015 第3章 初めての制作 3ー6 鉄塊と新しい鞴と鋳物
マリーネこと大谷はとうとう武器制作です。
15話 第3章 初めての制作
3ー6 鉄塊と新しい鞴と鋳物
製鉄は本来なら一五〇〇度C以上、必要だ。高炉による精錬というんだったな。
この温度が必要なのは、ここまで温度を上げると、炭素含有量が少ないからだ。
高炉の耐火煉瓦がそれに耐えられるように作られていると聞いた事がある。
炭素が多いと低い温度だったはず。
遥か昔のバイキングたちの剣が低温加工でローマ兵のグラディウスと打ち合うと、何度か剣を打ち合わせているうちにポッキリ折れるのは、バイキング兵の剣だったとかなんとか本で読んだ……。
たしか、両者が剣で打ち合っているうちに、ごりごり欠けたらしい。余程、炭素が多い上に低温加工で脆化していたのだろうか。
鋳物製作は、一二〇〇度Cで溶けた鋳鉄を型に流し込んで冷えて固まったら出来上がり。
ただし、そのままではある程度脆いので武器にするなら、続けて焼き入れで八五〇度Cから九〇〇度C。
中の炭素を燃やす。そこから急冷する時、油冷か水冷の選択がある。
ただし四〇〇度C以下までは一気に下げないと脆くなり、あまりに下げすぎると歪んだり、割れたりするらしい。
ここから、更に叩くかどうかで、選択がある。
鍛造を続けてより炭素を抜き取っていくか、そこで終わるか。
あまりにこれをやりすぎると、「焼きが回った」と呼ばれる状態になるらしく、脆くなりもう元には戻せない。
終わりにするなら、次に六〇〇度Cまで上げて焼戻しが空冷。最低半日。この時間は目安だ。ある程度金属に含まれている物による。
叩いた鉄塊が十分スラグが抜けて炭素量も減っているなら、溶けだす温度が高くなっているはず。
早く溶けだすようなら、まだ不純物も炭素が多すぎる。つまり脆いという事だな。
さて。新しい鞴で鉄塊を鋳物にする。というのはいいのだが、何を作るか?
問題だ。
近くに街もなさそうな寒村だからこそ、殆どを自給自足する必要がある。
ここにある設備、大工の所の工具とかも含めだが、とにかく生き延びるために技術を身に着けていくしかない。
…… まあ、師匠は、いないけどな……。
こうなってくると、差し当たっての問題は食料と塩。
まず、塩。
塩は各家にかなりの量があるし、村長宅の裏手の倉庫にもかなり塩があったのは確認済みだ。
村人全員三六人が使う分と考えたら、例え一ヶ月分でも私一人では三年は持つな。
たぶんあの量は半年分とか、そういう量だ。一人なら軽く一八年分は有りそうだな。
鍛冶でだいぶ塩を食べているが、私一人なら一〇年くらいは間違いないストックだ。
よし。塩は腐らないし問題無い。
食料。
食料はどの家庭にも燻製した肉と塩干し肉がある。
ただしそんなに長くは保存できないだろう。
すでにとっくに一ヶ月過ぎている。二ヶ月たったか。これは自力で調達するしかない。
野菜は、どうなんだろう。農家の裏手に畑が見えたが……。
この塩干し肉と燻製肉を煮たり焼いたりして食べてるだけでは、栄養的にかなりやばいのではないか?
健康に問題が出る可能性もあるが、今の所どうにも出来ない。
となると必要な物は、まず食料調達のための武器だな。
昔、剣道をやっていた事があるので剣か? と思ったが、剣道の型は基本的に対人のものだ。
この森にいる動物…… 獲物を狩るのに最適な武器はなんだ?
