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153 第18章トドマとカサマ 18ー7 細工と龍の本

 村にいる細工の老人から、細工を習おうとするマリーネこと大谷。

 老人は、マリーネこと大谷を試す。

 153話 第18章 トドマとカサマ

 

 18ー7 細工と龍の本

 

 翌日。

 起きてやるのは、何時ものストレッチからの準備体操と空手に護身術だ。

 そして剣の鍛錬と槍の鍛錬。

 

 あの日。カサマの山で見た、二人の本気の剣の速度。

 あれを目指したいといいたい所だが、あれは流石に無理だ。

 優遇の才で繰り出されている剣の速度に、私が追い付くのはたぶん不可能。

 それともう一つ。やはり背の高さだ。二人とも背が高いが、私の背丈はどう見ても、元の世界の小学生である。

 背が伸びてくれる事を信じて、鍛錬に励むしかない。

 

 ……

 

 村では、ゆったりとした生活になる。

 真司さんたち二人は、今日は出かけて行った。

 空は晴れ渡り、いい天気だ。

 

 私は、トドマの宿営地で特別監査官がいった言葉を思い出していた。

 そう。私が職人希望だといった時に、確かに彼女はギオニール・リルドランケン殿の様にか。といったのだ。あのお爺さんの苗字が、リルドランケンだというのは、現場で聞こえていた。

 

 村のあのお爺さんをもう一度訪ねてみる価値はあるだろう。

 私は、何時もの服を着て、首には階級章、右腰にダガーを。左腰にはブロードソードの出で立ちで、家を出た。

 あの時、渦巻の虫除けを作っていた家に向かう。

 

 「お爺さん、こんにちは」

 老人は何時もの様に、庭であの渦巻を作っていた。

 「おや、こんにちは。どうしたね?」

 「リルドランケン様に、お願いが、あって、参りました」

 「様はいらんよ。お嬢ちゃん。たしか、マリーネ・ヴィンセントお嬢ぢゃな」

 私はお辞儀をした。

 

 「あの時に、鉱山の入口で魔物を斃しおった、お嬢ぢゃな、おまえさんは。それで儂の苗字も知ったのぢゃな」

 「はい」

 「あの、怖い監査官殿から、何か儂の事でも聞いたのかえ?」

 「お名前と、職人、だという、事だけです。私が、職人に、なりたいと、言った時に、ギオニール・リルドランケン殿の、様にか。と、スヴェリスコ特別監査官様は、言いました。それで、私に、才能が、あるかどうか、お爺さんに、見て、貰いたかった、のです」

 「ほお。才能があったらなんとする?」

 「特別監査官様は、私に、才能が、あるなら、何処の、ギルドにでも、紹介しようと、仰いました。私は、冒険者を、続けるよりは、職人に、なって、物を、作って、暮らしたい、のです」

 そういうと、老人は目を(すが)めて私をずっと眺めていた。

 

 「お前さんには、確かにその器用さ故の作る才能が有りそうぢゃが、器用さだけでは、物を作って暮らして行くのは、思った以上に大変ぢゃぞ?」

 「魔物と、ずっと闘うのは、いつかは、命を、落とすかも、知れません。私は、剣の道で、生きて行く、つもりは、元々、なかったんです」

 老人の眼光は、鋭い。

 

 「お前さんは、お前さんが思う以上に、トドマの鉱山でお前さんの剣の才能を見せすぎたのやもしれぬな。今や、お前さんは山神の生まれ変わりぢゃと言いよる若い衆が一杯おるよ」

 「白金の二人は、その階級がそのまま二つ名で名声なのぢゃが、あの二人の様に名声をもっと前に出していけば、お前さんは楽に生きられる。お前さんのその首の階級章が、そういっておるわ。お前さんが本気なら、白金の階級まで登りつめるぢゃろて」

 そこで老人はいったん口をつぐんだ。やや細めた目で私を見ている。

 

 「ぢゃが」

 「お前さんはそういう名声を喜んではおらぬようぢゃな?」

 私は小さく頷いた。

 老人は目を瞑って軽く溜め息をついた。

 

 「お前さんの剣の腕を想えば、勿体無いといえば勿体無い。ぢゃが、お前さんのいう様に戦っていけば、この先、いつかは命を落とすやもしれん。それは闘う者の宿命。逃れられぬ業といってよかろう。ぢゃから職人として生きたいというのも、判らぬではない」

 老人はふと視線を私から逸らした。少し遠くを見る目だった。

 

