149 第18章 トドマとカサマ 18ー3 カサマの強敵
普段の日々を過ごしている三人の元にトドマの係官が訪れて、カサマでの厄介事を引き受けてほしいという。それを引き受けて、用意されていた船に乗り、湖を渡ってカサマに向かった三人。
149話 第18章 トドマとカサマ
18ー3 カサマの強敵
相変わらず、平和な日々が続いていた。
私としては、毎日の食事も楽しみだし、大きな仕事は一つの節に一回やればいいと、支部長がいっていたので、気が楽である。
私の文字の勉強はだいぶ進んで、あの古代龍の本二冊のうち一冊を、だいぶ読み込んでいた。
千晶さんが先行して読み込んでいた。
「マリー、前にも言ったけどこの本は明らかに、足りないわよね。前に相当な内容がないと繋がらないわ」
彼女はそういった。
この本は、内容がよく判らないのだが、明らかに何かの呪文を解説していて、この本の前に、もっと重要な内容がかなりある様だった。
この本は、極めて危険極まりない呪文と魔法陣について書かれているようだ。
「たぶん、この本は本当は最低でも四冊あったのよ。この二冊は後半ということね」
「どうして、それが解るんですか?」
「背表紙をごらんなさい。『付帯則あるいは諸規則』なんていう、曖昧な題名なのよ。付帯というからには、この本の前に主だった事を説明している本があるのよ」
「確かに」
あの荒らされていた村長の部屋。本がばらばらに落とされていた、あの場所におそらくこの本の前の主だった事を書いた書物があったのに違いない。
「この二冊目の題名は、もっと端的よ。『補足事項』ですからね」
そう言って千晶さんは笑った。
「どんな事が?」
「まだ詳しくは読んでいないけど、厄介な内容だと思うわ。最初の方の本がないと、完全に読み解くのは難しいかもしれないわね」
「……そうですか、でもこの本が終わったら、それも読んでみます」
「私も、もう少し読んでみるわ」
千晶さんはそういったが、彼女はこれとは別の、古代エルフの書いた三冊の本の方に興味がある様だった。
日々が平和に過ぎていたが、そうこうして居ると、支部からの連絡がわざわざ、家にまでやって来た。
まだ朝の時間に馬車で来たのはテノト係官だった。
「おはようございます」
朝食をおえて、庭で鍛錬していた私が出迎えた。
まずはお辞儀。
「テノト係官様、おはようございます」
「早くにすみませんが、山下殿と小鳥遊殿はおられますか?」
「呼んでまいります」
私は、家の中にいる真司さんと千晶さんを呼びに行った。
暫くして二人が出て来る。
「テノト係官殿、おはようございます。こんな朝にどういった要件です?」
真司さんが切り出した。
「今回の依頼は、支部長から直々に発令されました。白金のお二人と金階級のヴィンセント殿の三名に、やって頂きたいそうです。現場は湖の東のカサマになります」
係官がそう言うと、千晶さんが尋ねた。
「カサマ支部でなにかあったのですか?」
「ちょっと、お二人には言いにくいのですが、マグリオース隊が半壊しました。それでアガット殿の後始末を、やって頂きたいとのことです」
真司さんの顔が少し歪んだ。
「金三階級のアガットでしくじる様なら、トドマ支部では誰も手に負えない。そういう判断ということか」
「支部長は、これを後始末出来るのは白金のお二人と、ヴィンセント殿だけだと言っていました」
深い溜め息をついた真司さんは、首を縦に振った。
「わかった。千晶、マリー、そういう事らしいぞ。湖の東に行ってこようじゃないか」
「では、私は支部長に、白金のお二人と、ヴィンセント殿が引き受けていただいた事を報告せねばなりません。三人方の船は、港の方に話を通してあります。明日、出発できるようになっております。風次第ですが、船中で一泊して、翌日の昼過ぎか夕方には、カサマに着くと思います。事情はカサマ支部で詳しく説明されるはずですので、よろしくお願いします」
