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155 第18章トドマとカサマ 18ー9 冤罪の後始末と細工

 ポロクワ街のジウリーロの店、セントスタッツ商会へと向かった。

 マリーネこと大谷は、ジウリーロの様子を確かめないと気が済まなかったのである。

 155話 第18章 トドマとカサマ

 

 18ー9 冤罪の後始末と細工

 

 翌日。

 起きてやるのは何時ものストレッチと空手や護身術と剣の鍛錬だ。

 何時ものように体を動かしてから、村の老人の所に行く。

 

 「お師匠様、本日は、私は、作業を、お休みさせて、頂きたく、存じます。ポロクワ市街に、行ってくる、用事が、ございます」

 そういうと、老人はふっと、笑顔だった。

 「ああ、お嬢、何か用事があるなら片付けて来るがええ。おまえさんはここで働いておる訳ぢゃないのでな」

 

 それで朝から出かけることにした。

 服を着替えて、お洒落に。赤いスカートと赤いブラウスに、赤い上着。

 ポーチにはトークンとか小さなタオルと小さな革袋に入れた硬貨。

 首には階級章。そして白いスカーフを巻いた。

 右腰には何時ものようにダガー。左にはブロードソードである。

 アンクもどきを二つとブルクのホワイトメタルの彫像を革袋に入れ、小さい方のリュックに入れた。小さいといっても大人用のリュックなので、それなりの大きさがある。その中に畳んだ皮のマントもいれておいた。雨が降った時用のものだ。

 まあ、空は晴れ渡っているので雨が降るとは思えないが。

 

 真司さんと千晶さんにも、私が外出することを告げた。

 「ああ、マリー、行ってきな。気を付けてな」

 真司さんはそういったが、心配など全くしてなさそうな顔だ。

 

 北の隊商道でポロクワに向かう馬車を待つ。

 暫く待っていると、草臥(くたび)れた顔のアルパカ馬が小さな荷車を引いて現れた。

 御者の男は、荷車の先頭に座っていた。其処だけ椅子があったのだ。

 私は呼び止めて、ポロクワに行くか聞いてみると、行くというので乗せてもらう。

 料金は勿論先に払った。四デレリンギで彼は納得した。

 

 荷馬車に積まれていたのは、多量の袋。何か土臭い匂いがするので、おそらくは大根やかぶのような根菜でも入っているのだ。

 私はその脇、汚れない様に比較的綺麗な板の所に座ろうとしたら、御者の男が、かなりぺたんこな座布団もどきを渡して寄越した。

 男が使っていた物らしいが、私が座る場所を作るのに苦慮していたので、渡して寄越したのだった。

 それを敷いて座るが、とにかくショックを和らげる機構は一切ない荷馬車である。相当に上下に揺れる。

 

 これは、本当に緩衝機構が普及しないと、御者は皆、痔になるに違いない。

 元の世界でも、そうした緩衝装置は長い間開発されなかった。紐や鎖で座席を吊り下げた懸架式の馬車が登場したのは一四世紀のことだ。板ばね式に至っては一七世紀になるまで登場しなかった。それは一六二五年にロンドンで辻馬車による乗り合いが登場した頃に登場したのだった。

 

 板ばねがこの世界に全く無いというのも考えにくいのだが、実際の所、そういう応用製品がない処を見ると、まだ合金で造り出していないのだな。

 この世界では、王都には辻馬車の様な乗合馬車があったのだが、板ばねがまだならば私が作るという手もあるのだが。

 

 洋白、つまり銅と亜鉛とニッケルを混ぜた合金を造り出せばいいのだが。

 銅を五割以上、亜鉛二割か三割に、あとはニッケルを混ぜてやれば洋銀と呼ばれる銀色に輝く金属が出来る。銀が入っている訳では無い。ニッケルのお陰で銀色に輝くのだ。そしてニッケルの割合に応じてばね性が生まれる。そして錆びにくくなる。防錆性が上がるのだ。

 亜鉛を多く入れると強度が上がる。銅が多いと展延性が上がる。つまり伸びるのだな。銅を主体とするのは(しな)やかさが必要だからだ。この配合でばねの性格や性能が決まる。これらを知っていれば、取り敢えず伸び縮みする、或いは(たわ)むばねが造れる。

