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157 第18章 トドマとカサマ 18ー10 剣聖と龍の本

 マリーネこと大谷は襲ってきた男の死体を調べあげていく。

 三人の亜人たちは、全て種族自体が違っているようだった。

 

 157話 第18章 トドマとカサマ

 

 18ー10 剣聖と龍の本

 

 取り敢えず、この連中の死体は片付けたほうがいいな。

 「真司さんたちは、先に、戻っていて、下さい。私は、ここを、片付けます」

 「判った。マリーもすぐ戻ってくれよ。さっきの連中がまた来ないとも限らないからな」

 真司さんが、何時もなら千晶さんが肩から下げている箱を肩に下げて持ち、互いの体を支え合って歩き出した。

 

 ……

 

 二人が去った後、松明の侘しい灯りの中、私とこの剣聖を名乗る男だけが残った。

 

 「何をしようというのかな?」

 「この、男たちの、素顔を、見ます。誰か近くで、聞いて、いそうな、気配は、ありますか?」

 「一応、私の探索から逃れられる人はいないけどね。辺り一帯、怪しいのはいないな」

 剣聖とかいって、真司さんも信じている様だが、私の第六感は一番怪しいのは()()()だといっている。尤も、それを口にする訳には行かない。

 

 私は斬られている男の傷から、まず確認する。深い傷だ。

 いや、傷なんていう生易しいモノじゃない。背骨が断ち切られている。

 側面やや薄い鎧部分の、丁度前後の繋ぎ目の所が開いていて、そこから刃が入って、バッサリと背骨を切断しているのだ。それで、鎧の背中部分の下になるほうが、大きく破損し切断されていた。横から切ったのか。

 

 男の覆面のような頭巾のような物を剥ぎ取る。しかし、頭巾の下は包帯で顔を巻いていた。

 ミイラの様に。どういう事だ。

 顔にふた目と見られぬ、醜い火傷痕でもあるのだろうか。その包帯も剥ぎ取る。顔は、塵にはならなかった。魔人ではない、ということだな。

 それに死んでから少し時間も経っている。ともかく、こいつには実体があった。松明で照らして、よく顔を見る。

 

 長身の男の顔は、端正な整った顔立ち。耳はあまり長くはなく、先端が尖っていた。髪の毛は銀色といっていいのか、白髪なのか……。角はなく、肌は白かった。

 目を抉じ開け、瞳を確認すると、薄い蒼だ。やや彫りの深い顔であって、それはハンサムといって良い顔立ちだった。

 

 少し、嫉妬心が起きそうだった。いや、もう私は男でもないし、こんな異世界の暗殺者の男に嫉妬してどうする……。

 

 この男の上の鎧を剥ぎ取って、下の服を確認し、それをダガーで少し切り裂いた。

 男の胸の筋肉はかなり分厚く、発達していた。

 

 ……

 

 この隣に立っている、『剣聖』を名乗る男も、白い肌でやや朱色掛かった赤みの濃い長髪。そして尖った長い耳。整った顔立ちで、これまたイケメンといって全く問題ないハンサム野郎で、背も高い。

 なんでこういう時の男は決まって美形ばっかり出て来るんだ。私への当てつけか?

 

 もう一人の背が低い男の方を確認する。

 頭巾のような物を剥ぎ取る。包帯を解いていくと、私は少し、呻く様な声が出てしまった。

 剣聖が小さな声を上げた。私は剣聖がこの小男の顔を見て表情を一瞬変えたのを見逃さなかった。

 

 出てきた顔は、もじゃもじゃの縮れた焦げ茶色の髪の毛、丸い豚顔といっていいほど、人の顔からはかけ離れた、不細工な顔は彼方此方、傷痕だらけ。

 丸くやや突き出た平たい鼻から少し血が出ていたが、その血は濃い緑色だ。

 私は、髪の毛を掴んで額を確かめたが、角はないらしい。

 皮膚は、血の色のような緑ではなく、やや黒い肌色だった。

 耳はやや丸く、豚のような耳ではない。尖ってもいなかった。

 

 一目見るだけで判る事がある。それはこの二人は人種というより、種族そのものが、全く異なる。

 

 ダガーを使って、この小男の腕の部分の服を切り裂いて、二の腕の筋肉を切り裂いた。緑色の血が飛び散った。

 

