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158 第18章 トドマとカサマ 18ー12 植物の図鑑と靴造り

 マリーネこと大谷は、古物商の老人から買い取った植物図鑑の本を見て、自分の躰から臭うという、その匂いによく似た木の解説を求め、図鑑を調べていく。

 

 一方細工は、老人が靴の作り方を教えるという。

 

 158話 第18章 トドマとカサマ

 

 18ー12 植物の図鑑と靴造り

 

 

 細工を習いながら、真司さんと千晶さんの回復を待つ日々。

 植物図鑑は、毎日の夕食の後に眺めるのが日課になっていた。

 

 スッファ街のオセダールの宿で聞いた、三つの樹木がどの様な物なのか、気にはなっていた訳だ。

 しかし、千晶さんが持っていた薬草などの図鑑には、載っていないシロモノだった。

 今回は全四巻の植物図鑑がある。

 これで探そうという訳だ。

 

 まず、野草や背の低い鑑賞用の草の花などの植物は検索対象から外す。

 香木である事が分かっているので、出来るだけ対象を絞りたい。

 この図鑑も東方の学者の書いた物らしい。それを亜人の共通語に翻訳したものだというので、果たしてネペタラの木がそのままの名前で乗っているのか、そこは不安だった。

 『植物図鑑 Ⅰ』は見ていくと主として花の咲く草の図鑑なので、これは詳しく見る必要はない。『植物図鑑 Ⅱ』のほうもざっと探していくだけにとどめた。草花の方も興味はあるのだが、時間が惜しい。

 見るのは、樹木の載っている『植物図鑑 Ⅲ』からだ。

 

 一ページずつ、見ていくしかない。

 

 ……

 

 そして、とうとう、ネペタラの木を見つけた。

 『植物図鑑 Ⅲ ○熱帯植物』に分する植物の中でも、『希少な植物たち』の項目である。

 その説明を読むと、これは寄生植物だった。

 『極めて珍しい香木で、ネペタラの木は、熱帯地方の一部にのみ、生えている。これは高木に寄生する寄生植物である。この木は入手が極めて困難である。

 変わった匂いを出すとされるが、この匂いに反応できる動物たちは、極めて少数で有る。実際、『ヒト』ではその匂いは判らない。

 この寄生植物は高木の上の方に寄生し、葉っぱはかなり小さい緑色の物で、これがびっしりと軸に生える。根を高木の幹の枝に絡めて、先端は樹皮を貫いて中に到達し、寄生する木から直接栄養を受ける。

 

 木を煮て抽出した成分が、『ネペタラクトール』である。

 この成分は、抽出しても香りは強くはならない。

 抽出した成分を、クラベルスの白木に染み込ませ、火を付けると少し香りが強くなることが判っている。この匂いは一部の動物たちを狂わせるとされている。

 

 なおこの植物は六〇年に一度、灰色の花を咲かせ、胞子のような物を放出させると枯れる。

この胞子が他の高木の上の方に取りつくとまれに生えることになり、その数は少ない。

 この木の花にはネペタラクトールの香り以外にも独特の匂いを含んでいるという。

 然し、入手数が少なく未だにこの花の香りについて、詳しい事は分かっていない。』

 

 ……

 

 六〇年に一度の花、か。この世界の六〇年だからな。元の世界ならその四倍。二四〇年に一度しか咲かないのだ。随分と気が長いというか、寄生植物故に養分を蓄えて、胞子|(?)を造り出すのに時間がかかるのかも知れない。

 

 あの時、その花の匂いに似ていると、いったのだ。つまり彼女たちは、この寄生植物の花をいい状態で入手したうえで、その匂いを嗅いだことがあるのだ。

 燃やすとその匂いは一部の動物たちを狂わせる、か。

 魔物にも、その効果があるという事だろうか。

 たぶん。

 

 尤も、魔物に関しては、ほぼ全部だろうか。私の匂いに反応して出て来るのだから。

 あの樹木のお(ばば)も臭うといっていたしな。

 お風呂に入った位では消えないとなると、私の強烈な体臭なんだろうか。ワキガの匂いみたいな。あれは『アポクリン腺』から出る汗に含まれるタンパク質や糖質が常在菌により分解されて、強烈な匂いになるのだが……。それなら普通に臭うので、誰でもわかる筈。私のこの匂いはどうも違うようだ。

 