 

 ……

 

 草臥れたアルパカ馬はゆっくりと街道を進み、ポロクワに向かう道に入っても、マイペースな歩みだった。

 途中の村を過ぎたあたりで、もうお昼に近い。このままでは夕方になってしまいそうだ。

 まあ、こんな日もあるか。

 空を見上げると穏やかに晴れ渡り、高空に大きな鳥が羽を広げて、ゆっくりと旋回、大きな輪を描いている。

 

 途中のモック村を出てからのアルパカ馬はやや速度を上げていた。御者もこんなペースでは昼どころか、夕方になってしまい、商いに影響があるのだろう。だいぶ振動が増えたが午前中よりはだいぶ早いペースでポロクワ街に向かった。

 

 昼もだいぶ回った時間に、やっとポロクワ街の門が見えて来た。

 荷馬車はポロクワ街の門番の所で一度止まり、それから門の中に入っていく。

 夕方まではまだかなりの時間はあるものの、完全に昼下がりである。

 荷馬車はそのまま青空市場の方に向かうので、途中で止めて貰って、降ろしてもらう。

 そこから暫く歩く。道順はうろ覚えだがなんとか、ジウリーロの店につく。

 彼は居るだろうか。

 

 「こんにちは」

 挨拶して中に入ると、ジウリーロがいた。

 

 「お久しゅうございます。セントスタッツ様。ごきげんよう」

 スカートの端を掴んで軽く持ち上げ、左足を引いて軽くお辞儀。

 

 「や、や。これは、これは、ヴィンセントお嬢様。お久しゅう。この程は、私共の商いの失敗。誠に申し訳ございませんでした。お嬢様の身にどのような事が起きたものかは、重々承知しております。如何様なお叱りも受ける所存。どうか何なりと仰って下さい」

 彼が深々と頭を下げる。

 

 「お待ちに、なって、下さい。セントスタッツ様。大量の、魔石の、処分を、頼みましたのは、この私。少しずつ、出せば、このような事は、起こりえませんでした。ですから、責められるべきは、私で、ございます。そして、手違いは、ございましたが、監査官様の、方からも、正式な、謝罪が、ございました」

 

 「今日、ここに、参りましたのは、セントスタッツ様の、御身体の方、心配しておりました。ようやく、時間が、取れまして、お見舞いに、参りまして、ございます」

 出来るだけ笑顔。営業スマイル。そして、リュックから袋を取り出す。

 「こちらの方、お見舞いの、品に、ございます。つまらない物ですが、どうか、お納め下さい」

 

 「お嬢様、そういう訳にはいきません。あれは、私の失敗。売り急ぎすぎて、王都の商会に睨まれる様な下手をしました」

 

 「そのようですね。監査官の、一人が、鞭で、拷問して、来たでしょう。体の、方は、もう、完治、なさいましたか?」

 

 「もう、すっかり。いや、ま、まさかお嬢様の身にも?」

 「いいえ。第一監査官様が、止めて下さって、私には、鞭は、ありませんでした」

 「でも、第三監査官の、あの様子では、セントスタッツ様への、暴力は、手加減も、無かったでしょうから、心配しておりました」

 

 「お嬢様……」

 

 「私は、大丈夫です。あの後、第三王都の、冒険者ギルドに、行きまして、それからは、任務で、色々、忙しく、なりまして、ここに、来るのが、だいぶ、遅くなりました」

 

 

 そう言うと、ジウリーロは奥から革の袋を二つ取り出してきた。

 「お嬢様、これが売上の全額です。お納め下さい」

 

 「いけません。セントスタッツ様。セントスタッツ様は、商人です。手数料は、取らなければ、いけませんわ」

 

 「お嬢様、これらは価値が分からないから、値段すらつけられない。申し訳ない」

 袋の中を見ると、ズオンレースの角と牙だとか他にも幾つかの牙と魔石があった。

 

 「いいのよ。売れたものが、あれば。五対五、に、しましょうか」

 「そういう訳には……」

 

