146 第17章 トドマの鉱山事件 17ー15 事件のその後5
トドマの鉱山の宿営地に一人で戻る、マリーネこと大谷。
旅は順調だった。
146話 第17章 トドマの鉱山事件
17ー15 事件のその後5
外は暗くなってきていたが、街路は彼方此方に街灯があって、暗くはなかった。
そしてまだ、人々が往来していたのだ。やはり王都は違う。
……
この箱馬車を曳いているアルパカ馬たちは、この国の何処にもいるのだが、元の世界のラバのような生物なのだろうか。それにしては足が随分と速い。元の世界の競走馬ほどではないにしても、それに近い速度は十分出せている。
まあ、ここは異世界。
元の世界とは違う生き物が、馬のような使い勝手であっても、驚くには値しない。
ただ、野生であるかどうかは別問題だ。見る限り、飼いならされているので、家畜化する過程で速度を出せる雄を使って、速度がかなり出る血統を造った可能性はある。
だとすれば、本当に速度が出るアルパカ馬たちは、高価なものに違いない。
元世界だって、馬ならみんな早いわけではない。農耕馬は基本的に力はあっても速く走る事には向いていない。この異世界でも、似たようなことが起きているだろう。
……
そうこうしている内に宿屋についた。辺りは真っ暗だったが、入口の方には灯りがあって、人が出て来た。ドアマンのような人に迎え入れられて、支部長と私は中に入る。
支部長もここに部屋を取っていたのだろうか。
部屋から空を見上げると、それでも星空が見える。雲はほとんどなかった。
この王都の北西部にあったショッピングセンター街でも、角のある人や耳の短い尖ってない人は見かけなかった。この王国には、人族とか角のある種族は住んでいないのか。
翌日。
起きてやるのは、何時ものようにネグリジェのままストレッチ。
柔軟体操をやってから着替える。お洒落服ではなく、何時もの服。
空手と護身術も、いつも通り。
しかし、宿の中では剣が振るえない。
私は両手ダガーでの謎の格闘術を鍛錬した。
そして、昨日に着た服は丁寧に畳み直し、リュックに入れた。
制服姿の女性がやって来て、私に馬車に乗るようにいってきた。
どうやら、移動だな。全部背負って、外に向かう。
再び商業ギルドの方からの差配で箱馬車が用意されていて、私と護衛の衛兵二名が一緒に乗り込んだ。
第三王都を出て、三泊四日でコルウェの港町。ここから直ぐに商業ギルドの用意している船に乗ってトドマまで三泊四日。
天気が荒れる事も無く、穏やかな日差しに恵まれて、帰りの旅程は滞りなく進んだ。そう。途中で出る夕食にさえ、目を瞑れば。
結局、第三王都を出て八日でトドマの港まで戻った。
商業ギルドの差配でついてきた護衛の衛兵の女性たちは港で、そのまま船に乗り直すらしいので、私はお礼をいって別れた。
トドマの支部に寄らずに、私はトドマの街を歩いて北の方に向かう。
実に事件発生から八一日も経っていたのだ。
第四節、下後節の月、第二の週、五日目の事だった。
私は宿営地の門で挨拶して中に入り、自分の借りている部屋に行く。
途中、見知った顔には出会わなかった。まあ、昼間なので冒険者ギルドの隊員はみんなお仕事だ。
部屋の中に入ると、荷物は全てそのままだったが、うっすらと埃が積もっている。
まあ、流石に八〇日も、誰も入っていないのなら、さもありなん。
まずは、水甕の水をこぼして、よく洗って水を入れなおした。
そして埃を払って荷物を纏め直したが、ここではお風呂が入り放題だったのを思い出し、お風呂に入る事にした。
この日のお風呂は、また向かって右側になっていて、左側の扉には例によって読めない文字の看板だった。
お風呂の洗い場で、体にお湯をかけて自分で洗う。
道中は、全て誰かしら女性が着衣のまま大きな白いエプロンをして、私を抱き上げて洗っていたが、私が子供だからというよりは、大事なお客様か、貴族のような扱いだったのかもしれない。
頭も洗って、お湯を被る。だいぶ髪の毛が伸びている気がする。
中で立ったまま湯船の縁に腕を乗せ、その上に顎を乗せて、暫く考える。
この短い期間に色んな事があり過ぎた……。
魔獣暴走もそうだったが。物凄い距離をひたすら移動して、最後は監査官の人とも別行動で、村に行って……。