とりあえず…… 槍だな。槍。
たぶん剣を鋳物で作るよりは易しくて、武器の扱いに関しても扱い易いだろう。
まっすぐ突く事に専念すればいい。剣より取り回し易いかも知れないな。
方針は決まった。
まずは鋳物で槍の穂先を作る事にする。大工の家で長い竿を作る。
ただし自分で振り回せる長さでないといけない。長くしすぎたら自分に扱えなくなる。
恐らくは目分量で三メートルくらいの長さに切り出した。
あとでもうすこし調整はいるだろうが六本用意した。
次は粘土を探す。これは鍛冶屋の外の炭や鉱石が一杯の倉庫の中にかなり沢山あった。
桶いっぱい入れて鍛冶場に戻る。
木の固まりは横の大工の家の工房にある作業場に転がっていた物だ。
このやや大きめの木の塊から、槍の穂先を削り出す。
竿につける部分も必要なので、すこし大きめだ。
四角錐の穂先を三個削り出した。
こんな形でいいのか、解らない。
日本での槍だと一般的にはブレードなんだが、海外だと違っていて錐の大型版とでもいった按配だ。
多分なのだが、日本の場合は刀鍛冶が作るから槍も刃なのか。あるいは斬る事も想定なのか。
日本の鎧に刺すためだったか……。
この辺、自分は不勉強過ぎる。湯沢の友人も日本の武器は殆ど話題にしなかった。
これに粘土をつけて二つに分かれる型を作る。
穂先を下にするので竿にとりつける部分に湯口を、そこより根本部分に湯抜きをいくつかつけた。湯抜きは細く削った木を使った。
流し込む金属が上手く型に廻り上まで行くように、中の空気が逃げてくれる場所が必要。それが湯抜きらしい。
粘土から木型を取り出して固まるのを待つ。火にかけて乾燥させると歪むかも知れないな。
竈の遠火で軽く乾燥させてから三個を天日干しする。
粘土は乾くのに、まる一日掛かりそうだ。
この日の作業はここ迄。
少し早いが夕食。
鍛冶屋の台所の竈に鍋を置き、まず塩干し肉のスープ。あとは燻製肉の串焼き。
四本ほど作って遠火で炙る。
手を合わせる。
「いただきます」
何時もの味。醤油味が欲しい……。しかし無いものは無いのだ。
……
黙々と串焼きを食べ、スープを飲み干す。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
鍛冶場のランプを確認して竈の火を落す。
鍛冶屋の藁束のような寝床で寝る。
何時もの事だが、外は殆ど音がしない。
遠くで啼いている『何か』の声が時折聞こえ、自分の呼吸音のほうが気になるくらい静かな夜が毎日続く。
特に娯楽も無いから、寝るしか無いのである。
何か作るか……。孤独は慣れっこだが、ペットがいてもいいなとは思う。
翌日。
昼下り。粘土の乾燥具合を確かめる。ぎりぎり大丈夫か。
鍛冶場には砂場がある。長い物はここに半分埋まった砂入りの大きな箱があるので、多分これの砂をそこそこ掘り出して型を埋めるんだろう。
今回は砂場に直接型を埋める。これをさらに二回繰り返し、鋳型が三個用意できた。
よし。鍛冶屋スタイル。頭に布、目の所、鼻と口を覆い、首にも緩く巻いた。革のエプロン。厚手のぶかぶかな革の手袋。両手に嵌めた。
ここで叩いた鉄塊を大きめの坩堝に入れ、長い長い『やっとこ』のような道具で掴む。そして炉の上に置く。
炭はたっぷり置いた。
新型鞴の出番だ。ひたすら上下動で風を送る。休む事なく高速で上下に動かす。
…………
一体、どれだけ動かし続けたのか。
どうにか温度が一〇〇〇度Cを越えたらしい。腕が痛くなってきた。
すこし溶け始めた。もっともっと風を送る。
休む事なく鞴を動かしていく。もはや自分の手が蒸気機関車のようだ。
……
……
……
腕がきつい。どうにか一二〇〇度Cまで行ったか?