テノト係官は一礼すると直ぐ馬車に乗りこんで、東に走り去った。
「どうやら、ゆっくり寝ている訳には行かなくなったな。千晶」
そう言うと真司さんは千晶さんの方を向いて片目を瞑った。
「真司さん、剣を点検しますから、出しておいて下さい。これから研ぎます」
「あぁ、わかった。助かるよ」
私は手っ取り早く、剣と砥石を持って井戸に向かった。真司さんも剣を持ってきた。
まずはブロードソードからだな。あの鉱山入り口の魔獣暴走の後、この剣を点検したが、傷んではいなかった。刃に傷はなし。日の光に晒して刃を見極める。
微妙な毀れも無し。あのワダイ村で、少し使っただけなので、特に研ぐ必要はなさそうだ。
大きい鉄剣は、使っていなかったので、問題はない。
次はミドルソードだ。
これも特に問題はない。
さて、ダガーの方。こっちは魔獣相手に少し使っている。刃が毀れていないか、点検する。特に傷も無し。ただ、投擲して、魔獣の額に刺し込んだ。頭蓋骨の解体にも使っている。この一本は軽く研いでおこう。やり過ぎてもいけない。
先端の方、甘くなっている部分が僅かにある。一番目の細かい砥石で、研ぎあげた。
これで私の方は終わりだ。
真司さんの剣は毀れてこそいないが、だいぶ使ったらしく、細かい傷がかなりあった。
街道の掃除で、相当斬ったのだ。
目の粗い砥石で軽く磨いてから、中間の砥石に換えて傷を消していく。
相変わらず、研いでいる時の感覚が違う。
目の細かい砥石に換えて、さらに研ぎ、仕上げていく。
黙々と研いでいたら、もう夕方だった。
台所から、いい匂いがして来た。夕食だ。
夕食に出された肉に掛けられたソースがいい匂いだ。
手を合わせる。
「いただきます」
肉は真司さんが村人と一緒に森に入って捕った『メドヘア』つまりネズミウサギの物だが、ソースが絶妙である。
穀物の粉と茶色の砂糖、そこにお酢、魚醤が加えてある。
それと、酵母を使った一次発酵で焼いたパン。それに茶色のシチュー。
肉はかなりいい味がした。
真司さんはもりもり食べている。
「千晶、このソース、だいぶ旨いな。オセダールの食堂よりいけてるぞ」
千晶さんは笑っていた。
「これは、マリーが買った匂いのしないほうの魚醤よ。これを作っている人は誰なのかしらね」
千晶さんが私の方を見た。
「それ、トドマの警邏任務で知った、ケンデン魚醤工房のです」
「あー、ケンデン殿か。俺も知ってるよ。腕がいいんだな」
「たしか、あそこに四軒ある中で、一番上手だと支部長から聞きました」
「なるほど」
真司さんは納得したようだった。
「スレイトンさんの工場のほうは匂いますが、味が他より深みがあるんです。今回はそっちも買ったので、千晶さん、使ってみて下さい」
私がそう言うと、千晶さんも笑顔だった。
全部食べ終え、味に満足した。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
手っ取り早く、私がお皿をすべて洗う。
料理を作らないのだから、これくらいはしないと。
翌日。
起きてやるのはストレッチ。
何時もの様に空手と護身術もやる。
服は何時も着ている服にした。
剣を少し鍛錬して、直ぐに準備だ。
背中に背負うのは、ミドルソード。左腰に何時ものブロードソード。右腰にダガー。
左腰のブロードソードの脇にもダガー。
あとは階級章を首に掛けて、小さなポーチに硬貨と代用通貨を入れた革袋を入れる。それからタオルも突っ込む。
今日は、朝食はなし。