あの夢は何だったのだろう。
それと、あの謎の声の人物は、私の事を『赤くて黒い者』と呼んだ。
それもよく解らない。
更に判らないのは、あのスローモーションみたいなのは、私がやっているというのだ。それも自分の寿命を削って。
自分の意志で出せている気がしないのだが。
あの炎を避けて喉を斬る行動で自分の寿命をかなり削っているなら、スッファ街の時の喧嘩やキッファ街の外での、あの伸びる腕の黒服の時のスロー時間は、かなり長かったはずだ。
あの、炎を避けてからダガーを喉に叩き込んで下に降りるまでの時間は、どう考えても、普通に行動したとして、一分あるかどうか。炎を避けて立ち上がり、走った時間は恐らく二〇秒くらい。魔獣の毛にぶら下がって登った時間が一〇秒くらいか。ダガーを叩き込んで、下に降りるまでの時間は一〇秒以下程度。
しかし、スッファの街で暴れた時は、もっと時間がかかっている。
あの一五人の同じ服の漢たち。三人の不良に見える始末人たち、そして飛んできた矢。普通の時間にしたら三分、あるいは四分程かかっているかもしれない。
……
最初の焦げ茶熊以来、どれくらい自分の寿命を削ってしまったのだろう。
もう四回使ってしまった。
もし、仮に一分で一〇年が削れてしまったとしたら、もう一〇〇年分くらいは、楽に削ってしまっているかもしれない。
普通の人なら、そこで死んでいる。だとしたら一分で一年だろうか。
もっとも、この体が一体どれくらい生きられる体なのかすら、解らないのだ。
森の樹木のような、あのお婆は、私の躰は元はエルフだといった。それなら二〇〇年か三〇〇年くらい生きるかもしれないが。
……
いくら考えても解らない事を悩んでもしようがない。
それよりも今後の事だ。
金階級を貰った事で、もう山の警護に縛られる事はなくなる。
本当に、やっと自分のやりたい事が出来そうだ。
まずはこれで他の生産職ギルドに出入りして、色々学べるだろう。
支部長も、金階級には許可しているといっていたから、何も問題はない。
冒険者ギルドから受ける仕事は、一つの節に一回だけでいいともいっていた。
支部長は休暇が取れるといっていたが、要するに先に宣言して休めば、階級が下がらないという事だろう。
先の事は、生産職で独立が取れてからだな。独立細工師とかで食べていけるものだろうか?
独立鍛冶屋だと、作業を手伝って貰う人を雇ったりしないといけないのだろうか。
まあ、そのあたりも今後、何をやっていくか次第だな。
他に何かあったかな。
眉間に右手の人差し指を当てる。
……
ああ、忘れていた。ジウリーロに何か、お見舞いがてらお詫びの品物を持って行かないとな。
それと、私の代用通貨に入金された金額の確認か。これは後でもいい。
ポロクワで剣を買った事でだいぶ払ったが、今回入金もあったのだから、生活に困ることはなさそうだ。
この異世界で、成金になろうとか考えているわけじゃないし、大邸宅で贅沢三昧で暮らすとかも考えていない。あのオセダールの高級宿でも思ったが、そんなことをしたらきっと暇で死にそうに違いない。それにお嬢様扱いもされたくはない。あれがずっと続いたら、それこそ気が滅入るというものだ。
私はどれくらい長く生きるか分からないが、自分の手で物を作って売って、ちょっとだけ美味しい物も食べて、のんびり暮らせればそれでいいのだ。うん。
どのみち、結婚とかも考えていない。この王国では土地は買えないし、借りるだけだ。でも、それでいい。
私はお風呂を出て、体を拭き何時もの服を着た。幸いなことに、女性は誰も入ってこなかった
お風呂を出て、自分に割り当てられている部屋で夕食まで待つ。
夕食は、何時ものように女性陣の食事が終わってからだ。
共同食堂の食事も今日が最後か。
何時もの燻製肉に魚醤の味付け。スープは野菜と何かの獣の肉で出した出汁を効かせた濃厚な味。赤や黄色の葉っぱのサラダに魚醤のソース掛け。
硬いパン。
手を合わせる。
「いただきます」
硬いパンを千切ってどんどんスープ皿に入れた。
そして燻製肉を切って食べる。
ここの味は、やはり南の方の料理よりは私好みだ。
船で出された食事とか、アグ・シメノス人たちの食事を思い出すと、よくあんなに旨味の無い食事で我慢できたなと思う。