 図鑑の図を見ると花の絵は不鮮明であり、他の植物の花の絵と比べると、明らかに雑である。たぶん入手が難しいから、状態の悪い花しか入手できなかったか、想像で描いたか、どちらかだろう。

 

 さて、次だ。

 プレゴの木だ。

 

 ……

 

 これも希少な木の項目にあった。

 

 『プレゴは低木で、熱帯地方の一部と亜熱帯のごく一部に生えている香木である。他に類似する物のない特殊な香りであり、木の内部にその匂い成分を持つ。これは僅かに甘い香りを含む。

 この木は入手が難しく、希少性が高い。

 花は咲く事が無い。樹木はやや細く、赤い樹皮の表面は滑らかである。葉っぱはやや小さく赤茶色で、高木の多い場所では日光が差さず育たたない。

 また、温度と湿度もかなり必要であるために、あまり開けた場所でも育たたないという。特殊な環境を満たした場所にだけ生えている。

 地中の根っこに瘤が出来ると、この瘤から子供が増えるというような増え方をする植物である。

 この木を煮て抽出した成分が、『プレゴシントール』である。

 プレゴシントールは、動物の認知機能を曇らせるとされるが、未だによく分かっていない。』

 

 ……

 

 よく分かっていない、か。謎の匂い成分だな。

 この匂い成分も私の体臭に含まれているのか。

 尤も、影響を受けているのは動物ではなく、魔物たちだが。

 

 最後はリドミルの木だな。

 

 ……

 

 これも希少な木の項目の最後の方にあった。

 

 『リドミルは低木で、熱帯地方の一部にのみ生える香木である。

 希少な植物で、一〇年に一度花を咲かせる。

 木その物の寿命はかなり長いものと思われる。花を咲かせた後、直ぐに枯れることはない。

 花は特殊な形である。蓋が付いたような筒状の葉っぱの中に、匂いの出る液体が貯まっており、その中の中央に雌しべが浮いている形でその周りに微小な雄しべが付いている。この液体は、動物には有毒であることが分かっている。

 

 昆虫がこの匂いに誘われて、中に入ると雄しべに触れて、その花粉が雌しべに付着するが、中の液体はかなり粘度が高く、中に入った昆虫は外に出ることが出来ない。また含まれる毒によって、どんな昆虫であれ、すぐ死んでしまう。そしてこの液体によって溶かされ、この花の養分になる。つまり、種を残すための養分は、この花に引き寄せられた昆虫によって賄われるという食虫植物でもある。

 

 葉っぱは少し細長く、赤い。葉っぱには葉脈がはっきりと浮き出ている。

 赤茶色の樹木はやや太く、樹木の樹皮はかなりの凹凸と皴がある。

 温度と湿度がかなり必要な植物で、他の地方で栽培するには適さない。

 木の樹皮の内側に匂い成分があり、この木を煮て抽出した成分が『リドミシントール』である。

 正確には、樹皮の内側と内部の白木の丁度中間位に匂いを強く含む薄い層があり、この薄い層に多く含まれるが、樹皮がかなり脆く、この薄い層をきれいに剥がすのがかなり難易度が高い。

 内部の白木にもある程度は含まれており、乾燥させると独特の匂いが出て来る。

 なお、花の中の粘度が高い液体にもリドミシントールが多量に含まれているが、他に強い匂いを持つ有毒物質が含まれているために、リドミシントールとは匂いは異なっている。

 この木の葉っぱにも僅かにリドミシントールが含まれており、この葉っぱは、よく乾燥させてから細かく砕いてお湯に入れて飲用する事で、痺れ病等の一部の病に効く薬である。

 また樹皮の砕けた内側部分を乾燥させてから火に当ててよく温めて砕き、それをお湯に入れてから飲むことで、滋養強壮効果がある。一部の動物たちはこの樹皮を直接齧り、中の白木を噛んでいることが知られている』

 

 ……

 

 なるほど。樹木なのに、食虫植物でもあるのか。

 さっぱり分からん。

 さらには薬用効果があるのか。

 

 暫くの間疑問だった、三つの樹木がどんな物なのかは、凡その見当はついた。

 全て、珍しい熱帯性の樹木だという事だ。

 ネペタラがまさか、寄生植物だとは思わなかったが。

 これらはどれも貴重な香木だと思われるので、宿に来たあの女性たちは、そういう貴重な香木を嗜む事が出来るほど、王国の方からお金が出ているのだろうか。

 まあ、貴婦人の様な服を着て、あれほど沢山の香比べをやるような人たちなのだ。

 きっとそういう香木も入手の伝手が有るのだろう。

 