鉄塊が溶けて、まだ僅かに残っていた不純物らしきものが焦げて黒い煤が上に浮かんできた。
さらに鞴を動かし続ける。温度は上昇。
…… ここだな。
鞴の手を止め、炉から降ろして型に流し込む。多分これでいいはず。
流し込むのも慌てず、しかし一定速度で冷える前にやらないといけない。
一つ目の型には流し込み切ったが、二つ目にはたぶん足りない感じだ。
鉄塊を追加で坩堝に入れる。また鞴で温度を上げる。
そうして、慎重に三つの型に全て流し込んだ……。
後は冷えるのを待つのみ。
あまりの暑さと鞴を一人で動かし続けた事でフラフラになって外にでる。
鞴がよく壊れなかったな……。腕のほうも大丈夫だろうか……。
もう、外は暗かった。ランプに火を灯し、布は取って井戸まで行き、顔を洗う。
お腹もすいた。
鍛冶屋の台所で燻製肉を串に刺して炙り焼き。
塩干し肉を薄く削いで塩味の肉スープを作る。
手を合わせる。
「いただきます」
その日の夕食は燻製肉も、塩味の肉スープも殆ど味を感じなかった……。
汗をかきすぎたかな。
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
今回、塩分補給が食事だけでは足りなかったのか……。
手早く片付けて、寝る。
翌日。
朝直ぐには起きれなかった。だいぶ日が昇ってからだ。
まずはストレッチだ。
鍛冶場においた鞴を点検する。やはり革は擦り切れていた。
あの速度で動かしたら、そりゃ一発で駄目になるよな……。
メンテナンスを考え、外せるようにしておいたので、問題ない。
ピストンの棒を支える添え木をハンマーで叩いて外す。
そこを分解したら、ピストン部分を取り出す。まず革を貼り直す。
鞴の修繕を終えたところで、型を砂から掘り出す。
型を剥がす。粘土の型は壊れたが、中の物はどうやらそれっぽい形になっている。
初めてにしては上出来だ。
スも入ってなさそうだな。中に気泡が出来てるかどうかまでは分からないが。
まず湯口と湯抜きのバリ? をハンマーで叩きながらヤスリで削り、『やっとこ』でねじ切って取る。
バリの跡はヤスリで削る。
この取ったバリはまた使うので材料のところに置いた。
また、鍛冶屋スタイルにする。顔を覆うのは欠かさず行う。革エプロンと革の手袋も。
ここからが更に炉が必要だからだ。まず火を熾す。それと桶に水を汲んで急冷に使えるようにする。
石を焼いて何個か桶に突っ込んだ。お湯にしておく必要がある。
それから新型鞴を頑張る。焼入れ。九〇〇度Cまで。焼戻しが六〇〇度Cまで。
本来温度に幅があるが、この鉄塊でどの辺がいいのか分からないので上限で試す。
今回も、炉の温度が重要。見極められるか。鞴で温度を上げていく。そこそこ高速で動かす。
…… 炉が温まるのに時間がかかる。
本来なら火は点けっぱなしで置かないと、かえって燃料の無駄なのだ。
…………
…………
ここだ。九〇〇度Cだ。この温度を維持しないといけないのだ。
長い『やっとこ』で穂先を掴み、焼入れ開始。
片手で動かす鞴は辛いがもう慣れた。
………… 十分に熱が回るまで鞴を動かしつつ待つ。
よし、穂先の温度も九〇〇度C弱。取り出して桶に入れる。
ジュワーッ!! 水は瞬時に気化して音を立て、もうもうと蒸気が上がる。
取り出して割れていないか、歪んでないか確かめる。三個あるから残り二個も九〇〇度C弱だ。
ぐぐぐ。
三個とも連続で焼入れすると頭が少しくらくらした。
口の所の布を取り、塩をテーブルからとって舐め、水甕の水を柄杓で汲んで数杯飲んだ。外に出る。
汗が滝のように流れる。元の世界でもここまで暑い作業はやった事が無い。