真司さんは何時もの出で立ちだが、千晶さんは肩から掛ける箱以外に、細身の剣を腰に差していた。私はこれまでに見た事の無い出で立ちだった。
真司さんたちと家を出て、街道を通る荷馬車を捕まえる。
やって来た荷車の後ろに載せて貰い、トドマの港に向かった。
……
今日も空は晴れ渡り、上空には大きな鳥が旋回していた。
猛禽だろうか。時々、その鳥の啼き声が響き渡る。
北側の山の方は少し煙っている。霧が出ているのかもしれない。
トドマの港に着いて、上空を見ると二つの太陽は東の空をかなり昇っていた。
支部が頼んだ船はテノト係官の言葉通り、私たちを待っていた。
普段は大きな商会が荷物を運ぶ船なのだろう。
王国の高速船とは違う、かなり太った形の船だった。大きな帆がない。
そしてこれも舷側に穴が開いている。
たぶんオールというか櫓を出すのだとは思うのだが。
このあたり、ムウェルタナ湖は東風が多い。南風なら横風だが、それでもジグザグになるのではないかと思っていたが、大きな帆が無いのだ。
屈強そうな男たちが右舷左舷、それぞれ二〇人ずつ、櫓を漕ぐらしい。
船に乗り込み、甲板に行くと、やや髪の毛が白くなり始めている、額に皴の多い屈強そうな男、たぶん船長がやって来た。
「トドマ支部からの急な依頼じゃが、白金の冒険者を乗せるなんて、初めての事でさ。余り揺れないハズだけんが、吐くときは、一番後ろでお願いしやすぜ」
船長、会うなり、船酔いの心配か。
「船に慣れてない商人様は、よく吐くでな。横で吐かれると漕ぎ手の連中から文句が来る」
「ああ、わかったよ、船長。よろしく頼む」
真司さんは船長と握手していた。
私は、千晶さんと一緒にお辞儀だ。
それから船長は、私をだいぶじろじろと眺めてから、目を瞑って首を横に数度、振った。
あの表情と仕草で、口にこそ出さないが言わんとする事は判った。大丈夫。こういうのも慣れている。
たぶん、こうだ。(こんな小娘っこが、冒険者で金の階級章とは、世も末だ。)
……
甲板は比較的広く、前部と後部甲板は、大きな蓋が付いている。
荷物を納める船倉があるのだ。たぶん、空荷という事はあるまい。
暫くすると船長が船を出す命令を下した。
「もやい、解け! もたもたするな。櫓をだせーい。微速後退!」
恐ろしいほどの大声だ。
舷側の穴から長い櫓が一斉に外に出された。
船の中で、低い太鼓の様な音が響き、男たちが櫓で漕ぐことで、船はゆっくり岸を離れ、後ろ向きのまま、桟橋を離れていく。
「船を回せーい」
そこで櫓を使って船は旋回した。舳先を東に向ける。
「微速前進!」
船長の大声が響き渡る。
南からの風があるので、湖面に波が立っていて、結構横揺れする。
なるほど。乗り慣れていないと、船酔いする人も出るのかもしれない。
「者ども、よーく聞け。今回はトドマ支部から、大至急でカサマにこの三人を届けろと命令が出とる。早く着けば、お前らに特別に割増給金が出るぞ。遅かったら割増は没収だ。判ったら、漕ぐのを休むな!」
怒鳴り声のような、船長の命令が下の船倉の方に響渡った。
低い太鼓の音が単調なリズムを刻む。櫓の立てる木の軋む音と波が舷側に当たる音。
そして、水鳥の声が時々する以外は、周りは波立つ湖水しか見えない。いや、北側は山と大きな滝が見えている。
途中で、南風が止んだ。暫くすると東風に変わる。
結構揺れるものの、単調な船旅だった。
北側の大滝の周りに漁船が出ていて、その上空には大型の鳥が何羽も旋回している。漁船の周りにいる水鳥たちが盛んに飛び回っては水の中に突っ込んでいた。
「カサマってどんな感じの港町ですか?」
「ああ、俺たちも、そんなに行った事がある訳じゃないが、トドマと比べると少し街は小さいかな」
「あまり活気があるとはいえないけど、倉庫が多いわね。糸を扱う倉庫も多いのよ」
