143 第17章 トドマの鉱山事件 17ー12 事件のその後2
やっと、王都に戻ることになったが、マリーネこと大谷は最早我慢できずに、途中の街で食事処を探す。しかし、そこで出された味は……。
143話 第17章 トドマの鉱山事件
17ー12 事件のその後2
キレオの街で一泊した時に、私は魚醤料理が食べられる店を探すことにしたのだ。キレオの街は大きく、広かった。
中央の大通りにある大きな宿に泊まったのだが、私は宿での食事を断って、外に食事に行くことを告げた。しかし衛兵が二名付いてきた。
こんな知らない街で迷いたくもないので、武官のいる宿から近くにある店を探して歩く。後ろに衛兵を連れて。
今の私には、明確な旨味が必要だった。
あのアグ・シメノス人たちの香りの中の仄かな甘み、微かな甘みこそが旨味という、上品な味わい方が私には出来ない。グルタミン酸とかイノシン酸が感じられる料理が食べたかった。
街路にはいくつかの店が出ていて、賑わうというほどでもないが、それなりに人がいた。
何軒か、お店を通り過ぎてふと、文字で書かれた立て看板に目が行った。
こういう立て看板が出ている店というのは、見た事が無い。
『北にある小さなルイア村で作った魚醤で料理しました』という説明書き。
ちいさなお店のようだが。『クワルン魚料理店』。これが店の名前らしい。
私はとにかく味を求めて、その小さな魚料理の店に入った。ついてきた衛兵は外に立っていた。
店に入って、少し奥の椅子に座る。相変わらずテーブルが高いので、正座での座りが必要だった。
壁のメニューを見ると、『ウガリ』とか『デネング』とか『ギッタエリ』等といった、何の料理なのかすら、想像もつかない名前を見る羽目になった。
そして、私はメニューの内容もまったく分からないまま、メニューの一番上にあった、『当店一番のお勧めの煮魚料理』と大きく書かれた料理を頼んだ。
メニューには『クベルト・スベリカ』と書かれていたその料理は、煮た魚の身が崩してあって木っ端屑のようにばらばらに解してあり、濃い茶色のスープの中に浮かんでいる。
この時に名前のつけ方で、トドマの方とは違うのだという事実に気が付くべきだったが、味を求める私の注意はそこには向けられなかった。
手を合わせる。
「いただきます」
匂いは、魚醤の臭みも当然有るが、他の匂いも混ざっていた。
そして、味だ。その料理は、恐るべき味。
まず、強烈に甘酸っぱい。酸味が強い。そして、強い刺激の痺れそうな辛味も後からくる。そしてその中にかなり癖の強い魚醤の味。
そのスープと共に木っ端屑のような、言ってみればフレーク状態の煮魚の身を食べる。
旨味はある。確かに。
しかし、欲しかったのは、これじゃない……。これじゃないんだ……。
とにかく、大汗が出て水を飲みながら、この恐るべき味のスープと解された煮魚の身を喉に流し込んだのだった。
手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
代金は三デレリンギ。やや高め。
デレリンギ硬貨三枚を渡して、店の外に出る。
この国の北部と南部では、料理に相当な差が有ることが判った。
まあ広い国だし、味に関しては、まだまだ探索の余地は多いにある。
色々な国の多様な地方から亜人たちが入ってきているのだから、料理は多種多様なはずだ。
しかし。
それでも、オセダールの高級宿は料理のレベルそのものが違っていた。
あの主人がおそらくは、料理の発達した国出身なのだろうな。
外で待っていた二名の衛兵は面頬を装着していた。
たぶん、この店の匂いが駄目だったのだろう。彼女たちの私を見る視線が痛かった。
分からないではない。私の頼んだ料理の匂いも味も、私の予想の斜め上を行くシロモノだったのだから。
もう少し味の探求をしたかったが、武官を心配させて大事になってもまずいだろうから、衛兵とともに宿に戻る。
キレオからチプカの村で一泊してティムガドの街。ここから船ではなく馬車で小さな村での宿泊を二回して、フーリという街で一泊。
どの宿もそうだが、宿で出される食事は言わずもがな。
ここを出て、第四王都に着いたのは夕方だった。
……
私は、第四王都アガディに連れてこられていた。
この王都を見ても、荘厳さすら漂う外郭の城壁。
真っ白の花崗岩が眩しい。
大きな通りを馬車が進み、門から然程進まないうちに、大きな商館の横に止まった。
どうやら、私はここに泊まる事になるらしい。