 「なにをしているのだ?」

 私は淡々と解剖を続ける。腕の次は胸、足に移って、太腿、脛。

 「解体して、食べる訳じゃ、ないわ。筋肉を、見てる」

 「何のために?」

 「色々、判るから」

 そう言いながら、太腿の筋肉組織をよく見るために、松明をかざす。

 緑色の血がかなり流れた。ダガーで筋肉組織表面の血を払った。

 見極めの目で、この緑色の血に塗れた筋肉を見る。

 

 ……

 

 「何かわかったのかね?」

 「まず一つ」

 

 淡々と答える。

 「この小男の、筋肉が、教えてくれる、事は、この二人の、体術と、あの動きは、魔法の、支援とか、何かの、道具とか、他力ぢゃない。この人たちの、筋力で、出している、ということ」

 「ほう」

 

 「もう一つ。この二人は、種族が、全く、違う」

 長身の男のズボンを切り裂いて、脛にダガーを当てて、皮膚を切り裂く。

 血はかなり鮮やかな赤い血だった。筋肉の表面を見るために、ここでも筋肉の表面にある血をダガーで払った。

 「でも、どっちも、鍛え方は、ほぼ同じ」

 そこまで喋って、剣聖という男を見上げた。

 

 「あなたほどの、武の持ち主、ならば、こういう人が、何処の、人なのか、ぐらいは、見当がつく、のでしょうね。この、小男は、近隣に、住んでいる、種族ぢゃない。北の、山の森の、奥の方にでも、住んで、いるのかしら」

 「まさか。ここから北はほぼ銀の森だ。森という名称に反して、とても広い地域だ。そこは古代からエルフ族が住んでいる。こんなグレフィーフ族があそこに行けるはずもない」

 「この、小男は、グレフィーフ族と、いうのですか」

 「ああ。半分獣、四分の一が人の血、残る四分の一が魔物の血だと言われているが、定かじゃない」

 剣聖の端正な顔が歪んで見えた。

 

 私は、足で蹴って小男を転がして、背中を見る。背中の防具の脇にある紐を切って、完全に壊れている防具を外した。背中側の大きな傷にダガーを差し込み、少し探る。

 

 剣がバッサリと背骨ごと叩き切っているのは、長身の男の方と同じだ。

 「見たこともない、鎧と、即殺の、太刀筋……」

 剣聖がずっと私を凝視している。目つきが鋭い。

 

 「背筋の、鍛え方も、尋常では、ないわね。道理で、剣が、速い訳だわ」

 「ここが、ごく普通の、鍛え方なら、あの速度は、出ない」

 「いやはや。凄いね君は。放っておくと、全て割り出して何もかも答えかねないな。ははははっ」

 それは無視した。

 

 私が倒した男の目からダガーを引き抜く。

 この男の頭巾も剥がした。やはり顔には包帯。最早目から流れ出た血液で、染まっていたが、その血は黄色でも緑色でもない。やや透明に近い薄い色の赤い血だった。

 胸の所の鎧を剥がし、下着もダガーで少し切った。

 松明で照らされたその肌の色は、蒼かった。

 「血の色が、薄い。そして、やや青い肌。この人も、種族が違う」

 「貴方が、斃した、二人と、同じ、集団なのに、全く違う」

 剣聖という男が私を覗き込んだ。

 「何か分かったのかい?」

 「この集団は、種族を、問わない、という事は、余程、選抜された、者たち、という事。この服と、この鎧は、何かの、特別な、秘密組織。漆黒の暗殺集団、という事、だけです」

 私は先に倒した、塵になった魔人の事は、あえて言わなかった。

 

 「……」

 剣聖は黙り込んだ。

 

 「鎧は、私が斃した、男の物を、頂いていきます。この鎧の、造りも、材料も、詳しく、見てみたい。少なくとも、普通の、金属じゃない、みたいだから」

 「どうぞご自由に」

 剣聖は鎧には興味なしという感じだった。

 

 持ってきたリュックに手早く、この男の損傷していない鎧一式、それは手甲や脛当て等もあったが、それらを全て詰め込みスコップを取り出した。

 私は持ってきた、この小さいスコップを使って、全力で穴を掘る。

 時間が惜しいから、全力である。とにかく一心不乱に長さ二・二メートル程で、幅二メートル、深さ五〇センチ程の穴を掘る。

 

 墓穴を掘り上げるのは、あの山の村の時以来だ。

 あの時よりは猛烈な速さで穴が掘りあがっていった。

 どれくらい時間がかかったのかは、判らない。流石にかなりの汗をかいていた。

 