 ネペタラの花の匂いがする。か。

 それにしても、いったいどんな匂いなんだろう。

 自分の匂いなのに、自分では判らない。この匂いが分かるのは、この王国の女性たちと、魔物、魔獣たちだけだ。

 魔物たちは、私を餌だと思ってやってくる。これがネペタラの花の匂いに似た、私の体臭の『何か』なのだろうか。或いは食虫植物の一種、リドミルの匂いによく似た『何か』によるものなのか。やって来た魔獣たちは最初は魔物の持つ特殊な攻撃はしてこない。これがプレゴの匂いによるものなのか。いや、プレゴシントールに極めてよく似た私の体臭の効果なのか。

 まだ、そのあたりはまったく判らないままだった。

 

 ……

 

 翌日。

 

 何時もの様に起きた後はストレッチ。

 実は真司さん千晶さんには、ずっと黙っていたが、あの魔物、ラヴァデルの触手を喰らった場所は、まだ黒い痣のような内出血の痕が残っていた。

 優遇されているはずのこの体でも、まだ残っている程の内出血か。相当なダメージがあったのだろう。あの事件後に殆ど痛さを感じなかったのは、私の感覚がある程度麻痺しているのかも知れない。余りいい事では無いな。

 

 あのオブニトールの触手を横から喰らった、カレンドレ隊長は肋骨が折れて内臓に刺さり、瀕死の重傷だった。

 

 そういえば、山の警邏の人たちは、多くの隊員が鎧を着ていなかった。何人かは革製の鎧を着ていた。

 私も着ていれば、ある程度はああいう衝撃も緩和できたのだろうか。

 いや、彼らが鎧を着用しないのは、動きにくくなるのを避けているのだろう。

 そして、一度喰らえば、あの衝撃である。鎧無しで、避けることを前提に戦っているという事なのか。

 しかし、私には難易度の高い金階級の仕事があるのだ。今後は鎧が必要かもしれないな。

 

 少し溜息を吐いて、何時もの服に着替える。

 

 準備体操を終えてから、何時もの様に空手と護身術の稽古。それを終えたら、両手ダガーの格闘術。

 そして何時もの様に剣の稽古だ。

 

 ……

 

 今日は老人の家の倉庫の前に呼ばれた。

 老人の倉庫から出て来た靴は、色々な形があった。

 おそらくは老人は様々なデザインの靴を私に見せては造らせることで、私が普通に靴を作れるようにするつもりなのだ。

 

 私は元の世界の靴底を思い出した。

 たしか全体が微妙に、或いは爪先が大きく反っているのだ。

 靴の先端は横から見るとやや上に反っているし、踵の手前で靴底は僅かながら上に反っている。

 この形が履いていると快適であり、または格好よく見えるから、こうなったのだろう。それはこの異世界でもあまり変わらないと思われる。

 

 実用的なほうが好まれるだろうから、あまり踵は高くしない。もともとここの亜人たちは背が高く、踵を上げてまで背を高く見せる必要がない。

 となれば、頑丈でいて、やや靴底が(しな)る感じがいいだろう。そして、土踏まず部分を少し盛り上げる。あとは、靴の裏側は滑り止めの彫刻をする。

 

 まずは靴底作り。私の求める形になるように、底の木型を作る。

 そして、ここに膠で貼り合わせた靴底をひもで縛りつける。若干水もかけてやる。

 だが膠で貼り合わせているので、あまり水を掛けすぎると膠が剥がれてしまうのだ。これは最終的に防水の観点からも問題だ。

 それで、何も今貼り合わせなくても、形が変形してからでいいと気が付いて、紐で単に縛って桶の水に漬け込んだ。紐で縛らないと、反り方に違いが出てしまうからだ。

 使う材料は全て同時に漬けて、同時に乾かす必要がある。

 

 これを毎日、続けた。

 

 材料が反ってきたら、膠で貼り合わせる。本当は樹脂がいいような気がする。

 爪先と踵は少し板を重ねてやり、丈夫になる様にした。防水の為にも、これの横に樹脂を塗っていく。大体出来上がったら、足の裏が来る方の底には薄茶色の革を貼った。

 さて、老人のやり方では靴の爪先は一体型だ。そのほうが綺麗なのは判る。

 村で私が靴を作った時、爪先を上手く作れる自信がなくて、二つに分割したが、老人の作では、革一枚だ。

 つまりうまく曲げて、なおかつ縫えるようにしないといけない。

 爪先専用に型を作る。で、濡らした革をそこに載せて、革には四方に穴。そこに紐を通して、型の裏側で引っ張る。

 十分に変形したら、それを靴の横の革と縫い合わせていく。靴紐はない。

 取り敢えず、爪先の丸い、デッキシューズの変形の様なものが出来上がる。

 