私的にましだと感じたのは、第四王都から第三王都へ移動する道中の宿で出された、あの辺りの料理だ。魚醤味できちんと料理されて、旨味はあったが薄味だったのが残念だった。
第三王都の支部長の知り合いの店の料理もいい味だった。まあヨニアクルス支部長はグルメなのだな。たぶん、いい所の出身なのだろう。
こうして考えてみると、この王国の北部方面は、やや濃い味付けをする感じか。
南に下っていくと薄味になっていく。
そして、あの街で食べた、魚醤料理。名前も思い出せないが、凄い味だった。甘酸っぱい、それでいて痺れる辛みという、違った意味で濃い味付けの魚醤料理だった。
あの南東部は、トドマを含む北部に住む亜人たちとは、種族が違う人々が多く住んでいるのかも知れない。あんな強烈に甘酸っぱい、そして辛い汁は、この辺りでは何処でも出していないだろう。
もしかしたら、あの辛みからいって寒い地域から来た亜人が多いのかも。普通なら暑い地域も、辛いのを食べそうだが、トドマでもまれに辛いのが出ている。
しかし、元の世界だが、唐辛子はそもそも南米のアンデスが原産だったはずである。唐辛子の木はやせた寒冷の土地にも強い。アンデスは高地なので、基本的に寒い。
アステカ文明の頃か。あの辛さで体が温かくなるので、農作業をしてお昼に、生の唐辛子を先に食べて体をかなり火照らせる事で、冷えたまずい粟と豆のスープみたいな粥のお弁当が、火照った喉を冷やし、美味しく食べられたとかいう。
カプサイシンの効果だな。血圧が一時的に上昇して、体温が上がり汗が出る。其の後、血圧、体温とも正常値に戻る。
また、風邪を引いた子供には、あれを煎じて飲ませたと、中々の無茶をしているが、それで風邪は一発で治ったらしい。それで各家庭の玄関前に、唐辛子の木を植えてあるのが普通だったとか。
他にも唐辛子は様々な医療にも用いたとか伝う。
それで唐辛子は神様からの贈り物と呼ばれたとか、唐辛子の神様がいたとか、そんな話だった。
考えていると冷えてしまう。スープでふやけたパンを飲み込み、サラダの葉っぱを頬張る。
どんどん食べた。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
食べ終えて、一度部屋に行き、私は焦げ茶色の襟が付いた白いブラウスを着て、焦げ茶の長いスカートを履いた。そして首に階級章。
この出で立ちで娯楽棟に行く。
娯楽棟について、真っ先に気が付いたのは、あの特徴的な髪の毛のカレンドレ隊長だった。
「おひさしゅうございます。イオンデック様」
カレンドレ隊長の前で、私は両手でスカートを掴んで、軽くお辞儀しつつ、左足を引いて、右膝を曲げた。
「おお、久しいな。ヴィンセント殿」
「もう、お体は、よろしいのですか?」
「ああ、もうすっかり元通りだ。ところでヴィンセント殿、その階級章は?」
「今回の、鉱山事件の、事もあって、支部長様から、金階級を、賜りました」
「そうか、君の事はだいぶ噂になっていた。その階級も当然の事だろう」
そうしていると、スラン隊長が入って来た。
「おひさしゅうございます。ドルズネイ様」
私は両手でスカートを掴んで、軽くお辞儀しつつ、左足を引いて、右膝を曲げた。
「ああ、久しいな。ヴィンセント殿。随分とあらたまった話し方だね」
「ヨニアクルス支部長様から、金階級を、賜りまして、この現場から、離れることに、なりました」
「ああ、そうか。君が階級が上がった話は聞いている。君の腕前なら当然の事だろう。色々周りが付いてこれなかっただけだ」
「バロムドーレ様と、エンデル様の、姿が、見えられませんが」
「ああ、リック殿は、カレンドレ殿が復帰したので、戻られたよ。ズルシン殿は、ちょっと鉱山事務所の方だ。もうすぐ来るだろう」
「では、バロムドーレ様が、来るまでは、ここで待ちますね」
ここでの打ち合わせを聞くのも、今日で最後か。
長かったような、短かったような。
いや、明らかに短かったというべきだ。直ぐに長雨が降り出して作業できなくなったし、雨の期間と今回の鉱山事件で費やした時間のほうが長いだろう。