千晶さんが付け加えた。
なるほど。やはり湖を隔ててしまうと、だいぶ違うのだな。
「糸ですか」
「そう、カサマの東の山に近い森の中にグイドとチドっていう村があって、そこで蟲の養殖が盛んなの。蟲が吐き出す細い糸を束ねて、ほぼ透明に近い白い糸を紡いで、それを卸してるの」
「養蚕……ですか」
「そうね。蚕みたいなものね。ただ、見た目は蚕よりずっと大きいので、蚕よりもっとずっとずっとグロテスクなのよ」
そう言って、千晶さんは少し顔を歪めた後、笑った。相変わらず、こういう時の彼女の笑顔は眩しい。
「それを北の隊商道の街道沿いにあるマカマっていう街で、染色して出荷したり布にしてるわ。マカマにはすぐ横に小さな湖もあって、染色の水に困らないみたい」
「じゃあ、機織りの街なんですね」
「そう、そこの布や糸は隊商道を通って、王国の都市に運ばれてるのよ」
なるほど。それがあるから、いまだ、この北の隊商道とトドマ、カサマルートに荷物が行きかっているのだな。
「漁網やロープとかは、どうなんですか?」
「あれは、この国には綿花に相当するものが無いから、亜麻によく似た植物の繊維で作ってるのよ」
「という事は、リネン?」
「それ、みたいなもの、ね。全く同じじゃないから」
そんな会話をしている丁度その時、私たちは船室に呼ばれた。夕食だった。
手を合わせる。
「いただきます」
やたらとしょっぱい塩漬け肉の焼いた物と、あっさり味のスープに、硬いパンだった。これは焼いてから少なくとも、三日くらいは経っていそうな硬さだ。
真司さんたち、二人も苦労して食べていた。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
水を追加で貰って、口の中の塩分を洗い流さなければならなかった。
櫓の漕ぎ手の必要とする塩分に合わせてあるのだ。体を動かさないでいる私たちには、しょっぱすぎたのは間違いないが、今日だけである。
男たちは低い打楽器の音に合わせて、櫓を漕ぎ続けていた。
しかし、夜になると漕ぐのが止まった。
漕ぐのはお休みらしい。
見張りの人が甲板にいたが、みんな寝るようだった。
こういう所も王国の軍団の船とはだいぶ違うな。
翌日。
取り敢えず、目覚めてからやるのはストレッチと準備体操。しかし船室が狭くて、空手とか護身術が出来る様な広さはなかった。
日が昇ると、男たちは櫓を漕ぎ始めたが、船はかなり北側に流されていて、すこし南に向けて、逆風の中を漕ぎ始めた。そのうちに風はまた東風に変わり、完全に逆風だった。
私が思うに、軍団兵の高速船なら一日でトドマからカサマにいけそうな気がする。
距離的にたしか三一五キロ位の筈なので、軍団の高速船が一四ノットまで頑張って出せば、一二時間半もあれば、ついてしまう計算だ。途中、風の影響で多少距離が伸びたとしても、一四時間もあれば、あの人たちなら、横断しそうな気がした。
この船は風が期待できずに櫓を漕いだので、精々七から八ノットくらいか。
船は昼をだいぶ過ぎて、ほぼ夕方近くになってカサマの港に入った。
「船長、ありがとう」
真司さんが船長と握手していた。
「いやいや。風に運がなかったようじゃ。夕方になってしまったが、なんとか約束通り翌日には到着したようじゃな」
船長があたりを見回した。
「あとで、ちゃんと約束通りだったと、トドマ支部の事務方に言っておきますよ」
「そいつは助かる。あいつらに今回の特別給金が払えるってもんでさ」
「それじゃ、船長、また乗る時があったらよろしく」
私と千晶さんは、お辞儀して降りた。
どうやら荷物を積んだ商船というのは、のんびり湖を渡るのだろうか。