 靴一つ作るにも、相当な時間がかかる。

 そして、オーダーメイドにせざるを得ないから、靴底を造り貯めておくことも出来ないのだ。

 まあ、これだけの手間がかかるのだから、この手合いの靴は結構高価なんだろう。

 そうじゃないと割に合わない。

 

 そういえば。以前ギルドの概要本を読んだ時に鎧も一人では見合わないから、集団で作るとか書いてあった気がする。

 靴も本来なら、靴底専門、革の加工専門、縫う専門といった形で分業したほうが、数は作れるし、恐らくはそのほうが時間的には早い。しかし、それは裁縫ギルドの方でやっていそうだ。

 細工ギルドの細工師に頼まれる靴は、あくまでも特注品。

 顧客の細かい注文に合わせた、細工師ならではの作りこみが売りなのかもしれないのだ。

 

 翌日。

 

 起きてやるのは、ストレッチからの何時もの様にルーティーンをこなす。

 そしてダガーの謎の武術らしきものをやりつつ思ったのは、相手が剣でも槍でもない場合は、どうするのが一番いいのか、そんなことを考えていた。

 それに速度は、上には上がいる。山を下りて、この国に出て来た時はあんなにも早い剣を振るう男たちがいるとは、想像すらしなかった。魔人たちの剣。

 

 それでも。

 

 剣なら何とかやりようがあるのも事実だった。

 しかし、相手が大きな槌や大きな斧だった場合は、この護身術では防げない。

 斧とか大きな槌なら、大ぶりになって、振り回した直後に大きな隙が出来る。

 その隙を狙う事で、対処できるかもしれないのだが。

 

 まずいのは、相手がそうした大物武器とか刃物ではない場合だ。

 

 例えば。この世界にあるのかは分らないが、鎖鎌に代表される、鎖武器だ。

 元の世界での日本なら、鎖分銅武器か。これは本当に使われたのかは不明だ。

 忍者の武器として物語に登場するのは読むが、実際どう使われたのかは、定かではない。

 一応、古武道にこれを使う流派が有ったらしい。

 

 西洋の場合、こういう長い鎖をつけた武器はフレイル(※末尾に雑学有り)だけである。

 ファンタジー作品でいわれているモーニングスターは、現実には違う。

 棘のついた球状の頭に柄を付けた、打撃武器である。

 

 ファンタジー作品では、この球状部分に鎖を長く付けて柄をつけた武器になっている。

 そして、これしかモーニングスターとは呼ばないらしい。

 原型となったものは、全てメイス(※末尾に雑学有り)と呼ばれている。しかし、どちらかといえばフレイルの方がファンタジーにおけるモーニングスターに近いのだ。

 

 

 まずいのは、この手の打撃武器は刃と違って止めるのが容易ではない。

 重量から生み出される慣性を威力に変換しているから、喰らったら骨が砕ける。

 メイスの頭部分が大きく、柄の部分で挟んで止められない。

 重い武器なので予備動作がやや大きいのが唯一の救いだ。

 

 これで攻撃されると、躱すしか無い。

 体格があれば金属の重い盾で止めることも考えられるが、私の体格では無理だな。

 特にフレイルはまずい。いくら見極めで躱せても、反撃の手段が乏しい。

 

 あまりやりたくは無いがダガーを投げて、顔に当てる事で相手を潰すしかないのだが、外されたら終わりだ。

 これは、この異世界にフレイルが無い事を祈るしかないのか。

 しかし、これだけ有効な武器なので、登場しないというのは考えにくい。

 

 何か、対策はあるのだろうか。

 

 しかし、こういった武器は鎧がどれくらい発達しているのか、に大きく左右される。

 

 簡単な打撃武器は、皮の鎧が発達していく過程で廃れ、剣や突き刺す槍になる。

 複合鎧を経て、板金型の鎧が出てくると、剣も槍も通じないので、再び打撃武器になる。

 剣ではない。まあ良くてランスだ。突く武器。

 そして、でかいハンマーの様な武器やフレイルが登場する。

 鎧を凹ませるなり、衝撃で転ばせる合戦になる。転ばせて、長い錐でトドメだ。

 