暫くして、ズルシン隊長がやって来て、隊員たちの報告会のような物が行われていた。明日は休日だから、明日の打ち合わせはないのだった。
私は階級が上がった事、支部長からここの卒業を告げられた事をみんなに知らせた。
私がこの現場を離れることは、もう殆どの隊員が知っていた。多分、支部長がもう先に告げてあったのだろう。カレンドレ隊長が現場に復帰して、リック隊長がここを離れる時にでも話があったのに違いない。
ただ、階級が金〇二つというのは、知らなかったらしく、驚きの声が上がっていた。
スラン隊長とズルシン隊長はさも当然だろうという顔だった。
私は全員にお別れを告げて、部屋に戻った。
宿営地での最後の宿泊である。
外を眺めると、満天の星空だった。
翌日。
起きてやるのは何時もの様にストレッチ。
そして空手と護身術だ。
今日は剣の鍛錬の後、荷物を全てリュックに詰め直した。
日が昇っても辺りは静かだった。今日は宿営地がお休みだからだ。
日が昇ってきて、私は部屋を掃除、水甕の水を零して戸締り。
鍵を鉱山事務所に返して、門を出た。
そうしていると、朝の鐘が鳴っていた。女性陣に知らせる鐘の音だった。
今日は久しぶりに肩から大きいポーチを下げている。魔石の入ったお守りポーチだ。
このポーチがあると、トドマの港町に行く坂の街道も、動物の気配がさっぱり消えてしまう。
私は、そのまま歩いてトドマの港町に到着。
門番に挨拶して、港町に入る。
街の西にある通りに行き、北側から南にかけて数件ある金物屋兼荒物屋を少し表から見てみる。
漁に使うのであろう、特殊な形をした金具が多い。武器は見られない。
一般の人には、ナイフのような刃物とか、農具や漁具のほうが、需要があるという事だな。
スコップのような物や鍬などの農具を外から見つつ、私は街の中央にある、北の隊商道に到着。
少し休んで、それからゆっくりと歩いて、エイル村に向かったのだった。
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しかし、この事件の余波はマリーネこと大谷の思った、この王国の商業ギルドを骨抜きにしかねない薬物の影響のみに留まってはいなかった。
トドマの魔獣暴走と鉱石泥棒に端を発した事件は、予想をはるかに超え大掛かりな影響を王国に及ぼしていた。
この禁止薬物の危険性を鑑みて、王国の各王都では直ちにこの薬物を作り出す植物と薬品の特定に取り掛かった。
また、第一王都近辺の大商会、その横の大都市ティオイラに駐在するあらゆる商会に徹底した厳しい監査が行われ、第三王都と第四王都でも駐在する、規模の大きい商会に監査という名目で、徹底した取り調べが行われ、他国の大商会へと探りが入れられ始めた。
また、各王都における監査官や王国士官の規律に関しても、規律総監から厳しい沙汰があった。
さらに隣国のククルト王国と、やはりアナランドス王国と国境を接している農業国家、フランドール王国にも非公式に使節団が派遣され、この問題の話し合いが行われる事となった。
その事を知る由もないマリーネこと大谷であった。
薬物排除のために、王国は徹底的な検問を行う事を決定。そのために遊んでいるだけのような「勇猛なる槍」を五万人も動員して、東にある長い長い国境の警備を行わせる事を計画。
その前段として軍団兵四万人が派遣され、検問の体制が整えられた。
そして、その為に結果的に減ってしまう「槍」の余剰人員を幾らか補充するためにも、四パーセント程の国民増加計画も発動する。
王国では、その人口調整の役目を担うのは四人の女王である。
各王都では、その為の準備も行われる事になる。
教育や衣食住も含めて、増える子供をケアする人員も確保が必要だった。
王都の事務方には極めて多忙な日々が待ち受けていた。
これは実にその後、八年間に渡って、この人口増加策が続いたのだった。
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つづく
風呂にも入って、宿営地での最後の夕食をして、護衛任務に別れを告げたのだった。
次回 再び昇級祝い
ようやく、村に戻った、マリーネこと大谷。
白金の二人は、マリーネこと大谷の金階級昇級でそのお祝いをトドマの食堂でしてくれることになった。