 「これは商売でしょう? 今回は、不幸な、出来事も、ありました。ですけど、それと、これは、別。きちんと、手数料を、取って、いただかないと、私が、今後、この、お店に、来難くなります」

 

 「分かりました。お嬢様が其処まで仰るのであれば。今回、かなり私の勉強込みで八対二で、二割受け取らせて頂きます」

 随分と少ない額だ。これでは手数料としては少なすぎるが、彼は精一杯の誠意を見せているのだ。

 ここで、どうこう言うのは、彼のメンツを傷つけるだけだろう。

 

 「分かりました。では、それで」

 とにかく、笑顔を絶やさないようにする。

 

 今回の彼の商いは、一個が市場の五割六割で売られているので、牙なら普通は一六から一八で小売りするものを七から八といった具合である。

 売った牙や爪、魔石の数は八〇を越えていた。

 六四〇の二割で一二八をジウリーロの取り分として、残り五一二リンギレを五リングレットをリングレット硬貨で残り一二リンギレをリンギレ硬貨で受け取った。

 相当な金額だ。私の元の世界の感覚なら一リングレットは五〇〇万なのだ。この取引だけで二五六〇万ということになる……。ジウリーロの取り分が六四〇万か。

 

 ジウリーロから硬貨を受け取った。

 

 ……

 

 「良かったわ。ジウリーロさん、今後も、いい取引を、しましょう。署名は、要りますか?」

 「お手を煩わせますが、そうしていただけると助かりますよ」

 ジウリーロはそういって小さく頷いた。

 

 ジウリーロは奥に行って、羊皮紙の様な用紙を出して来た。

 ジウリーロは売り上げ代金六四〇リンギレ。手数料一二八を引いたり五一二リンギレを買い取り金額として署名の者に支払った。という事を書き込んだ。そして彼は支払者の欄に署名した。

 私は受け取り者の署名欄に自分の名前を書き入れた。マリーネ・ヴィンセント、と。

 これでよし。

 彼は手早く丸めてリボンを掛けて封印を施した。

 どうやら、この紙は、商業ギルドの方に出すらしい。

 

 「それで、それと、これは、別のこと。お見舞いの、品は、受け取って、欲しいわ」

 私が砕けた口調に変わったので、ジウリーロもそれとなく察したようだ。

 

 「お嬢さん。これは?」

 ジウリーロは、袋からアンク風の物を二つ取り出した。

 

 「私が、細工で、作ったの。まだ、練習中、なのよ」

 ジウリーロは一個を手に持つとアンクの下を握って、上にかざした。

 「これは。ジャマヤルカンド教会の御守ですな」

 「え?」

 聞いた事も無い宗教の名前が出て来た。これはやばかったのだろうか。

 

 「お嬢さんが、まさかこの宗教をご存知とは知りませんでした。これは良く出来ている。上の丸い部分が真円なのが特徴で、これは大きさも申し分無い」

 

 「すみません。余り、知らずに、作って、しまった、のです。それの、処分は、ジウリーロさんに、任せます」

 ジウリーロの右の眉が跳ね上がった。

 「飾り紐を付けるだけで、相当高価に売れる物ですよ。お嬢さん」

 「いえ、先ほども、言いましたが、私は、まだ、細工職人、じゃないので、それは、売り物では、ないんです。私から、ジウリーロさんへの、お見舞いの、品物として、差し上げる、ものです」

 そういうと、ジウリーロは小さく溜息をついた。

 「仕入れ先も無いとなると、正規に売ることも出来ませんな」

 

 「もう、一つ、有ります。ブルクを、彫った、置物です。良かったら、飾って、欲しいです」

 「こ、これは?」

 ジウリーロは木製の台が付いた鳥の置物をテーブルの上に置いた。

 それはまるで磨き上げた銀の様に輝いていた。

 

 「錫に、少し、他の金属を、混ぜて作った、ものです。銀じゃないから、高級品、ということも、ないので、何処かに、置いて、くだされば、と思って」

 ジウリーロは鳥の姿を丁寧に眺めた。

 「これ程の細かい細工物は中々お目にかかる物では……」

 「私は、まだ、細工ギルドの、資格も、無いから、これは、売り物に、出来ないんです。なので、貰って、ください。飾って、頂けると、嬉しいわ」

 「いいですとも」

 微笑顔でジウリーロは頷いた。

 