 フルプレートを着こんで転んだり倒れた人間は、どんなに力持ちでもすぐには起き上がれない。

 構造上、簡単に起き上がれる様に出来ていないからだ。

 特に走る馬などから落馬した場合は悲惨で、殆どの場合どちらかの足は骨折する。その為に立つことが出来ない。運が悪ければ両足を骨折だ。

 そこだけで済めば、実は軽傷である。

 

 落ち方が良くない場合、腰骨の骨折、肩の方から落ちれば、肩の骨や鎖骨も骨折。腕も動かない。場合により肋骨の一部、それは胸側とは限らない。背中側も有り得るが、骨折する。

 背中から落ちると、場合によっては首の骨が折れる。首にフルフェイスのヘルメットの重さによる衝撃がもろに掛かるのだ。簡単に脛骨が骨折することがある。

 

 柔軟な動きが出来るプレートの鎧というのは、実は分厚いフルプレートではない。

 漫画のようには、勿論行かない。物凄く重たいのだ。六〇キログラムを軽く越える。しかも曲げられる場所の可動範囲が限定的だ。

 日本の武者鎧もすべてを着こむと六〇キログラムを越えるが、あれはまだ、彼方此方が柔らかい構造になっている。

 

 そこでもう少し動きやすい様にとなると、脇の下と股間の隙間部分を大きくするので、そこを守るために下着的にチェインメイルを着こんで行く様になる。

 重量は更に増加するが、動きの自由度は上がる。このチェインメイルの下に更に、分厚いリネンの服を着こんで鎖が体に喰い込まない様にするというのが、元の世界の中世から近世の頃の様相だ。

 

 これには大金もかかるし、体力も相当必要だ。特にズボンのチェインメイルを履いて、プレートメイルの足を履く部分は、股間の自由度を上げる為、かなりの隙間を設けているのはよく見られる。これは股間の自由度が無いと馬に跨ったり、降りたりが出来ない。

 初期のころは、そうした工夫が少なく、従者二名から三名位の手助けが無いと、乗り降りもまったく出来なかった。

 

 そう考えていくと、一つの結論に突き当たる。

 馬のような優秀な移動手段がかなり豊富にないと、こういう重量のある鎧で全身を隈なく覆うというのは現実的ではない。まず戦場で十分に動けないのでは、話にすらならないからだ。

 元の世界があれほどの文明を持つに至った根幹には、実は飼いならせる『馬』がいたからだという事が近年になってから分かって来たという事実もある。

 

 実際、見てくれだけでは、勝てないのだ。

 

 とは言え、あの門番の女性達は、皮の鎧に少し鉄板の付いた複合式のアーマーだった。

 しかし、一見した限りでは、スケールアーマーではなかった。

 スケールアーマーは魚の鱗の様にびっしり鉄の板を小さく切って、リベットで取り付けるやつで、鉄板じゃない皮や木の板のバージョンもあるのだが、その場合は紐で取り付けていく。


 まあ、あの門番の鎧は裏にも鉄板か鱗状態の革とかが付いてるかもしれないな。

 と言う事はブリガンダイン(※末尾に雑学有り)か。チェインメイルは、作成にものすごい根気が必要で、時間もコストもかかる。

 

 鎧がこんな感じならば、打撃武器よりは、長い槍とか弓矢のほうが怖いという事だな。

 しかし、フレイルが存在するなら、それは戦場で猛威を振るっているかもしれない。

 ただ、フレイルは自在に操れるようになるには、かなりの修練を必要とし、間違うと自分が大怪我、周りの味方を巻き込み大怪我、とかやりかねない。

 熟練が物をいう武器なので、使う側のリスクは小さくない。

 

 メイスは、そうでもない。単純に振り回されると、反撃は難しい。

 ただ巨大なモーニングスターやモールとなると、片手では扱えないから、やりようは出てくる。大振りで振り回される為に、隙が生まれる。

 適当に一メートル前後の柄のメイスをぶんぶんやられる方が、まずいな。

 

 そこで、対処方法は相手を翻弄する動きで、相手のミスを誘う。

 メイスの場合は、重い動作の終わった直後の隙をついて、柄を折るか相手の手首とか指を切る。相手が籠手をしている場合は、突いてでも指を折る。その折るべき指は、親指か小指。

 どちらかだ。これはフレイル相手でも同じ。

 