 私は男たちの服を剥がした。小男も、長身のイケメンも、中肉中背の男も、みんな血だらけのまま、パンツ一丁だ。

 とはいえ、剣聖なる男が斬った二人は背骨が断ち切られているから、ほぼ腹の方だけで繋がっている。脱がすのも苦労した。

 更に苦労して三人とも穴に落とし、私はそこに降りて死体の位置を調整。穴から這い上がって、上から彼らの服と二人分の鎧を落とした。

 掘った土を被せ、すこし踏んで固める。やや土は盛り上がった状態だ。

 墓標はない。暗殺者たちに相応しい墓だろう。

 

 

 ……

 

 静かに手を合わせる。

 合掌。

 

 両目を閉じる。黙祷。

 

 「それは一体何だい?」

 「死者を、埋葬、しましたので、弔いです」

 

 「へっ? 君はそんな事をするのか? 相手は君と、あの二人を殺しに来ていたんだぞ」

 この男たちが、暗殺者の一団であることは間違いないが、その問いには答えられなかった。

 暗殺者だろうと何だろうと、ここに野ざらしというのも何か違う気がしただけだ。

 それにここは、千晶さんが薬草を摘みに来る場所でもあった。そんな場所に、此奴らの死体が転がって、腐臭を放ち、その後、骸骨が延々と残り続けるなど、あってはならないのだ。

 

 だが。

 気持ちの整理が少しつかなかった。スッファの街の外でも傭兵らしい暗殺者と対峙したが、彼らの死体は藪に突っ込んだだけだ。

 この長身のイケメンがいう通りかもしれない。『死して屍、拾う者なし』としたほうがよかったのか。

 

 ……

 

 

 「それに、君はとんでもない力持ちだな」

 これも、私は無視した。

 「終りました。戻りましょう」

 鎧を入れたリュックを背負って、そこを後にする。

 

 途中、あの塵になった魔人を斃した場所を通ったが、魔人の着ていた服も剣も其処にはなかった。引き上げた彼らが、持ち去ったのかもしれない。

 

 この胡散臭い剣聖を名乗る男と共に、真司さんたちのいる家に戻る。

 

 ……

 

 私が、剣聖を名乗る男と家に戻ると、二人は暖炉のある奥の部屋だった。

 千晶さんをベッドに寝かせ、真司さんはその横で椅子に座っていた。

 「ただいま」

 「お帰り、マリー」

 「やあ、お邪魔するよ」

 

 「剣聖スヴァン……殿。先ほどは助かりました」

 「なぁに、通りかかりさ」

 椅子に座る、スヴァンと呼ばれた男。

 「ああ、正式に名乗っておこうかな。私はスヴァンテ・ダーヴィド・オルヘスタル。剣聖とかいう称号を私に与えたのは、オルトガルトという国さ」

 「私は、マリーネ・ヴィンセントといいます」

 胸に右手を当てて、名乗り、そのまま両手でスカートを軽くつかんで、左足を軽く引く動作。服が何時もの服なので、スカートは短く、あまり様にはならない。

 

 男の顔が、一瞬表情が凍ったのは判った。この男も、たぶん……ヴィンセントという苗字に反応したのに違いない。

 

 「マリー、さっきの件だけど、あの本。あれでよかったのか?」

 「まあ、それは脇に置いておくとして、マリーネさんとやら。事情が込み入ってるようだね?」

 男は一瞬咳払いした。

 

 「最近、良くない噂が流れていてね」

 男はこっちを探るような目つきだった。

 「古代龍の封印されていたはずの禁呪が外に流れ出た、というやつさ」

 男は、右手の人差し指を右目の横に向けてこめかみを少し叩いた。

 

 息を飲む声は、千晶さんからだった。

 私は、じっとこの剣聖とやらを名乗るスヴァンという男を見つめていた。

 「だが、情報が欠落していて、あと一歩のところで発動しない。欠落している本があるらしい。それこそ、血眼でそれが探されているという訳だ」

 暫くの沈黙を破ったのは、千晶さんだった。

 

 「それが、あの本よ。『付帯則あるいは、諸規則』」

 「君はそれを知っていて、この二人を助けるために、そんな危険な本をあいつらに渡したというのかな?」

 氷のような冷ややかな目が私を真っすぐ射抜いた。

 