 さて、用事も済んだ。

 「私は、もう、帰ろうと、思うのですが、こんな時間に、トドマに、行く、馬車は、あるかしら?」

 そういうと、ジウリーロがカサマに行くという。

 「私はカサマの方に用事があるんですよ。港の方で一泊しますから、これから馬車を出しますので、乗っていきますか」

 「乗せて、戴けるなら」

 「では急ぎましょう」

 村の近くまで載せていってもらう事にした。

 彼は例の後ろがバンの様になっている箱馬車を出して来た。

 

 ジウリーロの箱馬車に乗って、北の隊商道に急ぐ。

 

 ……

 

 ジウリーロの箱馬車は、どんどん速度を上げて、街を出る。

 アルパカ馬は、速度を緩ませることもなく、途中のモック村を過ぎた。

 

 「ヴィンセントお嬢さんは、階級が上がったのですな」

 道すがら、唐突にジウリーロが階級の事に言及した。

 「はい。あまり、目立ちたくは、ない、のですけど」

 「もう、金の二階級ですか。随分とお早い」

 「そう、言わないで、ください。私、としては、銀でも、よかったんです」

 「最初に小鳥遊(たかなし)様といらした時は、まだ冒険者にすらなってなかったですな」

 「はい」

 「それが、あっという間に金階級とは驚きですよ」

 

 そんなこんなで雑談に応じていると、もう北の隊商道だ。

 北の隊商道に出て、右に折れ東に向かう途中で、私は下りた。もう村のすぐ近くだったからだ。

 

 丁寧に挨拶して、ジウリーロと別れる。

 「また、お会いしましょう。セントスタッツ様。ごきげんよう」

 スカートの端を掴んで、左脚を引き乍ら、右膝を僅かに折ってお辞儀。

 「ああ、それではまたお会いできるのを楽しみにしております。ヴィンセントお嬢様、ごきげんよう」

 ジウリーロは、右手を胸に当てながら、ゆっくりと直角に近い角度までお辞儀して来た。

 うーん。ジウリーロのほうが、更に丁寧な挨拶で返してきたな。

 こういう作法も、ちゃんと学ばないといけないかもしれないな。

 

 ジウリーロは、このままトドマの港に行き、一泊してカサマに行くのだ。あの馬車を預けていくのか、馬車ごと、船に乗るのかは分からないが。

 

 とりあえず、ジウリーロへの謝罪の件はこれで終了。

 

 彼がどの程度のダメージを受けたのかは判らないのだが、骨が折れて後遺症が残ったとか、顔に傷が残ったという様な事は無かったようだ。もっとも、高額な治療費を払って、怪我を治療した可能性も否定は出来ないのだが。

 あの様子では、私の事を恨んでいるとかではなく、へまをやった事を悔やんでいるようだったから、次からは第三王都での商売の仕方は、変えていくのかもしれないな。

 

 街道から歩いて、村の家に戻る。

 家に着いてから、トドマのギルドに行けばよかったと、少し後悔した。

 トークンにいくら入ったのか、それを訊くのもあったのだが、今回の売り上げの硬貨を預けるのも、やればよかった。

 まあ、次にトドマに行く時にでもやればいいか。

 

 

 そして、更に何日かが過ぎた。

 

 老人の家でホワイトメタルの錫細工で、色々作っていく。

 そうしていると今度は、銀を使って作るようにいわれた。

 銀細工で作る物は、同じく鳥だという。

 

 銀はこの国の硬貨にも使われているので、硬貨よりも混ぜ物が多い銀が用意された。だいぶ錫とニッケルが混ぜてあるのだ。錫が一割、ニッケルが三割である。

 これは、溶かして偽銀貨が作れない様にしたもの、だそうだ。

 