これでも早かったとかいうのだと、軍団の高速船は相当に早いという事になるな。
よく分からないが、亜人たちの船と王国の軍団が持つ帆船の間には、かなりの技術差があるように思えた。
港の桟橋から、少し街の中に入る。辺りは魚の生臭い匂いが充満していて、彼方此方で魚が干してあった。
「マリーは初めてだろうから、支部長の名前を知らないだろう。だから会う前に教えておくよ。ユージェフ・ランダレンという、焼けた肌の人だ」
ふいに真司さんがこれから会う支部長の名前を教えてくれた。
「ランダレン支部長様ですね。分かりました」
千晶さんが微笑んでいた。
真司さんについていくと、北側にある道に入って暫く歩き、やや大きな建物の前で止まった。左右に黒いのぼり旗がある。どうやらここらしい。
黒いのぼり旗。私は小さなため息が出た。スッファ街で見た、あれと同じだ。
支部員に死者が出たという事だろう。
カサマ支部の中に入ると、出迎えたのは男性の係官だった。
「バーナンドと言います。この支部で事務をしております。お三人様、船旅、ご苦労様です」
これまた長身のやや肌の焼けた、顔の尖った印象のある人だ。長い耳も尖ってるし、トドマや宿営地でも見慣れた彫りの深い造形である。
係官が挨拶していると、カサマの冒険者ギルド支部長も出て来た。
支部長のユージェフ・ランダレンは髪の毛はやや長く、オールバックにしている。
やや茶色がかった黒い髪の毛。身長は二メートルちょっとだろうか。
門番の衛兵の彼女たちと、背丈はほぼ変わらない。
焼けた肌色。薄蒼い瞳。長く尖った耳。
やや甲高い声が特徴的だった。
「歓迎するよ。白金のお二人と、トドマの俊英、ヴィンセント殿」
真司さん千晶さんがお辞儀するのに合わせて、私もお辞儀した。
「それで、早速なんですが、ランダレン支部長殿。状況を教えてください」
真司さんが切り出した。
「山下殿。マグリオース隊長が人数を揃えて、魔物討伐に行ったのが一三日前の事です。それから七日後に、ラッセン副長が負傷したマグリオース隊長殿と死者四名を回収して戻ってきましたが。生き残っていた隊員たちもだいぶ負傷していました。それで大急ぎでトドマの方に使いを出した訳です」
生き残っていたのはアラスタス・ラッセン副長。銀三階級でアガット隊の副長である。
そして生き残った隊員たち。
アイヴィン・ヴァンベッカー。銀二階級。
ティストフ・スティルノフ。銀一階級。
ロルトン・ドーフトスムス。銀一階級。
クライヴ・ハーブペイル。銀一階級。
モアゾフ・ダイルケンパー。銀無印。
「討伐隊は半壊と聞いていますが」
真司さんが訊ねた。
「いえ、負傷している隊員は、もう暫くは動けますまい。死者を回収するのも命がけだったと思われます」
「なるほど。ほぼ壊滅だな。負傷していないのは?」
「ラッセン副長とヴァンベッカー隊員の二名です」
浮かない顔でランダレン支部長が答えた。
「わかりました。肝心の魔獣は何だったのですか?」
真司さんも少し難しい顔をしている。
「山下殿。申し訳ない。隊を壊滅させた魔物の名前が判らないのですよ。生きて戻った者たちは、誰も今回の魔物の名前を知らない」
「それは、変じゃありませんか。討伐任務で出たのなら、魔獣が指定されているでしょう」
真司さんが支部長を真っすぐ見つめていた。
ランダレン支部長は頷いた。
「指定したのは、『ガーヴケデック』討伐です。山下殿」
「それで、こんなに大勢の隊員を……。だが、違うものが出たんですね」
「そうです。隊員四名が、あっという間に殺られたそうです」
真司さんが腕を組んでいた。
「そして、アガット殿が重傷か」
「マグリオース殿は、右目と右腕、右足を失っておりまして……」
「……」
─────────