 私は視線を逸らした。

 「高い代償を、払うのは、彼らよ」

 「どういうことだ」

 「あの本は、確かに、発動するために、必要な、付帯事項と、色々な、制約規則。でも。……何が、起こるかは、書いてない」

 「どういう事だ。何が起こる?」

 「千晶さんと、一緒に、解読したのです。彼女に、お礼を」

 「?」

 スヴァンは疑問顔のままだ。

 「マリー……」

 「発動、させるのが、どうであれ、彼らは、代償を払う。それは、彼らの命で」

 私はスヴァンという男を真っすぐに見つめた。

 

「あれを、動かすなら、起動には、中心人物が、必要。術者とは、限らないの。そして、その、中心人物と、直接繋がった人物が。そう、直近の、血縁者の、命が、代償よ。それと、周りの人の、命もね」

 

「まさか……。マリー、残りの本も読んだの?」

 私はただ黙って頷いた。

 「『補足事項』の、ほうも、読んだわ。これは、『付帯則あるいは、諸規則』の、方には、書いてない。書いてあるのは、血縁者が、必要、というだけよ」

 

 「中心人物が、望んだものが、立ち現れた、異界の門から、呼び出せる。どんなものでも。その血縁者と、魔法陣の、周りにいる人の、死でもって、扉が開くのよ。これは『付帯則あるいは、諸規則』の、本には、書いてないわ。呼び出す、という、事象において、必要あるのは、血縁者が、必要という、事実だけ。それが、どうなろうと、それは召喚には、必要無い、情報という、事でしょう」

 

 三人とも無言だった。

 

 「古代龍の考えはまったく判らないな」

 真司さんは顔を振った。

 

 「呼び出した、ものを、異界に、帰すのは、もっと大変よ」

 「ええ。そこは知ってるわ。私も読んだから」

 千晶さんが答えた。

 

 「中心人物が、必要なのは、同じだけど…… 今度は、術を、使う人も、その周りの、人も、確実に、命を、落とす。彼らの、命を、代償にして、呼び出された、『モノ』は、門の中に、『強制』で、帰される、そうよ。この時は、魔法陣も、要らない。最初の、呼び出すほうの、本で、どう記述して、あるのか、私には、判らないけれど、ここには、省略できると、書いているわ。この時は、魔道具が、壊れるそうよ。魔法陣なしに、門を、こじ開けて、呼び出したモノを、回収して、閉じると、魔道具は、壊れる」

 

 「こんな、重要な、事が、『補足事項』、だそうよ」

 

 話を聞いていた三人が黙り込んで、しばらく時間が流れた。

 異界の門を開く魔法陣の発動に必要な代償は、命だったからだ……。

 

 ……

 

 「つまりこれは、血縁者を犠牲にしてでも呼び出したい。古代の悪魔でも呼び出すのか?」

 スヴァンと名乗る男が訊いた。

 「たぶん、魔神でも呼び出すのでしょうね。古代龍がそこまでして呼び出したいものは命をささげる気がないと、呼び出せないという事でしょう」

 千晶さんがそう言って剣聖を見ていた。

 「想像したくない話だな。魔王討伐ですら、出来ていないのに」

 真司さんが呟き、そして溜め息をついた。

 

 「そして、命を犠牲にして呼び出した後、帰す時は魔道具を持つ中心人物以外は、術を行った者たち全ての命まで犠牲か。恐ろしい。禁呪な理由(わけ)だな」

 スヴァンは溜め息をついた。

 「彼らは、あの本で、全てが、揃ったと、思い込んで、いるなら、その、代償は、血縁の、親戚か、息子か、娘の、命と、魔法陣に、いる、魔術師者たち。でも、そんな事は、想像すら、していないでしょう」

 私がそう言うと、残る三人が頷いた。

 

 「この『補足事項』は、この場で、焼きます」

 私は、暖炉の薪の上に本を置いた。

 本はゆっくりと、炎に包まれていく。

 背表紙の木が焼けていき、中の羊皮紙が燃え上がった。

 暫くすると、全てが灰になっていく。

 

 「本を焼いてしまった後で、申し訳無いのだが、血縁が薄い場合はどうなる? 発動しないとか、なのか?」

 「……」

 私は、そこは少し自信がなかった。

 

 「私が、正しく、読めて、いれば、ですが、龍語は、酷く、表現が、長い上に、時々、入り組んだ、判りにくい、文章、なんです」

 そう言うと千晶さんが頷いた。

 「そうね。何が書いてあるのか、作者が何を言いたいのか、判らなくなることが、よくあるのよ」

 

