施して硬く仕上げたものが知られているが、オーク材のタンニン液を使った鞣しはかなりの手間と鞣し時間がかかるため、大量生産には全く向かず、現在はごく一部の革製造者しか扱っていない。

 ただし、オークバークは時間を掛けて浸透するタンニン成分が革に硬さと独特のコシを与えるといわれ、この革鞣しは根強い愛好家の存在によって支えられている。

 

 タンニンによる革の鞣しについては、以前(二七話)にも説明している。

 

 湯沢の友人の雑学より

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 老人は一向に帰ってこない。

 その間に、とうとう二足の靴が完成する。

 老人が帰ってきて、靴を見せたマリーネこと大谷だが、靴底が柔らかい靴も造りたいと言って、過去に老人の造った靴を見せて貰い、それにも挑戦する。

 白金の二人もようやく普段通りとなっていた。

 

 次回 革の鎧

 

 マリーネこと大谷は革の鎧を作ってみたかった。それで老人に言って、革の鎧の作りかたを学ぶ事になった。

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