 「お前さんに、本物の才能があるのか、どうすればいいかの」

 そういいながら老人は、やおら立ち上がって一度納戸に行き、暫くして何かを持ってきた。

 それはやや大きい四角に切った木材、二つ。どちらも大きさは同じだった。

 老人は一つを手に取ると、暫く()めつ(すが)めつ眺め、一つの木材を握り直した。

 

 「よーく見ておれ」

 そういうや否や、老人は小さな彫刻刀のような刃物で、四角の木材を削り始めた。

 どんどん、木材が削られて行き、そこに一つの形が出て来た。

 私はその造形の確かさと速さに目を見張った。

 

 ……

 

 老人はいくつかの刃物を素早く持ち替え、どんどん彫っていく。老人の手は休む事も無くさらに細部を削っていき、ほぼ形が出来上がった。

 美しい木目の木彫りの像。

 そこに在ったのは、片方の前足を蹴り上げ、頭を上げて吠えるイグステラ。

 それは生き生きとした魔犬の姿だ。

 老人が、匠の技と造形の才能を持ち合わせている事は疑いようのない事実だった。

 

 「どうぢゃな、お嬢ちゃん」

 老人の額には、極度の集中を示す汗がいくらか浮いていた。

 「お見事で、言葉も、ありません」

 「儂が彫っているのをよく見たか?」

 「はい」

 「では、儂が使ったこの道具でやって見なされ」

 

 老人から、使い込まれた彫刻用の刃物が渡された。

 形の違うものが七本。

 老人はそのうち、刃が斜めになっている切り出しナイフのような物を最初に使い、あとは小さい先端だけが斜めになっている物と、丸く彫れるようにした彫刻刀が二本と先端が平らになったノミの様な彫刻刀と、溝を彫るように谷間のある彫刻刀で作り出していた。

 あと、もう一つ。それらとは別に太い針の様に尖った物があり、錐の様に使ったり、筋をつけたりする用に用意されていた。

 

 まず、老人が木材を眺めていたのは、どの様に彫るかもあるし、木材の方向もあるだろう。その結果として老人が選んだのは木目の縦を首元の先端に来るようにして、形を彫り出したのだ。木目の方向を間違うと、途中で割れたりする。

 

 木材の密度を見極める。固い木材ではない。木材としてはかなり緩い。

 彫るのには適しているだろうが、あまり細かくやり過ぎると、そこは欠けてしまうだろう。つまり、余りにも繊細な彫りこみは出来ない。故に老人は躍動感を重視したのだろうと推測した。

 頭の中に、イメージを思い浮かべる。

 私は切り出しナイフのような刃物を握って、一気に彫り始めた。

 

 ……

 

 全体を彫り出して、少し細部に取り掛かる。表面は彫刻刀痕だらけだが。

 刃物を何度か持ち替えた。

 彫り出したそれは、私が二度遭遇した、あのアジェンデルカだ。

 角は実物の印象より、やや太い感じになった。そして躍動感はほぼ無い。ただ、屹立したアジェンデルカが、やや斜めにいた私の方を向いて顔を傾けていた、あの姿を彫り出したのだ。

 

 そこで手を止めると、老人が私から刃物を取り上げた。

 「よろしい。儂に見せよ」

 彫った物を老人に手渡すと、老人は全体を眺めていた。

 

 「なるほど。なるほど。やや、粗い部分もあるがそれは慣れの問題。それよりお前さんはこれを見た事があるのぢゃな」

 「はい。トドマの山で、任務中に、一度と、カサマの山で、任務中に、一度」

 「ほう。これを二度も見るとは、お前さんはやはり、普通ではないわな。儂は話でしか、これの姿を知らぬ。お前さんが二度も見たというのなら、こういう顔なのぢゃろうな」

 「よろしい。木工の腕はある様ぢゃ。もう一つ、金属の扱いはどうぢゃな」

 

 老人はまた納戸に行き、道具と材料を持ち出した。

 それから、老人は納戸の脇にある作業小屋に向かった。

 

 「こっちゃこい。お嬢ちゃん」

 老人が呼ぶので行ってみると、そこには小さな炉があった。

 「お前さんが細工で身を立てるなら、錫を扱えなければ話にならん。錫は柔らかいが、思った形にできるかどうかはお前さん次第ぢゃな」

 「木彫りで型を作って、そこに錫を流すもよいが、やはり細かく細工するには、自分の手で彫るのが一番なのぢゃ」

 

 老人は錫の塊を手にするとこれも削り始めた。

 

 老人は錫の塊から彫り出した。それは、可憐な華だった。花弁が丁寧に彫り込まれている。

 

 私も錫の塊を削ったり彫ったりして、形を作っていく。私は老人が彫った華を同じように、見様見真似で彫り上げた。

 