 出来れば親指にダメージを与えたいところだ。それも指の付け根。

 強く握り込めない事でフレイルの微妙なコントロールはまったく出来なくなる。

 重いメイスは振り回して狙った場所に当てるのも容易では無い状態に。

 そして、それらを捨てて剣を握っても、まともに剣で攻撃できない。

 スッファの宿で、暗殺女の小指を折ったが、あれでも刃物を振り回せなくなる。

 

 

 攻撃方法としてはかなり地味だが。

 

 そうなると、私のやるべき訓練は、相手の隙をついて、一気に前へ出て、相手の親指を折る。或いは小指を切り飛ばすという、地味な事を想定した訓練だ。

 メイスを振り回す相手でも、その手首の位置は、メイスの先端ほどには動かないのだ。そこを見切るしかない。

 

 目を瞑って、黒服の男が短剣ではなく、メイスを振り回す様を想像する。

 自分の体が、その縦横無尽なメイスの動きを見切って躱し、踏み込んで相手の手首に、自分の両手のどちらかのダガーを突っ込むというシャドウである。

 傍目から見たら、何をやってるんだろうという動きかもしれないが。

 

 

 フレイルの様な武器への直接の対処策は、まだ思いつかない。相手のミスを見切れば、指をへし折れるかもしれないが、相手が波に乗って攻撃を続けてきている場合には、付け入る隙が無いかもしれないのだ……。

 どうすれば、鎌や分銅の様な物を振り回してくる武器に対抗できるのか。

 

 考えるんだ。

 

 右手の人差し指を眉間に当てる。

 

 ……

 

 鎖を切ることが出来れば、おそらくそれが一番いいだろう。

 いささかインチキだが、私の見極めの目で、相手の振り回す鎖の動きを見切って、鎖の一番弱い場所、それは他より脆くなっている箇所を見切って、そこを剣で切る……という、無茶な芸当。

 その一番弱い場所を、剣で一突きして破壊するのだ。

 

 恐らくこの異世界にはまだ鋼鉄がない。だから鎖も鉄で一つ一つを手で曲げて作る様な物であろう。であれば、鎖には脆い場所が必ずできる。

 そこをついて毀せれば、相手の受ける衝撃も相当なものになるはずだ。武器が無効化されるのだから。

 これもシャドウの鍛錬に取り入れていくしかなさそうだ。

 

 

 つづく

 

 

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 大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ フレイルとメイス ─

 

 フレイルとは。

 

 フレイルの登場は中国において早く、BC五〇〇年頃の戦国時代には既に戦場に登場する。

 中国では梢子棍(しょうしこん)、長いものを長梢子棍と呼ぶ。中国の伝統的な武器である。木製または金属製の棍棒を鎖や縄で二対連結させたものであり、二本の棍の長さは異なっている。長いほうの棍を持って用い、短いほうを振り回して相手に当てる武器である。

 

 二本の同じ長さの棍棒を繋げた両節棍や三本の棍棒を繋いだ三節棍等、さらに節の多い多節棍などもある。

 両節棍は日本では、映画や漫画の影響もあってヌンチャクの名称でよく知られている。


 日本ではフレイルは用いられなかったが、乳切木(ちぎりき)あるいは契木(ちぎりき)と呼ばれる、ファンタジー世界のモーニングスターに近い形のものがあり、分銅鎖などフレイルの系統である鎖物は登場している。

 実際、日本の古武道に契木術(ちぎりきじゅつ)というのが実在する。


 西洋において、鎖をつけた武器が全く存在しないわけではない。

 そのままフレイルと呼ばれる武器がある。これはAC一〇〇〇年頃になると武器として使われ始める。

 これは和名なら連接棍(れんせつこん)もしくは、連接棍棒(れんせつこんぼう)と呼ばれる武器である。

 竿の先に紐をつけて、その紐の先に短い棒を結んだ。

 竿を振って、短い棒を穀物にぶつけて脱穀した。この事から分かるように、こういう武器は穀物、米や麦を主食とする文化圏で農具から発達したのである。

 

 柄となる長い棍棒と、穀物と呼ばれる打撃部分、それらを接合する継手(つぎて)から構成され、この継手には金属が用いられる。場合により皮や紐の事もある。

 穀物と呼ばれる打撃部分の金属を一個ではなく、複数個付けるケースもある。

 穀物が棒状のものをフレイルとし、球形の穀物と長い継手をもった種類をモーニングスターと呼んで、他と区別する呼び方があり、恐らくファンタジー作品のモーニングスターはこれを指しているのであろう。