何人かの制服姿のアグ・シメノス人が出て来て、私を商館の中に連れて行く。
彼女らについていくと、二階に進み、突き当りの部屋。
私に宛がわれた部屋は、この商館奥の方にある小綺麗な部屋であった。
荷物を置いて、取り敢えず休む。
今回の『事件』は終わった。
私が一体どれくらいの距離を移動したのか、想像もできないほど、今回は移動したのだが。
ワダイの村へ行ったのは、土壇場といっていいタイミングで見た夢のせいだ。
あの村の湖畔で起きたのは、恐らくは大本命の薬物密輸の捕物だったはずだ。
生け捕りにした男が喋るかどうかは分からない。
連れていた魔獣は見たこともない顔の炎を吹く大型犬のような形態だった。
他の現場はどうだったのだろう。
今の所、大きな商館に缶詰め状態で、歩き回らせて貰えない。
食事は特別監査官の配慮だろう、准国民の食べる魚醤味のついた料理が出ている。
まあ、もう少し下品でもいいからパンチの効いた味の食事がしたかったが、きちんと料理された魚醤味のものが食べられるだけ、随分とマシである。
少なくとも、私の旨味への渇望は満たされたのだった。
夜は食事の後に入浴もある。例によってメイドのような人が全部仕切ってるので、自分で洗う事も出来ないのだが。
しかし、この状況はある意味、あの地下牢より辛い。
あの時は、もう牢屋に入っているならと諦めてずっと鍛錬したが、今回の状態は体のいい軟禁だ。
思わず、深い溜息が出た。
ここに来てから、すでに一〇日目。
その間、出来る事といったら、これまた、部屋の中で出来る程度の空手と護身術の手技の鍛錬と、窓から町並みや外の空を眺め、石畳に敷き詰められた石の数を数えるくらい。
私の居る部屋から見える、外を通る道には人が然程多くないので、人の観察もできない。大通りじゃないのだ。どうやら大通りとは反対側の方向らしい。
部屋の中は剣を振り回せるような空間がないので、剣の鍛錬は出来ない。
とどのつまり、やる事が何も無い。
せっかく着替えも持って来ているので、毎日、手持ちの外出着をとっかえひっかえ着たが、王都の見物も出来ないのだ。
……
この日も、朝から空手と護身術の鍛錬の後、今回は赤い外出着に着替えはしたものの、何も出来ずに終わるのかと思っていたら、誰かが来た。
第四王都の監査官ではなく、第三王都のエルカミル第一商業ギルド監査官がきた。その横にあの時のリーゼロンデ特務武官がいた。
どうやら、エルカミル監査官は灯台の特別な通信でこの第四王都に呼び出され、大急ぎで船と馬車を乗り継いでここに来たらしい。
エルカミル監査官は私の方を向いて右手を腰に当て、挨拶があった。
「お元気そうね。マリーネ・ヴィンセント殿」
私は慌てて、スカートの端を両手でつかんで少し広げながら、左足を引いて、右ひざを曲げながらお辞儀。
「ご機嫌麗しゅう」
そう言うと、リーゼロンデ特務武官が少し笑った。
「畏まらなくていい」
「取り敢えず、という形だが、ヴィンセント殿はまだ事情を飲み込めていないだろうから、多少説明をしようと思って、こちらに来たのだ」
あの時、私について来たリーゼロンデ特務武官が今回の顛末を、ざっくりと説明してくれたのだった。
ルッソームの東の山の方の事件は、大分派手に戦闘になったらしい。
かなりの魔獣が出たという。
しかし予め予想して、軍団兵の準備が出来ていた事で被害は比較的抑えられたという事だった。
部隊を四つも送り込んでその様子では、相当にやり合ったのだろう。
増援部隊まで送り込んで、山での激しい戦闘だったのだそうだ。
バラガドの方は、国境封鎖で影響を受けたクルルト王国屈指の商人たちの苦情があったようだが、今回の事件が山場を越すまでは、彼らは入ることを禁止されたとの事だった。
西の鉱山がどうだったのかは、詳細が分かる様になるにはまだまだ時間がかかるようだ。
エルカミル監査官は、西の鉱山の事件はすべて平定したと聞いたと言っただけだった。
その言葉の意味する所は、相当な事が起きたが、敵対するものを全て切り払ったということだろう。
武官からも無事だったとかそういう言葉が少しも出ていない。つまりは、かなりの騒動だったのだろう。衛兵も軍団兵も監査官も相当送り込まれた筈だからだ。しかし鉱山作業員にもかなりの犠牲が出たのかも知れない。
そして、河の方はどうだったのだろう。
クルーサの橋の袂には、平船が来たということだった。
そして数名は捕縛できたようだ。
ルクルにも来ていたらしい。こっちはだいぶ斬り合いになったようだ。