 「お前さんは、あのクラカデスを作る時も、ただ見ただけで、直ぐに渦巻を造りよった。往々にして、そういう器用さは本当の物を掴まんうちに、作業を終えて完成させてしまうんぢゃ。それはな、良くない事なのぢゃ。本当はある程度は不器用に始めて、とことん納得するまで作業するようなほうが、よい」

 そう言うと老人は少しばかり考えて、再び私の方を見た。

 「しかし、お前さんにはある程度才能があるというてよかろう。暫く、この(じじ)いの所で学べるものは学べ。話はそれからぞ」

 

 これで、私は、村のこの爺さんから細工を学ぶ事になった。

 そういうと、老人は全てを片付けると、また渦巻の作成に入った。

 

 さっきの老人の話は要するに、不器用なりに愚直に作業を繰り返す事で技術を習得し、要所を疎かにせず熟達することが肝心だと言いたいのだろう。

 私はこの日は老人の手の動きをずっと観察して過ごした。

 

 

 翌日。

 起きてやるのはまずはストレッチから。

 そして柔軟体操の後の空手と護身術。剣の素振り。槍の鍛錬。

 朝のルーティーンを終えたら、直ぐに老人の家に行く。

 

 まずは木工の飾り彫り等教わって行く。こういうのは大工などの木工職人の範疇なのかと思っていたら、そうでもない様で、木工職人たちがやらない様な飾り彫りの仕事があるらしい。テーブルや椅子などに施す、かなり凝った飾り彫りをする仕事は需要があるという。

 

 

 元の世界では、木工など、本箱を造った程度しかやった事が無かったから、こういう飾り彫りは、初めての経験である。山の村にいた時に、村人の墓に十字架を建てた時に少し先端に飾り彫りもどきを施したが、この老人の細工は、勿論そんなレベルではない。

 

 ……

 

 さらに、何日かが過ぎた。

 

 老人が作っているテーブルの凝った飾り彫りを見学する。

 よく見てみる。所謂、ロココ調のような飾り彫りだ。

 

 猫足に緩いカーブのついた脚。テーブルの下についている板も全てゆったりとしたカーブを描いている。この下の板は精密な飾り彫りも施されていた。そこに茂った葉っぱのような柄が浮き彫りされているのだから、見事なものだ。後から作って貼り合わせたのではなく、これは削りだす段階でこの模様部分の大きさや厚みが計算されてあって、他を削りこんで平らにしてあるのだ。

 

 「お嬢。こっちゃこい」

 もはや、私は名前で呼ばれない。老人は私をお嬢と呼ぶ。

 「今日はこれぢゃ。わざわざ南から取り寄せたでな」

 見てみると、かなり薄い板と分厚い板や丸太がある。

 

 板は木目が縦に走っている。つまりは、かなり太い樹木を切って、縦方向で製材した訳だ。丸太は一番外側の樹皮を削り落としてすらいない。

 どれも見るからに堅そうだった。一応、見極めてみる。木の繊維の密度は高い。

 この亜熱帯に普通に生えている樹々では、こんなびっしりとした密度にはならない。もっとスカスカなのだ。

 私がいた、最初の村の周りの堅い樹木に近いか。しかし、あれほどでもない。

 

 「相当堅そうですね。お師匠様」

 そういうと、老人の顔がほころんだ。

 「見るだけで、(わか)りよるか」

 「これは、この辺りの木とは、ちごうてな。寒いところで育っておるでな。こういう木でないと出来ん事もあるのぢゃ」

 

 そういうや、薄い板を一枚掴んで、刃物で線を刻んでいく。

 老人は、例によって下絵すら書かない。

 薄い板を刃物一つで、彫り上げていくが、あっという間に絵が出来上がっていく。

 まるで版画の様に。それは、この村の外の田園風景を(かたど)ったものだった。

 

 しかし老人は、そこから更に彫り込み、向こう側に貫通していた。

 そう、老人が始めたのは透かし彫りだった。

 詰まった木目を生かしながら、その詰まった木目を一つの線と見立てて、透かし彫りを構築していく。

 相変わらず、鮮やかな手際で熟練の技としか、いいようがなかった。

 

 流石に、直ぐに見様見真似で同じものを彫るという訳には行かなかった。

 老人は私に一枚の板を寄越した。これに彫ってみよ、ということであろう。

 課題ということか。

 失敗する訳にはいかない。とはいっても気負い過ぎても駄目だろう。

 やや下手くそながら、この村の家々と周りの林の絵を何とか板に彫り込んだ。だが、透かし彫りには出来なかった。

 