 しかしながら、この球形の穀物を持った武器が実際に使われたとする記録は存在しない。

 現存する物は全て、単なる美術品や後世に作られた模造品であるとする説が濃厚で、これらを使用したとする話と絵画は神話の英雄譚や騎士道物語だけである。物語の中でだけ成立していた武器といって良いだろう。

 

 この武器は中世において金属鎧になると剣では戦いにくくなったために、相手にぶつけて凹ませたり倒したりするのに、生み出された。

 戦場ではこういう威力の高い武器が求められていたのだ。

 

 この武器は高い打撃力を生み出すと同時に、防御しづらい攻撃となっている為に、瞬く間に戦場を席巻したが、普通の殴打用のメイスと比べて極めて扱いが難しい側面があり、操作を誤ると周囲や自分自身すら傷つける。

 特に継手を長くすれば威力はあがるが、その一方で、扱いは更に難易度が上がる。

 また、その武器としての構造上、集団での密集戦法や乱戦には不向きでもあり、結局この武器は騎兵戦に向いたパイクなどの武器が現れて行くと、戦場の主武器から外れていき、補助武器、あるいは農民の武器として使われて行く事になる。

 

 

 メイスとは。

 

 メイスの登場は古い。

 BC一二〇〇〇年頃に木や石や土器で頭部を作ったメイスが誕生し、世界中で使われている。

 メイスは殴打用の鈍器のような武器全般を指す言葉である為に、その範囲は広い。

 しかしながら革の鎧が使われるようになると、有効な打撃があたえられず武器の本流からは外れて行く。特に剣が登場すると、メイスは補助武器になっていく。

 BC三〇〇〇年頃のメソポタミアでは自然物や青銅製のメイスが一般的な武器として用いられて、その先端の形状は様々なものが開発された。

 

 しかし、武器が剣や刀、槍、弓になっていくと主流から外れる。

 重武装化が遅れた中近東やイスラム世界の方で主流となっていく。

 中国においても、この武器の歴史は古い。漢の時代に使われた記録が出てくるのだが、恐らくはもっとずっと古く、BC二〇〇〇年頃の青銅器時代まで遡るだろう。

 

 

 しかし、これが古代ギリシャ、ローマとなると、少し事情が異なる。

 古代ギリシャ人たちは斧や棍棒のような殴打武器は蛮族が持つ、極めて野蛮な武器と見なす風潮があった。

 また、あの当時は槍を持つ兵士を密集させる、ファランクスと呼ばれる重装歩兵による密集陣形が主流であり、集団が一丸となって攻撃するのが最良とされていた。

 メイスはそうした戦いには、全くといってよいほど向いていなかった。振り回すには密集隊形は大変都合が悪い。そしてすっぽ抜ければ、飛んだ方向によっては周辺の味方が大怪我をするのである。

 実際、エーゲ海近辺の文明では、一切使われていない。

 

 

 鎧が未発達な状態では、剣や槍が好まれた。

 世界的に見ても打撃武器が重要視され始めるのは中世に入ってから暫くしての事である。

 中世から近世に入ってプレートメイルの重装騎士を倒すのに、更に使われるようになり、馬に乗った相手を倒す歩兵が一メートルを軽く越える、場合によっては二メートルもの長さの柄がついたメイスを騎士にぶつける事もごく普通だったと伝う。

 

 騎士たちも剣が高価だったこともあり、メイスが好まれたという。

 そして、両手用のメイスは、頭部に棘や突起がついているかどうかにかかわらず、モールと呼ばれることがあった。

 この武器の威力は凄まじく、かなり容易にプレートメイルを着こんだ騎士を殴り倒す事が出来た為に、これだけを持った、かなりゆったりとした隊形の戦闘部隊も出現する。

 

 戦場で重装騎兵たちに恐れられたと伝う。

 

 

 さて、メイスも建前では、僧侶が血を流すことを禁ずる。とかいう戒律が出来て、血を流さずに相手を戒めることが出来る武器として使われた。などとされている。

 棘のない、刃のついていないメイスが僧侶によって使われ、相手の血を流さずに撲殺した等とかいうのだが、これも実態も本音もまったく違う。

 

 本音からいえば、僧侶が戦いに明け暮れて、政治問題に絡んだり、本来の神を敬う儀式を忘れたり、教会で祈りを捧げたり、信者を増やすために説法したりする活動を、全て蔑ろにしている現状を改めようとしたもので、これによって戦場で戦うのではなく、教会に戻りなさいというものだった。