 ─────────

 王国の銀貨は錫を混ぜてはいない。

 主な混ぜ物はニッケルで一割から二割半である。

 これで強度をある程度出している。実際には、大銀貨、中銀貨、小銀貨で混ぜてある金属と比率は異なり、価値の高い銀貨ほど混ぜ物が少なく、小銀貨や中銀貨を溶かして大銀貨を造ったりする事は出来ない様になっている。

 混ぜてある金属と比率は秘密となっている。

 ─────────

 

 こういう銀は、王国の造幣局で特別に混ぜて出入りの商会に卸し、一般流通させているという。老人は自分が親しくしている商人から仕入れたらしい。

 

 以前に作った鳥の細工よりだいぶ小さいものを造る事になる。

 何しろ材料が少ない。

 

 羽を広げながら飛び立とうとする様子を思い浮かべ、これの大雑把な姿を木で彫って粘土で型取り。

 この型にまず錫を流し込んで、全体を見てみる。

 

 妥協せずにやれと老人はいっていたので、この木彫りの原型で妥協があってはならない。

 躍動感が足らず、躍動感を出すのにだいぶ苦労した。

 脚などは細すぎる形状では型で造れない。木型で作れる、折れてしまわないギリギリを探って行くしかない。

 何度か首が折れたり、脚が折れたり、翼が割れたり、木彫りの原型を何度も作り直した。数日はそれだけで過ぎていく。

 

 かなりの回数、作り直しを経て原型は決定。

 湯抜きを何か所かつけて、粘土の型に混ぜ物を施された銀を流し込む。

 型を割って取り出した鳥のバリを慎重に削り落として、よく磨く。

 この姿に、細かい羽根の模様などを刻む。

 首と脚が折れないか、冷や冷やものだ。

 

 流石に小さいために苦戦が続き、さらに何日もかかった。

 

 ホワイトメタルとそれ程違う訳では無いのだが、やはり銀で造った物の方は細かい彫刻が可能で、輝きも違った。

 

 ようやく出来上がって、布で鳥を磨いていると老人はそれを脇から見るや、私から取り上げてしまった。

 

 ずっとそれを見ている老人は、なにか小声で呟いていたが、聞き取れなかった。

 老人の琴線に触れたのか、それとも何か老人の機嫌を損ねたのか、私には判らなかった。

 

 暫くして、老人はそれを持ったまま家の中に入って仕舞って来てしまった。

 一体どうしたのだろうか。

 

 

 翌日。

 

 起きてやるのはストレッチから。

 空手と護身術。そしてダガーの格闘術。剣の稽古と槍の稽古もだ。

 何時ものルーティーンを終えて作業場に行く。

 

 すると、今日は老人が沢山の革を出して来た。

 「お嬢。今日は靴をやってみるのぢゃ」

 「お師匠様。靴、ですか?」

 「この王国の靴は、お前さんが履いてるような、そんな変わった物ではないでな。作り方を教えて進ぜよう」

 老人が私に靴の作り方を教えるという。珍しい事もあるものだ。細工の範疇なのだろうか?

 

 「お師匠様。靴制作は、裁縫ギルド、ではなく、細工ギルドで、作るのですか?」

 老人はふっと笑顔を見せた。

 「どちらでも作る。普通の者は服屋で靴も作って貰い、そこで買う。しかし服屋では作らん靴もある。そういう物は細工師の出番という事ぢゃな」

 「これを見よ」

 老人は、底の厚い、底板以外は革で出来た長靴を持ってきた。

 「こういう、靴は、鉱山の、警護でも、見ました」

 そういうと、老人は頷いた。

 「山仕事の連中には、普通の靴では間に合わんのぢゃな」

 そういって、老人は既に作ってあるやや短いハーフブーツのような物を見せた。

 よく観察する。靴底は合板だ。

 

 薄い板を何枚も張り合わせて、靴底を作っている。

 この薄い板の張り合わせには、(にかわ)が使われていた。

 膠は獣や魚の骨、皮、腱、腸等を水で煮て出た液を煮詰めてから、乾かして固めた物だ。元の世界でも古くから接着剤として使われていた。

 薄い板を貼り合わせて行く事でよく(しな)る合板が得られる。

 しかし、爪先のほうはやや堅めに作らないと割れてしまう。この辺り、腕の差が出るのだろう。

 