 老人はそれを少しだけ見ると一言。

 「筋は悪くない」

 それだけだった。

 

 そんな感じでゆったりとした、物造りの日々が流れていく。

 

 物を作るのは楽しかった。

 

 例の虫除けのお香も作る。

 鉱山で需要がある、この渦巻の虫除けは沢山作る必要があるから、私も慣れる必要があった。

 

 老人は昔使っていたらしい古ぼけた轆轤(ろくろ)を一つ出してきて、私の前に置いた。

 椅子を自分でちょうどいい高さにして、これを作業台にしろということらしい。

 練った材料の『コモスイ』を上手く細い紐状にしながら、轆轤をゆっくり回してそこに置いていくと渦巻になる。

 数をこなして、だいぶ作る速度が上がって来た。

 

 ……

 

 そんな時間の合間を見て、例の本のうちの一つを何度も何度も読み直していた。

 この古代龍の文字は、表音文字と表意文字の組み合わせだ。

 顔のような絵文字だが、これは紋章文字に分類される、二系統の異なる文字体系が一つの文章の中に混在する文字になっている。

 

 しかしだ。元の世界の日本語だって、ひらがなやカタカナは表音文字で、漢字が表意文字だ。日本語文化の中で生きて来た私には、理解が難しいというほどではない。表意文字の意味を知れば、理解は早まった。元の世界のマヤ文明のマヤ文字は、紋章文字だが表意文字と表音文字の組み合わせで成立していることが知られている。

 

 

 読んでいくうちに朧気に判ってきたのだが、この本の内容は、どうやら呪文の補足だった。

 「マリー、この本は本当はかなり危険な内容なのよ」

 「え?」

 「これね……。色々読んでつなぎ合わせて、やっと判ったわ。禁呪の本よ」

 「ええ?」

 「禁じられている異界の門を開いて、そこから何でも取り出すことが出来る呪文とその魔法陣」

 千晶さんによれば、この本の内容は異界の門を開く、禁呪とその魔法陣だという。

 「……」

 何かの呪文だというのは判ったが、流石にそれは私の予想を越えている内容だった。

 

 「前が欠けているから、どういう呪文と魔法陣を描くのかは、判らないけれど」

 「この『付帯則』の方にある内容のほとんどは、かなり判りにくい書き方で、ぼかしてあるけど、この禁呪の発動手順の中での必須な事項が、態と後から思い出したかのように、付け足しのようにして書かれてるのよ」

 「随分と、回り道な書き方ですね」

 彼女は頷いた。

 

 「もう一つの本は、どうも魔道具の事なのよね。この禁呪には、魔道具も必須で、その使い方の注意とか、魔法陣での注意が書いてあるのよ」

 「それで、『補足事項』ですか。それにしてはずいぶん沢山の内容ですね」

 「そうみたいね。いくつか図もあるから、きっとその図は魔道具の事だと思うわ。それとね、後半の方、よく分からない部分も沢山あるのだけど、逆転の法は用いるべからず。とあるのよ。呼び出すのはいいけど、それを帰す呪は使っちゃだめ、みたいなことが書いてあるのよ」

 「どういう事でしょう」

 

 「元の場所に帰すための逆転の法は術者と魔法陣近辺の者の命を代償とするもの也とあるから、術者は確実に死んでしまうのよ。魔法陣に関わる人も、ね」

 「生贄が必要(いる)という事ですね」

 「そうね。そういう犠牲を払わないといけない魔法みたい」

 「呼び出すというか、異界の扉を開けて、何かを取り出すほうは、そういう犠牲はいらないのでしょうか?」

 「それは、もう少し詳しく読んで見ないとね。それに最初の方の本がないと、何とも言えないわ。所々で第何節のどこそこを見なさいとか書いてあるから」

 

 「それにしても……。マリーが持ってきたこの本のあった村で、この本を読めていたのかしらね。古代龍が神聖文字で綴った、禁呪の本なのよ……」

 「最初の方の本と、魔道具が無いと発動できないとはいえ、これはとんでもない魔法と魔法陣だものね」

 千晶さんは(いぶか)しげに本を眺めた。

 

 「そんなに危険な本とは思いませんでした……」

 「この本の前、最初の方の本、たぶん二冊と魔道具が何処に有るのかも問題よね。マリーがいた村で、この本は誰が持っていたの?」

 「村長さんです」

 「村長さんは、何か言ってた?」

 「いえ、ここには置いておけないから、持って行きなさいって……」

 本の出自を全部語ることも出来ず、完全に口から出任せだった。

 