 

 しかし、そんな教会の建前も本音も何処へやら。僧侶達も戦場でごく普通に剣と斧で相手を斬り殺していたという現実がある。こういうのは洋の東西を問わない。

 

 そんなメイスも銃の登場によって、鉄製の重い鎧が姿を消していくと、メイスも廃れていき、再び刀剣のほうにスポットライトが当たるようになる。

 

 

 しかし、完全に消えた訳ではない。

 戦争用の武器という範疇を外れれば警棒として警察や警備員が幅広く持っている装備で、現代にも息づいているのである。

 

 武器にも、栄枯盛衰があるのだ。

 

 湯沢の友人の雑学より。

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 大谷龍造の雑学ノート 豆知識 ─ ブリガンダイン ─


 ブリガンダインは、山賊や追いはぎを意味するブリガンドが由来だとする通説が長い間、流布していた。

 

 様々な俗説があるが、ブリガンドとは本来『歩兵』を表す言葉である。

 つまり歩兵の着る『兵士の鎧』、というのがブリガンダインの意味である。

 わざわざ、歩兵としたのは、馬に乗らない兵が身に着けた事から来ている。

 しかし、馬に乗る騎士も軽装を好む者たちはブリガンダインを愛用した。

 それはプレートメイルが作られるようになった後も、続いた。

 

 構造は、キャンバス地の布か革を布に見立てて、それをベスト状にするが、殆どの場合、後ろで皮などの紐で縛るようにして着用するので前部分と脇の下、背中半分、という形で左右対称形で作られる。

 そして、この布地裏側に横長の長方形の金属をリベット止めして作成される。

 この鉄板の長さ、角度などにより、着心地や動きやすさも、まるで違ってくる。

 ここに職人の腕の差が大きく表れた。

 ベスト状態だけだと腕が守れないのだが、ここは時代や地方により異なる。

 腕を守る部分をショルダーアーマーとして別にする場合と、ベストではなく、袖を作るケースがある。袖といっても、二の腕までとなる。

 どちらのケースでも、肘より下は別体とした複合アーマーで覆ってあるのが普通である。

 

 前垂れが、首のところから真っすぐ垂れるようにしてある物等も存在しているが、装飾的な意味合いが大きい。

 下半身は、横は下に垂れる形状の長い布を金属を細かく貼って造り、それを左右につけて革の紐で固定した。前垂れは大体は短い。首のところから垂らしている場合は、かなり長いものが多い。

 騎士が用いる鎧には、豪華な装飾や金箔を施したものなども作られている。

 この鎧の加工には、簡素な物からかなり手の込んだものまで、幅が広い加工が可能であった。


 後ろで縛って着る構造のために、一人では着用出来ない物も多くあり、着るのも脱ぐのも他の人の手が必要だった。

 勿論プレートメイル等は二、三人掛かりというのも普通なので、別段珍しい話ではない。


 この鎧の下にはクロースアーマーとして丈夫な布で作られた服を着た。

 厚手のリネンの服、つまり帆布だ。

 この帆布の服の上に、更に帆布に金属を付けた物を鎧としていた。

 チェインメイルが出て来ても、このブリガンダインをその上に着る形で、引き続き使われている。軽い事が大きな理由である。


 ブリガンダインの最大の長所は装着時の動きやすさである。それと同時に破損しても、チェインメイルやプレートメイルと異なり、さほど技術を労せずして修復可能という高いメンテナンス性にあった。

 この二つの長所が戦場に不可欠な鎧として高い評価を受けていた。

 また高いメンテナンス性が、そのまま耐久性の高さを持つ防具として、兵士に長く親しまれる事となったのである。

 

 なお、この鎧の製作そのものには皮革を扱う技術と縫製技術、リベット止めの金属加工技術が必要であり、金属の板を作る鍛冶と縫製と細工の技術が同時に求められた。

 このために、この鎧制作には専用の職人が存在したという。


 湯沢の友人の雑学より。

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 靴を作る日々の中、鍛錬も続ける。

 剣ではない武器で攻められた時の事を考え、シャドウの訓練に、そうした動きも盛り込んでいく。なにしろ、この異世界にはどんな武器があって、どういう敵が謎の武器を使ってくるか全く分からないからだ。

 

 次回 自分の靴

 老人は唐突に、マリーネこと大谷に自分の靴を作ってみるように勧めるのだった。

 

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