タールナとクルーサの間の砂州は大規模に焼き払ったらしい。
距離も相当あるので恐らく全部ではないだろうが、軍団の船で河口から上流に向けて、相当の距離を焼き払ったという。一〇〇キロ、二〇〇キロではない長さがある大砂州だから、相当大変だったであろう。
今回、大本命の薬物はワダイの村の湖畔に来た平船だったが、ルクルよりさらに北になるあの河口の上にある湖に、平船で来れた筈がない。
大デルタのあたりとルクルの河口にあるデルタに大型の船を停泊させる場所があったのに違いない。
これを企んだ者たちは相当な時間をかけて、王国の海側の絶壁に沿って船を走らせ、河口の砂州の中に簡易基地を作ったのだろう。
海が荒れている時には船が出せない程の波らしいから、ルクルに変更するのが土壇場での思いつきでは無い。
更にずっと西に有るワダイの村の湖畔になったのも、いくつかの計画の一つだったのに違いない。
離れている距離からいって、その場の思いつきで変えられるほど近くはない。
もしかしたら。クルーサでの荷揚げが、最後の陽動作戦だったのかもしれない。
聡い者が南部で何か有るだろうと狙いを付けてきた時、その本命がクルーサだと思わせる。
だから、隠れ本命はルクルかワダイの村の何方か。
だが、ルクルでの待ち伏せは、察知されたのだ。どうにかして、敵は事前にそれを知った。たぶん。
……
大本命のこの王国の国民専用の薬物は、ワダイの湖畔に荷揚げと決めてから、おそらくはルクルの河口にある砂州から、移動したんじゃないだろうか。その時の船はもっと大きかった筈だ。
実行部隊の男たちは何処まで知っていたのか、いや。知らされていたのか。
エルカミル監査官は、クルーサでの捕物は、純度の高い砂糖、それと珍しいお酒。高価な絨毯や布だったらしい。と言っていた。
ごく普通に密輸だ。それが如何に高価だろうと、今回の主役では無い。
ルクルの河口での捕物も大量の大型魔獣の牙や砂糖が出たという。しかし、砂糖の袋に混ざって、怪しい粉が入っているのが見つかった。
それが、どうやらクルルト王国屈指の歓楽街の一部で流行っているらしい、禁止薬物だった様だ。
ここの捕り物は、ほぼ半数を捕縛したというのでこの取引の責任者がその中にいるだろう。取り逃がした者はいないらしい。という事は、逃げ出した輩は弓で射殺されたという処だろうか。
禁止薬物があるからこそ、男たちも相当抵抗し、切り合いになったのに違いない。
ワダイのあの湖に来た平船からは、純度の高い砂糖と一緒に薬物の入った袋が多数出ているらしい。それ以外は高価なお酒と大量の高価な布に豪華な絨毯。あとは珍しい魔獣の牙と魔石。
この薬物こそが、本命だろう。
本命には、あの魔獣使いがいた。
あれが火を吹き放題なら、あの村も護衛の兵士も、みんな焼け死んでいるだろう。
平船に乗った男たちは一〇人しかいなかったので、生きて捕らえる事が出来たのは、足に矢が刺さった二人だけ。
捕縛した男たちが、どれくらい知っていて吐くかが問題だな。裏にいる商会は誰なのか。
河の作戦地域に派遣された王宮士官たちはどうなったのだろう。
そのあたりの情報が、すっぽり抜け落ちているのは気になった。
「エルカミル監査官様、せめて、この部屋からの、外出許可を、誰かから、貰えないもの、でしょうか?」
「どうされたのだ。ヴィンセント殿」
「どうも、こうも。私は、この一〇日。この部屋から、出る事が、出来ません。出して、もらえないのです。あの時の、牢屋は、もう、諦めていました。ですが、今回は、そうではありません。身動きが、一切取れないのは、私には、厳しいです」
そう言うとエルカミル監査官は困った顔をした。
「またしても、何か手違いが起きているのだろうか? 優秀な支部員を拘束するのはそれ相当の理由がない限りやってはいけないと、この前、あれほど周りに通達したのだが。とにかく私ではこの王都で出来る権限が少ない。誰かを呼んできて説明してもらうしか無いだろう」
彼女がそう言った時だった。誰かが入ってきた。
つづく
恐ろしいほどの甘酸っぱく辛いスープの中に浮かんだ、解されている魚の身は、大谷の予想を越えた斜め上の味だった。
そして第四王都へと移されたマリーネこと大谷は、今回の事件の結果を概ね知ることが出来たが、細かい事は分からなかった。
マリーネこと大谷は軟禁状態のままだった。
次回 事件のその後3
軟禁状態だったのは、お偉いさんに合わせる為であったらしい。
高位官職の人物と面接するマリーネこと大谷。