 「その場合は、呼び出そうとする、術者か、その、遠い親戚、血縁者の、どちらかが、命を、落とします。ただ、命を、落とすのが、確定ではない、みたいなんです。やっては、いけない、注意事項の、一つ、として、『補足事項』に、ありました。そして、命を、落としても、魔法陣の、発動すら、確定では、ありません」

 「……」

 スヴァンは言葉も無かった。

 

 ……

 

 暫くして、彼はようやく口を開いた。

 「つまり、誰でもいい、俺の血がつながってるなら遠い親戚でもいい、とか、父方の親戚なら誰であれ血縁者だ、という選び方をすると、どっちかが死ぬかもしれないし、発動するかどうかすら、不明という事か」

 

 私は頷いた。

 「そうなります。一番、確かなのは、伴侶と、伴侶の、親戚、以外の、特に、家族。自分の、血が、繋がった者。兄弟、姉妹か、一夫、多妻なら、子供も、沢山、いるでしょう。その、子供の、中の、一人、という、選択も、あり得ます」

 「古代龍族は、血縁と、いう事に、徹底的に、拘っている、部分が、あります。ただ、彼らの、表現が、物凄く、長いので、これくらい、しか、いえません」

 

 聞いていた三人は全員無言だった。

 

 「もう一つ、訊かせてくれ。魔道具を持つ、術の中心人物の血縁者が全員死んでいたら、どうなるんだ?」

 「そこまでは、私は読んでいなかったわ、マリー……」

 この剣聖スヴァンとやらは、鋭い処を突いて来るな。

 

 「『補足事項』には、とても、込み入った、事が、書いて、ありました。要約、すれば、呼び出した、瞬間に、その、呼び出した、中心人物が、死んで、しまう、みたい。魔道具が、壊れる、とは、書いて、いませんでした」

 そこで一旦言葉を切った。

 

 「呼び出される、ものも、一つに、限定される、そうです。例えば、軍団を、呼び出しても、術自体が、不安定で、出て来るのは、一人だけ。それも、選ぶことは、出来ずに、最初に、門に、辿り着いた、『モノ』、だけになる。という事が、書いて、ありました」

 「流石、禁呪だな。何が何でも命の代償がいるんだな……」

 真司さんが呻くように呟いた。

 

 「そして、その呼び出された得体のしれない物を、異界に帰すにも、命の代償がいるって事よね」

 千晶さんの声も暗かった。

 「他にも、細かい、事が、色々、書いて、ありましたが、これを、最後まで、読んで、なお、使いたい、人が、いると、したら、相当、この世界に、恨み、でもないと、使えない、のでは、ないかと、私は、思います」

 

 この本には、犠牲者が多すぎる。たぶんあの本を持ち帰って、発動させようとする者たちも、愚かな血を流すだろう。

 

 「それにしても、君はいったい何者なんだ?」

 「転移者、らしいのですよ、剣聖殿」

 「私たちと、同じ異世界から来たみたいなの」

 真司さんと千晶さんが答えた。

 私は答えようがなかった。

 

 「それにしては、君はこの二人とは似ていない。この世界の住人に極めて近い」

 剣聖スヴァンは、私を眺めていた。

 「誰に呼び出されたのかも判らない、転移者という事なのだね?」

 どういわれようと、私には答えようがない。

 あのやたらと薄い服の豊満な体の若い顔の天使がやった事だ。久しぶりにあの天使の若い顔が脳裏に浮かんだ。

 

 「世界の重大な規則がいつの間にか、書き換えられていたという事か」

 剣聖が独り言のように呟いた。

 「それを、言うなら、禁呪を、持ち出して、使う、人々も、そうでしょう。あんなものを、使って、『何か』を、呼び出して、しまったら、何が、起こるのか、まったく、判りません。この世界から、規則が、なくなるかも、しれません」

 私の表情が余程、暗かったのか、剣聖はそれを見て、務めて明るい表情で、喋った。

 「まあ、それについては何か手を打たないといけないな」

 

 「だいぶ長居をしたようだ。二人とも養生してくれ。私は行く所が出来たようだ。また合おう、元勇者のお二人」

 そう言い残すや否や、スヴァンの姿は消えていた。

 あの山の村に来た、貴族様のような転移術だろうか。それとも何かの魔法だろうか。

 