 元の世界の古代では、サンダルか、そのサンダルに革ひもを付けた物か、全体を柔らかい(なめ)し皮で作った物などが一般的だった。

 この世界では、合板で底板を作った靴を履くのか。いや、必ずしも皆がそうではないだろう。色んな町で男たちの足元を見たが、きちんとした靴を履いている人は少なかった。

 だから、たぶんこれは手の込んだ靴の場合だ。

 

 街でよく見かけた、亜人たちの靴というのは、革製だが、鞣した革の上に樹皮を煮て作った木の皮とでもいうべきものを挟んであり、その上にまた革が縫い付けてある。これが靴底になっている。

 その周りをサンダルか突っかけの様にしてある人の靴もあるが、こういう靴は、踵から足首に向けて革の紐があって、足首の上で、結んでいる。編み上げて脛のあたりまで革紐がある人たちもいる。

 

 老人が教えようという靴は、たぶん安い履き捨てる様な物ではなく、しっかりとした造りの物だろう。

 

 爪先のほうは、半円状に切った、やや硬い板を仕込んで貼り合わせる。

 踵の方も、同様に堅い板材を仕込んで何枚も貼り合わせる。

 皮は、この靴の外周で縫い込んでいくために、靴底外周には縫うための穴をあける必要もある。

 一番下の板は、この縫い付ける革ひもの分を考慮して、其処だけは板を切り欠いておく。こうすることで、革ひもが直接地面と擦れて、あっという間に擦り切れるのを防ぐわけだ。この老人、細工の芸があちこち細かい。

 薄い板を貼り合わせるのにもコツがあり、板の目を十分に考慮して、縦目と横目で交互になるように板を貼っていく。こうすることで一気に縦方向なり、横方向に割れてしまうのを防ぐのだ。

 こんな薄い板を作るほうが大変だろうと、私は思った。

 大工の方で、建材として作る板ならこんなにも薄くはしない。この板材は、たぶん特注である。

 

 老人は代表的な足のサイズの模型を持っていた。右足と左足。

 この足形で底板の大きさを、どの様にして切り出すかを学ぶ。

 

 いくつかの靴を作り、特に長靴の様なブーツの作り方を学んだ。

 これはかなりの手間がかかるので、服屋ではほぼ作らないので、細工屋に頼む人が多く、それで需要があるのだという。

 長靴は、特に靴底の内側に皮を貼るようにいわれた。履き心地の問題だろう。

 この方法は客に受けがいいので、覚えておくように、との事だった。

 あとは、靴底の裏側、地面に接する部分は、滑り止めの為、波型の模様を彫り込んだ。もっと山の方の靴なら、棘々しいブロックパターンを彫り込むべきかもしれない。そうしたら、滑りにくくなって喜ばれるだろう。

 

 ……

 

 そんな日々の中でも、私は古代龍の本の解読を続けた。

 

 一冊目の方はとっくに完全に読み切って解読した。

 手前の方の本がないのでもどかしいのだが、ほぼ書いている内容は全て読み取った。

 二冊目もだいぶ読み込んだ。複雑なため暗記するまでは行かないが、それでもかなりの回数を読み直した。

 この内容はかなり、散文的で彼方此方に飛ぶのだが、何となく書いてある事は判って来た。

 更に何度も繰り返し読み直して、頭に叩き込んでいく。

 そして、この本にはいくつかの図が書いてある。かなり詳細な図だった。

 それは、これを見て同じものを造れといわんばかりの詳細な解説付きだったのだ。

 

 

 つづく

 

 ジウリーロのほうが恐縮して、彼は売上金の全てを渡して来た。

 しかし、それではということで、八割を現金で受け取ることに。

 彼への見舞いの品物も渡し終えて、ジウリーロの馬車で村へ戻ったのであった。

 

 次回 暗転、襲われた二人

 何時もの生活の中、白金の二人は薬草摘みで川の上流へ出かけて行ったが、戻ってこない。

 マリーネこと大谷は探しに行くのだが。

 そしてそこには事件が待ち受けていた。

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