しかし、きつさでいえば、勿論鉄塊を作っている方が遥かにキツかったし、温度でいえば鉄塊を鋳物として溶かすほうがキツかった。
鞴動作はいうまでもない。
布を取って村長宅の裏側の井戸まで行き、水を汲んで何度も顔を洗った。
まだだ。次は焼戻しだ。
六〇〇度Cに上げて三個とも炉から離して床に置く。空冷が必要だった。
ここは急冷では駄目なのだ。何か理由があった筈だが思い出せない。
ふらふらのまま外に出る。
外の風に当たり、また井戸に行って顔を洗った。
鍛冶屋に戻ったが、もう食事を作る気力がなく鍛冶屋の藁束の寝床で寝てしまった。
翌日。
またしても日はかなり高く昇ってしまっていた。
しかし朝食だ。腹が空いてる。
ストレッチして、村長宅の方に戻る。少し味に変化のある燻製肉が目当てだ。
塩はだいぶ多めに入れて燻製肉もかなり切って鍋に入れる。
煮えてきたら胡椒も追加で少し入れる。
今日は燻製肉の塩煮スープだ。
よし。出来た。食べよう。
「いただきます」
手を合わせる。
本来なら相当に塩辛いはずだが、チョット塩味と胡椒が効いてるな。くらいの肉スープになった。
塩分が相当必要だったようだ。
水もだいぶ飲んだ。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
食器は手っ取り早く片付ける。
さて。鍛冶屋に行って穂先を砥石で研いでいく。
キチンと焼入れと焼戻しもやった。いい槍が出来るだろう。
……
……
刃を研ぎながら考えた。
温度の見極め。鉄塊を作っていた時の還元の温度がそうだ。
そして今回の焼き入れ、焼き戻し。
アレが偶然に出来るくらいなら、だれも苦労はしないだろう。
…………
たぶん、優遇なのだろうな。
自分にとって対象の温度が必要な温度になってるかどうかが『正確に判る』というのが普通じゃない事ぐらいは判る。
ここが異世界だからなのか?
いや、そういう問題じゃないな。
ある種の超感覚とでも言えばいいのか。
センサーもないこの異世界で正確に対象の温度が知れるのは、はっきりとあの天使が付けて寄越した優遇というしかないだろうな。
優遇など何も無いと思っていたが……。
この丈夫な体と体力、筋力、耐久もたぶん、優遇だろうな。
体格は小さいが、この体力が優遇なのは認めざるを得ない。
とてもじゃないが人間離れし過ぎている。この体格の少女に出来る事ではナイ。
あの鞴の長時間の動作は、大人三人でも無理だろう。我ながら信じ難い。
温度への耐性も尋常ではない。
温度を見極める方は鍛冶屋のスキルの優遇なのか鑑定とかの優遇なのかは、まだ分からないが。
しかし、この鞴ではたとえ煉瓦が耐えたとしても、一五〇〇度Cは届きそうにない。
一三〇〇度Cあたりが限界と思われた。
やはり、魔法か。
しかしどうにも出来ない。この異世界の魔法の基礎を知らないからやり方が想像もつかない。
……
……
三つ、研ぎ終えた。
穂先の根本の四つ又部分は研ぐ必要はない。
この部分に木で作った竿をいれて、固定する。
針金とかある訳も無いので、きっちり紐で固定して上から松脂のようなものを塗りつけた。
これが何なのかは今は問わない。今はとりあえず樹木の樹脂だ。という認識でいい。
長さは穂先を入れて三メートルか? やや長い気もするがまあいいだろう。
穂先の分の長さを考慮して、竿は少し切った。
槍が三本完成した。
出来上がったが、剣と違って私は槍は初心者だ。
突く練習をしないと狩りにならないだろう……。
次は槍の練習か。
……
つづく
とうとう武器に辿り着いた大谷。
どうやら優遇は貰っていたようだと、何故か渋々認めている大谷。
彼の苦闘は続きます。