 ……

 

 翌日。

 

 日が昇る前に起きたら、やるのは何時もの様に、ストレッチから。

 そして、準備体操の後、空手と護身術だ。それからは剣の鍛錬。

 

 さて、二人の傷が完治するまでは、料理は私が担当する。

 朝もだいぶ回っている。急いで朝食を作る。

 

 昨日に焼いたパンがある。これを(かまど)の遠火で温め直す。

 あとはスープだ。黄色い野菜。なんだか不明だが見た目は『柿』にしか見えない。

 これを皮を剥いて中の種を捨てる。中の実の部分は、やや赤みのあるオレンジ色。

 これは甘いのかと思ったのだが、甘くはない。これを丹念にナイフでつぶして、鍋に入れる。で白い根菜。見た目はまったく大根のミニチュアだ。表面の皮を剥いて、適当に切って鍋に入れる。で水と塩少々に魚醤で味付け。

 

 あとは肉料理。燻製肉をかなり細かく刻んで、これに小麦粉っぽい粉と水で捏ねてやる。味付けに塩。燻製肉にだいぶ味はついているのだが。

 これをスキレットに獣脂をいれて焼く。焦げ目が少しついたところで、完全に焦げる前に皿に載せる。少しだけ焦げ目がついた方が、燻製肉の味を更に引き出せることを、あのトドマの鉱山の食堂で学んだからだ。

 パンと、野菜のスープと、燻製肉で作った、謎の焼き料理。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 食事中に私は話を切り出した。

 「あの、少し怪しげな剣聖を名乗る人がいたから、話せなくて黙っていた事があるんです」

 「何だい? マリー」

 「燃やした、あの『補足事項』の本の中で彼に言わなかったことがあります」

 「え?」

 驚いた顔をしていたのは千晶さんだった。

 「それは……。重要な事なのでしょうね……」

 「はい。あの魔道具なんですけど、あの本の図から見て、複製できるみたいなんです」

 「ええ?」

 二人から驚きの声が上がった。

 「どうして、あの場で、それをいわなかったの?」

 「たぶん、禁呪の魔道具は複数存在するんです。たぶん……、あの本も」

 「……」

 二人が顔を見合わせていた。

 

 「あの場でそれを言ったら、もう収拾が付かなくなりそうで、言えませんでした。『補足事項』の中で、複製した場合の取り扱いに関して、かなりごちゃごちゃと、散らかったように書かれていたんです」

 「あの本の約半分近い、魔道具についての部分ね」

 「はい。よく読むとあの部分には、魔道具をゼロから作り出す方法も記述してあったんです」

 「!」

 「そして、造ったら封印呪文を施して出来るだけ、離して置く必要があると書いてありました。特別な封印をして、使うまで解いてはいけないそうです」

 「何の理由があるんだ?」

 真司さんが、訝しげだった。

 「近いと『共鳴』してしまうそうです」

 「共鳴?」

 「それが起こると、術を使うのに、魔法陣を少し変える必要があるそうです」

 「もし、変えないと……。どうなるの?」

 千晶さんが、恐る恐るという感じで、口を挟んできた。

 「『共鳴は良くない』としか、書いていません。龍語の中ではとても珍しい表現です。どんなに長くても、冗長でも表現する彼らが、『良くない』なんてぼやかした曖昧な書き方をするのは、他の箇所には殆どありませんでした」

 「確かに……。たぶん、相当に『良くない』事なのでしょう……」

 「しかし、何がどうであれ、剣聖スヴァン殿が何かの手掛かりを掴んでくれるまでは、出来る事は何もないよ」

 真司さんは務めて明るい声だった。

 「そう、ですね……」

 私の声は、そこまで明るくは出来なかった。

 

 「私たちは、今まで通りの生活よ」

 千晶さんも、真司さんに合わせるかのように明るい声だった。

 「はい」

 私が答えると二人は笑顔だった。

 たぶん、暗くならない様に、無理にでも笑顔を作ってくれているのだ。

 

 話していたら、だいぶ冷えてしまった。

 急いで残りを平らげる。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。

 

 食事の後の片付けと皿洗いが終わったら、私は何時もの様に、村の老人の所に行くのだ。細工の修行である。

 