真司は絶句した。如何に粗暴者とはいえ、金三階級の腕前は確かなものだったからだ。それが右半身をいい様にやられた事になる。
─────────
うーん。
どうやら、魔獣討伐・特別遊撃隊アガット・マグリオース隊長が瀕死の重傷となるほどの魔獣が出た。
しかも敵の名前も分からないと来た。
更に、他に隊員四名が死亡しているのだ。
これは相当厄介な魔物が出たのだろう。あの蜥蜴男のラドーガとか、アジェンデルカ並みの、やばいやつかもしれないな。
真司さんと千晶さんが、奥の部屋に向かったのでついていく。
やや涼しい、生臭い匂いがする部屋だった。
中で何やらお香が焚かれていたが、生臭い匂いを消しきれていない。
遺体の置かれた部屋は、冷気の出る魔道具が二つ置かれている。
それで遺体は冷やされていた。
しかし、亡くなってから時間が経ち過ぎていて、遺体が徐々に腐り始めているのだろう。
無理もない。何しろここは亜熱帯気候だ。温度も湿度も高い上に、もう六日も経過しているのだから。
パルザーニ・アルダイ。アガット隊の副長補佐。銀二階級。死亡。
ゴーチャン・メレイド。銀一階級。死亡。
アンドン・ラントーン。銀一階級。死亡。
ヴラウス・モーナズレット。銀一階級。死亡。
彼らは、白い布に包まれて、そこに名前を書いた札と階級章が胸の部分に置かれていた。
まるでミイラの様に布がぐるぐる巻きで顔も分からない。
私は片膝をついて、静かに目を閉じて、両手を合わせる。
合掌。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
手早く、小声でお経を唱えた。
死んだ彼らがどんな隊員だったのかは、わからないが、優秀な隊員たちだったのだろう。態々、隊長が指名してトドマ支部から連れていった位なのだから……。
亡くなった彼らを処置したのは、アリエマ・トーンベック独立治療師であった。
本来ならば僧侶がやるべき仕事を、彼女が行っていた。近くに来てくれる僧侶がいなかったのか、都合がつかないのか。
トーンベックはカサマ支部専属の女性独立治療師で金一階級。つまり彼女もまた一流の腕前である。
そのトーンベックと千晶さんと一緒に、治療室に入る。
治療室のベッドの方を覗くと、アガットは右目、右手、右足を失っていた。
ベッドのアガットは口ぎたなく罵って暴れている。顔色が悪い。
「くそがー。早く俺の腕と足を繋げろよー! これじゃ、たてねぇだろうが。早く治せー。エマーァ! 何が独立治療師だっ。金階級なんだろうがよ。くそっ」
彼の罵詈雑言は、その後もずっと続いていた。
そこで、絡まれないうちにそっと治療室を出た。
ふと見上げると、千晶さんの顔色が暗かった。
たぶん、アガットは相当、状態がまずいのだろう。その上、安静にしておらずに、暴れ叫んでいるのだ。体力を無駄に消耗していた。
「どうやら色々と面倒な任務らしい、千晶、マリー」
真司さんは考え込んでいた。
「取り敢えず、もう外は暗くなる。出るのは明日だ」
そこにランダレン支部長がやって来た。
「宿の方は、此方で手配してあります。よろしくお願いします。もうお三人方に頼る以外に術がないのです」
「分かりました。ラッセン殿とヴァンベッカー殿は、明朝、この支部の出入口に来てください。全員で森の掃除を行います」
真司さんが、簡潔に指示して、今日はそのまま手配された宿へ直行である。
つづく
魔獣討伐・特別遊撃隊アガット・マグリオース隊長率いるマグリオース隊は壊滅していた。
そのアガットを瀕死に追いやった魔獣の名前は判らないという。
次回 カサマの強敵2
カサマの北に広がる森に向かうと、さっそく魔獣が出て来るが、これは偶発的な遭遇に過ぎない。
そして、討伐対象の魔物に遭遇する。