 「そう……。という事は、村長さんはたぶん、この本の内容を知っていたのだと私は思うわ」

 「危険だから、厄介払いで私に持たせたのでしょうか?」

 「それは判らないけど、分散させたかったのかもしれないわね」

 「もしかして、一巻目は、呪文が書いてあったのでしょうか?」

 「ただ単に『発動』とかも、ありそうよね。この古代龍の本の題名のセンスからいって」

 千晶さんは少し笑っていた。

 「もし、本当に二巻あったなら、一巻目が『陣構築』、二巻目が『発動』とか、ありそうですよね」

 私がそう言うと千晶さんは笑っていた。

 「そうね、ありそうよね」

 そこで、お開きとなった。

 

 ……

 

 そうか、あの村の全滅。全ての糸がほぼ繋がった気がする。

 この禁呪本と魔道具の封印をあの村人が担っていたのだろうか。

 それを嗅ぎ付けた奴らがいたのだろう。おそらくは。

 村長と村人たちが殺されていた理由は、この禁呪本と魔道具があそこにあったからという事になる。

 

 魔道具は恐らくだが、村長の頭にでも、あったのだろう。

 だから、村長は渡すのを断って抵抗し、腕に抵抗時の斬り痕があったのだろう。

 そして村長は殺され、恐らく頭ごと魔道具は持ち去られた……。たぶん、間違いないだろう。そうでなければ、頭部を切断して持ち去る理由がないからだ。

 ネックレスのような物なら、殺害後に首を切断して奪い取り、頭は放置していったとしても、不思議ではない。となると、村長の頭に食い込んでいて、無理に外そうとすると壊れる可能性があり、その場で簡単に外せなかったとかが考えられる。

 

 本のほうは、村長の部屋の本棚にあった一冊か二冊が持ち去られたのに違いない。

 私が持ってきた本は、村長夫人の物と思わしき部屋にあったのと、もう一人の男性の部屋にあった物だった。

 

 村人が無抵抗で殺されていた部分は、まだ疑問が残るが、殺された理由は明らかだ。禁呪本の強奪の事を知る者がいない様、全員殺したのだ。死人に口なしという事だな。

 

 どんな国の連中がやったんだろう。ただの賊じゃないのは確かだ。

 それに、あの村人たちと同種の人々はこの王国ではまったく見かけない。何処から来た人々だったのか。

 

 それにしても。

 異界の門を開く、禁呪か。ふと、私を殺したあの男たちの顔と、厭らしいねじくれた顔を持つ、あの王の事が頭に浮かんだ。

 

 まさかな。

 あいつらは私を含む、他六人を魔法陣で召喚していたじゃないか。

 魔王討伐とか、あの若い顔の天使もいってたが、こんな禁呪を入手していたなら、こっちの呪文で、その魔王とやら、たしかジオランドスだっけか。蜥蜴男のラドーガがいっていた名前の、そいつを斃せる強大な奴を呼び出せばいいのだ。

 まあ、どんなのを呼び出せば、魔王を斃せるのか判らないし、第一、呼び出されたそいつが、素直にいう事を聞くのかも不明なのだが。

 そして、そいつにお帰り頂くのも、やばいんだったな。

 

 いや。待て。

 私があの村に降り立ったのは、私があの王国の地下牢で拷問を延々と受け続けた後、剣で刺されて死んだ後だ。

 勇者パーティはとっくに出発しているだろう。

 私が拷問を受け始めて、どれほどの時間が流れたのか分らないが、真司さんたちが訓練で王国にいた期間ですらこの世界の半年だといっていた。つまりは元の世界の二年。それからここにたどり着くのに更に半年か、さらにかかっているかもしれない。

 

 だとしたら。

 

 本当はその禁呪を使うはずだったが、一向に手に入らず、禁呪本の入手を待てなくなった王が別の方法で『勇者召喚』を命令したのか。

 それとも、勇者パーティが魔王討伐して戻った後に、その禁呪を使うはずだったのか。

 その違いはかなり大きい。

 もし後者なら、悪い事態がこれから始まるという事に他ならないからだ。

 勿論、全く別の国でこういう、禁じられた呪文に手を出そうという輩がいる可能性も十分あるのだ。その場合であっても、(ろく)でもない事が始まろうとしているという事になるのだ。

 

 

 つづく

 

 細工の道もなかなか容易いものではないが、ゆるゆると細工職への道が開けていくマリーネこと大谷である。

 そして古代龍の本を読みこんでいくことで明らかになったのは、危険な『禁呪』の存在であった。


 次回 平穏な日々と錫細工

 老人の元で錫細工を造っていくのだが、老人はマリーネこと大谷に一つ、細工の課題を出す。

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