 老人の元で作るのは、ブーツ。今まで練習作品を四つほど作っているが、今日は女性用のブーツを造れといってきた。

 まあ、大きさの模型があるので、その足型に合わせて作るのだが。

 軽くせよ、ともいう。靴底に使う薄い板を更に自分で削って薄くし、これを膠で貼り合わせる。軽くする為には、やや薄くするしかない。それで強度を失っては元も子もない。貼り合わせる枚数が増えると、重量が増えるから、そこは難しいのだが、強度も稼がないといけない。

 金属と違って木材のほうは、叩いてどうこうというのが出来ない。

 これは何日か、掛かりそうだった。

 

 さて、夕食の支度。

 

 まずは時間のかかるパンだ。穀物の粉に、果物から作っているらしい天然酵母の液体と僅かに砂糖を入れて、それに少し水を加えて練る。

 練ってしばらく置いてから、(かまど)の近くで寝かせるのだ。

 

 この時の温度が重要だ。三七度C近辺を維持させる。私の眼で見れば温度は判る。

 温度が三五度Cまで下がったら、少しだけ火を吹いて温度を上げてやる。四〇度C以上になると酵母が死んでしまうから、温度管理がキモだ。

 膨らんで来たら、もう、これで焼いてしまう。一次発酵しかさせていないが、十分なのである。

 

 次は魚醤を使っての魚の旨味焼きとか、この干した魚の身を解して棒で叩いて、そこにやや穀物の粉を足して混ぜ合わせ、つみれを造り、スレイトンの作るやや癖の強い旨味のある魚醤を出汁に使って仕上げる、特製のつみれ汁。これはじっくりと弱火で煮ていく。

 

 野菜を入れたスープも作る。

 赤黒い根菜の皮を取って切り刻み、白っぽい根菜も小さな四角に刻んで、燻製肉を薄く切って細かく叩き、これらと水と魚醤を入れる。魚醤は、醤油の代わりだから、ケチらずやや多め。

 

 その間に肉の方。

 燻製肉にかける透明な魚醤を使ったソースを作る。穀物の粉と色のついた砂糖を加熱。これに魚醤に水、僅かに足す塩。これをスキレットで煮詰める。

 これを炙った燻製肉にたっぷりかけて、完成である。

 

 出来るだけ、エネルギーになる様な食事を取ってもらうしかない。

 

 真司さんは魚と肉多め。千晶さんにはつみれ汁。あとは、野菜のスープとパン。

 

 手を合わせる。

 「いただきます」

 

 肉のほうは、やや濃い目の味付けが、いい感じだった。

 この自作ソースも悪くない。

 二人も、ちゃんと食べてくれた。

 食が細い千晶さんのほうは、やや心配だが彼女がもう少し元気にならないと、あれこれ作っても、全ては食べられないだろう。

 

 干した魚の旨味焼きは十分いい味だ。

 つみれ汁もいけている。

 スープとパンを食べ終えて、満足した。

 

 食生活が豊かになって来たのは間違いないな。

 

 「ごちそうさまでした」

 手を合わせる。

 千晶さんの食事終了を待って、皿を下げて全て洗う。

 

 食事の後は、私は二人のいる部屋から離れた。

 私は、こういう時、ただのお邪魔虫である。

 

 自分の部屋で灯りをつけて、ベッドの横に座るが、やれる事を思い浮かばなかった。

 

 

 翌日。

 ストレッチを終えて、何時もの空手と護身術、剣の鍛錬なども終えた頃に、誰かがやって来た。

 ここに骨董商の、あの爺さんが箱馬車でやって来たのだ。

 このお爺さんとは久しぶりに会う。

 

 「小鳥遊(たかなし)殿はおられるかね?」

 私はお辞儀した。

 「小鳥遊(たかなし)様は、今は、療養中で、御座います。中に、どうぞ」

 老人の顔がやや険しくなった。

 「何があったのじゃね。確か、ヴィンセントだったな? お嬢さん」

 私は上を向いて、老人を見つめてから頷いた。

 「謎の敵に、襲われ、負傷なさいました。敵は、撃退、いたしましたが、お二人が、共に傷を、負われました」

 

 老人の足が速くなり、部屋に入っていく。

 「久しいのぅ、小鳥遊(たかなし)殿」

 「ゴルベルドさん。お久しゅう御座います。こんな姿勢で失礼します。まだきちんと起きれなくて」

 千晶さんは、上半身を起こした。

 

 彼女は、私のような体が丈夫という優遇は持ち合わせていない。さらに、どうやら、彼女は自分の体を自分の優遇の術で、一瞬で直すようなことは出来ない様だった。

 

 「西に仕入れに行ったはいいが、だいぶ足止めされてな。やむなく王都の方を経由しておったら、時間が思いのほか掛かってな。小鳥遊(たかなし)殿が以前に言っておった、図鑑をようやく入手したのぢゃ」

 

 老人が持ってきた本は、全部買い取る。

 

 老人が持ってきた本はほぼ図鑑だった。千晶さんが頼んでいたのは、薬草だけでなく、野菜の様な植物や樹木も含め、主に植物全般。これが数冊。

 私の方は、この国や周辺国の歴史の本とか、動物本。魚類の本。

 

 この中では図鑑が圧倒的に値段が高い。載せている種類が多い上に、中の絵が全て手書きによる写しだから、とんでもない時間がかかっているわけだ。

 今回は、私が全部を現金で支払うことにしよう。ジウリーロから受け取った、売上金があるのだ。

 値引きは一切せずとも支払えるだろう。

 「それでは、八冊の本のお値段はいくらになりますかしら?」

 私が訊く前に千晶さんが訊いていた

 「まあ、まとまった金額がいるのぢゃがな。小鳥遊(たかなし)殿なら、問題もあるまいて」

 そう老人がいった本の値段は以下のようになっていた。

 王国の歴史 一二リンギレ。

 周辺諸国の歴史と動向 一一リンギレ。

 動物図鑑 三二リンギレ。

 魚類図鑑 二五リンギレ。

 植物図鑑一から四、各々二五リンギレ。

 

 「合計は一八〇リンギレぢゃ」

 老人はそういって、笑みを浮かべた。さらっといってのけるが、かなりの高額。

 

 私は黙ってポーチから一リングレット硬貨を二枚取り出した。

 老人は一瞬、大きく眼を見開いたが、彼は手持の大きな革袋から、リンギレ硬貨二〇枚のお釣りを取り出して寄越した。

「ふはははは。まさかおまえさんが、硬貨で支払うとは思わなんだわ。代用通貨払いでもいいのぢゃぞ?」

 「ちょうど、手持が、ありました、ので、ドロクロさんの、お手を、煩わせる、ことは必要なき、ことと、思いました」

 横で千晶さんが目を丸くしていた。

 まあ、植物図鑑四巻だけで一リングレットだ。

 そう、元の世界の金額価値なら、これは五〇〇万に相当する。

 この異世界では、本はとんでもなく高い。

 

 制作するのにかかる時間とか、この羊皮紙の様な物の製造コストを考えると、それも致し方ないのだろうけど、もし印刷技術とか、この世界に来たら、古物商のこの老人は破産してしまうかもしれないな。ちょっとそんな事を考えた。

 

 老人は羊皮紙のようなものを取り出して、自分の名前を署名し、彼は本の代金として合計一八〇リンギレを受け取ったという事を書いた。更に私の署名を求めた。私が署名すると、それを丸めるとリボンを巻いて、そこに封印をした。

 あとで、商業ギルドに出すらしい。

 まあ、高額な取引だから、そういう書類が必要なのだろう。

 

 「それではまたな。小鳥遊(たかなし)殿、しっかり養生なされよ。お嬢さんもまた何か欲しいものがあれば、遠慮なくな」

 「それなら、東方の、国の、周辺事情とか、東方の、礼儀作法本、世界地図を、お願いします」

 「かっかっかっ。お主は変わった物を欲しがるのう。よかろう。暫し待つ事になろうが、必ず探して来てやろう」

 そう言って、老人は箱馬車に乗ると去って行った。

 

 ……

 

 さて、以前から知りたかったネペタルやプレゴの木を千晶さんの本を借りて見せて貰い探す。

 しかし、なかなか見つけることが出来ない。

 何しろ四巻セットだ。見つけ出すのには時間がかかりそうだった。

 

 

 つづく

 

 亜人を埋葬して家に戻り、古代龍の本について、語って行く事になったのだった。

 古代龍の魔法陣を使うと言う事はその周りにいる者の命を代償にするという、まさしく使用を禁じられた外法であった。

 

 次回 植物の図鑑と靴造り

 大谷は、古物商の老人から買い取った植物図鑑の本を見て、調べたいことがあった。

 マリーネこと大谷は自分の躰から臭うという、その匂いによく似た木の正体が知りたかった。

 一方細工は、老人の元で様々な靴の作り方を教えられる。


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